途切れた双曲 〜 太陽の彼女(チアー)
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■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:8 G 32 C
参加人数:10人
サポート参加人数:5人
冒険期間:11月12日〜11月22日
リプレイ公開日:2007年12月05日
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●オープニング
一面冴え渡る秋空にシャナはぐぅっと両手を伸ばした。
「はぁ、空気がおいしい〜。これだけで、ご飯3杯はいけそうだわ」
ずりあがった着物の裾をちゃっと帯の中にしまい込んで、首をぐるりと回す。そんな姿から、通りすがる人々はきっと彼女がしばらく家の中の仕事ばかりをしていたのだろうと想像するだろう。
「ま、時間はかかったけれど、これで計画通りね。不老不死の体も手に入ったし‥‥何年かかるかわからないけれど、みんなに振り向いてもらえるくらいに素敵な歌も踊りも専念できるってものだわ。ご飯の心配もいらないし〜」
軽いステップを踏みながら、シャナは歩き始めた。色とりどりの布をジャパン風に仕立てた衣の端がひらひらと風に乗って揺れる。風が薄絹のケープとなって彼女の体の回りを緩やかに舞い踊り、後ろへと去っていき、そのケープをまた虚無の風に仕立て変えるのは、また同じように色とりどりの単衣をまとった黒髪の女であった。しかし、その姿は朧げで時にはまるで霧のようにまで形を失う。
「ずいぶん時間がかかりましたね」
「仕方ないじゃん。ディアドラ姉ったら、すっごいねちっこいんだもん。下手に動いたら腱を切るぞって脅すし。不老不死になっても踊れないんじゃ泣くに泣けないわ。せっかく友達の気持ち裏切ってまで、こんなことしたんだからさ」
ぶーたれるシャナに、朧の女は薄く口の端を少しばかりつり上げてほほえんだ。
「それも縁というもの。おかげで、ラニーは領一番の勢力になり申した。腐った人間も次々と集まりましょう。さすれば‥‥烏も目をつけ群れるばかり。共に啄みあえばよかろうて。耳の大きな殿も止められぬこととてに」
「めーちゃんももうすぐ独り立ちでしょー。計画は順番は違えたけどとりあえず順調、か‥‥アストレイアさんやディアドラ姉は仲間にし損なったけど。そだ、テミスちゃん、後で元に戻してあげて。魂もらうならテミスちゃんを本当に幸せにしてからにしたいもん」
「今のままが幸せでございましょう。‥‥さて」
女は、道の終わりに立つ全貌を見せた大きな家屋に目をやった。豪邸というほどでもないが、さりとて普通の家よりは大きい。造りは質素であったが、手作りの小物達が賑やかに、そして明るく見せた。
朽ち木を利用して作った門には、カトリーヌ音楽教室、という看板が掲げられ、彼女たちを迎えていた。
●
音楽教室は今日も賑やかな子供の歌声で満ちあふれていた。少々音程の崩れた声もあったが、含まれる陽気さはどれも本物で。子ども達が心から歌を楽しんでいる様子がうかがえた。
J ai perdu le do de ma chalumeau
Ah si papa il savait ca tralala
Il dirait Ohe
Tu n connais pas la cadence
Tu n sais pas comment on danse
Tu n sais pas danser
Au pas cadence
「ジャパン語ではこう歌うのよ。『ぼくの大すきな シャリュモー パパからもらった シャリュモー とっても大事に してたのに』」
カトリーヌ音楽教室に飛び入り参加したばかりのシャナはもうすっかり他の生徒達と仲良くなって、民謡を使って音遊びに興じている。
生徒達はだいたい10歳までの少年少女で、身なりはそれほど裕福なものではなかった。教室はだだっぴろく、楽器の類などはほとんど見られなかったが、歌詞を壁一面に花咲くように描いて、広い空間を賑やかしていた。
「楽器があれば、弾いてみせるんだけど」
「ここには楽器はないの。草笛とかなら作るけど」
楽器のない音楽教室。シャナは物珍しそうな顔をすると、少女の一人が、もじもじと体を揺すりながら上目遣いに語りかけてくる。
「カトリーヌ先生ね。楽器弾けないの」
「そうなの? カトリーヌ・ムスカってノルマンでも有数の楽士って聞いたのに。えと、ほら、イザベラ・ムスカと姉妹で名を馳せてる、って」
「それ、私たちが生まれる前の話」
10年も前になれば、子ども達にとれば、そんな遠い昔の話、となるのも仕方ない。
「とっても上手だったから、それを妬んだ人がね、楽器を弾けなくする呪いをかけたんだって」
今、子ども達と客人の為に台所でお茶を用意している先生カトリーヌに悟られないように、ひそひそと語りかけた。
そういえば出迎えた時も、指揮をしていたときも、右手だけは下に降ろしたままであった。シャナは、ああ、それで。と言葉を返した。もう随分と慣れているようであったから、その事件は何年も前のことに違いない。
「残念。カトリーヌさんの竪琴っていえば、犬や猫は当たり前、ゴブリンやドラゴンまで聞き惚れるって噂を期待してたのに」
「お茶が入りましたよ。みんなお手伝いをしてくれる?」
ふと後ろから明るい声が響き渡った。ただの呼びかけでもその声は透き通り、教室内に優しく響き渡った。豊かな栗色の髪を持った女性は30歳頃だろうか。穏やかで柔和な笑顔に、服装も秋色を意識していて、なんとも落ち着いた空気を持っている人物であった。
シャナは座りながら、ぼんやりとカトリーヌの動きを見つめていた。
●
「腕、動かないんだって?」
子ども達が全員帰った夕方、もしゃもしゃと焼き菓子を頬袋いっぱいに詰め込みながら、シャナはぶしつけに問いかけたが、カトリーヌは嫌な顔一つもせずに変えず穏やかな顔のまま、頭を垂れた。
「はい‥‥私の演奏を聴きにジャパンからいらしたのに申し訳ありません」
別に謝る同義はないと思うのに。遠慮深い人。
シャナはお菓子を飲み込んで、言った。
「治せるよ」
「え?」
きょとん、とした顔をみて、ニャナはにこりと微笑みかけた。
「呪いなら治せるよ。あたしも旅の楽士。ふふふ、結構いろんな伝承とか知ってるのよ。薔薇の泉って知ってる?」
薔薇色の水がわき出る不思議な泉で、今も巡礼者達が穢れを落とすために身を運ぶことがあった。
「知っていますが、でも、呪いを払うことができるなんて。あれはただの伝説でしょう?」
「火のないところに煙は立たず、奇跡のないところに伝説は生まれず。ってね。泉に潜れば、その薔薇色の石があるわ。泉の力が結晶化したのか、それともその結晶から泉の色がでてきたのかわかんないけど。それが花みたいになっているのがあるから、それを取ってきて煎じれば、呪いの効果は晴れて解消するわけ。ま、それだけの結晶なかなかないし、伝説もなんか変わっちゃったから今じゃ秘境の観光名所になっちゃってるけど」
カトリーヌの目は驚きのまま見開かれていた。
もう諦めていた腕が動くかもしれない希望、でも、信じられない疑念。それが混ぜ合わさって、心を激しく揺れ動かす。
「で、でも、薔薇の泉は遠いし‥‥最近、怪物が出るって」
「そうそう。トロルが何体かどっかから移り住んだらしいね。あそこ、泉を守る妖精がいるから火を使ったら、泉に入れさせてくれないし。なんか妖精が火を使わせないことを知って、森から出てこなくなったって‥‥ま、冒険者ならなんとかできるって。一度頼んでみたら?」
そう締めくくるシャナに、それでもカトリーヌは悩んでいた。
自分のために人を危険な目に合わせるのは忍びないし、それでもし効かなかったらそれこそ面目がたたない。
だけど、この腕が動くなら、子供にもっと音楽の楽しさを教えてあげられるし、町の人たちにも面倒をかけなくてすむ。
そして何より。
「音楽、やりたいんでしょ?」
その言葉でカトリーヌの心は決まった。
●リプレイ本文
冒険者が見たカトリーヌはとても穏やかで、物腰の柔らかい女性だった。町はずれに住むより貴族の館で腰を落ち着けている方がよほど似合うような風貌であった。
「冒険者の方ですね。この度はお世話になります」
「よろしくお願いいたしますわ」
気品のある物腰でフィーネ・オレアリス(eb3529)が礼を返した。聖母の赤薔薇と謳われる彼女の荘厳な雰囲気に依頼主もしばし依頼主と冒険者という間柄であることを忘れ呆然としてしまう。
「あの‥‥」
「あ、大丈夫。フィーネさんは特別だから」
くすくすと笑い声を明王院月与(eb3600)が横からあげて顔を出すと、長くなり始めたポニーテールの黒髪が元気そうに揺れた。
フィーネと同じような気品を漂わせるシェリル・オレアリス(eb4803)、不躾な視線を仮面の奥から覗かせる奇面(eb4906)、どことなく不機嫌そうな空気を漂わせながら酒瓶を傾けるデルスウ・コユコン(eb1758)、何やら考え事をしながら、シフールのマリス・エストレリータ(ea7246)と話をしている十野間空(eb2456)、河童の黄桜喜八(eb5347)は頭の上の皿の乾き具合を気にしている様子で、修道士然としたウェルス・サルヴィウス(ea1787)や、カバンにアイテムや薬草を摘めこんだエル・サーディミスト(ea1743)がかえって珍しくも感じる。
「ふむ、そっちが動かない手か。呪いか、傷か、病か毒か、他に可能性があるとするなら‥‥」
奇面は挨拶もせず、カトリーヌの腕に顔を近づけるのをすばやくマリスが後ろからはり倒して諫める。そういうマリスも腕になにやら火傷のような痣がみえるのだが。
「よろしければ中へ。もう風も冬の香りが混ざっていますわ」
奇妙な一団にも彼女は動じず、扉をめいっぱい押し開けると奥に広がる音楽教室へと案内した。
「こりゃありがたい。空っ風は皿に悪いんだよ‥‥」
喜八は頭の皿を抱えるようにして、真っ先に部屋に飛び込んでいき、そしてその他の冒険者もそれに続いていく。ただ一人、ウェルスだけは扉を支えるカトリーヌにお辞儀をし、賑やかさに目を細める彼女の瞳と正面から対峙した。
小首を傾げて微笑むカトリーヌ。
ウェルスはその中に、寂しさに身を切り刻まれる姿を見たのは、クレリックとしての卓越した経験からか。それとも同じような人物をみた記憶からか。
そんな彼を一番最後に部屋にいれ、カトリーヌによってお茶を入れますから、と奥へと姿を消した。
「ふむ、デビルがいる様子はないですな。影響を受けている様子も‥‥シャナさんは本当に応援だけして帰ったようですぞ」
「ああ、デビルの仲間の子だったか。それがなきゃ簡単な話だと思ったんだがなぁ」
マリスが体をはってのムーンアローで確認した感想を聞いて、喜八が眉根をぎゅっと寄せてぼやいた。依頼文にはまったくそんなことは書かれていなかったが、そのシャナという人物と関わりがあった空や月与の話では、依頼自体が罠である可能性があるというのだ。
「シャナさんという方が関わっているのは確かに不安なことではありますわね。腕を治す以上は、心が堕落してしまわないようにケアもしてさしあげたいところですが」
フィーネの言葉に何人かが頷いた。
「お茶が入りました」
左手でもった籠に人数分のティーカップを載せたカトリーヌが姿を現すと、それぞれ自分たちの思索に耽っていた仲間も用意された椅子に座り、月与がお茶を淹れる手伝いを申し出た。
「あ、あたいがやるよ。家事手伝いとかでよくやってるから」
「あ、でも‥‥」
客に客をもてなすお茶を任せるのはいかがなものかと思ったが、そんな言葉よりも先にエルが二人の間に割って入って、早速なんだけれど、と言葉を紡いだ。
「ボク、薬師が本職なんだ。ボクの腕で協力できるとは限らないけど、万一ってこともあるし‥‥様子、聞かせてもらえる?」
人なつこい笑顔を浮かべてエルはカトリーヌの話を聞きたい、と切り出した。
「私は妹と二人で演奏活動をしていました。貴族の方にもご満足いただけて忙しいけれど、充実した毎日でした。だけれど、仕事も一区切りしたある日、本当に何も特別なことのない日でした。朝、目が覚めるとこの腕はもう‥‥肩から先は感覚がありませんでした。」
もう10年近くも前になるが、その頃はノルマンでも屈指の演奏家で、姉妹共に実力のある演奏家ということで有名にもなり、貴族などにも招待を受けていた。利き腕が使えなくなった彼女は、医者に見てもらったり様々に試したが結局現在まで動くことはなかった。
「せめて、この思いを。音楽で人を喜ばせることができる嬉しさを知ってもらおうと、今は子ども達に教室を開いています。でも、もし、腕が動くなら‥‥」
普段の瞳は穏やかな、全てを受け入れるような目をしていながら、ところどころでその目を曇らせる。ウェルスが感じた寂しさに身を切り刻まれる目、だ。
「諦めないのは悪いことではありませんわ。どのような結果になるかは分かりませんけれど、貴女が音楽を始めた時に感じた大切な気持ち、かけがえのない想いを忘れないでください。迷ったときは甘い言葉に流されないで思い出してくださいね」
フィーネの言葉に、カトリーヌは心底安心して頭を下げた。
「遠いところなので、本当に申し訳ありませんがよろしくお願いいたします」
「薔薇の泉にも行くが、それよりももう少し腕のことを診なくてはならん。少しばかり長居させてもらうぞ。まず、その腕が本当に呪いなのか、そして薔薇の泉の結晶で治るかどうかの検証も、な」
他の穏やかで温かな口調とはうって変わって奇だけは、酷く冷たい声でカトリーヌの腕を見ていた。
「魔法使いも何人か来て貰っている。とりあえず魔法で確認して、それからだ‥‥」
それから数日、カトリーヌの腕に関する調査が続いた。彼女は少しずつ不安そうな顔色を濃くしていたが、冒険者達は移動手段はあるから、とお構いなしであった。
●
「妹のイザベラ・ムスカさんは現在、宮廷詩人。結婚もして子供も一人。絵に描いたような幸せな生活しているみたい」
一通りの調べ事が終わったメンバーはそれぞれに移動手段を用意して、広大な森の中にある薔薇の泉を目指して移動していた。森の中は冷涼な空気に満ち、呼吸にあわせて体の中にも染み渡っていく。
「呪いなのは間違いないようですね。多分、デビルの仕業でしょう‥‥リムーブカースでも対応できると思いますが、かなり強い呪力のようです。解呪は難しいかもしれません」
「薔薇の泉の伝説なら、確かにどんな呪いでも解けそうですが‥‥」
「泉に入るなら言ってくれよな」
「単に泳ぎたいだけなんじゃ‥‥トレランツの時も」
「ずがびんっ! そ、そんなことねぇよ‥‥」
「話は後だ‥‥」
先頭を歩いていたデルスウ・コユコンの声が仲間達の会話を止めた。
静寂がその場を覆う。自然豊かなこの森。動物や鳥たちの声が聞こえなくなるとは‥‥。
「フォーノリッヂでは、トロル達が薔薇の泉を守る妖精達を襲うとあったけれど、少し未来が変わったようね」
すぐさま戦闘態勢へと移行する最中、シェリルがつぶやいた。
「それにしてもまずいですね。まだ妖精達と交渉できていないのに‥‥」
空はどこからトロルが現れるか、耳を澄ませながらそう呟いた。トロルは火以外の傷はどんどん回復してしまう。しかし、ここは妖精達が治める森。火を使おうものなら薔薇の泉に入らせてくれないかも知れない。
「できないものは仕方ないだろう。妖精に出会うまで逃げ続けることはできん」
細かい震動と共に、小枝が折れ葉が踏みにじられる音が響く。
「一匹じゃありませんな。2,3‥‥ああ包囲しようとしてますな」
聴覚に秀でたマリスが的確に音を聞き分け、指でまだ姿を現さないトロルの位置を皆に教える。それに従ってできるだけ包囲されないようにと移動するが、深い茂みでも気にせず踏み越えることができるトロルが相手では追いすがる時間を少し延ばしただけであった。
そして、三方から茂みをかき分けるように邪悪な巨体が姿を現した。
「おっとぉ!」
エルが素早く目の前に現れたトロルに対してグラビティーキャノンを放つ。思わぬ重力の束縛を受けたトロルは体勢を崩して倒れた。
「アオイっ、避けろっ」
続いて、その横にいるトロルの目の前にメイフェのアオイが飛んで視覚を混乱させ、僅かに出来た瞬間を見逃さず、喜八のローズホイップが顔面を打ち付けた。
「聖なる母よ。邪悪なる者を縛る力をお与え下さい!」
フィーネの力ある言葉に反応して、残る一体が彫像のように固まると、デルスウがラージハンマーを腰に溜めて突撃し、勢いに任せて体全体を押しつけるようにしてハンマーを叩きつけた。
「おおぉぉぉぉっ!!!」
肉がへしゃげる音と共にジャイアントであるデルスウよりもまだ巨体を誇っているトロルの体が数メートルほど吹き飛んだ。
「色即是空、ディストロイ!!」
エルのグラビティーキャノンによって転倒させられたトロルに向かってシェリルが渾身のディストロイを放つ。並の人間ならば粉々にしてしまえるほどの力を有している。
だが。
「ぐぉぉぉっ!!!!!!」
「危ないっ!!」
黒い光を身に受けながらもシェリルを跳ねとばそうとしたトロルの攻撃を月与が即座に割り込んで受け止める。体勢の悪い攻撃にもかかわらず、体の小さな月与では軸がずれてしまうほどの威力だ。
「ディストロイが効かないなんて、よほどタフなのね」
「とりあえず、陣形を崩さないで下さい。少し引いて、できるだけ取り囲まれないように」
マグナブローのスクロールを準備しながら、空は戦況を確認しながら、言葉を発した。
「あー、まだいるようですぞ。待ちかまえているようですな。トロルに待ち伏せをされるわしらって一体‥‥」
「バカにされとるんだ。ふん、忌々しいっ!!」
騒がしい周りにもかかわらず他のトロルの存在をマリスが知らせると、イリュージョンをかけ損ねた奇が散乱した小枝を蹴り飛ばした。
決して相手を見くびっていたわけではない、敵の能力よりもこちらの戦力の方が上だ。だが。
「回復してるわ‥‥」
デルスウによって膝を砕いたはずのトロルが起きあがってこちらに向かって怒りの目を向けていた。立てるはずがない。あの一撃ならば骨や筋肉を潰したはずなのに。再生能力は聞いていたが、実際目の当たりにすると絶望に似た焦燥感を覚える。
「まだ来ると言ったな」
「奥の方で待ちかまえているわ。陣形を崩したり突貫した相手を潰すためのようね‥‥狼が似たような狩りをするから、その踏襲かも」
シェリルはインフラビジョンのスクロールで辺りを確認しながら、辺りの様子を眺めてそう言った。
「もう一度、わしがイリュージョンで山火事を起きているように見せかける、フィーネがもう一体をコアギュレイトで固めて、その間をくぐり抜けるぞ。こんな奴ら相手にいちいち手間取りたくないのだ」
「ですが、山火事の幻影と言っても、本物らしさがなければすぐきづかれますぞ」
不安材料を上げるマリスに、空がフォローをするようにして横から答えた。
「マグナブローで対応します。‥‥思えば、カトリーヌさんのことだけでなくトロルの回避方法もしっかり練っておけば良かったですね」
その言葉に、一行は苦笑いをこぼした。トロル対策をしていなかったわけではない、実際に現在とった戦術以外にも案はいくつもあがっていたし、まとめる動きもあったのだが、カトリーヌとその裏事情を重きを置いたために、相談のまとめがうまくいかなかったためだ。
「とりあえず、突っ切っていこう。待ち伏せしてるのはボクが、ローリンググラビティーでひっくり返すから、まっかせて! パル、上でライトを使ってくれるかな?」
パル、エルが育てているエレメンタルフェアリーは「まっかせて!」とエルの口ぶりをマネしながら、上空へと舞い上がると、仄かな光で薄暗い森を照らした。走っているとどうしても方向感覚を失いやすいが、目印にもなるしこれなら大丈夫だ。
「よし、私が先頭をいく」
少しずつ包囲網を縮めてくるトロルに対して、ハンマーを構えて威嚇しながら、デルスウが仲間に対して囁いた。
「援護はお任せくださいまし」
「それじゃ、いくよー!!!」
●
「で、どこだ、ここは‥‥」
闇夜の香りが辺り一面に十万し、木の葉の間から、星や月明かりがちらちらと見える時間。冒険者達はまだ森の中にいた。
トロル達の追撃を振り切ることはできた。
しかし、道を完全に違えたのか、一行はまともに道を歩くことすら叶わず、道なき道を延々と歩かされていた。パルのライトも魔力が底をつき、残るはアオイの仄かな灯りばかり。
「やはり妖精を怒らせてしまったのでしょうか‥‥」
ウェルスが心配そうに周りを見回すが、夜闇の中では見えるものなど何もない。
「そんなことないと思うんだけど‥‥」
手にしていた武器や盾を重そうにしながら月与がそう言った。確かに巨大な森であることは以前ここにきた経験のある月与は知っていた。しかし道を外れたらこれほど迷うとは思いもよらなかったことであった。
「困ったわね、このままじゃ結晶どころか私たち自身が無事に帰れるか‥‥」
「カトリーヌさんとこで時間めいっぱい使ったのがまずかったなぁ。い、泉に入りたい。禁断症状でちまうぞ〜」
泉に入れることを密かに楽しみにしていた喜八は落胆も相俟って、歩みが更に悪い。
「といってこんなところで、野宿するわけにもいかんだろう。とりあえず安全なところまで歩こう」
酒を飲んで体を温めていたデルスウにたしなめられるようにして、一行は嘆くのを止めたものの士気が上がらないのはどうしようもない。
「ん、風が‥‥感じますな。正面右手の方、開けていると思いますぞ」
デルスウのバックパックに入って寒さを凌いでいたマリスがひょこん、と顔を出してそう呟いた。
「風?」
「え、風? よしっ、新天地についたんだ。開けているなら休むこともできるかもしれないねっ」
ぱっと顔を輝かせたエルがマリスの示した方向に走り出した。彼女の鋭い直感力もそこから森の湿った空気ではなく、乾いた風が漂ってくるのは肌で感じることが出来た。
駆け抜けるとそこは確かに草原だった。
森から抜け出たのだ。エルは直感した。昼夜が異なるので、若干違いも感じるが、見覚えのある木や配置を思うときっと森の入り口からそれほど離れていないはずだ。
「完全に帰れっていわれちゃった見たいね。ボク達‥‥」
そんなに近いところを歩きながら気づかず彷徨っていたことを考えると。
むきゃーっと怒りながら、マグナブローで燃えた後始末をしている妖精の姿を想像してエルはぐったりした。
「再挑戦、するには時間がありませんね‥‥。休んだら、戻りましょうか」
空の言葉に誰も反対する者はいなかった。