鬼武者(アヤムルモノ)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月12日〜02月17日

リプレイ公開日:2006年02月19日

●オープニング

 今このときほど、自らの視線に射殺す力があればと思ったことはない。
「いい目してるじゃねぇか。俺は好きだぜ」
 対峙する大男、いや、鬼は嬉しそうな声で、悠然と宗典を見下ろしていた。鬼の手にはか弱く泣き声を上げる赤子と、その赤子が握りつぶされないようにと包み込むようにうずくまる妻の姿があった。
「さぁ、それだけいい目してんだ。俺を退治しに来たんだろう? さぁ、さっさと始めようぜ」
 鬼は彼が攻撃できないことを見越した上で、にやにやと笑っている。宗典は血の涙を流さんばかりに見開いた目をそのままに叫んだ。
「卑怯なっ。妻と息子を放せっ!!」
「卑怯、ねぇ。夜討ちや焼き討ち当たり前。奇襲や強襲だって珍しくねぇ人間様に卑怯だって言われるのはどうかと思うがね。それとも‥‥褒め言葉かい?」
 生臭い血の香りが充満する岩窟を震わせる笑い声が響く。その笑い声は宗典の腹の奥底まで響き渡り、この何度殺しても飽き足りない敵に畏怖を覚えさせた。今はもう抜いた刀の柄をただ強く握りしめることしかできない。
「お前様。私のことは気にしないで。この鬼が退治されなければ、同じ悲しみをする人がもっと生まれます。負けて下さるな!」
 妻の声が宗典に届いた。
「だとよ。俺がおまえの立場ならそうするねぇ。どうする?」
 宗典は刀をもう一度握りしめた。深い呼吸を一度して構え直す。その様子に鬼は手をたたかんばかりに大喜びをした。
「それでこそ、英雄様だ! わっははは、大義のために情を捨てるか!!」
「黙れ外道。その醜悪な顔まっぷたつにしてくれるーっ!」
 大上段に構え、飛びかかった宗典。
 だが、それも僅かのことであった。鬼が手に力を込めるとたちまち妻の体から人間とは思えないような断末魔に近い悲鳴があがると、彼の刀は止まってしまった。
「あ゛ぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あっ!!!!」
「おっと、力みすぎちまうなぁ。っと、おや? どうしたい? 英雄殿?」
 後一歩、踏み込んで刀を振り下ろせば一撃でも見舞える。
 だが、それはできないことだった。
「‥‥頼む。妻と赤子を解放してくれ。この命ならくれてやる」
 刀を降ろし、うなだれる宗典にもう戦意はなかった。どれだけ悔やもうとも愛した一人の女性と、二人の間にできた子どもを目の前で殺されることは耐えられなかった。
 鬼は大きな図体をかがめて、宗典の顔をのぞき込んだ。赤岩を削って作ったような顔は、腐肉の香が漂っており、生理的嫌悪を催させたが、それももう顔に表す力もない。
「いいだろう。助けてやるぜ。ただし、条件がある」
 鬼が笑った。耳元まで裂けた口が開くと、黄茶けた乱杭歯が一斉に姿を現す。そんな口がうごめいて、宗典に命の代償を囁いた。
「京都に戻って、人を狩れ。そしてその耳を削いで俺に渡せ。100組200枚の耳が集まれば、てめぇもこの女も赤子も五体満足に帰してやる」
「俺に、鬼になれ、と?」
「大切な女と赤子を天秤にかければ、どこの誰かも知らん、のうのうと暮らしている奴など物の数ではなかろうに。いいな?」
 巨躯であり、囁き声といっても人の声とは比べものにならない声量。しかも破鐘のようなその声は耳にすることさえ拒否したくなるものだが、その言葉だけは、何故か真綿に水がしみこむように心に刻まれていった。


そして、人里では、
今宵も人斬りが出る。

●今回の参加者

 eb0861 無頼厳 豪刃(43歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb2149 御崎 陽太(26歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2690 紫電 光(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3402 西天 聖(30歳・♀・侍・ジャイアント・ジャパン)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb3824 備前 響耶(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3936 鷹村 裕美(36歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb4467 安里 真由(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「京の町を騒がせる人斬りかぁ‥‥相変わらず物騒じゃん」
 御崎陽太(eb2149)は、少しばかり苦い顔をして、小橋の影からだらしなく足だけお天道様に晒け出している亡骸を見つめた。
 まだ明けて間もない冬の日差しは、光と影をしっかと区切ることはない。だからこそ、陰に隠れてしまっているその非業の死を遂げた者の生々しい傷跡を陽太はしっかと目に映すことができた。
 既に周りには怖い者見たさの野次馬達が層をなしつつあったが、いずれもこの凶行の痕に腰が引けている。一番前にいる陽太が一番堂々としているのは、肝が据わっているからか、人一倍強い負けん気の強さからか。
「ほら、邪魔だ。邪魔だ。どけどけ」
 しばらくして。やっとこさ京都守護にあたる役人達が何人かこの人垣をかき分けるようにして、陽太の横に並んだ。
「こりゃ、ひでぇなあ。こりゃ身元を割るのも一苦労するな」
「どんな傷なの? 相当の手練れ?」
 紫電光(eb2690)の問いかけに、役人は眉間にしわを寄せたまま頷いた。
「顔面を刀で一撃だな。一撃で顔の骨ごとパックリいっちまってるよ。一刀両断ってやつだな」
 陰から引きずり出された死体は確かに、眉間から鼻頭にかけて深い溝が刻まれていた。鋭い切れ味などというものではない。顔の皮や筋肉もその一撃で引きちぎられたのか、やはり件の噂通り、両耳を失ったその遺影から生前の面影を追いかけるのはほとんど不可能であった。
 冒険者として初めて依頼をこなそうとしている安里真由(eb4467)はその凶悪な犯行に気分が悪くなった。
「許せません‥‥このような事件は他にもあったのですか?」
「ここ数日、毎晩のように続いているよ。毎日2、3人ずつ。いずれも耳をそぎ、まるで戦場だ。好き放題しおって‥‥」
「よう、おっさん。目撃者とか、襲われて生き残った奴とかいたら教えてほしいじゃん」
 怒りを露わにする役人に、無遠慮に陽太が尋ねる。
 苛立っているところに年若い陽太タメ口を聞かれたのがカンに障ったのか、役人は、知ってても教えるもんか、とばかりに憎々しく陽太を睨み付けた。
「やるつもりか? 喧嘩なら安く買ってやるじゃん!!!」
 役人の動作に火がついた陽太が啖呵を切ったが、あわてて真由がそれを止めに入る。
「わっ、こんなトコロで喧嘩したらいけませんっ!」
「離せーっ。こら、てめぇ! 今、俺をガキだと馬鹿にしたじゃん!!」
 突然降って涌いたような喧噪の傍で、備前響耶(eb3824)は一人深く、自らの知識を辿っていた。
 佐々木流か、新当流か‥‥新陰流か示現流の可能性もあるな。これだけの力の持ち主ならば武器が破壊される危険性があるな‥‥

●2
「ねぇ、火消しの御兄さん。ご一緒させてもらってもいいじゃろかの」
 西天聖(eb3402)は繁華街で、一人で飲んでいる火消しに近づいた。西天の豊満なボディを目の前にしたら、種族の差はあれども拒否する男はそうはいない。
 ちょっとした歓談の後、西天は本題に流れこんだ。
「最近、物騒な事件がはやっているようじゃのう」
「ああ、人斬りの事件だな。次々と切りかかっているそうだな。まったく恐ろしいもんだよ。腕に覚えがある奴を中心に狙っているらしいから道場の争いかと思っていたが」
 腕に覚えがある者ばかり‥‥。西天は考え込んだ。斬り殺した相手の耳を削いでいく、という話は早くから聞いていたが。
 戦に餓えているのか?
 しかし、武功を立てたり、腕に覚えがある者との戦いを求めるのであれば、堂々とすればよかろうに。凶行であることは分かってはいるが、その行動原理がいまいち読めず、西天は悩んだ。
 ぼうっと周囲を眺めていると、同じ依頼を受けている鷹村裕美(eb3936)が店に入ってきたことに気が付いた。
「ああ、すまんの。連れが呼んでおるようじゃ。また一緒させてもらいたいものじゃ」
 と、火消しの男に別れを告げて、鷹村の元に向かおうとしたその時。
「わきゃぁぁぁぇぇぇっ!?」
 目の前で鷹村が何につまづいたのかはしらないが、素っ頓狂な声を上げて、勢い良く西天に飛び込んできた。
 間一髪で地べたに顔面から落ちるのを救われた鷹村は、キッと西天を睨み付けた。よく見ると頬がちょっぴり紅い。
「こ、このことは誰にも言うなよっ」
 何とも返答に困る態度に、しばし言葉を失う西天。鷹村はパタパタと身なりを整えると、あたふたとしながら本題に入った。
「そ、そうだ。えーとだな。人斬りの正体が明らかになったんだ!!」
 とりあえず、こっちだ。と、そそくさと店を出ていく鷹村を追って西天も走ると、繁華街の終わりの辺りで、無頼厳豪刃(eb0861)と、明王院月与(eb3600)が待っていた。彼女は歳が歳だけに、夜の繁華街に足を踏み入れることができなかったのだ。
「あ、聖お姉ちゃん、裕美お姉ちゃん〜。こっちだよ!」
 知った2人の顔を見付けると、月与は大きく手を振って呼びかけ、合流を果たした。
「人斬りの正体を掴んだと聞いたのじゃが‥‥」
「うん。確証はないんだけどね。裕美お姉ちゃんと町の人のお話を聞いて回っていたら、この人なんじゃないかなぁって教えてくれたの」
「山本宗典。備中の国の浪人だ。人斬りではなく、鬼斬りが生業だそうだ」
 鷹村の説明に、西天は驚きを僅かに示した。
「‥‥傭兵か?」
 それが『あって欲しくない』が故の問いかけであることは自身でも分かっていた。
「冒険者‥‥なんだって」
「そうか‥‥どんな理由があったかは知らぬが止めねばならぬじゃろうな‥‥豪刃殿。そちらは何かつかめたか?」
「グリーンワードで繰り返し現場に生えていた木々に問いかけているのだが‥‥」
 豪刃はそこまでいうと残念そうに首を横に振った。木々は確かに争いを見ていた。だが、古木でもない限り、木々達には人の顔や服装、動作を判別することはできなかったのである。
 人が争っていた。それくらいしかその辺りに生えている木には理解ができなかったようだ。これが神社や深い森に生きる古木であれば、事細かに教えてくれただろうに。
 悔しそうにする豪刃に鷹村が声をかけた。
「心配するな。事件現場はほとんど押さえているんだ。場所もだいたい限定できた。風体など読めずとも、囮を使えば向こうからやってきてくれるさ」

●3
「この川を中心に人斬りは起こっているようだ。被害者の傷跡がほとんど顔面にできていることから、背後から斬りかかるということはあるまい」
 備前は河原の石を踏みしめながら、人影がないか見て歩いていた。傍には誰もいない。他の皆は河原の土手を上がったところに併走して歩いてもらっている。腕を立つ者を中心に狙っているとはいえ、団体行動では人斬りを招くのは難しい。
「人影は無いみたいですね‥‥ここではないのでしょうか」
 土手の上では、他の面々が備前の周囲を注意深く眺めていた。しかし、音を響かせるは川のせせらぎばかり。明かりは安里の持つたいまつと、備前の持つ提灯の二つだけ。辺りは完全に夜の静けさに支配されていた。
 歩みは進み、やがて備前は橋の袂までやって来てしまった。ここを越えれば警備の厳しい区域に入ることになる。
「ダメ、でしたね‥‥」
 紫電が残念そうに呟いたその時、一人油断なく警戒していた鷹村がその声を制した。
「橋の上‥‥男が備前を見ている」
 明かりを持たないその人影は確かに橋の上にいた。詳細まで見てはとれないが、体格からして男。手に持っているのは‥‥刀だ。
「明かりも持たないで、抜き身の刀‥‥あれだね。行こう」
 月与が自らの得物を抜き出したその瞬間。月与は目を疑った。
 男は橋の欄干を飛び越え、橋を飛び降りた。備前との距離はほぼ0だ。
「い、急ぎましょう。出遅れてしまいましたっ!!」
 安里が土手を一気に駆け下りる。
 予定では、人斬りが現れた時点で、直ぐに飛び出して戦うつもりだったのだ。橋の上から現れたのなら、素直に橋を渡りきるとばかり考えていたのが間違いだったのだ。
 間に合って!!
 心からそう願わずにはいられなかった。


 鈍い音が響いた。血管を押しつぶし、肉が切られ、骨まで悲鳴を上げる一撃の音だ。
「うぐ、ぅぅぁっ‥‥!!」
 備前はたまらず、血の混じった痛みを漏らした。
 人斬り、宗典が姿を現したのは、備前にとっては完全な不意を打たれた形となった。手にしていた十文字槍を構えるよりも早く、大上段からの一撃が飛んできていた。剣速でいうなら備前の方が数段上だ。だが、咄嗟に受けに回った備前の槍をはじき、肩口に深い斬撃を与えたその力は予想した以上であった。
 利き手の肩をえぐられた。
 ちかちかと視界が明滅を繰り返す。斬られたところが炎となり燃え上がるように熱さと痛みを呼ぶ。
 目の前の男は、好撃を与えたというのに、何一つ舞い上がるところを見せない。半月に輝く眼光は鋭く、隙が一部も見あたらない。
 震える手で槍をもう一度握りしめる。力が急速に失いつつあるのは感じていたが、刃先の端まで我が体の一部と鍛錬を施してきた備前には、戦闘不能となるわけはなかった。
 構え直したその瞬間、宗典が再び一歩踏み出した。一撃与えても体勢をほとんど崩すことなく連撃の構えを見せるその素早さ。
 だが、それは今後こそ止められた。肩から突っ込む宗典の勢いを槍の柄で止めることに成功したのだ。今一度手に力を込めて反撃の姿勢に移ろうとする。
「今度は、こちら、か、ら‥‥!?」
 体がよろめいた。宗典のショルダータックルの勢いは殺し切れていない。止められて当然とばかり力任せにそのまま勢いをつけられれば、備前はそのまま押し倒されてしまった。
 元からこれが狙いだったのか!
 備前の目の前に白刃が閃き、備前の視界は血の赤で染まったまま、闇に落ちていった。


「このぉぉぉっ!!!!!」
 すかさず月与と豪刃が飛びかかった。後ろでは西天がオーラを刀に込め、紫電がライトニングソードの詠唱を済ませそうとしていた。
 しかし、これだけの大人数にも宗典は臆している様子は覗えなかった。仲間に攻撃させまいとする月与の大振りをすんでのところで身をひねり、逆に突き出した刀で脇をえぐられた。
「やらせんっ!!」
 追撃しようとする宗典に対して、豪刃の動きを捉えようとする突きが、何とかそれを押しとどめた。
「ふ。彼方の顔は既に鬼じゃ。鬼斬りが鬼に囚われよってからに。邪鬼は成敗させてもらうのじゃっ」
 西天が刀と盾を持って、鋭く踏み込んだ。そして闘気のこもった連撃を繰り出す。回避しようと一歩後ずさる宗典に対して、西天は追うように一歩踏み込んだ。そして刀が腹を射抜いた。
「‥‥俺は鬼だろう」
 ゆらり、と宗典の手が挙がる。西天の刀はまだ腹を貫いたままだ。
 こやつ、このままで一撃をくれるつもりじゃな!!
 危険なものを感じて、防御を固めようとしたが刺した得物が伸びた腹筋に挟まれて戻ってこない。
「鬼と呼ぶなら俺を、止めてみろ」
 一瞬の遅れ。
 渾身の一撃が頭に降りかかってきた。途端に鳳仙花のように血しぶきが吹き上がった。
「ぁ、ぁぁ‥‥」
 視界が真っ白に染まってゆく。
「やめてぇぇぇぇっ!!!」
 どこか遠くで叫び声が聞こえる。
 はっきりとしない意識の中で、鈍い衝撃が胸元に響いた。


「やめてぇぇぇぇっ!!!」
 安里の悲鳴は叶うことはなかった。無情にも宗典は血しぶきを上げる西天を斬り伏せたのだ。
「食らいなさいっ! 雷をっ」

 バチバヂバチッッッッッ!!!

 紫電が後を引き継ぐように、刃の形を成した雷で攻撃する。横に大きく薙ぐ雷は、宗典に避ける余地を与えず、その雷撃の虜にした。たちまちに宗典の体が過度の緊張を引き起こし、おかしなように体が曲がる。
「ぐ、ぅぉぉっ!!!!!!」
 それでも宗典は動きやめない。豪刃と月与の牽制にも屈することなく、もう一度飛びかかる紫電の胸を切りつけた。そして紫電に追撃をかけようとする。
「炎よ。我が意思に従え。空を舞い、彼の者に纏い付けぇぇっ!!!」
 安里が詠唱を終えて叫んだ。
 今度こそ仲間を倒させてなるものですかっ!!!
 気迫が炎を浮かび上がらせる。手にした松明の炎が吹き上がったかと思うと、それは一直線に飛んでゆき、宗典の着物を焼き焦がす。
「ぬぅっ」
 突然の炎にさすがの宗典も攻撃の手が止まり、豪刃の刺叉がその足を止めようと攻撃し、彼の脛に確かな手応えを感じた。
 止まれっ!!
 豪刃が宗典を睨み付ける。
「うぐぁぁっ!! こ、こいつまだこんな力を‥‥」
 宗典がこちらを振り向くのと同じ動作で刃が飛んできた。強力な斬撃はよけ損なった豪刃の肋骨を何本か砕いてしまったようだ。
 振り向いた彼と豪刃の間に立って対峙したのは、鷹村であった。
「ここで仕舞いにしよう」
 鷹村が短くそう言った。
 宗典が大きく振りかぶって、そのまま裂帛の勢いで振り下ろす。
 鷹村は注意深く一撃を見つめ、半身だけ進ませた。そしてそれに合わせるように刀を滑らせる。

 ゴシャャャャッ!!!

 先に刃を突き刺したのは宗典だった。鷹村の左肩を鎖骨ごと叩き砕いていた。
「裕美お姉ちゃんっ!!!」
 月与が悲鳴を上げる。
 だが、倒れ伏したのは、宗典の方であった。鷹村のカウンターは、その宗典の突進力をそのまま剣に乗せて、胸を貫いていたのだ。

●4
 瀕死の致命傷を負ったのが備前と、西天。重傷者が鷹村。鷹村ほどではない者の豪刃も手ひどい傷を負い、紫電や月与も軽い怪我をしており、彼らを助ける為に持っていたほとんどの回復薬を使い果たしてしまった。人斬り宗典も息があるにはあったが、彼に回すだけの薬はなく、死は目前であった。
「何故、こんなことをした‥‥?」
 傷を癒した豪刃の問いかけに宗典はゆっくりと答えた。
「鬼に妻子を捕られた‥‥。鬼は人を百人斬れば、命を助けてやると言った‥‥」
「なんでそこで諦めたのよっ!!!」
 その言葉に紫電が怒りもあらわに叫ぶ。
「鬼がそんな約束守ったりするはずないよ。お兄ちゃんを騙してるんだよ」
 月与も真実を聞かされて寂しそうにつぶやいた。
「わかって、る。だが、目の前で妻子がいたぶり殺されるのは、我慢ができなかった‥‥妻が鬼に握りつぶされて上げた悲鳴が、まだ耳元に残っているんだ」
 その声はもうとぎれとぎれだ。紡いだ声も声帯を震わせることがなく、かすれて聞こえる。
 西天は、つぅ、と涙を流した。
 それは他人事ではない。自分も同じことをされたなら、同じ選択をしていただろう。大切なものを守るために。それがどんなに低い可能性であっても、選択をせざるを得ないのだ。
「何か、言い遺すことは、あるか?」
 備前が問いかけに応える男の声は消えそうであった。目蓋を開く力もないのか、深く閉ざされ、口からあふれる血にコポコポと音を立てながら。
「妻子に‥‥‥すま‥‥な‥‥かった、と」