●リプレイ本文
●屋台村
公園の一角は大にぎわい。。
街に住む大人も子供も突如できあがった屋台の数々に驚きを隠せない。ほんの少し前までは単なる通りだったのに。
そう、今日からしばし、ここは屋台村。それも冒険者の手による賑やかな屋台村に変わるのだ。
その様相はといえば縁日のごとく。収穫祭のほろ酔い空気を味わおうとパリの市民はそぞろ歩く。お店ごとに夜闇を散らすカンテラの明かりが幻想的に色とりどりの光を放つ。鼻には甘い香りや食欲をそそるスープの香りが雑多に漂いながらも、それらが組み合わさって一つの祭りらしい空気を醸し出す。さらには耳を澄ませば。
「いらっしゃい、いらっしゃーい」
「これをもらおうかな。あ。あれもいいかな、それもこれも」
「はぁい、ありがとう、じゃこれおまけね」
「こっちも寄っていってくださいませ」
色んな声が重なって聞こえる。色と香りと音とが、全部バラバラなれど、一つの方向性を持って空気を演出している。
そんな中をアンドリー・フィルス(ec0129)はゆらりと歩いていた。目にするのは、街の一風変わった姿ではなく、それを楽しむ人々の姿。
誰もが笑顔で過ごす空間。喜びが匂い立って漂うような空気。そんなものを感じながら、一歩一歩、歩んでいく。
そんな空気に中にいれば、自分も幸せに包まれていると感じることができる。
人の幸せこそが自らの幸せにもつながってくるのだから。
10数軒の屋台村とその中に集中する人混みを通り抜けた後、公園のシンボルにもなっている木の根本に、アンドリーはそっと腰を下ろした。
後ろには兄弟のアンリ・フィルス(eb4667)が立っているのには気づいている。
「祭りはもう楽しんできたのか?」
「うむ、熱い魂流れる場所でござった」
アンリとアンドリーが見つめるその先で明滅するカンテラの明かりが宿る屋台村では、今も人が多く入り交い、出会いが一つ、喜びが一つ、思い出が一つ、生まれてくるのが見えるようであった。
●食べ物屋台
明王院月与(eb3600)が提供するのは大八車にはめ込み式の火鉢を持った移動式の屋台。大八車には、他にパンであったり、ポットであったり、食器の類を載せている。
「どうだ。移動屋台は」
「うーん、火力がやっぱり弱いかな。でもこれ以上火鉢に火を入れるともしもの時に大惨事になるかもしれないし」
移動屋台の作成者である父親の明王院浄炎(eb2373)の質問にぴしっと反応を示す娘の月与。
それに反発するのは、父親ではなく周りを取り囲む子供達。お客さんかと思えば、話をよくよく聞けばそうでもないらしい。
「なにぉーぅ、これ作るの結構大変だったんだぞ」
「そうだぜ。火鉢の熱で車が焦げないように工夫だってしているんだからな」
そう、子供達もこの移動式屋台の作成者。浄炎の弟子みたいなもの。本当は、ゲンさんところの実践塾のメンバーなんだけれど、移動式屋台を作っているうちに結束が生まれたようだ。娘対弟子の構図に浄炎はしばしとまどう。
「うん、一生懸命に作ってくれたの、わかっているよ。でも、自分たちがそうであったら嬉しいなーって、お客様の立場になって考えてみて。そこからまた学べることがあるんじゃないかな」
月与は子供達の反発を受け止めて、それでもにっこりと笑ってみせる。
「お、お客様の気持ちか」
「確かに、移動式なんだから、できたてほやほやのヤツ、食べたいよな‥‥」
娘の成長に浄炎、しばし無言。いつもお父さん、お母さんと慕ってくれているけれど、いつの間にか冒険を通じて立派に成長しているんだから。
「さぁ、それじゃ一緒に売ろうよ」
いらっしゃいませーっ。あったかいパンやホットミルク、シチューはいかがですかー。
月与は率先して明るくよく響く声でそう言った。子供達ももじもじとしながらそれに続く。
「い、いかがっすかー」
月与が料理をしながら、売り言葉をかけるのを見よう見まねで子供達も手さばき、言葉遣いを覚えていく。
「あら、それじゃパンをいただけますでしょうか」
その声に応じてくれたのは、夜の黒にも負けない綺麗な黒髪を持ったお姉さん、齋部玲瓏(ec4507)。
子供達は少し動揺した。自分たちの言葉に、冒険者で、異国の人で、こんなにも綺麗な人が反応してくれるだなんて。
といっても玲瓏はちょっぴり好奇心旺盛な方だから、逆に子供達の姿が気になった、というのが真実なのだが。
「ありがとうございます。そしたらね、パンを串にさして、火鉢の上でクルクル回すの。そうしたら温かくてカリッとしたパンになるから」
「な、なるほどー。これなら俺たちにもできそうだな」
意気揚々としてきた子供達に向けて、言葉をかける。
「誰かが必要としてくれる物を作れるというのは、誇れる事だと思うぞ。温かな食べ物一つ提供できるだけでも誇れることだ」
そうこうしているうちにパンは焼き上がり玲瓏の手に渡る。
「まあ、温かくて、こんなのがお手軽に食べられるなんていいアイデアですね」
口に入れた瞬間のパンのカリっという音に嬉しさとおいしさににじみ出る。
そんな言葉に売り出した子供達もなんだか嬉しそうに顔をほくほくとさせている。
「いい音させているわね。おいしそうじゃない」
「お久しゅうございます」
アニェス・ジュイエ(eb9449)に声をかけられた玲瓏はその姿を認めて、礼儀正しく向き直ってお辞儀をした。アニェスとは何度か依頼で一緒になったこともある縁を持っている。
「そちらもおいしそうでございますね」
「そう、パリで食べ物っていえば、お菓子屋ノワールなのよ。ここ、すっごくオススメ」
アーモンドの粉と卵、蜂蜜で焼いたお菓子クロケはパリパリっていい音を立てて、口の中で甘い香りが広がる。
「やっぱりライラさんのお菓子は絶対に外せないですねっ」
一緒にノワールでお菓子を購入したらしい根っからのパリっ子、クリス・ラインハルト(ea2004)も口を揃えていう。
そんなお菓子を売っている、ライラ・マグニフィセント(eb9243)はもうひっきりなしのお客に大忙し。屋台に行列ができている数少ないお店だ。
「そんなにすごいお店なんですか?」
どこから取材を始めたものか迷っていた屋台村取材班のヴェニー・ブリッド(eb5868)がクリスのそんな声に思わず引かれて、聞き込みをする。。
「こういうイベントだけでなく、酒場の大ホールが開かれた時にもいつも新作のお菓子を持ってきてくれるんですよ。けっこうそれが楽しみなところもありますね」
「へー、イベントのごとにやっているんですね。すごい人気だと思いました。さて、そうと聞けば是非、店主のライラさんにも聞かないといけません。ちょっと、ごめんなさーい」
ヴェニーは早速得劇取材を開始。
「凄い人気ですね。種類も豊富そうです」
「今日は定番の、ラボッドピカルドや生クリームを乗せたウーブリの他に、クロケや、裕福なパリジェンヌ向けにシュークリームなんかも用意しているのさね」
「シュークリーム? どんな食べ物なんでしょう。うわ、すごい値段」
お菓子とは思えない値段に、少々目を点にしながらも、ヴェニーは一つもらって試食。
ふわふわの皮の食感は初めて、そこに生クリームの濃厚な味がしてなんとももう。
「こ、これは売れるのがわかる気がします。ライラさん、この屋台村開催に何か一言はありませんか」
「色々あるけれど、まあ楽しんでくれればいちばんなのさね」
軽くウィンクをして答えてくれるライラであった。
それにしても妥当な値段のウーブリから、びっくりするような値段のシュークリームまで本当に飛ぶ勢いで売れているのは凄いとしか言いようがない。
「お菓子のお店といえばもう一軒ありますね。ラヴィサフィア・フォルミナム(ec5629)さんとジルベール・ダリエ(ec5609)さんが開いている、英国式のカフェです」
「いらっしゃいませ。少しでも英国の気分を楽しんでいってくださいね♪」
とはメイド風衣装のラヴィサフィアことラヴィの言葉。彼女たちが運営する屋台のそばにいくつかテーブルをおいて、ラヴィのお店のお菓子を堪能しているお客にジルベールがお茶のサービスを。立ってばかりの屋台村に一時の安らぎを与えている。
「スコーンにショートブレッド、アップルパイにクランブル‥‥季節柄クリスマス・プディングも素敵でしょうか♪」
「こちらも品揃えが充実してますね。イギリスのお菓子が勢揃いしています」
ライラの屋台は売るだけだったけれど、こちらは買って座って食べるところまでがサービスに含まれているから、客の回転はちょと悪い。だけど、一人一人が心ゆくまでその味と安らぎを堪能していると思えば悪いことでは決してない。
「みんなイギリスの雰囲気を楽しんでくれるでしょうか♪」
「そんな要望に応えて、私が早速オーディエンスを。早速うかがいたいと思います。どうですか? こちらのお店は」
「美しい女性がそこにいるだけで、満足だね。ついでに給仕も彼女だと最高だね」
「男ですまんかったな〜」
テーブル席で優雅に茶の時間を楽しむフォックス・ブリッド(eb5375)の言葉にジルベールが笑いとともに言い返す。
「うーん、参考になりませんでしたね。もう一人、聞いてみましょういかがですか〜」
ヴェニーが尋ねたのはシルヴィア・クロスロード(eb3671)。
「食べ物を楽しんだり、出し物に驚いたり、皆さん、色々と考えますよね♪ ここは食べ物が美味しいです」
「そう言ってくださると嬉しいです♪」
シルヴィアの言葉にラヴィは嬉しそう。その横でジルベールもちょっと嬉しそうに頬をかいてシルヴィアにスコーンを渡した。
「そんな嬉しいことを言うてくれる人にプレゼントや」
「まぁ、ありがとうございます。アウローラ、一緒に食べましょう」
そう言って、スコーンを手で割ると、中から木製の四つ葉のクローバーがぽろりと落ちる。
「お、おめでとう。当たりやな。それは幸福の印やで」
目をぱちくりとさせるシルヴィアに、ジルベールはそういった。その心遣いにシルヴィアも思わず笑みがこぼれる。
「ありがとう。本当に嬉しいです」
「どういたしまして」
ジルベールはそう言いながら、ひょいっと自分もスコーンを口に放りこんだ。
「あー、勝手に商品食べたらダメですっ」
「だってラヴィの菓子、美味いねんもん。家に帰ったら俺の為に作ってな?」
その言葉にラヴィの頬はぱっと桜色に咲いた。新婚熱々のカップルのお店は屋台村終了まで恋を呼ぶお店として繁盛しそうだ。
●特設劇場
屋台村の中央には舞台だってある。そこに今立っているのはリーディア・カンツォーネ(ea1225)とエルディン・アトワイト(ec0290)。
「どーもー。リーディアでーす」
「こんばんわ。エルディンです。二人揃って‥‥」
「「セーラ様親衛隊でーす」」
「セーラ様って私たちの母親っていますよね」
「そうそう、お父さんはタロン様っていいます。毎日私たちのことを見てくださるんですよ。どんな風に見ているかというと」
エルディンが、そういうと、リーディアは祈るように両手を胸の前にしてそわそわとし始める。
「ああっ、デビルがまた人間達に悪さをしようとしているわ。どうしましょう。どうしましょう。そうだわ、ちょっと行ってお手伝いしてこようかしら」
「こら、セーラ。私たちが地上に行ったら、みんなワシらをアテにしてしまうではないか。黙って見るのも大切なことだぞ」
「そんなこといっても、ああ、心配だわ。心配だわ」
タロン=エルディンに諭されてもセーラ=リーディアはおろおろ。
「だから、私たちが御母の声を聞いて、その手伝いをしているのですよ」
一風変わったライブの観客席で、リーディア、エルディンと同業者であるレイシオン・ラグナート(ec2438)が隣のご婦人などにそう説明すると、観客達もほうほうと頷きながら、舞台の続きを鑑賞する。
「そうだ。人々がデビルとの戦いの時に手助けになるように御使いを作りましょう」
セーラ=リーディアは、タロン=エルディンに見つからないように、こっそり粘土を取り出してこねこねこね。
「うん? 何をしておるのだ?」
「いえ、料理の準備ですわ〜。タロンパパに見つかったらきっと怒られるものるこっそり作らないと。まず天から舞い降りることができるように羽をつくって‥‥」
「むむ、そこで何をしておるっ」
勘のいいタロン=エルディンは、セーラ=リーディアが作っているものを見ようとします。だけれども、セーラ=リーディアは体を盾にして、後ろ手で器用に粘土をこねこね。
「な、なんでもありませーん。ええと、人間は四肢があって、胴体が太くて、んと、あれ、こうかな?」
見つからないように後ろ手で作るものだから、どんどん形が変になっていく。あまりにも変な形に観客もくすくす。
そうしている間にとうとう、神の御使いを作っていることがばれてしまって。
「なんだこれはっ」
「ごめんなさい、あなた。でもどうしても、人間達が心配で」
「心配だからって犬を作ることはないだろう」
「犬じゃありません、天使です、天使ーっ!!」
セーラ=リーディアがすぱこーんとツッコミを入れつつ、一生懸命弁明するも足の付き方といい、胴体の太さといい見事に犬。
「こ、こうしてシムルさんやペガサスさんは生まれていくのでしたー」
後ろ手ながらに見事に作ったそれに一同笑いと拍手が飛び交う。
そうこうしている内に、舞台は交代になり続いてククノチが壇上に上がった。
「気楽に入ってもらえればと思ったのだが、まさかこんな和室を模した舞台になろうとは」
イメージしていたのは、全員が和室に入って、その中で踊るというものだったけれど、そこまで大きくはできなかったようだ。それでも5,6人が十分に動き回るだけのスペースはあるのだけれど。
「それでは舞を一献‥‥よければ誰でも参加してくれればと思う」
すぅ、ととした動きは静かなもので、張りつめた空気に観客も緊張を誘う。しかし、突然、弦が弾かれる音が踊りに弾みがつく。
「及ばずながら、演奏させていただきますわ〜♪」
シャクリローゼ・ライラ(ea2762)が安らぎの竪琴を手にククノチの踊りに花を添える。
そのの曲調はドレスタットのまだ向こう、精霊の島をイメージした伝説を語りそうなもので、どことなく皆を古き世界へと誘うようだ。長らくそちらの懸案事項に携わってきたシャクリローゼには無事にそれを解決したという思いもこもっている。そんな中でクドネシリカを持ったククノチはゆらりゆらりと波間を漂うようにして舞を踊る。
ただ、打ち寄せ引いていく波に飲まれるだけではなく、その中で自分というものを見出し、勢いは次第に強くしっかりとしたものになっていく。時には飛びはね、ぐるりと荒波の中で戦う様子すらも感じさせる。けれど、どんなに強くなっても負けたりはしない。舞ながらちらりと輝く左指に輝く指輪が目に入るたびにククノチの踊りは勢いを増す。
「あら、あの踊り‥‥」
それを見ていた観客の一人、アニェス・ジュイエは不意にその踊りに見覚えがあることに気がついた。
今はもう収穫祭の最後だけれど、まだ前夜祭として歌い踊っていたときにやった剣舞の流れにそっくりだ。あの時はもっと奔放なものだったが、彼女のそれは的確な流れに乗せて動いているのは、きって彼女自身が持っている舞と融合しているからだろうけれど。
「同業者がきてるかなって思ってきてみれば。こんなの見せられちゃ黙っているわけにはいかないわね」
うずうずとし出したアニェスは知り合いがいないかときょろきょろと辺りを見回す。そこにはエレェナ・ヴルーベリ(ec4924)の姿を見つけた。
「おぉい、エレェナ‥‥あ、男連れか。邪魔するのも野暮ね」
エレゥナの隣にクルト・ベッケンバウアー(ec0886)の姿を見つけて、呼びかけようと伸ばした手を引っ込めた。
「じゃ、行きましょか」
ダンサーズショートソードを抜きはなって、たったと舞台へつながる階段を駆け上った。ククノチは突然の来訪者に驚いたようだったが、それでも勢いは変わらず、挑みかかるようにクドネシリカを横になぎ払った。それに併せてアニェスのショートソードも同時になぎ払われる。どちらもこれから起こりうる災厄をなぎ払うもの。
そう、もうこのノルマンに悲しい人々を、出来事を作らないためにも。
踊りは激しさの頂点を極め、そして終わりを迎えた。
●まだまだ他にもあるぞ
クリスはぴたりと息も止まっているかのように動かずに座っていた。
喜ぶ子供達やゲンさんがすぐそばにいるから声をかけたいけれど、かけられない。
「うう、エフェリアさん、まだですか‥‥」
「もう少し、なのです」
というのも、エフェリア・シドリ(ec1862)に似顔絵を描いて貰っているから。
「カンナの花も忘れないようにしてくださいねっ」
「カンナ、なのです?」
「はいです。カンナのお花は初めての収穫祭で見立てて貰った思い出の花で、今日の装備はボクが冒険者になって以来付き合ってる物なんですよ」
初めて収穫祭で冒険者が屋台を開いたのは、そう、数えてもう5年前。その間に色んなことがあったけれど。
「わかりました、です。ラインハルトさんの横顔に、カンナの花を、添えるのです」
そういうと、羊皮紙の上に、美麗の絵筆を走らせる。
流れた年月を忘れないように。今の瞬間を忘れないように。
「描き上がったのです」
「ありがとうございます。いい記念になりましたっ」
羊皮紙に描かれた自画像を見て、少し照れた笑みを浮かべながらも、その絵を受け取った。
「次のお客様、どうぞ、です」
「あの、あのっ展示している絵なんですけれどっ」
わたわたと飛び入りしてくる人影がいくつか。その代表者はリーディア。
「展示している絵は、譲れないのです。良ければ、複製、するのです」
「いや、複製は‥‥ちょっと‥‥して欲しいかも。いやいやいや、というかいつの間に描いたのですかっ」
エフェリアの屋台は、すぐ似顔絵屋とわかるように、旧聖堂の番人さんの和服姿や、男性冒険者が女装している姿などがかけられているのであった。通りかかる人々はそれを面白そうに眺めているとなれば。
それはさておき、似顔絵が完成したクリスが鼻歌交じりに向かったのは鳳令明(eb3759)のもふり屋さん。
「子供から大人までみんなでもふもふするにょ〜」
令明のまわりにはわんこ達がいっぱい。その中には同じくわんこのクォーツに『動物相談承ります♪』と看板を下げたカメリア・リード(ec2307)もいる。そのまわりにはもふりたい大人も子供もいっぱいだ。実践塾の子供達も賑やかな光景に一緒になって楽しんでいたり。
「思う存分、もふもふするにょにょ〜」
「では、早速‥‥もふもふもふもふ‥‥はふ〜」
「ふかふかなものを抱きしめていると癒されますよね」
みんなそろってふわふわもこもこ、もふもふしてて、みんなして気持ちいい顔。
「こ、こんな商売の仕方もあるのか」
「楽しいと思えることがあるところに、出来る事があるのだと、人を幸せにする力があるんですよ」
みんながもふもふとわんこに埋もれる光景におっかなびっくりな子供達に、シルヴィアも肉球をぷにぷにしながら微笑んでいった。
それでも少し緊張気味な子供達に、一匹のわんこを連れて、カメリアがにこりと笑った。
「ほら、触れてみませんか」
「う、うん‥‥」
「冬毛はね、特にもこもこしていて、手触りが気持ちいいんですよ。子犬の時のはまた別の柔らかい毛なんです。子供のわんこが柔らかい毛をしているのはこうやって触って愛でてもらえるように、そうなっているんですよ」
恐る恐るなでる子供に、カメリアはほんの少し知識を披露する。
「すげー、ハクシキだな。ねーちゃん」
「生態を良く知ってあげる‥‥それがペットと仲良くなる近道ですし、より新しいことを発見することにつながると思うです」
子供達にとってはもうすでに新しいことの連続だけれども。
勉強なんて遠い存在だと思っていた子供が、ほんの少し身近に感じた瞬間であった。
お店はまだまだある。
「あなたの将来は〜吉ですね。今は苦しいことや悩ましいことがあるかもしれませんけれど、大丈夫。すぐに明るい未来がやって来ますよ」
食事が戻って、改めて占いのお店を開いているのは玲瓏であった。なにやら陰陽術で使う占いの道具が広げられた屋台の主となっている。
そしてお客さんはというとなんと実践塾の子供達。
「吉だって。いいこと起こるかな」
嬉しそうに小突きあう子供達。デビルの凶刃によって親を亡くしたり、村から追い出されたり、食べることに難儀を強いられた身の上の子供達ばかりだ。大丈夫だよ、そう言ってくれるだけでも嬉しいものだ。
「私も占いやって覚えてみようかな。そしたら、暗い未来は回避できるかもしれないし、立ち向かえる何かをつかめるかもしれないし」
子供達は色んな店で少しずつ、自分たちの将来像を広げていっているようだった。
そんな子供達に声がかかる。
「あら、いらっしゃい」
「あ、お姉ちゃん。何売っているの?」
声をかけたのはのサシェ(香り袋)を売るユリゼ・ファルアート(ea3502)だ。
「柔らかなラベンダー、華やかなローズ、爽やかミントに、若返りの魔法 ローズマリー。月桂樹を忍ばせてこっそりお守りにしても‥‥」
流れるような言葉に子供達の中でも、やはり女の子達は興味深げにそのサシェを眺める。
「売り文句もさすがってところだな。結構、繁盛しているみたいじゃねぇか」
「綺麗なテーブルクロスを選んでくれたおかげね」
子供達を率いるゲンさんの言葉にユリゼが答えると、ユリゼの店のテーブルクロスや内装を一緒に選んでくれた子供が照れてしまってもごもごと口ごもる。
「あ、いや、その、お姉ちゃんがお店するならそんな柄が似合いそうかなって」
「うん。いい柄を選んでくれたと思うわ。お店するっていっても色々あるでしょ。サシェを売るだけでも、テーブルクロスの柄を決めたり、袋のリボンを選んで貰ったり。考えるところは色々あるのよ」
「うん、物を調達して売りさばくだけじゃないんだね」
子供は恥ずかしげに、でも心からそう思ったようで素直な気持ちを言葉にして言ってくれた。その言葉にユリゼもゲンさんも笑顔が浮かぶ。
「そう、私のところは袋作りからね。ククノチには自分の剣舞もあるのに、迷惑かけちゃったわ」
「おめぇさんのおかげで商売のイの字でも勉強できたみてぇだよ。本当、ありがとうな」
「いいのよ、こっちも楽しんでお店屋さんをやってるんだから。良かったら、どう? 一つ選んでみない?」
その言葉に子供達は少し驚いた。商売の品をもらえるなんて。
今までだったら金がなければパン一つだって手にすることができなかったのに。今は商売に結びつく技術から、その商品まで手にすることができる。
「さっきのお姉さんの占い、本当みたいだな」
「うん、いいことすぐにやってきたね」
そう言いつつ、子供達は色んなサシェに目移りしつつ。
「決まったら、リボンを選んでね」
「じゃ私、オレンジ色」
「僕、青色のがいいな」
子供達のリクエストに応えて、ユリゼは子供達の顔を見ながら、その子の人となりを読みとり、サシェに香草や香木のチップを混ぜいれていく。
「わ、みんな違うんだ」
「香りと一緒に貴方の心も詰めてみませんかってね」
子供達はそんなユリゼの手つきに驚き。薬草師の生業は伊達じゃない。そうこうしている内に、希望のリボンでサシェの口をしばる。
「どうか、幸せに、心安くありますように‥‥」
「‥‥‥ありがとう」
子供達は今日色んな物を学んできたけれど、また一つ大切なものを学んだのかもしれない。
心、というものを。
●屋台村の外れで
屋台村の外れは、明かりのつきるところ。屋台村の喧噪も明かりも強い分だけ、そのすぐ外れは、夜も濃く、静かだ。
そんな中では仲の良い男女が、祭りの熱から離れて、二人だけでその余熱を楽しんでいる。
「ふふ、賑やか‥‥だったね。皆で実りを喜んでいる、という感じ」
「おかげで、はぐれかけてしまったけれどね」
その言葉に、やっとのことで抜け出してきた思いが、ちょっと膨れっつらに変わる。
「そうだ。あの時は本当に心配したんだぞ! 急にいなくなって!」
「いや、ごめん。これを渡したくて、ね。」
クルトはそう言うと、懐にしまっていた宝石を手渡した。
「プレシャスオパール。君の誕生石だったよね」
「お、覚えていてくれたんだ‥‥」
「他の子が深緑色の宝石をアクセサリーにしてもらっているのを見かけてね。ああ、どこかにそんな店があるんだと思って探してて、それが見つかったものだから、つい手を離してしまった。ごめん」
「あ、その‥‥こっちこそ、ごめん‥‥」
少しの間の静寂。それは長いようで短いようで、それでいて祭りの余韻をまた燃え上がらせるように胸を熱くして。
「そういえばクルトはルッテ街には行かなかったんだよね。今日は客として過ごすつもりだったけれど‥‥特別に。何かリクエストはあるかい?」
「それじゃあね‥‥」
そしてもう一組。
「あなた♪ 随分、玩具を買ってしまいましたわ」
「随分気が早いな」
リリー・ストーム(ea9927)の言葉にセイル・ファースト(eb8642)は困ったように笑った。
気が早い、というのは、まだその玩具の使い手がいないことを示している。いつか生まれてくる我が子のため。
「人の足許をみない子供からしか買わないと決めていましたけれど、みんな純粋でいい子ばかりでしたもの。用意した焼き菓子もすっかり渡しきってしまいしたわ」
「いい収穫祭だったな。一緒に来ることができてよかったよ‥‥」
そこまで言って、セイルははにかんで頬を掻いた。
「あら、どうしましたの?」
「‥‥こんな風にして誰かを気遣ってあるくようになるとはね。数年前じゃ考えられなかったぜ」
「うふふ。そんなことを言っていますと、これからは考えられないことばかりになりますわよ。戦う相手はデビルばかりじゃなくなって来ますし?」
セイルの言葉にリリーはほんの少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。
それに対してセイルは悪戯な問いかけに惑わされることもなく、力強くうなずく。
「ああ、護りたい者が増える事で今まで以上にやらないといけないとも思わされる‥‥できるだけ多くを護る為、護れるようになる為に、歩いていこう」
「あなた‥‥」
収穫祭は人を育み、恋を育て、愛を深める。
来年の収穫祭もまた、多くの縁を育てていくのだろう。