鋼鉄の彼女(ガーディアン)
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:DOLLer
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月09日〜09月14日
リプレイ公開日:2005年09月18日
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●オープニング
マント領を中心に世間を騒がせた悪魔達の跳梁は峠を越した。騒動の主であったカルロスの死、そして聖柩がその力の鱗片を見せたことにより、悪魔の大攻勢は沈黙せざるを得なくなったからだ。
だが、彼らが永きにわたってノルマンに蒔き続けていた悪の種はこの騒動を機に一斉に芽吹いており、その収集はカルロスの死程度で着くはずもなく。悪との争いは今日も続いていた。
「お父様。報告致します。北丘陵に構えていたゴブリンの一掃作戦は終了しました。森に潜む山賊の討伐は現在進行中です。経過は良好。農民たちも安堵するでしょう」
全身鎧を身につけた女性が、父と呼んだ男性に敬礼の後にそう伝えた。彼女自身も戦闘に参加していたのか、燦然と輝く白銀の鎧は土煙と血糊で汚れ、すっかり曇ってしまっている。また、本来なら美しいであろう髪もばさばさになっていた。
対して、父も鎧こそ身にまとっているものの、こちらはその輝きを失うことなく、騎士の威厳と栄光を並々とたたえていた。父は報告を受けると、険しい表情を変えることなく、小さく頷いた。
「報告ご苦労」
「肝心の悪魔の影はついぞ見ることはできませんでしたが、平和と秩序は私たちが護り通すことができそうです‥‥」
言葉とは裏腹に、娘の顔もあまり明るくはなかった。これから忍び寄る報復の魔の手が目に見えているかのように、苦い表情を漂わせる。
「ですが、怪我をした者も多く、また征伐した後にまた被害が出てきたという話を聞きます。住民の不安はますます募る一方ですし、治安の低下も窺えます」
そう述べる娘に、父はちらり、と目を向けた。
「アストレイア。考えていることがあるなら、言ってみなさい」
「治安の回復と脅威への対抗策を考える必要があります。今の私たちだけでは、今後に不安が残ります、民に自衛能力をつけてはいかがでしょうか」
迷いながらも、父の視線に後押しを得て、アストレイアは話した。
民が戦闘を行うために武器を持つことは少なからずあったし、現在の戦争でも、軍隊以外に義勇兵として民兵を使うことも少なくはなかった。
この地でも同様に民兵として、戦いを行うことはあるが、治める者としてその訓練は最低限しか行っていない。統制力の低い彼らは、そそのかされやすいため、力の方向性が想定した方向に続かない危険もあったし、本来は非戦闘民であることによる線引きが弱まる可能性もある。
アストレイアはそれを承知で提言した。騎士としての地盤が崩れる危険性も覚悟しての上で、だ。
「民からの要望か」
「それも、あります」
父の目は、鋭い。ここに来るまでにアストレイアが何と出会って、どんな思いをしたのか。全て言葉尻から見抜いているようであった。
「戦闘力の強化は士気向上のためにもやむを得ぬ。だが、民にだけ戦を教えるのは感心せんな。本来は己の領分であろう」
「私も参加せよと? もちろんです!」
騎士鎧の厚い胸板に手を当てて、アストレイアは声を上げた。それこそ望んでいたことだった。騎士という守護者たる者としてもまだまだ未熟と言わざるを得ない自分である。今はあらゆるものに触れて吸収したい。
「お前が戦闘の得意でない人間に混じって戦ったところで、意味などない。いつぞや言ったが、お前は頭が固すぎる。戦いも教科書通りだ。性格も真っ直ぐすぎて大局を判断できぬ。同僚にも同じような輩が多いようだな。一緒に叩き直されてこい」
「分かりました‥‥」
父の苦言に表情を曇らせながらも、アストレイアは頭を垂れた。若干の不満が心の中で騒いでいるのが感じられたが、それは表には出さなかった。
「冒険者ギルドで、集団戦闘に慣れている者を招聘してくると良い。冒険者同士一度手合わせをしたかった、という者でもよかろう。戦いを見ているだけでも十分に勉強できるはずだ」
「了解しました。使いを出します」
アストレイアは礼をして退出した。
●リプレイ本文
「山賊を相手にしたことは無いけどモンスターなら有るから,其の時の経験を語るかな」
箕加部 麻奈瑠(ea9543)は、そう言いながら、過去に請け負った仕事の一部を話し始めた。
「坑道の落盤事故で亡くなった人がズゥンビになって襲いかかってきたんですよ。腕が片方無かったり、顔が半分へしゃげてたり、見るだけでも士気がそがれそうでした」
そう言って話し始めた内容は、冒険者でも少し刺激の強いモノだったようで、横にいたジェラルディン・ブラウン(eb2321)は話が進むに連れ、顔色が悪くなっていく。
「何が言いたいのかって言うとね。本当に重要な事が何かは判らない事も多いけど、綺麗な事では戦えないってこと」
反応が悪くなる様子に気が付いた箕加部は慌てて、そう言って、言葉を締めくくった。
そして、近接戦闘を望むものには、フィアレーヌ・クライアント(eb3500)と黒 風怪(eb3502)が。また、女性や老人・子供など戦闘に参加する自信のない者達には、箕加部とジェラルディンが応急手当などを教えることになり、ほとんどの者へは、ギーン・コーイン(ea3443)とレオン・ウォレス(eb3305)による射撃訓練が行われることになった。
「人間の急所、ここと、ここと‥‥」
近接戦闘を教えることになったのは、神聖騎士の女性であるフィアレーヌと山のような体躯をした黒の取り合わせであった。黒は、自らの体を指し示して、十二形意拳から得た経験と、応急手当などの知識から、人体の構造や急所など説明していった。
「ここに攻撃を打ち込めば少なくても敵はひるみます。ですが、深追いは禁物です。どんな素晴らしい剣でも振るい続ければ切れ味は落ちますし、腕が持たなくなります。確実に少ない手数で当てて退避すること。いいですね?」
黒が指し示した場所にフィアレーヌが当てるのに適した打ち込み方を伝授していく。近接戦闘のレクチャーでの骨子は、「防御」であった。守るための戦い、勝つためではなく負けないための戦いをして欲しいということであった。
フィアレーヌは、海での戦い方の中から陸地戦でも使えるものをピックアップして説明していた。
「どうしても数が多い敵集団と組みする場合は、相手の戦力を分断させるべきです。その場合には川や障害物、斜面を利用して、相手が合流しにくくすべきです。私達の利点は軽装であること。相手は集団を維持するためには行軍速度は落とさざるを得なくなります。弱点をつくならそこでしょう」
そうした話は、領民だけでなく、戦に従事する騎士達にも実りのある話だったようだ。一段落した後に、アストレイアがフィアレーヌに声をかける。
「航海における役割分担や、戦術など大変為になります」
「何事も状況次第ですね。これで多くの人を護ることができたら良いのですが」
それは護りを信条とする神聖騎士としての本心からの言葉であった。
「アストレイア」
二人に影がさしたかと思うと、側に来ていたのは黒であった。民達が訓練に勤しむ中、そっと抜けてきたようだ。
「お前、彼等に戦う力与える。彼等、強くなる。でも、お前、強さだけで彼等をまとめる事、難しくなる。彼等、食物作れる。道具作れる。お前、なに作り出せる? なに与えられる? なにを‥‥示せる?」
そんな言葉にアストレイアは微笑んだ。微かに切なそうな顔が微笑みの合間からにじませつつも、さほど悩む様子もなく彼女は答えた。
「安寧を」
「お前、真面目で良い奴。俺、お前みたいな奴、好きだ。だからずっと村人と仲良くして欲しい。争い‥‥無いほうが良い」
黒の言葉にアストレイアはもう一度微笑んだ。
「これから、面射撃を教える。これは一斉射撃をすることで敵を怯まし、進撃を遅らせる。敵を射るのではなく、ある地点を目標に射るので、狙う必要が無く、速射速度が高まるから、有効な戦術のはずだ」
レオンが面射撃についての説明を行う。
「もちろん、面射撃には射撃手段がいるのじゃが、この中で弓を扱える者はいかほどいるかの?」
ギーンが挙手を求めるものの、民達から挙がる手の数は多くない。弓は猟師達ならば問題なく扱えるが、農民達ではただ真っ直ぐ飛ばすのも、最大射程の8割でも確実に飛ばせる者は少ないだろう。
「やはりの。弓は熟練が必要じゃし、矢を揃えるのは金がかかる。スリング、または素の投石が妥当な選択じゃな」
ギーンは髭を軽くしごくと、足元に落ちている石の中から手の平に丁度おさまる物を見つけ出し、目標地点へと投げた。
最初に、いくつか投げてみて、投げる強さを計った人々は、今度はレオンの号令によって一斉投石が行われた。
石は、夕立の前に集まる黒雲のように、天で結集したかと思うと、次の瞬間、的と決められた場所に豪雨のように降り注いだ。それはまさしく雨や嵐のような音を立てて降り注いだ。強烈な音から、投石を行った人々もしばし呆然として立ちつくしていた。
「上等じゃの。こうした攻撃は先手を打たねばできん技じゃ。見張り小屋を建てる、自警団を作り巡回するといった警戒が重要になるわけじゃ。住民の横の連携が深まりゃ、治安も改善するしのぅ」
威力に呆然とする人々に向かってギーンは笑ってそう言った。平時から準備を怠らないことの重要性も、この機に民達には十分伝わっただろう。そこここで、見張り小屋や自警団についての発案が隣り合う者達と囁かれていた。
「面射撃とは確かに有効な戦術ですね」
「まぁ、のぅ。だが民に自衛の力を持たせ、士気を高めりゃあ、弱い賊相手にゃ身を護れる。じゃが、強い相手に対した時。力と自信が退き時を失わせ、かえって多くの死者を出す。そんな諸刃の剣になるやもしれん」
「ええ、そうですね。ですが、面射撃の訓練は連携を高めることができます。引き時も綺麗に行うことができそうです」
嬉しそうに話すアストレイアの様子に、レオンは嘲笑に似た苦笑を浮かべた。
「一朝一夕の指導で、今まで戦い方も知らなかった民草が使い物になると思っているのか? そう思っているのなら、とんだ甘ちゃんだな、お嬢さんは」
「何ですって?」
色めき立つ彼女にレオンは一瞥をくれて、口を開いた。
「もともと使い物にならない奴らを半人前にすべく、訓練をやっているんだ。そんなに一糸乱れぬ行動ができるようになりゃ、世話いらないだろ」
領民のことを馬鹿にされたように感じたのか、自分の考えと違っていることに腹立ちを覚えたのかどうか分からないが、アストレイアは顔を紅潮させた。
「なんならやってみるかい? おぬしら騎士達誰が相手でも相手してやるぜ?」
「望むところッ!!」
レオンがミドルボウを握りなおし、アストレイアがハルバードに手をかけた瞬間だ。レオンの目の前に、大きな手がにゅっと伸びて、彼の動きを制止させた。月村 匠(ea6960)だ。
「楽しそうじゃねぇか。折角だからいつもと毛色の違う剣士の技っていう物を体でじっくりと味あわせてやるよ」
そう言うと、月村は太刀の束に手をかけた。だが引き抜かない。そしてアストレイアがハルバードを構え、予断無く間を測っていた瞬間。
不意に月村の手が揺れた。
「!?」
微かな風を感じた時には、アストレイアの左肩に鈍い衝撃が走った。
「どうした? そんなにのんびり構えていたらやられちまうぜ? 相手に合わせて臨機応変な技と戦術って奴をしっかり勉強しな」
間合いを計り損ねた?
心に小さなさざ波が立つのを感じつつも、アストレイアは変わらず間合いを計った。しっかり防御を固めて。
が、それも遅い。アストレイアは再び衝撃にはじかれた。鎧と太刀の間に激しい火花が舞った。
「おいおい、反応が鈍くないか?」
反応が鈍いわけではない。夢想流の真髄であるブラインドアタックを駆使する月村の攻撃をアストレイアが見切ることができなかっただけだ。
「こちらから行きますっ」
今度はアストレイアから踏み込んだ。太刀の間合いから大きく離れると、一転、月村の懐目指して駆け込む。敵を正面から破壊するカールスの王道戦術、チャージングだ。
「ついでに後の先っていうのはこういうものだ、ぜ」
アストレイアの突撃を左胸で受け止めると、その衝撃を回転力に乗せて、月村は一気に太刀を引き抜いた。
峰を返しての攻撃であったものの、アストレイア自身の突撃による慣性と、月村が受けたダメージを回転力に加えた一撃は、鎧をへしゃげさせた上で鈍い感触を月村の手に加えた。
「ご立派に正々堂々戦っても負けちまったらしょうがないよな。おっと、そんなことは俺が言う前からご存知だったかね?」
さて、その言葉を聞いていたかどうか。アストレイアはそのまま俯せに伏してしまっていた。
「アストレイアさんっ!!」
慌てて走り寄ったのは十野間 空(eb2456)だった。彼が揺り起こそうとするも、何の反応もなくその震動に身を任すばかりである。カウンターアタックの直撃を受けた鎖骨同様、完全に意識ごと砕かれてしまったようだ。
「すぐに傷の手当てを!!」
「あなたもよ。心臓や血管が損傷してたらいけないわ?」
ジェラルディンはその場を後にしようとする月村の腕をつかんだ。確かにアストレイアのチャージは彼に確実なダメージを与えていたようで、鮮血が草で編んだ服を赤く染めていた。
戦闘訓練をやっているなら、きっとすぐにでも練習台が来てくれるわ。物事を覚えるなら、実践が一番よね。
と思っていたジェラルディンだが、まさか依頼主本人が来るとは思ってもみなかった。練習するには傷が深すぎるようだったので、リカバーで傷を塞いだ上で、包帯の巻き方や、処置の仕方をレクチャーしていた。
「ここで大切なのは綺麗な水で傷口を洗うこと、それから傷口が大きい場合は傷口以外に心臓に近い間接部を絞めるとかね」
こちらは箕加部のレクチャー。彼女は月村を練習台にして、包帯や薬草の扱いを教えているようだった。怪我をしている本人はかなり居心地が悪そうだったが、箕加部は一向に気にする様子はなかった。
「とりあえず、レクチャーはここまでね。みんなご飯にしましょう」
ジェラルディンがそう声をかけると、箕加部と一緒に作っておいた大鍋一杯のスープが登場した。箕加部が薬効のある草を選んだ上で、料理の得意な村の女性達と共同で作った、非常食スープだ。
「人がこんなに集まって、訓練だけじゃつまらないもの。みんなでご飯を食べながら、色々とお話しましょう? 楽しんでやらなくちゃ」
隣の部屋で、人々が団欒する様子が音として流れてきていた。
しかしこちらでは十野間が一人、まだ意識の戻らないアストレイアの傍にいた。
「騎士であると共に、一人の女性であっても良いのです‥‥」
そんなことを呟きつつ、アストレイアの髪を撫でた。もう年頃の女性であるというのに、彼女の髪は硬くばさばさとしていた。だが、髪の合間からふと、漂う香りは確かに花のそれだ。
髪を撫ですかす手が止まった。いや、止められた。アストレイア自身の手が十野間の腕に触れたからだ。
「アストレイアさん、大丈夫ですか?」
「私、弱い‥‥彼が敵なら私は何も守れていなかったことになるわ」
「独りでは理想の高みへは至れません。それは私も同じ事。互いの不足を補い、支え、歩んで行きたいのです」
十野間は触れるアストレイアの手を握りしめて、そう囁くと、アストレイアの血の気の引いて白くなっていた頬に僅かに朱が差した。
そして部屋に伸びる二人の影が重なったのであった。