【月道探索】コンピエーニュ月道

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月05日〜01月20日

リプレイ公開日:2006年01月12日

●オープニング

『   昔人已に仙娥に乗りて去り
    此の地空しく余す 精霊楼
    仙娥一度去って 復た返らず
    白雲千載空しく悠々
    晴川歴々たり 宿魂の樹
    芳草萋々たり センヌの州
    日暮郷関 何れの処か是れなる
    マルヌ江上 人をして愁え使む   』

 昔の人は、仙娥(せんが=月)に乗って去っていってしまった。
 その為、この地、精霊塔は寂れてしまった。
 月に誘われた者は帰ってこなかったからだ。
 雲は永い時をむなしく流れてゆく
 ヤドリギの立つ、晴れた川はとうとうと流れる
 草が生い茂ってしまったセンヌ川の中州
 日が暮れても人の灯りはどこにも見えない。
 私はマルヌ川の上で、侘びしさをかみしめる。

 パリ、セーヌ川に注ぐマルヌ川と、ドレスタッドにつながるセンヌ川の合流地点はコンピエーニュ地方。その中州にヤドリギが生えているはずだ。ドルイド達が神聖視していた樫の古木についたヤドリギが。
 そこが月道への入り口であるのは間違いない。
 まだ手の付けられていない月道さえ確保できれば、一攫千金どころの騒ぎではない。富豪の仲間入りも夢ではない、領地を得られるかもしれない。運が良ければ王にだってなれるだろう。
 衛士クルドは心の中で、転げ回るほどに笑った。解読に協力してくれた賢者フェンネルは真っ黒になってパリの墓穴の下。冒険者も悪魔の娘の悪知恵に踊らされて破滅の魔法陣の餌食か、悪魔崇拝者の仲間扱いされているか。
 蔵書類も必要なもの以外は全て焼き捨てることに成功した。悪魔の娘とフェンネルが隣家であるのは本当にありがたいことだった。衛士の権限で、少し消火活動を遅らせてやるだけで、二つとも重要な証拠類は灰になって散ってくれた。燃えかすも早々に物乞い達に拾わせて回収した。文字の読めない奴らにその価値は知るべくもなかっただろう。
 すべてを出し抜いた喜びというのは貴腐ワインよりもずっと甘美な味がする。
 クルドは笑みを浮かべたまま、ムーンロードの使い手である吟遊詩人を見た。色とりどりの布で全身を飾っている詩人は年も性別もまるで不明であったが、とかく使い勝手の良い人間であることだけは間違いなかった。
「残りは全部キミにかかっているんだ。頼んだよ」
「夢と現実が交錯する瞬間は、最も美しい輝きを放つもの。紡ぎ手として、その刹那に見えることは、至上の喜びでございます」
 夢追い人は、己が夢見るためには労力を惜しまず、また俗世間的な欲というものがない。彼と目的は合致しても、ぶつかりあうことはまずない。
 クルドは高鳴る気持ちを抑えつつ、希望に満ちた目で目的地を見やった。
 おかしい。
 その時になって、彼はようやく周囲の異変に気がついた。
 空にコウモリがやたら多く飛び回っている。それは見るだけで臓腑を冷たくさせてくれる。
 あんなに大きいのはコウモリといったか? むしろ猫‥‥いや、それは存在しない。
「あ、悪魔‥‥!!?」
 ようやく、その存在の正体に推測が及び、狼狽するクルドに対して吟遊詩人は穏やかであった。
「心に住まう大罪の具現。あれに見えるは傲慢の顕現でございましょう」
 吟遊詩人が詠うようにいった。その手に持つハープが奏でる音は場違いなほどに美しく、クルドの心を乱した。
「なんでそんなに優雅にいられるんだい!?」
「人に好みあり、魔にも好みあり。あれは尊大な心を好むと言います。その胸に穴が開くほど愛して下さるでしょう」
 そこでやっとクルドは、この吟遊詩人が敵であることに気がついた。
 だが、時既に遅く、空を飛び回っていた悪魔達は、クルドが詩人に意識を奪われた瞬間に急降下し、彼の腕に、胸に、首に飛びついた。勢いで引き倒されたクルドの体から、骨のへしゃげる音が響く。
「ぅぐ、ぁぉ‥‥っ!? あ、あぅ‥‥け」
 救いを懇願する声も血がゴボゴボと吹き出るだけ。
「今際の言葉とは、意外と物語のようには出ないでしょう。現実とはかように惨めなものです」
 そこで吟遊詩人は、初めてクルドの前で顔を少しだけ露わにした。
 クルドは死の激痛の中でもその顔だけは忘れることはできなかった。煉獄に行っても忘れることはできないだろう。
 それは石碑を運んだ商人の顔であった。クルドがここまでに至った発端の人物だ。
 ああ、踊らされていたのだ。心の奥底に深い業を抱えている自分を見抜いて、解読させて、証拠を隠滅させて、その上で月道にはムーンロードが必要だということで詩人自身を雇わせたのだ。
 すべては彼の掌の上だったのか‥‥。
 クルドの目玉が飛び出そうなほどに見開かれた目に、悪魔の爪が突き刺さった。勢いで頭蓋の穴という穴から脳漿が吹き出てくる。

「精霊の国と謳われるだけあって、悪魔どもは先住者に嫌われるのですよ。月道探索は神聖ローマ帝国侵攻以前からの国家事業でしてね。悲願を是非お手伝いしたいと思っているのです。他に知られていない月道を押さえられるのは非常にありがたいことですから」

 同じ頃、パリ。街で人々行き交う人々は寒そうに身を縮めながら、足早に道を歩み去っていく。
 俯いて自らの歩む先しか見ていない人々が大半を占める中、少年はただ一人、時間の潮流から外れるように佇んでいた。
「北の空、真っ暗」
 薄汚れた赤いレンガの上にクリームのように覆い被さる白。その上を支配するのは灰色。
 だが、視線の先にある灰色は深く、ほとんど闇色であった。
「精霊達が騒いでいるのよ」
 背後から声がかかる。しわがれた老婆のような、神秘的な女性のような、深い悲しみを追った少女のような、どれでもあり、そのどれにも当てはまらない声。
 振り向いた少年の先にはぼろ布をまとった占い師がいた。彼女は少年に視線を合わせることもなく、少年がしていたように空を眺めていた。彼女がいつからそこにいたのか知らない。
「精霊が?」
「精霊達は異変があったとき、狂気の踊りを舞う。仲間を求めて、危険を知らせるため」
 自然の具象たる精霊が狂えば、なるほど。確かにあの地に不安を覚えぬものはいない。
 それを見ようとせずに不安を自らの内に存在させないようにする人々はたくさんいるが。
 きっと雲間から天の輝きが落ちるとき、その下には勇者がいるのだろう。
 少年は日が落ちて、世界が白と黒と染まるまで、じっとその場に立ち続けていた。

●今回の参加者

 ea1787 ウェルス・サルヴィウス(33歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2482 ラシェル・ラファエラ(31歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 eb2756 桐生 和臣(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb3525 シルフィリア・ユピオーク(30歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb3601 チサト・ミョウオウイン(21歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●縒り合わさる手がかり
 碑文の解読には、チサト・ミョウオウイン(eb3601)を中心に、シルフィリア・ユピオーク(eb3525)、明王院 月与(eb3600)、桐生 和臣(eb2756)があたることになった。
 一方、詩人の足取りを探るのはウェルス・サルヴィウス(ea1787)、十野間 空(eb2456)、ラシェル・ラファエラ(eb2482)だ。
「吟遊詩人が、この月道に絡んでいるのは間違いないのですが‥‥」
 空がイリュージョンの巻物を使って作り上げた詩人の幻影を皆は見つめていた。
 吟遊詩人の影がこの新たな月道に見え隠れしている、という情報を掴んだのは、シルフィリアだった。詩人は目立つ格好をしているのに行方を掴むのは困難を極めた。会った時のことは皆覚えているのだが、どちらに去ったのか全く覚えがない、という。そんな詩人の尻尾を掴んだのは、ほとんど執念と言ってよい。
「大丈夫‥‥です。もうすぐ解読できますよ」
 にこりと微笑むチサト。彼女は図書館にこもりきりになってこれで4日目。歳幼い彼女にとって消耗は常人よりずっと大きいだろうに、彼女は詩人の関与をしると、寸暇を惜しんで解読に没頭してくれた。
「ミーファお姉ちゃん、サイアお姉ちゃん‥‥もう同じ悲しみは繰り返させないからね」
 反乱を起こした住民が矢で貫かれる様子。サイアが陶然とした笑みのまま自らの命を差し出した瞬間。拷問を受けたミーファの顔。そんなものはもう見たくはなかった。
 皆、少し痩せた。そんな気がする。特にウェルスはアストレイアの領地で起こった反乱後は、断食をし、持っていた僅かな財産さえもなげうって人々の幸せを願ったため、以前とは別人のようになっていた。
「長を通じてミーファさんの助命を願っていましたが、何もすることができませんでした。痛恨の極みです」
 そう言うウェルスに空は優しく言った。
「きっと皆さんお気持ちを判って下さりますよ。ユーリさんも、ミーファさんも‥‥」

 5日目。
「教会の文献を調べ終わりました‥‥」
 ウェルスとラシェルは教会の文献をほとんどひっくり返すくらいに調べ尽くしていた。吟遊詩人の風体に似た悪魔がいるのではないか。その特徴の一つでも掴めればと、こちらも鋼の精神力でそれをつかみだそうとしていた。
「一番風体の近いものは、ワルという悪魔です。二足歩行するヒトコブラクダのような体ですが、色とりどりの布でまとい、言霊を操るとあります」
「ミーファの事件で起こったキーワードからすれば、不和、復讐、教唆、音楽といったものがあげられるわ。アンドラス、アリオーシュ、カイム、アムドゥスキアスなんていうのも候補のうちね。でも、どれもこれも、決め手に欠けるのよね」
「ミーファさんの手紙からはアンドラスではないかと思うのですが」
「しかし、アンドラスは先のシュヴァルツ城の件で浄化されています」
 答えはまだ見つからない。
 だけれども、やらなくちゃならない。
 絶対に見つけ出すわ。
 ラシェルは静かに心の内に炎を燃やしていた。

 6日目。
 すべての情報は揃いつつあった。月道を指し示す場所もほぼ確定した。吟遊詩人の正体は相変わらず不明であったが、作戦もおおよそ決まり、装備も整えられた。明日の朝には全員が出立することになった。
 今回、一同が集まったのはアストレイアの父が居を構える城であった。
「新しい月道が発見された模様です。私達は先行し現地確認をしてこようと思います。あそこでは彼の楽士が狙っているということです。つきましては後の月道保護等をお願いしたいのですが‥‥」
「残念ながらコンピエーニュには別の領主がおるし、ここからそこまでにも他の領地がいくつもある。先に発見したとてワシが保護するのは不可能だろう」
 これはお前たちが実物を確認してから、陛下の耳に入れるべきものだ。と父は締めくくった。
 反乱を起こした失政を取り戻せるきっかけとなるのに、と心の奥でつぶやく空に、父は不敵な笑みを浮かべた。
「小僧が余計な考えをするものではないわ」
 そんな父の顔を見て、空は悟った。父の言葉には、言葉通りお節介は無用という意味の他に、目の前の敵に集中せよ、という言葉が込められている。さらにいうならば、あれは結婚を申し込む口実であることも読まれているようだ。
 本当に喰えない男、というのは彼のためにあるのだろう。


●紡がれる運命
 コンピエーニュ月道は大きな河の中州にあった。中州といってもそこはかなり大きく、小さな島と言っても過言ではない。そこは大部分が砂地で岩が身の丈よりもずっと大きい岩がそこかしこに乱立していた。その中州の中央だけは緑に覆われている。一本だけ生えている樹木、カシの木はこの中州をすべて覆わんとするほどの枝振りで、葉の生い茂る夏にもなれば中州はこの天蓋に守られることとなるだろう。

「吟遊詩人がどこかにいるはずだよ。気をつけて」
 満ち始めた月光が木枝の隙間から降り注ぎ、苔むした樹皮ごとシルフィリアを照らす。
 幻想世界に迷い込んだ。そんな気持ちにさせる。

『  世界から否定された少女は  』

 不意に竪琴の音がした。詩人の音色か!
 桐生は矢筒から注意深く矢を引き抜いた。

『  肯定してもらうために旅に出た
   生きる道を模索して  』

 誰のことを歌っているのかすぐに分かった。耳をふさぎたかったが、ミーファ、アストレイア、サイア、ユーリへの思いが強ければ強いほど、その先を聞かずにはいられなかった。

『  見る者すべてが敵であり
   否定する者すべてを敵とした  』

「あ、悪魔っ!」
 月与が叫ぶのを聞いて、シルフィリアはしまった! と、後ろを振り向いた。見れば異形の化け物が木の窪みや葉の陰から大量に姿を現している。猫のような体躯にランランと輝く琥珀色の瞳。一体何匹いるのか、まるで見当もつかなかった。
「このっ、てやぁぁっ!」
 月与は剣をがむしゃらに振り回している。チサトもウォーターボムの詠唱を始めている。ラシェルはホーリーを。空はファイアウォールの巻物を使い一斉攻撃を防ごうとしている。
 重なるように聖なる光と水の塊がその場に飛び散る。しかし悪魔は優雅にそれを避けるとゆっくり間合いを窺い始めていた。

 皆、虚空に向かって刃を振りかざしている。あるいはそこに隠れていた小動物を次々と蹴散らしていく。月光が揺らめいて月の精霊らしきものが姿を現し、この暴力者たちを排除せんと盛んに動き回るが、火力の高い冒険者にはひとたまりもない様子だ。
 ただ桐生とウェルスだけは呆然としてその光景を眺めていた。仲間たちが何をしているのか皆目見当がつかなかった。シルフィリアもおかしいことに気がついていたが月の精霊からチサトを守る方が先決であった。
「悪魔は精霊に嫌われておりましてね。月道を使わせていただくことを承諾していただけないのですよ」
 独特の声が聞こえてきた。一度聞けばそうは忘れないような深みのあるソプラノ。しかし決して不快ではなく、乾いた砂に水がしみ通るように彼らの険しい心を滑り込むように心に刻んでいく。
「それで幻覚を使ったのですね」
 桐生はようやく気がついた。皆幻覚に惑わされているのだ。大量の悪魔の幻影を見せられて見境がつかなくなっているのだ。
「幻覚だ、と叫ぶことは下策。否定する者すべてが悪魔と映りましょう。精霊たちもあなた達のことは否定しているようですね」
 次の行動まで見透かされ、ウェルスはうなった。完全に罠にかかったと言ってもよかった。
「探し求めていた人物に遭えた感想はいかがですか?」
 色とりどりの布で覆われた体の中で唯一露出している目を微笑ませて、吟遊詩人は問うた。
「非常に、最低です」
 ウェルスは吐き捨てるように言った。
「なるほど。私は会えたことに非常に感謝していますよ。タロンやセーラに感謝して止みませぬ。ウェルス・サルヴィウスさん。そして桐生和臣さん」
 !!
 桐生は一歩後ずさった。
「貴方の慧眼には敬服いたします。依頼に入らなければ分からない込み入った話。しかし依頼に応じれば応じるほど視野狭窄になるというのに、貴方の目は曇ることがなかった。特に‥‥最初にあなたが最初に関わった魔法陣発動の件では‥‥まさか、サイアさんだけでなく、ミーファさんの洗脳まで読むとは思いませんでした。あなたがいなければアストレイアさんも絶望に襲われていたでしょうに。まさしく慧眼の士と評するにふさわしい」
 何故、詩人は私のことを知っているのだ? 何故、発言の内容まで知っているのだ?
 あれはギルドの相談の卓だけでの話だったはずだ。
「ウェルス・サルヴィウスさんもすばらしい。あなたのような高尚な人間がもっといたなら、私の出番はなくなっていたでしょう。断食して積徳に励んだあなたは眩しささえ覚えます。不器用な表現しかできずとも貴方の行動に多くの人が励まされることでしょう」
 どこかで見ていたのか? だとしたらこの詩人は‥‥
 不吉な予感は感じ取れるが、しかしここでひるんではいけない。胸の内を極力表に出さず、ウェルスは尋ねた。
「あなたの目的は月道の解放ですか?」
「悪魔たちは確かにその通り。この巨大な精霊力が確保できることは、悪魔としてもありがたい。いくらでも破滅の魔法陣を用意できるでしょう」
 言葉の微妙な使い方に桐生は不思議に思った。
「それは悪魔の目的でしょう。尋ねているのは、あなたの目的です」
 そう言われて、詩人はくつくつと笑った。
「私の目的ですか。英雄譚を紡ぐことですよ。生きる道を求めて、最期まで自分を貫き通したミーファさん。神に頼らず、人に頼らず、自らの足で手に入れた彼女は英雄譚としては最適でしょう」
 物語を紡ぐために、人々の運命を操ったのか‥‥
「次の主人公はまだ決めていませんが‥‥桐生さん。あなたのような聡明な方が生まれたところならもっと良い英雄譚が紡げそう‥‥」
 そこで詩人の言葉は空気を振るわせなくなった。
 シルフィリアは効力を失った『サイレンス』の巻物を捨てて、月桂樹の木剣を構えた。
「御託はもう十分だろ? あんたが英雄譚を紡ぐのはここで終いさ。‥‥つまんない話の為に人の人生狂わせるんじゃないよ!!」


●乱麻を断つ
 シルフィリアの一撃は詩人の眉間をかち割った。同時に彼女は叫ぶ。
「みんな、詩人はここにいる! こいつを倒せば全部おしまいなんだからさ!」
 その言葉に否定は混ざっていない。故に仲間たちも詩人の姿を捕らえることができた。
 桐生が立て続けに矢を放つ間に、素早くラシェルがディテクトアンデッドを、チサトがミラーオブトルースを詩人に向けて使った。
 サイアを映した時、彼女は人であった。
 ミーファを映した時、彼女は人であった。
 詩人を映した時、彼は人ではなかった。

「ミーファさんが安心して眠れるよう、同じことが繰り返されないように」
 ウェルスはホーリーの詠唱に入る。
「あなたの為に、どれだけの者が傷付き倒れていった事でしょうか? どれだけの愛する者が心傷付けられたでしょうか‥‥二度と同じ過ちを繰り返さぬように」
 空はムーンアローを。
「言いたいことはあるけど、とりあえずホーリーくらっときなさい」
 ラシェルもホーリーの詠唱に入る。
「私たちだけで排除できる相手ではないとは思いますが‥‥お覚悟下さい」
 桐生はオーラを込めて、矢をつがえた。
「もう悲しい思いをする人はもう見たくないよ」
 月与は剣を構え、
「更に希望の光を摘み取るの? 更に人々を不幸にしたいの? 希望を守りたい‥‥」
 チサトはマグナブローの巻物を広げた。
 対して詩人は護符を引き出し、念を込め始める。

 因縁の鎖を断ち切る渾身の一撃が。
 それぞれの手で
 それぞれの想いを全部こめて。
 打ち込まれた。

 塵となって舞い上がる衣の端。
 そこには何もなかった。
 あまりにも大きなダメージを被った場合、悪魔は力を維持できずに消滅すると言われている。
 詩人の死に確たる証拠はもう存在しなかったが、少なくても驚異を退けたことだけは正しいようであった。
 もう歌が紡がれることはない。
 不幸の歌も。
 死への道も。



●余録
 すべての事後報告が終わった。コンピエーニュ月道は開かれることなく王国管理となった。しかし、実際に開くところを誰が見たわけでもない。いずれ開かれれば、人の口に上ることもあるだろうか。
 ミーファの墓前には冒険者が集い、何度か演奏会をすることがあるようだ。決して公にはされない彼女の墓前であったが、絶えることなく花が捧げられていた。
 ユーリはゴーレム教会作成に東奔西走しているらしい。ミルドレッドも彼女の世話になり、最近染まってきたとかなんだとか。
 そして、
 そして。
「わ、私とアストレイアさんと添い遂げることをお許し下さい!!」
 緊張してややうわずった声を上げながらも、空はアストレイアの父にそう言った。横でアストレイアは真っ赤になって下を向いている。
 アストレイアの父はとても大らかな、それでいて意地悪な笑みを浮かべて言った。

「顔を洗って出直してこい。若造。ワシの大事な娘をやるにはお前の尻は青すぎる、とジャパンでは言うらしいな」
 実は大層親バカなのかもしれないアストレイアの父なのであった。
 空の苦難はこれからまだ続くのかもしれない。