腐海の森(守)人

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月25日〜06月30日

リプレイ公開日:2007年07月06日

●オープニング

「ちょっと見ない間に景色変わったわね」
 プリエは油断のない目つきで方々を見渡しながら、そうつぶやいた。
 ジャルダン。一時は新たな開拓の町と評され、とても賑わっていた町だ。ユスティース領内でも屈指の町であり、気の早い者はパリなどと同格の意味を表す『街』を使っていた。
 それが今ではどうだ。活気があるとはいえなかったが、少なくても普通の町だったはずなのに、今は静まりかえり人の姿一つない。
 先日、このジャルダンの町が鉱毒被害の中心地だと突き止めたのだが、町人のほぼ全員が毒を垂れ流した男アガートをかばったため、捕まえることができずそのままとなってしまった。
 被害はどんどんと悪化していっている。前回は村3つ分の被害であったが、今は10を越え、まもなく、セーヌ河に到達しようとしていた。セーヌ河に到達すれば、川沿いに発展した街が多いノルマンは、ほとんど一網打尽になる。被害の数も今の比ではなくなるだろう。
 プリエ、ヴァレリア、ダルクの3人はその為、再びこのジャルダンに向かっていたのである。
「住民の姿が見えないな。上から見回してみようか? グリフォンを連れてきているんだ」
 ヴァレリアは他にもグリフォンやら、ペガサスやら、ララディやらもいて、戦力的には申し分ないのだが、いかんせんほとんどがモンスターと呼ばれても仕方のない者達。
「グリフォンなんか呼んだら、住民がいても建物の中に逃げ込むわよ」
「や、鷹でよければ。後はプリエのテレパシーがあれば交信できるだろう?」
「わっははは、そんな大変なことをしなくても、呼べばいいじゃないか」
 そんなやりとりを聞きながら、ダルクはあっけらかんと笑うと、すぅぅ、と大きく息を吸い込んだ。プリエやヴァレリアが止めるには彼の体は大きく、そして頭は貧相であった。
「たーのーもーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!」
 とんでもない声量で、空気が揺れた。空を飛ぶシフールのプリエなど我慢ができずそのまま地面に転げ落ちてしまったほどである。
「ダルクっ! 私たちと町の人たちは友好関係ではないのだが」
「どうせやりあわなきゃならんだろう。かかってくるなら手っ取り早いじゃないか」
 周囲の空気などまるで知ったことではないと言わんばかりに、わはははははっ、と笑うダルク。そして彼の期待通りに、動く者は彼らの前に姿を現した。
「!!!?」
 人、なのだろうか。
 のたのたと歩いてくるそれは豊かな緑に覆われ、半分以上が異形であった。顔の半分以上も緑に覆われ、だらしなく垂れ下がった下も緑に変色していた。残った方の白い目だけが悲しいくらいに鮮やかであった。
「あ、あぅ、ああぁ、ぅあ、ぇ、ぇぁ‥‥ぁ」
 それは何か言葉を発すると同時に、肺を冒していた苔の胞子が吐息に混じって漏れ出た。
 その醜悪な姿に、プリエは思わず硬直してしまった。あれは間違いなくこの町の人間だった。記憶の中の彼は、確か他の冒険者が連れてきた、町長の息子であったはずだ。活動的な好青年であった姿は今はもう見る影もない。
「大丈夫か。しっかりしろ!!」
 ヴァレリアは助けを求める苔まみれの人間の手をとると、ゆるやかに抱きしめて、地面に寝かしつけてやった。その拍子に胞子が空気の色を染めるほどに飛散するが彼女は全く気にしなかった。
「ちょっと苦しいかもしれないけど、気管に水を入れるから。定着していないカビは取れるはず」
 すぐさまプリエが水を口の中に放り込み、吐かせる。入れるときには透明だったはずの水も、はき出されたときには何ともいえない緑色に変色しきっていた。だがそれでも男は幾ばくかましになったようで何度か繰り返すとまともな人語になって彼女らに応答した。
「あ、り、かほっ、かほかほかほっ!」
「この町に何があった!?」
「あか、とさ、ん。こ、とく、ち、ぅわ、す、るた、めに、ぃ、とに、きせい、する、ほ、しいれ、た」
 アガートさんは鉱毒を中和するために人間の体内でも繁殖する胞子を井戸に投げ込んだ。
 毒はその胞子が吸収してくれるため、毒を被ることはなかった。だが、成長した胞子は人間を包み始めた。
 アガートさんは言った。胞子の成長を止めるには毒を飲むしかない。毒を飲めば成長は止まる。町の人々は争ってジャルダン・ド・フルールに埋もれた毒を吸ったヒルを探し求め、食らった。
 しかし、ある者は毒の摂取しすぎで中毒症状で。ある者はカビに完全に包まれて。そして町の人間は死に絶えた。
「なんて、残酷な。アガート。アガートはどこにいるの?」
「き、に、なた」
 ごはっ
 それが青年の最期の言葉であった。緑色の体液を吐いてそのまま涙をぼろぼろと流していた目をぐるりと向かせてそのまま動かなくなった。
「樹にな、った‥‥」
「デビノマニとしての本性みたいなものだろう。は、大樹海の主様にでもなるんだろうな。こりゃあいい、王様と戦えるなんてそうそうない話だ。俺はまだまだ強くなれるぞ」
 息巻くダルクを横にヴァレリアは、小さく違う、とつぶやいた。
「アガートは王になるような性格じゃなかった。自然を汚した者を裁きたいという憤怒だけが行動理念だったはず。ほとんどそれが達成できた今、その怒りは、自然をゆがめた自分に‥‥」
「どっちにしたって同じ事だ! ともかくアガートを見付けてぶっとばす! それだけだよなっ」
 ダルクは力を誇示するように腕の力こぶを見せつけた。彼はどんな悲惨な状態でも全く臆することはないのだ。
 だが、体の小さなプリエはそうもいかなかった。
「‥‥いちど、引き返したいけど、いいかな。こほっ」
 水を上げたときに胞子を吸い込んだのだろうか。妙に咽せる。それをみて、ヴァレリアが渋い顔をした。
「生物毒と鉱物毒用の解毒剤は持ってきたいたのだが、植物毒は警戒していなかった。ペガサスのイカロスを呼ぶから待っていろ。それからいったん戻ろう。私たちだけでは危険だ」


 すぐに痛烈な痛みで動けなくなったプリエをペガサスに乗せて、一行は町に戻り、体勢を立て直すことにした。依頼は他の冒険者に回されることになった。

●今回の参加者

 ea1787 ウェルス・サルヴィウス(33歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4465 アウル・ファングオル(26歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8737 アディアール・アド(17歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea8898 ラファエル・クアルト(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb0346 デニム・シュタインバーグ(22歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb3979 ナノック・リバーシブル(34歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

ミカエル・テルセーロ(ea1674)/ カラット・カーバンクル(eb2390)/ 玄間 北斗(eb2905

●リプレイ本文

「なんで、なんで効かないの!?」
 明王院月与(eb3600)はプリエを前にして、打ちひしがれていた。傍には各種の解毒薬の瓶が転がっている。だがその内容液全てをプリエに飲ませても彼女の容態は回復する様子はなかった。
「多分、毒ではないからです。寄生植物だと考えてもらえばいいでしょう。全く無害ですが、成長することで循環器や消化器を圧迫します。青年が半分苔に覆われた状態で生きていたのも、そういう事情でしょうね」
 苔を採取したものを机に置いて観察するアディアール・アド(ea8737)は酷く冷静に答えた。
 悪意の塊と呼ぼうか。アディアールは新種の苔についてそんな形容詞が一番だと思っていた。生物に付着して成長し少しずつ巨大化し、ほとんど限界まで寄生された生物を被うと、胞子をばらまき他の生物に付着しようとする。大抵体の機能がその増加を食い止めるが、多量に接種したり体の抵抗が弱っていると、プリエの二の舞になるのは間違いがなかった。唯一の幸いは生体に入り込まないと長く生きれないということだ。こんなのがジャルダンの中一面に飛散していることはないだろうが。
「毒でないから、アンチドートは効かない。リカバーで体の機能は再生できますが、根本解決にならない。ホーリーだと‥‥プリエさんまで傷つけてしまう」
 ウェルス・サルヴィウス(ea1787)も精一杯祈りを込めながら治療法を見つけようとしたが、プリエを助ける方法は出てこない。
「行って‥‥私より、助けるべき人が、いるでしょう。やるべきことがあるでしょう?」
 小さな声でプリエはそう言った。まだ外見に変化はないが、舌や歯茎などがうっすらと緑がかっているのは苔が着々と勢力を伸ばしている証拠だ。それでもプリエは自分より他人を先にと示した。アディアールは頭を垂れた。
「プリエさん‥‥すみません、今度こそあの人を止めます」
「絶対解決法見つけてくるからね。良くなってルフィアちゃんと一緒に遊びに行こう」
「‥‥うん、じゃ待ってる。絶対に負けない。約束」
 プリエは小さな指で、月与の指が絡み合う。

 指切りげんまん。



「胞子‥‥障気というのでしょうか。それが一番濃いのが中央‥‥以前来たときは花畑だったところです。」
 デニム・シュタインバーグ(eb0346)と共にグリフォンで飛び上がったシェアト・レフロージュ(ea3869)からのテレパシーがラファエル・クアルト(ea8898)の元に届く。その声を頼りにしながら、一行は森の中を歩み続ける。
 以前に来た森は木漏れ日が爽やかで清涼な空気で身を癒してくれたものだが、今のその森は同じ森だとはまるで思えなかった。
 緑を濃縮したような異臭がマスクを通しても伝わってくる。空気はよどみ、視界はどこかけぶって見えた。差し込む陽射しは深海から見上げる光のようにぼんやりとしていて、異世界に迷い込んだような錯覚を引き起こす。足元は苔がひたすら続き、踏みしめる度に細かな胞子が、足の周りを靄のように包んだ。
「この前と同じ森だとは思えないわね‥‥ここ前には無かった道だわ」
「あの花畑に今まで無かった大木があります。多分、『それ』でしょう。障気が凄いので、近づく際は注意してください。‥‥視界範囲内に入ったら教えてくださいね。降下して合流します」
 シェアトの声はとても淡々としていた。どこか吹っ切れた、というより心の痛みを感じる力が振り切れてしまったのような。
 ‥‥これが終わって、一段落したら、少し心を休ませてあげたいわね。今は様々な決意、絶望、そう言ったものが渦巻いている。そこに残ろうとするだけでエネルギーを消耗する。
 そう。決断に反論できないだけで、理想は誰かに砕かれる。それを少しでも取り戻すためにも。
「この、土がほじくり返された痕は‥‥きっと住民がヒルを口にするために少しでも探そうとした痕なんでしょうね」
 アディアールは悲しそうな目を向けて、まだ緑に被われていない不自然な地面の凹凸を見て、呟いた。
 木々の端々にできている土まんじゅうは、掘り返せばきっと人間の死骸が埋もれている。それがアディアールにはありありとわかった。
「尊敬していました。貴方のようになりたいと。そして恐れていました。私も貴方のようになってしまうのではないかと。けれど、これは酷すぎます。貴方の企みは何としても止めます」
 まもなく苔はジャルダンを浸食し始める。人間の営みなどまるでちっぽけであるかと言わんばかりに包み込んで、そして消していく。
「‥‥着いたぞ。木々に紛れているかと思ったが、そうではなかったようだな」
 アディアールの思索を遮って、ナノック・リバーシブル(eb3979)が声をかけた。
 花畑が足元に広がる。それらもやはり苔に被われいつぞや感じた清涼感など欠片も残っていなかった。その中央に一本の樫の巨木が一行を迎え入れた。
「アガート、さん?」
 月与の躊躇いがちな声に、風がざっと吹いて枝葉を揺らした。濃い障気が一瞬だけ晴れ、その樫の木の幹に深い皺を刻んだ男の顔が姿を現した。よじれた幹が合わさって一つの幹を為す中で、彼はそこに埋もれるようにして眠っていた。



「アガートさん‥‥」
 グリフォンのワールウィンドから降りたシェアトがそっと話しかける。しかし、それは他の誰かと同じように、アガートは語らなかった。
「魂を捨て、姿を変えようと貴方が人である事からは逃れられません。どんな形でもまだ痛む心を持っているから‥‥今ある自然を守り再生する為に、教えてはいただけませんか?」
 静かな時間が過ぎ去る。彼は何も答えてはくれない。それは木であるため、ではない。樹になっても会話を拒絶していることが幼い頃自然と対話をして暮らしていたシェアトには直感的に理解できた。
「‥‥答えてはいただけないのですね」
 シェアトが一歩踏み出し、詠唱をはじめた。記憶を読み取る魔法。リシーブメモリーだ。
 だが、その瞬間、デニムが剣を抜きはなってシェアトの前進を体で阻止した。
「シェアト姉さん‥‥危険です」
 そんなことない、と言い返そうとした瞬間、地面が軽く揺れて、蔓延っていた根の一つが隆起し、二人をなぎ払おうとするが、デニムはシェアトを庇って横っ飛びに攻撃をかわした。
「アガート‥‥どうしても許せないのか?」
 ナノック・リバーシブル(eb3979)も即座に武器を抜き放ち、構えた。本来ならアイギスと共に戦うはずだったのだが、マスクを嫌ったため、同行させることを彼自身の口で拒絶しなければならなかったためだ。
 アガートは全身をゆらめかせながら、一行と対峙している。動きは全体を見れば緩慢なようにも見えるが、冒険者はその全てに対応しなければならない。四方八方の攻撃のことを考えれば避けきれるかどうかは分からない。
「あるべき自然の姿を思い出して。人と共存できる世界を作ろうって考えていたこと思い出して」
 枝葉をウェルスに及ばないようにさばきながら、月与は一生懸命に語りかける。それが通じたのか、一瞬問いかけに対する答えが戻ってくる。
「そんなモノ、幻想ダ」
「幻想だって!? それじゃ、あなたはこんな光景が理想だっていうのか!!」
 デニムが吼えると同時に、根の一つを槍で貫いた。多方向からどれだけ枝葉や根が襲いかかって、体を打ちのめしても、デニムは痛みを感じなかった。
「目の前のことしか見エヌうちハ理解できヌよ。若造」
 デニムの足に引きつるような痛みが走った。同時に足が全く動かないことに気づく。見れば苔がくるぶしまで覆い隠していた。動こうとすればひどい痛みが走ったし、じっとしていてもおぞましい感覚がそこからはい上がってくるのだ。
 とどめを刺そうとするアガートにアディアールが、アグラベイションを放つが、周囲の障気と同様に隠れていた冷気が水鏡を作り、魔法を反射されてしまう。
「止まってなんかいられないっ。絶対に護りたい人が僕にはいるんだ!」
 デニムは槍を自らのアキレスに突き刺し、蝕んでいた根を無理矢理切り離す。即座に持っていた解毒薬とポーションを飲み干し、自分の傷を癒して再び突進する。
「儚シ」
 幹に刻まれたアガートの顔までデニムが迫った瞬間。視界が濃緑で塗りつぶされていく。同時に目に激しい痛みと呼吸困難が引き起こされる。
「デニムさんっ」
 ウェルスが月与のカバーから外れてでも、まっすぐそちらに向かう。
「ウェルスお兄ちゃん、危ないよっ!?」
「そうですよ、来ていただかなくても、そっちにすぐ引き戻しますからね、と」
 月与の言葉と重なるようにもう一人、別の声が響いた。
 幹を挟んでデニムと正反対の位置。聖剣アルマスを突き立てたアウル・ファングオル(ea4465)がちらりと仲間達の姿を見ていた。アウルはただ一人、一行から距離を開けて進み、アガートとの戦いが始まる中、攻撃圏外から大きく迂回して背後から攻撃を仕掛けたのだ。それでも全周囲に根と枝葉を広げるアガートの攻撃は彼にも襲いかかっていたが、デニムやアディアールの存在に意識がそちらに向いたことで、アウルはフリーでここまで近寄れたのだ。
「すいませんね。皆さんには悪いですが、囮に使わせていただきました」
 しかしそれでも尚、何事もなかったかのようにアガートは動き、冒険者をなぎ払う。
「!? まだ、動くのか‥‥」
「体を構成している植物の内の幾ばくかは、自身のものじゃないからよね。ミカエルが言っていたわ。植物系の姿になったデビノマニは自分の体を植物で覆って操るってね」
 ブレーメンアックスで枝を打ち払いながら、ラファエルはそう言った。そして油断無く近づくと倒れたデニムを救いだし、ウェルスの元に運んでやる。
「なるほど、一部は攻撃も防御も兼ねてくれる鎧代わりになっている植物だということか‥‥」
 ナノックは改めてそびえ立つアガートの姿を見上げた。
 だとするならば、枝葉のが生まれている根元を断てばすぐ解決できる。しかし、そこに辿り着く手段が‥‥。
 押し黙って考えるナノックの視界に白い閃光が走った。枝葉を巧みにかわしながらやってくるのは‥‥。
「アイギス‥‥来るなと言ったのに」
 そう言いながらも、口元を思わず弛めてしまうナノックは、駆け下りてきたアイギスに飛び乗ると一気に上昇し、剣に渾身の力を込めた。



「楽士っていうデビルに何人もの人が惑わされたよ。でもねみんな本当に救いたいモノ、愛するものだけは見失っていなかった。アガートさんの護りたかったもの、思い出して。そして見つめて」
 枝葉も根も断たれ、本体もアウルの一撃で動きを止められたアガートの前で、月与は一生懸命に語りかけていた。だがアガートは何も語らず、心を開こうともしなかった。リシーブメモリーも改めてかけ直したが‥‥。
「もういいでしょう。答える見込みが無ければ、根を断たせて頂きます」
 アウルがそう言ってアルマスを振りかざしたのをアディアールがそっと止めた。
「先ほどのシェアトさんのリシーブメモリーの話、聴かせていただきました。町の人達の植樹も形だけでちゃんとした植樹になっていなかったんですね。だから、あなたは悪態をついた。それだけではありません。あなたはずっと世界を見て歩いていた。そして人間のエゴだけで壊される土地。荒れる自然。そして世代が変わって‥‥注意したことを忘れ、結局自滅していく人を見続けた。
 だから、あなたは、自然の真の恐怖を知らしめることを決意した。ここのカビの繁殖も相当だったんでしょう。救える見込みがなくなったこの町の犠牲にして、あなたなりに畏敬と、そしてこの地を救う方法を実行した」
 アガートは少しだけ目を開けるとアディアールに応えた。
「北欧ではお前のような人間をアーク・ドルイドと呼んでいたよ。自然の理を知る者よ。ならば解決方法も分かっているだろう」
「解決方法って‥‥」
 月与の視線に、アディアールはそっと下を向いた。
「焼き払うことです‥‥」



 空が赤く染まっていた。
 深い緑の世界も今はもう、次々と赤に染められていく。焦げた匂いにのって、燃え尽きた胞子が蝶のようにひらひらと狂い舞う。
 冒険者が撒いていった油はよく燃えた。湿気の高いこの森でも業火は水分をよく飛ばし、地面に潜んだカビまですべて燃え尽くしてくれる。布の切れ端が風に乗ってきたのは冒険者の衣服だったものだろう。それも火がついて、まだ燃えていない箇所に浄化の炎をもたらす。
 アガートの体にも火は広がり爆ぜる音がよく響く。不思議と痛みはなかった。
 周りの木々達も穏やかにその炎を受け入れて、共に最期を歩んでくれるのは、若い司祭の読誦するミサの声が今もまだ響いているからだろうか。
 それは幻聴だ。森の入り口にいる彼らの声が届くはずがない。
 届くはずがないけれど、アガートにはその歌詞がなんども繰り返し、火の爆ぜる音よりも大きく聞こえるのだ。
 魂を鎮め、神の慈悲を給うのだ。
「‥‥アガリアレプト。秘密を暴く者よ。貴様にも解けぬものがあったようだぞ‥‥お前の作った預言は恐らく叶わんよ」
 この世には浄化という力がある。
 自然が持っている偉大な力だ。そしてそれは人にも備わっているのだ。それらも全て一つに繋がっているために。
 視界が薄れる中、優しい歌声が流れてくる。火の音にも負けず、それだけがクリアに耳に響く。

 足元が焼け落ちて、自分を支えることができなくなったアガートはゆっくりゆっくりと身を大地に横たえた。
 天使の歌はまだ続く。いつしかそれは大合唱になっていた。力強く、優しく、語りかけるように歌は響き続けるのだ。どうしてこんなにも歌ってくれるのだ、アガートは微笑んで、その歌を繰り返した。


思い出して 木霊にとけた歌声
緑の風に抱かれ 水と一緒にはしゃいだあの日

耳を澄まして 木々の囁きは子守唄
深い森の木陰の揺り篭 今もあなたを包んでる



 鉱毒被害はこの森の消滅と共にピタリと止まった。
 真っ黒にすすけた森の跡を歩くと、あなたは朝露に濡れた双葉をきっと見つけることができるだろう。
 あなたはきっと見ることができるだろう。その双葉に豊かな森が詰まっていることを。




  終