あなた色の奉仕(生きた道)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月27日〜12月30日

リプレイ公開日:2006年01月03日

●オープニング

 白の教会のシスター、ユーリは墓地に花束を添えていた。
 新しい墓石はここ最近でいきなり増えた。それでもってお世話をする人は減ったのだから困ったものだ。
「司祭様。大丈夫ですよ。生命力だけはゴキブリ並と言われた私ですから。立派に教会を再興してみせます!」
 それは褒められていない。
 そんなことを言って、ユーリは墓石に向かって話し続けた。
「もう次の教会のデザインは決めてるんですよー。高さ57メートル、石造りで重量は550トン。非常時には立ち上がって戦うゴーレム教会です!」
 壮大な妄想を繰り広げるユーリ。墓の下にいる司祭が在世であれば、きっと素晴らしいツッコミを入れてくれるに違いない。
「これなら有名にもなれますから、信者だって増えますし、町の名物になると思います。世の中のすべての人が喜んでくれると思います。あ、悪の組織からは敵対視されるかも‥‥」
「ユーリ‥‥」
 そんな彼女に後ろから一人の女性が声をかけた。教会での先輩シスターだったハンナだ。彼女はユーリと違ってシスター用の服ではなく、弔問用の服であった。それはもう彼女がシスターではない証である。
「ああ、ハンナ先輩。こんにちは」
「ユーリ。教会を襲撃した悪魔崇拝者の筆頭に面会に行くって聞いたけど本当?」
「ああ、ミーファさんですね。はい、聖夜祭で忙しいですけど」
 ミーファさん、だなんて。あれ、で十分よ。とハンナは眉をひそめた。
 悪魔崇拝者が白の教会を襲撃してもう半月ほど経つ。教会は無惨に破壊され、火まで付けられた。最後まで民衆やシスター達をかばい続けた司祭は凶刃に倒れ、多くの人々が命を失った。民衆の信仰もゆらぎ、教会の生活の基盤はなくなった。生き残ったシスター達も他の教会に移るか、還俗するかの選択を余儀なくされたのだ。まだ選択をしきれず、ここでほそぼそと生活するものもいた。ユーリもその一人である。
「アレもよく捕まったわね」
「冒険者が捕まえたんだそうですよ。で、騎士団さんに悪魔崇拝容疑で引き渡すことになったみたいです。なんかその辺ごちゃごちゃあったみたいですけど」
「なんで、そんなに普通でいられるの? 司祭様は殺され、教会も壊され、多くの人がなくなったのよ?」
 ハンナは悲しみと怒りで顔色を黒くさせるが、ユーリは気にした様子もなくマイペースだ。そんな様子がハンナには理解できない。
 だが、そんな抗議を受けてもユーリは変わらなかった。
「んー。確かに、身寄りも行く当ても無くしちゃいましたけど。でも、殺してやるーって憎めば、同じ事の繰り返しじゃないですか。神は許したもう。です。私たちが憎んでもセーラ様はお許し下さいます。ならば私たちもセーラ様に従い、慈悲と哀れみの心を持つことが肝要ではないですか?」
「‥‥‥‥」
「今、幸いにもさせてもらえることはバベルの塔みたいに積み重なっていますし」
 崩れ落ちるぞ。バベルの塔は。
 押し黙るハンナに気がついて、ユーリははっとして慌てた
「ご、ごめんなさい。『馬の耳に念仏』でした!!」
「‥‥それを言うなら『釈迦に説法』だったはずよ」
 冷静に突っ込みながら、ハンナはため息をついた。
 他人には諭せても、自分のことになると冷静でいられなくなるのが人だというのに。
「年明けて聖夜祭が片づいたら、ミーファさんはすぐに死刑にされるみたいですし。その間に少しでも教化して、罪を悔いるようにするというのが目的みたいですね」
「で、あなたはできるの? 教えを説くこと」
 ハンナの不審な目つきに誤魔化すこともなく、ユーリはふるふると首を振った。
「無理ですよー。司祭様にも説法だけはやめてくれって言われたくらいですよ」
 照れ笑いをしながらも、ユーリは言葉を続ける。
「だからですね。ミーファさんを知る人に来てお話してもらう方がいいだろうなーと思っているんですよ。さっきギルドに募集をかけてきたんです」
 ユーリはそうして、にっこりと笑った。

●今回の参加者

 ea1787 ウェルス・サルヴィウス(33歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb2375 セフィ・ライル(29歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2482 ラシェル・ラファエラ(31歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 eb2756 桐生 和臣(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb3601 チサト・ミョウオウイン(21歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●桐生
 桐生 和臣(eb2756)が真っ先に訪れたのは依頼を出したユーリであった。彼女は崩れ落ちた教会の瓦礫を片づけていた。桐生の見る限り、彼女の横顔に悲しさは感じられない。
「今回は機会を頂きありがとうございました」
 そう礼をする桐生に、ユーリは照れ笑いで答えた。
「こちらこそありがとうございます。お優しい人が集まって下さったようで良かったです」
 それにしても、と桐生は続けた。
「罪を憎んでヒトを憎まずは普段から思っていますが常に実践するのは至難の業。それを言い切ったシスターユーリは大物ですよ」
「胸だけ大物だったらいいんですけどねぇ」
 どこをどう聞き間違えたのか、胸元を見てため息をつく彼女。
「でも、走っても痛くないんですよ! 蒸れませんし」
「は、はぁ‥‥」
 どう答えて良いものやら思わず詰まる桐生。その様子を見てにっこり笑うユーリ。
「というわけで大物ではないです。桐生さんだって、ミーファさんと対立して、それでも呼びかけに応じてくれたじゃないですか。善い人です」
「なるほど、ね。ところでこれからどうなさるおつもりですか?」
 そう尋ねる桐生に、ユーリはこんこんとゴーレム教会についてアツく語るのであった。おかげで話が終わった時には、桐生は渡そうとしていた寄付をすっかり忘れてしまうほどに疲労してしまっていた。

●空、月与
 十野間 空(eb2456)と明王院 月与(eb3600)は監獄の暗い道を松明の明かりだけで進んでいた。鉄格子が廊下のところどころ見られるが、人の気配は存在しない。声は格子を抜き、歌は心の扉を開かせる。故にここにはただ一人しか存在させることができないのだ。歌で世を混迷に入れた張本人なのだから。
「こんなところに閉じこめられているなんて、ミーファお姉ちゃんかわいそう‥‥」
 じめじめとした空気、明かりがなければ伸ばした手の先も見つめることができない空間。僅かにツンと鼻を刺激するのは、カビであろう。ここは人が留まることについて何の配慮も為されていない。
 やがて、先導をしていたアストレイアの父が立ち止まる。
「着いたぞ」
「‥‥ありがとうございます」
 空が一礼して、松明を受け取った。
 多くを語らぬアストレイアの父に、漠然とした不安を覚えながらも、空はその先を照らした。格子が明かりに照らし出され、その隙間から、灯りが我先にと牢内に滑り込む。
 照らされた灯りが影を立体的に描く。明かりに反応して、影は小さく身震いした。
「ミーファ、お姉ちゃん‥‥」
 その姿を見て月与は愕然とした。ボロ切れのような衣をまとった体を支える腕はずっと細くなり、健康的な肌色の大半は青紫か、出血して赤色に。顔は反対に腫れ上がって、左半分は全く別人かと言うほどに変形してしまっていた。
「つ、き、よ‥‥ん」
 ひゅーひゅーとした音が混ざりながら何とか月与に問いかける声が紡ぎだされた。それは以前の張りのある明るい声とは全く別物だ。ひゅるひゅるとなるすきま風が意味のある音を作りあげているような、そんな声だった。
「声を潰されたのですか‥‥」
 歌を封じてはいるだろうと、ある程度の拷問は予想していた空であったが、ここまでとは思わなかった。
 彼女に残されたのは「歌」と導こうとした者達との絆だけ。償いの気持ちを紡ぐ機会を。と嘆願するつもりであったが‥‥それはもう物理的に不可能であった。弦をかき鳴らしていた指も全ておかしな方向に曲がっている。
 しばし言葉を失う二人に、ミーファはまだ表情を作ることができる右半分の顔で笑顔を作って来訪者を歓迎した。
「びっくりさせて、ごめん、ね。来て、くれて、うれしい、よ」
「大丈夫? 痛くない? 痛いよね‥‥」
 力が抜けるようにペタリと座り込む月与は、ふるふると震える手で牢屋の中に手を伸ばした。ミーファの腕は柔らかさを失っていて、硬かった。とたんに月与の目から涙がにじんでくる。
「なか、ない、で? あたしの、罪に、くらべたら、痛みは、たりない、くらい」
 ミーファの声を聞き取るのは非常に難しかったが、彼女がもう恐れも悲しみも持っていないことが窺えた。言葉を紡ぐのも、姿勢を動かすことさえも苦痛であるだろうが、ミーファは物静かだった。
「どうしてここまでするの? 折角これからやり直そう‥‥生きて償おうって言うのに。お姉ちゃんの罪だけじゃなくて、裁けない他の件の見せしめも兼ねてたりしないよね?」
 暗闇に立つアストレイアの父を睨み付け、月与は言った。彼女はもう罰を受けた。そして受け入れている。ここまでして、彼女を死刑にする必要はあるのかと問いつめたかった。
「兼ねていると言っても過言ではないな」
「本人の罪だけなら償えないの? 処刑の体裁だけ整えればいいんじゃないの? 生きて償う事の方が死刑よりも重い罪だと思うよ」
 言葉を詰まらせながら問いかける月与にも父は全く動じることはなかった。
「本人の罪だけでも、死刑は免れん。そしてこれは体裁の問題ではない。殺された、不幸にされた民の悲しみを晴らし、過去に終止符を打ったということを知らしめるものだ。故に生かすつもりはない」
 民の不安と憤懣は相当なものだ。新年という未来に向かって歩むことによって立ち直ってはいるものの、暗い影を落としていることは否定できない。今回の処刑は、ミーファ本人について問うのではなく、民衆に如何に影響を与えるか、それが中心であるようだ。そして父は続ける。
「明王院、お前は子供でありながら冒険者だ。自分は子供だから大丈夫だろうという考えは、いつか自分の、ひいては冒険者ギルドの信用を失墜させるぞ」
 全てを見抜く鷹のような鋭い目。月与は言葉を詰まらせた。心の内まで見透かされている。肝が冷えるようなそんな気持ちを月与は感じた。
「死刑を回避できないことはわかりました。しかし‥‥せめて、せめて彼女の償いの気持ちを歌にさせて下さい。彼女の代わりに紡がせて下さい」
 月与をかばうようにして立った空の言葉に、父は静かに頷いた。
「他人が歌うことを縛ることはない。好きにするがよい」
「ありが、とう。十野間、さ‥‥ん。つきよ、さ‥‥ん」
 ミーファはその言葉に心底嬉しそうだった。溌剌(はつらつ)としていたときの、輝いた笑みがそこに浮かんでいた。

●ラシェル
「生きることしか償える事はないのだけれど」
 イライラとした様子で、ラシェル・ラファエラ(eb2482)は教会の司祭にそう言った。なんとか助命することはできないか、と自分の所属する教会をツテに方々に頼み込んでいた。
「裏には吟遊詩人という彼女をそそのかした存在がいるわ。それについては証言もある。ここで、その存在を闇に葬るつもり? ミーファは悪魔に操られていただけかもしれないという疑念は全く無視して?」
 知りうる情報はほとんど既に提供済みである。しかし、それでも目の前の司祭を無精髭ひとつ揺らしてやることができないのだからねこれほど憎らしいことはない。
「尋問で聞き出せなかったものは生かしても追加情報を話すということは考えない。それがミーファの身柄を拘束している所領の主の意見だ。吟遊詩人の存在については、ミルドレッドというサイアの家で使用人をしていた娘から、ミーファの独白文を入手している。君たちも破滅の魔法陣を破壊する件の時に目にすることがあったはずだ。『ただ一度だけ、相まみえることがかなった‥‥』という書き出しで始まるアレだ。あの文により、一度しか出会っていないことも明らかで、尋問からも同様の言葉を聞くことができたという‥‥異論はないな?」
 司祭の語調は強かった。もはや決定事項なのだろう。ラシェルはもう教会を当てにするつもりもなく、司祭に背を向けると、大股で教会を出て行った。
「背景なんてどうでもいいのよ‥‥っ!!」
 後に考えつくのは、自分達の力でミーファを助けることだった。
「ミーファ。あなたを殺させたりはしない。生きて、そして罪を償ってもらうのよ‥‥何があっても」

 そこは石像を取り扱う美術店。
「少女の像?」
「ええ、150センチぐらいのもの、ある?」
 ラシェルは石像を買い求めていた。ミーファによく似た像を。ある程度は似なくてもよかった。それは職人に頼んで修正すればよい。ミーファによく似た像を作成して、ミーファ自身を石化する。二つをすり替えれば、命だけでも助けることはできるはずだ。
 月与は協力をしてくれていると言っているし、他の僧侶にも生きるための道があるはずだと言ってくれる人はいた。
 幸いに事に京都に出向いた際に貰った品物がオークションで高値が付いたため、お金は湯水のように使っても有り余るほどにあった。
「そうですねぇ‥‥このくらいですかね」
 商人が見せたのは、祈る姿の少女を彫ったものと、踊る少女の二体の石像であった。祈る方は、全身を纏う衣があるし、これなら加工もしやすかろう。
「それじゃ、この右のを。それから加工してくれる石工さんを紹介して欲しいんだけど」
「うちに何人かいますが、この石像を何かにかえるんですか?」
 商人の言葉にラシェルはこくりと頷いた。
「ええ、ミーファという女の子の姿を彫って欲しいの」
 とたんに電撃が走ったように固まる商人。彼は慌てて首を振る。
「とんでもない。なんであんな悪魔を彫らないといけないんですか!」
「今回の惨劇を祈りによって昇華させるためのものよ。お願い、なんとかならないかしら?」
「被害にあった人々の思い出にというなら分かる。だが、悪魔崇拝者はダメだ! そんなものを彫ったら、石工だけじゃない。ここにいるみんなが睨まれることになる!」
 強く拒否する商人にラシェルは強い焦りを覚えた。事件はパリに近すぎた。人々の口には多くは上らないまでもその噂は確実に迫っている。
「お願い。他に頼れる人はいないの!」
「ダメだっ! 他を当たってくれ」
 ‥‥‥‥。
 もっと時間があれば、協力者があれば願いが叶ったかも知れない。
 だが、助命嘆願者が二人では、いかんともしがたいものがあった。

●チサト
 空達より少し遅れてミーファの元にやってきたチサト・ミョウオウイン(eb3601)は毛布一つを手にしていた。
 囚われて独りぼっちのミーファが、寂しくないように過してあげれないかという思いで嘆願したところ、毛布だけを許可して入れてもらうことができた。牢内へは立ち入りを認めず。差し入れは一切禁止。会話もヒソヒソ話になるようなら途端に介入されること、終わった後で聞き取り調査をされることを前提にして入れてもらうことができた。
「ミーファお姉ちゃん‥‥少しだけですけど、一緒にいることができました」
 やんわりと微笑むチサトに、ミーファは少し驚いた顔をした。
「ここは、さむい、から、やめて。風邪を、ひい‥‥ゃう」
「格子越しですけど‥‥一緒にいれば寒いことはありません」
 そう言ってチサトは牢屋にもたれるようにして座った。しばらく迷っていたミーファも、少しずつはいずって、チサトの傍に身を置いた。
 空気の遮断された監房は寒くも暑くもなかったが、息苦しいほどの湿気と闇は、心を寒くさせる。だけれど、わずかにだけ触れることのできる肌はとても温かく、心を落ち着かせる。
「私は‥‥ミーファお姉ちゃんの行いを許す事が出来ません」
 暗闇の中、チサトはぽつりとつぶやいた。
「それでも‥‥お姉ちゃんが最後の最後に償う気持ちを持ってくれるなら‥‥私はお姉ちゃんの力になってあげたいのです」
 その言葉に牢屋越しに繋がれた手が握りしめられるのがわかる。
「あたしは、もう、いいの」
「そんなことないですよ。愛される事を知れば‥‥立ち直る事ができるんですよ」
 優しくやさしく言葉をかけるチサト。
「あり、がとう。チサト、やさしい。でもね、あたしは、自分のために、みんな、傷、つけ、た。歌を、けが、した。夢、こわした。あたしが、生きて、も、誰にも希望は、あたえられない」
 一つの言葉を紡ぐのも辛そうだった。
 だけど、ミーファは笑顔だった。
「世界の人を癒して‥‥人々が癒されれば、人々はあたしを忘れ、罪を許してくれる。人々を幸せにして。みんなが幸せになれば、あたしも幸せになれる‥‥」

●ミルドレッド
「何か伝えることはありますか?」
 桐生は物静かに、ミルドレッドに問いかけた。
 ミルドレッドは首を振った。ただそれだけ。
「私は、何もいりません‥‥ミーファ様が死ぬこともいりません。サイア様が死んでしまわれたこともいりません‥‥いりません、いりません。何かの間違いなのです。何もいりません、ですから、返して下さい‥‥返して、かえして‥‥」
 彼女の中の時計は既に止まっていたのだ。ずっと前、ずっとずっと前。全てが壊れ始める前に。彼女は留まっていた。
「ミルドレッドさん‥‥」
 泣き崩れる彼女の肩を抱き、桐生はしばし彼女を慰めた。
 ミーファさん。魔法陣の影響を受けて魂を損ったサイアさんや教会の方々と同じ場所に立つ事は叶わない気はします‥‥。
 ミーファの姿を思い浮かべながら、桐生はそう感じた。
 −くん−
 腕が力を感じた。ミルドレッドが立ち上がろうとしている。
「ミーファさま? いずこですか?」
「ミルドレッドさん?」
 ミルドレッドは立ち上がると、監房を目指してよろよろと走り始めた。
 よく聞けば誰かが歌っている。

『   気持ちは歌に 歌は空気に 愛は光に
    歌は大気に溶け 全てを優しく包む   』

 竪琴だ。美しい音が聞こえる。それはとても儚げで、そして慈愛に満ちていた。
「ミーファ様。ミーファさまっ」
「ミルドレッドさんっ!!」
 どこにこんな力があるのかと思うほどにミルドレッドは監房に向かって進もうとし、桐生に制止されながらでも、それを振り切って進もうとする。
「ミーファ様。どこでいらっしゃいますか? 大好きなお菓子を用意いたしています。サイア様が、もうすぐお土産をもってお帰りくださいますよ。お迎えの準備をいたしましょう。私も一緒に謝ります。だから泣かないで。お戻りください。ミーファさま、ミーファさま」
 涙をぼろぼろとこぼしながら、ミルドレッドは竪琴の流れてくる監房への入り口に向かって叫び続けた。

「   風は草木と共に歌う 喜びと希望の歌を
    光は迷い人に照らす 生きる道を
    全ては愛 悲しみと憎しみの連鎖を断ち切る優しき心   」

「サイア様。ミーファ様。お願いです。私を置いていかないで、下さいませ‥‥」
 女性の涙の声を優しく包むように、優しい竪琴の音色が、冬の遠い空に響き渡る。
 遠く遠くどこまでも遠く。
 歌声は天まで駆け上がる。



 神聖歴1001年1月。
 ミーファ・エルセールは若干の遅滞はあったものの処刑され、15歳でその生涯を閉じた。
 墓は有志によって、いずこかに立てられたという。