ただ盟友(とも)のために

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 71 C

参加人数:7人

サポート参加人数:7人

冒険期間:08月25日〜08月30日

リプレイ公開日:2007年09月07日

●オープニング


「プリエ、薬を買ってきたぞ」
 冒険者街のとある部屋。女戦士ヴァレリアは変わった形の小瓶を、ベッドにうずくまっているシフールの親友に見せた。だが、プリエは瓶を見るなり、胡散臭いものを見るようにして呟いた。
「‥‥いかにも、うそっぽい」
「そんなこというな。植物の力を押さえ込める力があるらしいんだ」
「そんないかにもあたしの病状にぴったりな奇特な薬を作ろうという発想を持った人がいるわけないじゃない。ペテンにかけられたのよ。さもなきゃ毒か」
 こほっ、と咳き込みながらプリエは、そう言い切った。長らくコンビを組んでいた盟友といってもいいこの女戦士が、自分のために財産を擲っていたことは知っていた。そしてそれを食い物にする詐欺師のような輩がいることも。
 プリエとヴァレリアは冒険者として活躍していた二人組であった。シフールのプリエは卓越した判断力と多数のスクロールを使いこなし、ヴァレリアは数多くのペットを使役して活躍していた。しかし、それももう過去のものとなりつつある。プリエは生体に寄生するカビに犯され、冒険どころか、日常生活すらまともに送れないような体になってしまった。毒素を出さず体内で繁殖し続けるそのカビは解毒薬も魔法も効かなかった。レジストプラントは少し効果があったが、効果時間の間だけだったし、アイスコフィンも同様であった。
 だからこそ、ヴァレリアは彼女のために薬を買い求めた。それがいんちきであったとしても、どんな可能性も彼女は捨てることを出来なかった。その為に彼女の最大の家族であるペット達を売り払うことになったとしても。
 それがプリエにとって腹が立つのだ。
「‥‥もう放っておいてよ。このままじゃヴァレリーが全部むしり取られるだけ」
「そうはいくか。プリエは私の親友だ。私は友を見捨てたりしない。お前が約束を何があっても守るように、だ」
 小瓶を捨てようとするプリエの手をとって、ヴァレリアは強く言った。
「生きるんだろう。何あっても。まだ果たせていない約束があるじゃないか。自暴自棄になるだなんてプリエらしくないぞ」
「‥‥‥‥」
 一瞬、静かな時間が過ぎる。プリエはもそもそと顔を上げるとヴァレリアの顔を見た。
「エリクシールって、知ってる?」
「伝説の薬だな。飲むだけであらゆる病を癒し、不老不死にもなれる‥‥だったか」
「そんな定義づけがされたのは、錬金術が発達してからのことよ。昔は各地の修道院に伝わる特に薬効のある薬草酒をさすのよ」
 プリエは再びこほっと咳き込んだ。
「ここから二日ほど歩いたところに古い修道院があるわ。そこにエリクシールの伝説が残っている‥‥一本だけ眠っている、とね」
「わかった。探してくる。待っていろ。必ず見つけてくるからな!!!」



 ヴァレリアは歯がみをした。薬を探し求めることに一生懸命になりすぎて、冒険者ギルドへ足を運ぶのをおろそかにしたことを今ほど後悔したことはなかった。
 プリエに教えられた修道院の探索依頼が張り出されていた。出発期間はとっくに過ぎている。
 不治の病を患った子供のために、エリクシールを探し出して欲しいというものであった。
「すまない。この依頼なんだが‥‥」
「ああ、その依頼ですか」
 受付員の話によると、依頼人は商人で、その娘は生まれてから今まで3年間。病を患っていているとのことだ。いつ発作を起こして死ぬかも分からない娘を憐れんで今まで、様々な薬を探し求めてきて、このエリクシールに辿り着いたのだという。
 しかし、その依頼に冒険者は集まり出発したのだが、修道院は今はもう誰も住んでおらず、代わりに住み着いているトロルに返り討ちにあって、依頼は達成されていない状態とのことだ。
「ではこの依頼は‥‥」
「再掲示ですね。最初はトロルがいるという情報がなかったので、募集する人も新人が中心だったのですが、今回は少しランクをあげています。まだ誰も入っていないので、参加受付できますよ」
 どうします? と尋ねる受付員を前にヴァレリアは逡巡した。
 プリエの話ではエリクシールは一本。無事に入手できたとしても、依頼人とプリエの両方を救うことはできない。依頼人の子は3年間生きて、発作という危険はあるものの、まだプリエほど死と隣り合わせというわけではない。しかし子供のことを考えるのは親としては当然だ。なにより依頼人の要望を果たさなければならない。
「話し合えば理解してくれるか‥‥?」
 それでもダメなら見つかったエリクシールを半分ずつにしてもらうか。しかし、効果が無ければ互いに不幸なだけだ‥‥。
 ヴァレリアはしばらく目をつぶって考えた。

 答えは出ない。

「迷っていても始まらない。まずはエリクシールを手に入れてからだな‥‥参加受付をさせてくれ」
 ヴァレリアは差し出された羽ペンを手に取った。

●今回の参加者

 ea3502 ユリゼ・ファルアート(30歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 eb2390 カラット・カーバンクル(26歳・♀・陰陽師・人間・ノルマン王国)
 eb4906 奇 面(69歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5314 パール・エスタナトレーヒ(17歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)
 ec0669 国乃木 めい(62歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)
 ec1850 リンカ・ティニーブルー(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

ウェルス・サルヴィウス(ea1787)/ シェアト・レフロージュ(ea3869)/ アウル・ファングオル(ea4465)/ レオニード・タナカ(ea5966)/ 十野間 空(eb2456)/ 明王院 月与(eb3600)/ チサト・ミョウオウイン(eb3601

●リプレイ本文


 それは修道院とは既に呼びがたい状態にあった。今、冒険者達が立っているその場所から、少しずつ緑の勢いは増していき、小さな森を形成していた。その枝葉の影からこっそりと覗くように古びた煉瓦の灰色がなんとか、そこに建物があったことを示すのみ。
「すごいわ、全部薬になる植物ばかりよ」
 ユリゼ・ファルアート(ea3502)の薬草師としての知識が、ねじれ遭う緑を見た瞬間にそれを告げていた。
「この修道院が昔、エリクシールを作っていたというのは間違いなさそうですね〜。奇跡のない家、でしたっけ」
 パール・エスタナトレーヒ(eb5314)は、サポートから聞いた話が事実であったことを確認した。ジャパンにも甘露というものがあるが、それよりはまともそうだと思った。
 奇跡のない家。それはウェルスの話であった。昔ここで人助けを行っていた人たちは誰一人として神聖魔法が使えなかったのだという。だからこそ彼らは魔法以外の手段を発展させた。それが薬草。
「栄えていた時代はたくさんの人が訪れていたようですね。死に至った者をもたちどころに癒したという話も聞きます。残念なことにそれが元で異端の疑いを受けた後、衰退してしまったようです」
 話を受けていた国乃木めい(ec0669)は物静かに語った。
「異端の疑いですか。噂のデビルはそういうのが好きな気がします〜。思い過ごしだと良いですけどね」
 パールはぼそりと、自らの武器である弓矢の点検をしているヴァレリアをちらりと見た。この話に作為が仕組まれていなければいいのだが。しかし、そんな暗い想いをレティシア・シャンテヒルト(ea6215)が払拭する。
「作為だろうがなんだろうが、依頼人の娘さん、そしてプリエさんを救う方法はこれしかないんでしょ?」
 手に入れられなければ助からない。目の前の修道院、その伝説、そして3年間病で苦しみ続けている幼い命を目にしたときの重苦しい痛み。プリエの容態。遠い日の‥‥弟妹達。悩んでいて始まらないことだけはしたくなかった。
 それにしても、奇跡のない家に奇跡を求めて訪れるというのだから、とんだ皮肉ね。レティは心の中で呟いた。



 地面が小刻みに揺れて、誰もが一瞬バランスを崩しそうになる。小さな森の主と化したトロルの攻撃が空を切り、大地をひどく打ちのめしたのだ。
「ち、ちょっと迫力ありすぎっ」
 カラット・カーバンクル(eb2390)は、そんな悲鳴を上げながらトロルの攻撃をかわしていた。できれば一目山に逃げたいところだが、背中を向けてよけきれる自信はあまりなかった。一撃でもくらったら骨の2,3本は軽くもっていかれてしまいそうな勢いだ。用意していたアッシュエージェンシーも出だしの体当たりで吹っ飛び、足止めの役にすらたたなかった。
「ヴァレリアさんも一緒に盾になる、はずでしたよね? ね?」
 カラットに問いかけられたヴァレリアは、ペガサスに騎乗して、大弓から矢を放っていた。武装は戦士そのものであったが、近接戦には向いていないようであった。目の前を飛んでトロルの攪乱に努めるが、攻撃しやすいのはやはりカラットのようで。
 棍棒の攻撃が横薙ぎに振るわれ、周囲の木々を数本まとめてなぎ倒す。それと同時に強烈な風圧がカラットの頬を荒々しく撫でていった。
「あたし、食べてもおいしくないですよっ。や、ほんとにっ!!」
『もう少ししたら、待ち伏せポイントに到着するわ。がんばって!』
 テレパシーでつながっているレティの声が、不意に響く。そんな言葉が聞こえれば、避けるのにも緊張はややましになる。
「も、もう逃げちゃっていいですかね?」
 カラットの言葉にヴァレリアが軽く手を上げた。大丈夫だという合図だ。
「はー、本当にミンチになるかと思いました」
 背中を見せて一目散に逃げだし、仲間の待ち伏せポイントを通過したカラットはほっとため息をつく。なんとしても領域を侵した小賢しい生物を取って食らおうと一生懸命になっているトロルはその左右と真上に彼らの仲間がいることなど全く気付きもしなかった。
「そぉーれっ」
 上空で待ちかまえていたパールが、油の染みこませた毛布を真上から放り投げる。風の抵抗で緩やかに舞い落ちるそれが、日差しをかばったことから、トロルにはすぐ気付かれたが、ヴァレリアが駄目押しの矢を放ち毛布を体に縫い止めた。しかし、トロルの生命力は尋常ではない。全く痛む様子もなく抜き取ろうと動くトロルに向かって今度はユリゼのイリュージョンが発動した。
「さぁ、よく見なさい。石が隆起するわ。あなたの周りを覆っていく。あなたは段々固まっていくわ‥‥。ゆる、ゆるる、ほら、足首がもう動かない」
 まるで暗示をかけるかのようにつぶやき、暴れるトロルをみやる。トロルはひどく狼狽して、毛布のことも忘れて、何も変化のない足を盛んに引っ張っていた。彼の中では今石に覆われつつあるのだ。
「これで、きまりそうですね」
 その間にめいがコアギュレイトを放ち、完全にトロルは硬直する。
 そして、レティから手渡された火矢をリンカ・ティニーブルー(ec1850)が次々と放っていく。同時にマグナブローがその両足を焼き焦がし、トロルは上から下から、燃えさかっていく。
「くくく、どうだ面白いだろう。気分がいいだろう。くあははははっ」
 まだなんの傷も負っていない腹や背をめがけて、奇面(eb4906)が次々と油壺に火をつけたものを投げ込んでいく。あっという間に、修道院の不当なる主は爆炎に紛れ、直視できなくなるほどの火柱の中に取り残された。それはみるみる黒く脆い岩のように崩れ去り、山のように積み上げられた土塊のようになっていた。
「修道院内からおびき出して良かったな。周りの植物に着火してたかもしれない」
 リンカはトロルが動く様子がないか、いつでも矢を放てるように準備しながらぼそりとつぶやいた。確かにこれだけ勢いよく燃えていれば、植物に燃え移っていたかもしれない。作戦が功を奏したというべきであろう。
「ふん、こんなヤツどうでもいい。問題のエリクシールを見付けるのだろう」
 奇はぐずぐずになった黒い肉塊をえぐりながら、トロル自身がエリクシールを持っていないかどうか確認していた。その様子に繊細な心の持ち主達は一瞬顔をしかめたが、本人はまるで意識した様子もない。
 結局トロルから薬は見つからず、一行は修道院内に歩を進めた。


「ないな‥‥」
 リンカは暗くなり始めた空を見上げて、ぼそりと呟いた。まだ昼間の暑さはかなりのモノとはいえ、少しずつ秋の足音は確実に忍び寄っている。肌に触れる風は時折冷たくも感じ、枯れた稲穂のような香が混じりはじめていた。空を見上げれば濃青に星が小さく瞬きはじめていた。
「マッピングを間違えたのではないか?」
「そ、そんなはずないわ。高名な地図師さんのやり方を参考にしたもの。壁の厚みなんかも確認したし」
 奇に指摘されて、レティは苛立ったような声で返した。何度も確認したし、茂みの中もくまなく探した。だが、薬本体どころか、レシピの一冊さえ見あたらないのだ。
「この薬草園自体が一つのエリクシールという考え方は?」
「確かに種類は豊富だけど、一般的なものばかりだわ。これで万病をいやすような薬なんてできないはず」
 森を形成していた植物を片端から摘み取っていたユリゼも渋い顔をして、収穫物を見下ろしていた。ユリゼも薬草についてはかなりの知識と経験を持っている。これをどう組み合わせても、魔法のような効果は得られないことに気付いていた。
「デマだったのですかねー?」
「この薬草だらけの植物を見れば、伝承は間違いないのは事実です。どんな病も治せるのであればやはり人の手に触れられない場所においてあるのかも、しれませんね‥‥」
「しかし、時間もあまりない。戻って甘露作りをするか?」
 甘露というのはジャパン版のエリクシールのようなものである。その昔、奇はその魔法の薬を目にしたことがあり、その簡易版といえる作り方もある程度知っていた。しかし、故郷を遠く離れたこのノルマンの地でそれを作ることができるかどうかは定かではない。それもまた不確定に満ちた話である。
「何か、答えが‥‥」
 薬を保管しているところはどこだ。
 レティは地図師の言葉を懸命に思い出していた。地図は見えるモノから、見えないモノを書き出すのが仕事だ、と。建造物ならばその文化や生活を浮き上がらせて。
 生活。そこでレティははっとした。
「井戸。この辺りに水源地となる川や泉はないわ。だとしたら、井戸があるはず」
「確かにウェルスさんもおっしゃっていました。この家は修道士のたゆまぬ努力によって水にも食料にも困ることはなかったと」
 めいの言葉に一同は確信を持った。たゆまぬ努力で手に入れることができる水というのは、井戸の存在を指し示す。
 一行はすぐに散らばって、井戸跡がないかを調べはじめた。そしてまもなく。
「ありましたよ〜」
 それはパールの声であった。小さな、飛べる体を活かして探し回ったおかげで、その奇妙な入り口を見付けることができたのであった。
 奇妙なというのは、わざわざその入り口が地下にあったことだ。物置だったのだろう部屋に隠されるようにして道が続き、そして建物の構造からは想像もつかない場所に井戸はあった。草葉の天井から、月明かりの漏れ落ちる光を頼りにして辺りを見回すと井戸の周りの壁には棚が用意され、様々な薬が所狭しと保管されていた。それらは干したモノもあれば、未だ鮮やかな色彩を保った花や果樹もそろえられていた。時が止まっているのかと冒険者達は錯覚するくらいであった。
「不思議なところ。まるで妖精の郷に紛れ込んじゃった気分ですね」
「なるほど、薬の正体が掴めてきたぞ。妖精郷の薬を元にしていたのだな」
 奇の言葉に、ユリゼも頷いた。
「朝露の魔力を使っていたんだわ。朝露には強い魔力がこもっているといわれているし‥‥占拠していたのがトロルなのもつながるわね」
 妖精とトロルは大昔から宿敵と謳われている。つまりトロルがいるということは、妖精達も近くに住んでいる可能性が高いわけだ。よくよく上を見上げれば、緑が層を成して、大きなすり鉢を形成していた。きっと朝に滴る露はこの緑のすり鉢に従って、井戸の中に溜められていくのだろう。
「やはり、魔力無しで万病に効く薬などあるわけがないか。ふん」
 奇は少しばかり、不満そうな声を上げて、井戸をのぞき込み手を入れた。
 濡れた手によって引き上げられたのは小さな壺であった。開けてみれば清涼な空気が溢れてくる。
 昇る月に照らされ、虹色に輝く不思議な薬がそこにあった。



「ダメ。これを作るには時間が足らなさすぎる‥‥」
 ユリゼの絞り出すような声に、皆は言葉を失った。
「そんな、なんとかならないの。半分にしても、足りないなら朝露を集めよう? だから‥‥」
「そんな問題じゃない。どんな謂われがあろうと、そいつは『薬草酒』だ。熟成の時間がどうしても必要になる」
 ユリゼの手を取るレティが必死に二つ分作るための方策を願うが、その根本的に不可能な理由を奇が述べた。
「それにレシピは存在しませんでしたからね。あれを知っているのは妖精郷の者達だけでしょう。知っていただろう妖精達はとっくにトロルに食われたか、追い払われたかしてしまったはずですよ〜。探している間に依頼の期間が過ぎてしまうのは間違いないです」
 パールの言葉に、誰もが言葉をつまらせる。
「どうにかして、二人分できれば‥‥」
 一口分ばかりのエリクシールはを前にして、身動きができなかった。これでは一人分にすらならない。
「‥‥依頼人に分けてもらえないか聞いてくる。もしかしたら」
「ヴァレリアさん‥‥」
 立ち上がったヴァレリアの顔は平静を装っていたが、今にも壊れそうだった。藁をも掴むような、デビルの誘惑にも乗ってしまいそうな、そんな危うさを秘めていた。
「それには及ばない」
 ヴァレリアが開けようとした扉を開けて入ってきたのは、リンカであった。その顔はどこか希望が満ちている。
「レオニードからの伝言だ。そのエリクシールと別の薬を併用することも可能だろう、と。ヴァレリア、家族を失っても守りたい友を助けられるぞ。あなたに渡すはずだった金は全部使い果たしてしまったけれど」
「本当かっ!?」
 強い勢いで問い返すヴァレリアにリンカににっこりと微笑んだ。
「もちろんだ。だが、やはりエリクシールがもう少し必要らしいのだが‥‥」
「まかせて」
 ユリゼがにっと笑った。
「二人分にするだけの量はないけれど、それくらいならできる。私だって薬草師の端くれ。目の前で命を天秤に掛ける様な事させないわよ。最後まで足掻いてやるわ」



「カビの繁殖力は恐ろしいものですね‥‥」
 めいは一人で潰したばかりの生肉をプリエに当てて呟いていた。生肉を患部に当てることによって、毒や寄生虫を生肉に移動させるという方法であったが。カビは移動するというよりそちらに向けて繁殖しようとしている様子は窺えたが、排斥するまでには至らなかった。
「‥‥最近ね。ふと思うことがあるのよ」
 治療を受けているプリエはぼそりと呟いた。彼女の肌はすでにカビによって緑色に変色しはじめていた。
「この治らないカビ病は、メッセージだったんじゃないかなって」
「メッセージ?」
「自然の驚異を忘れるなって‥‥」
 ぼんやりと天井を眺めるプリエはそんなことを呟いた。
「それを助ける薬もまた、自然のものですよ。自然に目を向けることさえ忘れなければ、あなた一人が犠牲になるものではありませんよ」
 その時である。扉を破らんばかりの勢いで、ヴァレリアが部屋に入ってくる。
「プリエ。薬だ。エリクシールが手に入ったぞ!!!」
「ヴァレリー」
 その興奮冷めやらぬ顔を見るだけで、プリエは苦しい気持ちも吹き飛んで微笑んだ。

 虹色の輝きが、プリエの喉元を通り過ぎる。
 その瞬間。緑に褪せてしまったプリエの肌が一瞬輝いたような気がした。いや、本来の白い肌が太陽に映って眩しく輝いたのだ。
 散っていく。緑のカビがばらばらと落ちて静かな風と共に消えていく。
「プリエ‥‥」
 まだ信じられないように自分の手を見るプリエを抱えるとヴァレリアはぎゅっと抱き締めた。



「依頼人さんの娘さんも、すごい。まるで魔法みたいに顔色が良くなったの」
 依頼終了の翌朝、レティは嬉しそうに、依頼人の娘の様子を話していた。それを聞いていたカラットは不思議そうに彼女の顔を覗き込む。
「力たすきなんかも渡しちゃったみたいですけど、知り合いかなにかだったんです?」
「そういうわけじゃないけれど。ん〜、何かした気になりたいだけだったのかな」
 小さなきっかけ。少しの縁故。僅かばかりの思い遣り。
 それは朝露のようにあなたを輝かせ、魔法のような奇跡を呼び起こす。