アークフォンの黒い影

■ショートシナリオ


担当:夢想代理人

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 46 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月17日〜08月24日

リプレイ公開日:2005年08月24日

●オープニング

「‥‥」
 アークフォン家領主、オーギュスタン・アークフォンは机に向かい、眉間にしわを寄せながらため息をついた。
 己の領内に広まった『噂』が、彼を苦しめているのだ。

「‥一体、何者が」
 何者が、自分の養子であるジョルジュがハーフエルフである事を暴露したのか。言いかけたところで、またため息が口からこぼれる。
 無論、この世界の一般常識として、最初のうちは彼もハーフエルフを養子にすることなど夢にも思わなかった。最愛の娘、ルネのたっての頼みという事で渋々容認したのだが‥‥。

 息子のジョルジュは優秀だった。
 文字の読み書きなんぞはあっという間に覚え、その後2、3日もせずに屋敷の蔵書を読み漁っては知識を蓄えていくほどの勤勉ぶりである。
 加えて剣術の腕もなかなかのもので、いつしかオーギュスタン子爵は彼になら後を継がせても安心だと、どこかでそんな事を思ってさえもいた。それだけに、今自分の領内で広まってしまった『噂』は彼を十分に落胆せしめたのである。
「‥‥‥」

 かといって、このままいつまでも隠し通す事を決め込むのは現実的でない。何か、手を打たねば。
 オーギュスタン子爵は日が暮れるまで、机の前に思慮にふけった。

●???
「‥‥や、やっちまった。これでもう後にはひけねえだ」
 狩猟用の弓を持った男が、声を震わせながら言葉を切り出す。心中は皆同じようで、火を囲む男達の表情はどれも沈んでいる。

「仕方ないじゃない? フフ‥『さいは投げれらた』。もうやりきるしか、あなた達にはなくってよ?」
 いつの間にそこにいたのか、中性的な雰囲気を持つ優男は手の平でクルミを転がしながら微笑んでいる。男達は一瞬ギョッとしたが、自分達の支援者である彼の姿にすぐに安堵した。
「ミドウさんか‥。でも、このままじゃあ‥‥」
「ああ、大丈夫、大丈夫。あんた達は最初から戦力として期待してないから」
 ミドウと呼ばれた男はパチンと指を鳴らす。彼の背後の闇から現れたのは幾人かの人影。

「‥‥‥」
「う‥‥‥」
 男達はたじろいた。闇から現れた者たちの目つきはどれも尋常のそれではなかった。ひどく無機質で、冷たい。まるで『人形』のような瞳‥‥。

●ドレスタット冒険者ギルドにて

『最近になって、我が領内でよからぬ噂を流布してる者がいる。
 何が目的なのかはわからないが、民を扇動するよからぬ存在であることに変わりはない。

 幾人かの民はその者の言葉に惑わされ、山小屋に立て篭もって税の撤廃だの新しい領主にしろだのと騒ぐ始末だ。

 諸君らはすみやかに噂を広めた張本人を逮捕し、山小屋に潜伏している集団を鎮圧して欲しい。
 手段は問わないが、なるべく穏便にすませてくれ』

●今回の参加者

 ea7935 ファル・ディア(41歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea8046 黄 麗香(34歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea8527 フェイト・オラシオン(25歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb0565 エレ・ジー(38歳・♀・ファイター・人間・エジプト)
 eb0639 ジノ・ダヴィドフ(46歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

李 美鳳(ea8935

●リプレイ本文

「なかなか、領主様から返事がこねえなあ‥‥」
「んだぁ、いい加減家さ帰りたくなってきたよ‥」
 小屋の前で見張りをしていた2人の男が口々に愚痴をこぼす。
 蜂起をした初日は緊張こそすれ戦意は十分であった彼らも、日がたつにつれてゆっくりと消耗していた。待てど暮らせど領主からの返事は、ない。

「やれやれ‥。所詮は素人の寄せ集め。そろそろ限界かしら?」
 パイプの煙を宙にくゆらせ、彼らを束ねるミドウという男は小屋の様子を木陰から伺う。
 数分の後、唐突に茂みからエルフの女が姿を現した。ミドウは軽く手で挨拶すると、視線は小屋の方に固定したまま彼女に話しかける。

「‥で、首尾の方はどうだったのかしら?」
「領主は冒険者を雇ったらしい。数はそんなに多くはないが、厄介な連中である事には違いないだろう」
「ふぅん‥‥」
 面白そうに口の端をゆがめるミドウに、エルフの女は思わず眉をひそめた。

●黒い森の扇動者
 日が地平線に接し始めた夕暮れ時。樹上からフェイト・オラシオン(ea8527)は細心の注意を払って小屋の様子を伺っていた。
「‥‥‥」
 時折、見張りの交替で人間が小屋を出入りしているが、どれもこれもみすぼらしい格好をしていた。恐らく全員領民と見て間違いないだろう。
 『招かれざる客たち』は小屋の中という事か。フェイトはこれ以上の情報を得る事ができないと判断すると、するすると木を降りて皆の所へと戻った。

「ふむ‥、ご苦労様でした。小屋の中から姿を現さない者たちが不気味ではありますが‥。当初の予定通り、説得を行いましょう」
 ファル・ディア(ea7935)の言葉に皆が頷く。かくて一団は小屋の方へとその歩を進めた‥‥。


「だから言っているだろう! 大人しく投降すればこのまま家に帰してやれるんだ! 俺の名に賭けて絶対罪には問わせない! 頼むから投降してくれ!」
「う、うるせいっ!! オラたちの暮らしの為に、大人しく捕まってなんかやるかよ!!」
 冒険者たちの大方の予想を裏切らず、説得は難航していた。ジノ・ダヴィドフ(eb0639)の呼びかけもむなしく、彼の腰に下げたロングソードを見て領民たちはいよいよ態度を硬化させていく。

「『オラたちの暮らし』って、あなた! 別にひどい重税なわけでもないでしょ!? だいだい、租税の事などは然るべき手段と順序を以って行うのが筋だし、その訴えに理が伴っていれば‥‥」
「し、然るべき‥? 手順とじゅ、順‥‥? む、難しい言葉を言ったって騙されねえど!!」
「そーだ! そーだ! おーぼー反対ッ! おーぼー反対ッ!!」
 男達の罵声と同時に、威嚇の矢が冒険者たちに飛んでくる。
「な、なんつー、自己中というかいい加減というか‥‥!!」
「い、今のうちなら穏便に済ませられるんですが‥。全然、わかってもらえてないみたい‥ですね」
 怒りで黄 麗香(ea8046)がわななく横で、エレ・ジー(eb0565)もどうしたものかとオロオロと戸惑う。

 そもそも学のない領民らの言う事は支離滅裂で、交渉しようにも話題があれこれと飛んでしまう為にいまいち要領を得ない。
 ただ、交渉していく中でわかったことは、小屋の中にいる何者かが抵抗をする領民達に入れ知恵をしているらしいという事だけだった。

「そうだ、思い出したぞ! 領主様はハーフエルフを屋敷に住ませているそうじゃねえか! んな汚らわしい事する奴を、このままオラたちの領主にしておくわけにはいかねえ!!」
「いわれなき事実です!! そんな事、民を治める立場である、あのお方がするとでもお思いかッ!!?」
 ファルの強い調子の声が森にこだまする。普段は優しい印象を持つ彼の大声に、思わず領民達もたじろく。

 だが‥‥。
(「‥セーラ様。人助けの為とは言え、罪無き方々を欺く行為を、どうかお許し下さい‥‥」)
 今、我等の依頼主オーギュスタン子爵がハーフエルフの少年ジョルジュを養子同然の扱いにしている事は、公言するべきでないという判断からの発言は、彼の良心を少なからず苦しめた。
 幸いにも、領民の中にその事からくる彼の微妙な表情や声の動揺を感知するだけの者はいなかったが、小屋の中はそういうわけにもいかなかった。

「あらあら‥。聖職者様が嘘をつくなんて、世も末ねえ‥‥」
「‥‥‥」
 ミドウの傍に立つ者たちは何も答えない。いや、まるで会話というものを知らないかのようでさえある。
 中に残っていた領民の男はミドウの言っている事がよくわかっていないようであった。
「もう少しあの討論会を見てもいい気もするけど‥。そろそろ劇に変化を加えないとねえ。
 ‥出番よ。人形ども」
 その言葉を受け、黒いバラに逆十字の腕章を持つ男たちがそれこそ放たれた矢のように飛び出す。ミドウは笑いながら片手で印を結び、魔法の言葉で詠唱を開始した。

「ッ!? なんだ、あいつらは!!?」
 仰天したジノが声をあげる。小屋から飛び出した者たちは武器を片手に、一歩二歩とこちらに近づいてくる。
 これは領民たちも完全に想定外の事だったのか、互いに仲間同士で顔を見合わせてはあわただしく何か相談している。
 と、そこへ。

「‥‥!!! いけない! みんな逃げ‥‥!!」
 ファルが言いかけた時点で、既に遅かった。

 小屋からは、矢ではなく、『火の玉』が飛んできたのだ!

「「「「‥ッッッ!!!!!」」」」
 冒険者4人を捉えた爆発が彼らを包み込む。引火した葉が、枝が、暴力的な温度で燃焼し、あたりは一瞬で地獄絵図と化した。

「ひ、ひいいっっっ!!」
「さアァ! これでいよいよ後戻りはできなくったァ!! 早く冒険者を倒さないと、今度はあんたたちが燃えちゃうわよォ!!?」
 小屋から出てきたミドウの狂ったような笑い声が森を支配する。腰を抜かした領民をすりぬけ、ミドウ直属の部下達は冒険者たちに止めを刺すべく駆け出した。


(「まずい‥‥!」)
「‥ほう、私と同じようなことを考えている奴がいたか」
「!!?」
 茂みに潜んでいたフェイトがいざ駆け出そうとしたその時、突如として背後から刃をつきたてられた。
 咄嗟に前方に飛んで致命傷こそ免れたものの、背中からはじんわりと熱を帯びた痛みが伝わってくる。 
「あなたは‥。一体‥!?」
「回復役を潰す為に、あの僧侶から殺すつもりでいたが‥‥。おまえをミドウに近づかせるわけには行かない。こちらも指揮官を潰されては負けるのでな」
 フェイトと同じように、どこかに潜んでいたのだろう。ショートソードを携えたエルフの女は片手で自分についた木の葉を払いつつ、フェイトと対峙する。
「まあ、こっちも仕事でな‥。死んでも恨むなよ、小娘」
「そっちが‥‥‥!!」
 フェイトのダガーと、エルフの女のショートソードは引かれ合うように激突した。


「あっちち! ええい、まさか魔法で来るなんて!!」
 黄のロッドが振るわれ、相手のアゴに命中する。山小屋に近づこうにも、まずはこの襲い掛かってくる連中をなんとかしなければならない。
 想定外の魔法攻撃は樹に身を隠したくらいでは防げない事を悟ると、黄はいっその事と攻撃に全神経を集中し、斬った殴ったの大立ち回りを演じている。

「あいつが首謀者か‥! ここは食い止める! エレ、いけるか!?」
「は、はい‥‥っ!!」
 火花散るロングソードでつばぜり合いしつつ、ジノが敵を押しのけて道を確保する。今度魔法が飛んでくれば、それこそ戦局を完全に決められかねない。
 エレは腰を抜かした領民たちの頭上を飛び越えると、全速力でミドウに駆け寄った。

「‥っ! ちょっと、来ないでよ! 呪文唱えたらあたしまで燃えちゃうじゃない!!」
「に、逃がしま‥‥せんっ‥‥‥!!」
 範囲の広い魔法に対する、ある意味有効な対策だった。範囲内に術者さえも入ってしまうのならば、迂闊に攻撃魔法を使うことは出来ない。

「‥ええい、もう!!」
「な‥‥!!?」
 ミドウは舌打ちすると、今度は手の平から大量の煙を発生させた。エレは突然視界を遮られ、思わずつまづいてつんのめる。
「ま、待ちなさい‥‥! 一体、何のつもりでこんな‥‥‥‥ッ!!」
 右も左もわからぬこの状況で、足音だけが遠ざかっていく。煙から出れば追跡もできるだろうが、白い煙に方向感覚を奪われて動きようがない。

「‥! そろそろ潮時か。まあ、お互い程よく消耗したし、ここら辺で休戦でもしないか?」
「ふざけたことを‥っ!!」
 フェイトの一撃は空振り、エルフの女はバックステップを踏んでそのまま身を翻す。
「‥‥っ」
 深追いはできない。領民を巻き込んでの戦いとなった仲間のほうに加勢をしなければ。疲労した体を奮い立たせ、フェイトは小屋のほうへと戻っていった‥。


●エピローグ
「ううむ、そのような事が‥‥」
「はい。今回の件ですが‥、何者かの悪意が背後に働いている可能性が‥‥。気をつけて下さい」
 冒険者たちの報告を受け、依頼人オーギュスタン子爵は腕を組んで唸った。

「‥ところで、今回騒ぎを起こした領民達はどうしたのかね?」
「何人かヤケドで怪我をした者はいたが、大事には至らなかったのでその場で解散させた。‥。やはり、まずかっただろうか?」
 領民との約束を守り、ジノは彼らを逮捕せずにそのまま家に帰した。領民達が何度も彼に礼を述べていた姿は、他の仲間たちのよく知るところである。
「いや‥。妥当な判断であると私も思う。言い方は悪いが、今はその者達よりも、逃亡した首謀者と思しき男と、その一味であるエルフの女、それと‥‥」
「わ、私達が倒した‥これ、ですね?」
 緊張した面持ちで、エレが血のついた布きれを差し出す。布には黒いバラと、逆十字‥。
「なんだっけ‥? 黒薔薇、逆十字団‥‥? ここら辺の勢力は大分衰えたって、聞いてたケド‥‥」
「最近、また勢力を盛り返しつつあるみたいだけどね‥‥。あいつらの根は、深い」
 聞きなれぬ声に、はっとして黄が振り向く。その先には、ハーフエルフの少年、ジョルジュの姿がある。
「ジョルジュ‥。今回は、その‥‥」
「‥いつまでも隠し通せることじゃないのは覚悟してたさ‥。別に、驚くことでもない」
 遠慮がちのジノの言葉にも、 ジョルジュはそっけない態度で言葉を返す。

「ジョルジュ‥。貴方の価値は、貴方自身が決める事です。家族の皆さんが笑顔で‥‥」

「人間のあんたに何がわかるッッッ!!?」

 突然の絶叫。いや、悲鳴かもしれない。ファルをはじめ、皆が突然のことに口をつぐむ。
「い、いや‥。すまない。今のは、言いすぎた‥‥」
「いえ‥。すみません、こちらこそ‥‥」

「‥でも、そうなんだ。いくら自分は自分、とか思っていても、絶対的な事実として、周りの評価は圧力をかけてくるんだよ」
「‥‥‥」
「人間は、俺たちと共に歩もうとしない‥。そして、俺たちも、人間を嫌う、憎む。‥‥‥。そこが最悪なんだ」


 場所は変わり、屋敷の屋上へと移る。
「ルネ‥‥」
 既に会話を終えたのか、フェイトは眼前に佇む少女の名前だけを呼ぶ。
 ルネは頷き返すと、いつもの真っ直ぐな瞳で空を見上げた。
「ええ‥。近いうち、あの組織と再び激突する時がくるでしょう。その時は、よろしくおねがいします」