悪魔の瞳(邪眼)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:6人

サポート参加人数:7人

冒険期間:01月12日〜01月17日

リプレイ公開日:2008年03月02日

●オープニング

●漆黒よりも深き闇の底で
「シャナ。目覚めよ」
 一人の気品と威厳を備えた男の声がかかり、踊り子風の少女は安宿のベッドの上で不意に目を覚ました。
 旅の途中で借りた宿だ。人間ではなくなってしまった彼女にとっては休息や睡眠など大して必要でもないのだが、どうしても体の慣例がついつい惰眠をむさぼることを要求してくるのだ。
 シャナはあたりを見回した。まだ真っ暗だ。月も雲に隠れて真闇である。
 シャナはベッドから降りるとその中で深々とひときわ異質の闇に向かってひれ伏した。それが自らの主であることを目で確認する必要などまるでなかった。
「新しく眷属を迎えたく思う。協力してくれるな?」
 並の女なら思わず聞き惚れてしまうような美声だ。それと同時に深い威厳と恐怖を感じさせる。
 普段は元々の人格通り、明るく脳天気なシャナではあるが、その声と存在感に無闇な態度を取ることはできなかった。いや、許されなかった。
「‥‥はい。誰を眷属に?」
「ルフィアというシフールの女だ」
 めーちゃんだ。邪眼と呼ばれる力を有しているから目玉のめーちゃん。シャナがルフィアにつけた愛称。
 ルフィアとは面識は一度もなかったが、詳しい話はよく聞いていた。
 邪眼の力が彼女に取り付いた亡霊であることも、その力で親代わりの祖父を殺したことも、故郷も全滅させたことも、今は教会で更正していることも。
「ルフィアに憑いているゴーストだけ味方につけることはできない。あれは明確な意志をすべてルフィアに託している力の塊のようなものだし、戦いになってはあれを消滅させるだけになってしまう」
 だからルフィアごと、こちらの眷属にしてしまうということだ。
 ルフィアは無意識とはいえ近親者の殺人を犯している。こちらの眷属にさせる罪状はすでにある。後は彼女の心の中に悪意を芽生えさせ、それを暴走させれば容易に事はなる。
「心は日増しに強くなっている。今こそが堕落の好機だ」
 きっと堕落したら、邪眼の力に耐えられなくなって体も変化するだろうな。巨大な目玉の化け物、アイ・タイラントの姿に。
 ジャイアントの体ほどもある巨大な眼球が空中をさまよい、目に付いたモノを呪殺していく。伝説上の怪物だ。愛おしいほどに哀れな姿に、シフールの少女は変貌するのだ。
 寒気のするような光景を思い浮かべて、シャナは背徳の悦楽に身を震わせた。可哀想だから助けてあげたいとも思うし、その姿を是非みたいとも思う。相反する気持ちが揺れあう。
 しかし彼女はデビノマニ。従う以外に選択肢などハナから存在していない。
「畏まりました」
「頼んだよ。ああそうだシャナ。あの教会には冒険者が出入りする。危険も多いことだろう。君にこれを渡そう」
 そうして闇から滑り落ちたのは白い珠であった。
 魂だ。それも自分のもの。シャナはすぐ直感した。数々のデビルの手に渡り、そして今この主の元で完全になった自らの魂。
 自分の魂を取り込めば人間に戻ることができる。そうすれば、彼女はデビルを探知するあらゆる道具や魔法からは感知できなくなる。
「成功を祈っているよ。私を落胆させないでおくれ。シャナ」
「御意」
 そして闇は、僅かばかり薄らいだ。


●教会
「ほら、鶴さん。ジャパンではね、病気回復とかこうなって欲しい〜っていうお願いがあると、これを千羽作るのよ」
 麻布を糊で固めたものを折ってできあがった鶴を見せると、ルフィアは目を丸くしてしばらく見つめていた。布や紙で作品を作る文化も、そのできあがった鶴という生き物についてもルフィアははじめてのもので、すっかり驚かされ、異国の文化というものに魅せられていた。
「お願いがかなうの?」
「うん、だから祈りをこめて折るんだよ」
 旅の人として教会に身を寄せたシャナは宿賃を浮かすためにこうしてルフィアやユーリにこんなことを教えていたのであった。これで感謝の一つでもしてくれれば、喜捨賃免除に話を持って行ける。そして何よりルフィアと仲良くなれるから。
 ルフィアの眼力は超人的だという。見たその人の本質をすぐ見抜くほどの力を。
 だからシャナは適任だったのかもしれない。彼女はどんな時でも心から楽しむことができるし、誰とでも仲良くなれる明るさには自信があった。遊んでいるときはやましい心など本当に存在していないのだから。
「頑張って折る‥‥折り方教えて」
「うん、いいよ。それじゃまず素材作りからだね。まず布ある?」
「取ってくる」
 透き通った羽を羽ばたかせて、飛び立ったルフィアを見送った後、シャナは鶴をじっと見つめた。
 心が強くなっている。
 だけど、まだ半熟卵みたいなもの。砕けば中はまだ蕩け出すくらいに脆い。千羽鶴にお願い事をするわけだから、きっとまだ決別できてないものはあるはずだ。

 一度ここを出て、森のことを知ったと彼女が殺した人のことを彼女を糾弾しよう。邪眼のルフィアと呼ぼう。
 そうすれば、彼女はたちまち動揺して自分を責める。
 どうなるかは分からないが、彼女が耳を閉ざせばこちらの勝ち。混乱した彼女に反応して、邪眼は、ルフィアを守る亡霊は、辺り構わず攻撃しはじめる。
 その傷はきっと消えない。後は混乱に乗じなくても、危ない橋を渡ることもせず、隙を見て魂を奪い去れば眷属が、仲間が増える。
 そのためには‥‥。

 いいのですか?
 デビノマニを増やして。悲しむ人が増えて。
 本当に憎むべきは何? 本当に成したいことは何?

 人間の心がちくりと痛む。
 人を元気づける踊りがしたい。
 やっぱりそれだけは忘れられない。
「分かってる。‥‥道はとうの昔に間違ったことくらい」
 でも、今はやるべきことをやるだけだ。
 小さくても自分が望んだ夢を果たすために。

 めーちゃん。ごめんね。友達になったら、いっぱい楽しい踊り見せてあげるからね。

●今回の参加者

 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4889 イリス・ファングオール(28歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2905 玄間 北斗(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb5314 パール・エスタナトレーヒ(17歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)

●サポート参加者

ガブリエル・プリメーラ(ea1671)/ ウェルス・サルヴィウス(ea1787)/ アウル・ファングオル(ea4465)/ マリス・エストレリータ(ea7246)/ シルフィリア・ユピオーク(eb3525)/ 明王院 月与(eb3600)/ チサト・ミョウオウイン(eb3601

●リプレイ本文


「すみません、忙しいときに〜」
 パール・エスタナトレーヒ(eb5314)の言葉にユーリは全然、と笑って答えた。
「こういう時は、たくさん人がいた方が楽しいし、心強いですから」
 デビルの群れがこちらに向かっているという話はすでに伝わっており、その防衛準備が進められていた。窓には材木で補強がなされ、入り口は一部を除いて、木箱などの荷物で防いでいた。
「ところでシャナさんとはお友達ですか?」
「はい‥‥」
 シェアト・レフロージュ(ea3869)は沈むような声でそう言った。
 友達? 相手はそう思ってくれていないかもしれないけれど。でも。
「きっと大丈夫ですよ」
 事情をざっと聞いたユーリはいつも通りのからっとした笑顔で言った。
「類は友を呼ぶっていいますし、友達なら自然に出会えますし、戻ってきますよ」
 切っても切れない、意図せず引き寄せられる、どれだけ離れていても近くにいるような。
 それは生まれる前からの出会いと感じる時もあるけれど、そうでない人にも諦めず心を注げばそうなれますよ、と付け加えて。


「ルフィアさん、初めまして、フィーネと申します」
 優雅に礼をするフィーネ・オレアリス(eb3529)に、ルフィアも少し堅いけれども、お辞儀を返した。瞳の所為もあるが神秘的でいて、でも、けっしてそれに依らず真面目そうな雰囲気が感じられる。それと少しばかり気を張っているようにも。
「みゃ」
 その気を張った顔が少し崩れた。フィーネの豊満な胸の間から、幼い猫が顔をにぅと出した。
「あら、驚かせてしまった?」
 くすり、と笑うと、フィーネは胸元から猫を抱え上げて、ルフィアに差し出した。といってもシフールの彼女にしてみれば子猫でも両手で抱えなければいけないけれども。
 ふに。っとルフィアの頬と子猫の頬が互いに押されあって形を崩す。子猫はルフィアの事が気に入ったのか、少し戸惑う彼女に体を預けて丸まっていく。
「温かいでしょう? 生命の根源には「温もり」があり、「温もり」を繋ぐために「愛」があります。もし、貴女を困難が襲い貴女の心が挫けそうになったとき「温もり」があることを思い出してください。そして、貴女が独りでないことを思い出してくださいね」
 フィーネの言葉にルフィアはこくり、とうなずいた。



「あのー、この子知りませんか? 友達の友達なんですけど。明るくて優しい子だそうです」
 イリス・ファングオール(ea4889)は弟のアウルが魔法でシャナに化けた姿を基に似顔絵を作成し、それを持って町へと聞き込みに回っていた。
「ああ、見た見た。可愛い娘だったな。ジャパンから踊りの修行に来たというけれど、ありゃもう立派な踊り子さんだったよ」
 できるだけ踊り子シャナに出逢った人物に会いやすいようにと、酒場に明王院姉妹や、シルフィリアが歌を唄い、客を集めた上での聞き込みが功を奏したのか、最初の一人目からそんな情報を得ることが出来て、拍子抜けしたものだった。
「この子がどうかしたのかい?」
「デビルにさらわれてしまって、今は悪い事をさせられているかもしれません」
「悪いこと? そんな風には見えなかったけれどなぁ。拍手や見物料に対して丁寧にお辞儀してたし、別人じゃないか」
 それだけ人に好感をもってもらっているのに。
 イリスは男の言葉にはにかみ笑いを浮かべた。
 シャナは踊り手としてきっと一人前。デビルなんかに唆されなくてもやっていけただろうに。
「あの、もし見かけたら、この先にある教会に私たちがいますので、教えていただけますか?」
 少し疑念の表情を覗かせはじめた男に対して、イリスはにっこり笑ってそう言うと、人混みの中から抜け出した。
 これだけ堂々と表の顔で活動されていると、どうも聞き込みがやりにくい。
 それはもう一人、同じように聞き込みに回っていた玄間北斗(eb2905)も同様であった。
「本人の姿はここ以外では誰も見ていないらしいのだ」
「どうしましょうか。あまり離れるわけにはいきませんし、シャナさんもそんなに教会から離れることはないと思うんですけどー」
「確かにそうなのだ。でも、ここで歌ったり踊ったりするにはそれ相応の意味があると思うのだ」
 それはつまり、歌と踊りで人々を迷わせてしまっているのではないかということ。もしそうならばシャナ一人を捕らえても、大勢の『刺客』が生まれてしまう。それでは根本的な解決にならない。
 町の中で見えない糸がするすると取り囲み、大きな繭のようになっていくのではないか。
 目に見える世界が欺瞞の繭で囲われて、ルフィアが闇に染まるその瞬間まで出られなくならないように。
 イリスは下り落ちる太陽を見つめながら、心を堅くした。

 夜になると現れて、月夜の光の中で一踊り。そして夜の影が一層深くなる頃、また闇の中に姿を消す。一時の幻のような。彼女の願いがほんの一時だけ形を結んでいるような。不確かな情報がよりそんなイメージを強くする。
 彼女の情報は数限りなく集まったものの、実際に冒険者達がその姿を捉えることは3日間の中で、ついに一度もなかった。シャナの情報は溢れかえる中、真実の姿は一つも見せない。
 そんな中、最後に得られたのは十野間空(eb2456)が旅人から聞いたものであった。
「この子を知りませんか? 純粋な子で、自分が騙され人を傷つける手助けをさせられている事に気づいていないのだと思うんです」
 空の言葉に、黄昏時の強いコントラストの中、もうフードの中は夜色に染まって見ることもできない旅人がそういえば、といった。
「まっすぐ行った森に向かっているのを見たよ」
 森はこの町と教会を最短距離で結んだ線上にある。ただし、人が入ることは少なく、道はその森を迂回するように作られている。
 空達は悩んだ。森に入ったのが事実とは限らない。もしくは確実に見つかるわけではない。そうだとしたら深い森に入るのは、自分たちだけが不利に陥る可能性がある。だが、それが真実だとすれば、迂回していてはやはり遅れる可能性がある。
「どうしましょうか」
「セブンリーグブーツがあるから大丈夫なのだ。森にしろ、道を使ったにしろ、たどり着く場所は一つなのだ。そこで待っていれば間違いないのだ」
「道も森沿いにありますから、そっちを見てたら気付くことがあるかもですよ。」
 玄間とイリスの言葉に空も悩ましい面持ちをやや晴らして、教会に向かった。
 その道中。
「あなたのお家はどこあるの? 住んでるお家はあなたのお家?
 本当に? 本当に?
 最近演劇流行ってる。最近方便はやってる。
 あなた騙されているんじゃない?
 偽家族に偽友達、偽笑いに偽涙。
 あなたのホントはどこあるの? どうせないなら、こっちにおいで」
 森の奥からかすかにそんな歌が響いてきた。木々に反射しぼやけているものの、確かに少女の声だった。そのリズムに合わせて、パチパチリと枯れ枝を踏み折る音も聞こえる。
「音はともかく、ひどい歌‥‥」
 イリスは眉をひそめてそう言った。デビルが好きそうな。真実までも惑わしてしまいそうな。美しく木霊しているだけにその歌詞がよけいに耳について胸が悪くなった。
「近いのだ。これなら止められるかもしれないのだ」
 玄間の言葉に頷き、空がテレパシー呼びかける。
「シャナさんっ!」
「その呼び声は誰のため? ホントのホンネはどこあるの?
 あなたのため? 人のため?
 最近演劇流行ってる。最近方便はやってる。
 あたし騙されているんじゃない?
 偽愛情に偽友情。あぁ保身とあぁ名声
 ホントの気持ちはどこあるの? どうせないなら、こっちにおいで」
 テレパシーでの反応は返ってこない。ただその歌詞が変わった以上、聞こえているのは事実なはずだ。
「まだ、道を正す事は出来るのだ。帰っておいでなのだ」
 玄間が声を張り上げた。シャナと玄間、二人の故郷の言葉で。
 一瞬、ぴたり、歌が止まったような気がした。
「あ、姿が見えた」
 イリスが小さく叫んだ。
 ジャパン風の艶やかな布を大きな袖にして、軽々と繁みの中を飛び跳ねていく。布は幾重にも重なっているようで、飛び跳ねるごとに薄絹がばらけて、羽のようにみえる。それは少しずつ奥へと入っていっているようであった。耳に言葉は届いても、気持ちにまではとどいていないのか。
「捕まえちゃいますね。神様、チャンスを下さいっ!!!」
 イリスの祈りの言葉と同時に、彼女の体が淡く輝き、そして次の瞬間、森の中から一際大きな繁みを踏みつぶす音が響いた。魔法にかかったのだ。
「急ぎましょう!」
 繁みをかき分けたその先に。シャナは飛び跳ねていたその姿のままで大地に転がっていた。そんな彼女が逃げ出さないように、しっかりと空と玄間が確保に努めた後、イリスはコアギュレイトを解き放った。
「シャナさん、怪我はない? 無茶してごめんね」
「ひどいセリフ。あははは。でも、捕まえてくれるってあたしがよっぽど大切だったのね。ちょっと嬉しいな」
 からからっと笑う彼女の顔は邪気など感じられない。
「あなたまでミーファさんの後を追うつもりですか? 人々を元気付けるのは、技術ではなく、その人の想いや心ではないのですか? 私は、ミーファさんの悲しい笑顔を忘れる事が出来ません」
 デビルに加担し混乱に陥れた罪で亡くなった娘のことを思い出して空は言った
「そんなことないよ。あたしはあたしだもの。それにあなた達が来てくれたんだから、それはそれで心配ないのよね? あはは、嬉しいなぁ」
「どうしてそう思ったの?」
 イリスがいつになく真面目な声で聞いた。
「理由?」
「いつ、どこでそう考えたの?」
「時間、場所?」
 困惑した表情を浮かべるシャナはイリスの真剣な眼差しから逃げるようにそっぽを向いて、呟いた。
「んーーーーむ。もう一人のあたしに聞かないとわかんない」



「ルフィアちゃん。おっひさしぶりぃ」
 シャナの元気な声がその部屋いっぱいに響き渡った。その声を聞いた誰もが思わず目を見開き、その声の主を呆然として見入ってしまった。ジャパン風の衣に身を包みんだ見るからに明るい踊り子の少女がそこに居た。彼女は町で踊っているという話が‥‥いったい何故?
「シャナ、さん!?」
「あ、シェアトちゃんもおひさー」
 驚き名前をつぶやいたシェアトに対してひらひらっと手を振って答えた。
 いつからそこにいたんだろう? このデビルと対峙するための厳しい防衛戦をどうやってかいくぐったのだろう。シャドウバインディングも仕掛けておいた。ミューレには外で警戒をさせておいた。
 しかし、そこは危険と隣り合わせの冒険者。動揺は隠しきれないが、フィーネが素早くホーリーフィールドを展開し、パールとシェアトがルフィアの側に寄る。
 そんなのじゃ意味がないことは知っている。だってシャナの武器は。歌と踊り。目に付く限り、音が聞こえる限り、心に忍び寄るのだから。
「ねぇ、シャナさん。聞き手から奪ってはいけない。私たちは貰ってもいるのよ」
「奪うだなんて失礼しちゃう。奪っているのはあたしじゃなくて、ルフィアちゃん。だよね? あたしは元気を夢を希望をもらってるし、あげたいとも思う。だけど、ルフィアちゃんは違う。総てを見通す目は希望を奪う。未来を予知する目は夢を奪う。そして何より、その目は‥‥生命を奪う」
 ルフィアがたまらず目を閉じて身を固くするのを見て、パールが肩をもって必死に呼びかける。
「耳を目を閉ざさないでください!」
「オリヅルは贖罪の印なのよね。でもよーく考えて? あなたが奪った人生、ツクリモノで贖ったことにしちゃうわけ?」
「状況を良く見てボクとお話した事を思い返してみてください。シャナさんが今何を考えてあんな事を言い出したのか。落ち着いて確認してみて欲しいです」
 シャナの言葉を重ねるようにしてパールが耳元で語りかける。
 オリヅルを教えたのも、最初からそのつもりだったのか。
「シャナさんっ!!!!」
 シェアトが叫んで、シャドウバインディングを放つ。銀色の光はシャナの体を縫い止めて彼女の体を拘束する。だけど、口までは閉ざせない。
「あたしが勇気をあげた人がそこにいるかもしれない。もっと生きてやりたいことがあった人もいるでしょ。返してよ。この」
 悪魔。
 それだけは言わせなかった。フィーネが二人の間にしっかと立ちはだかりその言葉を真正面から受け止め、微笑む。
「人は苦しみと共に生きています。重要なのは、罪を認め、贖おうとする心。零れた水は戻りませんが、水は汲みなおすことができるのです」
「数ヶ月かけて乗り越えてきたことなんです。ご自分の意思で選ぶ道を、ユーリさんたちやボクたちの想いも信じてもらえませんか?」
 奇妙な沈黙の帳が降りる。
 それぞれの言葉が全て出し切って、その答えを互いに求め合うような。
 その沈黙を破ったのは、注目を浴びていたルフィアであった。
「私の目、普通じゃない」
 ぼそりと呟く。
「だけど、それを分かって助けてくれた人がいるの。どうやっても贖えないことかもしれないけど、私は」
 ルフィアは顔を上げて、正面からシャナを見つめた。
 その手にはガブリエルから貰った銀の髪が握られている。ここにいる人達だけではない。たくさんの人がいてくれることをルフィアはしっかり受け止めていた。
「よく頑張りましたわね。よく御自身と向き合うことが出来ましたわ」
 フィーネが優しくいい、その髪を撫でてやる。仄かなぬくもりで手の平から伝わる。ルフィアもまたその手のぬくもりを感じているはずだ。
「シャナさん。歌は、私の言葉。投げかける手。歌が力になればと願うのは 必要とされたい私の欲。そうやって手を差し伸べて でも、耳を傾けて手を取ってくれた人から、私は沢山のものを貰っている」
 少しばかりばつの悪そうな顔をしているシャナにシェアトがそっと顔を覗き込んでそう言った。
「あーあ、やっぱ敵わないなぁ」
 シャナはがっくりとうなだれるとその場で座り込んだ。



一緒に歌おう 名前も知らない君
大事な人 みんな みんな 笑顔になるように
一人じゃないって 気付けるように
嬉しい事も 悲しい事も 手を繋いで
歩いていこう 同じ空の下 一人じゃない道

 遠くでそんな歌が聞こえる。
 隣の部屋では、シャナが二人いたとか、冒険者達が何やら話し合っている。
 そんな中、ルフィアは暗い部屋の中でフィーネが貸してくれた子猫を抱き締め、虚空をただ見つめていた。
 このぬくもりを。命の温かさを決して見失ってはいけない。そして私は見失うことはない。これまでに本当にたくさんの人が教えてくれた。そしてそれをこの肌で、耳で、そして目で実感しているのだから。

 だけど。
 手が時々震える。
 魔性はまだ自分の胸の底で眠っているのだ。

 ルフィアは今日も自らの心の底に眠るパンドラの箱が開かぬように、己と戦い続けている。