名も無き彼女(シュヴァリエ)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月23日〜11月28日

リプレイ公開日:2005年12月01日

●オープニング

「アストレイア様でいらっしゃいますか?」
 旅装束に身を包んだアストレイアに声をかけたのは、一人の女性だった。身のこなしは丁寧だが、服装などはお世辞にも上等のものとはいえない。
 領民であろうか。アストレイアは記憶をたどってみたものの思い当たるような名前は一つも出てこなかった。
「いかにも。あなたは?」
「失礼致しました。お初目にかかります。私の名はミルドレッド。サイア様の家でお仕えしておりました」
 鈍い衝撃が頭を走った。
 手が無意識のうちに剣の束に伸びるのをミルドレッドは視線を隠すこともなく見つめ、そして微笑んだ。
「害意はございません。もしよろしければ、お時間を賜ること叶いましょうか?」
「いいでしょう。ですが、その敬語は止めてください。私はもう騎士ではないのですから」
 相手があのサイアの使いとあっては、丁寧な言葉は慇懃無礼に聞こえて仕方がなかった。本人にその気がないのは分かっているつもりだったが、どうも決めつけてかかってしまう自分に苦笑いを浮かべた。


「騎士位を返上なされたのですか?」
「はい、先日除隊届を出してきました。騎士勲章も。元々騎士失格な私ですけれど‥‥」
「‥‥‥‥」
「あ、あの、ミルドレッド様が傷つく必要はありません。騎士としての能力がなかった私が悪いのですから!」
 確かにアストレイアが言う通り、彼女は騎士ではなかった。勲章もなければ、武具にも紋章がない。元々騎士階級であっただけ、身なりはそれなりに良いものの、風格は冒険者のそれに近い。
 顔も聞いていたよりはずっと柔らかい雰囲気の持ち主だった。鉄のように固い信念と純粋な心だと聞いていたのだが。
「ところで、サイア、様はどちらに? ご自宅に?」
 アストレイアのトーンが変わった。
 冷たい。優しさのかけらもないそんな声だった。本人は気づいていないかもしれないが、言葉の奥底に殺気が伏しているのがわかる。騎士の誓いとして守るべきもの全て、サイアによって壊されたのだから。
「サイア様は、家にはいらっしゃいません。‥‥いえ、家はございません」
「家が、ない?」
「闇商人との取引による兵器、禁制品の大量購入、アストレイア様の領地内における扇動行為、黒の宗派の異常な宣伝行為‥‥家はもう2週間も前に何者かによって焼失しました」
 ミルドレッドは壊れてしまいそうな様子のまま、アストレイアを見つめた。
「本来の当主であるサイア様の父君は国外に出ていましたので‥‥もう戻ってこれないでしょう。私も、解雇されました」
「な、な‥‥なぜ?」
 サイアには一度、修道院のコンサートで出会った。民衆蜂起の際の演説も聴いていたが、理路整然としているし、計画性も高かった。
 なのに、家が僅かな期間で、崩壊した?
 ありえない。
「本来はもうサイア様と関係はございません。不必要と言われましたから。でも、私は‥‥長らく仕えてまいりました。私は離れられないのです‥‥」
 ぼろぼろと涙をこぼし、ミルドレッドは話し続けるのをアストレイアは背中を撫でながら、聴いていた。
「辛かったですね。大丈夫、私が、何とかして見せます」
「でも、サイア様は修道院にいらっしゃいます。最近、悪魔崇拝騒ぎで警備も厳重になっていますし、修道院では争うことは禁じられております。呼び出しても、修道院も彼女を外に出さぬようにしているといいますし。貴方様が修道院に踏み込めば、ご領地と教会の関係が‥‥」
 ミルドレッドはそこまで言って凍り付いた。アストレイアが騎士を除隊した理由がそこにあった。それにたどり着いたとき、ミルドレッドは深く息をついた。心を落ち着かせて、口を開く。
「サイア様は、おかしくなり始めてから、一冊の書物をよく読むようになっていました」
「書名は?」

「『破滅の魔法陣』」

「どのようなものか分かりません。聞いたこともありませんでしたので」
「でも、タロン神の誓願には、ほど遠そうね。ありがとう、心にとどめておきます」
「これからどうなさるのですか?」
「すぐに修道院に入りたいところだけど、簡単に入れてくれそうもないし、調査もしたいので、ギルドに行って協力を募ります。忍び込むのも下手だし、そうね。新月の頃くらいを狙うわ」
 アストレイアはそう言うと立ち上がった。ミルドレッドも立ち上がり、礼をする。
「サイア様のこと、よろしくお願いします」

●今回の参加者

 ea4885 ルディ・ヴォーロ(28歳・♂・レンジャー・パラ・イギリス王国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2756 桐生 和臣(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb2844 ソニア・グリフィス(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

明王院 未楡(eb2404

●リプレイ本文

●真っ直ぐな枠
 一行が訪れていたのは広場近くの食堂であった。ここはアストレイアが滞在するために使っているところでもあった。今はルディ・ヴォーロ(ea4885)、十野間空(eb2456)、桐生和臣(eb2756)、ソニア・グリフィス(eb2844)、そしてアストレイアと、ミルドレッド、ミーファの依頼で集まっていた仲間達も席に着いていた。
「ミルドレッドさん、改めて申し訳ありませんが、サイアさんの事について、それから他に気になる事などがありましたら教えていただけませんか?」
 桐生はミルドレッドにできた心の傷にできるだけ触れないよう、柔らかく尋ねた。
「最初におかしいと思ったのはミーファ様が家に戻られないのはタロンを奉祀しているからだと言って、十字架などを片付けてしまったことです。それから、家財を崩しては本を買ったり、ご禁制の品に手を出したりと‥‥私はほとんど気がつきませんでした。だってサイア様が、あんなに希望に満ちた嬉しそうな顔をしているのは久々に拝見したものでしたから」
「なるほど‥‥それはいつ頃からですか?」
「もう二ヶ月近くになります」
「武器や禁制の品はどこにいったのでしょうか? 燃えてしまったのかしら」
 ソニアが横から独り言のように呟いた。
「おそらく、修道院の中だと思います。サイア様は修道院では役をお持ちになられておりましたから、お部屋があるはずです」
 ミーファの依頼を受けたメンバーとの話を聞く限り、それらで武装した修道士はいないらしい。家を破滅においやるまでの財でため込んだ武器はどこにいったのか。
「注意が必要そうですね。ルディさん、ソニアさん、潜入の際には、どうか気を付けて下さい」
「僕にまっかせて! もう下調べは終えてきたよ」
 ルディは親指をぐっと立てて、笑った。忍び込んだりするのは苦手ではないし、準備もそれなりに整っていた。
「修道院はかなり昔からあったようです。そして元々は悪魔封じの為に僧侶達が訓練する場所だったという話を聞くことができました」
「悪魔封じ‥‥」
 一同の中に、様々な予測がよぎる。どれ一つとして正しいかどうかは分からないが、共通して浮かぶのはたった一つのキーワード。
「修道院の中の話は聞くことはできましたか?」
 十野間が訪ねると、ルディはこくりと頷いた。
「悪魔騒ぎが中で起こっているっていうことを知っている人はけっこういたよ。悪魔崇拝者が中に潜んでいると言う人と、外から手引きされてやって来た、という説と分かれて争っているみたい」
「隙は多そうですが、疑心暗鬼に陥っていそうですから、言動一つにも過剰反応してきそうです。なおさらサイアさんのことともなればいきなり斬りかかってくるかもしれません」
 桐生の言葉に、緊張の色を隠せないアストレイアに十野間は優しく声をかけた。
「大丈夫です。アストレイアさん。どんなことがあっても私が必ず貴女を守ってみせます」
「ありがとう‥‥全ての事柄が本来あるべき姿となれるよう‥‥尽力しましょう。皆さんには迷惑をおかけしますが、よろしくお願い致します」
 アストレイアはそうして、僅かに目を閉じた。


●あるべき姿の文字盤
「サイアさんと面会を願います」
 修道院の門前では十野間、桐生そしてアストレイアが立っていた。アストレイアはそのままの格好では気づかれるだろうと、魔術師の様な服装をしていた。
「この門は、タロンの教えにを我が心とし、研鑽する者のみに開かれる。退かれよ。旅する者。汝らに資格はない」
 門を守る神聖騎士の答えに一行は声を詰まらせる。
 院内の警護を請け負った面々はミーファが手引きしたのか、簡単に中に入れたようだったが、本来は滅多に開かれるものではないらしく、騎士は掛け合いに応じる素振りすらない。
「話し合いができないと、大変なことになるのです! 怪しいと思うなら持ち物を確認して下さっても良い。立ち会いを置いても良い。ですから!」
「この門は、タロンの教えにを我が心とし、研鑽する者のみに開かれる。退かれよ。旅する者。汝らに資格はない」
 騎士の言葉は非常に冷たかった。
 人形では無かろうか、そんな気さえしてくる言葉の繰り返しに十野間に拳を握りしめた。
「そんな事を‥‥」
 アストレイアが苛立った目をして、一歩踏み出すのを、騎士に気取られぬよう、そっと桐生は押しとどめた。そして小さく首を振る。
「分かりました。仕方ありませんね。ここで問答をしても埒があかないだけです。帰りましょう」
 桐生はそう言うと、二人を騎士達から引き離し、踵を返した。アストレイアも渋々と従うが、小さな声で悪態をつく。
「命じられたことだけに盲目的に従うのがあるべき騎士の姿ではないだろう!」
「彼らも内に病を抱える身。外のいざこざまで持ち込ますわけにはいかないと必死なのでしょう」
 桐生はそう言いつつ、修道院に捜し物をするかのように目を走らせた。そしてそれはすぐに見つけることができた。
「ルディさんが入り口を作ってくれているようです。先に入ってもらっていて良かったですね」
 そう言って軽く笑顔を見せると、桐生はルディの示した入り口へと歩んでいくのだった。


●歪みを押し戻す意志
 一行は合流を果たし、修道院内を歩いていた。目指す先はサイアの居室である。修道院の中は静まりかえっており、出会う人すらいない。好都合であったが、それはそれで沈黙の圧迫を受けて、少し息苦しさを皆は感じていた。
「とりあえず、サイアさんのところに行きましょう。まだ分からないことがある」
「鍵がかかっていたら、僕が開けるよ。場所も確認してる。こっち」
 案内された扉の前にたどり着いた。はやる気持ちはあったが、心を落ち着けて十野間が扉を叩いた。
「サイアさん、十野間と申します。お話しさせて頂きたいことがあるのです」
 扉の向こうから返事はない。それどころか、その気配すらない。
 ルディはすぐさま道具を取り出し、扉の鍵にとりかかった。頑丈そうな扉といえども、鍵師を生業とするルディにとっては、普通に開けるのとそれほど苦労は変わらないようなものであった。
 1分もしない内に、錠が上がる音がする。
「開いた」
「何があるか分かりません。気を付けて‥‥」
 扉を開けると、そこは綺麗に整頓された部屋があった。十野間にはどこかこの雰囲気に覚えがあった。サイアとミーファの家の中も、同様だった。神経質なほどまでに丁寧に片づけられた部屋は生活の気配をにじませない。
 そんな中、ルディが微かな香りを感知して辺りを見回した。
「残り香、でしょうか。私にも少し感じます‥‥」
 ソニアは少し首をかしげた。彼女の知識が香りに対して反応する。
 やや、甘い‥‥。ほとんど灰が残らなくて‥‥
 !!
「皆さん、この場所から離れて下さい。この香りは‥‥危険です」
「危険って、これは何の香か知っているのですか?」
 十野間の問いかけに、ソニアは厳しい目付きで返し、頷いた。
「大麻‥‥、最近北部のシャンティイ周辺で大麻が流行した。きっと同種の物だわ」
「な!!!」
 香と歌で催眠状態に陥らせているのではないか、とは事前の話し合いでは上がっていたが、まさかそれが大麻だとは。
「それじゃ歌というのは‥‥」
「確実ではないけど、『メロディー』ね。大麻で衰弱させた上で、歌を歌うことで強く効果を現そうとしたのよ。普通の歌でも効き目はあると思います」
 歌の使い手は間違いなく、ミーファだ。
「でも、誰が‥‥こんな品を」
 そう言った瞬間に十野間はひらめいた。大麻は禁制の品だ。サイアが買い込んでいたのはこれだったのか。
「以前の報を聞く限り、サイアさんはふわふわとしていたことがあった、と言いますね。それはこの大麻によるものでしょう。そんな人間が意図して扇動など行えるはずがない。誰かに吹き込まれたのでしょう」
 淡々と話すソニアの言葉に空気が張りつめていく。
「‥‥話し合いをするまでもなく、事の真相は掴めそうね。ミーファさんのところに集まっている人たちと合流して、行きましょう。おそらく地下です。」
 アストレイアは低い声でつぶやいた。


●そして刻むは破滅の時
「サイアはどこだ!!?」
 地下は巨大な礼拝堂であった。200人以上がゆったりと座れる椅子が並び、正面には地上まで貫いて立つジーザス像が奉られている。壁などに見られる装飾は非常に凝っており、聖書にある最後の審判が描かれた壁画は見る者に衝撃を与えた。
 しかし、その中にいる人々はその美しさも目に入らず、ただ混乱を喫していた。争う者、祈る者、狂乱する者。そこは地獄絵図に近かった。
「とりあえず、サイアさんのところまで行きます!」
 飛び込んできた冒険者達を見て、修道士達の目の色が変わる。彼らもまたミーファの歌と香により、視野狭窄となった哀れな者達だ。
「冒険者だ」
「何故こんなところにいる」
「朔の晩に来た」
「儀式をしにきたんだ」
「止めろ」
「殺せ」
「奴らが元凶だ!!!」
 修道士達が群がった。手に錫杖を、もしくは儀礼用の短剣を握りしめて。
 一縷の望みの全てをかけて。
 だが、ソニアは押し寄せる修道士に立ちはだかると片手をふるった。伸ばした手を始点に、炎が一気に吹き上げ、そそり立った。
「ファイアウォールと壁を利用して道を作ります。駆け抜けて下さい」
「ソニアさん、ありがとう!!」
 ルディはスリングで追ってくる修道士の何人かを膝やのど元に攻撃を加え、その動きを止めた。
 ソニアは少し進んではファイアウォールを唱え、確実に前をふさごうとする者達を阻害した。また桐生はダガーにオーラパワーを付与すると、背後から襲いかかる修道士をなぎ払った。元々争い事に無縁な修道士と修羅場をくぐり抜けている冒険者とではまったく戦いになっていなかった。
 一行は数多の修道士の攻撃にも全くスピードを落とすことなく一気に走り抜けた。

「サイアっ。もう止めなさい!」
 たどり着いたのはジーザス像の足元。祭祀用の法衣を纏ったサイアが周りの修道士達の狂乱にも顔色一つ変えず、穏やかな表情を浮かべていた。その様子にどこか神々しさまで覚える。
「アストレイア‥‥来ていたのね」
「教えて。事の真相を‥‥黙ったまま煉獄になんか行かせません。何故領地に反乱を誘った!」
 サイアは静かに答えた。
「一度入ったヒビを広げるのは案外簡単よ。あなたの修道院の潜入と歌を持ってすればいずれ国家戦争、宗教戦争にまで持ち込めるもの」
「それでは‥‥私を使って、教会と領地の関係を悪化させるために‥‥」
「そして、生け贄とする手。絶望したあなたをミーファが懐柔する手。あなたを煽ることで、様々なことができるのよ‥‥そう、タロンがミーファを突き放したように、私たちが今度はタロンを突き放します。この世界ごと」
 サイアの読み通り、アストレイアはここに来てしまっていた。
 自分の浅はかな思いを底の底まで見透かされているような思いがして、アストレイアは冷たい汗を流した。自分の短慮があの悪魔に全部利用されたのか‥‥。
「ダメだ! 魔法陣に飲み込まれる!!!!」
 剣を抜きはなった十野間がアストレイアを行く手を阻んで押しとどめた。
「どいてっ!! あんな自己満足の滅亡など許さない!!」
 アストレイアが十野間を押しのけようとした瞬間、床面に刻まれた魔法陣から風が吹き上げた。布が揺らがないところから質量を伴わない風‥‥魂を揺らす風が吹き付ける。
「私は、破滅の魔法陣の解放を、望み、この、命を、さしだします  我が命を鍵として解き放て 破滅よ」
 どんどん、光が舞い寄せる。そして光が溢れた。

 冒険者を追いかけていた修道士はその体内から白い球体が浮き上がり、魔法陣に吸い込まれたと思うと、彼らはただちに崩れ去り、永遠の眠りへとついた。そんな魔法陣は黄金の輝きを波打たせ、揺りかごのようにして奪った魂を中空で揺らし続けている。
「アストレイアさん‥‥無事で、すか?」
 魔法陣の境界線上で十野間は微笑んだ。その背からはぽたりぽたりと血が滴る剣の切っ先だけが見える。
「無茶もいいとこだよー。でも、おかげで魂は奪われずに済んだみたいだね」
 ルディは呆れたような、少し安堵したような声で二人を魔法陣の側から引き離した。
「と、と‥‥」
 アストレイアが掠れた声を漏らす。自分の剣が十野間を貫いていたのだから。
「とりあえず、剣を抜きましょう。アストレイアさん、しっかりして下さい」
 桐生は剣の束を持つと、一気にそれを引き抜いた。途端にあふれる鮮血。
「急所ははずれているようですね‥‥リカバーポーションじゃ間に合わないかも。別の教会に行くべきですね」
 ソニアは傷口を見ながらそう呟いた。
「話し合いは済みましたね。ミーファさんはどさくさに紛れて逃げてしまったようですし」
「魔法陣はどういう訳か、拡大はしないようです。しかし、今後広がるかもしれませんし‥‥一度帰りましょう」
 呆然とするアストレイアに桐生はそう声をかけた。
「あなたが、無事で、何よりです。誓いの指輪‥‥持ってきたんですよ。これで渡せますね‥‥」
「そんなものより、貴方の命の方が大切よ‥‥っ。ごめん、ごめんなさい‥‥」
 微笑む十野間にアストレイアはぼろぼろと涙をこぼし慟哭するのであった。