●リプレイ本文
勇士の姿が立ちこめる朝霧の中、姿を現した。みんな傷だらけで、包帯をしてる人とか、誰かの肩につかまってないと歩けない人などがいたものの、皆それぞれ自分の足で安らぎの街へと戻ってきた。
彼らは出迎えた顔見知り達に声をかけ、泥だらけの笑顔をお土産にして街を歩みゆく。
そして、広場にて。彼らは大きく手を振った。
「ありがとう。お前達の激励、役に立ったぜ!!」
彼らはあなた達にとっておきの元気を見せた。あなた達からもらった元気を確かに頂いた、ということを示すために。
●少しでも癒してあげたい
時は巻き戻って。決戦に向けて、誰もがある種の緊張を持ってそれぞれの準備をしている頃。
広場にある小さな食堂は冒険者達でごったがえしていた。そこは普段から冒険者が集う酒場シャンゼリゼとは違い、普通の市民達がちょっと贅沢をしたい時に使うような場所であったが、今日は特別な日。こんなところがあったのか、と驚きの声を上げる者もいた。
「さっすがアンリさん。こんないい場所があるなんて知らなかったよ」
クリス・ラインハルト(ea2004)は、戦場に赴く全ての仲間にエールを送るための会場をシャンゼリゼのウェトレス、アンリ・マルヌに相談したところ、こっそりとこの店を教えてくれたのであった。普段通う酒場とは違い、随分こぢんまりとした印象は否めないものの、会場のセッティング、キッチンも自由にしてよい、と気前よく言ってくれる店はそうはないだろう。
「クリスさん、シンボルが足らないくらいですよ。どうしましょう」
イコン・シュターライゼン(ea7891)は配り渡すために持った篭に新しく、シンボルを盛りながら、そう彼女に呼びかけた。シンボルとは魔との戦いの勝利と冒険者の連帯を表すために、と用意したもので月桂樹の葉と柊の葉を根元で赤い糸で結びV字に整えたものだ。それぞれに勝利・神聖・絆を表しているとのことだ。
それ程表だって冒険者に声がけをしていなかったため、この食堂を訪れる者は少なかったけれども、それでもこの小さな会場を埋めるには十分であった。シンボルも訪れた冒険者達に配っていると夜なべをしてまで作っていたイコンの努力も十分に報われるほどに、次々と冒険者の胸元や髪、装備品などを飾ってゆく。
「えっと、みんなが摘んできてくれた材料がまだ準備の部屋にあったはずだから‥‥」
ちょっとした熱気に慌ただしさを覚えながらも、クリスは材料の保管場所に駆け込んだ。それぞれの荷物や、今日の応援会の為の道具一式を放り込んだ部屋では、確かに捧徳寺 ひので(eb0408)とパラーリア・ゲラー(eb2257)が皆で集めてきた月桂樹と柊と、そして靴に囲まれていた。‥‥靴?
そんなものはあっただろうか、と首を傾げるクリスに、横でその様子を眺めていたサーラ・カトレア(ea4078)が口を開いた。
「靴職人さんは、自分の足で必ず帰ってきて欲しい、という思いをこめて、無料修繕中だそうですよ」
「あたしなりの応援なんだけど、ね」
サーラの言葉に少し照れたようにパラーリアは笑った。
その横で、シンボル作りをしていた捧徳寺だが、外の喧噪が耳にはいると、それを一端中断して、とれすいくす 虎真(ea1322)から借り受けた法螺貝を手にした。
「そろそろ時間ですね!!」
その言葉にサーラも立ち上がる。こちらも準備万端といったところか。
「一曲踊りましょうか」
「みんなが戦いで疲れた心をリラックスしてくれるといいですね。行きましょう!」
彼女たちが部屋から出ると、低く、彼方まで届く法螺貝の音が響いた。それは街ゆく冒険者達への呼びかけであると同時に、既に街を離れた冒険者への呼びかけであったのかもしれない。
メイン会場では甘い香りがくまなく覆っていた。アーモンドと果物の香りが香ばしく感じる。それは次々とできあがるマカロンの香りだった。
「勇敢に戦うのもいいけど、自分の命を守ること忘れちゃだめよ?」
そう言いながら、レムリィ・リセルナート(ea6870)がマカロンを一つ一つ、冒険者達に手渡していた。それは家事を嗜む者として、戦地でも簡単につまめて疲れも取れるお菓子なら作れないか、という思いからできあがったものだ。
それはなかなかの人気で、特に女性冒険者には嬉しいプレゼントであった。野外では特に甘い物とは疎遠であるからだ。また男性の冒険者にも確実に受け入れられていた。保存食ばかりの生活ではやはり負担が大きいらしい。甘い物はいつだって疲れをとってくれる。集まった冒険者は皆、喜んでマカロンを受け取っていた。あまりにも美味しい香りが広がっているためか、我慢できずにその場で食べてしまった冒険者もいたが。
「すごいねー。どうやって作るの? 材料結構したんじゃない?」
などという質問を受けるレムリィは、仕入れた商人に、冒険者友達にも教えるから、などと言って値切ってきたことなどをいうエピソードを交えつつ、細かく作り方を説明した。酒代を切りつめたりしたことは内緒にしておいたつもりだったが、何人かの友人には読まれてしまい、きっちり元手を返されてしまった。
一方、一緒にマカロンを作っていた、とれすいくすは、もののついでと、干菓子や干果物なども用意して配っていた。下手な主婦より遙かに家事に慣れている、とれすいくすのマカロンはプロの如しと唸られ、付け合わせ程度と思っていた干菓子なども大喜びされていた。
「まぁ、死なない程度に頑張んなさいね〜」
とれすいくすは取り合い合戦に発展しかけている干果物の行方を一歩離れたところからそう声をかけつつ、細い目をさらに細くしてため息をついた。本当は自分だって癒されたい‥‥。なんて思いをここで吐露するわけにもいかず、懊悩するのであった。
「僕も一つもらうね」
とれすいくすの干果物をひょいとつまんだのは、一緒にこの応援をするのに集まったセドル・アルコート(eb3427)だ。あ、こら。と、とれすいくすが目をつける時にはすでに彼は、その場に集まる他の冒険者に声をかけていた。
「ねえ、すぐに勝負がつく、簡単な運試しをしない?」
とういうと、セドルは石取りゲームを提案した。それは交互に石をよけていって、最後の一個をとらされた方が負け。一回によけられる石は3個まで。というゲームだった。たちまちのうちに賭好きの冒険者が何人も参加してきた。
そんな冒険者を相手取り、順々に勝負して、ゲームに敗北したのはセドルの方。彼はにこりと笑って、自分の左胸に挿していたシンボルを取って勝者に差し出した。
「強運の持ち主だね。はい、勝者に相応しい贈り物だよ。‥‥本番も期待しているよ。」
うまく数を調整して、相手の気を害さないように、そして自信をつけて送り出そうとするセドルの気持ちがこめられていた。
そんなセドルの気持ちを知ってか知らずか、ゲームに参加した冒険者達は一様に嬉しそうな笑みを浮かべ、セドルの言葉に、明るく応えていた。
用意した食べ物がすっかり無くなってしまう頃、法螺貝の音が響いた。捧徳寺の呼びかけの音だ。音楽がこれから始まるのだと、とれすいくすが気づくと、彼はエプロンを外して立ち上がった。
「さあて、もう一仕事っすね。踊り子さんや歌い手さんに手を出さないで下さいね〜」
そう言いながら、とれすいくすは、会場の正面、一段だけ高くなっているステージの側へと移動した。彼がそこにたどり着く前に、クリス・サーラ・捧徳寺がステージに辿り着いたのを見て、とれすいくすは少しばかり歩を進めるスピードを上げた。
三人が揃うと、クリスは竪琴と横笛を巧みに使い分けて心を癒し、活力を呼び覚ますための曲を流し始めた。序盤はクリスの竪琴が中心に、ゆったりと音が流れていく。深く心の淀みにかかるような低い旋律は水の流れのようであり、少しずつ柔らかく穏やかな曲調に変わるそれは、水が汚れを包み、浄化していくようであった。
ゆったりとした曲調に合わせてサーラが舞いを見せた。弦のつま弾き一つ一つに反応するように、細やかに、繊細に動く指先。そして曲の流れを象徴するように円弧を描く腕、こめられた気持ちを全力で表そうとする、体の動きとステップは、見る者を魅了した。たなびく髪に想いが糸引く、そんなような踊りであった。
曲が中盤にさしかかると、続いて捧徳寺が口を開いた。豊かな声量と幅の広い音域が、クリスの調べやサーラの舞に色を付けた。
『私達の想い 貴方達にあげる
輝く明日が見たいから
聖なる柊と月桂樹の葉が
皆の無事を祈ります
歩こうよ 歩こうよ 小さな印かざし
唄おうよ 唄おうよ 明日を呼ぶ唄』
手当をする手を止め、イコンは歌が流れ、聴き入る冒険者達の心を揺さぶっている様子を見た。それは不思議な感じであった。人を喜ばせたり、それを形にするということにまるで取り柄がない、と思っていたが、イコンが作詞して、今、奉徳寺が歌っているそれは少しでも、人の心を揺り動かしていた。他の人が協力してくれたからこそできたことであっても、それに自分が関わっている、という気持ちは何だか嬉しくも恥ずかしいような気がする。
そうこうするうちに、曲は終わりを迎え、それと同時に盛大な拍手と、喜びの声が会場の空気を大きく震わせた。
曲は続いて、奉徳寺が騎士に扮して「ノルマンの歌」という皆の暮らすノルマンの地が、こんなに豊かで愛情深く、守る意義があると再認識するにふさわしい歌を披露した。この時には奉徳寺の愛鳥ほーくんも参加し、皆からほほえみが漏れたのであった。
「あたしまだ弱いですけど、強くなって、皆さんみたいに困ってる人を助けたり、大変な事件を防いだりできるようになりたいです! あたしも冒険者なのに、何もできないし、えっと、上手くまとまらないですけど‥‥あの、がんばってください!」
奉徳寺はそう言いながら、ノルマン森の歌を歌いきったのであった。
小さな宴は、あっという間に時間を飲み込んで、黄昏時を迎えていた。それぞれ精一杯楽しんでもらったようで、参加した冒険者は皆意気を高揚させ、また忘れてしまいそうになっていた笑顔を浮かべて、会場を後にしていた。
「行ってらっしゃい! 頑張っておいでよ!! 無理しちゃダメだからね!」
パラーリアは冒険者達の背中をバシバシと叩いて、送り出していた。時には冗談も言いつつ、ちゃんと帰ってくることを約束しながら。
最後の一人を見送り終わっても、パラーリアはずっと彼らが歩み去っていった方を見続けていた。先ほどまでのあかるさは欠片もなく、物静かに夕闇の迫る通りをじっと眺める。
「無理しちゃダメ、って言ったのは貴女じゃありませんか」
パラーリアが驚いて、声のする方を見やると、そこにはいつからそこにいたのか、サーラの姿があった。
これから繰り広げられる戦いに身を投じる彼らのことが不安でたまらないけど、それでも堪えて堪えて、笑顔を続けていたパラーリアの顔が、サーラの小さな微笑みで、崩れてしまった。
泪がぽろぽろとこぼれる彼女の顔をサーラは優しくふき取って彼らの勝利を予言したのであった。