●リプレイ本文
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時はまだ日が沈む前からもう準備は始まっていた。
パリの噴水広場にテーブルがいくつもよいしょ、こらしょっと並べられる。人々はそれを楽しげに見つめている。
だって知っているのだ。それが夜の楽しみであることを。
「あ〜、もうちょっと左ですよ〜」
エーディット・ブラウン(eb1460)はペットのゾウガメにそう指揮した。
そう、今テーブルを動かしているのは、ゾウガメ。
ゾウガメは言葉の通り、テーブルをその甲羅に乗せて、のたのたゆっくり左へ動く。そのバランスの良さったら。
本当はもうちょっとのんびりしたいんだけどナ‥‥。
「あら、もうお祭りの芸をされているんですか?」
くすくす笑いながらエーディットにそう語りかけるのは明王院未楡(eb2404)だ。彼女は買い物籠を下げ、今はまだお買い物途中といったところだ。後ろについてきている軍馬の不動には山と食物が積まれている。
こうしてたくさんの食べ物を準備できるのも自然のおかげ、神様のおかげ。ありがたや、ありがたや。収穫祭ってなんでもありがたがってお祝いする時期だから。その食料の山を見る通行人もなんだか期待の目。
「今は、まだ準備中ですよ〜。ほら、私、体力は自信ないので、代わりにテーブルを酒場からお借りしているのですよ〜♪」
台車代わりになっているゾウガメはぼーっとしながら、少し左に寄ったままじっとしている。さすがに下ろすことはできないから。
「たくさんお借りすることができたんですね。お客さんをたくさん迎えられそうですわ」
バラバラとしながらもそのテーブルの数は10を超えていた。今頃酒場の大ホールを初め、いくつかのお店ががらんどうになっているに違いない。それでもいいの。祭の日は座るスペースももったいないくらいに客が出入りするから。そういう理由で貸してくれたのだ。
「調理場はこっちを使えばいいのかな?」
食事の材料を運んでいるのは明王院だけではない。ライラ・マグニフィセント(eb9243)もお菓子屋ノワールから材料を箱に詰めての登場。同時に甘い香りがふわりと漂えば、子供達の足がぴたりと止まる。
「お菓子の匂いがする〜。食べたーい」
「お菓子もおかしい出来事も、夜になったら登場だよ。楽しみにしててね〜」
駄々をこねる子供達に愛犬の背に乗ったアルディス・エルレイル(ea2913)はほんの少し洒落を含みながら宣伝をしていく。
そうとくれば自然と子供も大人も期待が高まる。笑顔に興奮をトッピングしたような。シェアト・レフロージュ(ea3869)はそんな人々の姿を見て微笑んでいた。
「今からステップを踏みたくなるねぇ」
買い物のお手伝いをしていたアニェス・ジュイエ(eb9449)も期待に足取りが軽くなって。トトントンとステップを。
と、小さな紅葉を迎えた葉が一枚、ハラリ。
「アニェスさん、何か落としましたよ」
シェアトがふと気付いて指摘すると、あらら、とアニェスはいたずらっ子の笑みを浮かべて回収した。
「何かに使うんですね」
「そう。収穫祭だから、ちょっと喜びのお裾分けをと思ってね」
「ふふ、楽しそうですね。私も夜が楽しみになってきました」
そう誰もがみんな夜を待っている。
収穫祭の幕開けとなる夜を。
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夜が来た!
今日からは静まりかえるくつろぎの夜ではなく、ワクワクとドキドキの夜が始まるのだ。
子供達も収穫祭の間だけは特別。大人と一緒に夜更かしができる時。もう弾けんばかりの喜びが渦巻いてる。
大人だって一緒。実りの秋を今年も無事に迎えることができたこと、そしてその実りを享受できたことに感謝をしての大騒ぎ。
「いらっしゃいませ〜♪」
広場では、エプロンドレス姿のエーディットが笑顔でお出迎え。青い服と白いエプロンはどこか不思議の迷宮を駆け抜ける少女のよう。
「いらっしゃいませ。時間はたっぷり、ああ、でもお気をつけ。夜は短いですよ。覚(冷)めないメニューはこちらです」
男性ウェイターのように、ベストにシャツ姿、背高帽子を被っているのはシェアトさん。差し出すメニューはまあるく時を刻む計りのようで、季節外れの兎さん。
「それじゃあ、ワインと、この‥‥肉饅頭をお願いしようかな」
「葡萄にお酒はめいっぱい。おいしい肉まん一つどうぞ♪ さあさ、楽しんでいってくださいな。お代とおひねりはこの中へ」
「おひねり?」
背高帽子を差し出されてお客が首をかしげていると、雑踏の中をのしのし、肉饅頭を載せた皿を大きな甲羅にのっけて登場だ。ゾウガメさんもエーディットさんとおそろいのエプロンドレスとヘッドドレス姿で、メイドゾウガメ。
「こ、こりゃ面白い。ははは、夢を見ているみたいだ」
そういって、肉まんの皿を受け取るとお客はシェアトの差し出す帽子の中にちょっと多めにお金をチャリン。
「夢はまだまだ、覚めないからご安心。今ここはパリ。だけど今宵は多国籍。気分は一路、華仙大教国へ〜」
もうお休みしている噴水の台に乗って、アルディスが口上を述べると、その口に七色のオカリナをあてる。
流れ出す音色はゆるゆる緩やかでノルマンにはない独特の心に染みいる華国の悠久の調べ。みんな一時目を閉じて、パリではない世界に思いをはせる。お客のほとんどは華国に行ったことのない人だけれども、その調べから、異国の風情がまるでそこにあるかのような。そんな感覚。
みんなが一様にそんな時間を過ごしていくのは、さっすがアルディスの天才演奏家、流浪の風弾きといわれるだけのことはある。
最後の一音を終えた時には、みんなが静まりかえっていて。感動っていうものはなかなか言葉にしにくいもの。拍手で答えるのもなんだか場違いな気がして。
そんな中で喧噪を呼び戻したのはあまぁい香りとライラの明るい声。
「さぁ、お菓子が焼けたよ」
「わぁい、食べる〜」
「私も貰おうかしら」
お菓子の時間に子供達と甘い物大好き女性達がこぞってちょうだいと手を挙げる。シェアトが用意したおひねり入れの帽子もあっという間に重たくなって慌てて一端退避〜。
「リンゴの香りのいい匂いっ」
「ああ、それはラボット・ピカルドを食べやすくしたものだね。それならみんな食べ持って歩けるだろう?」
ライラが用意していた一つ、リンゴを棒状にしてパイ生地で包んで焼いたものは爽やかな香りも手伝って大人気。秋から始まる味覚、リンゴの登場は誰もが嬉しい物。まだ酸っぱいところだけれども、お菓子屋ライラの手にかかればそれも甘酸っぱいいい感じに早変わり。
ノワールの定番お菓子、ウーブリの生クリーム乗せも庶民の味に大好評。異国の情緒や珍しいお菓子もいいけれどやっぱり定番は一番舌になじんでいいな。ということで、もう一種類用意していた特製マカロンも次々出て行く。
「おーいしいっ」
「もう一つちょうだい〜」
「はーいはい、お待ちあれ〜。これじゃ時間がいくらあっても足らないよ。急がなきゃ、急がなきゃっと」
もう一人の兎さん、ウサ耳つけたエプロンドレスを身につけたアニェスは、右へ左へ大忙し。教会の鳴らす鐘の数もまともに数えていられないほど。
大忙しの時間はあっという間に。本当にあっという間に過ぎ去って、ライラが合図を出すと、アルディスが、カチャーンと勇気の印を頭に乗っけた金の冠にあてて金属質な音を立てる。気がつけばアルディスったらさっきの衣装から、エーディットが用意したイスパニアの踊り子が着るような、派手な衣装に替わってる。
一体、何が始まるの?
「お菓子は売り切れ〜。これからは真面目な剣舞のはじまり、はーじーまーりー」
その合図と共に、シェアトは月下の浄衣にローレルを飾った簪を。後ろで軽食を用意していた明王院はオリエンタルな若葉色の服になり髪を団子に、雷切を手にして登場。同じくお菓子を用意していたライラは情熱の真紅の服に名剣ロッセ。そしてウサ耳をつけて給仕をしていたアニェスはこれまたエキゾチックな青を基調にした衣に装飾をたくさんつけてダンサーズショートソードをもって現れる。
いきなりの給仕やコックの大変身にお客達は固唾を呑んでその動向を見守る。
そんな中、シェアトは噴水の縁に腰を下ろして、三味線をピンとはじく。
音と同時に、3人がもっていた剣がぴしりと天に掲げられ、3本の剣が重なりあう。
「一人はみんなのために」
「みんなは一人のために」
舞台ではおなじみの名台詞が唱和される。3剣士の登場だっ。
まずはアニェスがカシャリと剣を跳ね上げると小気味よいステップと共に剣をひゅんひゅん振り回す。くるりと回るとその勢いで明王院の持っていた雷切に刃が当たると、魔法の白刃光がバシリっと飛ぶ。
それに合わせて明王院が川の流れのようにゆらりと舞い、魚がはねるように弧を描いて、ライラの剣と重ね合う。それが幾重にも続いて上へ下へと剣が交錯する。
その間にもアニェスは舞い踊りながら、二人の剣の間を縫うように踊り入って、躍り出る。
そんな幻惑的な光景に一同は見とれ通し。その間にシェアトの三味線が激しく弾かれる。その強さは剣舞の激しさと共に強さを増して。アルディスのオカリナも負けず劣らずその緊張感を高める。
そう、3人の剣が交互にカンカンぶつかり、くるくる舞って、ひらひら踊る。めまぐるしい動きはどんどんスピードを増していく。
「やぁっ」
ライラの突きをアニェスはトンボをきってその剣の上にひらりと立つ。まるで、体の重みがないかのよう。
一同、これには拍手喝采。
「たぁっ」
そのアニェスめがけて、今度は鋭く明王院の突き。
ああっ。観客の悲鳴が思わず漏れる。
でも大丈夫。アニェスはひらりと舞い飛び、頂点に至った月を背に大きくはねる。衣が月影を遮って、青い光とアニェスの影が重なって、そして音もなく着地。
「おおおおおおっ」
「お姉ちゃん達、やる〜」
口笛、拍手、おひねり、全部が雨あられのように降ってくる。特に最後のは当たると痛いんですけど。
「さあ、息詰まる剣舞でお腹もすいてきませんか。華国蕎麦風麺料理もご堪能くださいませね」
明王院の言葉に、次々お客が手を挙げる。
「いい香りがするねぇ」
「コシがあってンまいっ」
こちらもこちらで大人気。着替えてきたお給仕さん達も右へ左へ行ったり来たり。ゾウガメさんなんかもう疲れ切っちゃって、丸くなってる。
明王院はそんな中でも手早く茹でた麺をザルに移し替え、左右それぞれの手にそれを持って、剣の如く一閃! 麺に混ざっていた水がしぶきのように飛び去っていく。
それを鉢皿に移してスープをいれて、その手早さは近くのコックさんにだって絶対引けを取らないはず。
その証拠にほら、そんな一挙一動もまるで芸当かのようにお客が見入っている。
料理は次々出て行き、明王院は次の支度とばかりにまた麺を茹で始めた。
「次の麺がゆであがるまで、あたしの踊りでもどうかな」
シャナリン。
剣舞の後だというのに、アニェスったら元気にまたステップを踏み出して、装飾類がぶつかり合ってそんな音を立てる。
「今度の舞台は広いよ。みんなのところまで行くからね」
アニェスはあっという間に噴水の縁から観客のいるテーブルへと飛び込んでいく。
アニェスのケープが客の頭の間からはらりと舞って。ちょっとすればひょん、と頭が出てくる。
「あ‥‥」
早速、曲をと準備していたシェアトはそんなアニェスを見てぴたりととまった。
今、踊り子二人いなかった? 天に召されたあの子の姿が見えなかった? 踊って笑ってしているあの子の姿‥‥。
見間違い? ううん、きっといるんだ。ここに来ているんだ。
「曲、いきますよ〜」
シェアトは改めて竪琴を準備して、情熱的に弦を弾いていった。
「あれ?」
お客の中から声が漏れる。
「おかしいな。おひねり投げようと思ったら、ポケットにドングリが入ってたよ」
「はっははは、化かされたんじゃないかぁ」
「そういうお前だって、胸に葉っぱが入っているぜ」
「ありぃ?」
お客達は目を合わせる。
なんだか化かされた? 秋の妖精だろうか?
あ、妖精?
お客達の目が『妖精のように』舞う踊り子に視線が集中。
「よっ、実りの秋の運び手さんっ!」
「あちゃ、ばれちゃったか。妖精の悪戯だって思ってくれたら良かったのに」
みんな思っているよ。妖精が運んでくれたって。
アニェスは跳ねる。自由奔放に。お客の中をぐるりと回って。
時にはお客をステージにまでつれあげて。くるくるくるりん、くんくるりん。
踊りは終わらない。アニェスの踊りに、シェアトの曲に合わせて、みんなが踊りはじめるから。
「さーぁ、もう一回、いくよ〜!!」
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夜闇が一番深くなって、人々のほとんどは楽しい夢を見ている時間。
前夜祭もようやく一段落を迎えるのはそんな頃。もう少ししたら白む頃合いだと、冷たく凜とした風が教えてくれる。
「すごい盛況でしたね。ぜーんぶ売り切れてしまいました」
やりきった、とばかりにほっと息をつくのは明王院。売りたいとは思っていたけれど、全部売れてしまうのは予想外の嬉しさ。
「おひねりもすごかったね〜。途中から財布が飛んでくることもあったもんね」
ちいさなアルディスはもう埋もれんばかりのおひねりの中で体を大の字にしていた。ここ最近の一番の大もうけだったに違いない。
みんながにぎわう中でシェアトは一人まだ、竪琴を弾いていた。
今日の喜びをあの人に届けるために。
感じるでしょう 掛けられた布
薄絹の夢 更紗の優しさ 木綿のぬくもり
縁を紡ぎ 想いを重ね 埋もれた寂しさは記憶の果て
冷えた手はふわり包まれ
変わりゆく自分の道を知るのは少し未来(さき)
並んだ影は何時か見た夢‥‥
夜はゆっくり白んじていく。
明日からの本当の収穫祭に備えて。
おやすみ。一時の良い夢を。