パン食い(逃げ)競争

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 64 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月11日〜10月14日

リプレイ公開日:2005年10月19日

●オープニング

 パリの広場にほど近い、小さな食堂『バスティーユ』。
 その店の主人は長年、料理冒険家として諸国を行脚して手に入れた素材とレシピによって、絶品の料理を訪れる客に振る舞うということで有名であった。
 もちろん、交易ルートも独自開拓、調味料も個人取引なので、料理の値段もかなりのものになってしまう。
 料理の品数や質を落とすのは料理人として許せない。
 だが、この料理を広く多くの人に味わってもらいたい。
 さりとて、生活費を切りつめて安価にするにも限度がある。
 店の主人は考えあぐね、悩み抜いた末に一つのロクデモナイ、いやいや、突拍子もない結論を出したのであった。

「おぅ、相変わらず賑やかだな」
「こんにちは、元気そうですね」
 ギルドに入ってきた『バスティーユ』の主人を、受付員はよく知っていた。主人は冒険者としてギルドに足繁く運んでいたからだ。冒険活動から足を洗ったのは最近のことだし、近頃は素材や調味料の入手を依頼することもあった。
「今日もまた素材の入手ですか? インドゥーラからの交易商人がやって来ますよ」
 スケジュールを確認しながら、受付員は慣れた手つきで依頼受付の準備を始めていた。しかし、それは、主人の苦笑いと、分厚い手によって押しとどめられた。
「あー、そりゃまた今度頼むよ。いや、今日はな、店のイベントの告知をしにきたんだ」
「店の?」
 不思議そうな顔をする受付員に主人はにやりと笑った。
「おう、まもなく収穫祭だ。その前イベントとしてな、『バスティーユ』でもちょっとイベントをしようというのさ」

 主人の話に受付員は目が点になっていた。
 『バスティーユ』では、3日間、タダ食いセールを行うという。食べ放題飲み放題、世界山海の珍味も振る舞うというのだから太っ腹なものだ。
 ただし、タダ食いを出来るものには条件がある。退店時に主人を含めた店員に一切捕まらなければ、の話である。
 捕まった時点で、食べた分の倍の料金が加算されて支払わされる。
 もちろん、普通に食べて、普通に勘定を支払って出て行ってもらっても構わない。

「ちなみに店は簡単に逃げられないよう仕掛けを入れさせてもらったからな。」
 あんた、何考えてんですか。
 と思わず、ツッコミを入れてしまいそうになるのを、受付員はすんでの所で飲み込んだ。
「しっかり腹空かして来るように言ってくれ。お前さんも来いよ」
「謹んで遠慮します」
 密林の蜂蜜を手に入れるため、熊とサシで張り合ったなどという伝説の持ち主と勝負するような気は毛頭起きなかった受付員であった。
 かくして、『監獄』こと『バスティーユ』の戦いの火ぶたが切って落とされる。

     ○◆○ ○◆○ ○◆○ ○◆○ ○◆○ ○◆○ ○◆○
     バスティーユ 収穫祭特別めにゅう
     
      密林のミックスジュース 50c
      特選純米酒 龍殺し 99c
      チーズ36選シーザーサラダ 60c
      セーラの果物入り菓子詰め 75c
      加護(篭)入り至高のパン 80c
      闇鍋ボルシチ 1G50c
      タロンの精進感得料理 2G
      バトン打ちのパトスのマトン 3G
      インドゥーラハラハラスパイシーカレー 2G30c
      華仙大教国万歳全席 30G
     ○◆○ ○◆○ ○◆○ ○◆○ ○◆○ ○◆○ ○◆○

●今回の参加者

 ea6492 李 紅梅(27歳・♀・武道家・パラ・華仙教大国)
 eb1079 メフィスト・ダテ(32歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb2365 ロトス・ジェフティメス(29歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb2581 アリエラ・ブライト(34歳・♀・レンジャー・パラ・イギリス王国)
 eb2762 クロード・レイ(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb3305 レオン・ウォレス(37歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb3562 ウィスタリア・パウダースノウ(29歳・♀・ジプシー・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●ラウンド1
「食い逃げだぁぁ!!」
 監獄亭『バスティーユ』イベント、大脱走はなかなか盛況を見せていた。そして今日もまた哀れな脱獄者が、ひっかかった。
「おめー、これ反則だろ!!」
 精算係担当は、ジャイアントだった。しかも迷惑なことこの上なく、入り口をしっかり防ぐように座っていた。
「ジャパンの寺に、鬼の門番を象った像があってよ。それを参考にしたんだが、なかなかなもんだね」
 店長はにんまりと笑って罰金を払わされる男を見やっていた。

「どうでもいいが、普通に精算する場合でも、あんな男臭い出口を通るのか?」
 メフィスト・ダテ(eb1079)は、近くの店員にややげんなりとした聞いてみた。何しろ、あの入り口、ジャイアントが2人もいるために非常にせまく、普通に通るにもむさ苦しいゾーンを通りぬけなければならない。
 どんなに飯がうまかろうとあれは不味いだろう。
「食い逃げイベント期間だけですよ」
 あっけらかんと笑う店員にメフィストは既に店のイベントは大事な何かを忘れているような気がしてならなかった。
「「食い逃げか、面白いが騎士としての誇りが許さんな。まあ俺は普通に食事して逃げる奴らの見物でもするか」
 そしてメフィストはメニューを眺め見た。せっかくの料理を楽しまねばならんだろう。
 そんな思いに適う料理があることにメフィストは気がついた。数あるメニューの中でも破格のメニューが一品。
 俺は監獄の大食い王を目指すぞ。
「よし、華仙大教国万歳全席を一丁頼む」
 メフィストはにやりと笑ってオーダーをした。
 そしてそれを承った店員もまた、同じ様な笑みを浮かべたのであった。

●ラウンド2
「食い逃げだぁぁ!!」
 その声が上がったのは二日目のことだった。
 別の男が食い逃げを始めたのと同時に、イギリス出身のパラ、アリエラ・ブライト(eb2581)は、種族特性とも言えるその小柄な体躯を活かして、店内を走り回っていた。
「美味しく食べれて修行にもなっちゃいますですよ〜」
 アリエラのお口には、しっかりセーラの果物入り菓子詰めが入っていた。南方の果物らしくクセのある香りと強い甘みを感じながらも、それを小麦や卵がサックリとした食感にまとめられて、好感の持てるお菓子だ。
 袋に詰め込んだ菓子詰めには他の色も混じっていることから違う味も楽しめるのだろう。
 もうちょっと楽しんでから逃げたらよかったですかね〜?
 頭の片隅でそんなことを思いつつも、店員の手をすり抜け、他の客の足元をするすると駆け抜けるアリエラだった。
 前日、しっかりとオブジェクトの配置や店員の視線など要注意箇所を綺麗にすり抜けて、出口は間近だった。
 あの巨人2人を抜ければゴールですよ〜。

 すぽん。

 あらら?
「店内に落とし穴は掘れないが、出口なら人は固まるもんな。もう少しだったな。さ、しっかり払ってもらうぜ。お嬢ちゃん」
 巨人に目を取られて、その手前に落とし穴が存在したとは、まったく気がつかなかったアリエラであった。
 それをクロード・レイ(eb2762)とウィスタリア・パウダースノウ(eb3562)はテーブルを囲みつつ、横目で眺めていた。
「巨人というインパクトのある障害に、目立たなくした落とし穴か。なかなかツボを得たトラップの配置だな」
「手強いわね。先に食い逃げした男も捕まっているわ。同時行動にも対応できるように気を配っているわ」
 こそこそと話しているものの、2人は動く様子はなかった。
 そしてその横で、用を済ませる為に立ち上がったレオン・ウォレス(eb3305)はそんな2人を横目に見るのであった。
「俺は他の参加者を利用してでも勝たせてもらう」
 食い逃げを巡って、密かに人間ドラマが形成されているのであった。

「万歳全席57品目、鶏のバンジージャンプ叩きです」
「ほほう、柔らかい肉だな。少しピリ辛いこの調味料が隠し味だな」
 メフィストの大食い王選手権はまったりグルメ風になりつつ独自に進行しているのであった。

●ラウンド3
「親父、確かにどの料理も一流だな。特に闇鍋ボルシチ。名前を聞いた瞬間、胃薬を用意しなければと思ったが、黒いスープを使ってのボルシチだとは思っても見なかった」
「そのギャップを狙ってたわけよ」
 レオンが料理のメニューについて、店長と和やかな評論を繰り返しているその時であった。イベント期間中最大の食い逃げ事件が勃発した。

「食い逃げだぁぁぁ!!」
「へ、そんな簡単に捕まらないさっ」
 本日の挑戦者は華仙教大国出身のパラ、李 紅梅(ea6492)だ。アリエラのように撹乱メインではなく、出口まで直行する逃亡法だ。
 それと同時にウィスタリアがマントを手に小さく呟いた。
「任務開始」
「がんばるですー」
 先日、失敗したアリエラはシーザーサラダをまぐまぐと食べながら、脱走者を応援している。チーズのほんのりとした塩味が野菜の新鮮さを引き出していて、思わずもう一口。チーズのモチモチ、ふんわりな感触に魅せられてもう一口と止められない止まらない状態だ。
「つかまえたーっ!!?」
 店員の一人がほとんど滑り込むように紅梅の体を掴もうとした瞬間、電光石火の如く、紅梅のトリッピングが店員にたたき込まれた。下半身が勢いにのって宙を舞い、頭から床にダイビングする店員の間を紅梅は駆け抜けた。そのついでに落とし穴ゾーンも軽く飛び越す。
 さぁ、目指すは仁王像、じゃなくて巨人2人だ。
「くらえ、スリング!!」
 紅梅が腰にひっかけておいたスリングを取り出して、投石準備を始めた。これにひるめば脱出完了間違い無し!!
 と思ったが、スリングはピタリと止まってしまった。それと同時に紅梅に巨大な影が落ちる
「お客さん。武器の使用は御法度ですぜ。まぁ、ルールにはないが、兵士に睨まれたら本末転倒だろ?」
 そこには目がちっとも笑っていない店長の姿があった。その威圧感たるや、まさしく熊の如し!
「はい、お客さん一名、おだいきーん」
 残念、少し出口には遠かった紅梅だった。

「ちくしょっ、このやろっ」
 食堂内ではなく、厨房内でもう一人、脱獄者が挑戦していた。ロトス・ジェフティメス(eb2365)は、正面突破ではなく、搦め手、つまり勝手口から脱出しようと画策していたのだった。
「オヲゥ。アレガみっくすじゅーすノ材料デスカ」
 厨房は見たこともないような食材であふれていた。ロトスが目に付けたのは濃い味わいで、果肉の食感が楽しい飲み物の密林のミックスジュースの原材料だった。エジプト出身の彼女にとっては、初めて見るような果物ばかりであったが、味は先刻賞味した通り。時間が有ればしっかりおかわりしようと思っていた代物である。
「せーらノ果物入リ菓子詰メニ使ッテイル果実モ拝見シタイところデスガ」
 そんな果実に見入る間も料理人が次々と捕獲に向けて襲いかかってくる。ある程度、引きつけたところで、ロトスは厨房の台の下をくぐり抜けた。
「この待ちやがれい!」
 そう、料理人がくぐり抜けた台をのぞき込んだ瞬間である。目の眩むような強烈な光が料理人の視界を遮った。
「だずりんぐあーまー、デス。残念デシタ☆」
 子供のような笑みを浮かべると台から飛び出て‥‥、鼻を思いっきりぶつけたロトス。
「アララ?」
 なんと厨房にもしっかり罠が仕掛けられており、仕切戸のような板の壁に行く手を遮られていたのであった。ロトスの背中にたらーりと嫌な汗が流れる。
「台所マデ罠ダラケニシタラこっくサン大変ヨ?」
「食い逃げ犯が来なければ、罠を使うこともないんでね。はい、一名さま、おだいきーん」

「2人同時に食い逃げした、今が好機だな」
 そう思ったのはクロードだけではなかった。機を窺っていた食い逃げ目的の連中は一斉に出口に向かって、突撃を開始する。
 クロードも多数の食い逃げ犯と一緒に出口へ流れ込んだが、刹那、件の落とし穴が口を開け、避けることも飛び越えることも出来なかった半分が、闇色の口をした落とし穴に吸い込まれていった。
 しかし、クロードはひらりと身をかわした。この2日間、ちゃんとチェックして来た苦労が報われた瞬間だ。
「たくさんの果実の中にあっても己の味を失わせない。これが大事ってものだ」
 巨人との対決。共にいる食い逃げ犯は5名いる。これなら同時攻撃をかければ、図体のでかい巨人がいようとも出口を突破するのは確実なはずだ。
「行くぞ」
 そう言ったのが早かったか、鉄の檻が下りたのが早かったか、共犯5名は上から落ちてきた鉄の檻にすっかり捕らわれてしまった。
「店員の動きがおかしいと思っていたが、まさか三重の罠を布いているとは‥‥」
 そこまでやるか、という呆れを憶えつつも、クロードの中の勝利への光明はしっかりと見えていた。檻がある以上、後続の捕獲者は檻から先には進めない。罠はこれ以上、建物の構造上不可能だ。
 そう、勝利への切符は今俺が握っているのだ。ただ、巨人は一人で相手しなければならないが‥‥。
 クロードは小さく息を吐き出すと、奥の手を使うことを心に決めた。
 こんな時くらい役に立ってくれよ‥‥。
 そう心の中で呟きつつも、クロードはゆっくりと頭に巻かれたバンダナを取り外した。
 ‥‥
 ‥‥?
「驚かないのか?」
 全然変わり映えのしない様子にクロードの方が堪えきれず、疑問を口にしてみた。
「俺は30年冒険してるんだ。冒険者のお前達がハーフエルフをそんなにビビらないのと同じだよ。それよりもっと大事なことがあることくらい知ってるしな」
 そう答える店長の顔には苦笑が浮かんでいた。
 食い逃げには失敗したものの、少しほっとした気分になったクロードであった。

●バトル終了
「意外と楽だったな」
 レオンは窓にはまった最後の鉄格子を取り外して、小さく呟いた。この瞬間のために、人目に付きにくい小窓の鉄格子を少しずつ切り目を入れておいたのだ。店内の大騒動でてんやわんやとしている間に、レオンは拍子抜けするほど簡単に、窓から脱出することができたのであった。
「これも勝負だからな。自分の力不足だったと諦めてくれ」
 窓も案外小さく造られており、くぐり抜けるのにはかなりの苦労が必要となったが、なんとか路地に出るとレオンはそう一人ごちた。
「それにしても、俺の他は全滅か」
 路地から表通りに出て監獄亭の様子を眺めるものの、ひどい喧噪はひっきりなしに続いているが、どうも脱走できたような人物はいるようには見えなかった。
「一人じゃないわ」
 風に乗って、静かな女性の声がレオンの耳に届いた。
「誰だ?」
 そう言った瞬間、レオンの真横の風景が色を失い、代わりに一人の女性の姿を作り上げた。ウィスタリアだ。
「透明になれば簡単なことだったわ」
 ウィスタリアはそう言うとマントを翻した。まだ色が戻りきっていなかった部分も、その行為で、現世に完全な姿をさらけ出した。
「なるほど、インビジブルか」
 レオンは驚いた顔でウィスタリアの様子を眺めた。確かに魔法を使えば、食い逃げも簡単であろう。
「任務完了」
 ウィスタリアはそう呟いて、その場を後にした。
 そしてまだ誰も出てこない出口を少しだけ眺めて、レオンもその場を後にした

「万歳全席238品目、亀の甲羅スープでございます」
「なぁ、これは一体いつまで続くんだ?」
 メフィストは疲れた顔で、差し出されたスープを眺めた。外見や料理名からしておいしそうには到底見えないが、今の腹具合から言えば、どの料理でも同じことが言えそうだった。
「万歳全席は516品まで続きます」
「‥‥‥‥」
 これを完食する輩は本当にいるのだろうか、思わずメフィストはがっくりとうなだれてしまった。
「万歳全席の由縁は、食べる者が降参の意味で万歳することから出来たそうですよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 言いたいことは山ほどあるが、とりあえずそれを口にするだけの気力はメフィストには残っていなかった。
 監獄亭の大食い王にはなれなかったメフィストであった。