彷徨の彼女(ロード)
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■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:11〜lv
難易度:易しい
成功報酬:2 G 74 C
参加人数:10人
サポート参加人数:6人
冒険期間:06月20日〜06月25日
リプレイ公開日:2007年06月29日
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●オープニング
●悪魔側
「結局、魂ほとんど回収できませんでしたネ」
リディアははぁ、とため息をついて彼女の周りに散乱している白い珠を見やった。
シャンパーニュ家の人間を魅了と教唆と恐怖で支配し、デビルの仲間入りをしたテミスに親を殺させる手伝いをさせながら、それを止めようとする冒険者の足止めをさせるという計画は残念ながら、冒険者の力をもってほぼ完全に阻止されてしまった。テミスは人の心を取り戻し、彼女の親も無事であった。そして兵士は全滅させられ、リディアに命乞いをする間もなくあの世へと旅だった。
「ディアドラって鬼ヨ、悪魔ヨ。皆殺しにするナンテ。あーもー、魂回収できなかっタ〜!!!」
リディアは地団駄を踏んだ。ここに存在している白い珠=魂=生命力の塊も、生きている人間の一部を奪っただけのもので、価値はそれほど高くない。インプをちょっと借りたらそれでおしまいだ。濡れ手に粟どころか、完全な大赤字である。
互いに殺し合わせ、助けを求めた人から順々に魂を抜き去って濡れ手に粟になるはずだったのに。
それもこれも、容赦なく兵士を皆殺しにしたあの異端審問官のせいだ。あいつが他の冒険者も巻き込んで殲滅を展開させなければ。デビルより悪魔だ。あいつは。
「ふふ、まぁ良いではありませぬか。あれはあれで良い見物でございました。それに彼女があれほど暴れなければ、あなたが不用意に飛び込んで殺されていた可能性もあったでしょう」
その横でネイルアトナードは穏やかな笑みを浮かべていた。
「ネイルアトナード様は本当にあんな劇が好きですネ」
「可愛いではございませぬか。皆必死になって生きようとしている姿のなんとまあ可愛らしいこと」
意味ありげな視線と笑みを向けられて、リディアはぞっとした。彼女にとってはそこにデビルが関与することもお芝居のうちなのだろう。自分がいいように踊らされた上で、最後には磔にされる様子をきっと彼女は微笑んで見ているだろう。
怖い。デビルにだってそんな感情はある。
「さて、それでは少し劇の続きでも見てきましょう。次の舞台は哀れな殺戮人形の末路でございます。リディア、あなたもそろそろ準備しなさい」
「はーイ」
‥‥自分では、あの女には勝てない。服従してもいずれは残酷な最期を迎えさせられる。
リディアはふい、と主人の消え去った方とは違う道を歩み始めた。
「天界が懐かしいナ。ハァ‥‥」
●人間側
「就任おめでとう。呼称はアストレイア卿でいいかしらね?」
異端審問官は、就任の挨拶を終えて戻ってきたアストレイアを笑顔で迎え入れた。
「今まで通りで結構です。私は領主不在で人々が混迷する様子を見たくないために一時的に就任しただけのこと。もっと適性のある人物を選出した後は、神聖騎士の道に戻ります」
皮肉をものともせず、アストレイアはそう言い放った。もう何日も甘言・諫言。そして労務に追われ、精神的に参っているはずなのだが、そんな素振りはかけらも見せなかった。
「それより父の蘇生ですが」
「一応腐敗しないように魔法処理は施しているから、蘇生ができる術士がいれば即座に復活させられるわよ。でもいいの? 後で生き返った本人から、なんで生き返らせたと毒を吐かれるわよ」
実のところアストレイアは後任などほとんど考えていなかった。軍備力と巨大な財源を両立させて、高い治安を誇っていたユスティース領を引き継げるよう人間など自分も含めていない。可能であれば、天命を全うできていない父を蘇らせるのが一番なのだと。その障害があるとすれば、父は命を操作することなどしてはならぬという考えの持ち主であったことと、蘇生できるだけの力を持った僧侶も、父の残した力を狙う勢力であるということだ。
「他の諸侯から甘いお誘いが来ているのでしょう? 結婚したら?」
「冗談を。言い寄ってきた男は全員甘い汁を吸うことしか考えていませんでした。それこそこの地を悪化させます」
気の強い発言だこと。ディアドラはくすくすと笑った。今の彼氏と添い遂げて領地を運営したら? と言いたくもなったが。
「じゃあ、ラニーの商人さんは? アイディールだっけ。手腕もあるって噂だわ。それに治安を守るために素早く対応し、近隣区域の防衛に力を貸したそうじゃない」
「ラニーは金の街です。どこに行っても何をするにも金、金。貧富の差が拡大すれば、それこそ今維持されている治安は守れません。内部崩壊します」
結局、本人は父親を蘇生することだけを考えていないようだ。ディアドラは苦笑した。彼女の考え方も一つではあるが、それでは狭量すぎる。民衆を従えるにしては。
「まぁいいわ。私は政治問題なんかより‥‥テミスの処刑について関与したいから」
ディアドラの言葉にアストレイアは押し黙った。
「テミスは反逆し、そしてこの地を混乱させました。その罪は重い‥‥」
「知ってるわ。領主が不在なら白の教会の異端審問が動き出すところだったから。どうやっても死罪になるなら、自分の手で。そういうことでしょ?」
「黙りなさいっ!!!」
アストレイアは激昂した。まるで他人事のように話すこの異端審問官の口ぶりは、許せなかった。
「あなたも、テミスの犯した罰に関わっていることが理解できないのですか。あなたにも責任があったはずです。それを、それを他人事のように。人の命を、心をなんだと思っているのです!!!」
そのまま即座に抜剣したアストレイアを前にしても、ディアドラはまったく動じたりはしなかった。
「そんなこといちいち考えていたら、キリがないわ。デビルの被害者なんてたいていどこか心情的に肩入れしたくなるところがある。だけど、そんなことを酌量していたらキリがないのよ。あなたも自分の手を汚す決意をしたのなら、非情になりなさい」
「それが人のあるべき姿なものですか!!! 互いに慈しみあい、譲り合う心のない社会に光明などないっ!」
「理想論ね。世の中の人間全てがそうだったら、幸せでしょう。でも、あなたに言い寄って甘い汁を吸いたい男は何人もいるのでしょう? それが明確に答えを示している。人間はそんなにキレイじゃない」
まだ言い返そうとするアストレイアの口を手で押さえて、ディアドラはほほえんだ。
「ごめんなさい。あなたの正義にケチつけちゃったわね。そうなるといいわね。期待しているわ。領主様。ところで私が言いたかったのは、冒険者にも見届けさせて、ということよ。お優しい領主様では心が折れてしまうそうですもの。あとシャナがテミスを元気づけたいという要望があったわ。人のために歌い踊れる機会はそうないから、って。残念ながら縁のない私から見ても才能はないけど、余興にでも使ってあげて」
シャナを呼ぶ。それは慈悲によるものではない。楽士をリディアを呼び寄せるネタにするつもりなのだろう。冷徹なディアドラならそう考えるだろう。
だけど、アストレイアは確信めいた予想を持っていた。デビルはどんなことになっても手を下すことはしない。信頼の主従関係のあまりに自らの手で殺さなければならないこの事態。救われようがそのまま断罪しようが、楽士はそれだけで十分に楽しめるのだから。
ディアドラのいなくなった静かな居室から見える、曇り空を眺めてアストレイアは呟いた。
「正直者が損をする? そんなことない‥‥人を信じずに、愛せずに何ができるというのですか」
●リプレイ本文
●ディアドラ(Deirdre=Katherine)
「酒ばっかだと体に障りますよ」
アウル・ファングオル(ea4465)は底の見えないほど濃く煮出したお茶をディアドラに差し出しながら、そう語りかけた。
「そのお茶の方がよほど体に毒だと思うわ。あなた家事したことないでしょう」
「徹夜には最適なんですよ」
そんなやりとりを聞きながら、アレックス・ミンツ(eb3781)は手紙をしたためる彼女の姿をじっと見た。
「噂には聞いていたが、思ったより物静かな人間なのだな。もっと苛烈かと思った」
「性格は確かに苛烈、というか情け容赦がないところはありますけれどね。まあ人間、誰もが、真に望む姿である事など叶わないものなのかも知れませんね‥‥」
「どうでもいいけど、そういうのは本人の聞こえないところでしてくれると嬉しいわ」
「‥‥すまない」
呆れかえったような表情を浮かべるアレックスは短く端的に謝罪を述べた。一瞬、凍り付いてしまったアウルとは大きな違いだ。
「できたわ。ウード伯蘇生の要請書。早く持って行かないとね。もうアンチセプシスもそろそろ解ける頃だし急がないと。アウル。悪いけれど、これをパリの教会に持って行ってくれない?」
アウルはしばし考えていた後、それじゃ行ってきますと手紙を受け取って、外へと出て行った。その直前に、アレックスに警備はよろしく、と小さく伝えて。
●シャナ(Shana)
「デビノマニってあたしよく分かんないんだけど‥‥」
チサトのデビノマニの判別方法の問いかけについてシャナは首を傾げた。
「それでは、このノルマンへ渡る際にどうやって来ましたか? 助言や手を貸してくれた人がいませんでしたか?」
「あ、それはね。仮面の神様がね、お告げをくれたのよ」
何かのヒントにならないかという想いと、同時に、個人的に知りたかったそのことをかねて問いかけたシェアト・レフロージュ(ea3869)に対して、ジャパンから、このノルマンにまで来ることができたのは、偏にこの仮面のおかげだったとシャナは話した。
「ある時神様が遊郭のお店のことを教えてくれたの。あたしみたいな踊り子とかをね、売り飛ばしたり、無理矢理働かせたりするお店で。神様はね、助けてあげなさいって」
地獄屋に潜り込んだ彼女は、神様が教えてくれた「希望の歌」を披露した。それを境に店は見境を失い、程なく潰された。泥縄式に関係者も捕まったり、狂気に触れた店主による口封じをされる中、シャナは混沌とした中、お金を失敬して、ノルマンにやってきたのだという。
今頃きっと何の罪もない人々が路頭に迷って、人を恨んでいることだろう。
「環境に適応できない者に更なる不和を巻き起こすことでしょう。不和は更に多くの不和を生んで‥‥きっとそれが狙いなんでしょう」
シェアトの護衛に来ていたレオパルド・ブリツィ(ea7890)は話を聞いてぽつりと漏らす。
「でも、でもね。あたしは‥‥」
「助けようと思ったんですよね。縛られて歌う人たちを救うために」
そしてそれが、その関係者を全員悲劇にまきこまれることなんて考えもしなかったであろうことも。
「うん‥‥お姉さんは信じてくれるの? あたしのこと」
「もちろんですよ。テミスさんの励ましのお手伝いも私は信じます。だから、まずは歌は一から作りましょう。彼女をどう励ましたいのか、あなたの言葉で紡いでください」
「まっかせて。テミスちゃんにはね。命の喜びを知ってもらいたいの。デビルの力になんか負けないくらいの生のエネルギーを‥‥」
そうして素朴なリズムがシャナの牢獄から響く。
●アストレイア(Astraia=F=Justice)
「ほら、アストレイアお姉ちゃん。料理作ったから食べよう」
明王院月与(eb3600)は明るく振る舞って、疲れが取れるというマタタビをジャムにして作った料理をアストレイアのテーブルの上に載せた。だが、アストレイアは暗い顔のままであった。
「別にこの土地の人達を幸せにしてくれるなら誰でも構わないのに‥‥」
グレゴリーは教会による統治をして、それを土産にして中央に戻るため。アンディは借金相当な放蕩ぶりで、ユスティースの財産を狙っての接近であるのだという。そんな話はアストレイアの絶望を深くした。
「とりあえず、食べる物は食べて栄養を付けないと何も始まりませんよ」
十野間空(eb2456)もハーブティーを差し出しながら、一気に老けたようなアストレイアを優しく背中を叩いた。
「‥‥アイディールという人はどうでしたか」
「アイディールさんはそういうタイプの人ですね。傭兵ギルドと連携して、治安維持などを率先して行い、その信頼に集まったお金でまた別の事業を展開する‥‥人も物も自然と集まってくるタイプのようです。その元を辿れば‥‥巨大なルビーを売ってお金を手にしたらしいのですよ」
「そのルビー‥‥多分、精霊の森の遺産じゃないかなって、奇お爺ちゃんが言っていたの。お爺ちゃんはダゴンを倒した跡地で拳大のサファイアを持っているし、そのルビーがもし同じものだとしたら、アイディールさんはデビルからそのルビーを手に入れたことになるんだ。三つともあのリディアに奪われたものだから‥‥」
月与の言葉に、血がさっと引いて、立ち上がりかけていたその椅子にアストレイアは再び腰を落とした。
デビルが関与しているとなると印象は180度変わってしまう。アイディールはウードが死ぬことを予測し、領主の座を虎視眈々と狙っているということになる。
「大丈夫だよ。ほら、あたし達には強い味方がいるから、ね♪」
重い表情から立ち直れないアストレイアとは対照的に、月与は空と意味ありげな笑みを交わしていた。
「ウード伯をね、蘇らせることができるんですよ」
「お、お父様を!?」
それにはさすがに驚いたらしく、アストレイアは呆然とした顔になった。空は優しい表情でその前後を説明した。ディアドラの命の借りがあったこと。それを精算する代わりにディアドラの縁者で蘇生できる人間を捜して貰うことなど。
「しかし、それでもウード伯が体調を戻されるまで、あなたが領主を代行を務めるべきだと思います。御父上とて、初めから名君だった訳ではありません。様々な辛い経験を、共と支え合いながら乗り越え、今に至ったはずです。私達はなんと恵まれているのでしょう。あれ程の方が後ろで見守って下さるんですよ」
そして、私も勿論手伝いますよ。と空は言葉を付け加えた。
●テミス(Temmis=Champagne)
「テミスが騎士を殺しただって? あいつにそんな力はない。俺も実際手を合わせたが衛兵程度のものだった」
リュリス・アルフェイン(ea5640)は城下の酒場で杯を手にしながら、周りの人々にそう話していた。今の彼は楽士を追う者ではなく、ロキを倒した英雄の一人であった。
「だが、テミスは以前からデビル召喚に興味津々だって話があったぜ。デビルの力を借りたんじゃ」
「だろうな。だから騎士達はそのデビルを討ち取ろうとしたんだ。デビルには心を操るのがいるんだ。今度の騒ぎを起こしたデビルもそれだ。テミスを操って、死ねばこんなでっち上げに仕立て上げて、しかも腹が痛まない。反吐が出るほど性悪なやつだぜ」
「いい調子みたいね」
テミスの収容されている牢獄に戻ってきたリュリスを待ち受けていたのはラスティ・コンバラリア(eb2363)であった。彼女も同じように街のあちこちを周り、また触れられるところは城内や教会の関係者も巻き込んで、噂の流布に注力していたのである。
「おう、そっちはどうだ」
「マクダレン小父様の狙い通りに動いてきているわ。テミスがウード伯を暗殺したということには確かに疑問点が多いと考える人が増えてきているわね。明日はお城のバルコニーでも借りて演説でもする?」
「そんなのはアストレイアに任せておけよ。だが‥‥確かに明日にまでに確かに今の流れを完全に覆すのは難しいな。時間が‥‥足りない」
ウェルス・サルヴィウス(ea1787)が洗礼を行っているテミスをちらりと見て、リュリスはそう呟く。結局、民意は変わっても決定を崩すまでには至っていない。
テミスは茫洋とした瞳でウェルスの言葉を聞き、そして復唱していた。そこにはいつぞやの大の大人でも飲み込んでしまいそうな意志は欠片も見受けられず、まるで人形のようであった。
静かにウェルスが近づいて、テミスを真正面から見据える。
「テミスさん、あなたはアストレイアさんの救いと滅び、どちらを望みますか? どちらを望んで、ご自分の魂さえ惜しまず差し出されたのですか?」
「救いを‥‥」
ぽそり、というテミスにウェルスはいつもよりずっと強い眼差しで、死のように深い眠りに落ちた意志の光りを呼び起こそうとする。しかし、それ以上、返事のないテミスにラスティはつかつかと近寄り、何の遠慮もせずに、その腹めがけてブーツのつま先を叩きつけた。
「ら、ラスティさん‥‥!!」
「やることやったから死んでもいいなんて甘ったれないでね。貴女にはこれから死んだ方がマシだと思うくらい働いてもらう必要があるのだから。死なんて安いのよ、貴女の罪には」
一瞬、ディアドラが乗り移ったかと皆は目を疑ったが、僅かな表情の変化を見た人には、それが精一杯の現状に対する抗議であることが見て取れた。
その気持ちが欠片でも届いたのだろうか。ウェルスが庇うその手の中でうずくまっていたテミスが少しだけこちらを見た。それに気づいたウェルスが優しく声をかけた。
「わたしはあなたの救いを望みます。あなたが生きることを望みます。わたしにとってあなたはかけがえのない存在です。どうかそれを受け入れて生きてください」
その言葉に僅かな光が生まれる。
●交わる人達
「おい、ありゃあ‥‥領主様じゃないか!」
「やっぱり噂は本当だったんだな」
テミスの処刑当日、人々はその奥最に立っていた人物を見て仰天した。それは確かに先日暗殺されたはずのウードの姿であった。レオパルドはその背後で、ウードの護衛役をしながら全体に気を配っていた。ナノック・リバーシブル(eb3979)もアイギスと共に上空からその様子を見守っている。
どちらも単に警護するだけではなく、混ざっているであろうデビルの影を追っているのであった。きっと楽士はこの状況を楽しんでいるに違いない。だとしたら、デビル達がこのイベントをどこの特別席から観覧しているか‥‥だ。
「最後の一押し、を狙っているはず‥‥」
レオパルドはあたりを見回しているが、それらしい動きはない。
「最後の一押し、か。それはデビルも同じことだろうな。哀れな殺戮人形の末路‥‥単に味方による断罪だけとは思えん」
アレックスもその横についてあたりを見回していた。そして同時に黙って立つウードの姿も。
♪本当の幸せとはなんでしょう
それは「今、生きている」ということ
闘ってきた大切な人。だけど消えていった仲間
みんないつの日かの夢を思い描ていたでしょう
苦難の道も命さえあれば必ず前に進んで行けます。生きている限り挑戦できる
明日をも知れぬ毎日。だからこそ、今を大切に
そして想いを伝えて。あなた自身を風化させないために
世の中を無関心で留めないために
シャナが舞い踊った。それは艶やかさも華やかさもない歌劇のようであったけれど、言葉の一つ一つが静かにたゆとうて、心に静かに染みこむ。
「あ、あぁぁ」
「ほら、余興は終わりだ、行くぞ」
ぐい、と引っ張られるテミスはシェアトとシャナに懇願の瞳を向けた。
「ごめんを言わせて。私は言わなきゃならない。いやっ、離して‥‥助けてっ」
「今更なにを‥‥」
急に暴れ出したテミスを引きずり出す審問官達の様子を見て、シェアトはぎゅっと自らの衣の裾を握った。
「私達は繋がりを持った人を許さずには居られない 罪を憎んでも傷ついた人がいると知っても。
勝手だけれど、その矛盾と痛みを知っているから迷い許し合う‥‥。それを茶番と笑いますか?」
「アストレイア様。私‥‥わたし、生きたい。しなければならないことを見つけたんです」
宣誓も終了し、ウェルスによる最後の祈りも終わり、死刑執行人になったディアドラは縄で縛られて、無理矢理跪かされたテミスがそう叫ぶのを冷笑した。
「あなたは犯罪者。やりたいことは大いなる父にでも懇願するのね。だってあなたはこれから八つ裂きにされるから」
ディアドラはエクスキュージョナーを抜き放ち、その横にある木の棒に叩きつけるようにして試し切りをした。重量のあるそれは一撃で棒を真っ二つにして吹き飛ばす。
「いや、いゃ、死にたくないっ!!!!」
テミスの感情が爆発したにも関わらず、ディアドラは何一つ顔色を変えずに斬首斧を振り下ろした。
べぎゃゃゃんっ!!!!
斧が振り下ろされた瞬間、鈍い音を立てて砕けたのだ。
次の瞬間には上空で待機していたアイギスが空より駆け下りてくる。
「お、おい。ペガサスだ! 神の使いの馬だぞ!」
誰かが叫んだ。その言葉にどよどよとざわめきが起こる。
「あら、ナノック。天使の使いのマネでもしにきたの?」
「馬鹿なことを言っている場合か。処刑は中止だ。石の中の蝶に反応があった。デビルの攻勢に気をつけろ」
それはともかく、デビルはどこだ。ナノックは辺りを見回してその存在にすぐ気がついた。レオパルドがウードの傍に立っている男の行く手を阻んでいる。
そこにはラニーの旗と、その肩に止まるシフールの姿が見て取れる。
「Aidir‥‥逆さから読めば、Ridia。とんだ言葉遊びだな」
だが、ラニーの旗の下にいるということは、あれは明確に町の有力者として認知されているということだ。金が全て、という町であるという噂は間違いではなさそうであった。
レオパルドがアイディールの危険をいち早く察知し、混沌とした談義にもつれ込む前に、そしてウードの後ろ盾を得たアストレイアが領主を継続することになったが、ラニーを始め多くの敵を領地内に生み、対立することとなった。