生きる道(みち)
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:DOLLer
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 86 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月23日〜08月27日
リプレイ公開日:2005年09月01日
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●オープニング
「ミーファ! 何をしてるの!?」
姉は部屋に入って来るなり、そう怒鳴った。感情が強く露出されたためか甲高くなった声は、お世辞にも耳障りが良いとは言えなかった。
それでも慣れているのか、気にしていないのか、我慢しているのか、ミーファはいつもと変わらない表情で姉に向き直って、答えた。
「荷物の整理よ。私、ここを出ようと思って」
「な‥‥」
努めて軽く、極々自然なことのように話したつもりだったが、姉はその言葉の重さを違うことなく受け止めていた。その衝撃で口がしばらく動かない。色んな言葉が駆けめぐり口をついて出ようとするが、姉は深い呼吸をして、言葉と感情の波をゆっくりと沈めた。
「‥‥どうして?」
「私、音楽の道に進むことができて本当に良かったと思ってる。これからも続けたいと思ってる。だから、ここを出たいと思うの」
意志のこもった瞳が、姉の胸に突き刺さった。ミーファがこんな目をするのを見たのは初めてな気がする。その変貌に驚きを覚えながらも、姉は冷静に言葉を紡いだ。
「音楽の道を進むことに異存はないけれど、それと家を出ることは関係ないでしょう」
「あるわよ」
ミーファはぽつり、と呟いた。
「家のどこに目をやったって、タロン様のことばかりじゃない。でも『黒』の教えを継ぐに値しないといわれた。なのに、どうして『黒』の教えばかりの家にいないといけないの?」
「あなたが、本当の強さを得るために、よ」
「本当の強さというなら、外に出るべきだわ。音楽の道に進むことに異存はない、というのなら、このまま家を出させて! 私に生きる道を!!」
ミーファは叫んだ。懇願にも近い、涙のこぼれそうな訴えだった。
もうずっと溜め込んできた痛みが吹き出したのだろう。その声は悲痛だった。今までずっと『黒』一筋で来たのだ。心が完全についてこれていないことが、姉には手に取るようにわかった。
風一つ、聖書がめくりあがるだけで、彼女は楽譜よりも聖書の言葉が浮かび上がるのだろう。歌の材料を探すときにも、『黒』のシンボルが目に入ればきっと教えが蘇るのだろう。
胸の痛みに共感を覚えながらも、それでも姉は首を横に振った。
「ミーファ。家を出ることは許されないわ。頭を冷ますまで、外出も許可しません。言いたいことがあるなら、父さんや母さんが旅から戻ってからにしなさい」
姉はそれ以上話すこともなく、部屋の扉はしめられた。
「冒険者ギルドにこのお手紙を渡せば良ろしいのですね?」
「はい、お願いします」
ミーファは部屋の窓からメッセージをしたためた布を渡して、頭を垂れた。
「構いませんよ。これもセーラ様の与えたもうたご縁です。ばっちり任せてください」
受け取ったのは、買い物篭いっぱいに食べ物を詰め込んだ、『白』の僧侶だった。彼女が偶然通りかかったのをミーファは見つけ、お願いしたところ快諾してくれたのだ。それどころか、人なつっこい笑顔を浮かべて、ミーファに対して祝福の印を切ってくれた。
「あなたの願いが叶いますように‥‥」
願いが叶いますように。ミーファもそう願わずにはいられなかった。
そして一つ目は、『依頼人に間違いないこと、確認しました』と窓辺を訪れたギルド係員により叶った。
この先は‥‥
●リプレイ本文
●月夜の使者
風のない夜。歓楽街ではまだ喧噪の灯りが漏れているのが、住宅街であるこちらはもう、その灯も落ち寂々とした闇がしたたっていた。細く欠けた月だけがやたらに眩しい。
そんな夜景をミーファは眺めていた。外は静かだが、心の内は嵐のような風が吹いていた。この風にのって天空に舞い舞う瞬間を待つ竜のように。
ふと、何かが風に揺れた。
いや、何も揺れていない。一陣の風はミーファの心に吹いたのだ。
『ミーファさん、聞こえますか?』
セフィ・ライル(eb2375)の声がミーファの心に響いた。
「聞こえるわ。その声はセフィさんね。貴女が来てくれるなんて! リューフィスの音色は私の耳の中にまだ鮮明に残っているわ」
『ありがとう。今からその部屋に入りたいの。縄ばしごを投げるから、柱か何かに結びつけてもらえるかしら?』
了承するや否や、夜闇のから風を切る音がし、部屋に縄が飛び込んできた。勢いを失った縄が闇に引きずり戻されるのをあわてて握りしめると、縄越しに人が握りしめている感触が伺えた。
「シャルルが貴女の未来を切り開くお手伝いをいたします」
縄ばしごから伝ってやって来たのは、鎧に身を包んだ青年の騎士シャルル・マルセイエーズ(eb3224)であった。優しい微笑みを浮かべながらもりりしさを失わせない立ち居振る舞いに、ミーファは軽く頬を染めて、言葉に応対してお辞儀をした。
「なんだか、悪い魔法使いに捕まった王女の気分だわ」
「困っている人がいるならばその場所に向かって話を聞くべき‥‥と思っていたけど、あんまり困っていそうにないわね」
そう笑いかけたのは、窓から続いて入ってきたラシェル・ラファエラ(eb2482)である。その姿は、普段の姿とは全く違い、黒っぽく動きやすい服は周囲の闇に溶けて、ほとんどその姿を捉えさせない。
「『白』のクレリックとは思えない出で立ちですね」
そばで困ったような、楽しそうな、そんな声で話しかけるのは セフィ。彼女は普段着であり、また愛用の竪琴も窓からか細く差し込む月光にさらされて美しく輝いている。
「ラシェルさん! 会いたかった!!」
ミーファはラシェルにひしり、と抱きついた。彼女にとって暗く重たい時期からずっと支え続けてきてくれたラシェルが今ここにいてくれることは本当に大きな喜びであったのだろう。
「ありがとう、私も会いたかったわ」
黒い服に顔を埋め、明るい金の髪がなびく様子は窓に垂れ落つ月光のよう。ラシェルはそう思いながらも、聞かねばならぬことを思い出して、そっと彼女の顔を上げた。
「ミーファ。本気で出ようとするなら具体的なことを示した方が良いわ。住む場所、どうやってお金を稼ぐか、家事は出来るのかとか、ね」
ラシェルの問いに小さな沈黙が訪れた。その間の中で、シャルルは深く唸った。
『後々のフォローを考えておられたのですね。自分は救出の事ばかりを考えておりました』
「楽器演奏で少しは稼げるようになったわ。家事は‥‥全部できるか、といわれたらお茶を濁すしかないけど、一人で生活するくらいなら大丈夫よ。最近、この部屋で使わせて貰っているのは絨毯と扉くらいなものだから」
そう言われて、セフィは闇に紛れた部屋の品々を眺めた。部屋に置かれた調度品の数々はきちんと整頓されているが、確かにそこに生活感というものは何一つ感じられない。長い間放置されていたような、そんな雰囲気がただよう。
「部屋のものは‥‥何一つ使っていないのですか?」
「何一つ。椅子もテーブルも。私の使っているものは全部、自分の鞄の中よ。寝るときも自分で買った毛布使っているの」
改めて見れば、確かにベッドさえもシワ一つ無い。この部屋は本当に時が止まったままだったのだ。それが良いのか悪いのか、セフィには判断は付かなかったが、その決意の深さだけは伝わってきた。もはや彼女の心はこの家から出てしまっているようだった。
「そこまで決心なさったのですね‥‥分かりました、微力ながらお手伝いさせて頂きましょう」
セフィはラシェルと目配せをして、頷いた。
「ただその前に一つ。その意思を私に預けて頂いて構いませんか?」
「というと‥‥?」
「ご両親に理解してもらって、玄関から堂々と出てもらうってこと」
ラシェルはそう言って、にっこりと微笑んだ。だが、その微笑みの中に切実な願いを込めていたのだが、それはミーファに届いたのだろうか。とりあえず、ミーファにはまた明日伺うことを告げて、冒険者達は姿を再び闇へとくらませた。
シャルルは今宵の出来事は決して夢ではありませんよ、と告げてくれたのが、ミーファの耳に残った。
●太陽の使者
メイドが今日も訪れた栗色の髪をした少女の姿を見つけて、相好を崩して笑顔を浮かべた。そして、館の方に声をかけると、今度はもう一人女性が靴職人パラーリア・ゲラー(eb2257)の前に姿を現した。
「はい、今日は特別いい靴を持ってきたんだよ。お姉さんにも是非確認してもらおうと思って」
ミーファの姉はストイックな雰囲気を漂わせる女性であったが、パラーリアはそれを気にする様子もなく、彼女手作りの靴がいくつか並べられた。足下を鮮やかに照らすような色合いの靴は、目の前の女性を引き立たせるのに十二分に力を発揮しそうだった。
だが、姉は手に取ったものの複雑な顔をするばかりだ。
「確かにとても綺麗ですが、私が履くには少しどれも合わないようですね‥‥?」
眉をひそめる姉に対し、パラーリアはにこり、と笑って応えた。
「人はその人のサイズにあった靴でないと、履くことも歩くことも難しいよね。あたしには難しいことはわかんないけど、人にはそれぞれの靴があって、それを履いて外にいくということはタロン様が与えた道であり、試練ではないのかなあ」
胸に深く突き刺さる言葉だった。呼吸も忘れ、動きを止めてパラーリアの瞳を見つめた。大きな茶色の瞳は凍えてすくむ瞳に、優しく暖かい眼差しを向けると、それ以上は深く言わず、並べた靴を片した。
「ちゃんとした大きさの靴、確かあったはずだから持ってくるね。ほらほら、元気をだしていこ〜♪」
二人の体勢が整う前に、パラーリアは軽い足取りで、瞬く間に姿を消してしまった。そしてそれて入れ替わるかのように青年が二人、こちらにやって来るのが見えた。ウェルス・サルヴィウス(ea1787)と十野間 空(eb2456)である。
彼らがどのような用件をメインにしているのか、姉は直感した。
しばらく、緊張した空気が流れるも、ウェルスの「お話をさせていただけませんか」という言葉に、姉は細く、そして深い息をついて、了承した。
「父と母は他国に出て、半年の間は戻ってこられません‥‥留守を仰せつかっております私がお話を伺うということでよろしゅうございますか?」
「はい‥‥」
ウェルスは強ばってゆく心の壁を感じながらも、静かに頭を垂れた。
「以前、音楽の道に進むミーファさんに微力ながら協力させて頂きましたものですが、彼女の様子はいかがですか?」
応接室にたどり着いて最初に切り出したのは十野間だった。言葉にも雰囲気にも角一つたたぬ柔らかい言葉遣いであった。
「おかげさまで、あの子の音楽の腕前は相当なものになりました。愚妹に光明を与えて下さいました諸氏には深く敬意と感謝申し上げます」
姉もまた、やんわりと十野間に対して応えたが、高まる緊張感は誰にも感じられた。十野間は言葉をゆっくりと選定しつつも、姉に向けて真っ向から思いを紡いだ。
「彼女が爪弾く様子を見れば判るように、張り詰めたままでは持ちません。張りっぱなしの弦は次第に伸び切り、いずれ断ち切れてしまいます。今の彼女には、心の整理をする時間が必要なのです。私は、彼女が自らに向き合い、選んだ道を進む中で、幼き日からひたすらに積み重ねてきた黒の教えは、きっと知識ではなく実践という形で彼女の中に芽吹くのだと信じています」
十野間の言葉に、姉は黙って聴いていた。膝の上に置いた手が、言葉の中でもどかしそうに強く握りしめられる。彼女にもその言葉に込められている真実は十分と言っていいほど、伝わっているようであった。
「おっしゃることはよく存じております。ですが、あの子の視野は狭窄されています。ミーファはまもなく自分の手で自分の弦を断ち切ってしまうでしょう。私は縁者として、看過することはできません」
その言葉に触れて、ウェルスが重たく口を開いた。伝える言葉の一つ一つに重みを感じながら。
「ミーファさんは、音楽の道に進む厳しさも‥‥ご家族との絆を失うという痛みを負うことさえも覚悟の上で、ご自分の足で歩くことを決意されたのです。その強さを、信じてはいただけないでしょうか」
家族の理解を得られなければ、ミーファが本当に家を出るという意味にはならないだろう。ましてや昨夜他の冒険者に語ったミーファの決意を聞かされた以上、全力で手伝いたい、ウェルスはそう思っていた。
「『生きる道』」を追求する事こそが試練であり、その過程が黒の教えの実践であり立ち向かうである事を理解してあげてください」
長い沈黙が続いた。誰も発言を許すことのできない強制力のある沈黙が、そこにあった。やがて姉は懇願するような目つきで、二人を見た。
「ミーファを助けて下さいますか?」
「全力で助けさせて頂きます」
●明日への使者
「行ってくるね」
ミーファはすっかり旅衣装になっていた。足元は真新しいブーツで彩られている。そんな彼女の周りには何人かの冒険者がいた。
「気を付けるのよ」
姉はそれだけしか言えなかった。心の中で、タロンの名を繰り返しながらも、それはついに口にすることはできなかった。
そしてミーファは踵を返し、家元を離れていった。振り返ることなく、力強く。
「いざ参らん、未来は貴女の為にある‥‥」
シャルルの声が高く響いた。