灰分隊長を救え!ちびブラ団
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■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 46 C
参加人数:7人
サポート参加人数:3人
冒険期間:11月06日〜11月13日
リプレイ公開日:2007年11月22日
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●オープニング
酒が入れば、辛かったことも悲しかったことも皆一様に忘れて、隣の人が何する人かどこの人かもわからずに肩を組んで和気藹々。神の前には皆平等。飯を食うのも皆同じなら、同じ屋根の兄弟よ。さてや、飲めや、歌えや、笑えと、それが収穫祭というかくも騒がしい祭である。
大人がそんなのだから、子ども達ももちろん同様で、星空よりも明るい祭の燭台の下で、人混みを駆け抜けていると、途中で顔をつきあわせた同年代らしき少年達と、言葉一つも必要とせず、それ今は鬼ごっこだぞ、おまえもついてこいよ、と誘って共に駆け出す。
ちびブラ団の仲間達も例に漏れず、大人達の喧噪豊かなメインストリートを少し外れた路地に、ほんの数刻前に出逢った数人の少年少女と今はもうすっかり打ち解けていた。鬼ごっこで跳ねた息をなだめながら、笑顔でようやく言葉を交わしあう。
「すっごい体力あるな。機転も利くし、チームワークもあるし、全然捕まえられなかったよ」
出逢ったばかりの少年に褒められて、ちびブラ団は一様に嬉しい顔をした。大変な目も苦しい思いもみんなで乗り越えてきたのだ。チームワークには自信があった。
「お前達も頑張れば騎士を倒せるぜ」
「騎士!?」
ちびっ子ブランシュ騎士団灰分隊長フランこと少年アウストが目を丸くすると、別の少年が得意げに笑った。
「実は、僕たちは収容所っていうところから来たんだ。収容所っていうのは国の都合の悪い人たちを閉じこめる場所なんだけど、僕もお父さんもお母さんもノストラダムス様を信仰しただけで捕まったんだ」
「ほら、ノストラダムス様がデビルの手先だとか言われてただろう? だから俺達やその家族もデビルの手先なんだって。預言で災害を知らせてくれたノストラダムス様が悪い者扱いしてるなんてどうかしてる。捕まった家族はみんなバラバラにされてひどい目に遭った」
「そこで捕まった人たちは密かに決起して、収容所の見張りである騎士を倒してその地獄から解放されたんだ」
得意げに笑う少年達の姿に、ちびブラ団は驚きの衝撃で言葉をうまく出せなかった。彼らの話が真実なら、目の前にいるのは脱獄した狂信者達なのだから。
「い、いいの? こんなところを歩いていたら見つかるんじゃ」
黒分隊長ラルフこと少年ベリムートの言葉に、少年達は笑った。
「大丈夫。収容所がそんなことになっているなんて思われないように、みんな普段は収容所で大人しくしているからさ。お父さんがいる収容所もお母さんがいる収容所もそうやって解放されたんだけど、また捕まらないようにって、みんな静かにしているんだ。だけど‥‥」
「だけど?」
「今度、ブランシュ騎士団が視察に来るっていってた。だから、こうやって収容所を抜け出して、ブランシュ騎士団のことを調べに来ていたのさ。お父さん達が居るところには緑隊が、お母さんとか女性ばかりいる収容所には黒隊が、そして僕たちのところには灰隊が来るんだ。
ブランシュ騎士団もまさか収容所が乗っ取られているなんて思っていないだろうから、不意をついてこてんぱんにやっちゃえば、ノストラダムス様の理想郷も早く実現できるよ」
少年達の言葉に、ちびブラ団はひどく動揺した。あの大好きなブランシュ騎士団が危機にさらされているのだから。だからといって、一緒に遊んだ時の気持ちが嘘や見せかけだったとは思えない。今、こうして話してくれるのも友情を感じてくれたからこそだ。
長い逡巡があったが、ちびブラ団の面々はそれぞれの目を見合わせて頷いた。
このまま放っておくわけにはいかない!!
●
アウストは一人で考えていた。
お城に行っても、衛兵達は言うことを信じてくれなかった。シスターアウラシアが冒険者ギルドに依頼してくれたが、それでも冒険者が集まるまで2、3日はかかる。
もちろん、ブランシュの騎士がそんな人たちに負けるとは思わないが、それでも扉を閉められればそこは監獄。自力での脱出は不可能だ。もっと早く、僕たちにもできる方法はないのか。
「やぁ、昨日の。アウスト君だっけ」
思索が脳裏を駆けめぐる中、聞き覚えのある声がアウストの耳に届いた。昨日であった収容所の少年の一人だ。腕白そうで快活な顔をしているが、改めてみるとやはりどこか影のある、怖そうな顔にみえてしまう。
なんとしてでも彼らから、僕たちの劇をこっそり見に来てくれたブランシュ騎士団の隊長を助けなきゃ。
こっそりと?
その時、ふと、アウストの脳裏に何かがわき上がった。浮かんでいたたくさんの思考の島々に急に橋がかかって一つのまとまりに変化していく。
「あ、あの。収容所に僕も行っちゃダメかな? お兄さん達が悪者には見えないし、あの、僕、真実を知りたいんだ。今まで、ずっと街にいたけれど、そんな話聞いたこともなかった。だけど。お話を聞かされていないだけなんじゃないかなって。だから、もっとお兄さん達のこととか教えてほしいんだ」
うまくいけば、収容所の中に入ることができるかもしれない。そうすれば、戦いを止める何かができるかもしれない。
必死な顔でいうアウストに少年はまじまじと顔を見つめた。昨日遊んだ、先程声をかけた時の顔じゃない。何かを検分するような鋭い顔つき。
「‥‥お願い。お父さんとお母さんには友達の所に泊まるってもう言ってるんだ」
「そうだな。昨日、話をしたのは失敗だったかなと思っていたけれど。いいよ。連れて行ってあげる。だけど誰にもいっちゃいけないぞ。俺達の存在も極秘なんだからな」
真剣なまなざしが通用したのか、少年は信用してくれたようだ。
「来いよ。もうすぐ馬車が出るから」
そしてアウストは、収容所に向かうことになった。
●
「隊長、これが今日の仕事です」
ながーいスクロールに書き付けた仕事のリストを読み上げた副隊長は、ごく真面目な、何事もないような口ぶりでそう告げた。読み上げにかかった時間はざっと半刻ほど。もちろん、仕事にかかってもらう時間を考慮してやや早口にしてくれたほどだ。
「ちょっと多いような気もしますが」
「あなたが仕事を置いて、他のことをなさるからです」
正装をしっかりと着こなした副隊長は白くなった豊かな髭に手をやりながら、怒るわけでもなく、至極普通のように答えた。
「結婚は重要なんです。特に国王陛下については。ギュスターヴ隊長の苦言にも動じない以上は、私が策を弄するしかないでしょう」
「なるほど、左様でございますな。できれば、それと同時並行で普通にある仕事もこなしていただきとうございますな」
聞く耳をもっているのか、持っていないのか副隊長はしれっとそう答えた。口も頭も良く回る隊長には、それに振り回されない精神力がなければついていけない。
「‥‥とりあえず、今日という今日は、仕事が総て片付くまで、見合いパーティーなどには出させませんぞ。簡易な仕事は騎士達に任せるように手配しておきます。隊長の補佐はワシが総てさせていただきますので、頼みましたぞ。とりあえず最初は収容所の視察にございます。馬はもう用意できております」
仕事は山のように重なっている。このままだと、一つでも遅れを出すと、聖夜祭まで押していくことだろう。
フランは遠い目をしながら、収容所のある方角を見つめるのであった。
そこで陰謀がはぐくまれているとは知らずに。
●リプレイ本文
●
「お前達、何者だ‥‥?」
底冷えするような冷たい空気の中に、やや高めの声色が響いた。えんじ色の炎を反射するのは水晶のような瞳。それも一つじゃない。
「ボク達? んー、どして?」
クラリス・ストーム(ea6953)は唇の端を僅かにつり上げて微笑み、隣に同じようにして立っているサーシャ・トール(ec2830)に視線を送った。
「ブランシュ騎士団に連れてこられたんだってな。看守から聞いてるぜ」
「確かにイイ線までいったが‥‥って、よく知ってるな」
サーシャは少し前の出来事を思い出すように、指を顎に当てながら改めて、ぶしつけな視線を送る瞳達を見つめた。その頃には目も暗闇に慣れてきて、細かな道具や服などを除けば瞳の主達を認識することは十分可能だった。
まだ幼い。そこにいるのはまだ年端のいかない少年少女ばかりであった。サーシャも外見はようやく一般の成人のそれと見られるようになったのは最近だが、彼らはまだその域にも達していない。
ここは少年収容所。成人していない犯罪者を幽閉する場所だということを改めて感じさせた。
「個人的な恨みもあってね‥‥貰えるモノ貰って、やっちゃおうかと思ったんだけど、なかなか手強くてもう少し手数が多ければやっちゃってたたよね」
クラリスは薄笑いを浮かべながら、手に付けられていた枷を地面に投げ捨てた。フランに掴まってからここにくるまで付けられていた手枷。それが凍える石床に乾いた音を重ねて落ちるのを見た少年達の顔は驚愕そのものだった。
くすり。
サーシャはそんな少年達の可愛らしい様子を見ながら、背中をちらりとみやった。
「それにしてもなんか収監少ないんじゃないか?」
鉄格子の向こうはちょっとした四角い広場が死角におかれたカンテラによって照らされている。そこには誰も立っていないし、もしその場に出ることはできてもそこに立っている人がいないことは、ここに入る時に気づいていた。それが通常では考えられないことも。
「俺たちを見張る大人達も閉じこめられているからさ」
真っ先に彼女たちに話しかけてきた少年の言葉だった。彼はリーダーか、少なくてもこのメンバーの中では顔と呼べる存在だろう。
「へぇ」
「この収容所の主は大人達じゃない。おまえ達、ここから出たいなら協力しないか?」
薄暗い監獄の中で、少年の声は希望と野心に満ちあふれていた。まるで密林の王様のような。
クラリスはどうしようかな。ととぼけている間、サーシャは改めて自分たちを取り囲む子供達の姿を確認した。
囚人服で、どれもこれもギラギラしている瞳が向けられている。だけど、一つだけ。
「大人は嫌いだし、早く出たいから追っ払うなら協力するよ。私はサーシャ」
サーシャは微かに笑みを浮かべると声をかけてきた少年に手を差し出した。
視線の片隅に、少年アウストの少しばかり安堵した表情を捕らえながら。
●
「それは大変でしたね」
若い兵士は苦笑を浮かべながら、ノルマン王国屈指の騎士に手ぬぐいを粗相の無いように気をつけながら手渡した。灰色分隊長のフランは端正な顔に手ぬぐいをあてた。突き出たエルフ特有の耳にはひっかき傷ができているし、ブランシュ騎士団を表す白いマントも土埃で薄汚れていた。
「馬は怪我をするし、唾はかけられるし散々です」
「フラン様、濡れタオルを手配していますので、そのまましばらくお待ちを」
セバスチャン・オーキッド(ec3845)はそう言うと、仲間達の姿を見てホコリを払う仕草で示した。騎士団の従者たる者身だしなみを気をつけるように。
「お怪我は大丈夫ですかのぅ? 化膿してはなりませんし、どれ、助祭殿に回復を依頼してはどうですかな?」
寒さ除けのため壬護蒼樹(ea8341)の衣の中に入っていたガラフ・グゥー(ec4061)が顔を出して言葉をかけ、そしてアイリリー・カランティエ(ec2876)に目線だけで合図を送った。
「あ、回復だね。いいよ。まかせて」
と、回復魔法を唱え始めるアイリリーにガラフはこほん、と咳払いをした。
「あー、いや、回復魔法を使うまでもなかろう。えーと、ほら、なんといったかのぅ」
「? ああ、了解。了解」
蒼樹の衣服に隠れてこっそりジェスチャーをするガラフの様子を見て思い当たったかのように笑顔を浮かべると、詠唱を始め、彼女の体が白く輝き始める。
「何の魔法で?」
「加護を求める魔法、ですね。ああ言った浅い傷の場合には、傷そのものより化膿や炎症の方が怖いですからね」
兵士の興味深そうな視線にさりげなく割って入り、にこりと微笑みかける。
「セバスチャンも神経質だな。こんな収容所で先のような襲撃もありますまい。なぁ、兵士殿」
「何を言いますか。我々の役目は万が一のことを起こさぬように注意することでしょう」
楽観的な言葉を放つ蒼樹に対して、呆れたような声を上げるセバスチャン。そんな二人のやりとりを見て、案内役に立った兵士は少しばかり相好を崩した。
「そうですよ。ここでは私たちがしっり守っております。それに堅固な建物。問題などなにもありませんよ」
「それもそうだな。エフも緊張を解いた方が良い。弓の弦と同じく、どこかで弛めておかないと持たないぞ」
もう一人、遠くからそんな様子を見守りながら周りに鋭い視線を配っていたアフリディ・イントレピッド(ec1997)に蒼樹が声をかけた。ジャパンの武士のような出で立ちの彼女は、それを聞くと若干不機嫌そうに言葉を返した。
「あたしだって、力の抜きどころくらい知っている」
「さて、それでどこから案内して貰えるのでしょうかね」
賑やかな仲間達の話をおいて、安堵したように首を振るアイリリーの様子をちらりと見てから、フランは兵士に話しかけた。
「はい、まず牢の様子を一通り見ていただいてから、一端食事を、それから更正の様子を見ていただくために、礼拝室、それから訓練施設の視察をしていただこうと思います。ではご案内いたしましょう」
笑顔で先頭に立ち、案内を始める兵士にフランは付き添うように歩み出し、そしてピタリと足を止めた。
「あー、それならまず君たちの部屋を見せてもらえますか?」
「は?」
「まず最初に皆さんの生活態度をお窺いしたいということじゃ。管理しておる人間がわかればだいたい分かるというものじゃな。さすがフラン様じゃ」
予定外の動きに思わず言葉を失う兵士を余所に騎士団一行はわいわいと話を始める。
「それいいね。ここ暗くて‥‥お日様にあたりたかったんだ」
「私生活の乱れは、心の乱れというからな。そういう観点もありだな」
「隊長がいいっていうならどこにでも付いていくぜ」
「それにしても寒いのう。ちょっとレジストコールドさせてもらうぞい」
「や、あの、ちょっと待ってくだ、さ」
それぞれが話を始める様子に兵士はあたふたするばかりで、まともな言葉一つ紡ぎ出せない。なんとか腕を引っ張ってでも止めようと兵士が動いた刹那、フランがぴたりと動きを止める。
「‥‥やっぱり先にご飯にしましょうか」
「!?」
「いいですね」
「さんせいだな。案内ヨロシク頼んだぞ」
蒼樹の言葉に突かれるようにして、兵士はもう笑顔すら引きつって痛々しそうな顔になりながらも、今度は先ほどのような制止は見せずに食堂へと案内し始めた。
「あれ、あれは子供ですかね。‥‥あ、見間違えです」
もう兵士は混乱の極みにいた。
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「横には、矢を番えた状態の弓を設置しています。僕達の殺気は感じてもまさか横から飛んでくるとは思わないだろうし、それに数十機用意しているんだ。おまけに矢には毒が塗っているから、かすり傷でもフラン隊長なら致命的だよ。それでも万が一かいくぐるようなことがあればここにいる僕ち、それから反対側にいる仲間が一斉に襲いかかることになっているんだ」
こそこそとサーシャに説明をしているのはアウスト少年であった。サーシャが味方であることはすぐさま判別することができた。二人は以前にも出会ったことがあるのだから。
「ありがとう。そういう段取りか」
腰に付けたダガーを確認しながら、サーシャはアウストに頷いた。
それほど深い関係ではない。だけど、アウストの目が何を言いたいのか、サーシャにはよく分かった。
ブランシュの人達をなんとしてでも守りたいんだ、そんな声が聞こえてくるようであった。それと同時に、ごめんなさい、という言葉も。
サーシャは小さく頷いた。大丈夫だよ。そんな気持ちをめいっぱいに込めたのは届いたのだろうか。明確な答えはもちろん貰うことなどできなかったが、きっと伝わっている。アウストの瞳を見ればそう思うのだ。
「来たよ」
その横で、階段を激しい勢いで駆け下りる音が響いた。
ひそひそと囁き会っていた声もその音と共に、しん、と静まりかえり、独特の張りつめた空気が部屋一面、胸を押しつぶすくらいに増幅してやまなくなる。それを打ち破ったのは悲鳴にもにた少年の声だった。
「フランのやつ、人質のいる第3房にいっちゃった!!!」
張りつめた空気が一気に裂けた。途端にどよめきが広がる。
「ともかくっ。人質取り戻されたら、相手の戦力上がるばかりだよっ。その前に奇襲で押しつぶさなきゃっ!」
クラリスがすかさず声を上げる。
そうだ、それしか方法はないはず。
揺れた空気がその声を軸にして明確に指向性を持ち始めた。
「そうだ。いくぞっ!!!!!」
「おおおっーーーっ!!!!」
少年、そして少女達は見せかけの牢を破ると、クラリスを先頭にして一気に駆け出していった。
そして残ったのは。
「鍵の位置はこっち!」
「よし、行こう」
アウストとサーシャは走り始めた。
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「怪我の酷い人から順番に治すからね!」
「食料も予備を持ってきている。分け合えるだけはあるからとりあえず胃に収めておくといい」
牢の中にアイリリーとエフが走り回りながら、治療や補給を行っていた。
収容所の中でも最も奥にあり、そして目立たない場所にあったこの牢はそれほど大きくもなく、その中に立錐の余地もないようなほどの密度で大人達が詰め込まれていたのだ。そんな彼らの牢を蒼樹のバーストアタックでたたき壊し、解放した上での出来事だった。
「す、すまない私たちとしたことが‥‥」
「外部からの侵入が?」
「ああ、何者かが子供達の牢を開け放ったんだ。そいつはもういないみたいだが‥‥」
セバスチャンの問いに答え、牢と作戦だけを与えて去っていったもの。それが何者かわからないが、堅固な収容所に難なく忍び込めたというなら相当な技術をもった盗賊に違いない。
「私たちも戦うぞ」
「ああ、大丈夫ですよ。それほど手数に困っているわけではありませんから。とりあえず自分の足で歩けますね?」
フランはそう言うと、日本刀を抜きはなち、甲高い怒号の響く階上に目を向けた。
「中天の刻まで少し‥‥時間余らせ過ぎましたかね」
「サーシャ様が鍵を取ってこられる時間を入れれば、ちょうどの時間でございます」
「よし、行くぞっ」
戦闘態勢の整った蒼樹とエフが階段の踊り場に向かって走った。
「あっと、足元注意。そんな年から夢物語ばっかり語ってちゃ嫌われちゃうかもだよ〜」
「な、クラリスっ!!」
先陣を切ったクラリスが不意にしゃがんだかと思うと後続の少年に足払いをかけた。勿論足場の不安定な階段の中でそれに耐えられるわけもなく、少年数人がまとめて階段を転がり落ちた。その後を踊るようにしてクラリスは蒼樹とエフの後ろ側に回り込む。
「門を開ける予定ないって。ここ、内も外も入りにくい構造だから、ミチヅレってやつ」
「ということは戦力がここに集中してくれるわけじゃな。ありがたいやら、困ったものやら」
ガラフはほ、ほ、と笑うと、電撃を放ち階段を駆け下りようとする群れを貫いた。
「無闇に怪我をさせたくはないからのぅ、どいてはくれぬかのぅ」
「うっるせぇぇぇぇ! 理想郷は俺らのためにっ、死ねぇっ」
まるで階段を急な坂か何かのように駆け下り、槍を突き出す少年が叫んだ。
が、次の瞬間にはその槍は半ばから先を失った。
蒼樹がナ・ギナータを構え直すその前に視点を失った穂先が転がり落ちる。
「言い分はあるのかもしれないが、やり方は感心しないな」
「そうだよ。王様を倒してまで作りたい理想郷‥‥、実現するまでにどれだけの血が流れるんだろう。そんな血塗られた国が『理想郷』だと言える?」
アイリリーの叫びに対しても、少年達は一歩も引き下がらない。
「黙れっ。今の王様の方がよっぽど血塗られているじゃないかっ。」
短槍と化したそれを振り回しながら、少年は一気に攻め上がる。子供、といってもその肉体はもう十分にオトナの部類に入る。一撃ごとに風が鋭くうなる。もうその後ろにはまた槍をもった少年が、その動きをサポートする。弓矢も天井すれすれに何本も一行を襲いかかる。
「戦闘中に話し合いは止めておいた方が良い。思わぬ怪我をするぞ」
エフは少年の肩口にレイピアを刺し貫くとそのまま階段を数段登り、押しやる。
「今が悪いから、改革すればよくなる? 本当にそう思う?」
制止を受けてもアイリリーは語りかけ続けた。
「じゃあ、今の王様が何をしてくれたんだ? ローマに従ってたうちの父ちゃんを悪者にしただけじゃないかっ! 王様のやってることなんでただのエゴだっ!」
ああ、この子達は、虐げられていた存在がほとんどだ。
明日食べるパンすらない家族。天災、そして預言災害で保護されなかった人達。
彼らはノルマンの闇、そのものだ。
「それは陛下をみくびりすぎてるでしょう」
フランが穏やかに言った。
「太陽の光が欲しければいつでも、表に来なさい」
「正門で副隊長が待っています。先に進みますよ」
フランは刀を階上へと突き刺した。
●
当初の罠が崩れ去り、狭い階段で戦いを余儀なくされた時点で、子供達に勝ち目はなかった。武器は尽く蒼樹に砕かれ、セバスチャンとエフの攻撃で確実に手傷を負い、彼らは戦闘不能に陥った。そして扉を閉ざし、道連れにする予定もサーシャとアウストのおかげで扉は開くことができたのであった。
フランの暗殺計画はこうして阻止されたのであった。
「そういうわけで、一少年と冒険者の活躍で、反乱は無事鎮圧できました。少年、なかなか骨のある子ですよ。冒険者も。おかげで、随分事件が早く片付きました」
「それについてなんだが、君だけ随分報告が遅かったんだが、何かあったのか?」
「色々仕事が押し迫ってまして。ははは。あ、これ今回協力いただいた冒険者のリストと報告書です」
「フラン。反乱の主謀者はアルティラで、子供達は盾に取られていたと書いているが本当なのか?」
「やあ、苦戦しました。ほら、ひっかき傷が。しかも逃げられてしまいまして」
「‥‥‥‥騎士の名に誓って嘘は吐いていないな?」
「騎士の名に誓って。この報告書の通りですよ」
「‥‥‥‥わかった、もういい」