偽りの瞳(邪眼)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:10月29日〜11月03日

リプレイ公開日:2007年11月07日

●オープニング

 冒険者ギルドで新たな出会いをする人は多い。今日顔を合わせた二人の女性も、互いの名前や素性は知っていたが、実際に顔を合わせたのは初めてであった。
「ああ、プリエさん。確かにルフィアちゃんそっくりですね。私、すぐ分かっちゃいましたよ」
「そう?」
 シスターユーリのはしゃぐ様子に、プリエは若干冷静な面持ちで応答した。周りを見ていれば、いまここにいるシフールといえばプリエただ一人であるのだから、ルフィアと姉妹であるプリエという人を探すのは簡単な話である。そっくりというのは多分目の形とか輪郭とかそう言った以前の問題を指しているような気がしてならない。
「ルフィアが迷惑をかけたみたいで‥‥亡くなった修道士さんには申し訳ないことをしたわ」
「大丈夫。今はセーラ様に抱かれてきっと幸せな生活をしていると思いますよ。ただ、ギャンブルがお好きだったようですから、その辺は不満かもしれませんよね。天国に競馬とかコロシアムはなさそうですし。今度天国でもギャンブルができるようにお祈りしておきます」
 とても神に仕える人間だとは思えないようなセリフに、プリエは思わずバランスを崩して墜落しそうになった。本当にこんな人に預けて正解だったのだろうか。
 左目の視力を失ったルフィアは、ユーリのいる教会に預けられたものの、邪眼と噂される力で、クレイルという修道士を殺害してしまった。その兄であったマクレーンも恐怖していつの間にか教会から姿を消した。
「とりあえず、邪眼の力だけでもなんとかしないと‥‥原因を究明していかないと」
「はぁ、でも、ずいぶん頑固な方のようですし、難しいんじゃないですか」
「頑固な、方?」
 邪眼を人か何かのように表現するユーリに、プリエは目を光らせた。このすっとぼけたシスターは何か知っている。プリエはすぐさま顔に手が届くような場所まで近づいて、問いただした。
「邪眼の正体を、知っているの?」
「えと、ご存知ないですか? 私、皆さんそれを承知した上で私の所にこられたのだとばかり」
「全然何も分からなかったわ。邪眼とはなんなの? ルフィアの力の正体は何?」
 ユーリはぽかんとした顔で間近に迫ったプリエの鬼気迫る顔を見つめていた。とても不思議そうに。
「えと、ご先祖様ですよ。あなたとルフィアさんの。いまもずっといらっしゃるのは、きっと他の人の意図的な介添えもあったかと思うんですけれど」
「先祖!!?」
 地方では、自分の先祖が守護霊だとか英霊だとか呼ばれる存在になるという話も聞いたことがあるが、ジーザス教が広く流布した昨今ではほとんど寓話か地方の迷信だと思われていたその話を前にして、プリエは思わず言葉を失った。人の生命を簡単に奪えるほどの強大な存在など記憶の中ではたった一人しかいない。
「そんな、のって‥‥」
 デビルの大群を幾度も打ち負かしたという古の賢者キロン。
 それが今、ルフィアの瞳となり、彼女が憎む者を殺めているのだとしたら。
「大切に思われているんですよね。もう少しすればルフィアさんの心もきっと強くなって、ご先祖様の力を使ってしまうこともきっとなくなりますよ」
 ユーリの言葉に、プリエは複雑だった。
 先祖なんて聞こえは良いが、亡霊の類であることに間違いない。キロンは歴史上の人物だ、今現在も理性が維持しているとは考えがたい。何かの弾みで『暴走する』こともあり得る。そうなった時、真っ先に犠牲になるのは、ルフィアであり、ユーリなのだ。
 プリエは物言わずに、冒険者ギルドの受付を見つめた。

●今回の参加者

 ea0214 ミフティア・カレンズ(26歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea1787 ウェルス・サルヴィウス(33歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4465 アウル・ファングオル(26歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb0916 大宗院 奈々(40歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3583 ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(32歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb3601 チサト・ミョウオウイン(21歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ec0669 国乃木 めい(62歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)
 ec4027 サスライ・ブルース(24歳・♂・レンジャー・パラ・フランク王国)

●サポート参加者

玄間 北斗(eb2905)/ シルフィリア・ユピオーク(eb3525)/ 明王院 月与(eb3600)/ リンカ・ティニーブルー(ec1850

●リプレイ本文


 お日様はこっそり明日を教えてくれた。
 デビルと戦うルフィアちゃんがいることを。凛々しい戦士の顔してた。

「ひどいですね」
 アウル・ファングオル(ea4465)はしれっと妖精の森の様子についてそう感想を述べた。それ以外、言い様がなかった。
 ルフィアの故郷であり、その目として動くキロンが眠る土地として、あまり多くの人も立ち寄らないその森は、すっかり姿が変わっていた。
 道無き道だったそれは、整備され、馬車が通るほどまで広げられ、鬱蒼とした木々は姿を失い、豊潤な水を引いて代わりに香草の畑が広がっていた。時季的なものもあるだろうが、果樹が多く見られ、そしてルフィア達が住んでいた村には人間用の家がいくつか新しくたてられていた。横には丸太がいくつも積まれ、林業も同時並行で行われていることを知った。
 アウルはそばに置いてあった採取用の籠に目をやると、商都ラニーの紋章が焼き印として目に飛び込んできた。
「こんな、こんな‥‥」
 チサトは呆然としていた。見知った世界が急激に変化している様子に、年若いチサト・ミョウオウイン(eb3601)でさえもそのギャップに胸が引きつった。
 堅固なる自然はどこ?
 デビルと戦った爪痕はどこにいったの?
 住んでいたシフールさん達の面影は?
 口元を覆うような湿気た空気が、今は爽風に変貌していたが、それが逆に胸を詰まらせた。
 身動きの取れないチサトに代わって、アウルは手近に働いていた女を一人捕まえて尋ねた。
「森、切り開いたんですか?」
「そうよ。ラニーの貴族さんがこの辺一帯を買ってね。質の良い木材もあるし、動物の種類もたくさんいるし、特に綺麗な環境でないと育たない香草なんかも育てることができるから。自然の宝庫よ」
「領内の割譲は領主に任されていますから、まあ領全体が経営難に陥れば、金のある商都に譲り渡すのもありえますが。世の中儚いものですね」
 硬直するチサトにアウルはさも当然のようにつぶやいた。貴族の生活を知っている彼にとっては、その辺の知識もそれなりにあった。そして彼の場合、ここの領主や買い手にも面識があるのだから、その流れはだいたい読めた。
「この先に遺跡があったはずですが、今どうなっています?」
「あ、専門の人が調査してるわ。立ち入り禁止よ」
 女の人の言葉にチサトはがっくりと膝をついた。
 荒らされたどころの話ではない。記憶も、知識も、想い出も、全部無機質な金貨へと変貌させられる。
 結局二人は精霊遺跡に近づくこともならぬままに森を出て行かざるを得なくなった。



 タロットカードは、魔術師。
 新たな道が開けようとしていると教えてくれた。
 だけど、その道を開く力には善意も悪意も、全部混ざっている。それらはより合わさって一つの未来の架け橋となっている。

「私達の誰も…キロンさんだとは気付けませんでした。ユーリお姉ちゃんだから気付ける事って、少なくないのかもしれません。お姉ちゃんが気付いた事、何でも良いですから教えて貰えませんか?」
 森から戻ってきたチサトの言葉に、ユーリは首をかしげた。
 とぼけているようにも、本当に何も気付いていないようにもみえる、そんなようにしか見えない顔。いつも彼女はそうだ。一風変わった空気と論点のずれた会話であやふやにしてしまう。
「キロンさんの魂を束縛する力はありますか? そして、ルフィアさんがコボルトに襲われたとき何があったと考えるべきでしょうか」
「答えたら、きっとウェルスさんも同じ力にかかっちゃうかもしれませんから〜」
 謎かけのような言葉に、ウェルス・サルヴィウス(ea1787)ははっとした。こうしてユーリに話す前に、文献を読みあさっていた情報が急に整理整頓されるような感覚。
 そうだ。ユーリが答えると、きっとそれが真実になってしまう。盲進の原動力としてウェルスを動かすに違いない。
「言霊‥‥? この場合は、教唆というべきもの?」
 ウェルスの言葉に、ユーリはにっこりと笑った。



 大嘘つきはどこにいる?
 その問いに太陽は答えた。
 種に水をあげたから芽を出し花が咲くまで、次の種を探して歩いている。

「さて、どうしたのもか」
 大宗院奈々(eb0916)はうなった。ダウジングペンデュラムを垂らしたが、動きは芳しくなく何かを発見することは出来なかった。手がかりになるものは存在しないか、それとも地図の中にはないのか。
「古の賢者キロンが、ルフィアさんに宿った邪眼の正体だと言うのでしょうか。だとしたら、我々はどう対処したら良いのでしょう‥‥」
「キロンさんはルフィアちゃんをどうにか助けたいって想いで必死なんだと思います。それが今、ルフィアちゃんを苦しめてしまっているのなら、何とも悲しい事です」
 精霊遺跡の探索からルフィアと関わり合いを持っていたジュネことジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)も、国乃木めい(ec0669)も言葉につまる。今までその力を借りてきた存在が、今もっとも障害となっているのだから。
「助けたいと思えば思うほど、ルフィアちゃんを苦しめる‥‥ルフィアちゃんの悲しみを感じたりはしないのかな」
 用件の終わったタロットカードをシャッフルしながら、ミフティア・カレンズ(ea0214)は呟いた。
「痛みは、感じていないのかもしれません。亡霊であるなら、理性が残っていることは希です。彼が生きたのが古代であるなら、もう特定の感情だけで存在を維持しているのかも‥‥」
 アンデットの専門知識についてはジュネはよく理解していた。亡霊は冥界への穴を恨みという感情だけではい上がってくる存在。それ故にその恨みが晴れるまで永劫の時を過ごすと思われがちだが、時の風化には勝てないことも知っている。長い時間、恨みを晴らせずにいると、次第に狂気が意思を奪い、いつかは自分の存在意義すら忘れることもある。そうすれば亡霊はそのまま存在を失う。
「古代からずっと亡霊でいたということは、よほど強烈な感情ですね」
 どんな感情なのか、メンバーの中で一番年を経ためいでさえも想像できなかった。子供を恨んだあの頃、それを悔いる気持ちは確かに強烈であったが、今現在ではその波も少しずつ穏やかになりつつある。何百年も何千年も嵐のように沸き立つ思いとは。いかほどのものなのか。それは想像を超えた世界であったため、身震いすることもかなわない。
「それは単純に、怒りか殺意でしょう。当初はデビルに対する怒りだったと思いますが」
 そう言ったのは、アウルであった。
「精霊遺跡とか、村のこと多少聞きましたが、どれもこれもキロンはデビルと対抗するためのものですよね。シフールの村もよくよく考えれば、デビル退治の道具を守らせるつもりだったわけですから、かなりその思いは強烈だったんじゃないですか?」
「そうでしょう。おそらく彼はもう自分が何者であったかさえ、理解できない状態だと思います。ただコボルトに襲われたルフィアさんの叫びを聞いて、ルフィアさんを守るべき世界だと考えているのでは」
 ジュネの言葉にアウルは黙って俯いた。
 世の中、人間というものがそんなに甘いものではない。守りたい、などという高尚な心ではないような気がするのは、はて、叛逆の人鬼と呼ばれるからか?
「だとしたらどうすればいい? そんなキロンの勝手で、ルフィアが苦しむのはもう十分だ」
 奈々はふてくされたようにそう言って立ち上がった。
 誰かに指示される人生。多くの恋を謳歌してきた彼女にとって、ルフィアの現状は悲しく思えて仕方なかった。
 そうして、ルフィアの様子を見てくる、と言った奈々は部屋を出て行った。
「とりあえず、本人とお話するしかありませんね」
「伝えたいこと聞いて、大丈夫だよっていえたらいいんだけど」
 シャッフルし終わったタロットを一枚引くと、審判。
 大きな選択、だって。



 お日様に聞いてみた。
 キロンさんはどこ?
 あなたの 目の前。

「そうそう、私にも恋人ができてなぁ。このノルマンを守ってる騎士団長にそっくりなんだぞ。あたしもルフィアもきっと守ってくれる。デビルより頭がいいからな」
 豊かな胸の間に、ルフィアを入れて奈々は明るく話をしていた。
 ルフィアもいつぞやよりは落ち着いたのか、興味深そうに話を聞いていた。
「最近、見合いパーティーとかいうのを企んでいるらしくてな、王様まで巻き込もうとしているみたいだ」
 笑顔は最近みないな。
 話しながら、ふと奈々は思った。
 最初の頃はとても感情が豊かだったが、最近は、とても落ち着いたように見える。強い心をもったから? それとも苦しい環境に心が削れてしまったから?
「いろんな事を考える人なんだ。あたしは‥‥裏表がない人が良いなぁ」
 ぽつりと呟くルフィアに奈々はぞくりとした。
 フランのことにかこつけてはいるが、明らかにメッセージは奈々にあてていた。違うことを考えていたのを気付いた?
「うむ、そうだな。あたしの故郷のジャパンには裏表のないのがたくさんいるぞ。ただちょっと一本気すぎるのが多いが」
 そんな話をしていると、準備の整った合図を告げに、めいとジュネが部屋に入ってきた。
 空気を敏感に感じると、奈々の襟をぎゅぅ、と掴んだが、それ以上に彼女は表情も変化をさせなかった。
「その左目に宿る意思は、己が何者かも分からず、ただ今己の居る場所を守る為に必死な赤子の様な物。ルフィアさん、それを教え導く事が出来るのはまず第一に貴方なのです」
 ジュネは優しく、でも毅然とそう言い、めいが続いた。
「今からその左目に宿るもの、あなたのご先祖様ですが、彼と話し合いで解決策を‥‥と思っています。ルフィアちゃんからもお話を聞いて貰えるようにお願いしては貰えませんか?」
 ルフィアはその言葉に悩みを見せた。
 彼女もキロンの存在をうすうすと感じていたことが分かる。言葉も姿も見えないけれど、でも、そこにいる。不確かな存在を。
「わからない。お話ししたことないから」
 申し訳なさそうに顔をうつむかせる彼女に、ミフがしゃがみ込んで微笑んだ。
「今から、お話しできるように私達がするから。もしお話しできるようになったら、キロンお爺ちゃんにもう大丈夫だよ、ありがとうって言ってみよう? ルフィアちゃんが欲しい力は、みんなと一緒に強くなって行く心の力だよね」
「難しく考えないで。私達が貴方に接して来た様に、その左目に対して接して上げて下さい。貴方が左目を患ってから、私達が貴方に教えてきた事を教えて上げで下さい」
 ジュネと交互に励まされて、ルフィアは静かに頷いた。
「うん、がんばる‥‥」



 プリエさんは言っていた。

 キロンは村の英雄。たくさんのデビルを退けたっていう。
 意外と知られてないけれど、キロンの最期は自分の守っていた仲間に殺されたのよ。
 デビルにそそのかされたの。その人。毒殺だったらしいわ。
 今でも伝承と共に伝えられていることなんだけど、キロンは毒で苦しみながらもデビルに強い復讐心を燃やしていたって。

「キロンさん、そこにいるのですね」
 ディテクトアンデットとサンワードを併用して場所を特定した冒険者達は、聖なる釘で作った結界の中にルフィアを立たせていた。まだ一度も姿を認知できたことはなかったが、ずっとルフィアの中に隠れているのはもう疑いようはなかった。
「キロンさん‥‥どうしてルフィアちゃんの身に宿り、力を行使するのですか? 悪魔により破壊された英知を伝える為なら、どうかこの場で皆に教えては頂けませんか?」
 翠色の宝玉をさしめしながら、めいは声をかけた。
 しかし沈黙は破られない。静寂はそれぞれの胸の動きすらも止めてしまいそうなくらいに。
「遺産とはルフィアちゃんそのものなんですよね? だから」
 か、ら。
 思い切って口を開いたチサトの声が教会の壁にふるふると木霊した。
「ルフィアさんがこの先歩む日々の中で、安心して笑ったり泣いたり傷ついたり、嫌ったり愛したりできるよう」
 よ、ぅぅぅぅ
 ウェルスの声もゆるゆると跳ね返ってくる。まるで水の中で話をしているようだ。

 来る。

 それは直感的に皆が感じた。
「Lu F I A... A Re y O u K i Ll th Em」
 聞き慣れない音が漏れ聞こえてくる。風が隙間から差し込んでくる音が言葉に聞こえたような、そんな感じだ。
「なに、なんて言ってるの?」
 ミフが周りを見回すが、誰も理解できている様子はない。ただ、結界の中に立つ一人の少女だけが、独り言のようにして風切り音に答えた。
「賢者さま、誰も殺したくなんてないよ。ありがとう、だから、もう、私は大丈夫」
「滅したいのは誰だ、と言ったようですね」
 ウェルスが直感して囁く。
「Lu F I A... A Re y O u K i Ll th Em.Lu F I A... A Re y O u K i Ll th Em...」
 同じ音が続く。まるで壊れた玩具のように。ぐるぐる、ぐるぐると。
「そんなに部族を守りたいならあたしに渡せ。あたしが守ってやる!」
 奈々が叫んだが、それを押しとどめたのはアウルだった。
「守りたいなんて言ってないですよ。誰を殺したいか。キロンの残っている感情は殺意だけです。だから、ルフィアの殺意や拒絶する感情にだけ反応する」
 その声が聞こえたのかどうか。音はやがてまた凪にかき消えていく。

「y O u K i L l d eV Il w E mU s T Ki Ll t H E m aLl...」
「y O u K i L l d eV Il w E H aV e E vI l Eyes」


 私たちは全てのデビルを倒さなくてはならない。
 デビルを滅せよ。そのための力と目はある。


 町はずれ。
 中心部にいけば、今日も収穫祭の賑やかさを味わうことができる。だが、ここまで離れると囃子は僅かばかりで、虫の音の方がよほど騒がしい。冬の星座が現れ始めた空に舞う風は寒さを覚える。
「11月は収穫祭と言いますが、本当は死者月といって、死者を弔い、また祈る月でもあるのですよ」
 ウェルスは優しくそう言って、ルフィアに木の葉で作った舟を手渡した。船の中にはそれに見合っただけの小さな蝋燭が乗せられていた。そこに点る炎の灯りもそれほど大きくはないが、でも、皆の顔を映し出すには十分な光であった。
 ルフィアはそっと手に取ると、ゆっくりとセーヌの川に乗せた。小さな白い手に冬の冷たさが襲いかかり、少し身を固くしたが、それでも舟だけは丁寧に瀬に乗せて放った。
 ゆららりら、こさらり、ろろろ。ろろろ。
 舟はゆくよ。

 あの舟はどこにいくの?
 収穫祭の輪の中に連れられたルフィアが尋ねた。
 遠い国を旅して、冥界の国へ行くのよ、と答えた。だけど、けして遠くはない。
 冬から春が訪れるように。必ずたどり着くから。だから、ほら、踊りましょ。
 今宵に感謝して。ありとしある恵みに感謝して。春がもう少しでも早く訪れますように。