生きる道(かて)
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:DOLLer
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 86 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:09月14日〜09月18日
リプレイ公開日:2005年09月22日
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●オープニング
ミーファは悩んでいた。
家を出て、もう半月近く経つ。泊まるところや食べるものには幸い苦労せずにすんだ。家を出る前に、あらかじめ仕事を探しておいたのもあるし、何かと世話になった『白』の僧侶の女性や、美しい竪琴を持つ吟遊詩人に雨露をしのがせてもらうこともできた。
ただ、彼女達から協力をもらうために、家には定期的に顔を出すこと、家族の人を心配させないこと。という約束をしたこと。
その約束を考えると気持ちが重たくなった。
別に会いたくない、というわけではない。家を一人守る姉が、自分のことを心配するのは痛いほどわかっていたし、それに応えたい気持ちもある。
だけれど。家に帰ればまたギクシャクした空気が流れそうで、嫌だった。
かといって忘れたフリをすることもできなかった。約束は守らないといけない。
「美しい顔が苦悩で歪んでいますよ」
耳元でささやく声がして、ミーファは我に返った。驚きで心臓が跳ね上がったのがわかる。
あわてて声をした方を見ると、一人の人間がいた。
色とりどりの布に身を包み、頭にもターバンのように布を巻き付けているその人の姿を見ると、他の人や風景がすべて色あせて見えた。頭の布は目深に巻き付けられているため、年齢はよくわからない。性別もよくわからない。声を思い出しても、男のような、女のような。しっかりと判別できるものが何一つなかったのだ。
だが、その人の姿はやたらに目立つ。一度見てしまうと、目が離せなくなるような。そんな不思議な雰囲気を持ち合わせていた。
「あ、あの‥‥」
「音を紡ぐ者が苦しんでいるときは、希代の名曲を生み出す予兆でもあります。それはあなたの生きる糧となるだけでなく、多くの人々の糧ともなるでしょう。で、あるならば。私はお手伝いをさせていただきたいのです。同じ音を紡ぐ者として」
水がせせらぎの音を立てて流れるような。そんな話し方だった。決して耳障りではないが、どこか引っかかりを覚え、もう一度聞きたくなるような、そんな声だ。
天性の吟遊詩人だ。ミーファは直感した。彼らは弦一本、言葉一つ響かせるだけで、人を魅了するというが、それは事実なのだ、と改めて思い知らされた。
「あ、あの、実は‥‥」
ミーファは思い切って話すことにした。今何を悩んでいるか、そしてそのいきさつも。詩人はミーファの想いが途切れるまで、静かに聴いていた。
「ここに至るまで大きな心の傷を負ったのですね。優しい人。どんなことも自分に責があると感じてしまう。自分が脆弱だから、念願だった『黒』の道が閉ざされた。新たな道を見出しても悩みはつきず、ご家族である姉君をこれ以上悩んでほしくないために、家を出た。そして今、その流れが繰り返さないか、胸を張れない自分に負い目を感じている」
的確だった。ミーファが意識せずにいたことも、吟遊詩人はすべてをすくい取るように言葉にして、ミーファに与えてくれる。
「私は、どうしたらいいのかな‥‥」
「貴女は一つ忘れていることがあります。自分を変えるのではなく、環境を変える努力を。貴女が玄関から出るように心を砕いてくれた方々も、暗にそうしていただきたいから、姉君を説得されたのでしょう。自分だけ変わっても根本は変わらない、と」
詩人はささやいた。
「姉君を説得してご覧なさい。貴女には音という大きな武器がある。その武器と貴女の力で姉君を魅了してご覧なさい。きっと思い悩むことは春が来た雪野原のごとく。雪は清水となりて、花咲き、蝶が舞うでしょう」
確かにいわれてみればそうかもしれない。姉は音楽の道に進むことに反対はしなかった。だけれど、諸手を挙げて賛成してくれているワケでもなかった。もし、姉が音楽を、冒険という世界があることを知ってくれたら、生きているだけで居心地の悪い思いをしなくてすむかもしれない。
「やってみます。できるかどうかわからないけど、やってみます!」
その言葉に詩人は少し目を細めた。微笑んだのだろう。
「音は人を魅了するものです。貴女の身近にいる人を魅了できなくては真の音にあらず。不安は重なるとは思いますが、ここにさえ連れてきていただければ、私もご協力致しましょう。心配ならば、冒険者の力をお借りするとよいでしょう」
その言葉にミーファは輝いた。冒険者の話が聴ける。冒険譚を聞かせてもらったことはあったが、また色々聴けると思うだけで嬉しくなった。そしてそれよりも、いつも助けてもらってばかりいる立場から、今度は協力して姉を導くことができる。自分に新たな使命感が宿ったような気がしてミーファの心の喜びは一気に花咲いた。
「貴女は姉君が新たな世界を知るきっかけとなるのですよ」
そんなミーファを、吟遊詩人は優しく見送るのであった。
●リプレイ本文
●目覚めの歌
一行が通されたのは、小さな部屋であった。全員が座れる椅子とその中心にあるテーブルの他に、机やサイドボードが設置されていることから、執務室という意味合いの方が大きいのだろう。
「あ、あれ。家族の絵じゃないですか♪」
ソムグル・レイツェーン(eb1035)は、部屋の正面にかかっている絵を見つけると、そちらへと羽ばたいた。
「へぇー。確かにガッチガチの家庭だね〜」
アルヴィーゼ・ヴァザーリ(eb3360)もソムグルの後に続いて、その絵を眺めた。絵には、父親と母親、それから二人の娘の姿が書き込まれていた。背後には教会が描かれ、それぞれの人物達も聖印を身につけたり、法衣を纏ったり。そしてその表情も一様に硬い。
これじゃ、自分の価値観を大切にするも何もあったモンじゃないね。アルヴィーゼはそう思った。
そうしていると扉に人の気配がして、一同は振り向いた。正面にかかっている絵から、雰囲気ごと切り抜いたような、静かな人物がいた。
「お待たせしました。私が、サイアです」
「お久しぶり。今日はミーファのことでお話に来たの」
ラシェル・ラファエラ(eb2482)は立ち上がり、軽い会釈もそこそこに本題に入った。回りくどいことは好きではなかったし、相手も自分たちがやってきた理由を薄々と感じている以上、冗長にする必要を感じられなかった。
そしてラシェルの考えたとおり、サイアもゆっくりと頷いて、話を聞きましょう、と答えた。
「今、ミーファは吟遊詩人として冒険の道に進み始めています」
ラシェルの言葉の後を継いだのは、十野間 空(eb2456)だ。その言葉にサイアは困ったような、悲しそうな表情を浮かべる。
「ミーファはよくやっていますか? あの子は心身共にあまり強くはないので、冒険者の皆様の名誉を貶めるようなことになっていないか、心配になります」
ああ、やはり。
一同はそう思わざるを得なかった。サイアが妹のことを強く強く想っていることも、そして冒険者に対して固定観念を持っていることも。ラシェルや十野間などとは何度か面会したことはあったが、冒険者の本分と言えば、『力』であると考えているということは、間違いがなさそうだった。
「最初は不安な気持ちでいっぱいでしたけど、世界に出て見ると今まで世界とは違い、初めて見る物やいろいろ学ぶことで、たくさんの経験を積めます」
エレシア・ハートネス(eb3499)は、まずそう切り出して、冒険が経験となり、本人の力となっていくことを話し始めた。そして彼女は自分もそうでした、と初めて冒険に出た時の気持ちを語った。また民兵の教練の話から冒険者でも、持っている知識やスキルから役立てるところは違ってくるのだ、という話も付け加えた。
「経験と言いますが、その前に壊れてしまうわ‥‥あの子の場合」
「壊れるだなんて、そんなことないですよ♪」
ソムグルはニコニコと笑った。
「私だって冒険者ときくと、危ないところへ行くと思うでしょう。私もクレリックとして同行したこともあります。ですが、それだけでなく、祭りを盛り上げたり、モノ探しをしたり、手紙を届けたり、そして人の心を癒すこともあるんですよ」
そう、貴女の心配事も、癒すのですよ♪
そう言って、事例を説明しようとしても、記憶が欠落しているソムグルの話は焦点がボケてしまっていて要領が得なかったのだが。
「そんなお仕事もあるのですね。私は冒険者といえば魔物を倒したりするのが主で、その副次的なものとして、手紙を届けたりしているものだとばかり」
「何も武力や魔力を持って戦う事ばかりが冒険ではないのですよ。様々な立場の人が、自分に出来ることで人々を救う。それが冒険者の仕事です」
エレシア、ソムグルの話を聞いて、サイアの目から不安の雲が去っていくのが窺えた。それに加えて十野間ややんわりと言葉を紡ぐ。
十野間は母でありながら、冒険を重ねる女性の話をした。
「彼女は母の立場から、子への愛ゆえに罪を犯した父の心を知り、贖罪に向かう父の思いを子に伝え親子の絆を守った事もあれば、結婚式を盛り上げた事もあります」
「まぁ‥‥ご家庭を持ちながら、冒険だなんて」
「キミは周囲一般からのイメージだけで物事を捉えてるような感じがあるねー」
アルヴィーゼがにっこりと笑ってそう述べると、サイアは恥ずかしそうな、少し怒った顔をした。
「知らない世界ですもの」
「冒険者は周囲の空気に流されず、自分の価値観を大切にしているんだよ。自分の見た物、自分が体験したこと、自分が考えていることをね。」
そう言いつつ、アルヴィーゼはヘアバンドを外した。長い黒髪が一瞬乱れた後には、人間にはあり得ない、かと言え、エルフにしては短すぎる耳がそこにあった。
「ハーフエルフっ!」
「なんで急に態度が変わるかな〜。さっき楽しく話していたのは、キミ自身の判断で、僕と話してると楽しいと思っていたんだよね。でも、耳を見ただけで態度が変わった。それじゃあ、さっきまでのきみの判断は間違っていたのかな」
思わず強ばるサイアに、してやったりとアルヴィーゼは笑ってそう語りかけた。
対する彼女の返答はない。あまりのインパクトで、押し黙っていた。それに助け船を出したのはマハ・セプト(ea9249)だった。
「まあ、そんなに驚かさずに。のうサイア殿。聞いての通り冒険者は何も荒事だけではないのじゃ、わかるかの?」
穏和な調子でマハは続けた。
「保護者的な者としてはミーファ殿が冒険に出るのは不安じゃろ。だがの。経験や努力は人を成長させる。努力は人を裏切らぬよ。それにの。わしにも孫のようなエルフの少女がおる。心配であったが色々な経験をつんで元気な様じゃ。今は見守る事にしたのじゃよ。人はいずれ旅立つものじゃ」
その言葉にサイアは俯いた。人はいずれ旅立つ。そのことは十分理解できた。それが自分の世間知では及びも付かない場所だからこそ過保護になってしまっていることも理解はできた。
だけど。だけど。
「彼女の奏でる音色が、彼女の積み重ねた経験が、人々を癒し励ますのです」
「そうそう。真顔で説教たれてる誰かさんは、惚れた相手を支えたいって想いで、結構多くの依頼をこなしてたりするようだしねぇ〜」
十野間の言葉にくすくすと笑ったのはシルフィリア・ユピオーク(eb3525)だ。胸元が大きく開いた黒革製のレースアップベストと長ズボンを身に纏う彼女からは、大人の色気が漂ってくる。そんな雰囲気にか、それとも言葉に思い当たる点があるのか、十野間は思わず言葉をつまらせてしまう。そんな彼の様子に悪戯な笑みを浮かべつつ、シルフィリアは言葉を続けた。
「ハート、そう熱い想いさ。その依頼に関係する人達の立場に立ち、考え、湧き上がってきた『何かをしたい』って想い。それが冒険者の必須条件なのさ」
「想いの理由は高尚である必要なんてないんだよ。人それぞれ。それでいいのさ。別に好いた惚れたそれだっていい。あたいは、あんた達姉妹が御互いを認め合って、わかり合えればそれでいいのさ。それが今回のあたいの想いって奴さ」
そんな言葉に身を詰まらせたのか、サイアは長いまつげを伏せて、細く深い息を吐き出した。
わかりあう。
分かり合っているつもりだった。
シルフィリアの言葉は重く痛かった。認めているつもりだったし、分かっているつもりだった。だが、どんどん歯車がかみ合わなくなって、とうとう外れてしまったような。そんな気がする。
うなだれて今にも涙をこぼしそうなサイアを見て、エレシアはいたたまれない気持ちになり、そっと肩を抱いた。
「冒険者は悩みを解決するものよ。サイアさん、あなたの悩みも解決するのが冒険者の務めよ」
ラシェルがそう言って立ち上がった。そして彼女はサイアに手を差し伸べた。
「悩みを解決できるのは一人。吟遊詩人として頑張っているミーファしかいないわ」
●希望の歌
ラシェルに連れられて広場にある小さな食堂の扉をくぐったサイアを迎えたのは、明るい調べだった。
どこかで聴いたことがあるような?
サイアの心にひっかかりを覚えたその音の正体を、彼女はすぐ思い出すことができた。ミーファが部屋でずっと弾いていたあの曲だ。少し違う物のその面持ちは色濃く残っている。
それはセフィ・ライル(eb2375)がミーファ自身でサイアに届くような曲を作ろうという発案から始まったもので、伝えたい気持ちは、伝えたい相手には十二分に響いていた。
『‥‥希望の地 夢の欠片を拾いつつ
私は歌を唄おう
駆け出す私に吹く風に
願えば届くはず
例え悲しみの雫が溢れても
希望は失わない‥‥』
目をやれば、ミーファが竪琴を構えて唄っていた。こちらをちらりと見ては照れた顔をして、また弦の動きに目を戻す。傍ではセフィがミーファの音を支えるように、副旋律を奏でている。既に達人の域に達しているセフィの旋律が遙かに耳には心地よく、そんな彼女が下支えをしてくれているおかげで、ミーファの音は想いを紡ぎだすことに集中できていた。
「ミーファさんと吟遊詩人さんの音、すごく綺麗ですね」
ソムグルはこれを楽しみにしていたようで嬉しそうに聞き入っている。
「ミーファ‥‥」
「姉さんに心配かけたことは悪いと思ってる。でも今、とても楽しいの。音に出合って。冒険者のみんなに出会えて本当に良かったと思っているの。私の喜び聞いて。姉さんにも知って欲しいの」
弦が一層強く響く。ミーファとセフィに加え、色とりどりの布を纏った吟遊詩人もが、セッションに合流してきたからだ。たちまち音楽は、場を支配し、聴衆の心を強く揺さぶった。
歌うことが好きなエレシアも、不安の影が漂っていたサイアにも、その影は見えない。彼女自身も希望に満ちあふれていた。
「最近の、楽器を鳴らすことが楽しいのじゃが少々我流での教えてもらえるとありがたいのじゃがな」
マハも嬉しそうな顔をしてセッションに飛び込んできた。
ここは希望の歌が流れるところ。誰も不安など感じ得ない。小さな演奏会は喜びが満ち足りるまで続くのであった。