領主(姫)と盗賊
|
■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:9 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:6人
冒険期間:10月21日〜10月26日
リプレイ公開日:2009年10月26日
|
●オープニング
「盗賊達は、クロミエをほぼ掌握。周辺のゴロツキなどを傘下におさめ、数も捕まえた時より増えているとのことです」
パリ南東部に位置するユスティース領では現在冒険者崩れが指揮するという盗賊団に悩まされていた。
民衆が喜ぶためと思って下げた徴税分を狙って、その収穫を奪っていく奴らは数知れなかった。一部の自治体では、自警団などが設営されたが、今噂になっている盗賊団は手練れが指揮しているといい、自警団ではなんともならず、かえって村を壊滅させられるという事態にまで及んでいた。
その盗賊団がとうとう、一地方の村全てを掌握した。
衝撃的な話であった。
「敵影は捕らえられない、村からは作物も人もその心までも奪われる‥‥どうしたら‥‥」
領主アストレイアの心が落ち着く日は全くないといってもいい。元々広大な領地を持つユスティースを治めるのは多大な労力が必要であった上に、今回の事件だ。気を抜けば倒れそうにもなる。
「あの、アストレイア様‥‥アストレイア様にお会いしたいという方がいらっしゃいますが‥‥」
「‥‥わかりました」
アストレイアは深いため息を一息こぼすと、立ち上がった。
●
「やはり噂に聞く美しさだ。アストレイア様。疲れ切ってはいてもその美貌、にじみ出る人徳はすばらしい」
「‥‥?」
応接室にいた男はアストレイアを見ると大仰な態度でそう言ったが、アストレイアにはこの男の顔も知らなかったし、わざわざそう言われて喜べるような気持ちなど持ち合わせてもいなかったから、男の存在をいぶかしむだけであった。
「初めまして。アストレイア様。クロミエの盗賊団の頭、フェイスと申します」
「!!」
「やあ、こうして出会えるなんて本当に幸せなことだね。可能なことなら月魔法のチャームを使ってその心を我がものにしたいくらいだ」
アストレイアはもう男の御託など聞いていなかった。即座に腰に帯びた剣を抜き放ち、男を一刀両断にせんとした。
が。男の方が数瞬早くその腕を掴み、動作を止めた。
「さすが騎士出身だ。反射速度が違うね。俺でなかったら今頃まっぷたつだったろうさ」
「わざわざ盗賊の頭が中央に謁見に来るとは良い度胸だ。用件はなんですか?」
男が掴む腕を振り払おうとするが、びくともしない。先に動いたのに、それを制する力といい、戦闘力ではどうやら勝負にならないと悟ったアストレイアはそのままの姿勢で、用件を問う。
「クロミエ地方はいただいた。次にいただきたいのはあなただよ。アストレイア。俺の物になれ。そうすれば盗賊に悩まされることもこの領土統治に悩まされることもない。俺がお前を幸せにしてやる」
「ふ、ざ、けるなっ!」
アストレイアはありったけの力で捕まれた腕を振り払った。
「ふざけてなんかない。本気さ。お前は俺の物になる。でなきゃぁ、クロミエに死体の山を積むことになるぜ」
その言葉にアストレイアは怒髪天を衝いた。
「恥を知れ、逆賊めがっ!!」
なりふり構わず剣を振り回し、椅子やテーブルの端が切り飛ばされるものの、肝心の男には傷一つつけられない。
「いいか、確かに伝えたぜ。アストレイア、ユスティース伯の地位、すべてを俺に委ねろ。天秤にかけるのは地方にすむ人間の命だ。お前は優しい。人を見殺しにすることなんてしないだろう。その気になったら、領土内に及びパリに声明を発表しろ。アストレイア・F・ユスティースはフェイスという男と結婚をする、とな」
「耳障りだ! 消え失せなさいっ」
アストレイアが大きく横に剣をなぎ払うのとペースを合わせるようにして、フェイスは大きく飛び下がり、窓に張り付く。
「大好きな冒険者に泣きついて相談してくれても全然結構だぜ。ただ、俺が待っているのは声明だけだ。楽しみにしてるぜ」
フェイスはそう言うと、窓を蹴破りそのまま城外へと飛び出た。
アストレイアは肩で息をしながら、怒りをぶつけていた
「絶対に、お前の思い通りになどさせてたまるものか‥‥っ!」
●
といっても、アストレイアに案があるわけではなかった。
クロミエに中枢の騎士団は出向させて警備に当たらせてはいるもののその尻尾すらまだまともに掴めない状態だ。ましてや、あの首領は一般兵士や自警団では相手にすらならないことであるのは僅かに接触をもったアストレイア自身が一番よくわかっていた。
「なにもできないの‥‥たった一人の暴虐者に、私は何もできないというの?」
広大な領地を運営していく自信などまったくなかった。
それでも不運にもデビルの悪戯でなくなった父の代役は務めたいと思っていた。
それはしんどくて、多くの人に助けてもらいながら小さいことをコツコツと積み上げていっている。
それでも現実は力ある者に積み上げられた物を壊され、奪い去られていくのか。
アストレイアは涙が溢れて止まらなかった。
●リプレイ本文
●
教会の懺悔室に最後に入ってきたのはラスティ・コンバラリア(eb2363)だった。
「ごめんなさいね。待った?」
「いいや、今来たところだ。そっちこそ随分急いだんじゃないか?」
リュリス・アルフェイン(ea5640)の言葉に、ラスティはいささか不満げな顔をして自分の用意された椅子に座る。
「地図の複製が間に合わなかったから、諦めてきたのよ。ユスティース領全体、クロミエ地域、隣接するブリー、アストレイアが住んでいる北フォンテーヌ、それぞれ10枚ずつっていったのに3枚ずつしか用意できなかったのよ」
「1日で12枚も作れたら十分すごいとあたいは思うんだけどねぇ」
複製を任せられた政務官の顔を知っている分だけにシルフィリア・ユピオーク(eb3525)は苦い笑みを浮かべてラスティの言葉を聞いていた。
「それで反応はあったのかい?」
「フェイスもアイディールも反応はなかったわ。盗賊の中核という言葉ではクロミエの村の中でここから一番近い村を指し示したけれど、どうせ空振りよ」
「そうでもないと思うにゃ。クロミエ出身の騎士さんを調べたらやっぱり脅されてたことがわかったんだぉ。家族を絶対に助けるからって約束したら、声明を出したら狼煙で知らせるって言ってたんだよ〜。それを辿るとやっぱりその村に行き着くと思うにゃ」
そう口を開いたパラーリア・ゲラー(eb2257)であった。その内容に、皆顔を硬くする。家族の命を人質にするそのやり方といい。最低だ。
「誰にも気づかれちゃいないだろうな」
「隠すのは不可能だと思って、似たような質問を手当たり次第に声をかけて、闇雲に移動の痕跡を残しています。もしこちらの把握状況を調べようとしても、相手はまだ、大したことを知らないと思うはずです」
「さすが、情報戦には強いな」
しれっとした顔で、尻尾を掴まされないように行動していた大宗院透(ea0050)にリュリスはほぅ、という顔をした。
「生業が生業ですからね。私も負けるわけにはいきません」
「そういうぐらいなら他になんか情報はなかったのかよ」
「裏に通じる人間に聞き込みをしました結果、奴らが神出鬼没なのは、ノルマン地下を網羅している迷宮を根城にしているらしいということです。その存在は親族からも聞いています。後、まだ不確定な話ですが盗賊達の中核を担うのは2名とのことですが、それがジャイアントだったり、女性のだったりと、数は同じ2名でも構成が異なります」
「ノルマン大迷宮‥‥これはまた懐かしいですね。ノストラダムスの予言の際にデビルが使用していたという話を聞いたことがあります」
透の言葉に十野間空(eb2456)が驚いた声を上げた。彼もまたその存在を人づてには聞いていたが、まさかこんなところで聞くことになろうとは思ってもみなかったからだ。
「このテの奴らは暗くてジメジメしたところが好きだな。性にあってるんだろうけどよ」
「それにしても、どうしてフェイスの名前でバーニングマップは反応しなかったんでしょう。アストレイア殿は特にフェイスの動向を掴めるならと随分気にしていましたので‥‥」
リュリスがぶつくさというところをアストレイアの警備隊長を買って出ているマミ・キスリング(ea7468)が間を割って質問する。
「わかりません。元々は場所を指定してそこまでの最短距離を探す魔法ですから、条件の絞り込みが甘かったのかもしれません。フェイスという名前が複数人いれば答えは出ないでしょうし、もちろん地図上にいなくても反応はしません」
「偽名だという可能性もあるな。俺達にしか通用しない偽名だったなら元々そんな人間は存在しない、ということで反応しなくなる」
ラスティの言葉につけくわえるように尾上彬(eb8664)がそう言った。
魔法というものが指し示すものは常に真実だ。それだけに慎重な条件付けが必要となるものの、ラスティがここまで慎重を極めながら調べきれなかったと言うことは、それだけ相手の情報獲得手段に対して警戒していることが透けて見える。
「事前情報はこれくらいか。十野間、冒険者は雇えたのか」
「約50名ほど協力を取り付けることができました。もう各騎士隊と合流して作戦に参加していることでしょう」
「これでちょっとは敵もゴマかされてくれりゃいいんだがな。よし、後は直接顔を拝みに行くとするか。騎士隊が動けば盗賊も動かざるを得ないだろう」
「いいねぇ、あたいの出番だね。盗賊に取り入るようにして、誰か一人でも捕まえてみせるよ」
シルフィリアはにやりと笑って立ち上がった。
●
「領主の加護もうけられないと思ってさ、盗賊と仲良くしたいと思って、さ、くしゅんっ」
この時季になるとノルマンもかなり冷え込んでくる。防寒具の準備も無しに出かけたのがシルフィリアの失敗だった。演技もなにもあったもんじゃない。
男を見つけるのはそれほど苦労したわけではなかった。囮となりこの村に来た時にこそこそ隠れようとしていたのを、リュリスがめざとく見つけたのがその男だった。村人の情報からも盗賊団の一味であることは確認できている。
しかし、残念ながら、シルフィリアの姿に、男はうさんくさそうにシルフィリアとパラーリアを見つめるばかりであった。
「シルフィリアお姉ちゃんは防寒具もないほど困っているんだよぉ」
と、隙を見てパラーリアがスクロールの力を借りてチャームの魔法をかけた。あっという間に、男の懐疑的な目つきは友好的なそれに変わる。
「仕方ないなぁ。まあボスにお願いしてみればもう少し温かい目はみられるかもしれないぜ。ボスのところへ案内してやるよ」
男がふらふらっと移動し始めるのを見て、シルフィリアは後ろに隠れていた仲間たちに視線で合図する。
そんな出来事を男は何も知らずに村へのこのこと入っていきながら、パラーリアに話しかける。
「ああ、気をつけろよ。村には今、領主のアストレイアが来てるって話しだから」
もちろん、最初から絞り込んでこの村に来ているのだ。囮として。だが、男はその事実を何も知らないようであった。
「アジトの場所はどこにあるんだい」
「村はずれさ。地下道があって、そこから色んなところにつながっているんだ」
透の情報は間違いないようであった。
情報は確実に真実に迫っている。対して、相手は下っ端とはいえ、こちらの存在にまだ明確に気がついていない。
そうこうしているうちに、男はぐるりとアストレイアが駐留している村を迂回し、村の反対側に広がる岩場へと移動していく。
「この岩に隠れているのかい?」
「ああ、そうだよ。村の人間は知ってはいるけれど、中は危ないっていって誰も近寄らないからな。こっちとしては非常に好都合な場所だ」
「ご案内ありがとうだよぉ」
そこまでわかればもう十分だ。パラーリアは全く笑顔を崩すことなくアイスコフィンのスクロールを広げた。とたんに白い霧が盗賊の足下に浮かびたち、あわてふためく間に男は氷柱の中に閉じこめられた。
「いくぞ」
「お前らなにもの、だっ?!」
おきまりのセリフを言い終わる前に、男の上半身と下半身は泣き別れをする羽目になっていた。
岩場の地下もまた巨大な岩が並び立つ巨石群であった、岩の大きさに比例すれば小さな広場だがそこに男達はいた。それがリュリスの先制攻撃に一様にざっと立ち上がる。仲間がまっぷたつにされたのを目の当たりにして及び腰になってはいたが。
「汚泥と血反吐の中をもがいて生きるオレやお前らが、いっぱしに領地を持とうなんざ狂気の沙汰だ。相棒に笑えねえ焚き火を見せてくれた礼もある。その煮えた頭をすぐにブチ割って、さくっと目を覚ましてやるよ」
「るせぇ!」
飛びかかる男の横に透が現れ、その脇腹に肘をたたき込む。こんな場所では足場も悪い、周りは巨石の柱が立ち並ぶここでは弓矢は満足に扱うのは難しそうであったが、そもそもこのレベルの男たちにその技量を発揮する必要もない。
「がたがた抜かすんじゃないよ。首領はどこだい!」
シルフィリアは凍える体で剣を一閃した。とたんに衝撃が生まれ襲いかかる男たちをなぎ払った。その衝撃にばたばたと男たちは倒れていく。
「壊さなきゃ、綺麗にお掃除しなきゃいけにないわね‥‥」
ラスティも手にアイスチャクラを準備し、襲いかかる首もとを切り裂いていく。
「おお、さすがやるねぇ。一瞬で鎮圧じゃないか。怖い怖い」
「フェイスか? どこにいやがる‥‥俺の相棒につまんねぇたき火を見せてくれた礼をしたいんだがよ」
突如響く声にリュリスたちは周りを見回したが、石に声が反響して、声の位置がつかみ取れない。
「おぅ、フェイスっ。えらくいい奴ら運んできてくれたじゃねぇか。戦らせてくれよっ。こいつらと戦えば俺はもっと強くなれるっ」
「ダルク、馬鹿いうな。5対2、グリフォンめがけてもう一体来てる。やるならアイディールの旦那とアルティラ、それからシェラが揃ったときにきまってんだろ。とっとと言われたことやっちまえ」
咆吼のように響く声に、フェイスが叱咤する。
「そこかっ!」
ラスティが岩陰に向かってチャクラムを投げつける。しかし、それは軽い金属質な音と、氷が砕ける音だけで、チャクラムが戻ってこない。
「しっかたねぇなぁ。おい、お前ら、こんなんで死ぬんじゃねぇぞーっ!」
男の大きな声が聞こえるとともに、チャクラムを投げたあたりからズガンっと岩を砕く音が聞こえた。
中核と戦える、と走っていたリュリスもそれが何を意味しているかすぐに理解し、足を止める。
「崩落するぞ!!!」
岩が崩れた。一本の岩がゆっくりと傾くと、続いて連鎖するように周りの巨岩たちが次々倒れてくる。
リュリスは悪態をつくと、剣を納め、ラスティを捕まえるとウィングシールドの魔力を解き放ち、空をかけた。
「大丈夫かっ」
同時に、上空で爆発音がし、彬が姿を現す。微塵隠れで姿を現した。
「ここはもう崩壊するみたいです。私は自分で上れますので、シルフィリアさんをお願いします。私はパラーリアさんを連れて上へ上がります」
「せっかくグリフォンは始末したってのになんてざまだ! いくぞ」
透、彬それぞれが微塵隠れを連続で使い、崩れ落ちる岩を足場に安全な場所へと移動していく。
しかし、外に戻ったとき、訪れたのは悔しさではなく絶望感であった。
村に火の手があがっていた。
●
「火事です! 村の中心部から火の手がっ。し、しかも、範囲が広すぎて‥‥」
アストレイアはマミ、空と共に家から飛び出て、呆然とした。
先ほどまで、静かすぎるくらいの夜の村が一変して紅蓮に包まれていた。騎士は村の中央が、と言っていたがそれどころではない、村の中央にあった家は跡形もなく消し飛び、周辺の家が今炎の全盛を極めていた。
「アストレイアちゃん、みーっけ」
「アストレイア殿、危ないっ!」
それはマミの直感だけが頼りだった。何もなかった虚空の空に巨大な火の玉が生まれ、降り落ちてくる。マミは瞬間的にアストレイアをかばい、業火ともいえる爆炎をその背に受けた。
「マミさん、マミさんっ!」
「だ、大丈夫です。まだ‥‥」
「きゃははは。アストレイア様がいけないんだよぉ。フェイスと結婚するって素直に言えばよかったのに、それを無視してクロミエにくるんだもーん」
まだ燃えていない家の上に、少女ともいうべき女が立ってこちらを見て甲高い笑いをあげる。
「貴様‥‥何者だ」
「あたしはアルティラ。よろしくねぇ〜。お姉ちゃんが声明を出さないからぁ。クロミエはこのあたししがぜーんぶ燃やしてきたからね」
アルティラはからからっと笑ってにこやかに笑いを魔法のロッドを持った手でこちらに手を振ってくる。
「な‥‥なんですってっ?!」
「何怒ってんのよ。言うこと聞かなかったあんたが悪いんじゃん。クロミエの村々は全滅。人っ子一人残しちゃいないよ。騎士団もみんなあたしの魔法で黒こげにしてやったから」
「アストレイアさん危険です、下がって‥‥」
ズドン。
空がムーンフィールドを展開しアストレイアを後方へ下げようとした瞬間だった。
肉と骨がまとめて断ち抜かれる音がした。呆然として空が胸元を見つめると剣がその胸からでていた。
「空さんっ」
マミが悲鳴を上げる。この背中の火傷さえなければ、守れたものをっ!
剣の持ち主は、冷たい顔の男だった。30代半ば頃だろうか。見ているだけで肝が冷えてくるような印象を与えてくる。
「アイディール‥‥」
噂には聞いていたが、マミは戦慄と激痛で脂汗を流しながらも剣を構える。
「アストレイア。取引だ。この男が死ぬか、大人しく我々についてくるか」
「だ、め、です‥‥誘いに、のって、は」
空が言葉をかけようとした瞬間、アイディールが剣をわずかに揺らす、それだけで、突き上げられた空の体は新たに裂け目を大きくし、激痛のあまりに気を失ってしまう。
「空さんっ!!」
「アイディール、それは私と戦ってからに‥‥しなさい」
マミが必死に剣を構え、アイディールと対峙する。アストレイアがそんな選択を迫られれば自分のことを顧みないことは短い警護生活の中でも十分に理解できていることだった。その前になんとか倒してしまわなければ‥‥
だが、アイディールはマミをちらりと一瞥するだけで戦おうという動きすら見せない。
「反撃主体の戦士にわざわざ突っ込む気などない。さあ、選択しろ」
「私があなたの元にいけば、彼の命は助けてくれるのですね。それともう一つ約束してください。クロミエにこれ以上の被害を与えないということをっ」
「約束しよう」
アストレイアの声は震えていた。
「ダメです。アストレイア殿。一人の命よりも大勢をとらえてくださいまし‥‥」
「私は、私の命で救えるものがあれば、何も顧みることはないと常に考えてきました。マミさん、誓約書の件、お願いしますね‥‥」
それだけ言うと、アストレイアは剣をマミに渡し、両手を広げてアイディールに近づく。
「それが賢明だ。アルティラ」
「あいよー」
アイディールはそっと空を地面におろし、剣を抜き去った。同時にアルティラが屋根から飛び降り、アストレイアの背中につく。マミはだまってそれを見ているしかできなかった。
空は命はあるが、血があふれて危険な状況だ。何かをうわごとのようにつぶやいているが、意識が混濁してそれも定かではない。
アストレイアは、空の傷口にふれ、ゆっくりとその顔に顔を寄せる。
「ごめんなさい。空さん‥‥。あなたの思いに答えられなくて‥‥、もしもう一度あえるなら、その時は‥‥」
血にまみれた唇にアストレイアの唇が寄せられる。
「じゃ行くねっ」
アルティラはスクロールを広げたその瞬間、アストレイアの姿が沈んで消える。そしてアイディール、アルティラの順に。
何もかもが燃えて消えてゆく中、マミは剣を構えたままただ立ちつくすしかなかった。