簒奪者たちの争い(決闘)
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■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:9 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:14人
冒険期間:11月29日〜12月04日
リプレイ公開日:2009年12月09日
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●オープニング
「エカテリーナ、そなたをユスティース領、領主として任ずる」
ユスティース領から領主が消えたことは少なからず、国に衝撃を与えた。ユスティースはパリに最も近く、豊かで強固な領地であったから。
そんな領地の主が反乱によりウードからアストレイアに代わり、そのアストレイアも盗賊達にさらわれ空席になったことは、ノルマン王国には小さくない事件であった。
領主の座はしばしの間空白が続いたが、血統や、手腕、そして縁の問題をクリアした結果、選ばれたのはエカテリーナであった。
これにより、ユスティース領はその名を失い、今日からフォンテーヌ領という新しい名を得ることとなる。
●
「就任そうそうで申し訳ございませんが‥‥」
「承知おりますわ。盗賊のことでしょう?」
就任式を終え、城に着いたエカテリーナに慶びや忠誠の言葉はほとんどかけられず、まず飛び込んできたのは、前領主アストレイアをさらった盗賊団のことだった。
「クロミエ地方は全滅。現在は隣であるブリー地方を襲撃してまわっているという話です。騎士団も盗賊退治に乗り出していますが、首魁を上げることもかなわず‥‥堂々巡りです」
「追いかけるから逃げるのですわ。ちゃんとお出でくださるよう場をこしらえてさしあげないと」
「は?」
盗賊とのやりとりの経過を説明していた軍司官アリエッタは遮られたその言葉に目を丸くした。
「お茶会でも同じですわ。お茶のポットを持って追いかけても、相手はびっくりしてお茶をいただこうだなんてしてくださいませんわ。ちゃんと場をこしらえて、お迎えする気構えも必要ですわよ」
「盗賊と会談でもされるおつもりですか?」
その言葉に、エカテリーナは満面の笑みを浮かべた。
●
「うぉぉ、俺は行くぞっ! 止めんじゃねぇぞぉ!」
「ダルクの馬鹿っ、罠にきまってんだろ!」
「罠なら踏み潰しゃいい! 俺は強いヤツと戦えるならいくんだっ!! 俺はそうすることでまた強くなれるっ」
盗賊達のアジトでは大混乱に陥っていた。
その発端となったのはエカテリーナが騎士団にばらまかせた情報だった。
『勇猛なるダルクよ 強さで勝負せんことを願う』
後は、時間と場所の指定だけだった。場所はアストレイアを手に入れた今はもう廃墟となっているだろうあの村。
それだけで、それを耳にしたダルクは吠え、立ち上がった。それはもうフェイスが何を言おうが、全く聞き分けのない状態だ。
「アイディール! お前も止めろっ」
「無駄だ。ダルクはお前のそのやかましい頭をつぶしてでも、決闘の場へ向かうだろう」
フェイスの叫びにアイディールはいたって静かに答えた。
「よくわかってるじゃねぇか、アイディール。そうだ。俺は強いヤツと戦えるなら、どこへでもいく!」
「エカテリーナめ‥‥ダルクの性格を読んでくるとはな‥‥」
「で、どぉすんの? 万が一ダルクが捕まればあたし達の戦力大きくダウンするじゃん? ほっといていいの?」
横で静かに聞いていた女、アルティラの問いかけにアイディールは答えた。
「そうならないよう、ここにいる全員で向かう。騎士団だろうが、冒険者だろうが、蹂躙して、エカテリーナの誘いを蹴散らしてしまうほかに方法はない。どうせ、こういう手を使ってくる人間のことだ。選りすぐりの冒険者をこちらに差し向けてくるに違いない」
「だいたい、冒険者って8人構成だよねぇ。それに対して、こっちはアイディール、ダルク、フェイス、あたしの4人。2対1はちょっち辛くない?」
「シェラと生け贄に捧げたアストレイアを使うしかなかろう‥‥すべてはエカテリーナのせいだ‥‥」
「シェラが眷属を召喚してくれると仮定して7対8。ま、まともに勝負になるギリギリの範囲かなぁ」
アルティラは指折り数えながら、ため息をつくところに、本当はこんな危ない橋渡りなどやりたくもないという心が透けて見える。
「やるしかないねぇ。いくか。おい、ダルク。ついて行くんだから、一人で先走るんじゃねぇぞ」
「了解ぃぃ!」
●
「うふふ、アストレイア‥‥」
「‥‥はい‥‥」
「喜びなさい。もうすぐあなたの愛する人と会えるわ‥‥」
「‥‥はい‥‥喜びます‥‥」
「その愛する心すべての力を振り絞って。相手の心臓をえぐり出してきなさいな。そこからあなたの愛する人の魂も奪いだしてあげる。そうすればいつまでもあなた達は一緒になれるわ」
「‥‥はい‥‥」
「ふふふ、楽しみねぇ‥‥ふふふふふ」
まもなく決着の火ぶたが切って落とされようとしている。
●リプレイ本文
●
「南側にアストレイアはいると出ています。ここに来る時間がちょうどだとすると、徒歩のようですね」
バーニングマップで灰になった地図を見てラスティ・コンバラリア(eb2363)はそう言った。
「アストレイアさんも来ているということは‥‥」
「予想通り、敵さん全員でお出迎えしてくださるってことだ」
リュリス・アルフェイン(ea5640)の言葉に複雑な顔をするのは、アストレイアの恋人でもある十野間空(eb2456)だ。アストレイアとここで出会えたとしてもそれはきっと感動的な再会に至るとは限らない。むしろ敵に操られて命の取り合いをしなければならない可能性の方が高いのだから。
「最後は力ずくになってしまいましたか‥‥」
大宗院透(ea0050)はぼそっとそんな言葉を口にする。
「大丈夫、あいつらの好きにはさせない‥‥繋がれた手を切り裂く行為は絶対にさせない」
確信めいた、いや、自分に言い聞かせるようにラスティはそう言う。
「エカリンの為にも、アストレイア様のためにも、そして失われた人の為にも、やりましょう」
ジャン・シュヴァリエ(eb8302)は力強くそう言った。
エカテリーナは見届けたいという意思があったようだが、ジャンの義姉のリンの言葉によって、大人しく城で待機している。そんな彼女のためにもとジャンは勢いづいていた。
「ええ、そうですね」
空は、もやもやとした心のままに、天を見上げていた。
ウェザーコントロールによって天候は雲一つ無い青空が広がっていた。
期待していた味方となるディアドラも結局姿を現さなかった。ウェルスやチサトの嘆願も届かなかったのだろうか。そう思うと、またこれからの戦いのことを思うと広がる青空とは異なり心の中には暗雲がひたすら立ちこめていた。
「直に決戦となるでしょう。補助魔法をかけておきますから、一度集まってください」
シェリル・オレアリス(eb4803)はそう皆に呼びかけた。
●
「現れました‥‥」
シェリルは小さな声でそう言った。彼女にはスクロールによるバイブレーションセンサーで知覚の網が張られている。その中に、新たな反応があったことを告げたのだ。
「南側から7人。一人はジャイアントのような巨漢。二人はたぶん男性です、残りは女性だと思いますが似たようなのが3人、それより少し軽いのが一人です」
『通達します。ジャンさん、敵が現れたようです』
『通達です。こちらもブレスセンサーの反応で感知しました。準備にとりかかりますね』
通達、とわざと入れているのは、テレパシーに割り込まれて攪乱させられないようにするための念のためのものだ。今のところは割り込まれて混乱するような事態は起こっていないが、いつそんな奇策を使ってこられるかもわからない。
それにしてもだ、残念なことは空もテレパシーでアストレイアに向かって呼びかけていたのだが、反応が全くなかったことだ。アストレイアが来ていることは間違いない。しかし、反応がないということは、呼びかけに対して無視を決め込んでいるか、それとも意識がないかのどちらかだ。どちらにしても、空には望む状況ではない。
「あれこれ悩んでいる場合ではないですよ。敵はもうすぐそこまで来ていますから」
ラスティは空にそう声をかけると上空に放っていた鷹を呼び戻し、アッシュエージェンシーで自分の偽物を作り出し、物陰に潜ませた。
正面には西中島導仁(ea2741)、アンドリー・フィルス(ec0129)、そしてリュリスが立ち、後衛には空、シェリル。物陰に隠れて透とラスティ、遙か後方にジャン。準備は一通り揃っている。
「それじゃ、行きますよ!」
グリフォンのバルバラに騎乗して、ジャンは高空へと舞い上がった。
地表からどんどん離れていくと、町の残骸を飛び越え視界が大きく広がる。その中に煙でできた道が見える。
「スモークフィールドを張りながらきているみたいですね。罠は‥‥破られたみたいです」
煙はゆっくり導仁や、リュリスが待ちかまえる場所へとゆっくりと近づいていく。その途中に氷やトリモチ、網を使った三重のトラップを敷いていたが、煙が通り過ぎた後には、焼けこげた痕が残るのみ。罠には気づかれていたようだ。
「後はヘブンリィライトニングですが‥‥このままではどこに誰かいるかわかりませんね」
目測だけで魔法を放つことはできない。それに、アストレイアもそこにいる可能性があるのだ。
「あの煙がなんとか晴れれば‥‥」
「スモークフィールドを魔法で中和します」
シェリルが自分たちにかける補助魔法を一通りかけ終わった後、煙に向かって詠唱を唱えようとした瞬間だった。
音もなく煙が一部吹き飛んだ。
それと同時に、シェリルがあらかじめ作っておいたいくつものホーリーフィールドが同時に音もなく砕けちった。
「シェリルの作った結界が一撃で全崩壊かよ。洒落にならねぇ威力だな」
シェリルのホーリーフィールドは聖女の祈りを使った上で、最高レベルの防御力を誇る結界だ。それが一撃で破壊されたとなれば、まともにダメージを受けたときのことを考えるとぞっとした。
「大いなる母よ、その慈愛を以て、魔を払い給わんことを」
その詠唱と共に、敵を包んでいた煙が払いのけられた。
「!!」
正面を駆けてくるのは、禍々しい斧を持ったダルク、その横に並ぶようにして剣を持ったアイディールがいた。その後ろから弓を肩にかけたフェイスが続く。
驚くのはその後ろを歩いてくる三人の女性だった。皆同じ格好であり顔であったからだ。アストレイア、その人である。
一番後ろには地図師と呼ばれている女の姿を借りているというデビル。名前もその正体すらも誰もわかっていない。
「アストレイアが3人‥‥、アルティラの姿がないとすると、一人はアルティラの変装のようですね。そしてデビルの眷属が化けている、といったところでしょうか」
透が冷静に分析するが、見た目だけでは判断がつかず、空は歯がみした。
化けてくることは想定内の話だったが、まさかこういう形でやってくるとは。
「真贋を見極めるのはお前の仕事だぞ。十野間」
「わかっています‥‥」
導仁の言葉に空は精神を集中させながら答えた。
ムーンアローの指定は非常に繊細だ。何度も利用している魔法だが、今でもキーワードとなるものの指定には気を遣わされる。
「敵の名は‥‥空が恋人に贈った指輪!」
本来はアストレイアに化けたモノにする予定だったが、数が3体では、複数の対象がいるので魔法は術者に返ってきてしまう。と、すれば、真に一つだけの相手を絞り込む方法はこれしかないと思ったのだ。
放たれたムーンアローはアストレイアのうちの一人の指先に向かってはじけた。
「今当たったのが、本物です!」
「了解しました」
透は即座に弓をつがえるとムーンアローが選ばなかった者以外のアストレイアを狙って矢を放つと、それは狙いをはずすことなく、二体のアストレイアの頭を射抜いた。二体ともその場で倒れ込み、一体はしばらくじたばたともがいたかと思うと、体がぐにゃりと崩れ、本来の醜悪な姿をさらした後、ドロリと溶けて消え去っていった。もう一体はそのままの姿形のまま横たわった。
「アストレイアさんっ」
残った一人に向かって空は駆けた。
だが、しかし。
「死を‥‥共に‥‥」
アストレイアは剣を引き抜き、そのまま向かってくる空の胸の中央に突き立てた。その動作にはためらいも動揺もみられない。
「アスト、レイア‥‥さ、ん」
空の泰山府君の呪符が塵になっていくのが感じられた。
愛する人を刺したという衝撃で、アストレイアにかけられた呪いの一部でも解ければ‥‥。
しかし。
「‥‥アスト、レイア‥‥さ、ん」
無情にも、アストレイアの持つ剣の鋭い切っ先は再び空の心臓を貫いた。
「そんな‥‥」
アストレイアの眼は虚ろなままであった。
だんだんとそんなアストレイアの表情もぼやけてくる。
そんな空の胸に三度、衝撃が走った。
「くすくす。残念な結果でしたわね」
事切れた空の様子を見て、シェラと名乗るデビルは楽しげに笑っていた。
「貴様に笑う権利はないっ」
対峙していた導仁が叫んだ。
「戦いの意味を知らぬ愚かな者達よ。戦いは愛する者を助けるためだけに許される。その勝利のために我が身を賭ける勇気を持つ者達‥人それを『英雄』という。十野間はまさしく『英雄』であった」
「面白いことをいうわね。名前を聞いておこうかしら。英雄さま?」
「我が名は西中島導仁。貴様らを倒す者の名だ!」
それと同時に導仁は斬りかかるが、シェラはまるでそれを予測していたかのように軽く後ろへ飛び下がり、剣先ぎりぎりのところでかわす。まるでその剣の軌道が最初から見えていたかのようだった。
「うふふふ、捕まえてご覧なさいな」
シェラは踊るようにして、ステップを踏んでいる。そして、大きく飛び下がるとをこちらへおいで、と示すように手招きをした。
「そうして挑発でもするつもりか。怒りに駆られず、曇りのない鏡と静かな水の如く何のわだかまりもなく澄みきった静かな心の状態‥人それを『明鏡止水』という」
導仁はじりじりと間合いを詰めながら、シェラを追いつめていく。
「何か、たくらんでいるな‥‥」
「さぁ、どうでございましょう」
シェラの悠然とした微笑みは消えることはなかった。
シェラが広場の周囲をぐるりと使いながら導仁とやりあっている間、中央では乱戦が繰り広げられていた。
「いつだってオレ達みたいなクズはここが終着点だ。笑えねえよな、どんな野心を持っても最後には皆ここに行き着く‥‥ほんと笑えねえ」
「全くだ、な」
アイディールは短くそう言うと、剣を振った。そこから衝撃波が生まれ、正面にいるリュリスはもちろん、横で剣を交えているアンドリーやダルク、シェリルや透、そしてラスティにまで及んだ。ラスティのそれは灰で作った人形であったようで、粉々に砕けてその場に灰に戻った。シェリルは高速詠唱でホーリーフィールドを張るが、その衝撃波の威力で再び崩れ去ってしまう。アンドリーはパラスプリントで、ダルクはその巨体とは思えないほどの早さでかわしてみせる。
「さっきの攻撃はこれか」
偽物かどうか判別しないとと思っていたが、敵をこれだけ巻き込んでしかもこれほど強力な剣風を巻き起こせる以上、本物と断定せざるを得ない。リュリスは刀で剣風を受け止めながら確信した。
「やってくれるじゃねぇか‥‥」
「誰が今ので終わりと言った?」
アイディールは返す刀でもう一度剣風を巻き起こした。その勢いでシェリルが吹き飛ばされる。尋常ではないスピードとパワーだ。鞭で相手の足を封じながら戦おうと考えていたが、このままではそんな作戦など実行に移すこともできずに防御一辺倒で押し負けてしまう。
「ちくしょうがっ!」
リュリスは体を前にして、剣風を正面から受け止めた。剣風が威力を持つ前の段階で受けた分だけ威力は軽減されているはずだが、それでも体がバラバラになってしまいそうであった。まともに受けていたら、一刀両断されていたかもしれない。
「くらいやがれっ」
剣風をくぐりぬけて、リュリスがさらに前に進み出る。まるで体当たりでもするような形で、刀と共にぶつかっていく。
鎧の金属を貫き通すと共に、肉と骨を貫き通す感触がリュリスの手に伝わってくる。
「どう、だ‥‥」
「‥‥残念だが、それでは倒れられんよ」
アイディールはそう言い捨てると、リュリスを突き放して剣を大きく振りかぶった。
その瞬間、アイディールの体が小さく揺れた。
「させるものですか‥‥」
ラスティの放った矢がアイディールの背を捉えていた。もし、リュリスの傷がなければアイディールは避けていたかもしれない。だが、その一瞬の隙をリュリスは作り、その好機をラスティは見逃さなかった。
「直にオレもそっちへいく。縁があったらまた会おうぜ」
大上段に構えたままのアイディールをリュリスは見上げながら言った。
そしてとどめになる一撃をリュリスが放った。
それと同時に、リュリスも力を失って倒れた。その背には、フェイスが放った矢が突き刺さっていた。
「ちっ、アイディールのヤツも案外だらしねぇな」
フェイスは走りつつ、そんな舌打ちをしながら新たな矢をつがえて、ラスティに矢を放った
ラスティは素早く、廃屋の物陰に身を隠し、矢をやり過ごしながら、アイスチャクラムをスクロールでチャクラムを作り出す。
「行けっ」
物陰から再び姿をあらわし、チャクラムを放った。
「ぐっ」
それを見抜いていたかのように、フェイスからの矢がその手に突き刺さる。その激痛に、チャクラムを放つことができずに終わってしまった。
「よし二人っ」
フェイスが、そう息込んだ瞬間だった。轟音と共に稲光がフェイスを襲った。一瞬、周囲も含めて世界が白く明滅する。
「!!!」
「これ以上、好きにはさせませんよ!」
バルバラに騎乗したジャンが叫んだ。超級のヘブンリィライトニングをジャンが放ったのだ。まともに当たれば一瞬で命を奪える威力を誇っている。
「これで残るは‥‥」
ジャンは上から、地上を眺めた。今戦闘を行っているのは、アンドリーとダルク。そして導仁と透の攻撃をかわし続けているシェラ。そしてアストレイア。
しかし、それらの姿もやがて煙に消えていく。辺り一帯に煙が満ち始めたのだ。
「スモークフィールド? いったい誰が‥‥」
シェラも導仁や透に集中攻撃を移動しながらさばいている途中で、煙の中心地ではない。
ダルクが魔法を使うわけはない。
透ははっとして、スモークフィールドの中心地に立つ女を見た。
「まさか‥‥」
その姿は、アストレイアの瞳とジャンの眼があった。それは意識のないおぼろげな精神の存在ではなく、確固とした意思あるものであった。それもまもなく満たされていく煙によって消えていく。
「アルティラ‥‥」
アンドリーとダルクは煙が充満した中も一歩も引き合うことなく、刃を重ねていた。
「わははは、やるじゃねぇか! パラディンってのは強いなぁ。戦いがいがあって嬉しいぜ!!」
猪突猛進型の戦士かと思われたダルクだったが、戦い方はいたって丁寧で、パラスプリントで背後に回られぬように廃屋を背にしたり、バーストアタックの攻撃と確信するや、巨体からは思えぬ俊敏さで回避しカウンターを仕掛けるなどアンドリーに一歩も譲らぬ戦いを見せていた。その戦いぶりは月与が聞いてきたものよりずっと違っていた。恐らく他の戦いではまともに勝負になる相手がいないため、強引に進めていっていただけなのだろう。本質はこの通り、戦い方は隙が無く、確実だ。
「嬉しい、か‥‥戦いを喜ぶ感情は俺には理解できん。しようとも思わん」
パラディンは私闘を禁じられている。パラディンの刃は邪悪なものとの戦いのためだけに振るわれるものであった、そこに感情がこもることなどあってはならないし、アンドリー自身も何も思わなかった。
ただ、目の前の男とその仲間がこの村を、そしてこの地域の民草を根絶やしにするという悪魔のような行いがあったということと、この男の背後に、今も仲間が戦っているが、デビルがいる。それがアンドリーが今ここで剣を振るうに至っているのだ。
「つれねぇなぁ。まあいいさ、ここで決着はつけるつもりなんだろう」
相手の顔は煙で充満して見えない。
だが、武器を構え直すのを、アンドリーの耳は感じ取った。
アンドリーも深く呼吸をし、体の内に宿った竜の力を体の隅々まで行き渡らせる。煙の中だろうと、鋭敏になった五感は確実にダルクの姿を捉えていた。
「いくぞ‥‥」
「おぅ、来い!!」
その瞬間だった。煙が渦を巻いた。
「?!」
それは周りの煙も巻き込みを大きな渦を作り出す。構えをとっていたダルクはそれに巻き込まれ、なすすべもなく巻き上げられていく。
「アンドリー、今よっ」
「承知っ」
光を渦巻く煙の外に配置し、その光のエネルギーの中を一気に跳躍して、アンドリーはダルクの上に現れた。
「こりゃ一本とられたなぁ」
「成敗っ」
アンドリーの青龍偃月刀「月虹」がダルクの胴体を突き破った。
「やったわね」
「ええ、そのようですね」
煙の中から現れたラスティの言葉に、透は素っ気ない返事を返した。
「後、残っているのは‥‥」
「シェラと名乗るデビルと‥‥アルティラだけですね。アルティラはうまく化けていたようです。私も気づかずだまされていました」
透は弓に矢をつがえる。
「火魔法と変装の使い手、どこからくるか‥‥わからないわね」
「いいえ、私にはわかりますよ」
透は弓をラスティに向けた構えた。
「どういうつもり‥‥?」
「服装まで合わせて変身できるとは思いも寄りませんでしたよ。アイディールばかりがデビノマニだと思っていましたが、本当のデビノマニはあなたのようですね」
ラスティの眉間に焦点をあわせたまま、透は言った。
「火術を使えると言うことはスモークフィールドを使ってくるだろうということはわかっていました。変装が得意なアルティラなら、そこで変装をして味方のふりをするくらいわけはないとも、ね。インフラビジョンが切れたので回りの様子はほとんどわかりませんが、そっちから来てくれたのは、大変好都合です」
「私が化けているとでも? こんな時に何を‥‥」
「私たちはそれぞれ匂いをつけてきています。気づきませんでしたか?」
そこでラスティは、いや、ラスティに化けていた者は言葉を詰まらせた。
「服装まで変えられるなら今度は、香りも変化できるようにしたおいた方がいいですよ」
「忠告してくれるの? それはありがとう」
アルティラは不敵に微笑むと煙の中に消えようとした。
だが、それよりもずっと早く。透が放った矢はアルティラの頭を貫いていた。
●
「さぁ、お前で最後だ」
「あら、そのようね」
導仁の言葉にシェラは案外と軽い調子で返した。
「おいかけっこもこれで終わりだ、観念するがいい」
「ふふふ、そんな余裕はないと思いますけれど?」
「なんだと?」
シェラは立ち止まると、簡単な詠唱の言葉を口にした。すると、今まで逃げまどっていたその軌跡が、そしてその地面に不思議な文様が浮き上がってくるのが見えた。
「人間の進歩ってすごいものね。ほんの数年前まで低級デビルを屠るのに総出で全力をかけなければならなかった。だが、今ではドラゴン程度でも一人で対処しうるような者もいる。本当にめざましい進歩ですわね」
「何が言いたい?」
「デビルもずっとそのままでいると思うのかしら? 人間の進歩を少し拝借すれば、デビルだって同じような進歩を遂げられると、考えたことはありません?」
ズズ、ずずすズずズ‥‥
地面がこまかく揺れている。それと同時に、導仁は急激に力が抜けていくような感覚に襲われた。
「こ、これは‥‥」
「破滅の魔法陣よ。ふふ、昔は大がかりな装置が必要だったけれど、簡易なものならあらかじめ敷設しておいた陣に少し上から重ねてやれば、すぐできるようになったわ。まさに人間の研究って本当に素晴らしいですわねぇ」
「なんだと‥‥」
次の瞬間、稲光が導仁の眼を焼いた。
ジャンによるヘブンリィライトニングがシェラを撃ったが、彼女は痛くもかゆくもなさそうにそのままの姿でたっている。
「そんな馬鹿な‥‥」
呆然とするジャンも導仁も力が抜けていき、まともに立っているのさえ辛く感じる。
「このまま皆で魔法陣の餌食になる? 倒れた味方は間違いなくこの世に戻ってこられなくなりますわ。それよりも敵の首魁は討ち果たしたことを良しとしてここで撤退を選んだ方がいいかと思いますけれど? 私は盗賊団に力は貸してはいましたけれど、その盗賊団の首魁が全て討たれた以上、力を貸す必要はないと思っていますもの。むしろその要求に応えた代償をいただくつもりですわ」
シェラは変わらず穏やかな顔をしていた。それも煙で見えたり見えなかったりだ。
「私にそれを選択しろというのか‥‥」
「魔法陣はもう発動していますわよ。ふふふ」
「笑止! その程度で揺らぐ私の心ではない! 何があっても揺るがぬ心、人これを『不動心』という!」
「ようするに、聞き分けがないってことね」
導仁は大上段からの一撃を見舞った。
だが、それもまた読んでいたかのようにひらりとかわすと、そのまま懐に入り込み、導仁の勢いをその掌一点で止めた。
「あなたみたいな人とはまた相見えたいと思いますわ。その時にまた‥‥お話ししましょう」
触れられた一点からエネルギーの本流が迸り、導仁を吹き飛ばした。
そしてまもなく、廃墟の都市に魂を奪い去る魔法陣が完成した。
魔法陣の中にいる、全ての生ける魂、まもなくあの世へと旅立とうとしていた魂をも飲み込んでいく‥‥。
全て。
全てを呑み込んでいく。
●
「まあ、皆さん大丈夫ですの?」
帰りを今か今かと待ちわびていたエカテリーナは冒険者の姿を見て、目を丸くした。
冒険者のうち、導仁・リュリス・空、シェリルは自分で動くこともできず、残った面々に運び込まれていた。そして元城主であったアストレイアも。城で待機していた僧侶達は回復をと、慌てて準備をし始めていた。
「敵のほとんどは倒したんですが、シェラと名乗るデビルだけは倒せなくて‥‥」
申し訳なさそうにいうジャンにエカテリーナは首をゆっくり振った。
「デビルは元から盗賊の仲間ではなかったはずですわ。戦いに備えて、盗賊達が助っ人として呼んだものでしょう。デビルは契約の中で生きる存在。盗賊のようにむやみにその後も暴れ回ったりすることはないでしょうし。そう考えれば皆さんは当初の目的をしっかり果たしてくださいましたわ」
エカテリーナはそう言って、優しく迎え入れてくれた。
そしてそれぞれの傷は癒され、戦いのために使った道具などは、その分を充当してくれた。
ただ、しかし。
「あの、アストレイアさんは‥‥」
「デビルに魂をほぼ完全に抜き取られていますから、魔法や薬を使っても、すぐまた息を引き取ってしまいますわ。残念ですけれど‥‥」
「そんな‥‥」
死の淵からよみがえった空は、それを聞いてがっくりとうなだれた。
魂を持っているのは、シェラと名乗っていたあのデビルだろう。もう今となっては接触する手段もない。
「‥‥デビルと関わるのはやめておいた方が賢明ですわ。デビルの基本は等価交換。アストレイア女伯の命を取り返すなら、それに見合うものを要求してくるでしょう。それは新たな悲しみを生み出しますわ。連鎖はどこかで断ち切らないと」
わかっている。
わかっているけれど。
空は冷たくなった恋人の横で涙を流し続けるのであった。