混迷の彼女(フォレストランナー)
|
■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:10人
サポート参加人数:5人
冒険期間:09月08日〜09月13日
リプレイ公開日:2007年09月24日
|
●オープニング
●
異端審問官ディアドラは静かに礼拝堂に立ちつくしていた。彼女の他には誰もいない。
その顔は苛立ちと戦慄にとらわれ、氷のように冷静であると評された彼女の面影はみられない。礼拝用の椅子はことごとく壁に散乱し、いくつも砕けていた。
「アガリアレプト‥‥っ」
ノルマン内乱『幸福の刻』において。ディアドラはデビルとの関連を疑っていたシャナと共に、デビル討伐に向かっていた。敵はリリス。悪知恵の働く低級デビルの一種であり、ユスティース領を混乱に陥れた張本人であると考えられていた。普段は商業都市ラニーに隠れ住み、潜入して退治するにはかなりの労力がいることを予想したが、この内乱であれば、軍全体が混乱すれば接近はたやすい。その読み通り、味方の攻勢に浮き足立った敵軍に侵入するのも、そして中枢に接触するのもそれほど難しくはなかった。
だが、一人の男が総てを狂わせた。
正確には一人でもなければ男でもない。人間に化けていたデビル。
「王に牙むくのがそれほど気にくわないものかね。自身も同じ事をしようとしているのに」
人間の姿であったが、その覇気は人外のモノであることを知らされる。
同じ事、とは、シャナに対しての言葉だ。即ち、契約主に対して、反逆を起こすとは何事ぞ。と。
「あたしは、それでも前に進まなくちゃならないの。ど、どいてよね。あんたには関係のないことなんだからっ」
シャナが吼えた。めいっぱいの虚勢であることはディアドラにもすぐ理解できた。
「分かっててまだ嘘をつくのか。いけない子だ。私は『知っている』のだよ」
シャナ。君がジャパンからこのパリに移動する間に、ネイルアトナードの勧めに従い、リディアと契約していたことも。今も少しでも自らを救った豆彦神社の主であったネイルアトナードの存在や居場所、目的を曖昧にするために演技を続けていることを。
シャナの顔はみるみる蒼白になっていた。この男の言葉は真実だと告げていた。
「いけない子だ。リディアを殺して自分から疑いの目を少しでも晴らそうというのは。そしてのうのうと好きな踊りを続けようというのは」
シャナの体から黒い霧が立ち上る。デスハートンだと確信したディアドラは即座に行動し、相対するデビルに攻撃をはかったが、魔法も剣も彼には全く通用しなかった。
「踊りが好きだといったね。シャナ。いいだろう。踊りなさい。その愛嬌のある顔で精一杯こびへつらい踊りなさい。悩むココロなどもう君にはいらない。ただ笑って踊ればいい。人を不幸にするために。質の良い魂を捧げさせるために」
「アガリアレプトっ!!!」
叫んだが、どうしようもなかった。実力が違いすぎるのだ。このデビルは。倒れ込むシャナが手の届く範囲にいても、ディアドラは何もできなかった。
アガリアレプトと呼ばれたデビルは手に入れたばかりの白い珠を弄びながら、ディアドラの顔を見た。
「君のことも『知っている』よ。可哀相な子だ。ネイルアトナードを倒すために相当な無茶をしている。人に言えないことも画策している」
デビルは笑った。
「確かに、ネイルアトナードは恐ろしい策士だ。君や冒険者がどれだけ追いかけても、無意味な鬼ごっこは続くだろう。不幸だけがまき散らされる。だから、この領地をネイルアトナードが陰謀を仕組みやすい、混乱した土地にしようとしていた。おびき寄せる作戦だ。これほど広大な罠だ、ネイルアトナードも気付かなかっただろうね」
にま、とデビルは笑った。
「そしてこの領地ごと消滅させてしまう予定だった。実に効果的な案だ。逃げようもないし、今後ネイルアトナードが作る悲劇よりずっと少ない被害ですませられる。いい案だ。確かにそれは仲間にもいえないな。知られたらまず君自身が裁かれる」
「っ!」
なぜ知っている。ディアドラは頭の中が真っ白になりそうになるのと必死に戦っていた。誰にも話していない、形に残るようなことはなにもしていない。
それでも『知っている』のは、アガリアレプトそのものの能力なのだろうが。その能力の力に、ディアドラは深い絶望を感じえずにはいられなかった。
「ふふふ、しかし騙されてばかりでは他の者が可哀想だ。是非伝えさせてもらおう。精々足掻くといい。必要があれば呼んでくれてもいい。君の魂と引き替えなら協力は惜しまない」
アガリアレプトの姿が薄れていった。倒れ込んだシャナも姿を消す。
ただ一人残されたディアドラの耳に反乱軍撤退を知らせる角笛の音が流れていったが、何の意味ももたらさなかった。
●
「戦は終わりました。確執はありましょうが、それを乗り越えて歩んでいきたいモノです」
ラニーの長、アイディールは済ました顔で、ユスティース領主であるアストレイアにそう言った。
「そんなセリフがあなたから聞けるとは思いもよりませんでした。あなたは何をしたのかおわかりなのですか」
「ラニーに潜伏したデビルによって唆されていたのは事実ですが、それ以外に何か?」
デビル・リディアであることが露見されると、ラニーの主としてわめき立てていたリディアを敵と断じ、即座にユスティースに恭順したこのアイディールは、ずいぶん顔の面は厚いようであった。
確かに反乱の頭は、貴族が中心であったし、反乱の盟主となってもリディアの討伐協力と最後まで反乱した貴族達の掃討の協力でほぼチャラにしてしまった。
「あなたがデビルを招聘した可能性もあります」
「それを言うならお互い様でしょう。あなたの城もデビルが侵入していたらしいではありませんか。騎士や従者も被害にあったそうで? そちらが直接的な輩であって羨ましく思いますよ。狡知に長けたデビルというのはとかく厄介で。そう思いませんか?」
アイディールの目はその騒動の真実を知っていることを語っていた。互いに痛む腹に手を突っ込みあうのはやめにしませんかと。
「これからもお父上がなさっていたように良い関係を続けていきたいモノです。それでは」
アストレイアは扉の向こうに消えたアイディールを見送って、ため息をついた。
領内で頼れる相手が、あんな狸だと思うとこの先が思いやられた。ディアドラの計画とやらも耳にして頭が痛いことこの上ない。
「少し、状況は進んでいるのでしょうか‥‥」
いただいた焼き菓子を口にしながら、アストレイアは机に向かった。
●リプレイ本文
●富める者の影に
「む、来ましたな」
ラニーの街の中心部。もっとも豊かな地域の、シンボルたる建物から姿を現した男を見付けて、マリス・エストレリータ(ea7246)はそう呟いた。商人ギルドの会合が今終わったところだということは既に承知していた。だからこそ、彼女はギルドの建物が見えるこの屋根の上でこうして見張っていたのだから。
マリスは馬車に乗り込むラニーの長、アイディールを追いかけ飛んだ。まだ側には他の重鎮たちがいる。今ここで『調査』をするわけにはいかない。
それぞれの自宅へ。隊列を組んでいた馬車は交差点を過ぎる毎に、一台、また一台と姿を消していく。
そしてアイディールの乗る馬車が一台になったのを見計らってマリスは詠唱をはじめた。
「我が敵は、我に最も近きデビル‥‥」
ムーンアローだ。
しかし、その光の矢は馬車を狙うことなく、マリスに襲いかかる。それでも構わず、マリスはデビノマニ、デビルと契約する者、と次々と指定をしてアイディールに向かうかを確認した。結果はいずれもマリスに降りかかってきたのだったが。
「ふむ、とするとただの人間ですか、な」
その瞬間、マリスの体がぴくりとも動かなくなる。それがコアギュレイトによるものだということに気付くのにそれほど時間はかからなかった。潜んでいた屋根の上に、シフールや人間が姿を現す。
「ギルドマスターを狙う不審者として捕まえさせてもらった」
「!?」
「ギルドからつけているのは最初から知っていた。デビルか何かと勘違いしたようだが、明らかにギルドマスターを狙っていたのは間違いないな。なんなら『ギルドマスターの乗っていた馬車を見ながら、ムーンアローを放ったモノ』の指定でムーンアローを放とうか?」
人間の言葉にマリスは黙り込んだ。言い逃れはできそうにない。屋根伝いに移動したためにアウル・ファングオル(ea4465)もまだこちらに着かない。もしくは彼らの仲間に足止めを食らっているか。
「話はゆっくり聞かせてもらうぜ」
「そんなわけで、紅玉を本来の持ち主に返してやってくれないかい?」
そう締めたシルフィリア・ユピオーク(eb3525)の言葉に、アイディールはふむ、と軽く頷いた。まだ30代半ばくらいであろう若さで、ギルドのトップに立つだけあって、何もしていなくても圧迫されるような威圧感が感じられる。それはある種前領主であるウードに近いものを感じた。
「気になる点がいくつか。1つ、これは私の私有財産ではなく、街の宝である。その管理権限がたまたま私にあるということだ。これが盗品だといって、すぐに渡すことはできないだろう。2つ、それは封魔と言ったが、人間に害はないのか、副作用のようなものはないのか、ある場合は、安易に渡すことはできない。3つ、管理していたシフール達のほとんどは全滅し、ルフィアというのも教会に身を寄せているのだろう。その状態で正当な後継者を名乗ったところで、それこそデビルに奪われる可能性が高い。そもそも正当な後継者たる証拠もない」
「なるほど、俺たちが適当なことでっち上げて、お宝を巻き上げようと思ってるわけか」
リュリス・アルフェイン(ea5640)は険しい顔をしてアイディールをにらみ付けた。この男の言葉はいちいちもっともらしいが、単なる詭弁に過ぎない。渡すつもりがないのはハナから分かっていたことだ。だからこそ、いちいち理由をつけてくるこの男の言い方が気に入らなかった。
「いいか、ラニーでもデビルが出て騒ぎになったんだろう。出し渋ったせいで疑惑が出た日には商売に影響が出るんじゃねえのか? 死の商人はなかなか受け入れられねぇぜ」
「かと言って、詐欺にあったと知られてはそれこそ商売に影響が出る」
互いに睨み合う瞳。一瞬の隙があれば、切られるような、戦いのような心境。
こいつは、商人じゃない。リュリスの中に流れる血がそう告げていた。自分と同じ匂いがする。
「わかった。それじゃ、紅玉を買おうじゃないか。それなら問題ないんだろう?」
シルフィリアが一触即発の空気に割ってはいるようにして提案をあげた。確かにもらい受けるとなるならば、アイディールの不安要素は全て排除できる、はずだ。
「なるほど、それならいいだろう。では、5000」
「!!」
予想外の数字にシルフィリアは息を詰まらせた。アストレイアからもしもの為にと金銭面での協力はいただいていたが、ざっとその10倍以上の数字だ。
「言ってくれるな‥‥」
「妥当なところでしょう」
しれっと答える男の目は決してこちらの財布の中身を考えている様子ではなかった。確信めいた何かを持って値段を言い渡している。リュリスは立ち上がると、そのまま出口に歩いた。
「しばらく考えさせてもらう」
「ああ、それなら。ついでにお仲間も連れて帰っていただけませんか? 昨晩、こちらに迷い込まれた方がいらして保護していたんですよ」
「反目している勢力もいくつかあったようですけれど、今はすっかり大人しくなっているようですよ。先の内乱に荷担した貴族達もほとんどが借金を背負わされて離散を余儀なくされたり、もしくはそれを元に飼い慣らされたか。もう実質ユスティースの半分以上はラニーの息がかかっていると考えていいでしょう」
外でアウルと合流した一行は道すがらに互いの情報を交換していた。
「だな。俺は武器の流れを確認したが、あいつがギルドマスターに就任するあたりから、武器の流れが増加している。間違いなく死の商人だよ。奴は。戦争を引き起こして武器を売りつける。セーヌとマルヌ、ノルマンの河を二本有して、パリと隣接するユスティース領は一番良い場所だ」
「それじゃ、アイディールの狙いは‥‥」
「領主の座ですな。領地を完全に掌握すれば武器の保管も楽ですし、他の領主にも売りに出せますぞ。わしも捕まった時に、仲間やギルドでのアストレイア様関連の依頼、関係の強い冒険者を聞き出しておりましたな」
マリスの言葉にアウルはふむ、と頷いた。
「宝玉の金額も、アストレイアさんの財布狙いでしょうね。相手の力を削いでそのまま自分の力にする。なかなか賢いですね」
「俺たちが無理に稼いでも、その金を元にアストレイアに工作をしかけるだろうな。‥‥デビルより腹黒い人間だぜ」
デビルとの武器を欲しければ、民の平穏とアストレイアを差し出せという。
「修羅になるか、どうか、か‥‥」
●魂の叫び
テミスはなんだか別人のようであった。不思議そうな表情を浮かべ、指をくわえる様子は本当に体だけ大きくなった大きな子供のようであった。以前は服装もまるで見本例のようにきっちりと着ていた服もどことなくだらしがない。同じ体なのに、彼女はとても小さく、もろく見えた。
「わたしね、あのね、アストレイアさまにたくさんめいわくかけたから。ごめんなさいしたかったの。シャナちゃんにも、ありがとうしたかったの。みんなにもあやまりたかったの。みんなにね、ごめんなさいって、神様にもごめんなさいっていっぱいいいたかったの」
そんなテミスの顔を、ラスティ・コンバラリア(eb2363)は正視することができなかった。騎士見習いとはいえ、並の騎士より胆力に富み、その瞳に宿る意志の強さは心を奮わせた。だが、その面影はもうどこにもない。同じ人間かとさえ疑いたくなった。
「大丈夫よ。誰もあなたのことをいじめたりしないわ。いじめそうなリュリスは他の方に行ってるから」
きっぱりとリュリスはいじめっ子と言い切ってラスティはテミスの頭を撫でようとした。しかし、その手が近づくだけで彼女はぎゅっと体を萎縮させた。閉じた瞳からはぽろぽろと涙が零れる。
「こんなに、人は変わるものなの‥‥?」
「死の恐怖は人を容易に変えることもある」
血の記憶が脳裏をよぎったデュランダル・アウローラ(ea8820)は笑顔を作り続けられずにいるラスティにそう言った。ある意味、ハーフエルフの狂化というのも似ているのだろうか。人間としての根底を脅かすのだ。斬首刑に処され、最も『生きたい』という気持ちを強く募らせながら、全てを砕く刃が振り落とされる瞬間を凝視させられていれば、壊れてしまっても致し方がない。
一歩間違えれば、そのベッドに座っているのはテミスではなく、自分であるかもしれなかったのだ。デュランダルは誰にも気づかれないようにそっと拳を握りしめた。無用の血を流し、生への渇望にしがみつく者達を奈落に落としたのはテミスだけではない。自分もいつ同じように罰を受けるのかもしれないのだ。
「生きていてくださって、ありがとうございます。どうか、お元気で‥‥」
ウェルス・サルヴィウス(ea1787)はテミスと視線の高さを合わせるとにっこりと微笑んだ。こうした人と触れる機会が多いためか、それとも彼自身の人徳のものか、子兎のように怯えるばかりであったテミスは警戒の糸を一本ずつ弛め、ゆるゆると言葉を交わしはじめていた。
「敵は、いないようね。見る限り穏やかなようだし‥‥ここには魔の手が忍び寄っている感じも受けない」
「だが、気は抜けない。敵はどこで俺達をみているのかわからない。シャナのことといい‥‥敵はとても近くにいる可能性はある」
ナノック・リバーシブル(eb3979)はぼそりとつぶやいて、石の中の蝶を確認した。デビルのいる反応はないが、かといって油断はできない。アガリアレプトの諜報能力は今この時点でも有効なのかもしれないのだから。
「アガリアレプトの秘密を暴く力を止め手だてる方法は、不可能といっても過言ではないでしょう。それは鳥が飛び、竜が火を噴くのと同じこと」
警戒の色を強めるナノックに答えたのは、後ろで静かに佇むシェアト・レフロージュ(ea3869)であった。移動中ずっと様々な文献を読みふけっていた彼女は、少し得心するところがあったのが、普段より幾分か落ち着いているようであった。
「天使達でさえ、アガリアレプトの力には勝てず、罠にかかり、堕天してしまいました。時の流れの異なる世界からそのデビルはこの世界を見つめているという説話もあります。時間、空間、精神世界をも含めて見通すと」
「ならば正攻法の確率を高めるしかないな。京都で出逢った霊犬や、キロンの宝珠などを駆使するしかないか‥‥」
それでも確率は低い。楽士が憑依したり変身した姿を見破ることができたという犬はジャパンの伝説でしかないし、キロンの宝珠もそこに楽士が踏み込んでくれるかどうかも怪しいのだから。
それぞれが思考の海を漂い沈黙する。答えはまだ遠く見つからない感じだ。互いが口を開くのも重たるく感じる中、ラスティが楽器を取り出して皆に声をかけた。
「デビルとか、楽士のことを考えるのはそれくらいにしませんか。ここに来たのはテミスさんを慰めるためでもありますし」
「そうですね。テミスさん。シャナさんが来た時にそんな元気のない顔をしていたらきっと悲しみます。私たち一緒に笑顔で迎えるために‥‥」
シェアトもラスティに合わせるようにして弦をかき鳴らしはじめた。
そして。刹那。
「許しを請うだけの日々だけなら、あなたにはもっと、できることがあるはず‥‥」
テミスの瞳に輝きが宿る。
「希望は、いつでも消えたりしない」
「そうです、一人でも多くの人を救うために、グレゴリー氏の教会に赴かないと」
ウェルスが思い立ったかのように出かけてしまう。もうテミスなど眼中にすらないようであった。
「デビルを一匹でも多く滅すれば、いずれ出会えるはずだ。この世の総てのデビルに平等なる滅びを与えよう‥‥」
ナノックも剣を持って、外へ出ようとする。関与する人間もまとめて斬り殺してしまいかねない。目の輝きが冷静さを失っていた。ハーフエルフの血が沸き立ちはじめているのか。
「力を。これ以上、奪われたくない‥‥」
ラスティも同様であった。アストレイアの名を呼んで修道院から出て行こうとするテミスを冷たく見つめていた。
そんな仲間をオーラエリベイションをかけていたデュランダルは呆然と見つめていた。希望の名の下に、何かが壊れはじめている。メロディーの効果か?
「‥‥シェア、ト」
デビルは近くにいないとナノックはいっていたが薄く笑みを浮かべながら、巧みに音を奏でるシェアトは普通ではなかった。しかし、止められない。人のレベルを超えたその音はエリベイションの壁をもってしても聞き入ってしまうほどだ。
「私は。カタリベ。愛を、力を、敵を、得たいと思うなら。城の地下を探りましょう。英知があなたを望むモノの前まで導いてくれます」
優しい笑みを浮かべて女は言った。そして尚一層歌声を強めたその刹那。デュランダルは剣を走らせた。シェアトが腰に結わえていた女の面めがけて。面はその一瞬で吹き飛び粉々になる。それと同時に、シェアトの意識もぶつりと途切れて倒れた。
●
「先日は焼き菓子をありがとうございました」
政務も一段落ついたアストレイアは十野間空(eb2456)にそう礼を言った。しかし言われた本人は照れたように笑うだけで、すぐに深刻な顔に戻ってしまった。それは先程手伝いの中で見た文書であった。
「ラニーの勢力拡大は、目に余りますね」
「もう3/4はアイディールの息がかかっていると考えていいでしょう。戦争などせずとも、彼らがこの城を取り囲むだけで私たちは物資を尽きて投降せざるを得なくなるでしょう。それでもここを置いているのは、私を傀儡にしようとしたいのか、正当な理由で領主を受け継ぎたいかのどちらかでしょう」
アストレイアの顔にはやや自嘲の笑みが浮かべられていた。
「一人で抱え込む必要はありません。一緒に方策を考えましょう」
「ありがとう。そう言ってくださると力強いです。最後の一人になっても、私は金のことしか考えない彼らに負けるつもりはないと思っていますが、少し心細いのは事実でしたから」
アストレイアは頭をことりと空の胸に寄せかけて、そう呟いた。
「アストレイア、さん‥‥」
「少しだけ、このままでいさせて‥‥」
静寂の空気の中で、吐息だけがかすかに空気を揺らす。
この静寂が、これからの激動の予兆であることくらい二人とも理解していた。
だから、今だけ、心安らかにあれ。