●リプレイ本文
アークフォン領の初夏の空は青く透明に透き通っていた。
雲一つない快晴。屋敷の見張り台でのんびりと空を眺めていたルネ・アークフォンはこちらに向かってくる7つの人影を発見し、慌しく下の階へと駆け下りていった。
「お久しぶりです、ルネさん。日々を笑顔で過ごされて‥‥ふふ、いるようですね。安心しました」
待ちきれなくて、屋敷の門から駆け寄ってきたルネにファル・ディア(ea7935)は静かに微笑む。頷いて喜ぶルネの髪が日光を銀色に反射し、ファルは少し目を細めた。
「こうして、茶会のついでに掃除までお願いする抜け目のなさもありますし、ね」
「せ、セイロムさん‥‥!!」
セイロム・デイバック(ea5564)の言葉に思わず赤くなってルネは縮こまる。冒険者の誰かが吹きだすと同時に、その場にいた一同は口を大きく開けて笑いあった。
●覚醒! はいぱぁ掃除人
「み、皆さん頑張りましょうね‥! この屋敷は‥‥、手強い‥です‥‥!!」
ふんぬーと拳を握って息巻くエレ・ジー(eb0565)は既に戦闘態勢に入り、掃除道具を一階の大広間に整然と並べた。
「ほう、話には聞いていたが、かなり本格的な掃除になるようだな」
冒険者達が持ち場を確認しているところへ、二階からアークフォン家領主、オーギュスタン・アークフォン子爵がゆっくりと降りてきた。既に大半の冒険者の顔が見知った者のそれである為か、彼の表情は友人達の来訪を歓迎するかのように柔らかい。
「お久しぶりですな、領主殿」
ローシュ・フラーム(ea3446)をはじめ、冒険者らはそれぞれ彼に挨拶した。
「さ、お義父さん。わたしたちは邪魔にならないところにいないと」
ルネの言葉に子爵は頷き、それでは頼む、と冒険者達に一言言って再び二階に戻っていった。
「それでは皆さん、お願いしますね。わからない事があったら、わたし達は二階にいますので」
「ああ、まかせておいてくれ。こっちには掃除のプロもいる事だしな」
ルネの言葉にジノ・ダヴィドフ(eb0639)はそう答え、早速掃除に取り掛かり始めた。
「うわあ‥。確かにこれは鼠が出るのも無理ないですね‥‥」
マミ・キスリング(ea7468)が地下室に足を踏み入れての第一声はそれであった。小さな格子つきの窓から差し込む光は微々たるもので、いたるところに埃やチリが積もり、石畳の床はうっすらと白くなっている。
「壊れそうな物は、先に出しておくべきじゃな。ワインセラーの方はどうなっておる?」
彼女に続いてローシュが階段から降りてきた。ホーリーライトを光源にして先行したファルの報告を促す。
「ええと、ちょっと待ってください‥‥。ああ、少しですがありま‥‥うわぁッ!!?」
「どうした!?」
「あ、ああ‥いえ。いきなり鼠が飛び出してきたので、虚をつかれました‥‥」
ガクッとずっこけるローシュとマミ。
「え、ええと、それじゃあ私とファルさんでワインは一旦上に運び出しますね。ローシュさんは鼠の方をお願いします」
「うむ、心得た。既に作戦も考えておるしな」
ローシュはニヤリと不敵に笑い、そう言っておもむろに強烈な匂いを放つ『何か』を取り出した‥。
一方その頃、一つ上の階では袖をたくし上げたエレが不要な家具を外へ運び出しているジノと共に奮戦していた。
「窓全開‥良し! 道具‥良し! しょ、勝負です‥‥!」
濡れた布をそこら中に落とす事で埃に湿気を吸わせ、舞い上がる事を防ぐ。地味ながらもこの作戦は功を奏し、埃は簡単に集められるようになった。
次いで疾風怒濤の勢いで箒をかけ、不要なチリやゴミを次々と外へ掃き出す。更に床を拭いて磨けば完璧な仕上がりになるといって良いだろう。
「え、エレの奴、相当張り切ってるな‥‥」
「ちょっと‥、余所見してないでもっと力を入れてくれよ」
「あ、ああ、すまない」
家具を運ぶジノを手伝っているのはこの屋敷に住まう少年、ジョルジュ。彼をはじめ、屋上へ行ったコリンヌ、コレットの姉妹に対しても思うところのあったジノはこの状況はどうしたものかと若干混乱していた。おまけに眼前の少年はハーフエルフである事が余計に戸惑わせる。
(「やれやれ‥。一体、どう接したものかな」)
「‥‥‥」
屋敷の屋上ではフェイト・オラシオン(ea8527)が双子の姉妹、コリンヌ、コレットらと共に見張り台の手入れをしていた。
見張り台は長い間雨風に晒されている場所だけの事はあってか、謎のコケやら石の隙間に生えた雑草などもあってかなり荒れている。これを完全に綺麗にするのはなかなか骨が折れそうだ。
「フェイト、フェイトー。この花は抜いていいの?」
「抜いていいというか‥。掃除してるんだから、この階の植物の類は全部除去しないと‥‥」
フェイトはコリンヌ(コレット?)のトンチンカンな質問に答えつつ、床を覆うツタをべりべりはがしてゆく。
年齢が近いせいで親近感を持っているのか、邪魔しているのか手伝っているのか微妙なラインのコリンヌとコレットはちょろちょろとフェイトの周りに居座って張り付いてくる。
なんだか逃げ出したい衝動におもむろに駆られる事もあったが、そんな事はできない。依頼で掃除を請け負ったというのは理由として当然あるが、それ以上に‥‥。
「近い将来‥。また使うかもしれないし、ね‥‥」
「んー?」
つまりは、そういう事。フェイトの呟きに、コレット(コリンヌ?)が反応する。
「‥‥? ああ、違うの。別に、何でもない‥‥」
「オーギュスタン様、こちららの部屋はいかがいたしましょう?」
二階ではセイロムが一つ一つ部屋を回っては床を掃いて拭く、という丁寧な作業を続けていた。
「うむ、そこの壺は傷つけないように注意してくれ。それから、その絵は‥‥」
何故か活き活きと細やかに指示を出す子爵。だが、無理もないことだ。
セイロムが彼に声を掛ける前、屋敷全体を一斉に冒険者たちが大掃除している為か、子爵は居場所のないオヤジよろしく特に何をするでもなく屋敷を徘徊していたのである。おまけに自分の娘、息子らは一緒に冒険者と掃除をしているという状態。寂しい。これは寂しい。
そこへセイロムが要るもの不要なものを尋ねに来た。かくて哀愁漂うオヤジは善良なる一青年に助けられたというわけである。
「この絵は‥‥」
一枚の絵に手をかけたとき、思わずセイロムから言葉がこぼれる。描かれているのは一人の秀麗なる女性。何故だろうか、微笑んでいるのにどこか悲しいような、そんな儚い印象を受ける。
「‥‥。私の妻だ」
「‥‥‥」
子爵はどこか遠くへと視線を移し、妻の記憶を呼び起こしている。暫くの沈黙の後、彼は静かにこう言った。
「‥それは大切な、いや、必要なものだ。丁重に扱ってくれ」
「はい‥。もちろんです、オーギュスタン様」
場所は再び地下に戻る。
「ふんぬッ!!」
ローシュの気合の声と共に、衝撃波が強烈な匂いを放つ保存食に誘われて群がった鼠たちを打ち据える。
この一撃が外れた鼠は当然の如く蜘蛛の子を散らすように物陰に逃げ込むのだが、悲しいかな。食欲には打ち勝つことが出来ず、暫く時間を置くと鼠たちは駆除されるためにノコノコとまた保存食に集まってくる。
「これで‥、最後か!!」
本日数発目となるソードボンバーが炸裂し、とうとう最後の生き残りであった鼠たちを抹殺した。これで、地下の掃除はこれでほぼ完遂したようなものだろう。
「な、なかなか凄い事になっていますね‥‥」
今ではほとんど使われていない様子であった牢屋や拷問室の清めを終えたファルが再び戻ってきた。ローシュを取り巻く惨状を見ていささか驚いているようである。
「うむ‥。してな、ここの掃除の仕上げとして、この死骸を外に運んでしまわなければならんわけだが‥‥」
当然、手伝ってくれるのだろう? ローシュが全て言わなくとも、その真意はしっかりと伝わってきた。
「う、うう‥。わかりました」
大いなる母よ、どうか罪深き私をお許し下さいと呟きながらファルは胸元で十字をきって作業にかかった。
所変わって、ここはルネの部屋。
「ルネさん、このお花はどこに飾りましょうか?」
「え、ええと、それじゃあそっちの机のほうに‥‥」
途中で地下の掃除を切り上げ、二階の掃除の援軍として参上したマミはセイロムが入れないと言っていたルネやコリンヌ、コレット姉妹の部屋の掃除を担当していた。
ファルがルネに手渡した花はかくて彼女の部屋を飾るインテリアに変わったのである。
「うんうん、これで少しは部屋も賑やかになりましたね。ルネさんの部屋、最初は殺風景すぎてどうしようかと思っちゃいましたよ?」
「ご、ごめんなさい‥。『飾る』なんて事、一度もやったことがなかったから‥‥」
ふふと笑うマミにルネはしどろもどろの返事をするのが精一杯であった。
「よいしょっ、と‥‥」
フェイトは屋上でかき集めた雑草の束を庭の一角に置く。鼠を火葬する為、壊れて不要となった家具やらもそこに集まっていた。
その近くでは、ローシュがファルと共にカンカンと壊れたテーブルの足の修復にいそしんでいる。金属を扱う時とはわけが違うせいか、時折ぶつぶつと文句が聞こえてくるが、それなりの形にはなっているようである。
ふう、とフェイトは一息をついて空を見上げた。空で輝く太陽は既に中天を過ぎ、西へ傾き始めている。
地を駆け抜けていく風がひんやりと心地よい。
「やあ、どうもお疲れ様です」
茶会の準備を始めていたセイロムが彼女に声を掛ける。フェイトはうん、と頷いて額の汗をぬぐった。セイロムの後方ではジノ、ジョルジュらも準備に参加していて、テーブルに白いクロスを敷いたりお湯を沸かして準備を着々と進めていた。
「「やっと、お茶会が始まるんだねー」」
フェイトについてきたかの双子の姉妹もそれぞれ口を開く。どうやら待ちくたびれていたという具合か。
セイロムは彼女らに軽く会釈して、こう言った。
「ええ、そうですよ。コリンヌさん、他のみんなを呼んできてもらえますか?」
「わたしはコレットだよ。コリンヌはこっち!」
「す、すみません‥」
●午後の茶会
「今日は本当にご苦労であった。これは私達からのささやかなお礼だ」
全員が注目する中、ティーカップを片手に、オーギュスタン子爵は冒険者たちの労をねぎらっている。子爵の簡単な挨拶の後、待ちに待った茶会は晴れて開催された。
テーブル中央の皿にはフロマージュ・ラメルも用意され、カップからは温かい紅茶の湯気が立ち上る。
「こりゃあ、また。随分と注ぎがいのありそうな逸品だな‥。いい香りしてる」
全員に用意されたカップにジノは紅茶を注ぎつつ、そんな事を口にする。
庶民にとっては容易く手を出す事が出来ない茶を用意する辺りは、貴族の貫禄という奴だろうか。
「ふふ‥‥」
「おや、ルネお嬢様。どうしたんですか、そんなに嬉しそうに?」
ニコニコと笑うルネを見て、セイロムがふと問いかける。
「ふふ、だって‥。今、すごく楽しいんですもの。とっても幸せです、わたし」
「‥っ。そ、そうですか。それは‥良かったです‥‥」
エレもつられて、思わず顔がほころぶ。あんまり眩しい笑顔に一瞬不意をつかれた。
「‥それにしても」
「はい‥‥?」
「あのルネお嬢様との一連の出来事を思い出すと‥。私‥‥、お役に立てていたのか、結構悩ましい所なのですが‥‥」
むむと苦悩のポーズをとってみせるセイロム。だがその悩みはすぐさまに打ち消された。
「そ、そんな事ないです!!」
「っ‥。お嬢様‥‥」
ルネの急な口調に思わずはっとなる。彼女は何か一生懸命言葉を考えながら、もごもごと口を動かす。やがて、俯きながらルネ・アークフォンは精一杯の感謝を込めてこう言った。
「セイロムさん達に、どれだけ、わたしが救われた事か‥。本当に、本当に、感謝してもしきれない位です‥‥」
「‥‥そうでしたか。すみませんでした、変な事を言ってしまって」
「い、いえそんな‥‥」
互いにしんみりとなっているセイロムとルネを見、エレは思わずおどおどしてしまう。
「そ、そうだ‥。ルネさん、家族の事とか‥‥聞かせて下さい‥!」
「え‥?」
「せ、せっかくの‥‥茶会なんです。楽しいことを話さないと‥損‥ですよ‥‥ね?」
顔を傾けて同意を求めてくるエレに、思わず2人は顔を見合わせる。ルネはまた冒険者さんに助けてもらったなあと思いながら、口を開いた。
「は、はい! それじゃあ、皆さんが帰ってからの事を‥‥」
「「ふーん、じゃあマミは、今度はジャパンに行くんだね」」
「ええ、一度父の故郷へ行ってみたくて‥。またこちらに来る機会があれば、そのお話もさせて下さいね」
コリンヌとコレットの質問にマミはにこやかに答える。横では双子の姉妹と一緒にフェイトも紅茶をすすっていた。あまり口を開かないフェイトではあるが、それなりに場の雰囲気を楽しんでいるようである。
「よしよし‥。みんな楽しんでるか」
そのような光景を少し遠くから見つつ、ジノは一人でフロマージュ・ラメルに手をつけていた。そこへ一人の少年‥ジョルジュがやってくる。
「そういうあんたは、楽しんでるのかい?」
「‥ん? ああ、まあな‥‥」
二人は横に並び、少し距離を置いた所から賑やかな茶会の様子を眺める。二人とも饒舌に話すことはなかったが、時折2、3のやり取りを交わしていた。
そして、数分間の沈黙の後。
「‥感謝しているさ」
「‥‥‥あ?」
「あの狂った訓練場から助けてもらった事は、感謝してる」
「ああ、その事か‥」
少々痛いところをつかれたせいか、ばつが悪そうにジノは頭をかく。
「力があれば‥。もっと助けられた」
「‥‥‥」
そして二人はまた沈黙する。力があれば逃げられた、助けられた、それは俺も同じだ。
そんな事をジョルジュは考えていた。
「うむ、それでこの通り美髯賞に選ばれてな‥‥」
「おお、これが噂の盾か‥。いや、私も髯をたくわえようとしているのだが、どうにも手入れが面倒でな‥‥」
「ふむ、確かに‥。毎日の手入れとケアは、これからの季節は特に重要で‥‥」
(「ま、まさかここまで熱く語り合うとは‥‥」)
茶会の一角ではローシュ、子爵、ファルの面々が髯談義でやたら語り合っている。(ファルは巻き込まれただけのような気もするが)
手入れの他にも髪型ならぬ髯型の話、食事の時に髯に食べ物がつくとどうこうというコアな話に会話のベクトルは飛んでいった。
ファルはどうすればいいんだ、と心の中で頭を抱えるしかなかった。
「それで‥、その時はジョルジュの機転でなんとか助かったんですけど。お義父さんにはちょっと悪い事をしてしまいました」
「ふふ、そうだったのですか。あの依頼の時はそんな事が‥‥」
かつての依頼の出された経緯を聞き、ファルは思わず苦笑する。当初こそ、このアークフォン家で他人行儀な雰囲気のあった彼女だが、冒険者たちのいない間に、随分と家族らしくなったようである。
このような多少のオイタは、まあ、ご愛嬌の範疇であろう。
「ほ、他の‥三人との関係は‥‥、どうなのでしょうか‥?」
「‥? あ、ええ。大丈夫ですよ。コリンヌとコレットは面白いし、ジョルジュはまあ‥素直じゃないんですけど、悪い子じゃないし‥」
エレの問いにも、なんだか胸がくすぐったい気分なのか、ルネははにかみながら答える。
アークフォン家自体は順風満帆といったところか。
ファルもエレも、この一家にはずっとこうであって欲しいと、心のそこからそう思った。
だが一つ、気がかりが。
「ルネ‥‥」
「あ、フェイトさん‥どうしたんですか?」
それまでの話にひと段落がついた頃。ふと、フェイトが神妙な面持ちでルネに話しかけた。
「『組織』のこと‥‥」
「‥‥‥!」
その単語に反応し、ルネの表情も引き締まる。彼女の心の準備が整った事を確信すると、フェイトも言葉を続けた。
「支部ごと潰されて、あいつらが黙っているとは思えない、むしろ‥‥」
「ええ、それはあると思います。今でこそドレスタットの近辺での活動は大人しくなったようですが、それで終わるとは思えません」
「力を蓄えている、と考えるべきだろうね‥‥」
横で話を聞いていたジョルジュが口を挟み、その言葉にジノも頷いている。
「ええ‥。私も個人的に調べたりしているのですが、あまり長旅をしてはお義父さんも心配するから、なかなか遠出はできなくて‥‥」
「お、おい! そんな危ないことをやっていたのか‥‥!?」
意外な事実に、ジノは思わず声を出す。ごめんなさい、と小さくルネは謝ると更に続けた。
「あの組織がある限り、わたし達のような境遇の子は今も‥‥。だから‥!」
「‥‥‥」
俯き、ルネは独白のように決意をあらわにする。オレンジ色の夕日を受けて、銀のネックレスが瞬く。
「ルネ‥。それでも、忘れないで」
「‥‥え?」
フェイトの声に、ルネはふと顔をあげる。
「私たちは、あなたの味方‥‥。頼ることに、遠慮だけはしないで‥‥」
「‥はい!」
ルネの力強い返事に、フェイトは満足げに頷く。
気がつけば時間は矢のように早く過ぎ去っていた。一同は手早く庭に出されたテーブルやクロス、食器を片付けると、屋敷の中へと戻って休息に入るのだった。
●エピローグ
その後の掃除も茶会も順調にとり行われ、冒険者らは見事三日で屋敷を完全に綺麗にする事に成功した。
アークフォン子爵もこれには非常に満足し、冒険者たちに何度も礼を述べていたくらいだ。
―そして、冒険者達が帰るその当日
見送りの為にアークフォン一家は全員が門の前に集まっていた。
「では、またこの様な機会がある事を楽しみにしています」
「うむ、今回は本当に助かった。今後も冒険者として頑張ってくれ」
礼儀正しく頭を下げるセイロムに、子爵は頷いて答える。領主という手前、あまり領地を離れてドレスタットに行くことはできないかもしれないが、娘がまた顔を出したときは是非頼むと言付けされた。
「は、はい‥‥。ルネさん‥これ、どうぞ‥」
「え、あ、あの‥これは?」
おもむろにエレは持っていたぬいぐるみをルネに手渡す。突然の事にルネは喜びつつも目を白黒させている。
「ど、どらごんさんのぬいぐるみ‥です。お部屋の飾りにも‥‥なりますし、ね?」
「え、あ‥‥は、はい! ありがとうございます‥! 大切にしますね、これ‥‥!」
余程嬉しかったのか、ほとんど飛び跳ねそうな勢いでルネは喜んでいる。
「「あー!! ルネだけずるいー!」」
そしてそれと同時にコリンヌとコレットが一斉に不満の声をあげた。わらわらとルネに飛びつき、わたしもわたしもとせがんでいる。
「はうぅ‥っ! ご、ごめんなさい‥あと2つ、用意‥するべきでした‥‥」
「はは、いやいや。そこまでしてもらっては恐縮だ。コリンヌとコレットには、私から別にそのような物を渡しておこう。 ‥ほら2人とも、ルネをあんまり困らせるんじゃない」
しょぼくれるエレに子爵は笑ってこたえる。コリンヌとコレットはぶーぶーと不満を言いつつも、彼の最後の言葉に納得したのか後ろに下がった。
「もし、自分だけでは解決できない事が起きましたら、遠慮無く私達に頼って下さい。あの時の約束は、いつまでも有効ですよ?」
「ええ、わかりました。沢山頼っちゃうので、覚悟して下さいね?」
冗談交じりの返事にファルは思わず顔がほころぶ。それと同時に母なる神へ彼女等をいつまでも祝福してくれるよう願いつつ。
「‥あの後から会ってなくて少し心配していたけど、今回で安心した。‥‥ルネ、あなたには幸せになる権利がある‥‥。幸せに‥ね」
「‥はいっ」
フェイトがルネに別れの言葉を告げる。彼女の元気な返事に他の冒険者たちは満足げにそれぞれ微笑んだ。
さあ、これでもう今回は思い残すことなぞない。冒険者達は依頼を完遂し、ドレスタットの街へと帰還したのだった‥‥。