天秤にかかる彼女
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■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月22日〜10月27日
リプレイ公開日:2005年10月27日
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●オープニング
外の騒ぎは鳴りやまない。
ひどい喧噪で頭が痛くなる。失政を犯し民に刃を向けられる悪い支配者はすでに気がふれていると言われるが、この叫喚にはとても平常でいられない。民によってそうさせられてしまうのだと、実感した。
王宮から役人が査察に来るその日。そんな日を狙ったかのように領内で反乱の一報が入った。
役人に急事のため、とお帰り願う頃には反乱勢はもう館の前に姿を現していた。先頃からの悪魔や怪物たちの跳梁跋扈による治安の低下は常々懸案事項であったが、訓練を行ったり、警備の強化をなどして、不安の払拭には努めており、安定の感触を得た矢先のことだった。
「お父様、私が説得に参ります」
「先ほど、説得に向かわせたアルフォンスは血祭りに上げられた。血は狂気を呼ぶ。最早、言葉は奴らには届かぬわ」
「では‥‥」
「捕縛しろ。抵抗する者には容赦するな。最悪死者が出てもやむを得ぬ」
「父上! 治める者が民を害してどうするのです!! 武力鎮圧は不満を広げるだけです!」
国家とは、天地人、王と土地と人民によって構成される。国家の盾である騎士が国家の礎である民を傷つけるなどアストレイアにはあり得ないことだった。
「壊死した箇所はえぐり取らねば全身に広がる。それと同じだ。待っていては広がる一方だ」
父は険しい目で群衆を見下ろした。ざっと100人はいるだろうか。槍や剣や鍬を振り回し、民たちは叫んでいた。具体的な言葉は聞こえない。彼らにも最早本当の意味で何が言いたいのか理解している者は少ないだろう。遠くから見ても彼らの眼は既に正常ではないことが分かる。
行動は迅速、だが奴らは狂っている。
扇動者が、いるな。
父は、心の中で忠誠を誓うウィリアム3世の姿を思い浮かべた。
解決したとて、失政者の烙印を消すのは困難でしょう。無能なわしを許してくだされ。
アストレイアは悩んでいた。
主君の命は絶対だ。思慮深い父のことだ。短絡的な行動に見えても、そこには最善である理由が含まれているのだろう。そしてそれに応え、命を張って守るのが騎士の本分だ。
だが、民を害してしまえば、彼らから尊敬を受けることはない。臣民のいない領主など、道化にも劣る。
彼ら蜂起した者たちもそれ相応の理由があって、命を顧みず武器を取ったに違いない。
「あぁ‥‥」
この命を捧げて全てが解決するなら、喜んでそうしたい。
だが、未だ光明は見いだせない。
そして何よりも。愛する人のためにも無下に自分の命を粗末にするようなことはしたくなかった。
騎士として、人として、何が正しいのか、どれが一番よい方法なのか。
もう、アストレイアには全くわからなかった。
「こんな時だけ、頼る私を許してください‥‥」
アストレイアは伝う涙を払って、従者を呼んだ。
「冒険者の手を借ります。愚かな私たちの呼びかけに応えてくれるかは分からないけど。3日。それまでは兵は動かしません。民達の指導者や狙いを探りに入れる時間と父には伝えてください。もし応援が無かったり、冒険者も反乱に加勢するようであれば、まず私が説得に当たります」
従者は頷くと、すぐに踵を返した。
「主君の命にも背き、民にも支持されない。でも‥‥ごめんなさい。貴方と添い遂げられそうにありません」
アストレイアは虚空を眺めてぽつりとつぶやいた。
「あそこにいるのは、人の皮を被った悪魔よ!!」
民衆の中で、一際凛とした声が響きたつ。タロンの使徒である法衣の上から他の民たちと同じような簡素な鎧を身にまとっている。
「そんな、ことは、ない。あなた達の言っていることは、事実では、ない‥‥」
女性の前に血まみれで伏した男は、息も絶え絶えながらに繰り返して言葉を投げた。
「アルフォンスと言いましたね。まだ言いますか。あなたは民が悪魔襲来事件からどれほど命を落とし、生活を脅かされ、嘆いていたことを知ってそのようなことを言うのですか」
「どこも、怪物たちに襲来されて、いる‥‥私たちは、退治に、全力を、尽くした‥‥」
「ええ、聞き及んでいます。しかし目覚ましい成果にしては首領級の者はことごとく取りのがし、事件は再発する。その上に民には訓練を施し矢面に立たせ、自らは保身に走った」
女性は冷ややかな目で見下ろした。
「そんな時期にも関わらず領主の娘は修道院の音楽会に出席していました。私は思わず目を疑いました。貴方達はこの地には害悪です。タロンの名にかけて。悪魔には、裁きを!」
「誤解だ‥‥」
アルフォンスは血と涙で濡れた目で女性の断罪する眼光を受け止めた。
言葉はすべて破れた。体ももう動かない。だが、この思い、真実の一片でも届けば‥‥
アルフォンスはすべての想いと言葉を瞳の輝きに変えた。
が、望みは彼女の足下にも及ばない。女性との間に民が割ってはいったからだ。
「こやつまだ目に光りを灯しておられます! 危険だ!!」
「真実を‥‥っ!」
それがアルフォンスの最期の言葉となった。
●リプレイ本文
●序
「こいつはひでぇ」
ケイン・コーシェス(eb3512)は呟いた。
打ち壊されて半壊した扉。
燃やし尽くされて、骨組みしか残せない家。
ケインは跪いて、瓦礫に手を触れた。それはケインの手を煤で黒く汚す。
「争乱は狂気を呼びます。見境のなくなった民衆の仕業でしょう」
ウェルス・サルヴィウス(ea1787)の声は震えていた。狂気という混沌に対する恐れか、怒りか、悲しみか。
「桐生。少女たちに見せないでやってくれ」
ケインの言葉通り、桐生 和臣(eb2756)は明王院 月与(eb3600)とチサト・ミョウオウイン(eb3601)の目を掌で覆い隠した。
「どうしたんですか?」
「あたいたちなら大丈夫だよ」
そう抗議する二人だったが、桐生は解き放とうとしなかった。
風部 笑鬼(eb2703)が立ちつくすケインに声をかける。
「どうしたんだべ?」
そこまで言って風部も気がついた。
煤で崩れ落ちた中には瓦礫でないものも多く含まれていることに。
人、人、人人。真っ黒に焼けこげた人が瓦礫に混じって道端に散乱している。
「どうしてこんな‥‥」
フィアレーヌ・クライアント(eb3500)もそれに気づいて声を震わせた。
護りを信条とするフィアレーヌには悪夢に近いものがあった。
●接触
「こわせぇぇっ!」
領主の館の前では民衆が丸太を持ち抱え、堅牢な扉に向っては、鈍い銅鑼のような音が響かせていた。
「領主の娘が説得に赴くのは明日らしいですが、保たないかもしれませんね」
桐生の言う通り、正門の扉は少しずつ変形し始めていた。扉が破れるのは時間の問題だ。
「随分勢いがいいべな」
無事に民衆と接触を果たした一行は、月の明かりを頼りに遠くからその様子を眺めていた。
「悪魔共をのさばらせていたことを、どれほど後悔しているか!」
民衆の勢いは下がることを知らなかった。壊せ、潰せ、と一行の耳が壊れるほどに叫び続けている。
「ねえ、領主様達が居なくなった後、魔物とかからどうやって街や家族を守るの?」
月与は男の袖を引きつかみ、尋ねた。
月与にとっては、この争いはよく理解できなかった。もっと怖いモノがいるのに、それを置いて、味方で争うのか。
「魔物はあの悪魔が手引きをしているに違いねぇ!」
そう言う男の目は、頭に血が上りすぎているのか、目まで真っ赤で、こちらこそ悪魔ではないのか、と思える様相を呈していた。
あまりの強烈さに思わず息を呑んだ月与は、逃げるように妹の姿を探した。妹ならば、人の皮をかぶった悪魔であるなら、見破ってくれるはずだ。
だが、ケインの後ろで隠れていたチサトは、悲しそうに首を横に振った。
もう何度目の答えだっただろうか。怪しい人には何度も魔法をしかけたものの、成果は乏しくチサトの負担は大きくなるばかりであった。もうチサトの魔力はほとんど残っていない。
「やはり、指導者と面会せねばなりませんね」
同じく予断なく気を払い、不審な影がないか覗ってきた桐生も狂気に当てられ、潰されてしまいそうだった。
「私にご用件でしょうか」
凛とした声が響いく方を振り向くと、一人の女性がそこにいた。彼女が指導者であることは瞳の強さからすぐ窺えた。
「チサト」
その言葉に応じて、チサトは詠唱を始めた。同時に桐生がその姿を隠すように動く。
真実の姿を見せてください。そして願わくば、これが終焉のきっかけになりますように!
魔力が紡ぎ上げられ、チサトの視界に波紋が広がる。何者も騙せない真実の鏡を通してチサトは世界を見渡した。
世界は。
すべて真実であった。
争いの声も、人々の姿も。そして指導者の姿も。
がたたっ。
フィアレーヌが指導者の顔を見て、崩れ落ちた。それに気がついた指導者は、他の人が助け起こすよりも早く、彼女に手を差し伸べた。
「フィアレーヌ様。いつぞやは大変お世話になりました。奇縁、でございますね」
フィアレーヌは指導者に会ったら、是非誤解を解かねばならないと思っていた。コンサートのこと、民に訓練を施した理由。その関係者を捜さないと、と考えていた矢先のことだったから、余計に衝撃が大きかった。
「サイアさん、何故、あなたが‥‥?」
●交渉
サイアというのは、コンサートにアストレイアやフィアレーヌ達冒険者を招聘した人物の一人。ウェルスも顔を合わせたことがあった。
「あなたは、人々が互いに疑いや憎悪を抱き、刃を向けあう‥‥そんな姿をお望みですか? どうか、本来望んでおられたことを思い出してください」
普段は気持ちをため込んで、口には出せないウェルスも、この争いを止めるために、思いのありったけをサイアにぶつけた。
「民衆はアストレイア様も含め領主を許しておりません。私も同感です。天命を果たさず、搾取によって補おうとする姿勢は看過しがたいものがあります」
「搾取ですって!? あなたの言っていることは全て歪曲されています」
フィアレーヌが叫ぶようにして言った。
「コンサートがどのような意味で行われたか、あなたはご存知のはずです。民の訓練も、官軍が民衆を前線に立たせようとしたものではありません」
「目的がどうあれ、結果は今この通り。民は苦痛に喘いでいます」
「それでも話し合いで解決すべきです。傷つけあっては本末転倒です」
ウェルスの戦闘を回避できないかという働きかけにもサイアは肯定を示すことはなかった。
「今の民に言葉は通用しません。冷静な判断力はありませんし、行動を無理に止めさせたところで、必ず他所で火が噴き出します」
「それでもっ!!」
言葉を遮って、サイアが立ち上がった。
「夜が明けます。残念ですが時間切れのようです。行く先にタロンの加護があらんことを」
印を切り、丁寧に礼をすると、サイアはその場を立ち去った。
●決死
「アストレイアだ‥‥」
民の誰かがそう言った。
朽ちかけた門がわずかに開いたかと思うと、一人の女性が姿を現した。たった一人の女が歩み出てきただけというのに、人々は一瞬静まりかえった。
「あれが噂の女性か。良い面構えをしているな」
ケインは民衆と一緒に彼女の姿を眺めた。確かに件の噂通りの人物だろうということはよく理解できた。
「アストレイアお姉ちゃん」
不安げな顔をして月与が呟いた。
アストレイアは戦用の衣こそ身にまとってはいたものの、鎧も身に付けず、武器も一つも携帯していない。
「我が名はアストレイア。皆様に辛い思いをさせたことをお詫び申し上げに参りました」
皆様に苦しい思いをさせて申し訳ない、これまで以上に、怪物や盗賊達の掃討に努め、安心を得られるように努力する。
そういった趣旨の言葉がアストレイアの口から述べられる。
「なかなか大した度胸ですね」
桐生は感心しながらその言葉に耳を傾けていた。
民も静まりかえっている。
沈静してくれるのか? 桐生がそう思った瞬間、アストレイアの口上と、暁の風音の間に、張りつめた音が小さく立ったことに気がついた。
「まて、止めろ!」
何が起ころうとしているのかに気がついて、桐生、そしてケインが動いた。
きりきりきりきりきりきりきり
至る所で、弓の弦の悲鳴が聞こえる。いくつも、何十も。
きりきりきりきりきりきりきりりきりきりりきりきりきりきりりきりきり‥‥
「や、やめろぉっ!!!」
「撃て」
その声は重なって響いた。
矢が飛び立つコウモリの群れのように飛び上がる。
フィアレーヌは、愛馬を駆ってアストレイアに向かって走り、『ホーリーフィールド』を唱えた。
「アストレイアさんっっ!!」
矢が豪雨の様に降り注いだ。乾いた音を幾つも立てて、大地へと突き刺さる。
強力な一撃が一つでも混じっていれば、ホーリーフィールドでも耐えきれなかっただろうが、フィアレーヌはアストレイアの体をすくい上げ、結界外の矢嵐の中を一気に走り抜けた。
駆け抜けるフィアレーヌとは反対方向に、もう一度、矢の大群が暁の空を駆け抜けた。
「反撃が来るぞ!! 逃げろっ」
民衆の陣営にいたケインは大声で叫んだ。放った矢嵐に呼応するように、領主の館から矢が飛来する。
あれは反撃の機会を待っていたのだ。
物陰にケインは民を押しやると自分もそこに隠れた。刹那、矢が一面に降り注ぐ。
「止めてぇぇぇぇぇ!!!!」
チサトの声は天に吸い込まれ、そこは地獄絵図と化した。
兵士が躍り出たのは、それからすぐ後だった。
「止めやがれっ! このっ」
ケインは暴徒も冒険者も区別せず攻撃してくる兵士を殴りつけ、月与とチサトを背に回した。
「撤退しましょう。このままじゃ巻き添えで死んでしまう!」
「桐生さん、危ない!!」
予断なく周囲を見回す桐生の背後に兵士が姿を現した。
月与が叫んだその瞬間、小柄な影が、兵士の腹部に飛び込んだ。鈍い衝突音が響くと、くぐもった声を上げて、兵士はうずくまる。
「おいらが道を切り開くさ。みんな息を止めて風下に走るだよ」
風部はにっと笑うと、『春花の術』を唱えた。
たちまち周囲を取り囲んでいた兵士たちが意識を失い、その場に崩れ落ちる。
「さぁ、いっくぞー!」
冒険者は一丸となって走り始めた。
●鎮圧
「サイアさんはどうされました?」
「‥‥逃げおちたとは思います。皆に退避を呼びかけていましたし。しかし民の多くは聞き入れられるほど穏やかな状態ではなかったので、捕まったと思います」
「ごめんなさい。私がふがいないばかりに‥‥ごめんなさい、ごめんなさい」
アストレイアはまだ血煙のあがる戦場を遠くに見て、望陀の涙を流した。
結局誰も助けられなかった。その悔恨の念が後から後から押し寄せる。
フラッシュバックして蘇る、血走った目、断末魔、死臭。
誰がこれを望んだのか。誰も望んでいないのに、どうして?
どうして?
「アストレイアお姉さん‥‥これ。空おにいさんから」
少し落ち着いたところでチサトは一枚の手紙を差し出した。それは騒動の中にあったにも関わらず、汚れ一つなかった。どれほどチサトが大切に持っていたことだろう。
アストレイアは手紙を受け取るとそっとそのまま胸にそれを抱きしめた。
「読めば、また泣きたくなります。立ち上がれないくらいに。このまま終わりにしたくないから、もう少し後で読んでお返事するわ。ありがとう、皆さん、ありがとう」
そして。
「望んだとおりの解決はできませんでしたが、不幸がこれ以上連鎖しないためにも頑張っていきたいと思います。本当にありがとうございました」
泣きはらして真っ赤になった目で、アストレイアはそう言った。