ユスティース領役人登用試験官、求む

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月06日〜09月11日

リプレイ公開日:2008年11月10日

●オープニング

 パリ東南部に位置するユスティース領では、昨年の予言騒動の最中に前領主ウードが暗殺されてから、長らく混迷の最中にあった。領主の後継はその娘であるアストレイアが引き継いだものの、前領主の治世ではいいように扱われていた貴族や商人ギルドが叛旗を翻し、実際は空中分解しかけていた。
 しかし、影日向と協力のあった冒険者達の尽力、アストレイアの真っ直ぐな姿勢に心を寄せる民衆、連鎖するように起こった事件の裏に潜んでいたデビルの姿が明らかにされて、最後の瓦解は凌ぐことができた。しかし、その結果に至るまでに彼女の元に集まった貴族達は様々な圧力を受けて散らばってしまい、政務はほぼストップしてしまっていた。彼女を慕う人たちがほとんど無償で助け、そして寝る時間すらも惜しんで働き続けたアストレイアによって今もぎりぎりの運営が続いている。もちろん、それでも総てがカバーできているわけでもないが、民衆もそれぞれに我慢を重ねてくれていることもあった。
 だが、そろそろ限界は近い。
 そこでアストレイアを常に支え続けてきた冒険者の十野間空(eb2456)がユスティースを支える人材を発見と登用しようと動き出したのだが‥‥。
 まずどんな役職を必要か。どんな人材に適当か。どれだけの人数があればいいのか。
 先代の時の組織図は様々な役目に細かく分かれており、再現しようと思うと最低でも50人近くが必要であった。それだけ様々な人材を使い分けて、必要な知識や技術を吸い上げていったのだろうと推測できるが、今現在、50人を捜し、力量を見極めるのはとてもじゃないが不可能だし、仕事を任せるために教えるにも時間を要する。
 またデビルの誘惑を受けたりしないような強い心の持ち主を‥‥また、デビルが混じらないように気を置く必要もある。そうした懸念を払拭する為にどこから始めれば、どのようにすればいいのか皆目見当が付かない。
 アストレイアについても同様のようで、最近眉間に皺が寄らない日というのを見たことがないような気がする。
 時間だけが無情に流れていく。


「ユスティース女伯はご在宅かしら?」
 悩む日々が続くある日、彼女はやって来た。部屋にひょっこりと入ってきた女性を見て、アストレイアは目を丸くして立ち上がった。
「エカテリーナ様!」
「お知り合いですか?」
 空の問いかけにアストレイアは彼女がレンヌの領主であるマーシー1世の娘であることを紹介した。そして王宮において何度か出会ったことがあることも。
「ちょっと別荘で調べ物をしにこちらに参ったのですけれど、その時に可愛いお嬢さんから、アストレイアさんとそちらのナイトさんが毎日悩んでいらっしゃるというお話をちらりとうかがいましたのよ。連れないですわねぇ。結婚式の段取りなら‥‥」
「違いますっ!!!」
 屈託のないニコニコとした笑顔で、与太話に持って行こうとするエカテリーナにアストレイアが真っ赤になって否定した。空も赤くはなっていたが、その『可愛いお嬢さん』に思い当たる節を見付けて、ああ、とようやく納得した。縁というモノは全くどこから生きてくるのか分からない。不思議なものだ。
「では何でお悩みになられていらっしゃるの?」
 空とアストレイアはユスティースの実情をエカテリーナに説明すると、彼女はあらあら、と笑った。
「6人いればいいと思いますわ。政務、財政、司法、典礼、軍司、側近。あとはその人たちと相談して登用していけばいいんじゃないかしら。商人ギルド長はギルドにお任せした方が喧嘩にならなくて良いと思いますけれど」
「他の役職は分かりますが、側近ってなんですか?」
 他の役は聞いただけでおおよそ執務内容は想像できるが、側近というものに対して具体的な意味づけが浮かばない空は首をかしげて尋ねた。
「愚痴も含めて色んなお話を聞いたり、お仕事の補佐や代理をする役ですわ。懐刀や女房役とも呼ばれますわね。簡単に言うとナイトさんが今までされていた事を業務的にされる方のことですわ」
 どうして知っているですか!? と赤面して言いたくなったが、ここに空が居ることや、最初に『ナイトさん』と言っていたことからおおよそのことは知っているのかもしれない。そう信じることにして空はゆっくり息を吐いた。
「なるほど。具体的にはどうやって決めていけばいいでしょう?」
「皆さんで試験をしてみてはいかがかしら? その人の実力を見抜くのは皆やってきたことですわ。それにどんな人が良いというのは人によって違いますものね。ただ‥‥側近には男の方を入れない方がいいかもしれませんわね? 女房と呼ばれるくらいに近い間柄ですし、いつの間にか仕事を越えて〜♪」
「エカテリーナ様! 今は真剣なお話をしているんです!!!」
 真っ赤になったアストレイアが雷をとばしてもエカテリーナはコロコロと笑ったまま。
「ただ誰も彼も募集するより、役務によっては種族や国籍、性別、職業を絞っておくといいと思いますわ。たとえばハーフエルフはロシアでは結構ですけれども、こちらの一般社会では嫌われますから、雇うなら領民には見えないところで動いてもらうとか」
 そんなポイントを指摘しながら、エカテリーナはくすくす笑いながら、さあ、どんな人が来るのかしら。試験ってどんなことをするのでしょうね。と一人はしゃいでいた。どうやら最後まで見届けたいらしい。
 そんな姿を見て、アストレイアと空は互いの困った顔を見合わせていた。

●今回の参加者

 ea1674 ミカエル・テルセーロ(26歳・♂・ウィザード・パラ・イギリス王国)
 ea1787 ウェルス・サルヴィウス(33歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4582 ヴィーヴィル・アイゼン(25歳・♀・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 eb0828 ディグニス・ヘリオドール(36歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3525 シルフィリア・ユピオーク(30歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

●側近試験
「私、この子の為だったらなんでもしちゃう!」
 ミカエル・テルセーロ(ea1674)は試験を始める前からやつれる思いがしていた。募集に応じた女性は母性本能旺盛な人ばかりで、ミカエルの風貌は格好の餌食となっていた。
「今から筆記試験を行います」
 何とか座らせても女性達のお喋りは止まらない。

 翌日、ミカエルの前にいたのは4人ばかりであった。合格ラインに達していたのは他にもいたが、『諸事情』で落選した。
「それではグループワークを行います。議題は現在の領内最大の憂事は何か、です」
「もちろん、デビルに決まっています」
「えーと‥‥デビルもそうですね。私は憂うべきはまだ人々の中に恨みをいう人があること、かな。デビルに利用される心を作らないようにしないと、と思います」
「今の軍事を中心とした領地経営が問題なのでは。あれに反発する人は多いですし。農作地帯なんですから武器なんかもたなくても」
「それもこれもデビルのせいです!」
 結論は最初の女性のデビルが総ての根源である、という結論に落ち着いたが、主張した本人を最終選考に残すことをミカエルは考えていなかった。彼女には人の話を聞く配慮が足りない。

「あなたはどうして仕官しようとしたんですか?」
「元々は薬師なんです。私。だけど戦争が続いて不安が広がっていた時に、薬も魔法も効かない、人がいたんです。戦争で全部失って絶望してたからかも。国が良くなれば、そんな人も減るかなって」
「そうですか‥‥ちなみにその人は今は?」
 アストレイア様に元気づけられて治ったみたい、と答えたがミカエルには彼女が少しだけ嘘をついているのはすぐわかった。
「あなたの自分のこというのが恥ずかしいタイプみたいですね」
 ミカエルはそう言うと、慌てふためく女性をじっと見据えた。
「悪魔の誘惑を断つ鋼の志を持ち、身命を賭して‥‥この要項、理解していますね?」
「もろちんです。悲しい人はこれ以上増やしません。絶対に」
 その態度は少し虚勢のようにも見えたが、ミカエルは微笑むと、やおら身に着けていたお守りを女性の手の中に宿し、静かに言った。
「領と貴女に、加護がありますように」


●典礼官試験
「な、なんで私がこのようなことを」
 半分スラムと化した場所での清掃と病人への介護。多くの受験者達はその荒廃した風景に身を震わせて口々に叫んだ。
「実のない麦穂にも神の愛をお与えするのは大切なことですわ」
 『試験官』のエカテリーナは優美に微笑んで、受験者の憎悪に眉一つしかめることはなかった。それでも動かない受験者達にウェルス・サルヴィウス(ea1787)が呼びかけた。
「困っている同胞がいるなら助けるのは私たちの役目です。お手伝いさせていただきましょう」

「エカテリーナ様は怖いお方だね。実のない麦穂は軽いから頭が立つ。あれってスラムの人間より、僕たちのことだよね」
 日が昇りそれぞれに休憩をはじめている。熱心に掃除している人の姿は少なくなっているようだった。
「相応しい人を探すのにこういうことも考えねばならないのかと思ったわ」
 その女性受験者の言葉を通りかかったスラムの人間があざ笑った。
「あんたそれなら住民にもっと役立つことしなきゃダメだよ」
 激高した受験者をウェルスは押しとどめて住民を見ると、その手には魔法で作られた食物が握られていることに気付いた。受験者のうちのクレリックが魔法で行ったのだろう。
 どうやら試験の意図が『そういうこと』だと思い、弁舌をふるったりしている姿も多く、他の皆もそうした布教活動に感化されているようだった。
 だからだろうか、陰で掃除を続けている中年男性が目の端に止まったのは。
 ウェルスが近づいてもその男性受験者は熱心に掃除を続けていた。時々独り言のように聖句がもれ聞こえてきた。
「あなたは悪魔に与すると思いますか?」
 ウェルスはそっと後ろから尋ねると彼はゆっくり振り返り、こくりと頷いた。
「与するでしょう。人であるからには。しかし主は傍にいてくださる。それを忘れなければ問題はない」

 典礼官、聖職者といえど、様々な考えがある。それはもうずっと前、冒険者になる前から身をもって知ったことであったけれど。
「アストレイア様が典礼官に求める資質とはどのようなものでしょうか?」
 ウェルスの問いかけに彼女は少しだけ考えて答えた。
「人に大切なことを教えてくれることです」
 ウェルスはそれに適合する人物はただ一人だと思っていた。


●軍司試験
「こんな小娘が試験官!? ふざけてるッ」
 試験官としてヴィーヴィル・アイゼン(ea4582)が前に立った瞬間から騒ぎは始まった。
「それならどうぞ。お帰りの扉はあちらです」
 真摯な態度をもてるかどうかが試験のポイントだ。中にはいきりたって掴みかかろうとする横暴な輩もいたのだが。
「お相手はいたしますが、治療費はでませんよ?」
 ヴィーヴィルは剣を男の首筋にぴたりと当てて、冷ややかにそう言った。

「全く、この地の騎士は人間的にレベルが低すぎます!」
 ヴィーヴィルの言葉にアストレイアは苦笑いを浮かべていた。
「これからはきっと好成績を修めてくれると思いますよ」
 確かにアストレイアが推薦するように繰り広げられる戦いは遠目から見てもその技力の水準は全体的に高いように感じられた。
「そちらの男性と、あちらの女性の筋が良いように見えますね」
「男性は地方の警備隊長ですね。女性の方はパリで仕官していたはずですが‥‥」
「パリで仕官? それってもしかしてブラ」
「模擬戦が済んだようですよ」
「あ、すみません。次は図上演習を行います。受験者は円卓の間にご移動下さい」

 図上演習は地図の上でそれぞれが役割と兵隊を模した駒を操っていく、模擬戦争である。
 受験者の能力はヴィーヴィルを驚かせた。誰にどの担当を任せても巧みな連携、高等技術や駆け引きも十二分に活用してくる。
「騎馬移動、左翼より吶喊」
 1戦目は、地方の警備隊長だったという彼が待ちに待っての奇襲攻撃で左翼を押さえたことから陣形が崩壊し、決着と相成った。2戦目でも役職をそれぞれ変えたが、やはりハイレベルな戦いが続き、警備隊長チームが辛勝を納める。
「長いですね‥‥」
 試合は前6戦を予定していたが、2戦で既に7時間を超しており、もう真夜中であった。さすがに疲労が蓄積してくるのか、欠伸もでれば失敗も出る。すると残りの4戦はすべて1チームに固まった。
「動くまで時間があるので、顔を洗ってきても大丈夫ですよ。私が伝令しますので」
 女性士官が所属していたチームは、彼女の精神力と配慮によってチームの気力を確実に保っているのが、後になればなるほど明確になってきた。
 試合が終わって協議もしたが、ヴィーヴィルもアストレイアも候補は一人に絞られていた。


●司法試験
「子供が貧困を苦に窃盗を犯してしまった。だが、商店主と犯人の間には盗んだ物の数に食い違いがあるのだが明確な証拠がない。おぬし達ならどちらを信用する?」
 ディグニス・ヘリオドール(eb0828)の問いかけに受験者達はそれぞれ思案を深めているようであった。
 前段階の筆記試験で約半分が脱落した。もっと優秀な成績を収めていた者もいたにはいたが、これも『諸事情』によって落選。
「それなら罪はともかく、労務などどちらにも益のあるようにもっていくことだね」
「いや、それは更なる犯罪を呼ぶよ。証拠が不十分ならできうる限り集めるべきだよ」
 論戦が展開されるのを静かに見守っていたディグニスだが、しばらくして立ち上がり、騒がしい中でも十二分に響く声で言い渡した。
「今日はここまでだ。明日は『領主の息子が窃盗を犯した。だが領主からこの件を握りつぶすか法律を曲解する事で罪を軽くしろと脅された。さてどうするか』というテーマで話してもらう」

「何のつもりだ‥‥」
 夜の城下でそんな声を聞いた人間はきっとほとんどいなかったに違いない。そこには二人の司法官受験者の姿があった。二人の大きな違いは、ナイフを突きつけているか、そうでないか。
「悪いけれど、辞退をお願いしてくれないかな?」
「司法官が力に屈するわけないだろう」
 途端に男の顔が崩れ、その面の下に隠れていた異形の顔が露わになった。
「そう、その通り。力に屈さないなどという理屈が通るのはここだけだから『お願い』さ」
 だが、脅された男は鼻で笑いとばした。ナイフを突きつけられてもそうした態度をとった男に異形は逡巡する。
「立派な態度だ」
 一瞬の隙をついて後ろから一刀両断に異形を切り伏せたディグニスは鞘に得物を収めた後そう言った。
「ああいう時は相手にふてぶてしくて何かあると思わせないと、時間稼ぎもできないものですよ。助かりました」
 受験者は笑顔でそう言った。なかなか大胆不敵な性格のようだ。
「ところで、今日の最後にいった答えはもう持っているかね?」
「領主の息子がってやつですか? もちろん、耳は貸しません。強引な方法もとらせないように下準備をしますね」
 少々、狸になりそうな雰囲気もあったが。決断力と胆力は他にぬきんでているのは間違いなさそうだった。
 その予測は、次の日確実なモノとなった。


●政務官試験
「地主から税として納める麦の一部を労役に変える旨をうけ了承したが、人々は怒り、労役には参加してくれない。この場合どうするか」
 試験会場となった部屋は静まりかえり筆記音すら聞こえてこない。十野間空(eb2456)は難しすぎたか、思いながらも、そのまま次の問題を読み上げる。
「この領地に侵攻があり、諸氏の活躍によって脅威を撃退することができた。防衛に徹したので収入はないが兵役を果たした者からは報償を求められた。さてどうする」
 これも筆記音はほとんど聞こえてこない。

「5人程度のつもりでしたが‥‥」
 二次試験は他の試験の中でも、最少の2人であった。余談ではあるが、トップを飾ったのは、おまけで受験したエカテリーナであったが彼女は対象外。
「さて、今回の募集に応じた動機を教えてくださいませんか」
「私は‥‥自分の力を試したいと思ったからです。以前はアルマンで政策担当をしていました」
 アルマンは予言騒動前後に大鉱山が崩落を起こした悲劇の場所だ。そんな悲劇の爪痕も最近は様子を聞かない。それは無事な復興を遂げているという証でもある。
「今は製鉄を中心にした技術を主要産業に据え、ウィザードや学者と連携して大地の再生について研究しています。これが製鉄産業と合わさって、魔法武器の生成にも発展していけると踏んでいます」
 傷を負った大地をいたわりながら、そこから新しいモノを模索している。言葉には力と自信があった。
「ボランティアの人など、多くの人が協力してくださったおかげです」
 空は一通り話した後、次の受験者と交代することにし、同じように動機を伺った。
「アストレイア様をお助けしたいと思い参加しました」
 受験者はシフールであった。おそらく貴族階級ではないはずだが。
「失礼ですが、出身は‥‥」
「精霊の森という場所です。今はもうない地名ですが、あなたは知ってくださっているとは思いますが‥‥」
 まさかその生き残りにあえるとは思わず、空はしばらく言葉を失った。
「レンジャーをして、今まで旅を続けていました。旅の上で人々の心はよく知っているつもりです。アストレイア様は民衆に根強い支持があります。アストレイア様は上に立ち続けていただくべきお方だと思いました」
 さらっと流しているが、彼が二次試験まで進んだ試験結果は、他の政務官受験者よりよほど見知を蓄えていることに他ならない。

 どうすべきか。
 空は最後まで悩んでいたがアストレイアとの相談も含め、月が空の舞台を終わる頃にその答えは固まった。
「アルマンの彼女にしましょう」


●財政試験とその他
「長ともなれば激務は必至だし、病症を隠してじゃ困るからね」
 他の試験で『諸事情』の担当はほぼシルフィリア・ユピオーク(eb3525)であった。
 デビノマニには魔法やアイテムに反応しない者もいるわけで。教えられた『ある方法』を試すべく、彼女は健康診断という名称でそれを実施していた。
「で、この痣は?」
 コウモリ型の字はくっきりとしていて明らかに普通ではなかった。悪魔崇拝者には契約痕というものがあるという噂はある程度信用できそうだった。
「あんたの周辺洗ってもいいんだよ」
「‥‥‥」
 襲いかかってきた相手を片付けたシルフィリアはもう一度大きなため息をついた。契約痕のある悪魔崇拝者とはいえ、とりあえずは人間だ。倒せば死体も残る。他には憤慨して辞退する者もいて気持ちは滅入る。
「あんまり気持ちいいもんじゃないね。普段からこんな仕事している異端審問官の神経が知りたいよ」

「それでは資料の確認は終わったね。今から資料に基づいて結論を出すべく討論を開始しておくれ」
 シルフィリアの合図で受験者達の討議が始まる。数十人の受験者が同一の卓にいると収拾がつかないことから、数人でグループを作り、グループ討論という形になった。
「まず、国王から借り入れからはじめることですな」
「というか税収も低すぎる。戦争後とはいえ、これで別件で戦争を仕掛けられたらもたないよ。等分に負担はあるべきじゃない?」
 討議が進むにつれ、それぞれの個性もおおよそ理解できてくるようになった。提案や調整を思い通りにこなしているのは一人だけだった。
 シルフィリアは彼に焦点を絞ってはいたが、その性格本質が読み切れない。彼が場を主導し、明らかに他に比べて余裕があった。
「次は主要産業についてだけど‥‥」
「川を領有しているんだから水運業なんてどうだい?」
 シルフィリアがわざと一石を投じてみた。試験官からの意見に参加者が顔を見合わせた時である。
「この領地は内陸だから水運ではのびにくい。財政官だったら酪農か農業を推すね。船屋に就職したなら反対だけど、視点によってベストは異なるんだから」
 男はカラカラと笑ってそう言った。
 視点が総て異なることとベストはそれに応じて異なるという理解の中で、自分の損をあえて選んだということからは腹黒い人間だということは考えにくかった。


●最後に
 新しく登用された6人の役人達にアストレイアは挨拶して握手をした。そしてエカテリーナにも続いて頭を下げる。
「皆さんが多大な貢献を果たすことで、わたくしの知恵が活かされたということになりますもの。気になさらず」
 最初の発案は、すべて彼女の蔵書からの知識らしかった。それを組み合わせてアストレイアに提案したのだろう。
「皆さんもありがとうございました。まだ苦難は続きますが、ユスティースは皆さんと共にあります。何かあったら精一杯お手伝いさせていただきます」
「またそうして、無理しようとするのですね」
 ユスティースの右腕でもある空のその一言に皆、大笑いした。