無明の彼女(アサシン)
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■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:13 G 3 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:07月06日〜07月13日
リプレイ公開日:2008年07月23日
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●オープニング
部屋の中は蝋燭の明かりが一本ゆらめくだけが唯一の明かりの手がかりであった。そんな中で、一人、彼女は執務机に座っていた。
広い城の中で、賑やかな場所はここぐらいなものであった。千人の兵を抱えることのできる要塞。30日の籠城にも耐え、セーヌ川から近海まで稼働できる軍船を擁し、広大な丘陵地帯を利用し、軍馬の保有数もかなりのものであった。
ほんの一年前。城は戦を主とする人間達が放つ特有の香りに包まれ、それと同様に心奮える音が響いていたものだ。
ほんの一年前までは。
時の流れはそれを抱きかかえる猶予を与えてくれない。剣がかちあう訓練の音も、川をわけすすむ船の音も、馬のいななきも今は遠い。勇ましきユスティースの名に集まる人は日ごとに一人、また一人と消え、気がつけばひっそりと静まりかえっている。
前領主の急死などの理由もあったが、一番大きな理由は、ユスティース領北部に位置する商都ラニーを根城にする商人ギルドの台頭であった。彼らはノストラダムスの大預言に始まった動乱を機に武器売買を中心として財貨を稼ぎ、海路が謎の難破事故を起こしたことにより、交易商が陸運に重きを置くようになったことでその勢力を拡大していった。その目覚ましい活躍はラニーを包括しているユスティース領の経営を凌駕し、その巨万の富で経済を掌握し、ユスティースの関係諸侯を囲い始めた。ユスティースにおける金の動きはそのギルドマスターであるアイディールの了解をなくしては何一つ動かせなくなった。
今や人はラニー領と言う人々まで出てくるほどで、もはや領主アストレイアの権力など名ばかりであることは子供でも知っていることであった。軍備を削りながらも領内の治安などを維持し、領民の生活の保護をひたすらに優先したアストレイアの領地運営も限界に近づいていた。城は無人。馬も船も武器防具もほぼ売り払ってしまった。ラニーが経済による圧迫を止め、反旗を翻せば何日も持つまい。
だが、それをしない理由も十分わかっていた。領民の心は全て金で計るラニーではなく、まだ心優しく自らに厳しいアストレイアの元にあったし、ノルマン王家も何かあれば彼女に味方するだろう。だから、彼女が自滅するその日まで。ゆっくりと真綿で首をしめるように。ラニーは表向きは『ユスティースにおけるもっとも優秀な商業自治都市』という姿勢を貫いていた。
執務机には多くのスクロールが積まれていた。それぞれの町や村の状態、抱えている問題、提案など、また他の領地や治めているギルドからの様々な連絡、まだ潜むデビル達に対する警戒とその撲滅に対する協力要請。
無力だ。
頭を乗せた手に力が入り、髪がぐしゃりと音を立てた。そしてもう片方の手に持っていた羽ペンも。
その後ろでくすり、と少女の笑い声が聞こえた。
「何者っ」
振り返り、立ち上がると同時に剣が抜き放たれた。その鋭さは領主としてより騎士としての経験が長いことを示す鋭さであった。
「あっぶなー。怪我したらどうすんのよっ!!」
その切っ先に、衣の端が舞った。
色とりどりに染め上げられた衣と黒い髪が床に花咲くように広がっている床の上に城餅をついた少女であった。まだ年の頃は成人したかどうかぐらいの、ジャパン人特有の顔立ちだ。その顔にアストレイアは見覚えがあった。デビルとの関連が疑われていた少女だ。名前は確かシャナ。
「何のようですか? 確か一度逃げ出してから再び捕まったと聞いていましたが」
まともに取り合ってはいけない。デビルと関連性があるなら、もう籠絡を初めているかもしれない。気を許してはならない。
そんな強ばった態度を見抜いたのか、シャナはえへへ、と笑うと身軽な動きで立ち上がった。
「あはは、いつでも自由が信条だかんね。そ、あたしは自由の使者。心を悩みから解き放つ者、カタリベ。なーんちって」
笑顔は魅惑的だ。何も知らない男なら好感を持っていたかもしれない。だがアストレイアはそれほど気安く心を開くことはない。だが、瞳の奥にどこか吸い寄せられるような魅力がある。
「ね、今キビシーんでしょ? 領地経営っての。でも、ラニーってチョー資本主義だからね。状況に甘んじて負けを認めたら不幸な人が急増しちゃうもんね」
「あなたに心配されるようなことではないっ」
剣を構え直し距離を測る。噂に耳を貸せばそんな情報くらいいくらでも入ってくる。それを元にデビルが誘いをかけているようにしか思えない。
余計な動きを一つでも見せれば即座に叩ききるような気迫に押されて、シャナの顔色が真っ青に染まる。そんな素振りにアストレイアは騙されず、気迫でシャナの俊敏な動きを押さえ、壁際へと追いつめていく。シャナは弁明しようと必死になるが、アストレイアはまるで聞く耳を持たなかった。剣を一振りもせず、その俊敏な動きを補佐する有能なシャナの目を逆に利用して、肩や手の動きでフェイントをかけて押さえつけ、そして壁まで追いつめた時、シャナは不敵に笑った。
「でも、このままじゃあなたがまず破滅して、あなたを慕っていた人から順に不幸になる。それはもう避けられない事実よね。あたしが単に怪しいから突っぱねているだけでしょ。でも、可能性はかけるべきよ。あたしはデビルみたいに契約とかそんなことしないから」
威圧を押さえたわけではない。窮地に立たされて彼女は口を回しているだけである。
だが、アストレイアの中で、シャナの言葉は確実に積み重なっていく。先刻までの悩みは消失したわけではないのだがら。
「デビルと内通しているのは間違いないよ。それでも放っておくの? ラニーの街が背徳の街と呼ばれるその日が来ても? アイディールはデビルとつながっている証拠を手に入れたら、ギルドはお姉さんが管理できるよ。アイディールに流れた人も戻ってくるよね」
噂は常々聞いていた。ラニーが急成長したのもデビルがバックについており、預言騒動を始め、デビル騒ぎを事前に察知できていたからだと。そんな話は親しい人からもよく聞いている以上、外れではあるまい。
賭だ。
それはリスクの高い話だし、失敗すれば間違いなくラニーは大義名分を得て潰しにかかってくる。その時は自分の命どころではすまないこともある。
「信用したくなければそれでいいよ。でもあたしもアイディールとはあんまり良い関係じゃないから、手伝えるところは手伝うよ。敵の敵は、なんてね」
「その衣、楽士の仲間ですね‥‥私にしてみれば一番の敵はあなた方です」
前領主である父を失ったのも、妹のような存在の従者を『壊した』のも全て楽士と呼ばれるデビルのせいだ。それが手伝うといったところで信頼など欠片もできない。だが、それ以外の方法がアストレイアに思いつくこともなかった。
「ご随意に」
シャナは怒りのこもった瞳に対してウィンクして見せた。
その後、アストレイアはいくつもの考えを巡らせた。できるだけこの状況を打開する案を。
だが、決まってたどり着くところは一つであった。
「私は踊らされているのか、それとも自分の道を歩いているのか‥‥もはやわからないけれど、行くしかない」
●リプレイ本文
●
「アイディールが具体的にどんな人か知っている人は少ないみたいや。ほとんどの運営はギルドの中核メンバーによる議会によって決められてて、発案や政令など誰が考え、決めているのか全くナゾ。それがかえって新しい政治やって評価する人が多いってことで。早い話がアイディールっちゅうの倒しても根本解決にはならんとゆーことや」
ジュエル・ランド(ec2472)は集めた情報を待機班のメンバーにそう話していた。
ラニーという街は非常に賑やかな町であった。昼間はパリの繁華街を思わせるような賑わいで、これから旅にでる商人、パリへ向かう商人達が、馬車や船という塊で集まってきていた。もちろん、品物の数もかなりのもので、昼間偵察にと歩き回っていた仲間達は街のあちこちで見かける異国の品々やサービスに圧倒されていた。夜になっても等間隔に灯りが煌々と照っており、闇を蹴散らし、また同時に傭兵達が随時警戒を行っていた。
普段ならなんと頼もしいところだろうと思うところであったが、ギルド内部に侵入し、街のに中枢たる商人ギルドとその長アイディールの悪行を突き止めるべく仲間たちが数刻前に出て行ったばかりの今は、重いプレッシャーとなっていた。
「いーっぱい踊って大騒ぎしてたら、シャナちゃんと一緒に見回りの人に怒られちゃって。ヤな感じだなぁ。なんかね。旅する商人さんはいいけれど、ここにずっといたら息が詰まりそう」
ミフティア・カレンズ(ea0214)は不機嫌そうに踵でコツコツと床を鳴らす仕草が、踊りたいという欲求が不完全に押し込まれていることをうかがわせた。しかし、無茶は出来ない。下手をすれば仲間のたくらみ、引いてはこの領地の主であるアストレイアにまで及ぶ危険性がある。
「まあ、ええやないの。シャナと二人で息ぴったりで踊ってたやん。うちなんか情報収集してたからバカ騒ぎはほとんど参加でけへんかったわ。その上、アイディールに反抗しようなんて酒の上でもよう言えんような肝のちっちゃいヤツばっかりやし」
「肝が小さい、というより反抗する気力すら摘み取られているのだろう。私自身も街を見、少しばかり人とも触れあってみたが、ここの住民は富んではいるようだが、生き急いで疲れてしまっているような感じがある」
西中島導仁(ea2741)自身はあまり好きになれない統治方法ではあるが、それを実践し成果を上げているらしいアイディールの統治力には評価せざるを得ない。
「それをデビルがやっているということが何よりも許し難い」
「でも、アイディールってそんなに悪い話聞かないよね? 元はすごく強い傭兵さんなんだって。本当にアイディールさん悪い人なのかな? シャナちゃんもだけど」
「ああ、そやね。アイディールって元は奴隷闘士で色んな魔物とも戦ってたって」
ミフとジュエルが交互に話す様子を聴いて導仁は口元に手を当てて考え込む。そんな人間がどうして商人に? それに戦士にも種類は色々あるが、特に奴隷闘士は自分の腕には相応の自負を持っている。デビルに力を借りようとは思わないだろうし、借りたくても奴隷の身分はその機会も支払う代償もないだろう。
「疑問が少し、残るな」
そう呟いた真横で、扉が派手な音をたてて開かれる。一同が反射的にそれぞれに構えるが、そこにいたのはシャナであった。
「大変、大変。早くしないと戦うことになっちゃうよ!!」
「どういうことだ!?」
「いいから、早く早く。時間がないよ」
考えている時間はない。シャナに続くようにして、皆は走り出す。
●
「一番の大嘘つきも、契約の証っていうものも教えてはくれなかったって言ってたけれど、さて、見つかるのかね」
シルフィリア・ユピオーク(eb3525)は商人ギルドの建物を前にして、ミフが教えてくれたサンワードの内容をぼそりとつぶやいた。ここにも待機組にもいない夕弦蒼(eb0340)が話していたことだが、この依頼は成功しても失敗しても分が悪い。どちらにしても、アストレイアの領主としての生命をより危うくしてしまう可能性がある。
それを考えると、うかうかと侵入しようと思わない。
「何かしらあるとは思います。ラニーのデビル騒ぎにおける成長ぶりは尋常ではありません」
アストレイアは口をきゅっと結んで、静かにギルドを見上げていた。
「やはりヴェルナー卿から力を借りれば良かったのではありませんか? アガリアレプトとの関係もありますし、抱えている諸問題にも類似するモノがあります。」
「ラルフ様はとても実直な方であることは存じています。ですが、私たちの協力を悪意に利用する輩もいます。今、この問題を解決しても、国が一つとなって動くときの妨げになるわけにはいかないのです」
十野間空(eb2456)の問いかけにアストレイアはそう答えた。僅かに浮かべた苦笑いから、世の中がもっと手を取りあえるようになれたらいいのに、と言っているように感じた。
「とりあえず、ここで見ているわけにもいかないのだ〜。ちょっと行ってくるのだ」
「あれ、あたし行かなくて良いの?」
玄間北斗(eb2905)が音もなく、建物に忍び込む様子をみて、導き役を買って出ていたシャナが首をかしげた。その様子にシルフィリアが苦笑する。デビルと繋がっているであろうこの少女に先導を任せたら、どんな罠に嵌められるかわかったものではない。
「あんたはあたし達と一緒に来るんだよ」
「ま、いーんだけどさ」
大して気にした様子もなく、退屈そうに両手を頭の後ろで組みながらシャナは玄間が忍び込んでいく様子を眺めはじめた。その鼻に雨粒が一つ落ちてくる。
まるで夕立のように降り注ぎはじめた雨の中、玄間は植え込みなどの障害物を利用してある程度まで進むと、一気に門番達まで疾風のような速さで近づくと、まるでボールが跳ねるようにして玄間自身の体が門番の体に食い込む。一瞬で離れたかと思うと、華麗な跳躍で、もう一人の門番の視界から逃げ、反対から同じように食い込む。
二人の人間が意識を失うのは本当に一瞬のことであった。
「さあ、行くよ」
「私が殿を努めますので、皆さんは先にどうぞ進んでください」
シルフィリアが先行し、安全を確認してから、残りのメンバーを呼び寄せ、李雷龍(ea2756)がその殿をつとめ、確実に進んでいく。
ギルド長の部屋は思ったより大きくはなかった。そこには豪華な机が一つあるだけで、特に目立ったモノは他にはみあたらない。忍び込んだ冒険者達が全員その場に入れば、少し狭く感じるほどだ。一行が家捜しをはじめる前に奥に続く扉に耳をあてている玄間が手招きをした。
「どうしました?」
「さっきジュエルさんからテレパシーが届いたのだ。証は音にありと太陽が教えてくれたんやて、だそうなのだ〜」
玄間のにんまりとした笑みに誘われて皆がその扉に張り付く。本当に微かな音だが、壁を伝わって話し声が聞こえてくる。
「魂の収集が釣り合っていないのではないかね?」
「この街はモデル都市だよ。ここが最初から我らの望むような街にしてしまったら後から他の人間は来なくなるじゃないか」
「もうこの一帯は手に入れたようなものじゃないか」
「そうだな。もはや名も残らないようなのは食ってもいいな。アイディール、アストレイアはまだお預けだぞ。もう少ししたら結婚なりオモチャなりにすればいいからな」
扉が蝶番ごとはじけ飛ぶ勢いで開けられた。
会議に夢中になっていた、『人間』達は乱入者の姿を呆然として見つめるばかりであった。唯一微動だにしなかったのは一番奥に座る、眼光の鋭い男のみ。
「あなた達のようなデビルが何故、街を発展させているのか、その理由はよくわかりました」
そう言葉を発したアストレイアの姿を見て、商人達は目をむいて驚いた。それもそうだろう。こんな土砂降りの雨の中に、ギルドの最深部たる場所に領主がいるだろうとは思いもよらない。
しかし、状況がつかめたののか、すぐさま会議をしていた『人間』達が、その本性を現していく。翼を生やしたものや、獣のようになる者、まるた或いは口からふいごのように炎がちらちらと見え隠れする。石の中の蝶を確認するまでもなく、全員デビルであることは間違いない。
「こんな者達が我がモノ顔で人間を支配していたかと思うと、情けなくなります」
雷龍がオーラを高めながら、腰を落として戦闘態勢を取る。どう見ても相手は逃がしてくれるような状態ではない。
「ユスティースの名において観念なさい。抵抗するなら即刻処断します」
「水と油だ。分かり合えんだろう」
アストレイアとアイディールの声が同時に響いた。
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早速上空から襲いかかるデビルを雷龍はリュートベイルで軽く受け流すと、その反撃で重い一撃を鳩尾にたたき込み、撃沈させる。『人間』の時は恰幅の良い姿格好をしていたが、それも見せかけであることはすぐに皆が了解できた。ここにいるのはそれほど強い悪魔たちではない。
しかし、それでも数が多い。玄間が火遁を放ち出入口を塞いでも、その火遁から黒い炎が逆流して玄間自身の体を焼いた。
「玄ちゃんっ!」
「大丈夫なのだ〜。そりより逃げるだけならおいらが一番なのだ。だからその間に」
「ニゲロッテカ。ナカセルネェ」
デビルの一体がゲラゲラと笑いながら、空からシルフィリアにかぎ爪を振り下ろす。
「耳障りな音で笑うんじゃないよっ!」
大脇差でかぎ爪を受け流しながら、シルフィリアは叫んだ。だが、それに続く言葉も脇腹に突進してきた犬型のデビルの牙にとどめられてしまう。なんとか小盾で難を逃れるも、改めて襲いかかるかぎ爪を防ぐ術がなかった。
「待てぃ!」
シルフィリアの眼前で白刃が閃き、突き刺さるかぎ爪が真っ二つに割れた。
赤く染められた鷹を模した鎧が眼前に広がる。
「貴様らは戦争の旨い汁を吸うだけでなく、デビルと繋がり、一般人を恐怖に陥れようとしている。人それを『悪』という‥‥断じて許すことはできぬ!」
「何者ダ? コイツラノ仲間カ!!!」
「貴様らに名乗る名前はない!」
オーラを燃え上がらせ、凝縮された力をデビルにたたき込む。その一撃でデビルの生命は吹き飛んだのか、ひどい金切り声をあげて階下へと墜落していった。
「ありがとう、良いタイミングじゃないか」
「え、呼んだんじゃなかったの?」
シルフィリアの言葉にミフがぱちくりと目をしばたかせた。確かシャナが危険だからと誘ったような気がするのだが、確かに戦闘は始まったばかりである。シャナも色とりどりの布をデビルに巻き付け、遠心力を利用して投げ飛ばしている。
「??? 先が見えてたのかな?」
「ともかく、外は土砂降りやし、デビルの姿を見てもらうことはたぶん無理や。パリまで戻って報告しにいくべきやで」
危なげない戦い方で的確にデビルを撃墜していっているアストレイアにジュエルが叫んだ。
「分かりました。出ましょう!」
「逃ガスナっ!!」
翼をもつデビルが扉に殺到し自らの体でバリケードを作る。だが、次の瞬間。
「逃走経路というのは一つだけということはしないことだ。いい教訓になっただろ」
ジュエルから借り受けたドヴェルグの黄金を肩に背負った夕弦が顔をのぞかせていたのは、出口とは方向の違う、別の壁であった。
「外にはでられんよなぁ。さすがに雇われ兵士さんもそんな姿じゃ、依頼主だと思ってくれないぜ。アイディールは切れ者だが‥‥おまえらは正直そうでもないみたいだな。苦労が忍ばれるよ。全く」
夕弦は嘲笑混じりに、扉に張り付くデビル達にそう言い放ち、合流した仲間達を外へと逃がしていく。ミフ、ジュエル、シャナ、空、アストレイア、シルフィリア。そして、玄間。
残っているのは、導仁と雷龍の二人であった。目の前には、大きな剣を手にした男。本来なら玄間より先に脱出する予定であったが、それは叶わなかった。二人が引き留めねばアイデイールの刃はおそらく一人や二人の被害は軽く奪っていくことだろう。
アイディールが大きく剣を振りかぶった。
来る。
烈風が二人を襲った。間合いにはまだまだ遠いはずだった。だが風を正面から受け止めた雷龍のリュートベイルが圧力に耐えかねてバラバラになって地面に落ちる。
導仁はすぐさま、刀を腰にため、肩で突進しながら攻撃を繰り出す。相手からは、その斬撃の軌道すら見えないだろう。
そして一閃。続いて、神速の一撃。
確かに手応えはあったが、瞬間的に打点をずらされ、本来発揮できるダメージにはほど遠いほどに弱められてしまう。雷龍も攻撃をしようと間合いを取るが、相手が攻撃を仕掛けてこない以上攻撃が展開できない。
アイディールは半歩下がると、再び大きく剣を振りかぶった。
剣風は受け止めた瞬間にまるで巨人に押し込まれたような重圧が押し寄せる。導仁とて、ジャイアントにすら打ち勝つ体力を手に入れていたが、その力の前に足ががくりと折れた。そしてその膝にアイディールの剣が打ち込まれる。
「とどめを刺さぬのか‥‥?」
「刺したところで義憤を誘うだけだ。それより時間稼ぎにそこで止まってくれるだけで十分だ」
剣を抜き、デビルがいつの間にか消えてしまったがらんどうのギルドの中をアイディールはゆっくりと歩いて、そして消えていった。
●
「アイディールは失踪し、上層部の人間も軒並み姿を消していました。国にもギルドにデビルが関与していたことを報告しています。ギルド長には私が当面就任し、混乱が起こらないようにします。悪事の隠蔽でしょうか、書類や契約書のいくつもが失われています。ドタバタの内に始末されてしまったのでしょう」
アストレイアが宣言する中、空はその横顔を心配そうに眺めた。彼女の責任がまた一つ増えた。ずいぶん手助けもしてきたつもりであったが、今回の件でギルド長になったことで監視と責務が新たについて回ってくるのだ。これからは睡眠も削って求められる判断を下していかねばならない。
彼女が安寧の日々を送るのは遠いのかもしれない。その前に、折れてしまわねばいいのだけれど。
彼女の横顔は疲れ切っていた。
「どんだけ歩くんだよ‥‥」
シャナが皆に別れを告げて消えた後、夕弦は一人シャナの後を追いかけていた。
人を道化にして、勝手な物語を作らせないために、これから先手を打つためにも。
だが、シャナは延々と踊り狂いながら、道を行く。飲まず食わずでかれこれ数日はすぎているはずであった。つけている夕弦の方が睡眠不足で倒れそうになる。
それでもシャナは幸せそうに踊りながら、歌う。
「あきらめれば、あなたも幸せ
変な意地がなければ みんな幸せ」
「‥‥くそ、気付いてやがるな」
夕弦はいまいましげに地面を蹴った。歌の内容もそうであったが、今向かっているのは‥‥ユスティース領。彼女は元から離れるつもりなどなかったのだ。