恋(赤い糸)の行方

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月15日〜12月20日

リプレイ公開日:2007年12月22日

●オープニング

 冒険者には色んな人がいる。明るい人暗い人、話し上手な人下手な人、かっこいい人渋い人、綺麗な人可愛い人。
 その中でも彼女、大宗院奈々は美人、それも『かなり』と上につけなければいけないほどの人材であった。そんな人がまだ若い受付員の目の前でため息をつかれたらどうなるか。
 なんとしても悩みを解決してやりたい。
 そう思うのは当然である。

 ただし例外もある。

「フランとの関係がもう少し進展できないかと考えているのだ」
 淡い恋に期待を膨らませていた受付員がその言葉を聞いたときの顔といったら。
 ジャパンや華仙大教国で有名な埴輪な表情になっているにも関わらず、奈々は全く気にせずに言葉を続ける。
「せっかく良い仲になれたというのに、どうもすれ違いが多くてな、意図的に避けられているような気もするのだが」
 その言葉を聞いた瞬間、受付員は復活した。まだチャンスがあるんだ。希望に充ち満ちたそれだ。
「そいつぁ、いけませんね! きっとロクデモナシですよ。それか後ろめたいことがあるか!」
 フランって野郎がどんなヤツか、まだ詳しく聞いていなかったが、鼻息も荒々しい受付員の様子に、奈々は艶のあるほほえみを浮かべた。
「ロクデモナシ。ああ、そうかもしれんな。言動はとかくいい加減に見えて、いつも裏がある狡知に長けた男だし。ブランシュ騎士団の中でもかなり特異だとは思う」
「そんなヤツ危ないですよ。だいたいブランシュ騎士団所属だなんて‥‥え?」
 受付員の目がまん丸になる様子を見て、にんまりと微笑んだ。
「ブランシュ騎士団の分隊長をロクデモナシといえるとはなかなか剛毅だな!」
「え、ちょっ、えええっ!!?」
 ブランシュ騎士団で、特異なキャラをしたフランといえば一人しかいない。
 フラン・ローヴル。ブランシュ騎士団八隊の内、灰分隊を率いる分隊長だ。
「そこでだ、この恋の進展を手伝ってもらえないか依頼をしたいんだ」
 彼がその言葉を全部聞くことができていたかどうか。
 上級騎士を侮辱すれば、下手をすれば一刀両断されることもある、という話は誠しとやかに囁かれていたし、受付員の今の言葉は他の誰が聞いてもボーダーラインは越えている。
 時の止まった彼からひしひしと恐怖と焦りが漂うのは奈々も知っていたが、さりとて、押しなだめようという気持ちは彼女にはなかった。依頼を済ませられるなら手っ取り早い方が良いし、何よりもその方が見ていて楽しい。
「まぁ、フランの立場で考えれば、騎士隊長という立場もあるだろうし、なによりエルフだしな。あたしは人間だからやはり国家の騎士として認められないところもあるだろう。だが、それを乗り越えても、だ」
「はぁ」
 まるで、ズゥンビのように生気の抜けた表情で、依頼書をしたためていく受付員。こんな状態になっても依頼をまとめることができるのはさすがである。奈々はできあがった依頼書を満足げに読み直し、受付員に明るい声をかけてギルドを後にした。
「それでは頼んだぞ♪」
 受付員はその日一日、顔が埴輪から戻らなかったという。



「まだ遠くには行っていないはずだ!」
「探せ! 多少手荒に扱っても構わん!!」
 武装した男達はその言葉におう、と短く返すと、町の交差点をバラバラの方向に走り始める。
「副隊長、どうしましょう。このまま年末まで逃げられると‥‥」
「うむむ、観念したと思ったのじゃが」
 副隊長と呼ばれたドワーフは、顎髭をさすりながら、深い皺をさらに深くさせてうなった。
「こうなれば、カタギの人には悪いが、少し協力を依頼せねばならぬな」
「し、しかし、それは我々の失態を公開することになるのですよ。それに‥‥」
「皆までいうな。元々この可能性があった注意は十分払ったはずじゃ、相手が一枚上手だっただけのこと。あれはわしらの手では手におえんということよの」
 副隊長に話しかけていた男は、悔しさに歯を食いしばりしばし俯いていた。
「わかりました。必ず、どんなことがあっても連れ戻して見せます」
「うむ、頼んだぞ」
 駆けだした男の背を見つめて、副隊長はしばし黙っていた。
「仕事をまた放り出されるとは思ってもみませんでしたわい。かくなる上は監獄の中で仕事をしてもらうことも覚悟してもらわねばなりませぬようじゃな。ゆめゆめ、無事に年を越せるなどと思われませぬように」

 ‥‥ブランシュ騎士団灰色分隊長 フラン・ローヴル
 現在、雲隠れ中。

●今回の参加者

 ea4465 アウル・ファングオル(26歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4889 イリス・ファングオール(28歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8484 大宗院 亞莉子(24歳・♀・神聖騎士・人間・ジャパン)
 eb0916 大宗院 奈々(40歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3601 チサト・ミョウオウイン(21歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●賑わう真白い街
 パリの街にも雪が降り、道の脇や、屋根を真白く飾り立てるそんな時季。夕暮れの寒風が子ども達の駆け足と競い合うように走り抜けて、頬を林檎のように赤くさせていく。そんな人々の顔はどことなくそわそわとしていて、足取りも寒さに凍えるように見せかけながらも熱い情熱を秘めているようで。
 大宗院奈々(eb0916)もそんな一人であった。ただし、これからやって来る聖夜祭に思いを馳せているわけではなく、そこにもう一つ違う喜びが混じっている。
「みんな、すまんな。付き合わせてしまって」
 奈々の依頼に集まってくれた面々に向かって、奈々ははそう言った。
 彼女の依頼とは現在雲隠れ中の騎士隊長、フラン・ローヴルその人を捕まえ、そして恋仲を一気に進展させること。これに尽きる。
「奈々おばさん、久しぶりぃ。やっと春が来たんだねぇ」
 その捜索活動にお手伝いを申し出てくれた義理の姪になる大宗院亞莉子(ea8484)がくすくすっと笑って、姿を現した。言葉遣いや見た目は街の若者そのままだが、その実、立派な忍者なものだから、神出鬼没。いったいいつからそこにいたのか、奈々も気付かなかったくらいだ。
「恋というのは、早いとか遅いとか関係ない。恋をしたい時が一番良い時期なんだ」
 あと、おばさん言うな。と、亞莉子の頬をぎぅ、と抓りながら奈々はそう言った。
「いふぁふぁ。ひっどーい。乙女の顔をつねるなんてマジサイアク〜。ちょいヤバめなところから聞いたげようかと思ったけど」
「あー、押さえて押さえて。俺は灰色分隊の皆さんにちょっと聞いてきますよ」
 同じように捜索を申し出てくれたアウル・ファングオル(ea4465)は、亞莉子をなだめすかしながら視界の端に映る、一般人の格好をしながらも鋭い視線を走らせる男を捉えていた。
「それじゃ私は、町の色んな人からお話を‥‥」
「姉貴は俺と一緒に灰色分隊の騎士から聞き込み」
「えぇ〜」
 アウルのお姉さん、イリス・ファングオール(ea4889)は提案をにべにもなく却下した弟に不服そうな声を上げたが、アウルは聞く耳を持たなかった。故郷神聖ローマ帝国からノルマンに移る際、何をどう間違えたのかジャパンにたどり着いた姉に単独調査などとてもじゃないが危なっかしくて任せられない。聞き込みしたあげく、今度はオーストラリアかロシアの向こう側に行ってしまいかねない。
 なんていうかこのパーティー。ツッコミ所が満載すぎる。既にアウルは疲れ気味。
 そんな微笑ましい二組の親族のやりとりをチサト・ミョウオウイン(eb3601)はニコニコしながら見つめていた。彼女にも姉がいるのだが、こんなやりとりはあまりないですね、と振り返ってみたりもしながら。
「それでは、私は私の知り合った方から聞き込みしたいと思います。何か情報を得たら、奈々お姉さんに愛犬を向かわせますので、それで連絡を取り合えたら、と思います」
「わかった。それじゃ、よろしく頼んだぞ」
「おーっ」
 とにもかくにもフラン捜索の開始だ。


●灰色分隊の騎士って奴は。
 灰色分隊の騎士のほとんどは私服で、冒険者や剣士とほとんど区別が付かなかった。ただ、一般人とは明らかに違う隙のなさをもっていることと、戦士や剣士の中でも態度がしゃんとしているところである程度区別することができた。そして束の色が灰色に染められていれば、ほぼ間違いない。
「フラン隊長をお捜しなんですって? それはさぞお困りでしょう。及ばずながら手をお貸しさせて頂きましょう」
「隊長は忍者みたいな人だからな。まともな手段ではみつからないかもしれない。復興戦争の折に、ジャパンで忍術を習ったらしいから」
 アウルは口の軽そうな騎士を選んだ自分を呪った。なんてデタラメなんだ。
 と、言いかけて、アウルはふと思いとどまって質問を続けた。
「隠密が得意なんですね。とすると、皆さんも?」
「まぁ、そんなところ」
 アウルの目つきが変わったことに気がついたのか、騎士は少しばかり適当な答え方をした。
 よくよく考えてみれば、騎士が私服で捜索など普通では考えられない。
 それに彼はほとんど動いていない。明らかに待ち伏せしている。待ち伏せという戦略を活かすには、その場所に敵、この場合は自分のところの上司を移動させる役が必要である。
 灰色の騎士達はタヌキ揃いだ。アウルはそう確信した。その間を縫うように奈々が質問をする。
「なぁ、フランに贈り物を贈りたいんだが、どんな趣味があるんだ」
「贈り物‥‥あの人はいつも人の物をほしがるんだ。しかも大切にしているのをしっかり目を付けるし。悪い癖みたいなものだよ」
「なるほどなぁ」
 大切にしているものってなんだ?
 いや、それなら大切な物を欲しがるらしいな。あたしならほら、この体全部お前のものだぞ♪ とか言えばいいかも。
「顔、緩んでますよー」
 イリスの言葉に、はっと我に返りながらも、奈々は再び妄想の世界に没入していく。そりゃだってフランと出会えたらまずやっぱりやらないと。とか考えているのだから、仕方ない。他の人は全く気づいていなくても。
「こほん。それで、現在はどこに当たりをつけていますか?」
「冒険者と最近懇意にしているようだから、酒場とギルドだね」
 騎士の言葉にアウルは少しばかりきょとんとした表情を浮かべた。
「それじゃ早速私たちも聞き込みしてみますねっ。フランさん、フランさんをご存知の方はいらっしゃいませんか〜?」
 イリスが歌うようにして、人並みを突っ切るように声をかけていく。なかなかの強者だ。
「姉貴、そっちじゃないよ」
 アウルはそう言うと、腕をぐいと掴んで町はずれ目指して、進み始める。
 騎士たちはフランがそこに出入りしていることに気づいていないのだ。

●発見されるのも仕方ない。
「フランさん? ズゥンビ?」
「それ、腐乱‥‥」
 シスターユーリのボケにルフィアが小さな声でつっこんだ。
 チサトの知り合いというのは彼女たちのことであった。本当はパリから少し離れた教会に住んでいるのだが、聖夜祭に向けて奉仕をする人を募集すべく辻説法をしていた。ユーリのそれは辻説法というより漫談にしか聞こえないところがミソである。ルフィアも奈々に伝授してもらった通りの艶やかな色とアクセサリーを多用したお洒落を使い、人前に出てもそれほど怖がることも怖がられることもなくなっているようである。
「灰分隊長さんで、奈々お姉ちゃんの恋人さん‥‥なんですけど。聖夜祭が近いのに、中々会えないって奈々お姉ちゃん寂しそうなんです」
「恋人っ。すばらしいですっ。私の回り、どうも独り身ばっかりなんですよ。私って実は恋愛運を断ち切る女だったのではないかと密かに心配していたのですが。ああ、良かった。セーラ様、私は無実でした」
 言われてみれば、ルフィアしかり、ミルドレッドしかり、マクレーンとクレイルもだ。
 チサトは、どんな顔をしていいものやら、困った顔をしている間にもユーリは一人で盛り上がっている。
「これは是非とも恋は成就してもらいたいものです。腕ずくでもっ」
 それは駄目だ。
 ひょろっとした腕にちっとも盛り上がらない力こぶを作ってユーリは息巻いていた。
「地図はシェラお姉ちゃんから借りたんですけれど、ダウジングでも探せなくて‥‥」
 チサトが地図を取り出してみせると、ルフィアがふわり、と飛び立って、その地図の前に立つ。その目はどことなく真剣そのものだ。
「奈々お姉ちゃんの探し人‥‥ここに、いるよ」


「フラン隊長は必ずここにいると思います」
「わー、古い聖堂。天井もたかーい。あ、星もみえるよ。ほら、アウル君。見てみて」
 アウルの言葉を聞いてか聞かずか、イリスが遠い天井を指さした。
 旧聖堂。ここはそう呼ばれる。
 漆喰の上に塗られた青い世界にはセーラ神とその慈愛から生まれた天使達の姿が見上げる人々と等身大の姿で描かれる。石の段をすり鉢状にして造り上げた祈りの場。地を蹴る小石の音さえも、壁を上り反響する。
 メンバー以外の気配がする。一同は油断なく、その方向を見つめた。巨大な柱の影から姿を現したのは。
「あ、みんな〜。すごーい。どうしてここにいることがわかったの? 亞莉子、ちょービックリぃ」
「亞莉子!?」
 扇情的な衣装を身にまとい、独特の口調は紛れもなく亞莉子であった。裏の情報屋から居場所を探るということであったが。まさか、すでにここにたどり着いているとは。
「裏の情報屋がさぁ、ここに出入りしている姿をよく見るっていうのよねぇ。普段誰も入らない旧聖堂に出入りするなんてちょー怪しいって感じぃ?」
「誰も出入りしてないってことはないんですけどね」
 アウルはため息をついて呟いた。
 ノストラダムスの大予言騒ぎ以後、フランを始め、冒険者も何人も足を運んでいることを知っているのは意外と少ないようであった。
「でも、今は誰もいないようだ‥‥」
 そう言いかけたその次の瞬間。
 亞莉子が動いた。忍術を学んだ者独特の、素早い動きに目が慣れていない者には本当に瞬間移動したのではないかと思わせるような。そんな高速移動で、奈々達が入ってきた入り口へと向かう。
「待って!!」
 亞莉子がタックルするかのようにして捕まえたのは、壊れかけの樽であった。
 ん、なんでそんなところに樽がある?
 そんなところに樽なんてあったか?
 なんで足が生えてる?
 なんで 動 い て る?!
「大丈夫ってカンジィ。私は奈々おばさんの依頼で来ただけだらぁ」
「おばさん言うなといってるだろう!!!」
 奈々のアイスチャクラムが亞莉子の首筋をかすめ、抱えていた樽の留め金をはじき飛ばした。そして纏めるものを無くしてバラバラに分解された木片から姿を現したのは。
「おや、奇遇ですね」
 そんな出会いを奇遇とは普通言わない。
 思い思いの言葉で、皆はフランに突っ込んだ。


●思いを伝えて。
「全く、指名手配にされているぞ。緑分隊にも似たような依頼があったが‥‥」
 呆れた顔をして、奈々はフランにそう言った。
 旧聖堂の一部屋を勝手に瓦礫やらを使って隠れ家に仕立て上げてしまったその部屋に皆はいた。部屋の中は整然と整理され、書物や机なども揃えられていたところをみると、彼の書斎みたいなものなのかもしれない。
「まぁ、一度やってみたかったんですよ。鬼ごっこ。追いかける方はよくするんですけれど、逃げる方はなかなかしませんから」
「ということはー。鬼になる役で、鬼の気持ちを理解していたんですねー。賢い賢い」
 なでなでと、イリスはフランの頭を撫でくり回す。
「まぁ、危険がある方が燃えるというものだがな」
「それは私も思います」
 奈々の言葉に頷くフラン。
 と、その瞬間だった。入り口から大きな低音が響き渡る。
「ここに居られるのはわかっておりますぞーーーーっ!!!」
「あ、まずい」
 副隊長の声だった。その勢いは声を聞いただけで烈火のような勢いだ。彼がどんな手段を使っても、この部屋を見つけ出してしまうことは容易に想像できた。
「あ、あのあの。落ち着いてっ」
「おとなしく投降すれば、まだ温情の余地はございますぞーっっっっっ!!!!!」
 チサトの声が聞こえる。精一杯引き留めようとしているが、まるで意に介した様子もない。
「あ、俺が話をした騎士にばれたのかもしれません。その騎士の話を聞いてここに気づきましたが、あの人なら目を見ただけでわかってしまうかも」
「とりあえず、フラン。ベゾムがある。夜空の散歩へと行こうっ」
「もぉ、灰色の騎士だかなんだか知らないけどぉ、さっさと寝取っちゃえって!。男でぇ、甲斐性なしなんてぇ、最悪ってカンジィ」
「あー、俺たちが食い止めてみますんで、先に行っててください。そんなに持たないと思いますけど」
 ぽり、と頭を掻くアウルにもそう言われ、イリスにはファイットおー♪ と明るく応援されてはフランも一人で隠れてしまうわけにはいかない。
「わかりました。それじゃ行きますよ」
 フランの力が古ぼけた箒に力を与える。そして後ろにまたがる奈々がその豊満な胸をいっぱいフランの背にあててぎゅっと抱きしめる。
 風が集まる。
 そして。
「いーってらっしゃーーーーいっ!」
 飛び立った。



「フラン。立場とか気にしているのか」
 夜のパリ市街はキラキラと光る雪と、小さな家の明かりと。そして雪雲の間から見える星達と。輝きで充ち満ちていた。
「もし、立場上の事を気にしている様なら気にするな。あたしは結婚をしたいのではなく、恋をしたいんだ。いっそうフランが誰かと結婚した後に愛人の関係でもいいぞ」
 恋すること。いや、愛することができればいいのだ。
 社会的なその結果や形など、奈々にとっては興味のあるものではなかった。どんな時でもその人のことを思うだけで焦がれる胸の鼓動が。心を溶かし狂わす愛の言葉が。そして喜びを得る時の一体感と充足感。
 それだけが奈々の求めるものであった。
 フランはしばし箱庭のようなパリを眺めて、そして箒を片手で操作し、残る手を奈々の頬に回した。
「拘っているのは、立場ではなく、陛下をお守りすることです。ブランシュのほとんどの騎士は同じ思いだと思いますよ。陛下を守る。それを通して、この国を守る。人々を守る。多少異なりますが、大本は皆同じです。それにはこの立場は都合がよい。その立場であるために私は人間であるあなたと浮き名を流すことはできません」
「お前は卑怯だ。ふらふらしていて、まるで騎士にも見えないような言動で。それなのに。私と恋は出来ないというのか?」
 ふてくされた目で見つめる奈々を背中越しにみて、フランは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「おや、危険のある方が好みと先ほど聞いたばかりですが?」
 ベゾムの魔力が失われ、二人はパリを囲む城壁の一番高い塔の屋根に落ち着いた。もう奈々も悲しい顔はしていない。フランの言いたいことはわかったから。疑問系はもう抱かない。甘い心がくつくつ鳴っている。
 彼女はスイートハートレディ。
「私は逃げ続けますよ。あなたが飽きるまで」
「捕まえてやるさ。何度でも」
「今日はすっかり捕まえられました。心も体も」
 奈々の背をぐい、とフランは抱き寄せた。
 ここは街のどこよりも高い所。今は夜闇に紛れて誰にも見えぬ。
「そのご褒美を‥‥」


 夜空の向こう側。こちらは地上。
 副隊長をなんとかなだめすかしているその間に、イリスは見えもしない二人の様子をその黒い画板を通して眺め見ながらささやいた。

「空には数え切れないくらいたくさんの星が宝石みたいにきらきら輝いていて
 その途方もない暗闇に灯る、幾千幾万の光の中で、偶然、同じ星を見上げている――

 そんな人が世界のどこかに居て、いつか巡り合うのだとしたら、とても素敵なことですよね。
 星は、見えなくてもそこにありますし、空はジャパンに居たときもやっぱり同じだったから」