天国の扉

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月30日〜05月05日

リプレイ公開日:2009年05月06日

●オープニング

「エウレカ。今日はね、ミュゲの日だよ。みんなが互いに幸せを送りあう日なの」
 白い壁、白いシーツ、白い床。真白い太陽の光が空気も白く染め、白い手に抱えられた小さな鉢も白く見せていた。
 白い光に輪郭を失った鈴型の花は微かな影を上下させて、私はここにいるよ、と言っているよう。そんな動きに、目を落としていた少女は微かにほほえみ、そっと窓辺に鉢を置いた。
「私もね、幸せもらったのよ。偶然に出会った名前も知らない人から、このスズランをもらったの。誰かもしらない人から笑顔と共にもらえて、勇気も一緒にもらえた気がする」
 誰かのために何かをすることが幸せにつながるって教えてもらったよ。
 花と同じく、壁と同じく、白い世界に輪郭を失ったベッドに少女は目を移した。
 花と同じく、シーツと同じく、白い世界に輪郭を失った少年がそこで眠っていた。濃い色の髪でさえ、日の光にあてられて白く輝く天国に一番近い場所。
 この世界に溶けてしまっているのではないかしら。少年の顔を見て、少女は思った。
 この白い目蓋の下にある宝石のように輝く瞳はもうずっと見ていない。赤い目を光らせることはあるけれど。
 この白い唇の中から晴れ渡る声も聞いていない。全てを食らいつく口が開かれたりするのだけど。
「エウレカからもいっぱいもらっているよ。エウレカといると毎日がミュゲの日みたい」
 その瞳が、その喉がこちらに向いてくれていた日のことを思い返すと、白く霞んだ時はなかったように思う。
 いつでも赤や緑や青や黄色や。色が本当に弾けて賑やか。
 世界の全てが歌っている、なんていった夢見がちな詩人がいたけれど、それはあながち間違っていない。
 だって白い世界は歌ってはくれない。
 日がもう少し傾けば、もっと光は強くなっていずれ目も開けられないくらいに白くなる。
 すべてが白く染まって、溶けて消えてしまうのだろう。


「死んだわけじゃありません。勝手なことを仰らないでください!」
 この教会を任されているホーリーは、いつにない大声でそう言った。
「馬鹿じゃない? そりゃあなたが魔法をかけ続ければ生きていられるわよ。普段は眠り続け、意識を呼び起こせば、ハーフエルフの狂化によって見境なく食らいつく。そんな存在が生き物って言える? 自分で生命活動ができない存在なんて死んでいるのと同義よ。ああ、コンストラクトとなら呼んであげてもいいかも」
「同義なんていわないでっ! 我らが主は見捨てたりはしません! 現に数十年の眠りの後に意識を取り戻した人もいます。今のようなエウレカさまの状態から、再び大地を踏みしめた方も現にいらっしゃいます。私たちがあきらめる時こそ、その奇跡をいただく機会も失ってしまいます。ディアドラ様、あなたの神は諦めることを教えましたか?」
「時間は有限、資金もまた然り。やるのは勝手だけど、そういうのは仕事外の時間でやるモノよ。もっとも? あなたから神に捧げる時間を奪ったら、お金すら残らないでしょうけれど。楽にさせてあげる薬ももらっているんでしょ」
 ホーリーはディアドラを強く睨み付けたが、まるで気にした様子もなく懐からスクロールを取り出し、ホーリーの足下に捨てるように投げた。黒い蜜蝋にタロンのシンボルがちらりと見え、そのまま地面を転がり隠れてしまう。
「魔界への口は開き、七大悪魔と呼ばれるようなアークデビルクラスが跋扈している中で、モラトリアムされたら困るのよ。そしてエウレカは賢者でもなんでもなかった。それが結論。あなたの意向は単なる我が儘」
 顔をこわばらせたまま、ゆっくり動きを止めていくスクロールの様子を見るホーリーに、ディアドラは一歩近づき、その肩を軽くたたいた。
「もう魔法でも維持できなくなってきているんでしょ。あなたは十分やったわよ。でも、エウレカを心配するのはあなたの役目じゃない。ミーネとそのお友達がするべきこと。死もまた救い。天国の扉を開く信友に何の苦痛があろうものか。見送ってあげなさいな」


「本当は1年前にはもういなかったはずなんです。それをみんなに助けてもらって。エウレカ、喜んでいると思います」
 春の優しい日差しが差しを込む教会の小部屋に座ったミーネは、色とりどりの食材が入った籠に視線を落としながら、そう話した。
「ミーネさん‥‥ごめんなさい。私がエウレカさんのことを賢者と言ったばかりに、お別れの時間を短くしてしまって」
「そんなことないですよっ」
 黒の神官の思わぬ言葉に、ミーネは驚いて、手をパタパタと振った。意志の強いのがタロンを奉ずる黒の神官達だと思っていたが、彼女のその姿は思いも寄らぬ姿であった。
「少し離れる時間があったからこそ、エウレカのことそれまでの自分とかも振り返ることができたと思いますから、その、迷惑とかそんなこと全然ないですから」
 それでも項垂れるホーリーの顔は、髪に隠れて黒く霞みうかがい知ることができない。そんなホーリーを見て更にミーネは更に手も顔も大きく動かす。
「えと、あの。エウレカだったら、暗い顔しないでって言いますよ。こうして出会えてお話できるだけで幸せなことデスーって」
「‥‥ ‥‥か?」
「え?」
「何か、私にさせていただけることはございませんか?」
 ホーリーの泉のような色の瞳がミーネの視界に飛び込んできた。泉の水は嵐がやってきたかのように波立っている。そこに吹いている風がミーネの顔を吹き付けたような気がして、思わず彼女は体を仰け反らせると射した陽光がミーネの顔を白く照らす。
 そんな中で、ミーネは一呼吸おいて視線を少しさまよわせると、にこりと微笑んだ。
「‥‥笑顔で、見送ってくれれば。エウレカのことも私のことも」

「私、エウレカと出会えて、今まで色んな人に色んな幸せをもらっていることに気づいたの。
 そして小さくてもこんな私でも返せることがわかったの

 エウレカはもっと生きたくてもできないことなんだと思う。
 私はまだ生きている。
 だからエウレカのしたかったことをしたい
 もっとエウレカの感じたことを感じたい

 だから旅をしようって。
 考えているんです。

 だからエウレカと私を、笑顔で見送ってください」

●今回の参加者

 ea1787 ウェルス・サルヴィウス(33歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea9927 リリー・ストーム(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb3087 ローガン・カーティス(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb8121 鳳 双樹(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「あなたに幸せがありますように」
 そんな言葉と共に、白い部屋に緑が添えられた。ミュゲの日にふさわしくスズランが一番多かったが、それ以外にもローガン・カーティス(eb3087)はあちらこちらから野の花を集めてこの部屋に飾った。
 今日。冒険者達はこの静かな部屋に集い、そして互いの幸せを願いあった。
 ここの主であるホーリーにも、その友人であるディアドラにも、そしてミーネとエウレカにも。
「エウレカさんなら皆が仲良くしていたいって思うはずだから‥‥みんな幸せになってそれがまわってくれれば」
 鳳双樹(eb8121)に至っては今にも泣きそうに唇をふるわせていた。シェアト・レフロージュ(ea3869)がその切なげな肩を羽衣のようなショールと腕で抱くものの、シェアトも言葉は見つからない。
「や、やだな。ほら。こんな佳い日に悲しい顔してたら笑う日がなくなっちゃう」
 冒険者達の様子を見て、ミーネは精一杯取り繕ようにして明るくそう言ったけれども、滲む涙はどうしようもなく、優しく笑ったつもりの顔も手のひらで隠さなければならなかった。
「どうぞ悲しんでください。大切な存在と離れれば、悲しいのが当然ですから」
 そんな様子にウェルス・サルヴィウス(ea1787)がつ、と歩み寄り声をかけると、もう微笑みをたたえようと決めていた口や頬も引きつっては、嗚咽が漏れはじめた。


「彼が精神的、体力的に疲弊が限界になる前に出来るだけのことは全部試したい」
 ローガンは皆に向かってそういった。その手には小さな袋が握られていた。それが以前、彼が手に入れた薬であることは誰もが知っていた。
「この薬は感覚を麻痺させる。だが、意識まで奪ってしまうほど強力なものだ。だが、痛みだけを抑えることができるかもしれない。そうすれば、話をすることも可能かもしれない」
「そうだね。最後にまたお話する機会、作ってあげたいな」
「目が覚ませないほどでも、痛みが抑えられればテレパシーでお話することができるかもしれません」
 ローガンの言葉に、明王院月与(eb3600)やシェアトが頷いた。シェアトはテレパシーで眠るエウレカに話しかけてみたが、天国への道すがらにあるエウレカの意識は遠く、声は帰ってこなかった。しかし、痛みを抑えてやれば可能性はあるかもしれない。
 賛成の言葉が続く中、リリー・ストーム(ea9927)だけは腕を組んで考え込んでいた。
「あなたの腕を信じていないわけではないけれど、薬を調合し直してそれが思ったように働くかどうかはやってみないとわからない。場合によっては総てを奪うかもしれないし‥‥逆に、また狂ったように暴れるエウレカの姿をミーネに見せてしまうかもしれない。ミーネが傷つくことを私は認めたくないわね」
 もう魔法の力なしでは目を覚ますことすらできないほどに消耗したエウレカに応じた薬を作らなければならないのは薬の知識の多少に関わらず、難しいことだとわかる。
「でも、でもね。この最後かもしれないこの時間にただ見ているだけなんてしたくないよ」
「それが人を傷つける行為となるとしても? 遺される立場は誰だって辛い。私たちだけでなくミーネも同じよ。その上でミーネが、笑顔で見送ってほしい、と言った意味も考慮してあげるべきじゃないかしら」
 月与のためらいがちな言葉に、リリーはぴしゃりと言った。
「でも、何もしなくて笑顔で見送れるなんてできっこないよっ。本当に他人のことを理解するなんてできないかもしれないけど。少しでもミーネを初めとするあたい達全員が少しでも心残りにならない方法を模索したいんだ」
 月与は燃える瞳と共にその熱意をはき出す様子に、リリーは静かに見下ろすばかりであった。
「エウレカが、もがき、苦しみ、狂化する事になったとしても?」
「‥‥それでも」
 僅かな逡巡の後に答える月与の後ろに、双樹も歩み寄りリリーに顔を向けた。
「私も笑顔で見送るなんてできないって思います。考えるだけで胸が締め付けられて‥‥。笑って見送って、って言葉を聞いて、私よりずっと強いなと思いました。それって単なる強がりじゃないと思うんです。きっとエウレカさんのそばにいて狂化した姿とか、だんだん幸せって言い続けるエウレカさんの姿を見ることが出来なくなって、そんな内に受け止められる強さがあったんじゃないかなって」
 静かな見つめ合いの後に、準備があるから、とミーネがくぐったその扉を見つめた。
「ミーネが再び優しいエウレカに会える可能性に賭けたい‥‥と望むのでしたら」



 ミーネは少し迷っていたが、ローガンの発案を了承してくれた。
「エウレカをよけいにつらい目に遭わせないかなって心配もあるけれど‥‥エウレカもあたしも、きっと大丈夫。みんながよくしようとしてくれることが嬉しいから。結果はどうあれ、そのことで悲しんだりしない。だって今まであたしが辛いとき、それからエウレカの無茶なお願いを、みんなが助けてくれたもん。‥‥信頼してる」
 それに、とミーネは付け加えると、荷物から一枚の木札を取り出して見せ、「エウレカに見てもらえるなら、見てほしいの。きっと喜んでくれるから」と言った。
「冒険者ギルドに登録、したの?」
「うん。旅をするならギルドに登録した方が色々便利そうだなーってシャンゼリゼで働いてて思ってたの。身元保証くらいにはなるし。それに‥‥みんなみたいにあたしも何かできたらいいなって。お店のアンリちゃんならドラゴンくらい倒しちゃいそうだけど、あたしはとりあえず調理の腕が生かせそうな仕事から頑張ってみようかなって。少しでも人に喜んでもらえる機会、作りたいなって」
 そこまで言って、少し不安そうに冒険者達を見たのは、相談も無しに、とか、無茶して、とか怒られないか心配になってきたのだろう。だが、誰もそんなことを気にする人はいなかった。
「それじゃ、是非キエフに行ってみてください。私、旦那様とキエフに遊びに行って来ました。あちらは少し遅い春で‥‥ハーフエルフの方が何の弊害も無く生きている国なのですよ」
 シェアトはのんびりとした口調でそう言い、旅を目の前にしたミーネの夢をふくらませた。ミーネも言葉一つにしっかりとうなずき、思いをはせているようだった。
「エウレカのお母さんが北に行きなさいって。きっとキエフのことなんだね。もっとはやくキエフにたどり着けたらエウレカは‥‥あたしが引き留めちゃったのかな」
 思わずこぼしてしまった言葉にミーネはふと影を残したものの、すぐに頭を振り、それから繕い言葉を探すがなかなか言葉が見つからない。
「‥‥いいですよ。ミーネさん」
 前に進もうとして、そうすぐに新たな自分が形作られるわけではない。気を緩めれば弱い自分が顔を出して。そんな姿がいじらしくて。
「はは、はははは。あまり泣かせないでくださいってば。なんかもう、ホーリーさんに『笑って見送って』って言ったあたしが一番泣いてるなんて、情けないって自分でも思ってるんですから」
 拭いてもまだ伝う涙を、もうそのままにしてミーネは笑ってみせた。
 その時、どこからともなく花の香りに包まれた部屋の中に、温かみのある香ばしい匂いが漂ってくる。
「料理ができたよー。さ、さ。食べて食べて。食べて元気を出さなきゃ!」
 月与が料理をめいっぱい載せたトレイをそれぞれの手に持ち、扉を体で押し開けた。フルーツの香りが漂うのはパイとティーのセット。ミーネはその料理を見て言葉をつまらせた。
「これって、予言災害の時のメニュー?」
「えへへ、懐かしいでしょ。ニョッキのトリコロール。ブライダルナイトとクリームスープ。フィッシュチップなどのつけあわせの思いやりの花。スズランパンに、すいとん、ガーリックラスク、肉まん、飲み物もばっちり、ハーブティーからはじまりサワードリンク、えーと、塩ぃ犬」
 もちろんテーブルに収まるはずもなく、一部はなくなり次第また持ってくるということであったが。
「懐かしいですね。もう2年も経ったんですね」
 そのうちの一つに参加していたシェアトも料理の数々を見て懐かしそうにし、ああ、そうそう。とスズランの花を一つ差し出し、この料理にも、そしてエウレカのことにも関係してくれた人からの分ですよ。とミーネに加えて説明した。
「見送る側も、受け取った様々なものを大切に、その先歩んでいけるよう努めています。悲しむのは当然です。ですが、ミーネさん、あなたは少なくてもこれだけのものを作り、そして私たちに与えてくださいました。今日はわかちあいましょう。心からの感謝と祈りをこめて」
 料理を運ぶお手伝いをしていたウェルスがミーネに向かっていったのであった。
 今日は盛大な食事会になりそうだ。



 ローガンの薬が完成し、それは静かに与えられた。
 そして一分、二分。時間はいつもよりも遅く、窓から入り込む風も、漂う花の香りもどれ一つ足を重たくしたようだ。
「もう少し、与えるべきか‥‥様子を見るべきか」
 ローガンの額には玉のような汗がいくつも浮かんでいた。一つの判断が生死にそのまま関わる。その重責は心臓を押しつぶしてしまいそうだった。
「う」
 エウレカが僅かに身動きした。
 誰もがその小さな身動きに、心が大きくはねる。リリーがローガンに代わり、その様子を確認しようとした。
「ぁぁ、う」
 腕がうわついたようにベッドから抜け出るとリリーにたどり着き、それを頼りにエウレカは体をベッドから這い出でてリリーの腰につけていた革袋にかじりついた。
 狂化だ。
 狂化したところで、戦乙女の装束を身にまとったリリーにはエウレカの歯では傷ひとつつけられないが、それを見守っていた人の心を大きく揺らした。
「‥‥薬が弱すぎたのか」
 うなだれるローガンの前で、リリーは革袋をかじりつくエウレカを引きはがした。しかし、かみつく力の方が強いらしく、そうそう離れず、結局、中に入れていたインタプリティングリングごともっていかれるような形で、エウレカはベッドに戻った。
 耳の形をしたそれにエウレカはまだかじりついて口を上下させていたが、リリーがゆっくりと力を込めてそれを引きはがした。その時には耳の先はわずかにかみちぎられたようで先がなくなっていた。
「‥‥魔法の指輪なんだけれど。まさか噛みちぎられるなんて」
 困惑したリリーをよそに、エウレカはそのまま再び眠りに落ちたようだった。静かな寝息を立て始める。
「テレパシーを使ってみます。今ならもしかしたらお話ができるかもしれません」
 シェアトがそう言った。このままで終わっては誰も救われない。

 エウレカさん、聞こえますか?

−はーいー。聞こえていますよ。

「!! 届きました。エウレカさん、返事してくれましたよ!」
 浮き足立つように皆がどよめきを起こす。何を話せばいいかわからない状態だったが皆に押されるようにしてミーネが前にやってくる。
「エウレカ‥‥なんて言ってます?」
「この前はお料理の海を旅しました。その前は花畑が綺麗で‥‥。みんなありがとう。みんなのおかげでエウレカは今まででとても幸せでした。とても嬉しかったです。って‥‥全部、知っているんですね‥‥」
 できるだけ違いなく伝えようとするシェアトの言葉にうなずいて、ミーネは言葉を続けた。
「そう、エウレカ。今度はあたしも旅するんだよ」

「ミーネお姉さんとはいつでも一緒ですよ。ミーネお姉さん、エウレカは大好きです。
 だからミーネお姉さんが旅をするなら、エウレカも、行きます」

 ミーネはそれ以上言葉を出せなかった。
 わからない。嬉しいとか悲しいとか感情ではなくて、ただミーネの心を震わせて。

「これからもっとたくさんの幸せを見付けてきます。持って帰ってきたらみんなで半分こ。それじゃ、行ってきますね。
 ‥‥ ごめんなさい。テレパシーが届かなくなって。もう一度呼びかけて‥‥」
 エウレカを呼びかけようとするの声をウェルスはそっと止め、そして小さくしかし誰にも届く声で祈りの言葉を捧げた。
「‥‥彼に慈愛の母とジーザスの名において、今日この日この時より罪を赦し、新たなる栄光の道を歩まんことを」
 手にした錫杖から一滴、まるで朝寝をしているような。すぐ寝返りを打ちそうな格好のエウレカに注がれた。


 エウレカは加護の中に天国の扉をくぐっていった。



 ツバメが舞う五月の空で。歌声が響く。いくつもの声が重なる優しい歌が響いた。

母にいだかれ 眠る子よ
草の香りを 運ぶそよ風
小鳥たちは やさしく歌う
眠れわが子 眠れよ

母にいだかれ ほほえむ子よ
母の溢れる愛に満たされ
眠れわが子 眠れよ

 総てのことが終わって。エウレカの墓前にて静かに子守歌は終わりを迎えた。
 ミーネも旅立つ日がやってきた。真新しいネイルアーマーに身を包み、バックパックの横にはフライパンがぶら下がっている。
「終わるまで、泣きませんから。絶対‥‥」
 双樹は唇をぐっと噛みしめてミーネの手を握って言った。
「ありがとう。でも泣いていいよ。あたしも今日までさんざん泣いちゃったし。いっぱい泣いて最後に笑って欲しいな」
「毎日を精一杯生きることも人生という旅、さよならではなくまた会おう。それから料理は続けてほしいな」
 プレシャスオパールを手渡しながら、ローガンはそう言った。
「はい、料理も勉強して、色んな幸せを提供できるようにがんばってきます。さよならは、なんか寂しいですよね。あたしも言わないです」
 レインボーリボンに包んだお弁当を手渡して月与がいう。
「エウレカ君みたいに、希望を映す虹のような沢山の幸せ、夢、希望を見つけてそして何時か私にも教えてね」
「うん、月与ちゃんもどこかで会えたら教えてね。いっぱい交換しよう?」
 そしてリリーがあの、先の削れたインタプリンティングリングを渡した。
「エウレカの聞いていた声と同じかどうかは分からないけど、これを使えば、言語が通じない人や動物とお話する事ができますわ。いずれはその力に頼らなくても良い時がくるのかも知れませんが、持っておいきなさい。ちょっと欠けてしまったけれど‥‥」
「ありがとうございます。なんかエウレカの耳みたいでかえっていいかも、なんて。あの、早速使っていいですか?」
 何と話しているのだろう。どんな声が聞こえるのだろう。静かにその様子を見守る冒険者の中で、ミーネは目を閉じたまま言った。
「あの世だけに天国があるんじゃないだなって。エウレカが感じていた世界、少し分かった気がする。いつでも幸せって言える意味が分かった気がします」
 その言葉を聞いて、ウェルスは静かに言った。
「エウレカさんがそうなさったように、あなたの道を歩いてください。世界中に満ち満ちている幸せや仲間とともに」

 ミーネは街の門をくぐり抜けて、そして大きく手を振った。
「はい、それじゃ、行ってきます! また会いましょう!!!」