地底からの呼び声(SOS)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月10日〜08月15日

リプレイ公開日:2008年09月25日

●オープニング

 エウレカという子がいる。
 どうやらノルマンの南部、もしかしたらローマなのかもしれないけれど。の出身で、ハーフエルフ。住んでいた村でもハーフエルフの宿命か、ひどい迫害にあったみたい。そんなエウレカをお母さんは特徴である少し長い耳を切り取って、村から旅立たせた。北は良いところとお母さんから聞いて、当て所もなく北へと旅し、このパリについたんだって。
 でも、家もなければ働く場所もない。食物も残飯を野良犬、野良猫と分け合って食べているし、寝床は橋の下。そんなだからエウレカはしばらくして体をこわした。死んでいてもおかしくない状況だったけれど、奇跡的に助かって。正しくいうと延命しただけなんだけど。今は私の家に住んでいる。みんながエウレカを助けてくれたおかげ。
 不思議な子。私だったらとっくにこの世が嫌になって自分で生命を絶っていると思う。帰る場所もないし、生きる宛もないなんて。友達もハーフエルフだと知ったらきっと逃げていく。でも、エウレカはいつも笑顔。どんな小さな事でも「幸せデス」ってニコニコ笑ってくれる。私にすれば何の変哲もない毎日でも、エウレカはいっぱい喜びを見付けて、いつもキラキラとその瞳を輝かせる。
 そんな笑顔を見ていると、不思議と私も嬉しくて。一緒に喜びを共有したいなって思うようになった。同じモノを同じ視点で見たいと思った。気がついたら、心の中がいっぱいになるくらいにエウレカのことで占められていた。
 でも、それは許されない。エウレカは夏が終わると旅立ってしまう。手の届かないはるか遠いところへ。
 今日も一日、日が昇り、日が暮れる。刻限がまた一日近づいた。
 時間は有限だ。だけど、私には。
 なにができるのか。
 どうしていいのか。わからない‥‥
 行かないでって泣きたい。でも、泣いてても始まらないし、エウレカを悲しませたくない。
 わからない。
 わからない‥‥。
 エウレカにほしいモノはないか聞いてみた。エウレカの言葉はいつも満ち足りていて。その言葉の中からほしいモノを私は見付けられなかった。


 太陽が空の真上を走るようになった。漂う空気も干し草の匂いがする。
 もう夏。
 エウレカはベッドが暑いのか、気がつけばそこから下りて、地べたに体を投げ出している。なんどベッドに戻しても直にまた地べたで寝そべっている。
「土に耳を当てるト、色んな歌が聞こえてきまス」
 ある日、怒った私にエウレカはそう言った。
 私も地面に耳をあててみると、確かに人の歩く音、犬の足音、ことこと薪の爆ぜる音。コウと河の流れる音。草の根繁り、虫が一生懸命に動き回る音が聞こえた。そして私の吐息も、エウレカの小さな心臓が動く音も。
 ああ、動けなくてもこんなに出会えるものなんだ。目を閉じて安らかな顔で耳を寄せるエウレカをみて私は驚いた。
「でも、もっと奥に悲しい声が聞こえまス」
「悲しい声?」
「狭いヨ、帰りたいヨって」
 どれだけ耳を澄ましても私には聞こえない。
 でも、横にいるエウレカの顔はいつになく曇っていた。

 これだ。

 エウレカ自身がほしいモノではないかもしれない。
 でも、できることは私には見あたらない。私は言った。
「助けてもらえるよう、冒険者さんに頼んでみる。だから心配しないで」
 根拠なんて、エウレカの言葉しかない。
 何が居て、どこに居て、なぜ帰れないのかさっぱりわからない。
 ギルドの人に確認を求められても私自身、答える術がない。
 でも。それしかないんだ。私にできることは他にないのだから。少しでも長い時間、エウレカが良かったって顔をほころばせてもらうためにも。
 エウレカはその言葉を聞いてにっこり笑った。
「きっと喜んでくれマス。助けにいった人もきっと幸せになれると思いマス」

 色んな人に聞いて回って、その声の正体を私は知った。
 それはおそらくブリザードドラゴンなのだという。昨年起こったノストラダムスの大予言に現れて、その吹雪の吐息で猛威をふるった竜だ。たくさんの被害が出たということを聞いている。そんな竜は最後にはブランシュ騎士団に追われて地下迷宮に潜り込んで消えたと聞いていた。今は、地下迷宮は騎士団と冒険者によって塞がれ、入ることも出ることも叶わないのだと。
 元々、人を獲物としか思っていない悪い竜だし、閉じこめられたのが騎士団や冒険者によるものならさらに憎悪を募らせているかもしれない。そんなのを助けるだなんて。
 背筋が寒くなる。
 冒険者は集まらないかも。それどころか怒られるかも。捕まるかもしれない。
 それでも、それでも。エウレカの幸せな笑顔を作ってあげたい。

●今回の参加者

 ea1787 ウェルス・サルヴィウス(33歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea9927 リリー・ストーム(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb0346 デニム・シュタインバーグ(22歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3087 ローガン・カーティス(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3525 シルフィリア・ユピオーク(30歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb8121 鳳 双樹(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


「ここが入り口‥‥?」
 ブランシュの騎士は冒険者達を案内すると、確かにそこをノルマン大迷宮と謳われた地下遺跡群の入り口だと言ったが、冒険者はただの岩場にしか見えず、首をかしげるばかりであった。。
「ドラゴンが中にいるから、簡単に出口を破られないようにね、鉄の扉を拵えるくらいなら、自然の力を借りようということさ。そう、レディーが着飾らなくても自然体でいるだけでも十分美しいのと同じ事」
「あら、当然のことを指摘してくださるのはありがたいことですけれど、私の装備を鉄の扉と同等扱いされるのは、心外ですわ」
 にっこり笑って、リリー・ストーム(ea9927)が灰色のマント留めをつけたブランシュの騎士がちくりと嫌味を言った。
「ははは。さて、それでは扉を開きます。ドラゴン退治の勇姿を是非期待していますよ」
 騎士はそういうと、やおら担いでいた槍を構えるとオーラを乗せた一撃を岩の中に打ち込んだ。石と鋼が擦れ合う耳障りな音が響き、ついでその穂先が何かをかち割った音がその中に混ざっていたことに気付く。耳障りな音は消えない。要石を破壊された岩壁は小さな石を安定から追い出し、次の岩へ。連鎖はやがて大きな岩にも及ぼし、大きな入り口へと姿を変えた。



「寒い‥‥」
 遺跡内の冷めたい空気と外気との交換が盛んになっているのか、強烈な風が冒険者の髪を後ろへと吹き流しつつ強烈な冷気が痛みすら覚える。
 岩が転がり落ちていたあたりを通り抜けると、明らかに人の手による平らな石の床が姿を現し、壁も次第に平衡を保つようになった。地図師シェラから遺跡内の地図を照らしてみると、そこが大アリーナ跡の闘技場へと向かう回廊であることが示されていた。
「通常の遺跡では考えられないほどに冷えているな。諸処に霜が降りている‥‥これほどの低温ならブリザードドラゴンが年を越して過ごしていたのもうなずける」
「こんなに寒い場所でしか生きられないなら、外はまだすごく暑く感じられるだろうね。でも、ちょっと寒すぎだよぅ。氷が岩を覆っているところもあるし」
 明王院月与(eb3600)は氷に閉じこめられた岩を拾い上げると灯りの届く範囲総てを注意深く見つめるローガンに差し出した。ローガン・カーティス(eb3087)はしばらく興味深げにその氷付けの岩をみつめると、「なるほど」と小さく呟いた。
「ブリザードドラゴンはやはり外に出たがっていたというエウレカくんの言葉は間違ってはいないようだ。それはブリザードブレスの痕跡だよ。実に面白い。新たな発見の宝庫だよ」
 ローガンの目はきらきらと輝き、まるで少年のようだと皆は思った。その傍ら、氷漬けの岩を手にした月与は、視線をその岩に落として考えていた。氷漬けのそれからドラゴンの激情が伝わってくるようだった。そんなドラゴンを解放すべきか、するとしても時間をおいておくことの必要性が頭をかすめる。
「それなら、ドラゴンはやっぱり冬場に解放してあげた方が良いんじゃないかな? 外は厚くて居られないならここに逃げ込んできたって聞くし‥‥」
「そうはいきません。氷竜に対してアクションを起こすチャンスは真夏の今しかありません。それに真冬になったら、それこそ外に出た瞬間、手をつけられない状態になる可能性もあります」
 月与の思いに毅然とした声で答えたのはデニム・シュタインバーグ(eb0346)であった。眉間に寄せられた皺とその瞳は苦々しいものがうかがえる。一度刃を交えたデニムにとって暴竜がそんなにしおらしくなっているなど考えられないと彼に刻まれた傷がそう言っているのだ。
「騎士団にもいちおう何とかするっていう方向で話をつけているしね。確かに八方丸く収まらないかもしれないけれど‥‥可能な範囲でやるしかないよ」
 ブランシュ騎士団と話をしにいった一人であるシルフィリア・ユピオーク(eb3525)が月与にそう話しかける。
「うん、でも‥‥エウレカくんのお願いを、ちゃんとかなえてあげたいし‥‥」
「少しお会いしてきましたけれど、『大丈夫ですヨ』と。不安でいっぱいのミーネさんをなでてあげたりして。聖なる使徒というのももしかしたらあのような方かもしれません」
 わだかまりを残す月与にウェルス・サルヴィウス(ea1787)は地図を広げながらそう言った。その言葉の端々から、何も心配はいらない。誰かに唆されている節があるようには見えない、ということを暗に示していた。
「それにしてもドラゴンはどこにいるのでしょう。この迷宮は西海岸まで広がっていると聞きます。大きな体をしているので、移動も体を休める場所も限られてくると思うのですが‥‥」
「この先にいると思います‥‥」
 仲間達の会話に静かに耳を傾けていた鳳双樹(eb8121)が小さくささやくようにして言った。目は灯りすら届かぬ回廊の闇を見据えており、その表情は硬い。
「空気が少し動いています‥‥ゆっくりとですけれど、呼吸のリズムとよく似ています。体長10メートル以上ある生き物ならこんな感じじゃないかと‥‥」
 調香師を勤める双樹の鼻は空気の僅かな動きを捉えていた。そこに含まれる様々な香りに生き物の体臭が僅かに含まれていることも。どんなに遠くても、その痕跡から彼女は音よりも遠く離れた存在を察知していた。



 回廊の出口は真白い霧とランプの光すら端に届かぬために作られた闇で彩られていた。空気は吸い込むだけで肺が凍り付きそうなほどで、回廊よりさらに気温が下がっているように感じられた。
「地図からすると、アリーナですね」
 ウェルスは地図を確認しながら、なんとか、その情報を確定させる視覚情報を探し求めようとするが、霧に覆われた世界ではそれはほとんど不可能だ。
「なんでこんなに真っ白なんだろう‥‥」
「どこかに外気と交わる場所が他にあるのかもしれないな。外からの水分を含んだ空気が流れ込み、この冷やされた空間で霧となっているのだろう。外は外で雨かもしれないな」
 そんなやりとりの間でも、二人の視線は交わらない。それは他の仲間も同様だ。
「シェアト姉さん、壁際によってください」
 デニムがすっと壁から手を離し、シェアト・レフロージュ(ea3869)をそっとカバーできる位置に立つ。その手には剣がもう収められており、いつでも戦闘できる態勢だ。
 そう、皆の耳に風切り音と同時に、霧が大きくゆらぎ、隙間から巨大な影が暴風とともに姿を現した。
「いよいよおでまいかいっ」
 白い霧の中から突如姿を現したブリザードドラゴンは前足をアリーナの壁にかけ、鎌首をもたげた状態で顎を広げていた。尾の方は白い霧に埋もれたままで、はっきりとその姿を総て捉えることが出来ないが、見える部分だけでも7メートルはある。
「狭いところはうんざりでしたけれども、これならもう少し狭いところの方が良かったですわね‥‥」
 矢面に立ち、盾を構えるリリーは臓腑がきりきりと痛むのを微かに覚えながら、そう舌巻いた。真上からブレスを吹き付けられては仲間の盾にはなれない。
 バクンっ
 途端に白い霧が再び凝固し結晶化する、甲高い音が響きはじめる。
「散開しますっ。シェアト姉さん、下がっててください」
 デニムがすぐさま剣を持ったまま側面に走り、ブレスの狙いを少しでも仲間から外そうといつでも斬りかかれるように普段は滅多にみせない大きなスウィングで威嚇をする。同時に、シルフィリアと月与が盾を並べ掲げ、後衛を守る態勢をつくった。ローガンはブレスにタイミングを合わせて魔力をぶつけようとタイミングを見計らい、ウェルスはグッドラックで援護をはじめる。
 話などとてもできる状態ではない。

「そぅ。我らは仇敵のごとく されど汝 思い出したまえ
 内なる炎はいかほどか 身を焼く思いは 誰がために」

 低く問いかけるような歌声が、戦場独特の空気に滑り込むようにして耳に届いた。
 一人、シェアトは手を広げドラゴンに語りかける。彼女は一人構えることもせず、まるでここが戦場になろうとしていることをしらないようだ。だからこそ、皆の目がシェアトに釘付けになる。ドラゴンでさえも。歌声は次第に彼女を取り巻く月の力を借りて心の中に滑り込んでいく。

「そぅ。我らは怒りにまかせ されどそなた 思い出したまえ
 清水の如き智恵は湧いずむ 声を聞かせたもう よりべにて」

 沸き立つような空気はいつのまにやら消え去り、冷たい空気が漠々とした空間をゆらゆらと練り歩いている。憑き物が落ちたような顔でこちらを見つめるドラゴンにシェアトはにっこりと微笑みかけた。
 戦は回避されたのだと悟った双樹は、オーラテレパスを発動して、言葉をかける。
「私は鳳双樹と言います。私達に貴方と戦う意志はありません。どうか話を聞いてください」



「どこから来たのですか? なぜこんなところへ来たのですか?」
 ドラゴンはその言葉を聞いてひどく不機嫌そうに鼻をならし「北から呼ばれた」と答えた。
「フランク王国の高山地帯にブリザードドラゴンが住んでいると聞いたことがあります。山が急に吹雪きだすのは、ブリザードドラゴンが悪さをするからだとも」
 シェアトが双樹にそっと耳打ちをして、手に入れていた伝承知識を伝えた。
「その大きな翼に相応しい大地を用意するとデビル共は言った。だが、実際はほんの一瞬だけ、まるで朝日に溶けた露のようなものだった!!」
 ブリザードドラゴンはドラゴン族でもその翼による飛行能力に長けている。だが、実際生息できるのは年中雪と氷に覆われた高山のみである。長年生きれば、外界への羨みも自然と生まれてくるのだろう。デビルがそこにどんな言葉で話を持ちかけたのかはカタリベのシェアトにはまるでその場にいるかのように理解できた。
「貴方の声を聞いた人がいます。その言葉を信じて私達は此処にいます。その人の言葉と貴方の叫びに応えたいと思って私達は来ました」
「声を聞いた?」
 双樹の言葉に、ドラゴンはまた不機嫌な声色で答えた。
「ここから出たいと。大空への思いを」
「馬鹿馬鹿しいっ! 虚仮にするつもりかっ」
 愚弄されたものだと錯覚したのか、ドラゴンは吼えた。
「ドラゴンは大変プライドが高い。正直に話しても逆におかしくなることもあるぞ」
「ご、ごめんなさいっ。でも‥‥」
 弁解する双樹の言葉に皆がぴたりと止まった。言ってもないのなら、助けを求めていたのは違う存在か? その疑問にウェルスは祈りの手をこめて言った。
「エウレカさんは聞こえないものが聞こえるのかもしれませんね。心の内ではなく、啓示にもにたものを‥‥」
「わかる気はします‥‥ドラゴンさん。敵対しててもお互いに益はないと思います。もう人を傷つけないと約束してくださるならここから出て自由になれるよう協力します」
 双樹の言葉にドラゴンの動きはぴたりと止まった。
「ふふ、ふはははははっ。おもしろい。いいだろう。こんな地底には飽き飽きしていたところだ。よかろう!」
 その言葉に嬉しさがにじんでいることは、竜の言葉がわからなくてもその動きで十分うかがい知ることはできた。話が決着したことで、冒険者達にも若干の安堵がひろがる。だが、まだ安堵しきれない者も数名。
「それでは私たちがあなたに名前をプレゼントします」
 シェアトがデニムにささやきかけ、そしてドラゴンにテレパシーで伝える。
「名は貴方に力を与え、そして名をもって約束は絆へと変わります」
 デニムが剣を掲げ、ゆるりと鼻先にその剣を静かにおくと、高らかに宣言した。
「騎士デニム・シュタインバーグの名において、汝に『リンドヴルム』の名を与える」



「ははは、空だっ!」
「うわ、すごい雨。どうなってるの? 入る時は雨雲なんてどこにもなかったのに」
 入ってきた出口は川のように水が流れ落ちるほどで月与は思わず目を丸くした。入り口のあたりに吹き荒れていた風は相変わらずだが、その風の音の向こうからはひどい雷鳴や、雨音が絶え間なく響いてくる。思わず呆然とする月与に鋭くシルフィリアの檄が飛んだ。
「それよりほら、足場に気をつけるんだよ。リンドヴルムも出口だからって喜ばない。デビルがまだそこにいるかもしれないんだよ」
「関係あるものか。出会えば即座に八つ裂きにしてやる」
 リンドヴルムは我先にと出口を駆け抜けるとひどい雨を遮るように真白い皮膜を大きく広げた。途端に雨の音が遠ざかり、この竜に守られているような錯覚を覚えた。
「礼を言うぞ。そうだ。先ほどいたところを探すと良い。この巣穴で見つけてきた宝がある。最早必要のないものだ。適当にもっていくがよい」
 リンドヴルムはそう言うと、バンっと勢いよく翼を広げ、あっという間に高空へ消えていく。
「デビルとの戦いがあれが呼ぶがよい。何千何万のデビルでも蹴散らしてやろう。リンドヴルムの名においてっ!」
 その言葉を残して、リンドヴルムは暗闇の雲を突き抜けていった。黒雲に開けられた穴は次第に広がり、見上げる冒険者達に日差しが差し込んだ。
 そして。



「ミーネお姉サン。雨がやみましたヨ」
 部屋の中に差し込んだ夕日の光がいつの間にやら眠り込んでいたミーネの顔を強く照らす。
「え、あ‥‥あたし、寝てたんだ」
 夜になっても朝になっても不安で眠れなかった。ひどい無茶を冒険者にお願いしたのだから。彼らはそれを承知で旅立っていった。その心遣いがたまらなく嬉しくて、申し訳なくて。帰ってきたらすぐ迎えられるようにとしていたつもりだったが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
 ミーネは慌てて立ち上がると、窓の側に立った。
「エウレカ!! 見て!」
 ベッドに座るエウレカを助けながら、ミーネはもう一度、窓から見える光景に見入った。

 黄金の空をキャンバスにして、大きな虹がかかっている。あれだけあった雲は一つもなく、虹はくっきりと大地の果てから、空の彼方を越え彼方へと美しい半円を描いている。厚みもある特大級の虹がそこにあった。

「うわぁぁ‥‥。冒険者のお兄さんお姉さんが、解放してくれたのデス。虹はそのお礼なのです♪」
「うん、私もそう思う。きっとこの虹に乗って帰って行ったんだよ。エウレカ。みんなを迎えに行こう!」
 ミーネはテーブルにおいた袋をひっつかんだあと、すぐさまエウレカの元に戻り、彼を背負って外へと飛び出していった。
 走る最中、エウレカがミーネの手にもつ袋を指さして問いかけた。
「その袋なんですカ?」
「宝石だよ。あたしはエウレカみたいに幸せを気づかせる力はないけれど。でも、気持ちをこめたプレゼントはできるかなって。お詫びとお礼とそれからそれから‥‥あ、エウレカ! あそこ」
 街の出口。平原が広がる景色に虹はますます大きく見える。
 その向こうから人影がいくつかみえた。
「おーい、おーーーーい!!」
「おーーーイ」
 虹の下、いくつもの人影が集い合う。