【桜花絢爛】サクラ、チル

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 1 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:04月21日〜04月24日

リプレイ公開日:2006年04月29日

●オープニング

 林を抜けた先にある小さな広場は、陽光が降り注ぎ、中央に年を経た一本の薄墨桜が鎮座している。木肌はよく目をこらせば万色の色相と湛え、枝は一行を迎えるように大きく手を伸ばしていた。巨木は舞い散った花びら初雪のようにつもり、風がふくごとに、少しずつその層を削っていった。
 そんな薄墨を少年と少女は、魂が抜けたかのように見上げていた。
「桜、死んじゃう」
「桜、枯れちゃう」
 少年と少女には、しっかりと見てとれていた。この林を象徴する薄墨の長老の命はほとんど消えて無くなっていた。僅かに残った命の灯火ももう1月も持つまい。
「イヤだ。死んで欲しくない」
「イヤだ。生きて欲しいよ」
 薄墨はこの林の守護者でもあった。どんな危険な動物が入り込んでも、桜の元では大人しくなった。人もほとんど寄せ付けることがなかった。木々達は薄墨を守り、そして薄墨に守られて生きてきた。
 それが死に絶えようとしている。
 原因は時だ。時の風雪は誰にでも平等に訪れ、そして形を砕いてゆく。
 薄墨は天寿を全うしようとしているのは少年も少女も理解できていた。だが、それを理解できても、認めたいという気持ちと一にできるものではなかった。
「桜、死なないで」
「桜、元気になって」
 この林に生きる樹の子供達は考えた。
 どうすれば元気になってくれるだろうか。
「人だ。この前来た人に桜は最大の歓迎をしていた」
「もう花も盛りを過ぎたけど、人が来れば桜も元気を取り戻すかもしれない」
 人を呼ぼう。子供達は互いの顔を見て頷いた。
 薄墨が元気になってくれるために。

 最近、近郊の林で迷うらしい。見たこともない大きな桜の元にたどり着いたかと思うと、どこへ行っても、何度背を向けて帰ろうとしてもまた桜のある広場に出てしまうらしい。
 危険がないとは言えない。これを解明して旅人や近郊の人々が迷って危険にさらされないようにしてあげて欲しい。


●お花見のしおり
□ご挨拶
 桜花爛漫の候、皆様如何お過ごしでしょうか。春の陽気に誘われて桜の花も美しく咲き誇り、今年この林では花見を行う事ができました。各種催しは全くもってない寂れたところでございますが、ご友人お誘い合わせの上で是非お越し下さい。

 日程:神聖暦一〇〇一年四月吉日〜好日
 会場:近くまでくればアースソウルがご案内いたします
 入場:無料
 催し:適宜。
 後援:薄墨桜を長老と仰ぐ林の木々とアースソウル達の提供でお送りいたします。

□ご注意
 ・飲食物の持ち込みは出来ますが、ご利用の際のゴミは持ち帰る様にお願い致します。
 ・会場内への危険物の持ち込みはご遠慮下さい。
 ・ペットの連れ込みは出来ますが、種類や状況によってはアースソウルの判断で入場をお断りする場合があります、気になるお方は試してみてください。
 ・会場内での飲酒の際は、無事に帰れる様にお願い致します。
 ・桜の樹は大変繊細な生き物です。樹や花にはいたわって差し上げる様、お願いします。
 ・その他、危険行為や迷惑行為はお止め下さい。

●今回の参加者

 ea5194 高遠 紗弓(32歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea7125 倉梯 葵(32歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8209 クライドル・アシュレーン(28歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 eb0862 リノルディア・カインハーツ(20歳・♀・レンジャー・シフール・イギリス王国)
 eb2216 浅葉 由月(23歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb3601 チサト・ミョウオウイン(21歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb3834 和泉 みなも(40歳・♀・志士・パラ・ジャパン)
 eb4510 ララーミー・ビントゥ(48歳・♀・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)

●サポート参加者

佐上 瑞紀(ea2001)/ 橘 一刀(eb1065)/ 拍手 阿邪流(eb1798

●リプレイ本文

●花も知るらん、想いのありかを
 桜は盛りを過ぎていた。林を抜けたその広場には大地を覆い隠すほどの花びらが舞い落ちており、風が少しでも立てば、さざ波のように風に撫でられていた。
 幹は3人が手を伸ばしても足りるかどうか。その樹皮は齢を重ねて一つとして同じ風合いを持たず、万の色をたたえる薄墨をしていた。
 それでは桜はまだ咲く。この命を全てかけるかのように。
「桜…そう言えば、今年はまだ花を見ていなかったな」
 高遠紗弓(ea5194)はぼぅっと花びらの嵐の中たたずんでいた。その横には倉梯葵(ea7125)がどっかと座り、猪口にそそがれた酒の水鏡から反転した光景を眺めていた。水鏡に映る桜は色あせて見える。春霞と淡い陽光によるものか、それとももう生命に陰りが見えるからだろうか。
「あの時はこの様な事は起こってませんでしたから、原因は桜以外の所にあるのでしょうか‥‥」
 ひたり、と桜の木に触れるクライドル・アシュレーン(ea8209)。クライドルは覚えていた。つい先日。最盛期を迎えていた頃にこの桜を見かけていた。あの時はもっと生命力に満ち、この地を訪れた皆を温かく歓迎してくれていたことは、この場に立っただけで分かった。
 クライドルは注意深く、木の幹を触れ、そして観察した。
 木について知識があるわけでもないクライドルには、この木が死にかけているというのことは分からなかった。むしろ、盛りを過ぎてもこれほど力強く咲き誇り、心を打つ桜が死に絶えそうになっているとは考えることもできなかった。
「ウロを、見てごらん」
「桜の中を、覗いてごらん」
 アースソウルの消え入りそうな声に従って、クライドルが大きめのウロを見付け中をのぞいてみた。
 これが、桜咲く木なのか?
「空洞化していますね。病気‥‥? いえ、おそらくこれは時の浸食です。桜としてはかなり長い時間を過ごされてきたようですね。120年、あるいはもっと‥‥」
 和泉みなも(eb3834)は橘一刀にサポートされながら、クライドルと同じようにウロをのぞき込んだ。みなもの知っている多くの木の枯因は、病気や傷である。そういった木は表皮と幹の間にある水や栄養をやりとりする薄皮が痛んで枯れてしまう。
 だが、目の前にあるこの桜は、薄皮よりも先に幹の方がやせ衰え、ほとんど表皮にまとわりつく程度しか残っていない。ここまで来る前に大半の木は抵抗力を無くし、死んでしまうものだが。
 みなもの言葉に、森の子ども達−−アースソウル達はひしりとしがみついて懇願した。その大きな瞳からは朝露のような涙をぽろぽろとこぼしている。
 これだけ大事に思われると、できるなら回復をさせてあげたいと思うもののみなもにはその手段も知識もなく、言葉が胸の内で詰まってしまう。そんなみなもに代わって、リノルディア・カインハーツ(eb0862)がアースソウルに声をかけた。
「その前にアースソウルさん。まずは無理に桜を見せても人々は喜びませんし、同じような事を続けては怖がられてしまいます。気味悪がられてしまっては、桜も大変不本意であると思いますし。他に連れ込まれている人がいたら返してあげて下さい」
 アースソウルの深い気持ちはリノルディアも痛いほど分かっていた。
 だけれど、やっていいことと悪いことがある。この子達は桜の死を前にして分別が付かなくなってきている。それをたださないことには、みんな悲しい思いをしなくてはならなくなる。チサト・ミョウオウイン(eb3601)もほんわりとした優しい笑顔を浮かべて、アースソウルに語りかけた。
「心無き観客が如何に多くとも、長老さんは嬉しいとは思わないでしょう。自由に出入りできるようにしてはくれませんか?」
「桜を見る事を望まない限り帰していただけるようお願いします」
 少女達の言葉にアースソウルは若干名残惜しそうな顔をしたが、桜が望んでいないと言われればそれに従うしかなかった。本当のところ、アースソウル達もそのことはうすうす気が付いていたのではないでしょうか‥‥と、チサトは感じていた。
 受け入れがたい現実、他に方法を見いだせない悲しさ。小さな歯車のゆがみが大きな歪みを生んでいく‥‥
 チサトはふと、ノルマンでの出来事を思い出し、悲しくなった。もう悲しい目には誰も合わしたくない。


●天に祈り、花を愛で、人にほほえむ
「美味しいお弁当を作ってきたわよ。おにぎりとかたくさん作ってきたから、アースソウルさんもよかったらどうぞ」
 アースソウルの『フォレストラビリンス』の効力が解除されたのを確認し終わった後、とりあえず一行は腰を落ち着けた。ララーミー・ビントゥ(eb4510)がお弁当を広げると、さっそく小宴の始まりとなった。
 桜の花びらは相変わらず散り続け、倉梯が酒を入れた猪口を少し掲げれば、すぐに花びらが浮かぶこととなった。視界が途切れそうになるほどの花の嵐も何度か起きた。一行は本当に花に包まれて生きるという錯覚にさえ陥った。それほどまでに歓迎されているのは嬉しいことです、とリノルディアは飽きることもなくその桜の様子を眺めていた。
「どう筆をいれるか、悩ましいな。これは」
 倉梯とおにぎりを分かち合いながら、今のこの姿を書き留めようとしているのは紗弓。桜の木は描こうとするものの、焔のような深紅の瞳に映る桜は一風毎に違う姿を見せる。筆はどこから入ったものか、しばし空を踊っていた。
「雰囲気は違うが、木を見るとこの前の話を思い出すな」
 倉梯はまだ空白のままでいる和紙を眺めながら、猪口を仰いだ。
「ああ、あれ以来だものな」
「あの時はもう金輪際、木なんか見たくないと思った。どれだけ山を歩き回ったか」
「心変わりでもしたか?」
 筆をピタリ、と止めて紗弓は問うた。体はまだ桜を前にしているが、目はこちらを向いている。
「まぁ、なんだ。楓と桜は別だ」
 倉梯は言わない。ゆっくり話しあう時間がもてそうだったからなどとは。
 微妙な空気がしばし流れるが、花の嵐はそれすら飲み込んでゆく。倉梯は猪口にもう一杯、紗弓はおにぎりを一かじりした。

●花散りて 夢も散るらん 春雨の
 アースソウルはおにぎりやら春野菜の和え物などを前にしても食欲がない様子だった。元々物を食べるのかどうかも分からないというのもあるが、やはり悲しさで喉が通らないのであろう。桜を見ては二人でぐずぐずと涙をこぼす。
「大好きだから‥‥お別れは辛いよね。でもね、アースソウルさんがちゃんとお別れできなくっちゃ、桜さん、安心して眠れなくなっちゃうよ? ちゃんとお別れをする事も桜さんが大好きならしなくっちゃ」
 浅葉由月(eb2216)がにぱっと明るい笑顔を浮かべてアースソウルを慰める。そしておにぎりを一つ、もう一つは愛犬のみかん用に確保してから、みかんに向かって『しっぽ』の合図をする。
「僕達は、兄弟みたいに育ったんだ。最近ね、みかん『お手』じゃなくって、しっぽを覚えたんだ」
 ぱたぱたしっぽを振るみかん。そのしっぽに誘われて、花びらがよっては散りを繰り返し、楽しそう。
「みかんも桜さんを見ることができて嬉しいって言ってるよ」
 よくできました、とおにぎりを上げる由月にアースソウル達は涙まじりの目をあげて、仲むつまじい様子を見ていた。
「みかん、死んだら寂しいでしょ?」
「みかんに会えなくなったら悲しいでしょう?」
 生命の絆をみて、羨ましくもやっぱり悲しんでしまうアースソウル達にクライドルは静かに言った。
「生きとし生けるものはいずれ等しく終わりの刻を迎えます。無理に命を延ばす事が桜にとって良い事かどうか‥‥直接聞いてみない事には判別が付かないとはいえ、私は良い事だとは思いません」
「全ての命はいつか死をを迎え旅立ちます。大好きな命に先立たれるという事は悲しい事ですがいつまでも悲しんでいたら、旅立った命は安心して休む事は出来ないでしょう。悲しむなとは言いませんが旅立った方が安心して休める様に思い出を大切にしながら健やかに生きていく事が大切なんです。わかりますか?」
 みなもも静かに、そして若干強い語調でそう言った。頭と感情のバランスがなかなかとれないアースソウルはそんなみなもを見てつぶやいた。
「お姉ちゃん、大人びてる」
「お姉ちゃん、私たちはそれでもヤだのよ」
 アースソウルにまで精神年齢が同じ扱いされるのはいかがなものかと思いながらも、みなもはため息を漏らしながら、努めて冷静に答えた。
「年相応です‥‥」
 ため息をついたのはもう一人、ララーもであった。
「そうね、いつまでも生きていて欲しいわね。でもね、死ぬ権利もあるんじゃないかしら。このサクラも十分生きたのでしょ。土から栄養をもらったり、多くの人に花をみせたり。でも、もう次の世代に代替わりしなきゃね。でなきゃ、いつまで経ってもここには若くて強い木は育たない。違うかしら?」
 より強きものを、より賢きものを育て導く必要性があることを易しく説いた。
 それが神の−−黒の教えであるから。
「私たちは守ってもらったの」
「他に守ってくれる木はないの」
 またぐすぐす泣き始めるアースソウルにララーも少し困ってしまった。
 悲しみの薬は時間が薬ともいうけれど、木を守り、木と生きていくアースソウルにとってはそれも望むのは難しいだろう。
「それでは‥‥種を蒔いてみたりはいかがでしょうか。長老桜さんも‥‥始めは小さな桜だったと思うんです。長老桜さんへの想い‥‥次の世代に託し、育んでいく事は出来ませんか?」
「種をまく?」
「次の世代に託す?」
 アースソウルは互いに顔を見合わせて話し合っている。
「でも、桜の成長は時間がかかるよ」
「でも、長老は死んでしまうよ」
 やっぱり反対に流れそうなアースソウルの意見を、倉梯がフォローを入れてとめてみせる。
「違う違う。桜は眠るんだよ。随分長いこと花咲かせたり葉を茂らせたり冬に耐えたり、休まず林を守って来たんだろ? 新しい木に育つまで、ちょっと眠るだけさ」
「それに、お別れがあれば新しい出会いもあります。また新しく生まれてくる守護者の桜を見守っていただけるよう、お願いします」
 リノルディアの言葉にアースソウル達も、希望の道があるなら、とようやく了承してくれた。


●君慕いては 明日の春待つ
 結局受粉は蜂に手伝ってもらうことにしたようだった。
 その様子を見る間、チサトはその桜の下で歌っていた。


  気持ちは歌に 歌は空気に 愛は光に
  歌は大気に溶け 全てを優しく包む
  風は草木と共に歌う 喜びと希望の歌を
  光は迷い人に照らす 生きる道を
  全ては愛 悲しみと憎しみの連鎖を断ち切る優しき心


 きっとまた新しい命が育ちますように。皆に愛され、祝福され、そしてまた皆を愛しますように、加護しますようにと。
 歌を人並み手程度にしか歌ったことのないチサトの歌はお世辞にも巧いとはいえなかったが、その気持ちはきっと伝わったことだろう。一通り歌い終わった後、チサトはイリュージョンの巻物を使った。
「ご自身では見る事、叶いませんものね‥‥素晴らしい一時‥‥ありがとうございました」
 桜の幻影が広がる。この広場を埋めるような、とても生き生きとした桜が現実の薄墨と対となるように。
 きっと満足してくれると思う。桜も、桜の下でこちらに儚げな笑顔を浮かべる少女も。 ‥‥少女?
「ミーファ‥‥お姉ちゃん‥‥」
 チサトがそれを視認した瞬間にはもう彼女は居なかった。花びらに紛れて小さな白い珠が浮かんでいたようにも見えたがそれももうない。
「どうしたの? もう帰る準備をするわよ」
 ララーの声が聞こえるがチサトはしばらくそこから動けなかった。
「あの‥‥今‥‥そこにいるはずのない‥‥人が見えたから‥‥」
 今見たことをララーに話すと、彼女はにっこりとほほえんだ。
「それはきっと桜さんのお礼だと思うわ」
 ララーはそう言うと、それじゃお祈りしましょう。と持ちかけてくれた。


「カーツードーンー カーツードーンー カーツードーンー」
 ララーさんの宗派の祈りの言葉はなんだかよだれが出てしまいそうだったけれども。これできっと桜も心落ち着けてくれることだろう。
 受粉が終わっても、実がなるのは何ヶ月か先だ。それまで、この林をしっかり守るよ、とアースソウルは言って、みんなを見送ってくれた。
「残り少ない命でありながらあれほど見事な花を咲かせる‥‥素晴らしいものを見せてくれた事に感謝します」
「また見ることができるよ。少し先だけど」
「悲しむなとは言いませんが旅立った方が安心して休める様に思い出を大切にしながら健やかに生きていく事が大切ですよ」
「うん、僕たちには夢があるから」
「守護者の桜が、今日目に焼き付けたとおりになるまで、長いとは思いますけど、しっかり見守ってあげてくださいね」
「きっとすぐだよ。私たちは待ち続けられるから」
「桜さん、お疲れ様でした。大丈夫。ちゃんと、新しい芽は育っていくから。安心して眠ってね」
「新しい芽が花開いたら、また招待するよ」
「そうだ。これ。素描だが僅かばかりでも思い出になるだろう。絵なら何時でも、逢えるから」
「‥‥ありがとう」
「ありがとう‥‥」
 そして、一行は、旅立っていった。


「死ぬ時に悲しんだり、土に還ったその跡から生まれて来る何かを心待ちにしてくれるのは嬉しいことだな」
 倉梯の帰り際の言葉に、
「倉梯が死んだら哀しいしぞ、私は」
 紗弓は至極そっけなく、でもとても重要なことを伝えたのであった。

●ピンナップ

チサト・ミョウオウイン(eb3601


PCグループピンナップ(3人用)
Illusted by 木村寿美礼