夜(ウラ)の交易船
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■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:5人
サポート参加人数:3人
冒険期間:04月24日〜04月29日
リプレイ公開日:2008年05月14日
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●オープニング
「海が荒れれば、もちろん海運の商人達は減る。そんなリスクをかけたくないからな。」
ドレスタットはいつものような賑わいはすっかり消え失せていた。原因はこの冬から続いている海難事故だ。特に先日は大きな船でもまるで津波に遭ったように粉砕され、その残骸が毎日のように漂着すれば不安は誰がどう言おうと拭いきれない。
「商人が来なくなればもちろん品物も少なくなるから店を構えている奴らも撤退だ。品物がないところに人は集まらない。人が集まらないところに魅力はない」
男は苦笑いを浮かべてそう言った。
しかし、受付員の目からすれば、話の内容とは裏腹に男は心底困っている様子ではなかった。それに服装は商人のそれではなく、兵士のそれだ。焼けた肌と微かな潮の香りが海の男だとも物語る。
「ところがそんな状態でも、転覆の危険を冒してでも海を渡ってくる奴らがいるんだ。陸から運ぶよりずっと可能性(チャンス)があるってな」
「冒険商人ですか?」
「まさか。少し南に下ればもっと安全でもっと魅力的な場所が奴らには用意されている。ここに狙ってくるのは、あれだよ。陸の国境をまともに越えられないような奴らだ」
密輸か。
受付員ははぁ、と曖昧な返事をしながらも自分の背中に鳥肌が立つのを感じた。
ノルマンは自由な国だが、かといってオールオープンという姿勢でもない。奴隷は認めていないし、麻薬などは厳しく取り締まっている。その他にもいくつか規制のある品は存在している。
「ノルマンの懐にさえ入ってしまえば、流通はなんとでもなる。しかし、なかなかその手の品物を入れるのは骨が折れるようでね。懐まで潜り込むために多少の危険も顧みない、と。まさに虎穴に‥‥ってやつだね」
「それで、私たちのギルドにご依頼されるのは?」
「今度もまた懲りずにそういった船が南からやって来るという連絡があったので、手伝いが欲しいんだ」
密輸の手伝いをしろ、と暗に言われているのかと疑っていた受付員はその言葉を聞いてほっと息を吐いた。
「中型船が二隻。人員は多分一隻あたり20人てとこだが‥‥船を動かすことを考えれば全員が一度に襲ってくることはないだろう。1隻はこちらで迎え撃つ予定だ。だが、リスクを考えれば2隻とも同じ場所に止まることはしないだろう。そこでもう一隻を迎え撃って、品物を押収して欲しいわけだ」
受付員は頷くと、早速依頼をまとめはじめた。
「重要なのは人間を取り締まることじゃない。品物を押収することだ。相手を総て捕まえたとしても、品物が見つからなければこちらの負けだ。それだけは忘れないでくれよ」
●リプレイ本文
まだじっとしていれば肌寒ささえ感じる潮風がゆるゆると流れ、潮騒がそれに合わせるようにしてコトコトと終わりのない音を紡ぎ続ける。空は曇っており煌々と道標たる星は見えず。港を示す街灯りのみが周囲を示すただ一つの目安であり、その他は完全な闇の世界といっても過言ではなかった。今日は夜に浮かぶ漁船のかがり火すら見えぬ。
そんな中で静かな湾口の中とはいえ、小舟を浮かべいつ来るやもしれぬ船を待つというのは大層気力を消耗した。目はすっかり夜に慣れてはいたがそれでも少し離れた位置に同じようにして待機する仲間達の姿は見ることができない。あちらでもきっと同じような底知れぬ闇に気分が優れぬ思いをしていることだろう。文化的生活を営む種族というものはそうだ。従来、彼らは闇を嫌う生物なのだから。
「こんな中で船どころか自らの生命まで危ないというリスクを負いながら、商売をしようだなんて、ある意味逞しいことですね」
そんな中、風に混じ入ってはかき消えてしまいそうな小声でフレイ・フォーゲル(eb3227)はつぶやいた。彼の目は魔力によって異なる視界を有している。故にどこにいるのかもわからぬ不審船のために必要以上に息を殺す必要もなく、「けしからんことですが」と付け加えることができた。
「そうとは言い切れませんわ〜」
同じ船に乗るララ・フォーヴ(eb1402)はその呟きに答えた。フレイにとっては独り言のつもりだったかもしれないが、視界が制限され、おまけにこの堪え忍ぶにも限度がある、と言いたくなるような空気の中で、そんな声が聞こえればつい反応もしたくなる。フレイがもし女性ならそれ以前にもっと話しこんでいることだろうが。
「他人伝いに聞いた話なんて聞いているようで聞いていないものですよ。自分にとって都合の良いこと以外は、ですけれど」
「信憑性を考えてリスクは、現実に警備を強化されている陸路を通るよりはずっとマシ、と。実に短絡的な話ですね」
しかし、言い得て妙だとフレイは思った。意外と誰も考えていないモノかもしれない。未知の恐怖というものが自分に降りかかってくることなど実際に耳にしたところで、対岸の火事、といったところだ。
闇の空間をみつめてフレイは言った。
「その辺のことも聞けるなら聞いてみましょうか‥‥港に入ってこようとする船が見えます」
熱だけを感知するその目が、遠くで蠢く灯りをとらえた。暗礁の危険もおかして闇の中を進んできたのだろうが、フレイの瞳には彼らのそんな涙ぐましい労力などまるで通用しなかったのである。
●
闇の中だ。その船を視認するのは骨がいったが、確かにそれは依頼人が話した通りの中型船であった。十字型のマストと、L字型のマストが並び、L字の方だけに三角の帆が掲げられ、もう一方は既に畳まれていた。少し長めのオールが船体から海へと突き刺さり、ゆらゆらと浜辺へと目指す姿がうすぼんやりと影法師だけ浮かんで見える。
今日もどこかで難破したらしい船の残骸をかき分けながら船は砂浜のぎりぎりまで近づくとようやく動きをとめたかと思うと、すぐに水しぶきの大きな音がきこえた。続いてふたつ、みつ。停泊のための動きであることはその場にいる誰もがすぐに理解できた。何人かが先に降りて、準備を整える。
そして次の瞬間。
木が激しくぶつかる音と同時に闇の中に光が生まれた。真っ赤な光は三角帆を直撃し、辺りの闇を振り払う炎に姿を変える。そこに映るのは呆然と見上げる男達の姿。そして彼らの1/10ほどではあったが、空に止まるヴェスル・アドミル(eb3984)の姿もくっきりと映し出した。それを見て我に戻った一人が吐き捨てるように叫んだ。
「畜生! 警備兵か!!」
その言葉と同時に中に乗っていた男達は蜂をつついたような大騒ぎになる。剣を引き抜くもの。周囲を確認するモノ。船を再出航させようとするもの。荷を下ろそうとしていた者達に命令を飛ばすもの。混乱するものも少なくなかったが、半数は少なくても『こんな事態』に慣れていることが真上から見下ろすヴェスルからは読めた。
「おとなしくしろ。お前達に逃げ場はない」
「うるせぇ! おい、早く船を出せっ」
「無駄だ。オレ達の船をくさび代わりにしているからな」
密輸者の船の右舷から松明が投げ込まれると同時に天岳虎叫(ec4516)の低い声が響いた。軽装ではあるが既に得物を構え、戦闘態勢は整っている。その後ろから松明を片手にウェンディ・リンスノエル(ec4531)もひらりと甲板に飛び移る。
しかし、そのまま船に乗り移られるのを黙ってみている密輸者達でもない。すぐさま何人かが剣と盾を手に二人に飛びかかってくる。
ギィィィィンっ!!!!
激しい金属音が響く。
虎叫のライトシールドと密輸者のショートソードがぶつかりあい、ぎりり、と力押し合う体勢に持ち込まれる。剣から伝わってくる力や刃の重ね方。姿勢、目つき。それは明らかに戦い慣れしたものだということを虎叫に知らせた。少なくても横から襲いかかる形で別の男が迫ってくる。
「させませんっ」
それよりもずっと早く飛び上がったウェンディが小柄な体を大きくしならせるようにして魔槍で虎叫に襲いかかる男をなぎ払った。まさか切り結ぶその向こうから衝撃波が飛んでくるとは思わず、男はその一撃をまともに受けて吹き飛ぶ。
「もらったぁ!!!」
その着地を狙って別の男が飛びかかる。
腰でためた剣がまっすぐウェンディの脇腹に向かって吸い込まれていき、
次の瞬間、はじけ飛んでいたのはその男の方であった。
「助かりました」
「いや、お互い様だ」
鍔競り合ってきた男ともどもにウェンディを狙った男も合わせて叩き切った日本刀を構え直す虎叫に、背を合わせるようにしてウェンディも姿勢を整える。
しかし、それで怯える男達ではない。二人の持つ武器がどれほどのレンジを収めているかを見極め、微妙な間合いを保って二人を取り囲んでいく。広範なレンジを有する二人の懐に潜り込むのは用意ではないのは男達も理解しているのだろう。その隙を作ろうとするためか、はたまた時間を得たいのか、不敵な笑みを浮かべて話しかけてくる。
「そこそこやるようだが、人数が増えればこっちの方が有利だぜ」
「その心配は無用ですわ〜」
そう切り返したのは左舷から移り渡ってきたララの声であった。それと同時に爆音と激しい光。
爆音のした先は砂浜へと続く渡し板である。ララのファイアーボムによってたった今焼き払われたところなのだ。
中型船といってもそれほど登るのに苦労はかかることはないだろうが、砂浜に降りた男達がよじ登って再び甲板の上に立つには相当の時間がかかるはず。
「強行突破は考えないことだ。数にものを言わせてもいたずらに自分たちの生命を縮める結果となる」
上空からウィンドスラッシュをいつでも発動させる状態にあるヴェスルが極めて落ち着いた口調でそう言い渡した。また、砂浜でなにやらよからぬことを企んだり、逃亡する余地を与えないようにフレイが魔法で牽制をかける。
密輸者達の劣勢は誰の目から見ても明かであった。
「ちっ‥‥仕方ねぇな」
「投降することをすすめますよ。これ以上続けても形勢は変わらんでしょう」
船長はその言葉に従うようにして剣を放り捨てた。甲板に転がり落ちるその音のいかばかりに悔しさの滲んだ音がすることか。リーダーが諦めたと知り、他の者もそれぞれに得物を投げ捨てた。
「懸命な判断だ。まず‥‥」
バシャン。
水しぶきの音だ。
「荷物を捨てているのか」
積荷のあたりに隠れていた密輸者達を目敏く見付けたヴェスルが声を上げた。
「!!!」
船の上は燃えさかる炎によって強く照らし出されていたが、その光を浴びることのなかった闇はより一層深くなる。どこに投棄された荷物があるか、船の上からはほとんど判別できない。ただ次々と水しぶきの上がる音だけが続くのみだ。
「ここでファイアーボムを撃ったら荷物燃やしそうですしね」
フレイが渋い顔をした。
魔法を使えば砂浜で隠蔽工作する者達へ影響は与えられるが、下手をすれば荷物まで破壊してしまいかねない。ヴェスルの魔法なら個人をねらえるが、この複数名の動きを止めるのは逆に難しい。虎叫やウェンディが下船して対抗すればいいのだろうが、乗船中の敵を押さえられなくなる。
「いまだっ、ズラかれっ!!!!」
「逃がしませんっ」
冒険者が慌てた一瞬の隙をついて密輸者達が蜂の巣をつついたように一斉に散開しはじめるのを押さえるべく、ウェンディが槍を果
敢に振るう。生まれた衝撃波が男の脇腹をえぐり、深傷を負わせる。
バシャアアアアン。
水しぶきがいくつもあがる。
それが男達が飛び込んだものではなく、荷物を捨てる音だとはすぐに理解できた。
「やめるんだっ!!!」
虎叫が荷物を持ち上げていた男に刀を振るった瞬間、男はあろうことかその荷物で刃を受け止めた。途端に乾いた草の香りがそのあたりにわっと広がり、同時に炎の灯りをけぶらせる粉塵が広がる。
その隙を見て男はそのまま海へ飛び込む。
「なるほど。粉なら海に捨ててしまえば溶けてしまい、証拠が残らないわけですね。そんな知恵が働くのならもっと良い方向に使えばいいものを」
ウェンディもこぼれ出た粉を確認してつぶやいた。
依頼人が積荷を押収することに主眼をおく理由がようやく理解できた気がした。難破が増大し、日々港には船の破片や荷物の残骸が漂着する。捨てられてしまえばそれらと混ざってしまい、荷物自身がどれであったのか掴みにくい。中身が溶けてなくなるのならなおさらだ。
そうこうしている内に船に大きな揺れがおきた。
「船長! 抜けやしたぜっ!」
「よしっ、沈めろ!!!」
証拠を船ごと隠蔽してしまうつもりだ。
ヴェスルは迷わず操舵をつとめていた男にウィンドスラッシュを連続で発動させた。男もなんとかやられまいと舵にくらいついて離さなかったが、数撃目の攻撃でついに吹き飛ばされた。
「舟の衝突角(ラム)が抜けたようだ」
「すまない。できる限りまっすぐ入れたつもりだったんだが」
この中で操船技術に一番長けているのはヴェスルであったが、シフールの体長で人間用の船舶の舵を操るのは難しい。そのため虎叫が指示に従って動かしていたが、ラムが簡単には引き抜かれないように角度の調整するのはそう簡単にできることではない。
「いや、これだけ足止めできたのは十分な成果だ。それより舟に移った方が良い。手遅れだ」
船は傾斜がきつくなっていた。
ラムの抜けた穴からの浸水。操舵手の無茶な舵切りによって傾いたところに密輸者の男達が片側に寄って傾斜を助長させる。船倉があるような船ではない。そこまでくればもう止めようがなかった。
一足先にララが自らが乗り込んでいた舟に飛び移り難を逃れる。
「敵さんは乗船禁止ですよー」
そういいつつ、乗り込もうとしてくる男達をオールではり倒す。しかし、海に慣れているらしい男達はオールで邪魔されながらもなんとか乗り込もうとして。
飛び降りてきたウェンディの一撃を受けて結局海の中に消えていった。
「格好いいです‥‥ちょっとうっとり」
「こんな時に何言ってるんですか! フレイさん、こっちです」
ウェンディの勇姿をうるうるした瞳と紅潮した顔で見つめるララをさておき、ウェンディはマストに捕まるフレイに手を伸ばした。
「いや、その舟二人乗りでしょう。ちょっと余地があるようには見えませんね」
長い髪の間から、少し困ったような笑顔を浮かべながらフレイは答えた。乗員過多で沈むならあまり代わりがないどころか転覆するこの船の下敷きになれば危険が増してしまう。
「フレイ、こっちだ!」
虎叫の声が横から響く。密輸船をぐるりと回ってたどり着こうとしていた。
「ちょっと‥‥間に合わない気がしますね。といってもこのままでいるのもそろそろ‥‥」
エルフ族の中ではそこそこの体力を持ち合わせてはいるが、体重のほとんどをマストをつかむ腕だけで支えるのは無理そうであった。もう船はほとんど横倒しになっており、立っているのかぶら下がっているのかわからないような状態だ。
フレイはじっと下を眺め、そのまま腕が離れた。
言葉が聞こえるが風切りの音でよく聞こえない。だが、確信した笑みがそこには浮かんでいた。
ザバンっ!!!
「準備はしすぎても足りないということはない、というが本当だな」
「全くです」
すぐ飛んで駆けつけたヴェスルの言葉にフレイはやれやれ、と微笑み返した。彼の下ではヴェスルのペットであるヒポカンポスのカーラントが砂浜に向かって走り出していた。
そしてその背後で、密輸船はゆっくりと沈んでいった。
●
「上等だ。よくやってくれた」
しばらくの後に駆けつけてきた依頼人の男とその部下達は冒険者の働きに笑顔で応えてくれた。
「ほとんど残骸になってしまったが‥‥いいのか?」
確認する虎叫にもちろん、と彼は答えた。
「ほんの少しでも積荷が残っていれば問題なしだ。もちろん全部が残っていればもう一つ良かったがね。後はこれを元に奴らを絞り上げれば大元へと近づけるかもしれない」
確かに密輸者が一部を投げ捨て、大半は船の転覆時に投げ出されてしまった。だが、フレイがその一つの僅かだけれどもそれを押収していたのが決め手となった。そのおかげで最後まで船に取り残されてしまう羽目に陥ったのだが。
そんな報告を耳にしながら、ウェンディは、縄で縛られ連れられていく密輸者達を横目で眺めていた。
「こういった犯罪はなくならないものですね。世界の全てを監視する事はできませんから、世界のどこかには隙が有ってしまいます。その隙間が、今回はココだった、という事なのでしょう」
「確かにな。一頭の羊の皮で巨人の服をあつらえるようなものだ。どこかをカバーしようと引っ張れば、違うどこかが必ず破れてしまう。だが、分かっててもやらなきゃならん。たとえ海がどんなに荒れていようともな」
男の言葉にヴェスルは頷いた。
「痛ましいことだ。皆が昔のように航海出来るよう、私も尽力せねばな」
ヴェスルが振り返ったその海は深い夜闇に沈み、目にようやく映るのは沈んだ密輸船の姿だけであった。