知識(真実)の守護者

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月16日〜07月21日

リプレイ公開日:2008年07月24日

●オープニング

「エカテリーナ様。お父上様からの手紙が届いております」
 書庫か図書館かと思われるほどの本に囲まれた部屋の一角で書き物をしていたエカテリーナに対して、黒髪の執事が一通の手紙を差し出した。
「あら、先週もいただいたばかりですのに。お父様ったら、寂しくなったのかしら」
「いえ、ウィリアム国王陛下に謁見するようにとの要請だと思いますが」
 エカテリーナが手紙を受け取ると、その表には「我が娘エカテリーナへ」と書かれており、裏を向けるとマーシーの名前とレンヌの印が蝋封に押されていた。
 手紙を開けてしばし、エカテリーナは目を見開いて黒髪の執事に顔を向けた。
「あなた、探偵か占い師の才能がありますわ。まさしくその通りでしたわ」
「先週も、先々週も同じ内容だったらわかりますよ。そろそろ親孝行されてはいかがですか? お妃選びなんて一度きりの話じゃないですか。お父上様が一生懸命になるのもおわかりでしょうか」
 砕けた物言いの執事に対して、エカテリーナは「あら、まぁ」と困ったような笑顔を浮かべて答えた。
「陛下の御前にはもうフロリゼルが行っていますわ。あの子は利発な子ですもの。陛下にお気に召すと思いますわ。そうそう、この前もオーグラを退治したんですって。ご覧になられたかしら? 冒険者ギルドの記録文にも掲載されたそうですわよ」
 残念ながら。執事は苦笑して答えた。
 あんた、いったいどこからそんな情報を聞いたんだ。といわんばかりである。そんな顔の執事を見て、エカテリーナは書き物に戻りながら、言葉を続けた。
「それに、近年の北海における連続する難破事故をさておいて、妃選びを本気でされることはないと思いますの。わたくし達がすべきことはそのお手伝いをすることではないかしら」
「エカテリーナ様がそうおっしゃられるなら。しかし、お父上様もお気が休まらないでしょうね」
「そうですわね。今度お土産を持って帰ろうかしら」
 見合いに行ってこいと言われているのに、心休めるために帰ろうかしら、とは普通言わない。マーシーがちょっぴり可愛そうに思えてきた執事に、エカテリーナは書き上がったばかりの手紙を封して執事に手渡した。
「お父様が勝手に国王陛下と謁見する約束を取り付けてしまったようですから、お断りと謝罪のお手紙ですわ」
「国王陛下の謁見を断るって、本気ですか!?」
 本人が行かなければどうにもならないとはいえ、国王と領主が交わした約束である。それを反古にしようとは普通なかなかしようとは思わない。執事はそんな理由をこんこんと説明し、エカテリーナに考え直しを要求した。
「縁があるなら人の敷いた道に乗らずとも必ず出逢えますわ。それまで最善を考え続けることが努めですわ」



「壁からデビルが現れたって仰っていましたけれど、こんな遠くまで飛んでくるものなのねぇ」
 パリの南部に建てられた家は、通称『本の館』と呼ばれる屋敷であった。エカテリーナが様々な書物を集めるに当たり、自分の住む家ではとても足りなくなり、別荘の一つを大きな書庫にしてしまったのである。エカテリーナは北海の事件を調べるに当たり、まず自分の蔵書から必要な情報を集めようと考え、レンヌからはるばるやってきたのであるが。
 大きな別荘は陰気な影に隠れ、奇怪な鳴き声が時折聞こえてきた。管理してくれていたおじいさんもこれはたまらぬと逃げだし、すっかり悪魔の手中に堕ちていた。
「そりゃ、デビルは翼を持っているのもいますし、住みやすいところがあれば住むんじゃないですか? 無人ですし、陰気ですしねぇ。住み着いた悪魔は知識と魔法に長けているらしくて、知識が欲しいか、もっと強い魔力はほしくないかー、と誘ってくるそうですよ。話を聞いたのは農夫さんだったので事なきを得たみたいですが」
 御者もつとめる執事はのほほーんとした声で、周りで聞いたきた話をエカテリーナに話した。
「まぁ。それなら、司書さんをお願いしようかしら。最近、書物が多すぎて困っておりましたの」
「いいですけれど、改竄くらいやりかねませんよ。それよりさっさと捕まえて、あの謎の壁について聞き出す方がいいかもですよ。壁からデビルが出てきたって事で、ここだけじゃなく各地で問題が発生しているみたいですよ」
 そう、壁の破壊が進むにつれ現れたデビル達は各地に飛散し、様々な悪事を起こしているのである。こんな辺境の無人の別荘に住み着いたのはまだ被害が少ないほうだといってもよい。他の学者達もこの壁には興味を持っていたが、デビルの出現以来、被害が続出し研究は遅々として進んでいない。
「つくづく、デビルに好かれる土地ですこと‥‥東西南北どこへ歩いてもデビルばかりですわね」
「冒険者に依頼しますか? デビルとも何度も渡り合っている冒険者も多いようですし、蔵書を傷つけずに倒してくれるかもしれませんよ」
 その執事の言葉に、エカテリーナの顔はぱっと輝いた。それはもうその言葉を待ってましたといわんばかりの。彼女はゆるやかに波打つ金の髪をはねさせてにっこり微笑む。
「明暗ですわ。冒険者という方に是非お会いしてみたかったですの。ああ、それならお茶の準備を‥‥」
「そういうのはデビル退治してからにしましょうよ」
 執事は苦笑いをして冒険者ギルドまで彼女を案内したのであった。

●今回の参加者

 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec0290 エルディン・アトワイト(34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ec4061 ガラフ・グゥー(63歳・♂・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ec4179 ルースアン・テイルストン(25歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

サーシャ・トール(ec2830

●リプレイ本文

 エカテリーナの別荘、通称『本の館』は扉をくぐった瞬間に、書物が放つ独特の香りが冒険者達の鼻をくすぐった。
 屋敷の中は薄暗く、レティシア・シャンテヒルト(ea6215)が作り出した光の幻影がそこかしこに設置された水晶が光を集めて微かな灯りを作り出していた。そこに浮かび上がるのは本、本、本。壁際はもちろん本で埋め尽くされていたし、広大なホールを間仕切りするように様々な本棚が並んでいた。それも四角もあれば台形や三角などもあり、それらの斜面となるところには階段のようにしつらわれており、それを足場にさらに高い本棚へと赴くことができるようになっていた。見上げる限り本と本棚が縦横無尽に交差し、まるで本で作られた異空間ではないかと皆を錯覚させる。
「こ、これは‥‥うずく。マッパーとしての血がうずくわっ! あぁ、世界中の知識がこの迷宮を作り出している‥‥これぞまさしく世界中の迷宮!!」
 いつからマッパーになったのかは知らないが、レティシアがぐぐぐっと拳を握りしめる。そして執事から教えてもらっただいたいの館の構造と目の前に広がる迷宮の幅員を元にして、羊皮紙に地図を作り出していく。
「この中にデビルがいるのですね。外での茶会におびき寄せることができたらどんなに楽だったでしょう」
 外観とは打って変わってひどく複雑な世界を展開している迷宮にルースアン・テイルストン(ec4179)は女神の彫刻を思わせるその顔を少し顔を曇らせていた。デビルがお茶会と雑学披露大会にむずむずして出てこないかと期待して、外でお茶会をしていたのだが、こちらには全く反応はなく夏なのに薄ら寒いお茶会になってしまった。
 目の前に広がる迷路は前後左右どころか、天地も含めて総てが本で埋め尽くされており、その幅もそれほど広くはない。両手を広げて進むことはできるが、剣を振り回すには狭いといえるし、もろちん横に二人並ぶとかなり窮屈だ。
「とりあえず、先に閲覧室を抑えましょう。そこが一番が書物が少ないということです。このホールをまっすぐ抜けて、部屋だとか」
「まっすぐ抜けて、のぅ」
 エカテリーナからおおざっぱに館の構造を教えてもらったエルディン・アトワイト(ec0290)はまっすぐ指を突き立てたが、そこにはもちろん本の壁が遮っている。ガラフ・グゥー(ec4061)はニコニコと笑みを浮かべているが、かえってそれが周囲の気まずさを引き立てた。
「悩むより、まず行いをもってあたることが肝であると古来より申しております」
 巫女装束の女、尾上彬(eb8664)が場の緊張をほぐすようにやんわりとした口調でそう言い、本で作られたこの世界に圧倒されていた皆に先駆けて、最初の一歩を踏み出した。
「それにしても、エカテリーナお姉ちゃん、行けなくて残念そうにしてたなぁ。戦いにも興味があったみたいだし」
 明王院月与(eb3600)の言葉通り、エカテリーナは冒険者達の提案により、街で待っていることになったのだ。
「終わったらお茶会で色んなお話をさせていただきましょう。それに彬が用意していた巫女装束にも興味があったようですから、それを着てのお茶会も楽しいかもですね」



 閲覧室と呼ばれる部屋には本だらけの世界は幾分か払拭され、伝説の物語の一場面であろう緑の楽園が壁一面に描かれ、書籍を保存する関係から外の世界とは遮断されたこの館に瑞々しさを与えていた。真ん中には大きなテーブルと、椅子。書見台が隅に固められており、奥は台所であった。
 冒険者達はその大きなテーブルを皆で囲み、月与が用意したお茶とジャパンのお菓子を添えて、ちょっとしたお茶会が催されていた。
「拙い手前ですけどよろしくお願いします」
 巫女が爽やかな笑顔と共に、お茶をいれた湯飲みを配って回る。しかし、手つきがどこか危なっかしい。
「きゃぁ」
「ふ、来ると思っていましたよ」
 躓いて、最後の一個がエルディンに向かって飛んでいくが、エルディンはそれを意図していたかのように飛びかかるお茶を避け、湯飲みを片手でつかんで落とさない。
「ごめんなさい、うまくできなくて」
「大丈夫。美人の君のことなら何でもお見通しです。そして何を望んでいるかも‥‥」
 こぼしたお茶を慌てて拭く巫女の尾上の手を握り、間近で二人の瞳が合わさる中、エルディンは静かに語った。
「今日はラテン語のお勉強を。Amo・te あなたを愛しています。という意味です」
「あ、ごめんなさい。また手が滑りました」
 お茶や菓子にかけるつもりで用意していた蜂蜜の壺がエルディンの顔面をひっぱたいた。そんな横でレティが誇張に満ちた声と拍手を持って彼を賛美した。
「エルディン、さすがは愛の伝道師!!」
「でも、こういう風景は、ジャパンではよくあるのですよ。河の上にヤカタ船を浮かべて、そこで宴を催すんですよ」
「すごいわ、知識王ね!」
「ジャパンの話なら、あたいも! ジャパンにも炭はあるんだけどね、炭代わりに籾を‥‥」
「さっすが! 家事の達人!!」
「海の魔物という本には次のような記述があります。生態の分布から推測して大陸は‥‥」
「読書家は偉大だわっ!」
「わしゃこんなことも知っておるぞい、むかし‥‥」
「長寿万歳!」
「まだなんも言っておらんよ」
 知的なお茶会の雰囲気はすでにない。というか、そういうのは館の前でやってすでに脳が疲れてしまっているせいかもしれない。

 そんな楽しいお茶会に、不意に月与が顔色を変えてあたりを見回した。エルディンより借り受けていた龍晶球が光り輝いている。
「楽しそウですね」
 入り口にいつの間にか、クレリックの男が立っていた。金色の髪を綺麗に刈り込み、澄んだ青の瞳、真白い祭司服をきちりと着込み、物静かに立つ姿は、本職のエルディンよりクレリックらしいようにも思えた。だが、その姿を見て信用するモノは誰もいない。ここにいるのは、冒険者達を除けばデビルなのだから。
 釣れた。
 心の中で皆がそう思った。思惑が絡み合うその場の空気は蜂蜜のようにドロリとしていて息をするのも気分が悪い。そんな中でまず口火を切ったのは月与であった。
「へーぇ、あなたが知識の守護者?」
「明王院さん、いけません。耳を貸すべき相手ではありません。」
 ルースアンが気付かれないようにロープを準備しながら、どうやら交渉しようと目論む彼女に対して、小さくも鋭く制止の声を響かせる。だが、月与は大丈夫だよ、といわんばかりの視線を送り、もう一歩踏み出す。
「本当に物知りなの? 例えば壁の秘密も知ってる? ‥‥まあ、どうせ知ったかぶりなんだろうけれど」
 クレリック型のデビルはクツクツ笑って言った。
「やってこられては困るものを防ぐには壁を立てて遮るしかアりますまい」
「じゃあデビノマニの見分け方は?」
「契約するものは相応の力を手に入れます。体も相応に変化する。隠しても隠しきれぬ『痕』がアるでしょう。それを探せばいい」
「カトリーヌ・ムスカの呪いの解き方」
「呪う相手を倒せばすむこと」
 月与の矢継ぎ早に続く質問に、デビルはまるで山びこのように回答していく。まるで心の中を読んでいるように質問の途中から答えることもあった。
「ずいぶん、景気がいいのぅ。代償やらもちかけてくるものかと思っておったが」
 ガラフは彼らは代償を求めてくるものだと踏み、それが来たら虚仮にして冷静で傲慢な心をかき乱してやろうと考えていたが、彼は全く交渉に入ろうという素振りさえ見せなかった。
「その程度なら代償など無要。もっとも‥‥野蛮な相手には蛮行の代償はいただきますが」
 ルースアンの投げたロープが白い残影と共にはじき飛ばされた。いつの間にか、法衣の一部が白い翼となり雄々しく広がっていた。中から現れたのは白い毛並みの獅子。白鳥の翼を生やした獅子がそこにいた。
「天使‥‥?」
「そう思わせるのが相手のやり口です。石の中の蝶もデビルだと騒いでいますよ」
 エルディンが先手をうったルースアンに対して、レジストデビルを使用し、反撃への対策を取る。ましてや、マッパ・ムンディで様々なデビルのやり口を学んでいた彼にとっては、その動きは予想できていたモノであった。
 それに入れ替わるように槍の連続の突きがデビルを襲う。空気を巻き込んだ槍撃は避けようとするデビルの皮膚をえぐる。
「これ以上、自分も他の誰かも傷つかせるわけにはいかないんでな」
 槍の使い手は今までそのメンバーの中には見えない男の姿であった。今まで巫女の姿に隠れていた彬の本来の姿に、物陰に隠していた槍がデビルを貫いたのだ。
「ぬるイ!!」
 デビルが吼えると同時に、白い光が立ち上り、彬の体を縛り付けた。途端に目もくらむような彬の動きはまるで時が流れを止めたようにピタリと止まり、動けなくなる。
「コアギュレイト!?」
 まさか白の魔法を使ってくるとは思わず、動揺が走るが、それでも月与が代わりに前衛に立ち、鋭い斬撃でその強固なる皮膚を切り裂こうと試みるも、前足でいなされてしまう。魔法どころか戦いの腕もかなりの実力だ。
「やりよるのぅ。しかし、これは避けられんじゃろ」
 いつの間にか横に移動していたガラフがライトニングサンダーボルトを放つ。
「仲間ごと巻き込むつもりですか? 愚かな」
「そういうところが抜けておるんじゃよ」
 鼻で笑ったデビルに電撃の嵐が襲いかかる。貫通した雷撃はレティシアの展開したムーンフィールドによって無効化される。
「やって‥‥くれますね。しかし、よく理解できました」
 デビルはそう言うと、翼をばっと広げ、書庫の方に消えていく。追いかけようとするがそれはルースアンが止めた。
「書庫の道は大変狭いですし、総ての通路を調べきったわけではありません。下手に分散するとかえって危険が高まります」
「その通りじゃな。しかし、割とダメージを与えたと思ったのじゃが、タフじゃのう」



 エルディンは魔力の回復を、そして彬が呪縛から解放され、それぞれの装備をよく整えて、扉を開けた。
 薄暗く静かで本の香りに満ちた世界は相変わらずであったが、視界は大きく変わっていた。それを見たレティシアがまず悲鳴を上げる。
「あああああーーーー、せっかくマッピングしたのに!!」
「本が‥‥!」
 視界は本で埋まっていた。本棚に収められていた書物達が通路に覆い被さり、あちこちで山を作っていた。それだけではない、耳を澄ませば遠くで本の山が崩れる音が断続的に響く。なんとか一刻も急いで、デビルの元へとたどり着きたいという気持ちも、山の手前でどうしても躊躇してしまう。
「本を踏み越えるわけにも行きませんし‥‥」
「こんな時のマップよ! 右の通路から行けるわ」
 レティシアが取り出したお手製のマップで順路を確認し、指示を与える。ついでに封鎖されたポイントを追加しているが、その表情はかなり怖い。
「よし、行こう。どこから襲いかかってくるかわからないから注意してっ」
 と走り始めた刹那である。壁代わりとなっている書架の一つが大きく傾いて、冒険者達に襲いかかる。
「ぬわっ」
 シフールのガラフにとっては岩が降り注いできたようなモノで、あっという間に埋まってしまう。続いて、彼を掘りだそうと身をかがめたルースアンの背中がどこからともなく飛来した黒い炎によって焼かれる。
「慈愛の母、セーラよ。邪悪を退ける光の加護を与え給え」
 エルディンが急ぎホーリーフィールドを使うが、更に上から降ってくる本の山にはまるで効果はない。ダメージこそないもののとかく周囲は認識しづらくなるし、何より足場が本で埋まり歩けない。
「どこから襲いかかっているんだ?」
「月の光よ、我が剣となって敵を撃て。敵の名はデビルっ!」
 レティシアのムーンアローは透明化していたデビルをたちまちの内に捕らえて、衝撃を与える。
「そこかっ」
 その場所を確認した彬が素早く空になった本棚を足場にして槍を突き出した。途端に虚空から奇妙な色の液体が槍を伝わり、続いてその周囲から獅子の姿が現れる。ついで、月与が彬の背中を足場に一気に跳躍する。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」
 大上段から突きおろした刃が遮ろうとする前足を切りとばした。と、同時に月与の跳躍した力が勢いを失い、落下していく。だがデビルはまだ宙に座したままだ。まだ、それは生きている。
「法則の主よ。我が名において意思に従え。疾く!」
 デビルが魔法を口にした瞬間、彬の槍が敵の胸を貫いた。彼の手はまだ引き下がっておらず、攻撃するには少し猶予が必要なはずであった。そこからの攻撃を、普通に振り回しては決して届かない距離まで届かせたのは。
 立ち上がったルースアンがサイコキネシスの印をほどいて、ゆっくりと息を吐いた。



「無事にデビルを倒してくださって感謝いたしますわ。整理まで手伝ってくださるなんて本当サービスがよろしいのね」
 何故か巫女装束のエカテリーナは同じ格好の彬と共にお茶を差し出して、にこにことほほえんだ。その後ろでは執事が新しく購入したらしい書物を荷車から下ろして、レティシアやルースアンと共に整理している。もっとも彼女たちはデビルが派手に散乱させた方の片付けに回っているのだが。ガラフも手伝っているのだが、密かに自分の読みたいものを探しているのであって、片付けに参加しているとはいえない。
「しかし、素晴らしいところですね。住んでみたいものです」
「あら、司書さんになって下さるのね。嬉しいですわ〜。契約書をお持ちさせていただきますわ」
「いや、あの、職業(一生)としてはちょっと‥‥」
 後ろで執事がやめとめやめとけ。とエルディンにサインを送っているあたりでその意味に気がついて苦笑いを浮かべて丁寧に断った。
「エカテリーナさん、そういえばこれは読んだことはありますか?」
 ルースアンが『海の魔物』という書物を見せると、エカテリーナは手にとって中身を確認した。
「ええ、読ませていただいておりますわ。でも、ありがとう。良かったら帰るまでお借りしてよろしいかしら? 写本でも書く人によって微妙に違いがありますもの」
「もちろん、いいですよ。北海の悪夢には有効かもしれません」
 ちらりと中を確認しただけで、写本の手がけた人が異なることを見抜ける眼力は相当なものだ。ルースアンは密かに舌を巻いた。
 そんな横でエカテリーナに合わせて再び巫女に化けている彬がエカテリーナに問いかけた。
「そういえば結婚はともかく、王様には会ってみたらどうですか?」
「そうですわね。お断りしましたお詫びにはいかなくてはなりませんわね。お土産も考えておかないと」
 あんた行かないって言ったのに、なんで詫びには行くんだ? そんな疑問が皆の頭をよぎるが、あえてそこは突っ込まない。様々な視線が注がれる中、エカテリーナは『海の魔物』の表紙をそうっと指でなでながら、嬉しそうな顔でお茶を飲んでいた。