幸福の鍵
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■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:8人
サポート参加人数:6人
冒険期間:11月20日〜11月25日
リプレイ公開日:2008年12月25日
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●オープニング
夏は過ぎ、広葉樹はみるみる間に赤くなって、街道を赤く染めていく。吹く風も肌に冷たく感じる今日。
エウレカはあいからわずだった。
「余命3ヶ月っていわれてたけれど、5ヶ月目突入!」
11月に入ったその日、ミーネはエウレカを抱きしめて喜んだ。
エウレカも細い腕でミーネを抱きしめ返し、子供のような笑顔で一緒になって喜びの顔を浮かべた。
「ミーネお姉さんのおかげデス♪ おいしいモノ、いっぱい作ってくれるからデス」
「そんなことないよ。エウレカががんばっただけ」
「エウレカ、お腹すいたデス〜」
神官から余命3ヶ月と聞いたときは本当に真っ白になって、しばらくは悩みと悲しみばかりだったけれども、最近は今日一日、生きているだけでこんなに嬉しいことはないと思えるようになってきた。抱きしめるとじんわりと伝わってくる肌のぬくもりがなによりも嬉しく思える。
ミーネはか細く骨の浮き出たエウレカの体を優しく抱きしめた。少しごつごつするけれど、と、その瞬間、肩口に焼けるような痛みが走った。
「エウレカ?」
「オナカ、すいタ‥‥」
「‥‥御飯、もってきてるよ」
血走った目でかじりつくエウレカをそのままに、ミーネは袋に詰めたパンを口元に運んでいく。
余命3ヶ月と診断された原因であるこの悪食現象を起こす狂化にも少しずつミーネは慣れてきた。ある程度食べて、その間ずっと抱きしめてあげていれば、落ち着いて狂化はおさまる。
余命の宣告は超過したけれど、決して快復しているわけじゃない。
先々月から再び発症。先月は2回。少しずつ、頻度が上がってきている。
たぶん、最期はまたミーネの顔を見てもきっと食物にしか見えなくなるのだろう。それがハーフエルフであるエウレカの宿命なのだろう。だけどそれも宿命ならば仕方ない。
そんな諦観もどれほど脆いものか。
その日、黒の聖印を身に着けた女性がミーネの家に訪れた。旅をしているようで、あちこち汚れていたが、かえってそれが女性の清らかなイメージを引き立たせているようだった。
「タロン様にお仕えしております。ホーリーと申します。年若くも、不思議な言葉と笑顔で御教えをお伝えすることができる人がいらっしゃるとお窺いして参りました。先日は遠く離れたドラゴンの心も知るという不思議な能力がある、とも。
私は『賢人』を捜す役目を教会より仰せつかっています。エウレカ様がそのお一人ではないかと思いこちらに寄せていただいた次第でございます」
最初、彼女の言葉をミーネは理解できていなかった。
エウレカが聖なる使徒だって?
だけれど、確かにそういわれればと思うところもある。事実エウレカは側にいるだけで幸せになけるのはミーネだけではないだろう。どんな時でも幸せの種を見付けてくれる。エウレカがいればどんな不幸も不幸じゃないって思える。
だからって。まさか。
「エウレカ様が真なる賢人であるなら、教会は全力を挙げてお助けいたします。それに世界中で迫害を受けているハーフエルフに救いを与えることができるかもしれません。どうか、エウレカ様をお迎えさせていただけませんか?」
言葉の意味するところがミーネには果てしなく遠い国の話のようで、にわかに信じられないような話だった。
平民の娘がプリンセスに選ばれるお伽噺が目の前で起きたような。
最期がやってくる。それを自分と親しい人間だけで看取って。ある種の覚悟がミーネにはあった。
だが、ホーリーの言葉はそれを総て覆していった。延命の可能性。狂化を押さえる可能性、エウレカがたくさんの人と知り合える可能性。そして、自分と別れる可能性‥‥。
ホーリーは本物の黒の神官であるのは間違いなく、その熱意と言葉にも嘘は感じられなかった。だからミーネがその言葉に反論することもできないし、エウレカも同じであった。神殿へと運ばれるその直前まで何か言いたげにエウレカはミーネを見つめていたけれど。
最後は笑顔で手を振って。馬車が角を曲がって消えていく。
唐突であっけない、お別れ。
あれほど別れが来ると思っていたことも覚悟していたのに、静かな部屋と空っぽのベッドを見て、ミーネは涙が止まらなくなった。
●
「宣告した残りの時間は大切にできたでしょ。良かったじゃない。ホーリーは私よりずっとまともで善良な人間よ。悪くはしないんじゃない? 教会にいけばちゃんと会わしてくれるわよ」
「ディアドラさん‥‥最初から、こうなる予定だったんですか‥‥?」
一番はじめ、エウレカの狂化を食い止め、余命宣告をした黒の神官であるディアドラの言葉にミーネは愕然とした。
「ハーフエルフの迫害をエウレカの存在で止められるなんて甘いとは思うけれど。賢人かもしれない、とはドラゴンの解放あたりから考えてたわね。余命は3ヶ月。それ以上は神の思し召しだろう、ともね。すごいわね、もしかしたら、あなたもいずれ聖母様みたいに崇拝されるかもよ」
お別れはエウレカが死んでしまうことだと思っていた。
その、思いこみが壊れたとき、ミーネはこれ以上なく激怒した。自分で自分が壊れるんじゃないかとも。この悪辣で腹黒い神官を引き裂いてやりたかった。
「なんで?! なんでよっ!!」
「特別な感情が世の中の法理を無視させるのはよくある話よ。ま、その態度を見る限り間違ってたわけじゃなさそうだわ」
ディアドラはミーネを押しのけた後、懐から取り出したモノを肩で息をするミーネに投げてよこした。金色に輝くシンプルな鍵にエウレカが日頃『宝物』として拾っていたキレイな小石や木の実、鮮やかな鳥の羽を連ねて飾り付けている。調和なんかまるでとれていない飾り付けであったが、それが返って、ミーネの心に何かしらの波紋を呼ぶ。
「まあ、そのお詫びはこの傷でチャラにしといてあげるわ。それはエウレカからのプレゼント。うじうじ悩んだり、癇癪起こすのも結構だけれど、エウレカの伝えたかった事くらいちゃんと答えてあげたら?」
頬のひっかき傷からたれ落ちた血をすくって、ディアドラは言った。
「伝えたかったこと‥‥?」
「幸福の鍵、ですって。悩苦の鎖を解き放つ魔法の鍵。まあ実際の所それで開くのは神殿の扉くらいなものだけど。ああ、天国にはいけるかもね?」
ディアドラは口元の片端だけをつり上げて笑い、そのままミーネに背を向けた。
●リプレイ本文
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「鍵、ですか‥‥」
「らしいといえば、彼らしい表現だな」
冒険者ギルドでミーネと偶然出逢ったリリー・ストーム(ea9927)とセイル・ファースト(eb8642)と鳳双樹(eb8121)、それからミフティア・カレンズ(ea0214)、ウェルス・サルヴィウス(ea1787)とローガン・カーティス(eb3087)、クリス・ラインハルト(ea2004)、明王院月与(eb3600)を追加し、合計8人と、そしてミーネとで、酒場のテーブルに集合していた。
テーブルの上におかれているのは林黄葉が入れてくれたお茶と、そして件の鍵。チュニックをつなぎ止める紐で金色の鍵に、木の実や小石、青い鳥の羽などで鮮やかに飾られている。
「伝えたかったことってなんなのか‥‥」
ずっと側にいて、エウレカの気持ちをわかっているつもりだったミーネは面が下に倒れたままあげられないでいた。
「答えはお星様の数位にキラキラあるんだと思うな」
はいっと元気よく手を挙げたミフティアことミフの発言に皆うなずいた。とりあえず明確にわからない以上、とりあえずそれぞれの意見を集めるのが必要だ。
まずウェルスが聖書を開きつつ、述べていく。
「鍵といえば、契約の象徴に表されます。石、木の実、これらは自然を表し、鳥の羽は自由、または天使を‥‥」
「‥‥それは、やはりエウレカは天使か賢人だったということか?」
ウェルスの見解にセイルのため息混じりの言葉。宗教学的に捉えるとそうなってくるのだが‥‥
「あ、いえ、決してそんなつもりでは‥‥この世界はエウレカさんの愛しているもので満ちています。すでに満ち満ちているものを、自分たちで見つける力だと教えていただいているのではないでしょうか」
涙を浮かべるミーネに慌てた顔でウェルスがそう締めくくった。
「確かにエウレカくんなら言いそうなことではあるな」
ローガンは羊皮紙の束をめくりながら、そう呟いた。
「これギルドの報告書ですか? いいんですか? こっちに持ってきても」
「書写してきたのだよ。ちょっと許可を取るのに苦労したけれど」
簡単に言ってのけるがそれがどれだけの労力が必要になるのか、しかしストーリーテラーたるローガンの顔には苦労したという様子はうかがえない。
「彼の言葉のキーワードはすべて幸せだが、確かにそれらの幸せはどこからかとってくるものではなく、周りにあるものに感謝するという意味がこめられているようには感じるな」
「だけどそれだったら、鍵っておかしいですよね」
話を聞いていた一人が首をかしげた。ローガンと同じく、青い鳥の探索でエウレカと出会ったことのあるクリスだ。
「鍵は、大切な物を入れておく箱や場所を封ずるために使う物ですよね? 今までのエウレカ君の行動と、大切な物を取られたりしないようにするためのの鍵が、相容れない気がして仕方ないのです」
確かに。リリーの兄、リスターからはこれはそこそこ大きな扉、たとえば神殿の扉のようなものに使う、という説明があり、余計に皆が混乱する。エウレカがまさか神殿の鍵を拾って送りつけたとは考えにくいのだが。
「‥‥会いに来て欲しい‥‥そういう意味じゃないしょうか」
双樹がそっと囁くように言うと、アニェスも同意を示すようにこっくりと頷いた。ここに集まった大勢はその考えに賛同し、しかし、リリーは一人、口元に人差し指を当てながら、思考を止めない。
「エウレカに束縛されずミーネが生き、色々な人と幸せを育み、離れ離れでも心は繋がっている、会いたい時は何時でも会えるから、と言いたいのじゃないかしら?」
「ああ、いつでも会える‥‥そんなメッセージのように俺もそう思っている」
「だとしたら会いに行くのは申し訳ない、よね」
悩むミーネの視界がふと霞に包まれた。それが料理の湯気であることに気づくまで、少しの時間を要する。
「きちんと食べないと、気付ける事にも気付けなくなっちゃうよ。何より‥‥美味しい料理をしっかり食べるのってエウレカ君が教えてくれた“幸せ”の大原則でしょ。鍵に込められた想いを判ってあげようと思うなら、そこから始めようよ」
月与が笑顔で囁いた。目の前の湯気の間から具だくさんのシチューが見え隠れする。月与はいつだって料理で励ましてくれる。
エウレカもこんな気持ちだったのかな。私は晴れ晴れと笑えないんだけど。
涙をこらえて、ミーネが月与の笑顔に答えて。久しぶりの料理に口を付けた。
たくさんの人に支えられて生きている。そんな温かさがとても胸苦しく感じた。
「会いに行きませんか? もし、エウレカさんが頑張れとメッセージを送っていたとしても、会いに行って悪いことはなにもないはずです」
ウェルスの言葉に、ミーネは小さくうなずいた。
●
黒の神殿は華美を一切切り捨てた建物であった。だけどそこに清々とした何かを感じさせるのは、出入りする人々が作る空気だろうか。固く閉ざされた扉を前にして、ローガンがミーネに話しかけた。
「鍵を使ってみないか。考えられるのはここしかない」
鍵が何を暗示するのか、結局確定できるものはなかったが、ただ、これが本物の扉を開ける為の鍵であるということは間違いなさそうであった。
ミーネは神妙な面持ちで鍵を取り出し、鍵穴にそれを差し込むとピタリとはまる。
「へー、神殿の扉の鍵だったんだぁ。エウレカくん、拾ったのかな?」
錠前が上がる音を聞いて、ミフが小首をかしげた。
「ホーリーさんが信頼の気持ちで渡したのかもしれません」
「うーん、結局、まとまらないね。あれ、クリスお姉ちゃんは?」
「やっぱりエウレカさんの前のお友達に会いに来てほしいからって、走っていってしまいましたわ」
扉が開かれても、結論も行動もまとまりのない状態できていることに誰しもが不安を感じ、少しばかり多弁になるのは仕方のないことかもしれない。
だが、時間は待ってくれない。扉の向こう側から一人の女性が、ゆるゆると歩み出てくる。
「お待ちしておりました。どうぞ」
優しい笑顔は皆の心に張りつめた糸をほどかせる、そんな表情を浮かべるのがホーリーだった。だが、腹の前で組まれるその手の硬さ、瞳の強さは間違いなくタロンの使徒であることを示していた。
「エウレカの友人で騎士のセイル・ファーストという。面会を求めたい」
「鍵をお渡ししたのってホーリーさん?」
待っていた、という言葉に不意にミフが問いかけたが、ホーリーは首を振ってそれを否定した。だけれどもエウレカ様のお友達は必ず来ると知っていました、と付け加えられた言葉が皆をさらに首を傾げさせた。
エウレカのいる部屋へと案内する最中、セイルがホーリーに問いかける。
「エウレカを聖者だと考えて‥‥ってのは聞いたがエウレカは信仰がある人間ではないと思うんだがその辺はどうなんだ? あと、これからどうしていくのかも」
「聖者には2種類います、修行をして結果その力をいただく者。もう一つは、生まれながらにして教えの本質を手にしているもの。エウレカ様は後者に当たると考えております。治療は何よりまず最優先していますので、まず体が治ってからになりますね。言行などは記録させていただいていますが、エウレカ様の言葉で何かに気づくという方は少なくないと思います」
彼女はざっと治療計画についても簡単に説明してくれた。しかし、やや専門的なことが多く混じっているため、聞いている人間のほとんどはちんぷんかんぷんだった。
その横で、ミフが同席していたディアドラに話しかけていた。
「ね、ね。ね、教会はエウレカ君が賢人かもしれないってだけで簡単に今までの全部が変わるの?」
「真なる賢人として認知されたら、そりゃ変わるわよ。黒の信徒はその為に動いてきたようなものなんだから」
ミフの質問に、ディアドラはホーリーを横目で見つつ、くつくつと笑った。その態度からしてすでに、教会の姿勢が変わるわけない、と言っているようであった。そんな会話にウェルスが少しばかり物思いふけっていたが、それは誰にも気付かれない。
「それが認められるまで時間かかりそうだね‥‥それまでにエウレカ君の言葉に動いてくれたら嬉しいな、私ね、前にハーフエルフの兄妹に会ったことがあるんだけれど、教会にも受け入れて貰えなくて、辛い思いをしてたから」
「世の中なんてそんなものよ。悪戯に運命を変えられた場合はその限りではないけれど」
ディアドラはクールな表情でそう答えた。その言葉にホーリーがその言い方は人を傷つけますよ、とたしなめていたが、異端審問官は悪びれた様子すらみえない。
そうこうしているうちに、エウレカのいる部屋の前につき、そして扉が開かれた。
エウレカはそこにいた。ベッドの上で簡素な衣服に身を包んだエウレカが座っている。衣服が黒の修道院のものなのだろうか、それだけでイメージは全く違っていた。
「エウレカ」
ミーネはその顔を見ると、ぎこちなく笑いを浮かべ立ち上がった。だけど足が進まない。どんな顔をしてエウレカの肌にふれたらいいのだろうかと。しかし躊躇するミーネとは対照的に、エウレカはパタパタと手を振って喜んだ。
「ほら、行ってあげませんと」
リリーが軽くを押すと、ミーネは小走りにエウレカの元に駆け寄って、この体をぎゅっと抱きしめた。
「エウレカ、エウレカ。会いたかったよ、寂しかったよ、辛かったよ」
涙でのどが詰まったのか声がうまく出ない。
「ミーネお姉さんに会えて、エウレカも嬉しいデス」
なでなで、と頭を撫でて慰める様子をみて、双樹はほっとした顔を浮かべた。あの夏の日のできごと忘れていなかったんだ。ちゃんとミーネの気持ちに応えてあげているのが、伝わってくる。
「ねぇ、エウレカ。今まで、エウレカの言いたいことを気づけなかったの。でもまだ分からなくて‥‥」
「言いたいコト? エとですネ、毎日幸せですカラ。今日はみんなが会いに来てくれたデス。嬉しいことですヨ。飛び上がれそうデス」
ベットの上で体を上下に揺らしながら笑っている姿は、なんだか奇妙なダンスのようだった。そんな姿が思わず皆の笑いを誘う。
「やっぱり会いに来てほしい、で正解だったみたいだな。確かに俺もいきなり聖人といわれてもなれない。どんな理由があっても大切な者を置いていく事はできないからな‥‥」
「私はあなたと共に生きたい。一緒に居られない時でも、貴方は私の元に、私は貴方の元に帰ると信じられるから、私は幸せでいられますの。それが私の選んだ道」
憚らず、抱きしめあう二人に、見ているみんなも思わず憧れと祝福の笑みがこぼれる。そして窓の外から大量の野次。
「ヒューヒュー。いけー、そのままキスだー!」
「わしももうちょと若ければ、ブツブツ」
「あら、じいさん。まだ負けとりませんわい」
窓の外を見て、月与の顔がほころんだ。スラムにいた頃のエウレカの友達だ。外の風景が見えないくらいに窓に鈴なっている。その中から分け入るようにクリスの顔が割り込み、笑顔で言った。
「エウレカくんが今治療中なのです。皆さんの元気をくださいっていったら、みんなやって来てくれたんです」
一度、説得しにいった経験のあるローガンが思わず立ちすくむ。
「別にエウレカのこと悪く思っているヤツなんて誰もいないさ。だけど、死に目には会わないってのは俺らの不文律。そんなアンラッキー、誰かに見せたくも託したくもないだろ?」
ローガンは、エウレカの本心と狂化とは違うのだと言いにいった。彼らは最初から別に気にしていたわけではないのだ。友達をなくしたといわれていたというのも、厳密には違う。
「おい、エウレカ。良くなるんなら早くなれよ。今度、お兄さんがオトナの世界に案内してやるから」
「そうそう、そっちのカップルにも負けない、あつーいベーゼを交わせるやり方。お姉さんが」
「へ、変なこと教えてはいけませんっ」
双樹が真っ赤になって、鈴なりの人間達を窓から突き飛ばした。とたんに悲鳴がいくつも重なり、ひどい音がして窓から野次は一掃された。窓の外の惨状は想像に難くない。
「意外とパワーあるのね」
「あ、いえ、その‥‥あ」
真っ赤になる双樹は生暖かい視線の集まる向こう側で、ディアドラがそっと退出していくのを見逃さなかった。さりげなく、本当にごく自然な形で、あの鍵をその手にしまい込みながら。月与もそれに気付いたのか、ディアドラの後を追っていく。
「あ、ちょっとごめんなさい」
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「もしかしてその鍵‥‥」
廊下で呼び止められたディアドラは立ち止まり、顔だけを僅かにこちらに向けてそう言った。
「みんなでどういう意味だろうって考えてた時にね、どうしてもおかしな部分があって。どうしてだろうって。どうやって鍵をもらったのかとか、なんで鍵なんだろう、とか‥‥」
尋ねる二人に、ディアドラは鍵についた輪を指に通し、くるくると回しながら、ゆっくり答えた。
「ミーネはエウレカから幸せを感じ取ることに傾倒して、自分から幸せを探すことはなくなった。幸せはどこにでもある。しかし幸せは探さなければ見つからない。幸せは幸せと思われねば幸せになれない」
そこで月与はピンときた。
「もしかして‥‥自分でもミーネお姉ちゃんとエウレカくんを引き離すようにしちゃったこと申し訳ないと思ってた?」
「ホーリーさんに賢人かもって伝えた立場上、言えなかったんですね‥‥そういえばエウレカさんを助けたことも考えると、実はエウレカさんの言葉にちょっと心動かされた部分があったりして」
「‥‥小賢しい推測は好きじゃないわ」
ディアドラから黒いオーラが立ち上るのを見て、二人は咄嗟に口をつぐんだが、予測がおおよそ外れていないことを悟った。
「‥‥エウレカが賢人として残る生を全うするにせよ、生命尽きたにせよ。常に幸せは自らが生み出せることを悟ってくれないと、エウレカも浮かばれないだろうとね、思ったわけで‥‥」
妙に歯切れの悪いディアドラの言葉に、二人は吹き出しそうになった。言い訳探しをしている。二人は互いに目配せをして、そしてディアドラに言った。
「素直になることも大切だよ」
「それが幸せへの早道ですよ?」
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部屋ではローガンの作った詩が響き渡っていた。
その音に合わせて、ミフが舞う。クリスが奏でる。ウェルスが思いを馳せ、リリーがミーネに、セイルがエウレカの肩を持って、一緒に言葉にふれあっていた。
旅は楽しい 初めての景色 様々な出会い
小さな幸せ 宝石の瞳で見つめ
転がる小石、どこまでも行こう
自然は愛しい 命の温もり 抱かれる安らぎ
種を超えた友達 笑顔の花咲いて
拾った木の実は、どこに植えよう
希望は眩しい 諦めない心 険しい道も一歩から
美味しい手料理 明日への力に変えて
鳥の羽ペン、何を描こう
幸福の鍵で開くのは、幸福の扉
再会出来たら2倍の幸せ