花の咲く瞬間(とき)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:1〜3lv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 41 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月24日〜04月28日

リプレイ公開日:2005年05月01日

●オープニング

「花が咲く瞬間を見たいのです」
 そう言って依頼をしてきたのは、一人の青年だった。絵の具のついた服やベレー帽といった姿から画家であることは間違いないだろう。そんな彼は風体の隙間から、湖のように澄んだ瞳を受付嬢に向けた。ただ、その目は赤みを帯びており、穏やかながらも鬼気迫るような雰囲気をにおわせる。話に聞く吸血鬼というのはこういった風体かもしれないと思うと、心ならずも受付嬢の中に緊張感が生まれた。
 そんな気持ちを隠すように青年の言葉を繰り返す。
「花が咲く瞬間ですか?」
 確かに花が咲くような、という表現があるが確かに実際に花が咲く瞬間というのは目にしたことがないなぁ、と受付嬢は思った。
「スズランが開花時期を迎えています。このスズランが咲く瞬間をこの目で捉えたいのです」
「は、はぁ‥‥。それでは、スズランの花を探してくる依頼でしょうか」
 花屋に声を掛ければ、普通に売ってるわよね‥‥と受付嬢は依頼をまとめるための羊皮紙を用意しながら考えた。
「いえ、近郊の森にスズランが自生している場所を確認しています」
「それでは、その場所までの護衛でしょうか。日数と想定される危険を教えていただけますか?」
 受付嬢の問いかけに青年はふるふると首を振った。
「日数は半日ほどで、危険と呼ばれるものはありません。私自身、何度もその場所まで行っています」
「それでは、いったい何をお求めで‥‥?」
 花は決めている、場所は知っている。道中の危険はない。他に一体どのようなものを求めているのだろうか。後は花が咲く瞬間を待つだけなのでは? 受付嬢の頭はすっかり青年の依頼に対する疑問でいっぱいになってしまっていた。
「ですので、花が咲く瞬間を見たいのです。ここ数日、何度も足に踏み入れて、開花の瞬間を待っているのですが、まだ開花には早かったらしく、その瞬間を見届けることができませんでした」
「なるほど‥‥」
 目が赤いのはどうやら寝不足らしい。受付嬢はその事実に苦笑いをしたくなるが、青年の名誉のためにもここで笑った顔をこぼすわけにはいかないと思ったのか、顔を引き締め深刻な表情を浮かべる。
「蕾が膨らんできていることから、直に咲くのは間違いないのですが、私は野宿をしたことがなく、それに必要な装備も持ち合わせていません。それに加えて、睡眠不足のために、折角の開花の瞬間を逃してしまいそうなんです」
「つまり、眠らないように仲間が欲しいということなんですね」
「はい、観察のポイントはいくつかあるので手分けしてそれぞれの開花の瞬間を待ちたいと思います」
 青年は依頼の書類にサインをすると、深々とお辞儀をした。そして‥‥そのままカウンターにもたれ掛かったかと思うとずるずると崩れ落ちてゆく。
「ど、どうなされました!?」
 青年は限界に来ていたのか、その場で眠ってしまったようだ。
 花が咲くまで起き続けていなければならないって大変だわ‥‥カウンターから身を乗り出して青年を見やる受付嬢は考えた。

●今回の参加者

 ea1169 朝霧 桔梗(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea5803 マグダレン・ヴィルルノワ(24歳・♀・レンジャー・シフール・フランク王国)
 ea9866 エリアン・ワーズワース(19歳・♀・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ea9973 タイト・アベンチュリン(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb0022 ウィステリア・フィンレー(26歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb0262 ユノ・ジーン(35歳・♂・バード・人間・ビザンチン帝国)
 eb0916 大宗院 奈々(40歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1193 エディン・エクリーヤ(32歳・♀・バード・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●昼
 心躍る外の陽気とは違い、森の中は涼やかで、木漏れ日の光が空気をほんのりと温めていた。色を無くした冬が過ぎ去り春の衣をまとった森の景色は足を踏み入れる者に不思議な安堵感を与える。景色が、空気が、風にささめく木の葉の音が、心地よさで包み込んでくるのだ。
「これは確かに油断できませんね」
 心が安らぎを得ていることを自覚したタイト・アベンチュリン(ea9973)は、森の様子を眺めながら気持ちを素直に口にした。こんなに気持ちの良い空間に長く止まれば、睡眠不足でなくとも眠りに誘われてしまうだろう。
「あはっ★ 大丈夫だよ。眠くなったらあたしがチクチクしてあげる!」
 そう言いつつ、エリアン・ワーズワース(ea9866)はタイトの肩に腰をかけて、裁縫用の縫い針をくるくると回して見せた。小悪魔のような笑みを浮かべているところを見ると、眠くなった人に向かって刺すようだ。想像しただけで痛みを覚える。タイトは困ったようにエリアンに笑って見せた。
「とりあえず、皆様、テントを準備し野営の準備をいたしませんか?」
 そう言葉をかけたのは、マグダレン・ヴィルルノワ(ea5803)だった。その言葉に付き従うように愛馬ヴィオレッタは足を止めて荷物を下ろしやすいように体の向きを変えた。これからこの森に鈴蘭が花開くその時まで待機しなければならないのだ。その為のキャンプの設営は重要であった。反対する者はいなかった。
「じゃあ画家の彼とは私が同じテントで泊まらせてもらうわね。でも心配だわ。でも一人じゃ眠らせないように、責任重大‥‥」
 と複雑な顔をしているはユノ・ジーン(eb0262)。
 その言葉に素早く反応して、手を挙げたのは大宗院奈々(eb0916)だった。
「なんなら なんなら、あたしも男性用のテントでもいいぞ。むしろ、そうしたいな」
「あら、ありがとう心強いわ。まぁ私はこの通り、半分女みたいなものだから安心してね」
「あぁ、あたしはオカマには興味がないので安心してくれ」
「カマじゃないっつってんでしょッ!」
 元の論議とはやや違ったところで口論が始まったところ、マグダレンがすっと間に割って入った。
「喧嘩をしても何かが得られることはないとは思いますが? 問題がなければ私もそちらのテントにご一緒させて頂きたく思います」
 有無を言わせぬ微笑に当事者達が口をつぐんだところで、テントの設営が始まったのであった。
「あら、早速お食事の準備ですか?」
 テントの設営の合間、エリアンは荷物からお弁当箱を取り出し、お茶を沸かしていたのだった。そこに問いかけたのは朝霧桔梗(ea1169)、そして彼女が通訳をつとめるウィステリア・フィンレー(eb0022)も一緒であった。
「うんっ。まずは、お花見用のお弁当。軽くつまめる物、焼き菓子とかかなぁ」
 お弁当のフタを開けると、確かに焼き菓子の甘い香りが、森独特の香りに混じって、パーティーの鼻孔をくすぐる。
『あら、とてもおいしそうですね。でも大丈夫かしら。お腹が一杯になったら眠くならないでしょうか?』
 ウィステリアの疑問の声を朝霧が通訳すると、エリアンはクスクスと笑ってお茶を差し出した。朝霧とウィステリアは少し顔を見合わせた後、差し出されたお茶を軽く口にした。その途端に二人の顔が急激に曇り始める。ついに咳き込み始めたウィステリアの背をさする朝霧も、さすがに通訳のために口を開くのも難しい様子だった。
「確かに眠気は飛んでいったわね」
「これなら、どんなに眠くたって大丈夫でしょ? さ、それじゃ花待ちの宴をしよーっ」
 お弁当の中身とお茶を配り回るエリアンの姿を見つつ、このお茶で宴をしなければならないのかしら、と朝霧はお茶に映った自分の顔を眺めるのであった。

●夜
 依頼人の画家が指定した、鈴蘭の観察のポイントは合計で5カ所あった。しかし、あまり観察ポイントが増えると、逆に咲く瞬間を見逃してしまうという意見から、2カ所に絞られることとなった。
「しかし、どうして何カ所も観察のポイントを設けたのですか?」
「色々な鈴蘭をスケッチしたいからです。花の美しさはどれも同じ。ですがどれも違った個性を持っています。色々な鈴蘭を描くことにより、本当の美しさを手に入れることができるのではないかと‥‥そういうことです」
 マグダレンの質問に答える間も、画家の青年はまだ蕾の鈴蘭を描き続けてきた。もう何枚も書いたのであろう。葉っぱの一つ、茎の曲がり具合一つも描写をするその手が知っているかのように、描き出されるのである。
 それでもまだ納得のいかない様子で、手を動かすその情熱に、大宗院は尊敬するような目を彼に向けるのであった。
「それにしても、眠くはないか?」
 彼の手の動きが明らかに鈍くなってきたころを見計らって、大宗院は依頼人にすり寄って耳元で囁いた。依頼人はもう崩れ落ちそうな目をして大宗院に視線を返してきた。目の焦点がきちんとあっていないあたり、返しているという言葉は正しくないのかもしれない。
 そんな彼を優しく抱きしめて、自らの膝に彼の顔を埋めさせようとしたその時である。
 音楽がなり始めた。耳障りではないが、かなり音程がおかしい。あまりの奇妙さに画家の青年も体を起こして当たりを見回し始めた。
「えぇい! もう少しだったというのに」
 恨みがましい目でユノを睨み付けるが、楽しそうに歌うユノは大宗院のそんな視線を意に介することもなく、歌い続けたのであった。

「変な曲が聞こえますね。私も何か詩を紡ぎましょうか」
 もう緑のガクから、白い花びらが覗く鈴蘭から目を離し、エディン・エクリーヤ(eb1193)は音のする方を向いた。宴の際に、眠くならないようにとどきどきするような冒険譚を2,3紡ぎ出した彼女だが、調べを聞くと、また新しく詩を紡ぎたくなってしまう。エディンは耳を澄まし曲に込められた心を読みとろうと耳を澄ませた。
 すると調べと一緒に風の切る音が混じってくる。音の方向を確認すれば、そちらではタイトが剣の素振りを始めたようであった。
「どうかされましたか?」
「素振りでもして眠気を払おうかと‥‥。こうすれば寒さも凌げますし、眠気も払えます。あ、けれど花を楽しんでいる席に素振りは似使わないでしょうか‥‥」
 素振りを少し止めて、タイトは朝霧に情けない顔を浮かべた。
「そんなことはないですよ。ふふふ、ほらその剣風が鈴蘭まで届いていますわ」
 エディンは自らが観察していた鈴蘭を指差してやんわりと笑顔を送った。確かに、風にあおられて、重くなった蕾がゆらゆらと小さく揺れているのが判る。タイトは剣をしまうと、その様子に見入った。
「なんだか、鈴蘭の花も眠たいのを一生懸命我慢して首を振っているみたいですね」
「わたくしには、まだ眠っていたいとイヤイヤしているように見えますわ」
 くすくすと笑いあいながら、二人は蕾を見つめ、ふとそれが大きくなっていることに気づいた。小さな花。本当に微妙な差ではあったが、今、生まれ出でようとする膨らみはとても大きな変化のような見えるのである。
「花が、咲きますっ!!」
 二人は立ち上がって、皆を呼び集め始めた。

 それは本当に、ゆっくりとした変化だった。
 皆がそれに注目した時は、ウィステリアが用意したカンテラがなければとても見えなかったのに、今はもう空の色が黒から藍へ、藍から青と変わってしまった。蕾から顔を出した鈴蘭は、最初はサナギのようにも見えたが、少しずつ本来あるべき姿へと形を整えていく。丸く、丸く、形取られ、ついに鈴となったその花がその茎につるされる。
 息をのむ音すら大きく聞こえる。手のひらに収まりそうな花に、命の大きさを感じるからに他ならない。
 その間、画家の青年のみならず、エリアンもウィステリアもその姿をスケッチし、この瞬間をとどめることに全力を注いでいた。
「すごいですわ‥‥。お花が咲くということはこんなにも素晴らしいことなのですね」
「ほんと、きれーい。咲き始めの幸福の花、お兄ちゃんにも見せてあげなきゃ」
 エディンのため息にも似たつぶやきに、エリアンは鈴蘭のその姿を一生懸命になってとらえながら、答えた。
 そうしたやりとりを聞きながら、大宗院は画家の青年に問いかけた。
「何故、こんなにしてまで花の咲く瞬間を捉えたかったのだ?」
 大宗院にもその感動はよく分かっていた。答えは半分分かっていたようなものだったが、それでも大宗院は尋ねた。
「咲く、というのはその植物にとって一番生命を使うときです。命の輝きが一番強くなるとき。私はこの瞬間を通して、命の輝きをつかみたかったのです」
 複数の観察ポイントを尋ねられた際に答えた、「本当の美しさ」とは命の輝きだったのか。
 それ以上は、大宗院は何も言わなかった。彼の感じていることは彼の描いた絵にすべてこめられ、観ることができるからだ。
「さぁ、それでは、お花もついに咲いたことですし、宴としましょう。」
 朝日が登り始める頃、タイトが立ち上がって、そう言った。それに併せて歓声があがる。
「あ、お給仕なら手伝わせてもらうわ。ウィステリアさん、キミもどうぞ」
『お疲れ様でした、どうぞお酒を召し上がれ、と言っていますよ』
『あら、ありがとうございます。共に喜びを分かち合えるのは嬉しいことですね』
「ほら、鈴蘭ばかりでなく、私も見てはくれぬか?」
「料理も持ってきました。挽肉と野菜のパイです。」
「うっわー、すっごい。わぁい、いっただっきまーす! ほらほら、エディンちゃんも、早く食べないとなくなっちゃうよぉ」
「あら、もうそんな時間ですの? 私ったら気がつきませんで‥‥それではいただきますわ」
 森の中にそんな喜びに満ちた声が拡がっていく。それは彼らが安らかな眠りに至るまでの僅かな時間、止むことなく続くのであった。

●ピンナップ

エリアン・ワーズワース(ea9866


PCシングルピンナップ
Illusted by 玖珂つかさ