好(酔)い酒を伝えたい
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■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:4人
サポート参加人数:2人
冒険期間:08月30日〜09月04日
リプレイ公開日:2008年10月24日
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●オープニング
「マスター。いつものをよろしく」
店に入ってきたかと思うと、それだけを言って金貨を置いて消えていく。マスターは注文された酒をその人の家まで届け、空いた樽を回収していく。名前を聞いたことはない。職業も全く知らない。言葉がほとんど交わされることもないにも関わらず常連客、というのは多くはない。
だが。きっかり一週間に一度、大樽に入ったワインを注文していく氷で作ったナイフのような印象が残る美人の女性であるというのは彼女以外にはいなかった。
今日も女はやって来た。
店内はいつもと違い、ジャパンでよく見られる柄を多く取り入れた布がテーブルに積まれ、着物も何着か用意され、西洋の雰囲気から、東洋の雰囲気へと塗り替えられようとしているその作業中にもかかわらず、彼女はそれを一瞥するだけで歩調をゆるめず、カウンターへとやってくるとお決まりの文句を伝える。
「マスター。いつものをよろしく」
「姉さん。毎回大樽一つ頼んでいくけれど、大酒飲みが多いのかい? そこんじょそこいらの『うわばみ』だって、そんなにのまねぇよ」
「あらそう。最近のうわばみは蛙に落ちぶれたのね」
「蛙? ああ、ゲコゲコ(下戸)鳴くってか」
会話をするのはそれが初めてだった。
見た目通りの陰気な女ではあることは間違いないが、すぐさまジョークを言える程度には会話になれているようだ。だが言葉尻からは人を見下しているというか、嫌っている雰囲気が感じ取られた。酒が唯一の友達、といったところなのだろう。仕事も何をしているか分からないが、月に大樽を4つも空ける程度には稼いでいることから、あまり人のやりたがらないような仕事でもしているのだろうか。
「蛙にも蛇にもそれに合った酒を売るのが、ウチの商売だ。だがね、酒にはもっと美味しい飲み方もあるんだぜ」
「私に説教する気?」
剣呑な蛇のような目つきがマスターを睨んだ。よく見れば女の瞳孔はやや細く、まるで猫の瞳か、本物の蛇のようであった。にらまれるだけでマスターの背からどっと冷たい汗が吹き出してシャツを濡らしていくが、マスターは笑顔を絶やさなかった。これも接客業の中で手に入れた武器だ。相手にひるんだ姿を見せてはならない。にしても女の睨みはそこいらのちんぴらよりずっと肝を冷やす。
それにしても不思議な魅力を感じさせる。禁断の箱がパンドラに囁く言葉にできない甘い誘惑のようだと、マスターはわかっていても。
「いやいや、酒を飲むなと言っているんじゃない。どうせ飲むなら楽しく飲んでみないかって誘ってるのさ。見ての通り、今度うちでね、パーティーをするんだ。ブラン商会さんとの付き合いで、ジャパンの酒や着物も用意してのジャパン風パーティーってものさ。夏の月夜を眺めながら酒を飲む。どうだい?」
「ご遠慮しておくわ。もっと宴にふさわしい人を誘うべきね」
とりつく島もなく女はさらりとそう言うと、そのまま店の外へと消えていったが、マスターはその背に向かって「待っているよ」と声をかけた。
その声が彼女の耳に届いたか、どうなのか。分からずじまいに女の姿を隠した樫の扉を見やりながら、マスターはゆっくりと自らの席に座った。そこに一部始終に耳を立てていた客の一人が声をかけてくる。
「あ、あんた。ありゃ氷の女、異端審問官のディアドラ様じゃないか。デビルを殺すためなら百人の犠牲も厭わないといわれている女だよ。あんなのに関わっていたら、あんた拷問にかけられちまうぜ」
「はぁ、異端審問官か。そりゃあんな空気纏うわな。‥‥だがな。酒屋ってのは酒を売るだけが商売じゃないんだ。酒の良さを知ってもらうのも役目なんだよ。売っていれば分かる。あの女は酒で気を紛らわせているだけだ。だが酔えねぇからひたすら飲み続ける。それも悪くはないが、いつまでもそんな飲み方してると、飲む方も飲まれる酒も可哀想だ」
マスターは座ったばかりの席を立って、勝手口の扉を開ける。
「ちっと冒険者ギルドんところ行ってくるわ」
「まさかあんた‥‥!」
「こンな『危険な冒険』を任せられるのは冒険者しかいねェだろ。お節介焼きもいいところだが、大事な客がうちの店の商品で体を壊されたら、それこそ信用問題だぜ。ま、おまえは店と俺の命が潰れないように祈っててくれよ。ついでに寄附代わりに溜まってるツケも払ってくれるとありがたいんだけどな」
マスターは笑って、そして冒険者ギルドに向かった。
●リプレイ本文
ディアドラ・カートラインの部屋はひたすら質素であった。何もない、という言葉の方が近いように皆は思った。シンボルが正面に一つ掲げられ、その他には机とベッド、そして酒樽。部屋にはそれ以外の家具と呼べるものは存在していなかった。
「私に何の用事かしら?」
日も落ちた頃、部屋に戻ってきたディアドラはそう問いかけた。仕事が終わって疲れている頃だろう。冒険者は不機嫌な顔と声を考えていたが、彼女は薄い微笑すら浮かべて迎え入れてくれた。
「あの、今日は何か良いことあったんですか?」
酒場のマスターから聞いた不機嫌のあまりに人を呪い殺してしまいそう、という様子からはかけ離れた様子にシェアト・レフロージュ(ea3869)は尋ねた。
「そうね。あるとすれば、あなた達が来たということかしら」
冒険者と出会えたことが良かった。
冒険者冥利に尽きる言葉である。皆は思わず口をほころばせたのは一瞬だけであった。
「近年のデビルの騒動には必ず冒険者がかかわっている。冒険者の注目度は急上昇。国王も酒場に労いにかけにくるほど。そう、まるでできすぎなくらい」
「そ、それって冒険者の中にデビルがいるような口ぶり‥‥」
そこまで呟いて、リン・シュトラウス(eb7758)は、ディアドラの笑顔の真相にようやく気がついた。この場合、怒ったり、不審な顔をされるよりずっとたちの悪い笑顔だ。
そう、どこにいるかもわからない、存在しないかもしれない悪魔の影をおびき寄せるダシにしようというのだ。この氷の魔女は。
笑顔が壊れそうになるリンに対して明王院月与(eb3600)がサポートする。
「大丈夫、そんなことないよ。あたい達もデビルに色々と辛い目にあわされて、追いかけて‥‥その結果の今だから。それに完全に追い払えたわけでもないし」
「‥‥どこもそんなものね。それで、今日は何の用事?」
一瞬だけ、アイスブルーの瞳に暗い影を落としながら、次の瞬間には皆がある程度予想を立てていた、少し不機嫌そうでやや見下した態度の、彼女の姿が戻ってきた。
「お話ししませんか? 一風変わった場所で。ほんの少しでも旅気分が味わえるように」
「場所はディアドラお姉ちゃんが時々通ってるお店だよ。きっと開放的で美味しいお酒の飲める場になってると思うから物は試しにね」
「遠慮しておくわ。お土産だけもらっとくから」
二人の明るい笑顔と言葉にディアドラの機嫌はもう一つ悪くなったようだった。シェアトから差し出されたチーズをとろうとしたディアドラの手がふい、と空をつかむ。チーズはまるでその動きを読んでいたかのように、シェアトの頭の上に移動し、彼女の両腕がそれを支えている。シェアトはそのままの姿勢でもう一度笑いかけた。
「ちょっとみない間に、根性悪くなったわね」
「ふふふ、ちょっと話が聞いてみたくなりませんか?」
「その酒場で、利き酒大会も開催されるそうです。よ、よかったらいかがでしょうか」
うまく心を揺り動かしたところに、リンがおずおずとしながらも畳みかけると、ディアドラの耳がピクリと動くのを彼女は見逃していなかった。酒でもつまみでも大して興味なさそうな様子だが、心の奥底はそうでもないような感じである。
「いいわ、付き合ってあげる。ただし、それ相応の覚悟はしてもらうわよ」
●パーティー
酒場のそれはすっかりジャパン風の飾り付けが終わり、『チョーチンランプ』が連なり独特の賑やかさを醸し出す中、浴衣や着物を着た男女が徳利片手に、楽しげに会話が交わされていた。まだ数は少ないけれども、東方の民族衣装は数が少なくても十分に目を引いた。
「なんか本当にジャパンに帰ったみたい」
出身は華国だけれども、両親の祖国がジャパンなだけに月与は心が自然とうきうきとしてくるのを隠せずにそう言った。
「そういえば、ディアドラさん。最近、ブランシュの方々が少し変わった変装をされたのだとか」
浴衣を眺めていたリンが思い出したかのように振り返り、そう問いかけた。
「聞いた話ですけど、最近ブランシェの方が意外な変装をされたとか‥‥たしか橙分隊さん」
「装備が白いといっても、中身はそうでもないようね」
率直に言うと、色物ばっかりね、である。公的な、しかもノルマンでは最強を謳われる騎士団でさえも、ディアドラに言わせればひどい言われようで、思わずシェアトが割ってはいる。
「非常に親しみがあるってことですよね。私も聞いた話ですけれど、どこか掴み所がなくて、でも飽きさせなくて、と。」
「騎士らしいキーワードじゃないわね。だいたい私の仕事では潜入や囮なんて必要性ないもの。悪魔信仰などに手を出した輩を追い込んで追い込んで‥‥魂の底に恐怖をすり込んでやるのが仕事だもの」
「聖職者とは思えない‥‥これではどっちがデビルかわかりませんね」
ぼそっと本人には聞こえないようにリンが呟いた。いつも身に着けている真白い大仰な外套も威圧感を作り出すのがメインなのだろう。彼女に目をつけられた異端者は不憫なことだとつくづく思う。
「と、とりあえず中に入りましょう。利き酒大会もうすぐですよ」
店のカウンターには所狭しと様々なボトルが並んでいる。ステンドグラスを思わせるものもあれば、革袋に詰めただけものもあれば、ミニチュアの樽に入ったモノもあればとその姿は多種多様だ。
「何するの。これ」
呆れた様子で、酒の山を見つめるディアドラに月与がこっそり耳打ちをする。
「お酒をちょっとずつ飲んでね、その種類とか銘柄とかあてるんだよ。またテーマにそってたとえばジャパン料理に合うお酒を選んだりとかして、みんなでお酒をより楽しもうっていう大会」
「え、くだらない趣味の蘊蓄発表会ですって?」
月与の言葉がよく聞こえなかったかのように問い返しながら、その実、悪辣な言葉を投げ返す皮肉の高等テクニック。
月与は苦笑いしながらも、まあまあ、となだめながら、目隠しをして、小さなカップに酒を注いで渡す。周囲でも挑戦者が早速同じ酒を味見して、これはボルドーだとか、ブルゴーニュだとか騒いでいる。
「さて、ディアドラさん。何のお酒でしょうかー?」
「ワイン」
身も蓋もない。
「あ、あの銘柄とか‥‥」
「ワインはワインよ」
改めていうが、身も蓋もない。
「えと、答えは、ボルドーワインでした。神聖歴999年。冒険者が華々しい活躍をはじめた年でもあります。冒険者にかんぱーい」
かんぱーい、という発声の後に、観衆の希望者にも同じワインが配られ、皆で話題に花を咲かせる。本来の味を見たり、将来性や出来具合の判断に使う利き酒とはずいぶん違うが、今日の基本はお楽しみパーティーなんだから気にしない。
その横で、ディアドラは次々と酒を見ていく。
「ワイン」
「甘い酒」
「においがするだけの酒」
「辛い」
「マズい」
「水」
もはや利き酒ではなくなっている。ワイン以外になるとその酒の名前すら適当である。
「ねえねえ、もしかして‥‥ディアドラお姉ちゃんってただお酒を飲んでいるだけで、種類とか気にしてないんじゃ‥‥」
「そういえばマスターが、酔えないから飲んでいるとか言っていましたが、そうなのかも‥‥にしても、どこにあんなに入るのかしら。胃袋に穴が開いているのではなくて?」
リンがぽそりと毒舌をみせるように、普通利き酒では捨てていく酒を彼女は片端から飲んでゆく。ジョッキ一杯では足りない量を平気で胃の中に納めていく様子は、見るモノを震撼させた。
●人心地
ようやく一息ついたのか、それとも一通りの酒は総て飲み尽くしたからか、ディアドラは月与の作ってくれた料理をつまんでいた。周りには浴衣を着た人々もずいぶんと増え、ジャパンパーティーにふさわしい装いを感じさせる。もはや浴衣を着ていない方が珍しくなり、ディアドラはその威圧感あふれる衣装と相まって一人浮いているようであった。
「それにしても料理上手ね。手先も器用だし、冒険者なんかさっさと引退してそのテの仕事についた方がいいんじゃない? これだけの力があるなら普通に幸せに暮らせるでしょ」
浴衣を着た人の髪を結っている月与の様子を見ていたディアドラが独り言のようにしてつぶやいた。
「えへへ、ありがとっ。何れは‥‥って思うけれど。そうだ、ディアドラお姉ちゃんもどお? 前にも髪結いのお手伝いをしてみんなからも喜ばれたんだよ」
「ジャパン人の真似事をするつもりはないので、結構」
次第に自分が浮いた存在となってきているというのに、全く意に介せず自分のスタイルを貫き通すとは。様子をうかがっていた店長及び冒険者達は密かに舌打ちをした。
「別に真似事じゃなくても。気持ち的に涼しくなれますよ?」
「涼しくなる必要なんてないもの。そもそも暑くもならない」
シェアトの言葉に、ディアドラはワインの水面を見つめていた。一抹の寂しさにも似た表情がちらりと見える。
酔えないから飲み続ける。マスターの言葉がシェアトの脳裏に蘇った。心の奥底で化膿していくわだかまりを酒で消毒しているのだろうか。
そんな姿を見たシェアトは一瞬、真一文字に口を結ぶと、いつにない笑顔を作って新しいワインのボトルをディアドラに差し出した。
「何時かその時が来たら祝福してくれるって言って下さいましたよね? 神様には報告出来ませんでしたけど 形にはしてきました。そんな訳で お祝いも兼ねてこっそり一緒に飲んで下さい」
勢いの変わったシェアトにディアドラは一瞬目をぱちくりとさせるが、とりあえずワイングラスに並々と注ついでいく様子に薄笑いを浮かべた。
「そう、それはおめでとう。相手がデビルに唆されるようなことがあったら私にいいなさい。生きたまま煉獄を体験できる方法を教えてあげるから」
皮肉屋さんであることは熟知したシェアトは全然嬉しくないお祝いメッセージを笑顔で受け止め、小さく乾杯する。
「そうだ、リンさんは最近どうされていたんですか?」
「さ、最近ですか? 私は吟遊詩人をしながら月精龍とお話ししてばかりでしたけれど。あとは、えと、盗賊と結託していたろくでもない宝石商人の相手をしたりとか」
「それよりかは貴方の遠縁が追いかけているデビルの話を知りたいわ。人形師失踪事件の」
「なんでその中に縁者が居ることを知っているんですか‥‥もしかして、ストーカー?」
「そう言われても仕方ないわね。デビルに関与した人間はある程度知っておかないといけないもの」
「変態はイギリスに移住すべきでは‥‥遠縁の彼も」
明るいとは言い難い雰囲気だが、ディアドラが少し饒舌になっている様子をみて、冒険者達は順番に席を立っていく。
●
「ワインは浴びるように飲むべきですよ」
「浴びるほどには飲んでいるつもりだけど。あなたの方が足りてないわ」
女性冒険者が席を立っている間、少年とほとんど飲み比べといってもいいぐらいにワインを煽りながら、話し合っているディアドラの視界に鮮やかな花が飛び込んでようやく彼女は顔を上げた。
紫陽花の紫、赤、青、それから流水の薄青と緑が踊るように散っているのは浴衣の模様だ。その横には柴犬の姿が別の浴衣に表れている。それらはチョーチンランプに照らされて、赤く揺らいだり、黄色く輝いたりして、まるで夕焼けの水辺を想起させた。足下にも花が咲き乱れ、髪も艶やかな髪を風に任せるいつものそれとは皆異なり、牡丹のように咲く中に、それぞれのかんざしがきらりと輝いている。
「どうですか?」
「綺麗ね。だけど、民族衣装はその民族が着るようにできているものよ。エキゾチックを標榜したいならともかく、普段着の方が似合ってると思うわよ」
きっぱりとそう言ったディアドラの言葉に3人は顔を見合わせた。それは喜んでいいものか、どうか。
「あ、それは嬉しいような。でもちょっと寂しいような‥‥」
「だって、素直に喜んだら、私に着せようって話になるでしょ」
見透かされていたか。
しかし、ここで、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。ずずいっと迫って、3人は浴衣をそれぞれにアピールしていく。
「暑さもやり過ごせるこの機能性!」
「潜入捜査に役に立ちますよ。隠密性ばっちり!!」
「さらにお供の簪は、鍵開け・暗殺と万能!!!」
ゴン。
ディアドラの持つ法杖がリズムよく頭の上にヒットしていく。
「私は忍者でも仕事人でもない」
「ディアドラさんなら、お仕事を優先されるタイプかしらと思いまして」
「普通に考えて仕事で着るわけないでしょ。異端審問官をなんだと思っているわけ?」
確かにその格好で悪魔信仰の本拠に乗り込むにしては絵柄が良くない気はする。確かに。しかし、某騎士団員が浴衣でギルマン退治してきたのだから、何でもありという気もするのだが。
「是非、着てもらえませんか? せっかくの記念ですし、絵姿も書いてくるようにと頼まれているんです」
リンが瞳を潤ませてディアドラの方を見つめる。腰は引けているものの気持ちは必死に前にでようとして、少し前屈みになっている。そんな姿で唇が少し震えつつ、何かを語りかける。
「羽織るだけでも、いいと思いますよ」
シェアトがそう言い、月与が着物をもってくる。
「それじゃ、絵姿を書かせていただきます‥‥」
少年が見計らったように画板を取り出し、絵を書き留めていった。
ディアドラは最後まで不機嫌そうにして、絵を描く少年に視線を合わしてはくれなかったが、ヤケを起こしてその場から立ち去るということもしなかった。
それが全ての答えだったのかもしれない。
●その後
今日もディアドラは店に入っていくとお決まりの文句をマスターに申し立てた。その姿も顔つきもなんら変わることはない。
だが、大きく変わったことが一つ。
「マスターいつものヤツをよろしく」
ディアドラはそういうと、カウンターに腰を下ろした。マスターは嬉しそうな顔をして、ワインを置いている棚に意気揚々として歩いていく。
「ああ、今日はいい酒が入ったんだよ」
「飲めればいいわよ。なんでも」
「そうはいくかい。俺はな、あんたにうまいって言わせてやろうと思っているんだ」
「押し付けがましい世話好きね。ギルドの掲示板を見たときは、いよいよデビルが近づいてきたのかと思ったけれど」
「わははは、知ってたのか。いやぁ俺も拷問されるかもしれんと腹をくくっていたよ。ところで今日のワインはな‥‥」
あの日以降、ディアドラがカウンターに座ってマスターと話をしている姿をよく見かけるという。そして笑い声が聞こえることも。と。
酒は魔法の飲み物。香りで心を豊かにし、その味で笑顔を作っていく。
今日も酒場からワインの薫りが漂ってくる。