子守歌(カルネアデス)
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■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:6人
サポート参加人数:5人
冒険期間:02月20日〜02月25日
リプレイ公開日:2006年03月01日
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●オープニング
「しずっ、しずっ。しっかりして。目を開けるのよ!!」
小さな村落に立つ寺からそんな女性の声が響いた。それは何度も何度も繰り返し続き、次第に涙声に変わっていく。寺の外には何人かの人々が集っていたが、女性の声を優しく受け止めることも、叱咤することもなく、ただ虚ろに空を眺めるばかりであった。
「ああ、もうダメだぁ‥‥」
村人の一人が誰に言うでもなしにそう呟いたときである。その絶望に応答する者ものがいた。
「何に絶望されまする?」
声の方に目を向ければ、鮮やかな色彩がまず目に飛び込んできた。色とりどりの布の塊のような人影がそこにあった。布の隙間から見える青い瞳が村人の視線を捕らえた。深い湖のような色の瞳は、生きるに疲れた人でも、その意識を釘付けするに十分に値するようであった。
「この村にどんなことが起こり、貴方を悲しませるのです?」
声は鈴の音のように、よく響き、よく心に染みこんだ。その背から見える異国風の楽器と合わせれば、この人物はきっと歌うことを運命づけられた希代の楽士なのであろう。村人は直感した。
「病、だよ‥‥」
「ほう、病。しかし隣の町人には病の翳りなど影も見えませぬ」
楽士の問いかけに、村人はうなだれるように頷いた。
「ああ、町にはまだ食料があるからな。この病は体力さえあれば乗り切れるんだ。だが、重なる争乱で米を挑発された俺たちにはギリギリの食料しかない。病にかかった者にみんなで食料を分けて助け合ったが、今度は分けた人のところから病が出る。悪循環だよ」
村人の話を聞いて、楽士はしばし村の様子を眺め、ふむ、と頷いた。
「今泣いている女のことも、その様ですね」
「ああ、しずはこの病の最初の死人となるだろうよ」
村人の言葉を聞いたかどうか、楽士ははばかることもなく山門をくぐり抜け、まだ懸命に生死の境をさまよう娘に声をかけ続ける女の下に近寄った。
「生かしたいか?」
「なんだよ、あんた!!」
と、悲しみで感情のコントロールができなくなった女は、怒りも露わに楽士へと振り向き、そして下にいた村人と同じように、たちまちその風貌に飲み込まれて、憑き物が落ちたように冷静さを取り戻した。
「ここより一日、川を上ったところにある忘れられた社。そこは今、餓鬼の巣窟なれど、甘露という一掬いで万人の力を取り戻す蜜が詰まった宝物があります」
しばらくは何を言っているのか理解できず、惚けた顔をしていた女であったが、楽士は気にする様子もなく、言葉を続けた。
「甘露の一滴あらば、娘も村人も救えるかと」
「な、なんでそんなこと‥‥」
何故知っているのか。何故それを私に言うのか。聞きたいことが山のように募ってくる。だが、楽士は驚嘆や疑念に何ら反応せず、言葉を続ける。
「社は多くの鬼が集うて、甘露の味に酔っています。数はそう‥‥20ほど。山鬼も2、3体は混じっていましたね。鬼ヶ島なれど‥‥娘の命一つ救うには賭けるだけの価値はあるかと」
しばし深い沈黙がおり、ひゅーひゅーというしずの熱にうなされた息づかいだけがやたらに聞こえる。
しばし迷いも浮かんでいたが、女は頷いた。
「わ、分かりました。ここの住職に話して、冒険者にお願いするわ。どこの誰だか知らないけれど、ありがとう。娘をきっと助けるわ」
そうして、意識もなくただ昏睡する娘、しずの髪を優しく撫でると、女は飛ぶように堂から走り出ていった。
楽士は、音もなく優雅に腰を落とし、枇杷に似た異国の楽器を背から下ろすと、やんわりとした調子の曲を奏で始めた。それは村の者たちには聴いたことのない音色であったが、揺りかごのような楽想から子守歌であることが誰もが理解できた。
「勇ましき者が貴女を救うことでしょう。それが新たな物語の始まり‥‥」
●リプレイ本文
●炊き出し
一行は村の状況に顔をしかめた。道のあちこちに、人々が力なく横たわっていた。いずれも死んでいるわけではなさそうだったが、そこに生気は感じられなかった。
「食糧、持ってきて‥‥良かったですね」
灰色狼(eb0106)は花東沖竜良(eb0971)に小さな声でそう伝えた。竜良にも感じるものは同じようでコクリと頷く。
「彼らのつらいことを少しでも俺達が緩和できたらいいんだが」
そんなことを考えながら、竜良は積んできた食糧や、異国の司祭が牽いてきたロバから大量の保存食を下ろしていく。
一緒に下ろした荷物から、キャンプファイヤーの資材を取り出し、見事な手際で火をおこすのは藍居蘇羅(eb1127)だ。小さな火種が炎として定着すれば、一体何が起こったのかと、人々が火の明かりに誘われて一重二重と彼女たちを取り巻く。人混みは好き嫌いの差はあれ、それほど気にならないものの、見つめられればやはり緊張してしまう。
「め、飯を作るっていうのか‥‥?」
「はいっ。この村が病で大変だと聞きました。病になんか負けないでこれを食べて元気を出してくださいね」
その言葉に人々の疲れ切った顔に、光が灯る。口々にお礼の言葉を述べる人々を整理しながら、みなもがくるりと振り向く
「俺はそんなに料理は得意ではないから、お手伝いをしたいと思うんだが」
「私もどこまでできるか‥‥」
「私も料理はしませんよ?」
狼の自信なさそうな発言と、何をいまさら、言った感じの蘇羅。
しばし、凍り付いたような風が吹く。
「や、役割分担もきっちりした方が良かったですね」
「そんなことを言っている時間はありません。灰色さん、料理をお願いします」
ぼそっと呟く竜良に、蘇羅は少しヤケになりながら、狼に言ったものだから、今度は彼女がびっくり。
「わ、私ですか‥‥?」
最初はオドオドとしていた狼であったが、さすがに生業が旅館の女将だけあって、動き始めるとその料理の手際の良さは目を見張るものがあった。
こうして簡素な保存食は彼女たちの心づくしによって、人々に幸せをプレゼントすることに成功したのであった。人々は涙をこぼしながら、飢餓に喘いでいた苦しみからの脱却することができ、ご飯を頬張っていた。
「落ち着いてたくさんありますから‥‥並んでください」
「つらいでしょうが笑っていましょう。笑う門には福が来るって言いますしね」
心から微笑むなんてとてもできなかったけれども、竜良は彼らが元気になるならばと、微笑み続けた。
「病になんか負けないでこれを食べて元気を出してくださいね。そしてちょっとだけ待っててください。すぐに甘露を取ってきますからね。馬にもまだ保存食を載せていますので、行き渡っていないのでしたら、使ってください」
蘇羅の笑顔がまぶしく思ったのは仲間達でなく、村人も同様であっただろう。
その頃、和泉みなも(eb3834)は楽士と対面していた。青い目をしているとは聞いていたが、それを確認するまでもなく、この楽士がジャパンの出生でないことは見て取れた。身につけている色とりどりの布、リュートを爪弾いていた手。そして何よりも、その雰囲気はこの辺りの人間が漂わせるものとは全くの異質であったからだ。
その中で、竜良は異質で包まれた雰囲気に一カ所、穴が空いていたのだ。
「あの、衣が破れていますよ」
「先ほど、月の矢が飛んできました故‥‥」
月の矢? 竜良は深く聴こうかとその穴を見つめた。その穴に白い何かが漂って見えた。しかし、それは楽士の細やかな仕草一つですぐに隠れてしまった。
「お伺いしたいこととは?」
「異国の方の様ですが、村人も知らない様な社の事をよくご存知でしたね」
みなもが慌てて視線を戻し、楽士の瞳に焦点を合わせる。
「私は語り部。人の記憶からこぼれ落ちた伝承を、そしてこれから生まれる伝説を見つけては紡ぐ者でございます」
人の記憶からこぼれ落ちた伝承‥‥。そういえば明王院月与とチサト・ミョウオウインの調査では、餓鬼を慰めるものであったという。
しかし、どこでその伝承を聞いたのか、深く問いただす理由も思いつかず、みなもはそれ以上、楽士に関して尋ねることはできなかった。
●鬼退治
「社はすぐ見つかりました。鬼達は全部で10体強といったところですね。見張りなどを立てる様子もなく、社に籠もっているようです」
竜良の報告に、一同は唸った。
場所はすでに、社の近く。一行は炊き出しの後、川を遡り、下見に出ていた竜良とフィーネ・オレアリス(eb3529)の二人と合流していた。時はまだ闇が支配する夜ではあったが、空気が朝を迎えるために凍てつき始めているのが分かる。朝はもうすぐであろう。
「森が深いのでグリフォンに乗って確認するのは難しいかと思いましたけれども、今回は上手くいきましたわ。でも大半が社の中でしたから、詳しい戦力までは分からなかったのは残念ですわ」
微笑むフィーネの傍には、鷲頭の獅子グリフォンがゴロゴロと喉を鳴らして座っていた。先行してこのグリフォンを駆って出たのに、思ったよりも成果を上げることができず、フィーネは少し残念そうだった。
「敵数なら先ほど確認してきました。山鬼2、犬鬼3、小鬼7です」
と、正確な数を報告したのは蘇羅であった。朽ちた社の隙間から確認してきたのだという彼女が正確な数字を報告できたおかげで、残りのメンバーの作戦が確実に作り上げられていく。
「それではフィーネさんに甘露確保をお願いしてもいいでしょうか? グリフォンは目立ちそうですが、空ならば甘露確保の瞬間以外は気づかれずにすむかもしれません、鳴き声等がなければですが俊敏そうですしね」
竜良の言葉に、フィーネはにっこりと頷いた。
「それから、鬼が相手ですから追儺豆も効くかと思いますので、持っていてください」
「お心遣い、感謝致しますわ」
もう一度、フィーネはにっこりと笑うと、彼女はグリフォンに跨った。それと同時に、大きな翼が背伸びするように大きく広がった。
途端に辺りに暴風が吹き荒れ、視界が悪くなる。そしてグリフォンの鳴き声が一つ響くと、そこにいた巨大な体躯はもう遙か天空まで駆け上っていた。
「‥‥必ず甘露を手に入れて村の人たちを助けましょう」
狼の言葉に、皆は一斉に頷いた。
戦の火蓋を切ったのは、狼の長棍棒であった。勢いのつけた棍の一撃が、落ちかけた社の戸を叩き破ったのだ。
ゆっくりと倒れる戸の向こう、そこは合わなくなった天井板の隙間からにわかに登り始めた日の光を受け、薄暗く社を浮かび上がらせていた。
大昔は立派だったのかもしれないが、今は鬼達の勝手を受けて無惨な姿に変貌しているその社内は鬼独特の獣臭が充満しており、戸を開けた狼の顔を曇らせた。
大小様々な住人達が一斉に狼を見た。鬼達はいらだたしげに叫ぶと、手に手に武器を持って、戸を挟んで表側、狼の元に襲いかかってきた。
来る。
狼は引きつけるように身を翻して、残りのメンバーがいる場所へと向かった。彼女と入れ替わるようにして、軽短弓を引き絞ったみなもが、鬼達を迎え撃った。
鋭く空気を切り裂く音が響き渡ったと同時に小鬼の胸元に深く突き刺さり苦悶の声を上げる。
その隙を逃すことなく、蘇羅の日本刀が唸りをあげた。刀の間合いを遙かに超えた一撃であったが、刀が生み出した真空波は十歩の距離も無きが如く、犬鬼を切り裂いた。
続いて、そのソニックブームを追いかけるようにして、竜良が間を詰め、日本刀「霞刀」を振るえば、たちまち山鬼が血しぶきをあげた。まだ倒れてはいないが、大幅に戦闘能力を奪ったのは間違いがなかった。
しかし、その程度で鬼達が怯えることもない。元気な山鬼を筆頭に鬼達が一斉にメンバー達に襲いかかってくる。
「く、か、数が多い‥‥」
狼は鬼の攻撃範囲に入る前に、長棍棒を巧みに使って、その攻撃を防いでいるものの、全てをそうして処理することは難しかった。たちまち武闘着が小鬼の斬撃で朱線を生まれてゆく。
「あっ‥‥」
犬鬼の小柄が、狼の長棍棒をはじき落とした。
「狼さんっ!」
みなもが悲痛の声が上がる。まだ鬼達の猛攻は続いているのだ。小鬼が勝利の雄叫びをあげて、襲いかかってくる。
しかし、狼は、すぅと目を細めると、密かに溜めていた気を小鬼に叩きつけた。
「行きます‥‥爆虎掌っ!」
ドンっ!!!
鈍い音がして、小鬼が血を吹いた。狼の一撃は鬼の硬い皮膚を貫き通していたのだ。
「お見事ですっ」
そう言いながら、みなもは続けざまに矢を放ち、数の多い小鬼をしとめていく。冷静に後ろから攻撃するみなもの攻撃は単に敵の数を減らすだけでなく、その後ろに控えていた別の鬼の行動もあわせて牽制し、無勢の不利を確実に埋め合わせていた。
蘇羅もソニックブームを中心に戦いを進め、鬼の数を次々と削っていった。
「ぐぉぉぉっ」
その攻撃が支点とみたか、まだ無傷の山鬼が拳を振るった。それを日本刀でしっかりと受け止める蘇羅。
「村人の病を治すためには貴方たちにはいなくなってもらいますわ」
ぎし。
山鬼の拳がひるんだ。
いや、違う。押し返したのだ。蘇羅の力によって。
しばらく力は拮抗していたが、蘇羅は山鬼の力を押し切るとそのまま鬼を大地に押しつけた。そして改めて刃を振りかざす。
鬼の血が舞った。
もう一匹、手負いの山鬼は傷を付けた張本人である竜良に襲いかかってきた。巨漢の鬼といえどもその攻撃はスピードがあり、ともすれば竜良よりも手数が多くなることもあった。
力任せに次々と攻撃を振りかざす山鬼。
次第に回避する場所を失っていく竜良であったが、彼は冷静にその攻撃を見切った瞬間、懐に忍ばせていた追儺豆を山鬼に叩きつけた。
途端に全身を硬直させる山鬼の隙を竜良は見逃さなかった。今まで下がっていた足を逆に大きく踏み出し、竜良の刀が雷の如く鬼の脇腹を駆け抜けた。
「鬼よ、迷わず天の浄化に召されよ。出来れば来世は人に恨まれぬ身となって生まれてくるよう、祈って、います。出来れば優しい子守唄が聴こえるように」
「鬼が甘露を持っている様子ではありませんわね」
森の緑に囲まれつつも、上空から戦いの様子を窺ってたフィーネは鬼が甘露を持っていないことに確信を持つと、一気にグリフォンを急降下させた。
枝葉が頬を駆け抜けながらも次の瞬間には、グリフォンは社の屋根を突き崩していた。
「ああ、やっぱりこちらにありましたか」
崩れ落ちた梁に混じって光る銀の容器。それが甘露の壷であることにフィーネは直感した。
「ぐわぁぁぁぁっ!!!」
刹那、飛びかかってくる小鬼をフィーネは追儺豆を使ってやりすごした。
「お痛はいけませんわ」
フィーナの全身が淡く光る。そして突き出された手から、聖なる光が放射されると、小鬼はたまらず激痛に体を焼かれたが、それでもまだ戦意を失わない小鬼に立ちふさがったのはフィーネではなく、グリフォンであった。
「さぁ、甘露は無事に手を入れましたわ‥‥残り少ないみたいですけど、大丈夫かしら?」
壷の底にほんのわずかに層を作る程度の甘露を見て、フィーネは少し不安がった。
●甘露
鬼達を全て退治できたのはそれからまもなくのことであった。数こそ多かったものの、戦略のカケラもなくただ数と勢いに任せて突っ込んでくるだけの鬼達では、冒険者達に大きな傷を与えることもなかった。
「これってどのくらい必要ですか? 少量でも大丈夫なのか心配ですが」
尋ねる竜良に、楽士は少し考えるように首を傾げた。
「伝承通りであるならば、一掬いで万人を救うとあります。一滴でも人を救うことはできることでしょう」
もっとも、伝承通りでないことも多々あることですが。と楽士は付け加えた。
「どう‥‥しましょうか?」
「病にかかっている人の分だけに分けましょう。それなら一掬いずつくらいは何とかあるでしょう。まだ病にかかっていない人や軽症の人は、私達が持ってきた保存食で力を取り戻せば大丈夫なはずです」
みなものことばに一同は反対する理由もなく、甘露は必要分に分けられた。
「しず、冒険者があんたを助けてくれるんだよ。ほら、これをお飲み」
しずの母が匙をもって、甘露をしずの口元に当てた。
変化は如実に表れた。病的な白い肌に紅が差したかと思うと、苦しそうな表情はすっと薄れ、安らかな寝息が聞こえてくる。
「しず‥‥っ!!!」
母はゆっくりと体温を取り戻しつつあるしずの体を抱きしめ続けた。
「あの、フィーネさん。これはなんですか?」
帰り支度をしている蘇羅は唖然とした声で、巨大な荷物群を指差した。フィーネと言えばグリフォンに荷物を持たせ、その荷物群をさらに巨大にさせていっているところだ。
「これはお米ですよ。甘露は結局必要最低限しか手に入りませんでしたし、村の皆さんに力をつけていただこうと思って」
フィーネはニコニコとして答えた。
「本当に良いの? 一財産分くらいあるんじゃないの?」
と、同じくあまりの物資の量に呆然としているのはしずの母だ。
「助けは一度きり、だから、どんなに苦しくても諦めないで一所懸命に生きてください」
「もちろんだよ。これだけの米があれば、今年の収穫まで持つよ。雪が溶ければ果物や木の実なんかもとれるしね。ありがとう、みんなで大切に使わせて貰うよ。いつか絶対にお返しさせて貰うからね!!」
しずの母はそう言って、帰路につく一行を大きく手を振って見送ったのであった。もし次に来ることがあれば、娘も一緒にいてくれるだろう、そう感じながら。