【恐怖の大王】決別の彼女(ウォーロック)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:10人

サポート参加人数:15人

冒険期間:07月23日〜07月28日

リプレイ公開日:2007年08月03日

●オープニング

 ユスティース領が内乱状態に陥ったことは領内のほぼ総ての人が予想していた出来事であった。

 ラニーのアイディール、貴族代表のアンディ、ユスティース地域の教区長であるグレゴリーのいずれも領主として信任するにあたわずと、アストレイアが暫定領主から正式に領主に就任したことがその理由であった。
 敗北した各勢力の長達は互いに手を組み、商人の街の長アイディールをトップとした連合勢力として、現領主アストレイア・ユスティースに叛旗を翻したのだ。
 経済力ならラニー、影響力なら教会、そして兵力でも地域の諸侯を束となっている貴族達が勝っていた。これらが手を組んだとなると、アイディールとアストレイアの差は歴然であり、緊張が高まる一方でユスティース中央の士気も低下の一途をたどっていた。
 連合軍はアストレイア軍を攻略し、その足で西に位置するパリまで攻め入る予定である。グレゴリーをはじめ、現在の王政は打倒すべきであると考える者が多く、またそれに迎合する勢力の集まりであったためだ。



「お父様を、蘇らせてくれるのではなかったのですか‥‥」
 ディアドラを前にして、アストレイアは沈んだ顔をしていた。ウードは確かに処刑場に立ち、自身を殺したテミスの処刑を見守っていたはずであった。だが、それ以後彼の姿はどこにもなく、それが芝居であることに気がついたのだ。
「命の借りで冒険者から蘇生を依頼されたけど、偶然にも別の冒険者から命の借りをいただいてね。それでご破算にさせてもらったわ。ただ、そのままだと処刑執行に支障を来すから、その冒険者に変装してもらったのよ。もういない人間に強さを求めるのは生きている人間の弱さでありエゴだと思うわよ。まあ、私も十分エゴイストだけど」
 涼しい顔をしてディアドラは言い切った。
「それよりテミスだけど、冒険者が勧めていた教会に送ることにしたわよ」
「‥‥‥‥」
「聞いてる? 会いたくないならこれ以上話さないけれど」
「壊れたあの子を、見ていられません」
 テミスは笑うようになったし、おしゃべりもするようになった。以前の何者も信用しない嫉妬に満ちた顔と比べるとどんなに変化したかうかがえる。だが、同時に、デビルを召喚した疑いでディアドラから受けた拷問にも屈さなかった鋼の意志は今やもうどこにも見られなかった。少し語気を強めるだけで彼女は萎縮し、部屋の隅に逃げて泣いた。怒ったりしようものなら、たちまち半狂乱になって泣きわめき、はいずって逃げようとするし、時にはひたすら床にひれ伏して詫び続ける。
 そこにはプライドなど存在もしないし、強固な精神の欠片もうかがえなかった。メンタルリカバーをかけてみたが、ほとんど解決しなかった。それは『壊れて』しまった証拠でもある。
 自活できないと判断したディアドラは教会に送ることに決めた。夜も恐ろしくて一人では安心して眠れない彼女はもう一人前の生活は送れないだろうと考えたためである。その教会の主がどこまで気の長い性格かしらないが、そんな人たちに預けるしか方法はなかった。
「ま、会わない方が良いとは私も思うわ。貴女を見るだけでたっぷり3日は泣き続けるでしょうから。そんなことをしたら貴女自身が取り乱して内乱を収められないものね」
 ディアドラは冷静な瞳で笑いながら様子をうかがっていた。これで本当に内乱も納められないようなら、他の人間に任せた方がまだましだと。だが、アストレイアは弱音どころか、剣を翳したのであった。
 月光に白刃に反射して、眩しいくらいの光を放つ。
「父は戻らず、テミスももうあのような状態になってしまった。そして民もまた7割が連合についている。でも、そんな人たちも含めて私は護る義務があります。彼らを放置すれば混沌が訪れることくらい目に見えています。私は戦います」
 鋼鉄の女か。
 ディアドラはアストレイアの二つ名を思い出した。



「ディアドラさーん、流星が綺麗だよー」
 アストレイアの城から帰ってきたディアドラを見付けると、格子の隙間から顔を出したシャナが手を振りながら呼びかけた。
「預言も仕上げの時期、か。今まで隠れていたデビルもきっと総力で向かってくるでしょう。これで土竜叩きをする手間が省けたわ‥‥後はまとめて、消し去るだけ」
 杖を持って牢獄の前に立ったディアドラにシャナは思い切って口を開いた。
「あのさ。あたしってまだ疑われてる?」
「デビノマニに対して疑うも何も。まあデビルの契約を蹴ったし、最終契約まで結んでいないけれど、更正できるかどうか考えている所よ」
「あの、それじゃさ‥‥デビルと戦いたいんだけど、いいかな。リディアちゃんと決着をつける。もうリディアちゃんがここに来てから、3ヶ月経つんだよ。あたしはずっとここにいるし、変化もない。あたし外にでたいもん。早く踊れるようになりたい」
「で、外に出るために、デビルを倒して潔白を示す、と。どさくさに紛れてリディア側に付く事も考えられるんだけど。それに悪いけど、あなたじゃリディアとは戦えないでしょう」
「裏切ったら、私を殺しちゃってもいいよ。あたしリディアちゃんみたいにすばしっこくないし、飛べないし。冒険者のみんなと戦えばいいよね。それに一応、戦って歌えるヒロインがウリだったからちょっとだけど戦闘できるのよ」
 その言葉と瞳にやどった光を見つめてディアドラは考えた。
 確かに半分放置していたのは事実だ。テミスやアストレイアのことが忙しかったし、シャナに再契約をするならその時を狙うと思っていたが、その兆候すらない。
「いいわ、その条件飲みましょう。ただし、冒険者と共に行動しリディアを討ち取りなさい。逃げる素振りも許さないわよ。あと、リディアは今、ラニーの兵士を操っているわ。兵士に殺されても、生き返らせてあげないから。生きて歌い踊る生活をしたいなら、その辺も注意してね」
「え゛」
 逃げずに勇敢に戦え。だけど死ぬな。
 いっぱしの冒険者でも難しい注文を平気でつけてくるあたり、やっぱり殺してしまいたいのではないだろうかと疑いたくなるシャナであった。
 だが、このチャンスを乗り切らねばならないのは事実だ。シャナは両手を握りしめて勢いを忘れないように、と胸の中で呟くのであった。

●今回の参加者

 ea1787 ウェルス・サルヴィウス(33歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4107 ラシュディア・バルトン(31歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea4465 アウル・ファングオル(26歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5640 リュリス・アルフェイン(29歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 eb2363 ラスティ・コンバラリア(31歳・♀・レンジャー・人間・イスパニア王国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3525 シルフィリア・ユピオーク(30歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 eb3979 ナノック・リバーシブル(34歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb5818 乱 雪華(29歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

アンジェット・デリカ(ea1763)/ 李 風龍(ea5808)/ リースス・レーニス(ea5886)/ マクダレン・アンヴァリッド(eb2355)/ カラット・カーバンクル(eb2390)/ 玄間 北斗(eb2905)/ カイオン・ボーダフォン(eb2955)/ 明王院 月与(eb3600)/ チサト・ミョウオウイン(eb3601)/ 十野間 修(eb4840)/ リア・エンデ(eb7706)/ スズカ・アークライト(eb8113)/ 柊 静夜(eb8942)/ 国乃木 めい(ec0669)/ レヨン・ジュイエ(ec0938

●リプレイ本文

●夜明け前
 かがり火が盛大にはじけるその中で、シェアト・レフロージュ(ea3869)は兵士達に鼓舞の歌を披露していた。力強く、奥底に眠る躍動を綴るその歌は兵士達の心をわき上がらせ、そして静かな炎として踊らせる。その横ではシャナが力強く舞っていた。
「ノルマン屈指の歌い手は‥‥さすがですね。こんなに遠くから聞いても胸の底が震えます。歌とはなんて偉大なんでしょう」
「大丈夫ですよ。アストレイアさん、あなたにも人を動かす力はあります。その象徴に‥‥」
 十野間空(eb2456)はアストレイアに聖剣アルマスを手渡した。
「この剣は、貴方の敵は人心を弄ぶ魔性であり、領民ではないとの象徴にと月与ちゃんより託されました」
「それから作戦ですが、人数に開きがありすぎますので、まともに戦っていてはこちらの分が悪すぎます。夜闇に乗じるなどして、相手が陣形を整える前に先手をとるしかないと思うのですが、ちょっと不本意なところもあるかもしれませんけれど」
 頬を軽くかきながら、アウル・ファングオル(ea4465)が冒険者達が考えた策をシェラ・ラミスが作り上げた地図と共に提案する。奇襲という戦法は騎士の公平なる戦いという観点からは嫌われる。それを案じて空が念を押して言った。
「私達は広い視野と柔軟な思考で皆を導かなければなりません」
「わかりました。私もほぼ同様のことを考えていましたから。装備もそれように整えています。騎士同士の戦いならば同条件で戦うのが常ですが、同条件を破っているのは相手の方ですから、奇襲に不満をもつことはありません。勝ってみせます‥‥」
 その目は正義に燃える崇高な炎の目と違うことに空は気がついた。現実を直視する目だ。
 ああ、亡き父親に似てきている。空はふとそう感じた。
 静かな沈黙が流れる横で、シェアト達も歌を終えて、その様子を見守っていた。シャナはその緊迫した空気に気圧されてか、踊り続けた後に吹き出てくる汗も出ずにシェアトの袖を引っ張った。
「戦を鼓舞して、みんなが傷つけあう‥‥」
「大丈夫。できるだけ人同士が傷つけあわないようにみんな考えていますから、それぞれが精一杯のことをすればきっと悪いようにはなりませんよ。シャナさんも負けないでくださいね。約束、してくれますか?」
 シャナの言葉に、ちくりと痛みを感じるのはほんの少し前なら、きっと同じ事を考えていただろうか。だけど、それを回避していたらもっとひどいことになる。楽士はそれを教えてくれた。
「うん」
 うなずいたシャナにシェアトは自らのつけていた早春の梅枝をはずし、タガーや外套と共にシャナに渡す。
「それじゃ、これをお渡しします。必ず生きて帰れるように。代わりにシャナさんも大事なものをいただいてよろしいですか?」
 とまどうシャナに、シェアトは彼女のつけていた能面を所望して、交換は無事に終了した。
「必ず。返せるようにがんばりましょう」

 その後、ミラーオブトルースでそれぞれを確認したが、どちらも光を帯びて見えることはなかった。入れ替わったのかと推測が飛び交って質問などもなされたが、シャナはきちんと答えた。反応しなかった謎は明かされぬままに、決戦の時間が近づいてきた。


●敵陣にて
「総兵力2500。3軍連合は事前に聞いていた話ですが、一枚岩ではないようですね。士気が一番高いのはアンディを始めとする貴族達で、グレゴリーの教会勢と先を争うように功を急いでいるようです。軋轢が既に生じているようですが、今のところ目的が同じ為に分裂までいっていない、ということです」
 一方、傭兵として連合軍に忍び込んでいた乱雪華(eb5818)はシルフィリア・ユピオーク(eb3525)に自分が集めてきた情報を説明していた。
「なるほどねぇ。アウルの考えはおおよそ当たっていたわけか。うまくすれば、混乱させることもできそうだねぇ。意外と策士じゃないか」
 その情報をしっかりと要約した上で、メモを走らせる。アウルがカラットに、被害を他の軍勢にさせましょう、といった内容の手紙を書かせていた。ご丁寧にそれらしい性格の貴族の名前まで探しだして作ったそれは、今の雪華の情報からすれば、大きな効果を得られそうな予感であった。
「士気が一番低いのは、私たち、というか商人勢ですね。傭兵達も戦力温存か報告を受けている実数よりずっと少ないようですし、他に歩調を合わせているだけで、無理に戦功を稼ぐといった気合いもみられません」
「‥‥内部分裂を起こさないように注意しているのかねぇ。確かにあたいが傭兵に志願したときも、『無理せずに戦功を稼げばいい』ってえらく適当なこと言ってたからね。まあ商人からすれば、武器を売るだけで金になるんだからそれでも当然なんだろうけれど」
 どこか引っかかる。自分の手を汚さずに、軍の動きだけ管理しているそれは‥‥。シルフィリアの直感がしきりに反応する。
「それにしてもよくそれだけの情報を集めたね」
「はい、お手伝いすることはたくさんありましたし、諍いごとも絶えませんでしたから、それをしっかりお世話していたら、自然と情報が集まりました。ナンパしてくる人もかなり増えましたけれど」
 苦笑しながら雪華は答えた。実際世話好きの彼女は部隊に配属されてからしばらくしてすぐに人気者になった。こうしてシルフィリアに報告をするのがこんな夜更けになったのも、なかなかみんなが彼女を狙っていたためで、うかつに移動できないためであった。
「いいじゃない。そこから素敵な出会いの一つでもあれば」
 メモを愛犬の首にはさんで、本来の仲間達の元へと走らせた後、シルフィリアは雪華をうりうりとつつくのであった。

 戦の角笛の音がいくつも聞こえる。戦の時が近い。



●真夜中の開戦
 夜と共にユスティース軍はその数の少なさを利用して敵陣へ駆けたが、対する連合軍もその動きを事前に察知しており、密集陣形でその攻撃をいつでも防げるように陣形を全く下さぬようにゆっくりと近づいてくる。
 アストレイアは兵士をいくつにもわけて遮蔽物に移動させると、魔法隊の威力が発揮するよりも遠い位置から密集陣形の中に矢をたたき込んでいき、敵が近づけば退避し、新たな場所で矢を撃つの繰り返した。数時間絶え間なくその攻撃は続き、小規模ではあるが一方的に消耗していく展開に何人かの指揮官はいらだちを覚え、不安に煽られて突撃を敢行した。
 アストレイアは突出した部隊を騎馬隊の全力をもって突進。突撃の先頭に立って聖剣アルマスを掲げて一直線に部隊を破壊すると穴の開いたファランクスにそのまま突撃した。
 魔法隊、弓隊から攻撃が行われるよりもずっと早く、従軍していたラシュディア・バルトン(ea4107)のストームが防御の穴をこじ開けると同時に騎馬隊はその穴を一気に広げて崩落させた。密集陣形に食い込んだラシュディアはトルネードやライトニングを次々と前方に繰り出し、あっという間に突撃は内部にまで及んだ。
 分厚い人壁を突き抜けると、アストレイアは機動力を落とさぬように素早く左右に転回を指示し、今度は防御の薄い陣の後方から再び突撃を開始、同時に散発的に活動していた弓兵も槍を武器に持ち替え、何人かの指揮官によって陣形を形成して、騎馬の流れに合流していく。アストレイアの部隊はあっという間に敵の密集陣形の中で再構築されて内外から的確に破壊していった。

「アストレイアさん、退き方も考えておいた方がよくないか?」
 何度目かのストームを放って、血路を開いたラシュディアがアストレイアに声をかけた。敵軍の固まりを縦横無尽に引き裂いたこの戦闘は十分な勝利であるといえた。後ろについてくる数少ないアストレイアの騎馬隊のほとんどがまだ少ない傷で付いてきている。しかし、引き際を忘れればいつかは崩れてくる。ラシュディアとて特に南方で戦闘経験はかなり積んできている。その瞬間が近づいていることを感じ取っていた。
「次があるなら、ここで引きますが、体勢を立て直されたらもう奇襲は効きません。できるだけぎりぎりまで戦います。でないとパリの狂信者の乱と合流されてしまいます」
 冷静だ。当初は突撃の予定だったにも関わらず、密集陣形を確認するやいなや、散兵にスイッチし、敵がじり貧に耐えられなくなったところを狙い打ちにするあたり、教科書通りと昔は言われたそうだが、それから二年間ずっと勉強し続け、実践し続けていたことを窺わせる。
「わかった。だけど、俺達が負けたら結局同じだ。それだけは覚えておいてくれ」
 ラシュディアは襲いかかってきた重歩兵に対して至近距離でライトニングサンダーボルトを放ち後方まで含めて跳ねとばした。そこを道にしてさらに歩を進めていく。
 まっすぐな性格の弟分をはじめ、守りたい人はたくさんいるのだ。全力で俺は俺の努めを果たすっ。
 誘いの魔術師が、今宵、呼び起こすのは血の流れぬ戦の風だ。


●決戦
「聖なる母の加護が皆様にありますように‥‥」
 ウェルス・サルヴィウス(ea1787)はそう祈り、皆に祝福を捧げる。この人と人が争う中で慈愛の母は本当に力を貸してくれるのか、若干の不安はあったが、いつも通りに奇跡は働いた。
「よし、うまい具合にいってるな」
「リュリス、皆さん‥‥いきますよ」
 夜が明ける直前、夜闇が最も濃くなる時間。黒装束を身に纏ったリュリス・アルフェイン(ea5640)とラスティ・コンバラリア(eb2363)、ウェルスは戦乱のただ中へと突入した。狙いはただ一匹、リリス・リディアである。戦況は混乱していたため、リディアがどこにいるのか皆目見当も付かなかったが、そこに颯爽と天から舞い降りたナノック・リバーシブル(eb3979)が剣で指し示した。
「このまま直進だ。分からなくなったらオレを道しるべにするといい。空にはシェアトもいる。あいつの下にアストレイアがいるから何かあったらそこを目安にするといいだろう」
「わりぃな。目印にしちまってよ。まあお前が来れば、敵さんは勝手に道を空けるくれるだろうぜ」
 リュリスの言うとおり、ペガサスに乗ったナノックの姿は敵軍にとっては自分たちが善なる戦いに相対していることを自覚させるには十分であった。だが、夜闇と混沌としたこの中ではそれすら気づかない者もたくさんいたのだが。
 リュリス達はナノックの向かう方向に走り、立ち向かう兵士達を次々と薙ぎ倒していった。
 そして。
「よぅ、探したぜ‥‥」
「また、あんたタチ!? もーっ、どんだけ邪魔したら気が済むのヨ。この偏執者!」
 キンキンと高い声で叫ぶリディアは、軽装の青年の肩に止まっていた。その青年がアイディールなのだろう。横にいる豪勢な衣を着ているのがグレゴリーだ。
「ええい、者ども、何をしておる。この神の敵を切って捨てよ!!!」
 グレゴリーが叫ぶと同時に、神聖騎士達が冒険者を取り囲みホーリーがラスティを襲った。閃光がラスティを集中的に包み、一瞬昼のような明るさを生み出した。並の人間なら即座に灰になってもおかしくない。
「きゃーっははハハハ。神の雷によって裁かれヨ〜」
「へぇ、あなたのその口から神が出てくるなんて思わなかったわ」
 ラスティはくすり、と笑った。閃光に満ちたその場よりずっと後ろで。リディアはそれがなにが起こったのか一瞬理解できず、呆然とラスティの姿を見つめた。彼女は灰になったんじゃないのか?
「な、なな」
「意趣返し、という言葉知ってるかしら?」
「有り体に言うと、『お返し』ってことですよ。まぁ‥‥おれが返すものはないんですけどね。とりあえず死んでくれませんか」
 ラスティの反対方向からいつの間にやら連合軍の服を身につけたアウルがリディアの腹をダガーが切り裂いていた。
「ぐ、ぅぅぅぅぅ!!!! バカにして、バカにしてっ!!! グリりんっ! さっさとこいつら片付けてよ。アイディール。なんでぼーっとしてるの。あたしがピンチなんだよっ」
 リディアは痛みを叫ぶ代わりにぎゃんぎゃんと喚いた。しかし、アイディールはナノックと剣を交えているし、グレゴリーはウェルスと対峙しして動けずにいた。戦力のないウェルスであったが、この瞬間だけは違った。
「き、貴様が何故そんなモノを持っている!!!」
「リディアの傷口を見てください。血が流れていないでしょう。それにその尻尾はデビル特有のものです。デビルが関与しているのはこれで明白です。つまりあなたがこれ以上教会の人間として、力を行使することは背信行為とみなされます‥‥」
 いつになく厳しい声でウェルスはずっと地位も年齢も上のグレゴリーにそう言った。そう言えるだけの力が今ウェルスにはあるのだ。白の教派の最高機関からの諭旨免状なのだから!!!
 暗闇の中でもグレゴリーの顔が赤黒く染まっていくのがウェルスはわかった。
 哀れな人だ。地位や金ではなく、本当に人々のために働いていたのならこんな事態にはならずに済んだのに。
「神聖騎士団の兵をお引き下さい。間違ってもこれからの戦いに関与されませぬよう‥‥」
「ちょ、待ってヨ!!! アイディール!!!」
 怒り狂いながら、兵を引き始めたグレゴリーを見てリディアはアイディールに支援を求めた。ナノックと何とか渡り合っていたアイディールはリディアをひっつかむと、次の瞬間に彼女を地面へ投げ捨てた。
「なるほど、彼女が悪魔であることはわかった。ペガサスの騎士が持っている石の中の蝶が動いていたのも見えたしね。悪魔に踊らされていたと分かった以上、戦う意志はない」
「!?」
 その言葉に一番驚いたのはリディア本人であろう。剣を合わせていたナノックも油断無く構えながら問いかけた。
「貴様‥‥リディアのドールではなかったのか?」
「確かに彼女はスポンサーではあったけれどね。それは彼女が真っ当な種族であるという前提の話だ。つまり騙されていたということだ。デビルと分かった以上味方する道理はないし、私はそこまで落ちぶれてもいない」
 アイディールにきっぱりとそう言われて、リディアは地べたで愕然とした。
「捨て駒、か。哀れなもんだなお前も。‥‥ラストチャンスだ、楽師の居場所を言え」
 背中を踏みつけ、飛んで逃げないように翼を切り落としたリュリスがそう詰問した。
「言える、もんカ‥‥」
「そうか、それは残念だな。それじゃあばよ‥‥天使崩れ」
「や、やめ‥‥欲しいものあげ、や、やめっ、助けて、パパぁぁぁぁぁっーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!」

 デビルであったものの塵が風にのって消えていく。

 アイディールの降伏によってすぐさま戦闘は終了した。しかし、アンディの軍だけがノストラダムスの狂信者達の軍と合流した。この戦いで完全な反乱への阻止はできなかったが、この直後、パリからの軍、そしてアストレイア軍がこれを挟み撃ちにし、完全に撃破することとなるがそれは先の話である。