●リプレイ本文
乗り合い馬車から降りた一行を迎えてくれたのは、暑い日差しと、肌をくすぐるそよ風だった。時間はゆったりとした昼下がり。何のかげりもないスカイブルーの世界が空一面に広がる。
視線を大地におろせば、辺り一面、緑の草原。丘には広葉樹が一本立っていて、風はその木を揺らして草原を走り、皆を優しく抱きしめる。
「気持ちいいわね〜」
ぐぅっ、と腕を空に伸ばしてラファエル・クアルト(ea8898)は胸一杯に深呼吸をした。都では感じられない爽やかな空気が胸一杯に広がる。他の面々も荷物を下ろすと同様に初夏の空気をめいっぱい吸い込む。
「とりあえず、あの木の下で準備しませんこと? 荷物も置きたいし‥‥」
「気分も一新したいし、だな?」
リリー・ストーム(ea9927)の言葉に、ライラ・マグニフィセント(eb9243)が笑って後を継いだ。ここに来るまでの馬車の中、旦那が一緒に来てくれなかったことをさんざっぱら愚痴っていたのだから、知らないはずがない。
「そうですね。暗くなる前に料理の支度もしないといけませんし。ミーネさんもライラさんもよろしくお願いします。私はほとんど料理をしたことがないので、勉強したいと思います」
「あ、こ、こちらこそっ。えへへっ、楽しみだね」
鳳双樹(eb8121)に改めて挨拶をされて、少し緊張気味だけれども、嬉しそうな顔をしてミーネは答えた。シャンゼリゼには冒険者はたくさん来るが、こうして一緒に出かける機会があるだなんて、考えてもみなかったことだから。少し内気な少女はきっと今も軽快なテンポで心臓をならしている頃だろう。
「さあ、それじゃ行きましょう」
シェアト・レフロージュ(ea3869)は抱きかかえた編み籠にペットのイチゴを乗せて、つと、と少しばかり走り、皆に声をかけた。街にいたときにあった悩みも踊る風とによって溶けとしまい妙な胸の高鳴りに変わる。
「あ、待ってください〜」
みんなが駆けだした後で、大きな鞄を持ったエーディット・ブラウン(eb1460)が一生懸命になって追いかける。今回のピクニックには是非! と思ってブラン商会であれこれ買ったはいいが、ずいぶん膨らんでしまった。エーディットはよしょえしょ、と荷物を持って走り。
最後に残ったのは、エーディット所有のノルマンゾウガメだけが残された。ゾウガメはのっそりと歩きはじめるが、すぐにぴたりと止まって空を見上げた。
‥‥ちょっと日向ぼっこ、しよ。
「そ、それはどうかと、お、おも‥‥」
真っ赤になってうわずった声を上げたのは、薄手のシャツと若草色のスカートに着替えたシェアトであった。声をかけられている対象はリリー。
「あら、そうかしら〜?」
分かってか分からないでか、リリーは自分の服を改めて見直して、首をかしげる。リリーは女神の薄衣一枚の姿なのだが、リリーの視点からではそうでもないが、他から見れば陽光に透けてくっきり体のシルエットが出てしまう。ちょとじゃなくエッチい。女性がほとんどではあるが、しっかり男性は一名いるのだ。女言葉を使うけれどしっかりオトコノコしているのが一名。
「ねぇ、どう思われますかしら?」
リリーは、そばでたき火に使う薪などを準備していたその一名を見付けて問いかけ。
「だ、だめですっ!!」
シェアトが素早く体を張って視線を遮った。そしてせめてもう一枚着て下さいっ! とお願いした。
「???」
オトコノコは何があったのかさっぱりわからない。ただ見えたのは、リリーのちょっとばかり『思いつき』をした嬉しそうな笑顔であった。
「まあ、いいですわ。それじゃエーディットさんから、借りようかしら」
「お待ちしていましたですよ〜。ふふふ、エーディットちょいす〜。リリーさんにはずばりこれなのです」
大きな鞄からばさっと取り出したのは貴族風の衣装であった。フリルのついたシャツに、ちょっとぱりっと蝶ネクタイ。ぴったりとした上着には金糸で細かい刺繍が施され、勲章っぽく金の飾りに銀のチェーン。しっかり革靴まで準備済み。
「男装ですか?」
「そうですよ〜。時代は今男装なのです〜」
ほんとかよ、とか思うようなセリフでどっかの薔薇のようになった青年貴族風リリーを褒めそやすと、まるで手品のように次々と服を用意する。
「双樹さんにはですね。イギリス紳士なんてどうでしょう?」
「わぁ、格好いいですね。私に合うでしょうか‥‥」
胸が入るかしらとか、思わなくもないけれど、その気品溢れる衣装にちょっと楽しそうという雰囲気である。服を合わせてみて、シェアトお姉ちゃんにどうです? などと話をしてみたり。
「シェアトさんには、華仙大教国発祥のドレスを〜」
「へえ、シェアト姉の髪の色と同じ綺麗な蒼なのだね」
料理の為にミーネと共にパイ皮を作っていたライラは顔を上げて、ほうと唸った。しかし、そんなライラにもエーディットの魔の手(?)は伸びる。
「ライラさーん、ライラさんにはその十二単を〜」
「な、今、着るのだね?」
パイ生地を練っていたライラはあてがわれたジャパンの服を見て、目を丸くする。袖は長く広いし、裾もドレスのように引きずるし、今この料理を作っているのに。というより、ちょっと動きにくそうだし、何より似合わなさそう。
苦笑いを浮かべたライラはできるだけやんわりとその衣装を押し返したのだが、シェアトはドレスで口元を隠し、覗くようにこちらを見ていた。着ないのですか? と言っているのがありありと分かる。口に出して言われるよりもずっと強く。
「わかった、着るからそんな顔をしないでくれ」
はぁ、と諦めたライラはその袖に手を通すのであった。
「そして、ミーネさんには、この浴衣を」
「え、いいんですか? すごい、細かくて綺麗な模様〜」
嬉しそうに浴衣を貰うと、ミーネはローブのようにして正面で止めようと頑張っていた。どうやら浴衣を着るのは初めてのようで、双樹が着付けを手伝う。
「へえ、みんな華やかじゃない」
それぞれに着飾った様子を見て、面白そうにラファエルが覗き込む。そんな彼にももちろんエーディットは衣服を準備をしていた。
「ラファエルさんにもありますよ〜。ふふふ、ちゃんと事前に、ラファエルさんに合うように目測で採寸済みなのですよ〜」
ばんっ!
フリル!
リボン!
カチューシャ!
メイド服!!!
「ちょっ、こういうのは、私みたいなタッパのあるのが着ると、エライことになるわよ!?」
「え、きっと似合いますよ」
「ラファエル殿。諦めは肝心だぞ」
女性陣がにじり寄ってくる。
哀れ、ラファエル。彼はその日眠りにつくまで、素敵なメイド姿で自前のヴァン・ブリュレのお給仕にまわる羽目になったのであった。
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飛沫が空を跳ねて、輝く空の光を浴びてきらきらと光った。
「きゃっ、つめたいーっ!」
それが誰の声だったのか、すぐに歓声と水飛沫のはねる音で消えていった。
女性陣は冷たい小川の足を浸し、夏の空気の中でも全く変わらないひんやりとした水を楽しんでいた。
「シェアトお姉ちゃん、冷たくて気持ちいいですよ」
双樹は、清水をすくい上げるとシェアトの腕に注ぎ落とす。
「本当ですね。私もかけてあげるわ」
姉と慕うシェアトのその言葉に、双樹は顔をほころばせて両手を差し出した。冷たい水が火照った腕を流れ落ちる感覚。そよ風にあたる気持ちに思いをはせて水をすくうシェアトを見た。
「きゃぁ!?」
顔に水しぶきが飛んできて、思わず悲鳴を上げてしまった。シェアトがすくった水は腕ではなく顔に飛んできたのだ。
「も、何するんですか。びっくりしましたよ」
「ごめんなさい。ちょっと悪戯したくなっちゃって‥‥ひゃっ、つめた‥‥!」
くすくすっと笑うシェアトに双樹の反撃が飛んでくる。
そうしたら今度は、シェアトがもっと派手に水をざっと跳ね上げて、双樹の服を濡らしていく。そしたら双樹もまた水を大きくすくって‥‥その間に、シェアトは川魚を探していたライラの後ろに隠れた。
「シェアト姉。どうしたのだね」
盾にされながら、ライラは頭を上げたときには、もう目の前で双樹が戦闘準備完了していた。
ばっしゃーーーんっ!!!
「ライラさんを盾にするだなんてずるいです!」
「残念でした。それっ」
シェアトと双樹はライラを盾に水掛け合戦を展開する。ライラはきりっとした普段と勝手が違い、どうしていいものやらとおろおろしている内に、同様に水でずぶ濡れになってしまった。
「みんな今日はとても元気が良いのだね‥‥」
栗色の髪から水を滴らせながら呟いたライラに反応したのは、シェアトでも双樹でもなく、横からの伏兵であったエーディットであった。
「そうですよー、がおーーっ」
ぴょんっ! と飛び跳ねてライラに抱きついたエーディットを支えきれず、ライラはバランスを崩して川の中に倒れた。当然のように盛大な飛沫があたりを大きく包み、虹のように輝く雨の宝石をそばにいた二人も盛大にかぶることになった。
「あはははははっ」
「エーディットさん、勢いよすぎですー」
「熊さんなのです、えへへ、一回やってみたかったのですよー」
「これには勝てないのだね」
きゃららと笑顔のこぼれる一行にライラも思わず笑みをこぼして、抱きついたエーディットの髪を軽くなでてやるのだった。
そこにすっと影が差する皆が見れば、小川の縁に腕を組んで立つリリーの姿が。
「ふふふ、さあて、水遊びも堪能したことですし、やっぱりアレをしないと済みませんわね。行きますわよ」
「行くって‥‥? どこにですか?」
きょとんとするミーネに、リリーはにま、と笑顔を浮かべて、上流の方を指さした。そこにはラファエルと、彼のペットであるロホが水浴びを堪能しているはずである。
「もちろん、決まってるじゃない。の・ぞ・き!」
「え、えええええええぇぇぇぇ!!!?」
ミーネは素っ頓狂な声を上げるが、他の仲間達には事前にその計画は聞かされていたために、そんな声を出すことはない。だが、皆一様にちょっと顔を赤らめるのは仕方のないことかもしれない。
「ふふふ、ちゃんと私たちの姿が直接見えないように茂みを挟んでいることは確認済みですわ。つまり隠れて見ることは可能よ。ミーネちゃんも是非いらっしゃい、男性を知る良い機会ですわ」
「そ、それは駄目ですっ! あ、ああのっ、やっぱり良くないですしっ」
真っ赤になってむりむりと否定するシェアトに、エーディットも追従した。
「そうですよー。駄目だと思いますー」
とか良いながら、すっごく良い笑顔でライラの元に行くエーディット。
「言ってることとやってることが違ってますわよ‥‥まあいいのですけれど。他の人も良かったらいらっしゃい、ちゃんと説明して差し上げますわ」
何を説明してくれるのか甚だ怪しかったが、決行するなら、わ、わたしもいい? という感じで約1名をのぞいて、みんなついて行くことになった。
残された約1名は。
「私は行きませんからっ‥‥こんなことは『蜜蜂亭』ででも‥‥ぅぅ〜行かせたくない〜」
残されたシェアトは顔を真っ赤にしながら、ベゾムを取り出した。
「〜♪♪〜♪♪〜♪〜♪〜♪」
そんな計画があるとも知らないラファエルは、シャツを勢いよく脱ぎさり、バランスよく筋肉のついたしなやかな体を太陽の下にさらした。
「気持ちいいわよ、ロホ、あなたも入ったら」
「よーくーなーいーよーっ」
火のエレメンタラーフェアリーはきーっと怒って、水に濡らしたシャツをしぼるラファエルにわめき立てた。火だからやっぱり水とは苦手なようだ。そんんなロホにくすす、と笑いながらズボンの裾をたくし上げ、仕方ないなぁと、そのまま一人で川の中に入っていった。
清水が気持ちいい。手足を軽く浸すと、手近な岩に座って、体に浴びせかける。
「この茂みを抜ければ〜」
リリーは的確に茂みを抜けていく。
「ほ、本当に大丈夫なんですかね〜?」
「見つかったりしたら‥‥運が良くなるアイテムを二つも装備していますのよ」
ドキドキしっぱなしのエーディットと双樹がリリーに問いかける。ミーネも最後尾であうあう言っている。
「任せなさい。なんて言おうと私には‥‥」
しかし、それよりもずっと早く、空を一気に超えてきたシェアトが、体を拭くための布を持って、ラファエルの元に辿り着く。
「だめなんだからっ!」
一生懸命になりすぎて自分は、ラファエルの眩しい肉体を見つめているという事実に気がつかない。
えいっ。布を放り出したその瞬間。
「!??」
気まぐれのような疾風が丘から一気に走り抜けていくと、布をラファエルをかけることに必死になっていたシェアトはただでも安定の良くないベゾムからずり落ちる。
「さぁ、行きますわよ〜。じゃーん」
「し、シェアトお姉ちゃん‥‥っ」
「らぶらぶしてるなと思ってましたけど、凄いです〜♪」
体勢を完全に崩したシェアトは布を被せるどこか、ベゾムから落下しラファエルに抱えられていた。突然降ってきた彼女に驚きは隠せなかったが、それでもしっかりとその両腕の中に、少女は収まっていた。
あたふたとするシェアトにラファエルはにやりと笑って抱きかかえ直す。
「なぁんだ、そうなら早く言ってくれればいいのに。夜も一緒に寝る?」
ええーーーーっ!?
黄色い声がわき起こる。
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ブリー高原はチーズの産地。牛乳、バターなんかは近くの村ですぐに分けて貰えるし、小麦なんかも豊富だ。そして釣ったばかりの川魚を包んで焼いたものをみんなで分け合っての食事もオシマイ。星空の下でみんなみんなのペットを中心にみんなで寝転がっていた。
リリーのヘルムヴィーケとシェアトのイチゴ、双樹の空、ライラのレドバリーらが、ヘルムヴィーケのベッドになっている兜を揺りかごにして遊んでいた。猫達が団子になって、兜に押し入り、ごろごろんと勝手に揺れる様はかなり奇妙であったが。
あ、一匹揺れる勢いに負けて放り出された。
「おいしかったですね。パイ包み。ほっぺたが落ちそうでした。ライラさん、また教えてくださいね」
「ああ、時間の空いている時ならいつでも声をかけてくれていいのだね。それにしてもやはりミーネ殿も凄いな。あんなに手早く生地を作れないのだね」
「ははは、まあ毎日ヘトヘトになるまでやってますから‥‥」
みんな素足になって思い思いの体勢で木陰の草原に寝転がり、風の囁きや鳥の歌声に傾けながら、そんな会話をしていた。
「でも、本当に楽しかったです。一人じゃ絶対にこんな想い出はできませんでした」
猫達もいつの間にやら丸まり合って、兜の中でみんなで眠る。
明日の朝日が登れば、日常が待っている。でも、きっとまた頑張っていけるよ。
だから、今だけもう少し、心の翼を伸ばせておくれ。この緩やかな時の流れに身を委ねていたい。