生きる道(ゆうき)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月23日〜11月28日

リプレイ公開日:2005年12月01日

●オープニング

 悪魔が潜んでいる。
 悪魔崇拝者がいる。
 私達を狙っている。
 堕落を誘っている。

「違う、姉さんは悪魔崇拝なんかしてない!!」
 ミーファは白い目をむける修道士に向かって大声を上げた。
「でもさ、サイアさん、民衆を扇動して反乱を起こさせたって言うじゃん。多くの死者が出て、未だに暴動が多発してるって」
「違う。姉さんはたまたま、教会の使命を帯びて行ってたんだって!!」
「でもさ」
 でもさ、でもさって。シュリーカーだって疑われているじゃないの。姉さんだけじゃなくてみんなのこと悪く言って。修道院に不和を招いている。
 ミーファの恨みがましい目に堪えきれなくなったのか、シュリーカーはそっぽを向いた。
「悪魔崇拝者がいるのは事実なんだ。朔(新月)が来ることに地下の礼拝堂に動物の死骸が見つかったり、今までにはなかったような香が漂ったり‥‥」
「反乱の扇動者がこの修道院の関係者で、院長が領主に呼び出されたり? 悪魔崇拝者がいることが街でも噂になったり? 街にもまともに出かけられなくなった皆様、互いの不信がたまって、みんな孤立。陰惨ねぇ」
「ヴェイパー!」
 今度はシュリーカーが叫ぶ番だった。暗い顔つきの下には一切余裕というものがないらしく、その顔は憤怒の顔つきだ。だが、ヴェイパーは眉一つ動かさず、涼しい顔のままだ。
「あら、どうしたの? 言葉の剣をお持ちのシュリーカー様?」
「どういう意味だよ」
「あなたの憶測混じりの噂で、修道士の多くが傷ついているわ」
「僕が言葉の剣なら、お前は濡れ衣の女王だよ! この前だって、お前が逆さ十字を仕込んだシスターが悪魔崇拝者の容疑をかけられたじゃないか。あの人、異端裁判を受けることになったって聞いたぞ! 魔女め!」
「あら、そんなことあったかしら?」
 それ以上の言葉は聞こえなかった。
 ミーファはそのまま走って、部屋を飛び出たからだ。
「みんな憎しみ合って、欺き合って‥‥夢の修道院だったのに」
 自らを律し、侠心を起こし、善の為すところの徳を研鑽すべきところ。タロンの教えを体現した空間。
 憧れの場所だったのに。吟遊詩人としてコンサートに混じってやっと入ることを許されたのに。
「ミーファ。大丈夫?」
「姉さん‥‥」
 不意の声がして、顔を上げるとそこには姉のサイアが立っていた。黒の法衣に身を包み、腰に剣を帯びているその出で立ちは、いつもと変わらない毅然としたものだ。
 だが、少しやつれた。ミーファはそう思った。その思いに気がつかないのか、サイアはミーファの元に歩み寄り、その顔を近づけた。目はやや落ちくぼみ、頬にも丸みがなくなってしまっている。
「心配しないで。ミーファ。何があっても私があなたを守ってあげる。あなたを誰にも傷つけたりさせないわ」
「姉さんは変わらないのね」
 その言葉に、サイアは痩せて骨張った腕をミーファの体に纏うように巻き付けるだけであった。
「守ってみせる。ミーファの願いを叶えてあげる。だからあなたは歌うのよ。希望の歌を。そして皆に生きる勇気を示してあげて」
 呟く姉の耳に寄せて、ミーファは小さく囁いた。
「姉さん。あたしギルドに行ってくる。この状況に決着をつけるね」

●今回の参加者

 eb2375 セフィ・ライル(29歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb2482 ラシェル・ラファエラ(31歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 eb3512 ケイン・コーシェス(37歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb3601 チサト・ミョウオウイン(21歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●はじけ飛んだ枠
 一行が訪れていたのは広場近くの食堂であった。以前、セフィ・ライル(eb2375)はこの場で、ミーファ、そして吟遊詩人と共に曲を奏でたことがあった。そこには、アストレイア、ミルドレッド、そしてアストレイアの依頼で集まった仲間達も集まっていた。
「吟遊詩人はいた?」
「ここにはもういないみたい。修道院にもそういった人は出入りしていないっていうよ」
 ラシェル・ラファエラ(eb2482)の問いに、明王院 月与(eb3600)は首を振って答えた。ミルドレッドも同じように知らない、と答えた。
「ねぇ、ミルドレッドさん、教えて? ミーファが家を出てから何があったの?」
「ミーファ様はその後ほとんど家には戻ってこられませんでした。サイア様のお話では生きる道を見つけ生き生きとしていらっしゃると聞いております」
 ミルドレッドは俯いて答えた。
「サイアさんがおかしくなったのはその後なんだよね?」
「はい。最初におかしいと思ったのはミーファ様が家に戻られないのはタロンを奉祀しているからだと言って、十字架などを片付けてしまったことです。それから、家財を崩しては本を買ったり、ご禁制の品に手を出したりと‥‥私はほとんど気がつきませんでした。だってサイア様が、あんなに希望に満ちた嬉しそうな顔をしているのは久々に拝見したものでしたから」
 希望に満ちていた‥‥?
「やっぱり、希望の歌の力、かな。歌を耳にしたら危なそうだね」
 怪訝そうに眉をひそめる月与。だが、彼女もラシェルもそれを確認する術を持たない。それにある程度詳しいのは月与の妹、チサト・ミョウオウイン(eb3601)だが、彼女は調べ物の為、ここにはいない。
「ミーファが離れたときにできた心の隙間をついた、気がする‥‥サイアの」
 ラシェルは歯をぐっと噛みしめて、窓の外から僅かに見える修道院の尖塔を見た。
「あなたのやりたいことってなんだったの? ミーファ‥‥」

●信用できない時計盤
「『破滅の魔法陣』とは、悪魔の魂を奪う力を拡大し、周囲から命を奪い取る儀式、とされています。詳細やその力は一つ一つの魔法陣ごとに違います。いくつもの条件をクリアしなければ、発動させることはできません。と、ここまでが私が調べて分かったことです」
 修道院内の警備として入った後、調べ物をしていたチサトとこの護衛をしていたケイン・コーシェス(eb3512)、そしてセフィ、ルディとソニアと合流し、報告を受けていた。
 警備は主に夜である為、明かりが必要となっていた。
「音楽で人を操るという方法なんですけど‥‥『メロディー』ぐらいしか見つかりませんでした」
「希望の歌は私も知っています。確かに『メロディー』の魔力に乗せれば、効果を発揮するとは思いますが、希望を与えることしかできないでしょう」
 チサトの説明に続いてセフィが口を開いた。
「直接話を聞くしかないって事か」
 ケインは油断無く修道院の中を警戒しながら、そう呟いた。
 夜の修道院は時期もあってやや冷える。冷たい空気は重くのしかかり、静寂に靴音だけがやたらに響く。
「‥‥静か、だな。まあ早寝早起きが信条の修道士なら分からない話でもないが‥‥」
 ケインは無意識の内に、聖剣アルマスの柄に手を掛けていた。
 寝静まっているのと訳の違う静かさだ。
 悪意は間違いなく、この修道院に満ちている。
「どうしたのですか? ケイン様」
「通り過ぎる部屋のほとんどがもぬけのからだ。人の気配がしない。いる部屋もあるみたいだが、少なくても歓迎はされてないみたいだ」
 ルディ達の手引きはおかげでうまくいったものの、話を聞き出すのは難しそうかな。
 ケインは気を張りつめながら、そんなことを考えていた。

●全てを狂わす小さな歪み
 一通り見回りが終わって、ミーファの元に全員が集まった。
「今のところは異常がないみたいだ。崇拝者を捜し出したいところだが、ほとんど出てきてくれないみたいでな」
 そう報告するケインの大分後ろでチサトがミラーオブトルースの呪文を唱えている。それに気がつかれないようにラシェルが気を引くように口を開いた。
「ミーファ。あなたはコンサートから今までどうしていたの?」
「ここに顔を出していたの。気持ちを切り替えることができたけど、心のどこかであきらめきれなかったみたいで。でも、もう‥‥ここは下界より非道い。悪魔崇拝者を捜すために人を糾弾し、濡れ衣を着せる」
 ミーファは遠くを見やり、呟いた。その様子にラシェルは優しくミーファの頭を撫でる。
「傷ついて投げたら今までと同じよ」
 後ろで魔法を唱えていたチサトはその瞬間を見計らって魔法を行使した。中空に浮かんだ水鏡はミーファの姿を映し出した。だが、それもまごうことなき、彼女の姿だ。
「違う‥‥」
 全てが真実なのかしら。全てが真実なのにどこかおかしい。
「そういえば、サイアさんはどこに行ったの?」
「姉さんは下の礼拝堂よ」
 ミーファの言葉にセフィは嘆息を漏らした。チサトの魔法とほぼ同時にセフィも魔法を使っていたのだ。
「地下が騒々しいですね。言い争う音。修道士達の多くは地下にいるようです。そして元凶である悪魔崇拝者は誰かそれぞれに言い争っている」
 一行がざわついた。アストレイアの依頼で来た人々はすぐに向かおうと主張する者もいたが、情報の整理を始めた一部の人はやや冷静だった。月与もその一人。
「ねぇ、ミーファお姉ちゃん。サイアお姉ちゃんはどうして下にいるの? 修道士がたくさんいるんでしょ? 疑われているんだよね?」
「お姉ちゃんは長らく黒の神聖騎士として暮らしてきたもの。更迭するには労力がいるわ。みんな共通の敵が欲しいのよ。きっと」
 ミーファの目は暗かった。そしてその目をのぞき込む面々もまた暗い。
「共通の敵、ねぇ。それって私達のことなのかしら」
「少しよろしいですか? これは推測で申し訳ないのですが‥‥」
 僅かな沈黙の後に、アストレイアと行動を共にしていた十野間が口を開いた。
「私は、ミーファさん自体が今回の一件を自分が招いていると気付かず行っていると推測しています。そう、以前楽師より言われた『自分を変えるのではなく、環境を変える努力』を、彼より教わった『音という大きな武器』で『魅了』し叶えている、と」
 ミーファの動きが止まった。先ほどまでの事態を憂いている表情とはやや異質の冷たい顔。
「確かに吟遊詩人の人にはそう言われた。でも音という武器は教わっていない。教わったのはセフィさんだもの。教わったのは、力の使い方」
 異質の表情に皆が気づき、態度を硬くした。セフィは深い哀れみの表情でミーファを見やる。
「ミーファ様‥‥私は歌によって人を傷つけることを良しとしましたか? そんなことは何一つ教えておりません‥‥」
「ごめんね。でもダメだったの。生まれて最初に覚えた言葉は祈りの祝詞よ。生きる道は変えても魂に刻まれた想いは変えられなかった。あたしは、ずっと咎められていた」
 その言葉にチサトは悲しみと怒りを覚えた。
「だから、サイアお姉ちゃんを魅了して、家をぼろぼろにして‥‥修道士を混乱させて、その責任を私達になすりつけようとしたの?」
 自分の姉が、サイアのようになったら深く悲しむだろう。元に戻って欲しいと切に願った。だが、今はそれよりも心中に巻き起こる怒りの嵐でいっぱいだった。同情すべき所が一つもみあたらない。
「遅いよ。姉さんの手で魔法陣が発動するから‥‥」
「なんてこった! 畜生、下へ急ぐぞ! ミーファ。一緒に来て貰うぞ。無駄な血を流さないためにもな」
 ケインはミーファを抱えると地下への階段へと向かって走り始めた。


●そして刻むは破滅の時
「サイアはどこだ!!?」
 地下は巨大な礼拝堂であった。200人以上がゆったりと座れる椅子が並び、正面には地上まで貫いて立つジーザス像が奉られている。壁などに見られる装飾は非常に凝っており、聖書にある最後の審判が描かれた壁画は見る者に衝撃を与えた。
 しかし、その中にいる人々はその美しさも目に入らず、ただ混乱を喫していた。争う者、祈る者、狂乱する者。そこは地獄絵図に近かった。
「‥‥ミーファ様‥‥あなた、何をしたか分かっていますか? あなたの希望の歌がこの事態を招いたのですよ。」
「全部知ってる。どんな絶望的な状況でも、それが一縷の望みだと思いこむから希望は発生する。教唆(きょうさ)することによって、修道士達の心も次第に落ちぶれていく。そして黒の求むる真の強さを持つ者のみが残る」
 ミーファの狙いはここに向かうまでにだいたい判ってきた。
「自分の呪縛を解き放つために人を巻き添えにして‥‥私達への依頼も侠心ではなく、修道院は最低だと思いこんで、鎖を断ち切るための自己演出だったのね」
「とりあえず、話は後だ! 向こうまで駆け抜けるぞ。俺が先陣を切る!」
 ケインはミーファをラシェルに預けると、聖剣アルマスを引き抜いて走った。
 この混乱と人数、手加減して終わらすには少ししんどそうだな。ケインは歯がみしながら、一行の盾として先頭を走った。
 飛び込んできた冒険者達を見て、修道士達の目の色が変わる。先刻ミーファが言っていたとおり、全ての調和を取るために探し求めていた共通の敵を見つけ出したのだ。
「冒険者だ」
「何故こんなところにいる」
「朔の晩に来た」
「儀式をしにきたんだ」
「止めろ」
「殺せ」
「奴らが元凶だ!!!」
 修道士達が群がった。手に錫杖を、もしくは儀礼用の短剣を握りしめて。
 一縷の望みの全てをかけて。
 ケインは飛びかかる修道士に対して、ショルダータックルを当てて、数名をまとめて吹き飛ばした。濁った悲鳴を耳にすることなく、踏みとどめた足を軸として左方の修道士を蹴り伏せる。それからアルマスを駆使して、立て続けに二人の首筋にアルマスの剣の峰を叩きつけて無力化した。元々戦闘に縁のない修道士と、歴戦の戦士との間には比べものにならない壁があるのだ。
 月与もそれに並んで、月桂樹の木剣を引き抜いた。
「いやぁぁぁぁ!!」
 裂帛の気合いと共にたたき込まれた一撃により、たちまち何人かの修道士がうめきを上げて地面に崩れた。続いて後ろに回り込んだ修道士を刀を納めるようにして、自らの脇腹のすぐ横を通し、刺し貫いた。続いてムーンアローを唱えるセフィとチサトがソルフの実を使いつつウォーターボムを唱えて道を切り開く。
 一行は壁伝いに一気に走り抜けた。

「サイアさんっ。もう止めて!」
 たどり着いたのはジーザス像の足元。祭祀用の法衣を纏ったサイアが周りの修道士達の狂乱にも顔色一つ変えず、穏やかな表情を浮かべていた。その様子にどこか神々しさまで覚える。
「サイア様‥‥お止め下さいませ。ミーファ様の為にも‥‥どうか、お願いします」
 セフィが一歩進み出て、サイアに語りかけた。
「姉さん」
 ミーファがラシェルに連れられて、小さく呟いた。
「ミーファ。あなたを長らく縛っていたモノ。私が解き放ってあげる。だから、勇気を持って生きる道を進むのよ」
「やめて、サイアお姉ちゃん!!」
 誰もが走り出した。その一瞬をとどめるためにも。
 だが、全て少しずつ遅かった。
 床面に刻まれた魔法陣から風が吹き上げた。布が揺らがないところから質量を伴わない風‥‥魂を揺らす風が吹き付ける。直感的にそれが危険なモノだと知って、踏み込む一歩が遅れた。
「サイアっ!!!!」
「私は、破滅の魔法陣の解放を、望み、この、命を、さしだします  我が命を鍵として解き放て 破滅よ」
 どんどん、光が舞い寄せる。そして光が溢れた。

●全てを狂わせる小さな歯車
 静かだった。冒険者を追いかけていた修道士はその体内から白い球体が浮き上がり、魔法陣に吸い込まれたと思うと、彼らはただちに崩れ去り、永遠の眠りへとついた。そんな魔法陣は黄金の輝きを波打たせ、揺りかごのようにして奪った魂を中空で揺らし続けている。
「ありがとう、姉さん。魔法陣が開封されたよ‥‥魔法陣の上しか効果がないところを見ると、まだ別の留め金があるみたいだけど」
 呆然とするラシェルの傍から、すい、離れミーファは感慨深げに呟いた。
「ミーファ、あなた‥‥」
「‥‥セフィさん、ありがとう。ずっと傍にいてくれて。最初にリューフィスを聞かしてくれた時のこと。音を教えてくれた時のこと。一緒に奏でた時のこと。今でも覚えてる。
 ケインさん、月与ちゃん、チサトちゃん、ありがとう。私ね、冒険者のみんな好きだよ。いつもみんなの姿に励まされてきた。生きる勇気を貰ってた。今となっては戯れ言かもしれないけど」
「待って、ミーファ!」
 止めるラシェルの言葉にも応じず、ミーファは巻物を一枚取り出した。
「ラシェルさん。もっと広い世界、一緒に見に行こうね。もうあたしを縛る鎖はないから。いつでも呼びに来てね」
 誰もが動きだしたが、それよりも一瞬早く、ミーファの持っていた巻物が力を示し、彼女は姿を消したのであった。