稚児捨て森
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■ショートシナリオ
担当:夢想代理人
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 48 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月06日〜10月18日
リプレイ公開日:2005年10月11日
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●オープニング
まるで忌まわしいもののように光を遮断する森の中、一人の痩せこけた女性がよろよろとした足取りで赤子を抱きかかえ、奥へとその歩を進めている。
「‥‥」
女性はうわごとのように何か言葉を繰り返しているが、時折揺れる木々のざわめきにかき消され、その言葉を知る事は出来ない。
歩く事、数刻。
女性は森の中でも少し開けた場所へとたどり着いた。
広場の中央には、樹齢が軽く百年は越えているであろう、立派な大木がそびえ立っている。
「ごめんね、ごめんなさいね、坊や‥‥」
女性は震える体でその大木に近づき、その根元へ自分の子供をそっと下ろした。
「‥‥‥」
するとどうだろう。大木の枝が柔らかいツタのようにしゅるりと動き、ゆっくりとその先で子供を包み込み、自分のうろとなっている部分に招き入れたではないか。
「ああ、ごめんね。ごめんなさいね。許して頂戴ね」
女性は『この先の事』を知っているのか。足早に踵を返してその場を立ち去る。
―がり
赤子の悲鳴、つまり泣き声ではない。絶叫が森に響いた。
「でもこれは仕方のない事なのよ。ああ、許しておくれ許しておくれ‥‥‥」
―ばり、ばり、がり
総毛立つようなその絶叫も、数秒でぶつりと途絶えた。なぜそうなったのかは言わずもがな。
母親は自分を殺してやりたい衝動を抑えながら、村の方へと戻っていった。
●名もなき村の教会にて
「なんという事だ‥‥」
その村唯一の、外から来て住み着いた神父は自分の机に向かったまま、そう呟いた。
子供を連れて森に入った母親が、『一人で』村に戻ってくるところを目撃したのだ。
「あの忌まわしいモンスターに我が子を‥。なんという。なんという事だ」
この村にジーザス教が布教される以前かららしい。土着の信仰として、あの大木が神木として崇められていたという事実は。
おそらく、あの大木が信仰され始めた頃は『ただの木』だったのだろうが‥、長い年月を経る事で、魔物へと変貌したに違いない。
だがしかし、それでも村人の信仰は消えなかったのだ。あの大木に食べられた子供は天国に逝けるなどという新たな伝承が付け加えられ、元来ひどく困窮した生活水準であるこの村では、もはや日常的にあの大木への稚児捨てが行われている。
「『子捨て』の風習など、このままのさばらせておくわけにはいかない‥‥。なんとか、しなければ」
神父は深くため息をついた後、羽ペンを取って手紙を書き始めた。
●ドレスタット冒険者ギルドにて
『村の近くの森に、人を喰らう恐ろしい大木が存在する事がわかりました。
つきましては、これを切り倒していただける冒険者を数名募集いたします。
―依頼にあたっての注意―
・村人に木を切り倒すことを悟られないようにお願いいたします』
●リプレイ本文
『あの大木は、ジーザス教が入る前までは神木として崇められていたのです。
今は、村人全員がジーザス教に帰依しているとはいえ、あれを切り倒されたとあれば、彼らがどのような手段に打って出るか‥‥』
「‥ふむ」
アリアドル・レイ(ea4943)は手紙を読み終えると、端々が擦り切れたそれを丁寧に折りたたんで懐にしまった。
「なるほど‥。確かに、それでは悟られたくないのも無理はありませんね‥‥」
ほとんど目を閉じたような表情で、ルナ・ローレライ(ea6832)は感想を漏らす。
空は鉛色の分厚い雲で覆われているせいか、日光の苦手な彼女も幾分か過ごしやすそうである。
「なぁに、万が一の事があれば、俺が一喝そいつらにいれてやるさ。人喰い樹だか何だか知らんが、粉砕してやる」
鉄の金槌を担いでいるヘクトル・フィルス(eb2259)は息巻いた様子で口を開く。確かに、恵まれた体格と体力を持つ彼が言うと、そのような言葉も頼もしい。
「‥‥人の心は怖いですね。我々に出来るのは‥‥いや、ともかく。
我々は、我々の出来るだけのことをしましょう」
ヴィクター・ノルト(eb2433)の言葉を否定する者は一人もいなかった。冒険者達は沈黙でもって彼の言葉を肯定すると、道を急いだ。
●見えざる魔物
光の全く差し込まぬ森の中、二人組の村の猟師とおぼしき男たちは仕掛けた罠に獲物がかかっていないかを調べていた。
「‥‥チッ、ダメだ。ここはハズレだなぁ」
「仕方ねぇ。他の場所に‥‥? おい」
片方の猟師が『何か』に気がついた、下に向けていた顔を上げ、森の奥を注視する。
「あん、どうした?」
「何か、聞こえねえか‥‥?」
「――――――ォォォォォォッ」
瞬間、ぞくりと背筋を舐めるような遠吠えが森に響く。
「「ひっ、ヒィィィィィ!!!?」」
その正体が何かなど、確認する気すらおきなかった。猟師二人はそのまま道具を地面に放り投げると、一目散に村のほうへと逃げていく。
「‥少々、毒が強すぎたかな。あそこまで怯えさせるつもりはなかったんだけれども」
クマの着ぐるみを身につけたベアータ・レジーネス(eb1422)が茂みからひょこりと顔を出す。
「まあ、いいんじゃないか? これで、村に入ったアリアドル達の信憑性も増すというものだろう」
その横ではヘクトルが草まみれになって潜んでいる。2人は村人が完全に見えなくなると、再び茂みに身を潜めて仲間の到着を待つことにした。
村の方では、森に謎の怪物が現れたと大騒ぎになっていた。
吟遊詩人(と思い込んでいた)冒険者たちの到着に、まるでお祭のようにわきあがっていた村人たちは一気に混乱と不安の渦に叩き落される。
(「う〜ん、効果‥てきめん過ぎ、かな?」)
カアラ・ソリュード(ea4466)は頬を指で掻きながら、バツの悪そうに混乱する村人たちを眺める。
「そ、そうだ! あんた、その身なりからして剣士なんだろう!? 頼む、あの声の正体が何なのか、調べてきてくれ!!」
村人の一人が、彼女に声を掛ける。他の者たちもその考えなのか、様子を伺うように視線を集中させる。
「ええ、勿論。もしかすると危険な魔物かもしれないから、みんなは私たちが戻るまでは、絶対に森へ入ってはダメよ?」
絶対に、の部分へ若干力を込めつつ、カアラは答える。村人が安堵して笑いさざめく中、アリアドルはそっと彼女に耳打ちする。
「‥‥なんとか、上手くいきましたね。念のために、私は森の入り口で待機していますが、そちらもお気をつけて」
「わかってるわ。まかせて」
●稚児捨ての木
気持ちが悪いほどの静寂が支配する森の中を、一同はベアータ、ヘクトルらの先導で進む。
小一時間ほど歩いた後、やがて冒険者たちは開けた場所へとたどり着いた。
「あれが‥、問題の人喰樹」
ヴィクターの顔がにわかに険しくなる。想像していたよりもずっと太く、大きい木だった。樹齢の高さは推して知るべし。
「‥。ダメ、ですね。もう完全な『モンスター』に成り果ててしまったようです。会話らしい会話が成立しませんでした‥‥」
小さくため息をつき、それまでかがんでいたルナが立ち上がる。人喰樹の方はこちら側を完全な『敵』と認識したのか、ずるりと枝をしならせて攻撃の準備を整える。
「向こうはやる気マンマンのようだな‥。上等だ、ブッ潰してやる!!」
業物のハンマーを携え、ヘクトルが怒声と共に、かの大木へ突っ走る。それが戦闘の合図。
カアラ、ヴィクターも接近を開始する。
「うおっ!!?」
瞬間、ヘクトルのサムライヘルムに強烈な衝撃が走る。ぐらりと視界が揺らぎ、たまらずたたらを踏む。
「って、ててて‥‥! この野郎!!」
樹上から迫るムチのような枝。それがあらゆる方向から襲い掛かってくるのだ。武器で受け止めようにも、死角をついて繰り出される分の攻撃はさばききれない。
「我、求むるは虚無なる深闇。汝、為す術もなし‥‥」
ルナが呪文の詠唱を終える。あたりに『闇』が発生し、大木を包み込む、が。
「ヘクト‥! ぐッ!!!?」
援護に回ろうとしたカアラが紙一重のところで枝の一撃を受け流す。闇で包まれているというのに、人喰樹はさしたる苦もなくこちら側に攻撃を当ててきた。
(「『目で』こちらを見ているわけではないってこと‥? 厄介ね」)
襲い掛かってくる枝を切り落としつつ、そのような事を考える。
「根ごと焼き払って‥燃えろッッ!!」
ヴィクターがマグナブローの詠唱を終える。吹き上がるマグマの炎。ベアータのストームが更にその炎に複雑なうねりを加え、一気に人喰樹を包み込む。
「これで‥‥!」
燃え盛る炎を見て、仕留めたと思うヴィクター。だが‥。
「危ないッ!!!」
カアラに突き飛ばされ、はっと我に返る。
「カアラさんッ!!」
「づっ‥、大丈夫‥! これくらいッ!」
彼女の左腕を強烈な痺れが襲う。文字通りムチのようにしなる枝が命中したことで、当った部分がミミズ腫れとなっている。致命傷には程遠いが、確実にこちらの集中力を削ぐ嫌な一撃だ。
「‥! ダメです、火力が全然足りていない‥‥!」
炎を耐えぬいた人喰樹の姿を見て、ルナは驚愕する。初級のマグナブローでは木の幹にちょっと焦げ目がついただけで、大木を発火させるには全く火力不足だったのだ。
「そんなら話は単純だ‥!!!」
ヘクトルは勢いよく地面を蹴り、己のハンマーを大きく振りかぶる。
「粉々にブッ壊してから‥焼き払ぁぁぁうッッッ!!!!!!」
武器の全重量を乗せた一撃が、人喰樹のどてっ腹をぶち抜く。
「ォォォォォオ―――ッッッ!!!!」
人喰樹うろの様な口から、はじめて悲鳴が吐き出される。すかさず反撃として繰り出される無数の枝。
「させないッ!!」
カアラのロングソードが空を切り裂き、そのまま枝を両断する。うなる人喰樹。怒りと痛みで、心なしか揺れているようにさえ見える。
「‥。長い戦いになりそうですね」
ヴィクターはふつふつと湧き上がる激情を冷静に抑えつつ、再び詠唱の態勢に入る。大木の耐久力は予想以上であった。ここまで来たら、先に冒険者が倒れるか、大木が倒れるかの持久戦である。
「幹がダメなら‥‥。その枝を焼き払ってやる!!」
●エピローグ
「それは聞くも涙、語るも涙の話でございます‥‥」
村人がアリアドルの演奏に耳を傾ける中、軽やかなリュートの調べが響き渡る。
「ど、どうだ‥。こんだけぶん殴りゃあ‥さすがに、死んだだろ」
汗だくになったヘクトルがその場にどかりと腰を下ろす。彼の目の前には、ところどころ亀裂が入って今にも倒れそうな人喰樹の姿。
「た、倒した‥‥。死ぬかと‥思った」
口にたまった血を吐き捨て、カアラもその場にへたり込む。これだけの人数で、よくもまあこの大木を殺せたものだと自分で自分を褒めてやりたい心境だった。
「枯れ枝を‥この木の周りに置いて‥‥、それで燃やし‥ましょう。それならば‥火が‥‥つくはずです」
精神力をほとんど使い果たし、肩で息をしているヴィクターが苦しそうに口を開く。
「古き樹木に千の魂満つる時。大樹枝葉を焔に転じ、自らその身を焼き払いて一条の煙となり、幼子の魂を天上へ運ばん‥‥」
ざわ、と村人の一部が激しく動揺する。アリアドルは片目だけ開いてそれを確認すると、再び目を伏せて演奏へと没頭した。
「聖なるかな聖なるかな。古き樹木の導き手よ。
見よ、幼子たちは神の国へといざなわれた。
見よ、残された灰は今祝福され、汝等を満たすであろう」
「おやすみなさい、もう苦しむことはないから‥。
おやすみなさい、もう悲しむことは無いから‥。
貴方たちが生まれ、消え行く間には‥‥」
水晶のように透き通ったルナの歌声が、ベアータの伴奏に乗って森に吸い込まれていく。
パチパチと焦げ臭い匂いを出しながら燃えて崩れていく大木を囲みつつ、理不尽に消えていった魂たちを慰めるために、なおも歌は続く。
「あなたの魂が、天国にありますように。
暖かな風が、ありますように。
愛しい温もりが、ありますように‥‥」
「(明日は きっと優しいから)おやすみなさい、おやすみなさい、おやすみなさい。
愛する我が子らよ‥‥」
リュートの上を踊るように跳ね回る指先。暫くの伴奏の後、歌はやがて物語へと変わり、いよいよ最後の下りへと移る。
「‥。やがて、残された者たちの努力と相まって、貧しい土地はいつしか、豊かな土地へと変わっていったそうです‥。
めでたし、めでたし‥‥」