死に至る病
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■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:06月18日〜06月23日
リプレイ公開日:2008年06月26日
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●オープニング
カリカリカリカリ
雨音が路地に打たれてそんな音を立てる。
「エウレカー、エウレカー」
薄暗い路地に、ミーネの声が響いた。この細い路地全体に水たまりは広がり、雨水がはねる音と、その中をゆく足音がミーネの声を打ち消していく。そんな中、湯気の立つ鍋を抱え、少女は路地を進んでいった。
雨の日は嫌いではなかったが、最近は雨を見るたびに不安が募る。
エウレカは漂白の少年。どこから来たのか知らないけれど、住む家も持たず、毎日ゴミをあさったり、人から恵んでもらっては食べつないでいる子だ。だけれどもその目はいつも夜空の星のように輝いていたし、その笑顔は堅い気持ちをほぐしてくれる。どんなことからでも幸せを見つけ出してくれる不思議な言葉は暗い気持ちを春の日差しのように溶かしてくれた。
いつからだろう。雨は嫌いじゃないのに。雨を見ると不安になる。エウレカ、風邪引いていないかな。なんて。
「御飯持ってきたよー。エウレカー」
いつでも御飯はすごい勢いで食べて。見ている方が驚かされる。
いつでも不思議な、いつでも新鮮な空気を与えてくれる不思議な子は、平凡に過ごす毎日に素敵なこともあるのだと気付かせてくれた。
だからかな。エウレカに会えないと不安になる。
「エウレカ?」
路地の一番奥でぼろぼろのローブが丸まっている下から細い足が見えた。汚れた足は細くて。
「もう心配したんだよ」
やっぱり雨に濡れたまま。降ってくる雨粒を見上げて、宝石みたいと手を広げてはしゃいだのはいつだったっけ。風邪引かないか心配で。
そっと触れたその足は思ったよりも温かかった。さっきまで屋根の下にいたのかな。
「お腹、空いてんでス‥‥」
「言うと思った。スープ持ってきたよ。飲んだらお店おいで」
冷めないようにと鍋を包んだ布を取りはずしながら、ミーネはエウレカの頭を探した。
「ほーら、エウレカ」
濡れた髪に触れた瞬間、灼熱がその手を襲った。
反射的に手を引っ込めようとするが、楔でも打ち付けられたかのようにして、手が動かない。
「お腹、スイテ‥‥」
灼熱が痛みだということに気がつく。撫でていたはずの手がエウレカの口の中に消えていた。
「エウレカっ、それ私の手だよ。痛いって!」
痛みは尋常ではなかった。子供がすねてかみつくとかそういうレベルではない。逃げようとするミーネの腕を押さえて、エウレカの歯は更に深く食い込んでくる。皮膚が破れて肉が避ける感触が激痛に紛れて伝わってくる。
「いやぁぁぁっ」
腕に全身の力をこめてミーネは手をばたつかせた。骨と歯が擦れ合って指先の感覚など吹き飛んでしまった。反動で小脇に抱えていたスープが転げ落ちて、盛大に湯気を立てる。
「オナ カ スイ タ」
力でふりほどかれたエウレカは上体を路地の壁にぶつけて鈍い音を立てた。
心配する余裕がない。エウレカはまるで時間をさかのぼるように元の姿勢に戻ると這いずるようにして、ミーネの足下に迫った。
「ひっ」
不快な音が雨の中、響き渡る。
エウレカはもうもうと湯気を立てるスープに顔を寄せ、まるで獣か何かのようにそれをなめすすっていた。砂利まで一緒に口に入るのだろう。砂をかじる不快な音がミーネの耳に届く。
「エウレカ、エウレカ」
ふりほどいた際に引っかかったミーネの人差し指は真っ赤に染まっていた。熱と痛みで腫れ上がったように感じ、思うように曲がりすらしない。それでもエウレカに必死に呼びかける。
どうしたの?
何があったの?
触れようとした左手にエウレカが噛みつこうとする。ミーネは恐怖と襲いかかるであろう痛みのためにぐっと目を閉じた。
それは訪れなかった。代わりに冷ややかな女の声が真上から落ちてくる。
「人の言うことは相変わらず当てにならないモノね」
視界に映る路地を隔てる一本の杖。そこにエウレカは噛みついていた。首を曲げてかじりつくその頭から濡れた髪が重力に従って垂れ下がり、血に染まったような目を露わにする。
「ひっ‥‥」
「狂化よ。見たことないの?」
それは杖を持つ女の言葉だった。簡易な法衣を身にまとい、杖を持つ腕からガントレットがちらりと覗く。背中まである銀髪が雨にに濡れて滴を垂らす。
「最近この辺りで動植物、果ては壁材まで食い荒らすヤツがいる。『大食』の悪魔じゃないか、なんて噂が立っていたけれど‥‥蓋を開けてみればこんなものよね」
女は杖を振り払い、エウレカを壁にたたき付けた。鈍い音がして崩れ落ちるが、這い蹲ったそばから何かをかじる音が雨音に混じって響き渡る。
「『悪食』のエウレカ。生命の危機に応じて狂化し、異常な空腹を訴える。元いた村でも迫害が元で狂化。同年代の子供の指を噛みちぎって食べたわ。その後失踪。まさかパリに潜んでいるとはね」
‥‥。
カリ カリカリ。
「そんな、そんなことない。エウレカはそんなひどいことするはずなんかないっ。すごい綺麗な心の持ち主で」
「狂化する前がどうであろうが、目の前の現実は否定できないわよ。たぶん悪食とこの雨で、病気でも発症したんでしょう。もう元には戻らない。死ぬまで手当たり次第にかじり続けて、死に至る」
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
信じられない。
そんなことがあるはずがない。
今そこにいるのがエウレカであるはずがない。
エウレカはいつも笑っているもの。
エウレカはいつも笑顔でみんなを大事にするもの。
「お腹、スイタ ヨ‥‥」
その声は間違いなく、エウレカのものだった。
カリカリカリカリ
雨音だけが、響く。
●リプレイ本文
エウレカを追いかけることはそれほど難しいことではなかった。
「ほら、食べ跡を探せばすぐ見つかる。そんなに難しい依頼ではないのだよ」
ジル・ド・レ(ec1861)は少しおどけた様子で、眼前に広がる光景に目を見張る仲間達にそう言った。
塀は底のあたりから削り取られ、中には構成する岩を支えられずに転げ落ちているものもあった。地面も削り取られ、まるでそこだけ嵐が通った後のよう。人が通れるような場所にはとてもではないが思えない。
「ひどい臭い‥‥」
人が岩など食べることができるはずがない。ましてや生死の境をさまよっている子供は嚥下することすら不可能だろう。臭いの原因は体が耐えきれずに吐瀉したもの、そしてそんな弱った体の中で延々と蝕み続ける病が作り出した排泄物。
通行人はいない。この臭いのために誰も近づこうとしないのだ。あるいは、直感的に死の匂いであることを感じ取り、忌避しているのかもしれないが。
「エウレカさまはそちらですわ」
シャクリローゼ・ライラ(ea2762)はまだ被害のない石塀の上に腰掛けて、指をさした。空を自由に駆け回ることができるローゼだからこそ、誰よりも先にエウレカの場所を特定していた。仲間達が速やかにこの場所に集まれたのも彼女の力あってこそだ。
「エウレカ君?」
ゴミだめ。どちらかの家の廃棄物を溜めていたところなのだろうか。そこに埋もれるようにして少年はいた。元々ボロボロだったローブは様々なものによって染められ、区別もできないようなひどい色をしていたし、その中から見えるエウレカの体も同じようであった。声をかけたリリー・ストーム(ea9927)もローゼの案内がなければ、気付かなかったかもしれない。
「オナ、カ‥‥スイ、タ、スイタ」
ずるる
エウレカが体を引きずるようにしてリリーの足下に迫る。その様子を見て、側にいたリト・フェリーユ(ea3441)が歯を食いしばるようにして顔をかすかに横に振った。下半身が脱力している。
リリーはその間動かなかった。どんな動きをするかわからない。取り押さえるならその瞬間を見極めないと。と、その肩が不意につかまれた。
「やめておきたまえ。自己犠牲というのはもっとも人を傷つける行為だよ」
「ジルくん。別に何も犠牲にしないわ。怪我をする危険性がありませんもの」
怒りをにじませた声でジル・ド・レに返すリリーに対して、彼は全く飄々とした顔つきで答えた。
「魔法の鎧はダメージを軽減してくれるけれどね。噛まれると少なくとも皮膚は破れる。女性が血を流すのはみたくないんだ」
「病や毒が傷口から移ることだってありえますわ。ミーネさまもやっぱり少し病気になりかけでしたもの」
ローゼの言葉を得て、ようやくジル・ド・レの真意をくみ取ったのか、リリーは一歩引き下がる。
「こういう場合は、マトンをワインで煮込んでだねぇ」
「こんな雨の日じゃそれは無理だよ。それにもう時間がないし」
悲しそうな目で見上げて、明王院月与(eb3600)がジル・ジ・レの言葉を遮る。濡れた黒髪の間からのぞく大きな目の縁から流れる雨水は、涙を流しているようにもみえた。月与は袋から固いパンを取り出すと、ずるずる這い寄るエウレカに向かって差し出した。
「食べて‥‥濡れてあんまりおいしくないかもしれないけれど」
「ァ、ゥ」
充血した目がぼんやりとパンを捉え、口の中にそれを含んでいく。
「本当は眠り薬があれば、そのまま安静になっていただけたのですが」
ウェルス・サルヴィウス(ea1787)はその様子を見つつ、少しうつむいた。健康状態を含めて考えると適当な薬が見付けられなかったのである。
「眠りなら問題ありませんわ〜」
ローゼがエレメンタルフェアリーのフィーに合図をすると、フィーは主人の言葉をまねてそう言い、スリープをかけた。途端にエウレカの咀嚼は静かになり、添えていた手が地面に投げ出された。
「まあ、みんないるんだし、そこは協力しあえば問題ないことなんじゃないかな?」
ジル・ド・レが毛布をエウレカに与え、そして抱き上げる。
「とりあえず、依頼の半分はこれで完了だ」
●
「肺炎を起こしてます。加えて食中毒は重症‥‥脱水症状もみられますし、下半身に障害がみられました。食べることが出来ないモノを延々食べたせいで、胃と食道が破壊されています‥‥鉱毒の影響も‥‥皮膚が壊疽してます」
ローガン・カーティス(eb3087)の家に運び込まれたエウレカをまず診察したリトの顔色は青ざめていた。診察のためにと、月与から借り受けていたアスクレピオスの杖がなければ、そのままへたりこんでいたかもしれない。それでもエウレカは生きているのだ。
「リカバーで治療してから、解毒剤を服用させてみてはいかがでしょう」
ウェルスの提案にリトは黙っていた。
「胃や食道を傷つけているものが総て取り除けていれば効果はあるが、そうでなければリカバーも効果はない。かえって体の負担を大きくするだけだ」
ローガンは図書館から借りてきた医書と、リーススが持ってきてくれたティアン・ケヒテの書を交互に眺めつつそう答えた。青い羽のペンの先が音もなくインクの壺に収まり、ローガンも息を吐くしかない。
「現状では八方ふさがりだ。胃腸の回復を目指す場合には、体力低下が障害だし、体力の回復を目指すにも胃腸がここまで破壊されていては無理がある」
「諦めてしまうわけにはいきません。現実が希望を粉々に砕いてしまってもわたしたちは、そこからまた立ち上がって進んでいけます。エウレカさんはまだ生きているのですから。わたしたちも、最善のことを行えますように」
ウェルスは静かに祈りを捧げると、リカバーを唱えた。神の名に誓って、ウェルスは決して悲嘆の顔は見せない。
●
「ハーフエルフは自然の摂理に背いた存在だ」
「実験をさせてもらえるならば。もちろん死ぬ可能性も覚悟してもらうけれど」
「それはひどい。これは秘伝の薬を使うしかないな。値段が張るのだが‥‥」
リリーの伝手をたどって、出逢う学者や医師の言葉に、リリーや月与が望むようなものはどれもなかった。 医者とであえば差別に満ちた視線を向けられるか欲望の塊の片鱗を見せつけられ、金を積んで俗悪な慣例を学んでいるような錯覚に陥った。
次に出逢う薬草師との面会を待つ間、ほとほと世の中の嫌な部分を見せつけられた月与はうなだれて涙を浮かべた。
「‥‥なんで、なんで」
まだ年若い彼女にとって夢も希望もない大人達の言動に深くショックを覚えるのは仕方のないことだった。最初からどこからともなくやってくる不安が月与の心の中で警鐘を鳴らしていたが、今はその音が心臓を圧迫するほどに大きく響く。
「誰でも人から拒絶されることは怖いことだ。だが、諦めることが最も怖いことだ」
一緒に歩くローガンは静かにそう答えた。世の中には知らないことがたくさんある。知ってしまって後悔したくなるようなことも多々あった。だけれども、いつでも逃げてはならない。ストーリーテーラーとして、ローガンはそう言わずにはいられなかったのかもしれない。
「いい心構えだね」
面会を希望していた薬草師が姿を現した。ほとんどをボランティアと寄附だけで運営し、どんな人でも分け隔てなく診ていると評判の薬草師であった。
冒険者達は立ち上がり一礼して早速エウレカの症状について話した。ハーフエルフであることも包み隠さず話したが、薬草師は真剣にその話に耳を傾け、いくつかの質問の後、腕を組んで考えていた。
「もし完治が無理でも、一時的にでも平常を取り戻せるまで病状を緩和させて頂きたいの‥‥」
「まず、その治療は私たちではどうしようもできない。緩和する方法だが、臓器を麻痺させて痛みをとるという方法があるが‥‥ハーフエルフの狂化に対して有効かどうかは不明だ。治療をするならば魔法以外には考えられない。魔法に長けたビショップならできる可能性があるけれど、白の教義ではハーフエルフは存在自体を自然の摂理に背くという風潮がある。旅のビショップを探すかあるいは‥‥」
薬草師の丁寧な可能性の指示に耳を傾けていく内に、一同には一つの可能性が頭の中をよぎっていた。
●
ディアドラの部屋には家具などは必要最低限しかおかれておらず、人の生活している空気はほとんど感じられなかった。目に付くものといえば机とベッドと、ワイン樽。たったそれだけであった。部屋の主は机に向かって本を開け、セイル・ファースト(eb8642)が入ってきても振り向きすらしない。
「引き取るならさっさとしてね」
素っ気ない態度であったが、ミーネが寝かされているベッドの側には冷たい水が汲まれたバケツが置いてあり、ぼうっと天井を眺める娘の額には濡らした布がおかれていた。触れるとそれはまだ冷たく、変えたばかりだと気付く。
ミーネはシーツにうずくまり、ただ泣いていた。セイルがそばによればエウレカ、エウレカと何度も繰り返し呟いていた。
「ミーネ。俺が来た用件はエウレカの事だ」
セイルの静かな声がミーネの心に届いたのか、呟きがとぎれた。
「俺は覚えてる。『幸せは皆でつくるもの』と言ったエウレカの心を。そう言った時のエウレカの澄んだ瞳を‥‥それが全て嘘だったと思うか?」
「でも、でも、エウレカ。エウレカ」
顔を押さえる手は、ほんの数日のうちに、やけこけてしまい、彼女の回りには抜けた髪が目に付くほどに散らばっていた。
どれだけ言葉をかけてもかえってくるのはエウレカという言葉だけ。
セイルは思い切って、顔にへばりついたようなその手を引きはがすと、摘んできたラベンダーの花をその涙でしとどに濡れた手に力をこめて握らせた。リリーがいうには心を落ち着ける力があるといっていた。花言葉は『あなたを待っている』。想いのすべてをセイルはその紫にすべてかけていた。
静かな時間が続く。
気がつけば、エウレカと繰り返していた言葉がとぎれていた。
「どうしていいか、わからない‥‥」
「考える必要はない。答えは自然とみえてくる」
「ミーネお姉ちゃん、大丈夫?」
扉の開く音と同時に、月与の声が飛び込んでくる。セイルが、ミーネが振り向くとそこには仲間たちが揃って姿を見せていた。空を飛べるローゼが真っ先にミーネの下にたどり着き、その顔にそっと手をそえて、こつりと頭をあわせる。
「少し熱があるようですわ。病気少しもらったんじゃないかしら?」
「あ、薬持ってきたの。毒にしかきかないけれどリトお姉ちゃん、どうかな?」
「たぶん、毒によるものだと。あまり好い味ではありませんが、一息で飲んでくださいね」
月与の持っていた解毒剤の封を切り、リトはミーネにそれを手渡しそう指示した。人が急に増えたことで少しばかり呆然としていたが、ミーネはそれをゆっくりと飲み干した。
そんな横でウェルスが心底煙たそうな顔をするディアドラに語りかける。
「ディアドラさん。エウレカさんの治療をしていただけませんか?」
「押し入ってきた相手がお願い事だなんて虫が良すぎると思わない?」
「そうとは思いません。不干渉を装うならミーネさんを助けたりしませんし、私たちに連絡することもなかった。ましてや、ここで病に関する本を開いていることもないはずです」
ウェルスの言葉に、ディアドラは軽く舌打ちをして視線をそらしミーネの方をみやった。解毒剤の効果がすぐに現れたのか、少しばかり顔色が改善された少女にリトが話しかける。
「ミーネさん、エウレカさんは看病する人が必要で…例え落ち着いても再発しない様に支える人が必要なの。どんなに変わってもエウレカさんはエウレカさんだから‥‥戻って来て?」
ミーネは逡巡しているようであった。
自分の知らないエウレカが再び現れて、拒絶されるのではないかと。何度もはき出す言葉を飲み込んで自分に問い返し続けていた。
そして。
「‥‥うん‥‥」
「全くお人好しばかりね。困っている人がいたら誰にでもそうするのかしら。それとも知り合いは失いたくないだけ?」
あきれた顔で立ち上がるディアドラに、皆苦笑いにもにた笑みが浮かんだ。
●
「どうせ後悔するだけよ。エウレカは罪を背負っている」
意地悪くそう言ったディアドラに対して、ローガンがにっこりと笑った。
「心配は無用だ。エウレカくんが命を奪ったのはモグラや猫だが、法はそれでも命を奪うのかね」
エウレカが今回狂化して起こした事件について、ローガンが既に調べ終えていたので、胸を張ってそう答えることができた。ディアドラはその言葉にまた不機嫌そうに鼻をならした。
「‥‥そこまで言うなら、よく見届けるといいわ」
ディアドラはそっと眠るエウレカの前に立った。
「生命力そのものが回復できるわけではないわ。生命力、デビルたちは魂とも呼ぶわね。エウレカのそれはもう失せかけている。だけど速やかに神の御許にいけるほどではなくなってしまった」
ディアドラはそう言った。
「改めて死はやってくる。それはもうどんな手段でも回避できないものよ。3ヶ月後、そこで自分たちの望んだことがどんな結果になったか見届けるといいわ」
その言葉に重い沈黙が流れた。だが、そこで逡巡しているだけでは何も始まらない。リリーはそっとミーネの目配せし、エウレカの元へと導こうとしたが、その視線に気づきながらもミーネは呪縛を受けたように歩を進めることができない。足が震えていた。
次の瞬間、リリーの平手がミーネの頬を張った。軽く、だが、部屋に響き渡る程度の音で。
「エウレカ君とお話ししてみなさい」
頬を紅くして、泣きそうな顔でミーネはリリーを見つめ返したが、そこで受け入れるわけにはいかない。リリーは彼女を押し出す。
一歩、二歩。
「エウレカには事実を話して置くべきだろうか?」
「本人が一番苦しいんじゃないかな? だってあんなに優しい子なんだもん」
ローガンの問いに、月与が同じような小さな声で意見した。
三歩、四歩。
「普段が博愛であるなら、自分のしたことに絶望するかもしれない。その後悔の時間は何より無意味だと思うけれどね。何よりも今となっては」
ジル・ド・レがそう結論づけた。
五歩、六歩。
「ごめんなさいね」
「神が、ともにいましてくださいますように」
ローゼの言葉、ウェルスの祈りが続く。
「エウレカ‥‥」
「ミーネお姉さン‥‥」
エウレカの瞳は病んだ色ではなかった。エウレカは笑顔で迎えてくれる。
口をぎゅっとつむぐと、ミーネの腕がエウレカの細い体を抱きしめた。血の通った温かい肌の感触がこれほど身にしみるなんて。抱きしめる力に応えてくれる力を感じることに胸がいっぱいになる。添えてくれるその手の優しさが。心の鼓動が。
言葉なんて何もいらない。そこにいてくれるだけでいい。
「たくさんの幸せをいただいて、お腹一杯でス♪」
笑顔でエウレカはそう言った。