舞う風(ユメ)、追う風(ウツツ)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:2〜6lv

難易度:易しい

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:8人

冒険期間:02月25日〜03月02日

リプレイ公開日:2006年03月05日

●オープニング

トン  シャラララン  トントン
トン  シャランララ  トン トン
今は昔の物語 京の山の遙かから 響き渡るは泣き女の声
時を忘れたつはものが 人これ危め あゐ笑ふ
山河赫く 地を走る 悲嘆の風吹き 寂滅に至る

天母の憐憫よふ深く 武勇のものがこれ応ず
彼 赤黒の大地に叫ぶ上く 無念をはらさん我が手 その意志
集いてむかふ 泉のかはら
号して争ふ 満月の戦
トン  シャラララン  トントン
トン  シャランララ  トン トン


 梅の花が咲きほころぶ満ち足りた月の夜に、娘は悠然と舞っていた。白い大きな袖がゆうるりと風になびけば、見つめる人々は雅に酔いしれ言葉を失った。ぬばたまの黒髪が風に揺れ、静かな舞に躍動を与える。風も今一時は、娘に惚れているようであった。
 ここはとある貴族の庭園。今宵は花見の夜会と、多くの人々が凛とした月光の下に集まっていた。
「花よりも見事な舞だこと」
 主の側に座っていた男が、盃を煽るのも忘れたまま、ぼうっと惚けて呟いた。無理もない。他の者どもともなれば言葉も我も失い、ただため息ともつかぬ声を上げ続けるばかりなのだ。
「白拍子の舞というものは、見慣れたものだとばかり思っていたが、これはまた別格よの」
 男の言葉に応じて、主が答えるものの、話が微妙にかみ合わない。主も男もそれほどに心奪われていたのだった。
 やがて、鼓の音が一つ甲高く鳴り、白拍子の舞は終わりを迎えた。拍手はまだ来ない。拍手で、この心の充足を表していいものか。表現にしがたい心の鳴動だけが残っているのである。
 その沈黙を破ったのは、まず主であった。
「素晴らしい舞で、あったな」
「有難きお言葉に御座います」
 娘は優雅に会釈した。上げる面差しを見れば、その美しさもまた驚きのものだった。細い月の眉に、伏し目がちの目を彩る長いまつげ、透き通るような雪化粧の肌は艶めかしく、紅をつけた唇は少し動くたびに、主の心を惑わした。
「どうじゃ、おぬし。我が元へ輿入れせぬか。不自由はさせぬ。末永く幸せにしてさしあげようぞ」
 主がそう言いたくなるのは最もなことであった。ここにいる全ての人がそう思った位なのだ。
 だが、娘がそれに従う素振りは見せなかった。
「ご厚情には感謝の言葉もありません。しかし、私の舞は天地があって始めて為せるもの。天地が人民に広く与えられるように、私も隔てなく歩みては舞を奉納いたしたく存じております故、この儀はご容赦願います」
「ま、まてまて。それではもう一晩でもよい。我が屋敷で舞ってくれ。お前はこの寒空で舞って大変だったのだろう。一晩過ごせばこの風で冷えた心も温かく溶き解れることであろう」
 腰を上げて食い下がる主だったが、娘はもう一度深く頭を垂れるだけであった。
「私にかける情けが御座いますなれば、どうぞこのまま行かせて下さいませ。私は風と共にあります。風に耳を澄ましておりますれば主上のもとには私のことが耳に届くはず。風と共にいてくださいますれば、私はいつでも主上の元にいることでしょう」
 そして、娘はこの庭園の主から頭を上げると、そのまま振り返りもせずに梅の庭を後にした。
「待てっ。待てというに! そのような戯れ言を言うな。お前は離れられぬぞ。何としてでもっ。手荒なことをさせ‥‥」
 その瞬間、主と娘の間に強く風が吹いたため、主は一瞬言葉を失ってしまった。
 風に煽られて、梅の花びらが風に乗って消えてゆく。そして、娘もこの庭から歩み去っていた。


「はぁ、追っ手ですか」
 冒険者ギルドの受付員は、その娘の美しさにぼーっとしながら、彼女の話を聞いていた。
「お気に召していただいたのは嬉しいのですが‥‥」
「なるほど。そういうことならお任せ下さい。冒険者なら夜逃げから、喧嘩、戦争なんでもこいです。なんだったらこの僕が‥‥」
 後ろから殺気に近い視線が突き刺さり、受付員の男はようやく不味いことを言っていたことに気が付いた。
「こほん。まぁ、冒険者ならお望みのようにして下さいますよ。で、どうするんです? 追っ手を払えばいいんですか? 貴女を山城の国から出られるように護衛すればいいんですか?」
 その言葉に娘はうつむいた。
「これから先もそのようなお方がいないとは限りません。その時には冒険者の方々に救って頂けるとは限りません。私が追っ手を払う、もしくはやりすごす術があればご教授して頂きたいのです」
「わっかりました。自衛策を講じるわけですね。よござんしょ。それではえーと‥‥お名前を教えて頂けますか?」
 美女の依頼だ。自分で助けられぬのなら、せめて目立つようなところに貼り付けておこうと義侠心いっぱいになりながら、男は依頼の作成に入った。ついでに名前を教えてもらってここから、お付き合いを、と思ったのは内緒である。
「仏御前、と申します。今後ともよしなに‥‥」

●今回の参加者

 ea8209 クライドル・アシュレーン(28歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea9929 ヒューイ・グランツ(28歳・♀・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 eb0971 花東沖 竜良(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1118 キルト・マーガッヅ(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb1798 拍手 阿邪流(28歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3043 守崎 堅護(34歳・♂・侍・パラ・ジャパン)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3601 チサト・ミョウオウイン(21歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

佐上 瑞紀(ea2001)/ 太 丹(eb0334)/ 空流馬 ひのき(eb0981)/ 哉生 孤丈(eb1067)/ セシェラム・マーガッヅ(eb2782)/ ジークリンデ・ケリン(eb3225)/ ナノック・リバーシブル(eb3979)/ ララーミー・ビントゥ(eb4510

●リプレイ本文

 一行が集まったのは、まだ春の陽気と冬の冷気がうっすらと混在する京都近郊の森であった。森と行ってもそこそこ人が出入りするような場所で歩くのもそれほど苦のない場所だ。場所を選んだ佐上瑞紀も時々足を運ぶというのだという。
「さて、依頼の彼女も来るそうだが‥‥」
 ヒューイ・グランツ(ea9929)は、少し辺りを見回した。ヒューイは白拍子を見るのが初めてなので少し好奇心の方が立っているようだ。
「あ、来られたのではないかしら?」
 長い耳を少し動かして、キルト・マーガッヅ(eb1118)は京へと続く小径を見やった。
 そこから姿を現したのは一人の女性だ。白拍子特有の水干姿ではなく、さえない麻衣を身に纏っているものの、艶のある黒髪、凹凸のある道ながらも決して芯のズレない歩き方は遠くからでもその目を引いた。
「美人な方も‥‥色々と、大変なのですね」
 歩法一つでもかなり修練を受けている様子。それで人の羨望を集めたかと思えば、追っ手まで差し向けるような付きまといが出る始末。まだ年若いチサト・ミョウオウイン(eb3601)は、そんな彼女の悩みに純粋に不憫に思った。
「仏御前さんですね?」
 彼女が一行の元で足を止めると、フィーネ・オレアリス(eb3529)が優雅に礼をして、赤い花を差し出した。
 仏御前は僅々と躊躇したが、透き通るような手で、それを受け取ると、深く頭を垂れた。ざぁっ、と舞い落ちる髪はしなやかで、生き物のようにさえみえた。
「ご好意、ありがたくお受けいたします。仏御前、と申します。以後‥‥よしなに」
「差し支えが無いようでしたら、仏御前さんが逃亡しています理由を聞かせていただきたいと思うのですが」
 フィーネはそのまま言葉を続けた。自衛策というが、命が狙われているのか、嫌がらせをされてるいのかによって対抗策は違ってくると考えたからだ。
「舞というものは、古来人の感情を高めるために用いられました。喜び、戦意など‥‥。心が高ぶりは己の力を最大限に引き出すことができます」
 御前はそこまで言って、口ごもった。彼女が何を言わんとしているかクライドル・アシュレーン(ea8209)は察知した。
「なるほど。同時に恋心も燃えてしまうということですね」
「はい。多くの方が自分のものにしようとします。しかし、舞とは風のさざめき、大地の胎動、炎の揺らめき、水の蕩々と流れる様を形にしたもの。一所にありては水は腐り、風は淀みます」
 その言葉に花東沖竜良(eb0971)はこの女性がどれだけ踊りに真剣であるのかよく察した。
「不束者でありますが、どうぞご指導のほどよろしくお願い申し上げます」
 丁寧に頭を下げる御前に竜良も微笑んで礼をした。
「何かと俺も不束者ですが、俺なりに教えて差し上げたい事を一生懸命教えますので、宜しくお願いしますね」

●優良聴覚
 森の広場にてセシェラム・マーガッヅが全員の分の弁当を作っている横で、訓練の前に自己防衛の訓練法が紹介されていた。
「舞い手ならば、勘は悪くないであろう、拙者は、五感を鋭くする方法を教えてみたいと思っているでござるよ。追っ手を巻くならば先ず相手の事を先に見つける事が大事でござる」
 守崎堅護(eb3043)はそう言って、厚手の布を差し出した。
「これで、目と鼻を覆い隠すでござる。他の感覚を断って耳だけで拙者の所在を当てるでござる」
 わかりました、と言って目隠しをする間に、守崎は足音を殺して御前の左方に回る。
「準備は良いですか? 視覚がないので、転ばないように気をつけてくださいね」
 クライドル・アシュレーン(ea8209)が御前にそう囁いた。
 御前はしばらく左右を見回しているばかりで、中々所在がつかめる様子はなかった。
「こちら、ですか?」
 と、指差すはてんで違った方向だ。守崎は少し苦笑して御前に声を掛けた。
「ハズレでござる。他の人の存在と見分けをつけるのは大変でござろうが、焦ってはならないでこざるよ」
 そう言って、守崎は御前の指差した方向を見た。指した方向の藪の向こうには鹿が一頭。こちらを警戒するように見つめていた。その宝石のような黒い瞳と守崎の目が合致し、鹿はすぐに視界から消えていった。
 鹿と混同したのでござるか? だとしたら素質十分でござるな‥‥。
「自然界は音に溢れているでござる。その中からどの音が仏御前殿に意識を向けている音か区別する必要があるでござる」
 そして、音の判別と同時に、殺気感知の修行と兼ねた訓練が行われるのである。

●基本格闘術
「身の守り方ねぇ。ま、俺は武器を振るうくらいしか思いつかねぇけどな」
 守崎の講義の殺気を感知する修行と重ねて行われるのが、拍手阿邪流(eb1798)だ。彼は防寒着の上から上着に袖だけ通しており、見るからにラフなスタイルを覗わせる。そんな彼は、御前に杖を渡した。
「本当は薙刀の方がいいと思ったんだがな。あれは確かに女の細腕でも使えるように重心がいい。ま、持ち歩くにゃなげーな」
「武器なら、小柄の方が一般的かと思いました」
 そういう御前に拍手は首を振った。
「小柄はダメだ、投げるにゃいいが小さすぎる。武器を受けるにも不安があるしな。その点、杖なら重心も悪くないから受けもしやすい」
 そう言うと御前は納得したのか、渡された杖を持って握りしめた。その様子は戦人としては全く不格好だが、舞手特有の優雅さを感じさせた。
「あのな。今からそれで舞うわけじゃねーんだからよ。右手が上だ。まっすぐ立ったらまともに受けたらすっ転ぶぞ。肩幅程度に足を開け」
 そうして拍手は自らの薙刀を持って攻撃の型を教え込んでいった。拍手やナノック・リバーシブルを相手に、教えを忠実に再現していく御前の筋は決して悪くはなかったが、見るからにパワーを感じられなかった。もう少し一撃に力を込めることができるようになればそこそこ見られるようになるかもしれない。
「攻撃を出したらすぐ引っ込める。そして受ける時は力で止めるんじゃなくて、受け流すつもりで少し傾けるんだ。真正面から攻撃を受けたら武器ごと真っ二つにされんぞ」
 拍手はそうして、殺気を使い分けながら、フェイントに惑わされないような訓練を行った。
「気を読む。先ほどの守崎様のお話と繋がってまいるのですね」
 打ち込み、そして受け流す訓練を受ける御前から漏れる口ぶりは静かであったが、瞳は炎のように燃え上がってることに拍手は少しばかり驚きを覚えた。

●植物知識
「あまり肉体を酷使するのもどうかと思いますので、少し一休みにしようと思いますわ」
 キルトが教えるのは、植物知識と応急手当を利用しての野外での簡単な応急手当ての方法であった。キルトは周囲から生えている草や樹木を指差しながら、御前に伝えていった。
「これはヨモギ。簡単な消毒にも使えますし、臭味を消すのにも使えますわ。これはあちこちに自生していますので、これはよく知っておいていいと思いますわ。これを干した物を艾葉といって体を温めます。冷える時には効果的ですわよ」
 生業として薬草師をしているだけあって、キルトの植物に対する知識の豊富さは群を抜いていた。それでも、使いやすく見つけやすい薬草だけに絞っているのだから、御前も驚くばかりだ。
「人の為になるものはたくさんあるのですね。深い森は魔が住むと忌み嫌うという話ばかりを聞きましたが」
「うふふ、そうですわね。薬も毒も表裏一体。森も牙を剥けば恐ろしい存在ですけれども、仲良くなればとても心強い存在ですわ」
そして野営せざるを得なくなった時の食料の見分け方として、キルトと御前は植物の採集に勤しんだ。
「これで今晩のご飯にしましょうか。普段よりは質素になるかもしれませんけれども、調理方法を知っていてもいいと思いますわ」
 キルトはそう言って籠一杯になった薬草や果実類を見て、一体どんなご飯を作ろうか思案を巡らせた。
これなら持ってきた保存食は必要なくなってしまったわね、などと考えつつ。

●遠距離走
「私が仏御前さんにお教えするのは、『遠距離走』です。基礎体力を身につけるのもありますけれど、いつもいつも私たちがお助けできる訳ではありませんので、三十六計逃げるに如かずと申しますし、危機を脱出しより早くより遠くへ逃れるための技術をお教えしますね」
 フィーネはにっこりと笑って、まず走り方についてのレクチャーを始めた。
「まず走り方には、息を止めて走る方法と、息をしながら走る方法があります。息を止めている間に走る方法は短距離で通用しますが、追っ手が短い距離で逃げ切れるのは障害物の多い町中等に限られます。ですので、息をしながら走ることの方が機会は多いと思いますわ」
 そう前置きをした後、フィーネは呼吸法から入った。呼吸法によって息切れするレベルが全然違ってくるのだ。御前もそれを見よう見まねで繰り返す。
「あら、お上手ですね。呼吸法は慣れるまで少し修練が必要なものなんですけれどもね」
「詩吟をする場合は、音を長く伸ばすことがありますので、同じように特別な呼吸法を用います。走る場合とは方法も感覚も違いますけれど‥‥」
 ああ、なるほど。御前の能力向きではないかな、と思っていたフィーネであったが、思わぬ共通点で彼女がしっかり習得を進めている様子に小さな驚きを覚えた。
「さあ、それでは実際に走ってみましょう。勾配に緩急がありますので、体勢もそれに合わせてくださいね」
 軽く流すようなスピードで森を軽く走る二人。御前は周りの風景を気にしつつ、フィーネについて行く
「あの‥‥もし追っ手に見つかったら‥‥」
「ご心配には及びません。私達も万全の体制でこちらに来てますから♪」
 フィーネはにっこりと笑った。彼女の笑顔の先にはスクロールの力によって魔力のこもった森があることを知っているのだが。
 追っ手は今日もさまよっていることだろう。

●変装
「ここに来たときの服装は目立たないようにする意味では効果はあったと思う。だが、髪を結った方が良かったかな。あなたの髪はそれだけでも目立つ。髪を下ろすのであれば、それにふさわしい衣装というのもある」
「化粧や服装を変え‥‥少々声色を偽るだけで印象が大きく変わります。元が美人さんですから醜く偽れば、気付かれないのではないでしょうか‥‥」
 チサトはそう言って、ヒューイと共に変装の講義だ。御前自身が化粧道具を持っているので、それを使うことになった。チサトが化粧、ヒューイは服装による変装を教えることとなる。
 まずはチサトが化粧を教えるために、醜くするための化粧をするために小筆を取ったのだが、チサトはそこで悩んでしまった。真正面から見た彼女は本当に精緻な作りで、どう触ればよいのか、迷ってしまう。
「と、とりあえず‥‥」
 母や姉としたう人から教えて貰った化粧の仕方をしてみるチサト。しかしあんまり悪くならない。
「どうでしょう?」
「‥‥綺麗だな」
 ヒューイは腕組みをしながら御前の顔を眺めた。化粧にも善し悪しがあるのは理解できるが、元が『普通』のラインを超えてしまっている場合はこれを覆い隠すのは並の作業ではなかった。
「思い切った方法が必要なのかも知れないな。普通ではしないような方法なら大丈夫じゃないか?」
「そうですね‥‥」
 チサトは思いっきり大胆な化粧を施してみた。眉は太く長く、頬紅は下に‥‥。
 ‥‥‥‥。
「どうでしょう?」
「確かに隠せおおすことには成功したが‥‥」
「悪目立ちしてますよね‥‥」
 顔を直接隠す方がよほど簡単ではないだろうかと本気で悩む二人であった。
「ま、まぁ顔で隠せないなら後は服装だな。下手に隠そうと似合わぬ服を選べば、帰って不釣り合いが目立って気を引いてしまう。少し方向性を変える。それが一番重要なポイントだ。また声色を変える手段がある。声域は広いと思うからこれを定着させて別人の声を作るのも効果的だろう」
 そしてヒューイの言葉通りに声色を変えてみる御前。
『これでどうでしょう?』
「声を変えても綺麗ですよね。胸にそのまま滑り込んでくるというか‥‥」
「歌の練習で発声の基本ができているせいだろうな。まぁ、元の声と違えば印象も若干変わると信じたいな。服装だが‥‥仏御前に合うような服は冒険者のものがいいと思う。冒険者の服装は千差万別だからな。洋装も悪くはあるまい」
 そう言って服を選び始める三人。そこからは女性が作り出す和気藹々とした雰囲気が流れて出ていた。

●騎乗
「仏御前さんは馬に乗ったことはあるのですか?」
 さっと鞍に跨った御前の姿を見て、クライドルは驚いた様子で聞いた。
「小さい頃に何度か‥‥。馬と共に風を満喫する喜びは小さな楽しみでしたから」
「なるほど。馬上からでは視線も上にあがりますからよく見えるでしょう」
 竜良はそう言って、懐から図面を取り出した。広げるとそこには小さな地図のようなものが広がっており、要所要所にチェックが入っている。
「仏御前さん、あなたの視界にある様子は、この図面のようになっているはずです」
 御前は図面と眼前に広がる様子を眺め見た。確かに木々のある位置、たき火の位置、一行が立っている位置などが図面と同じように広がっている。
「敵は一人ではないことも多いでしょう。確実に逃げるには世界を正確に捉えて、動きを把握することが必要になります。この場合でしたら、このまま真っ直ぐ行って、二つ目の木立を右に曲がります。ただし自分の速度に合わせて適宜変更してください。間に合わないと思ったら一つめの木立を左に曲がり大きく迂回するように進んでください」
 竜良は図面と地形を交互に指差し、説明を加えた。
 本当なら本格的な兵法も教えることもできたのだが、基本的に単体の彼女に戦略を教えるには、戦略より細かな戦術にのみ特化するしかなかった。
「私の馬は戦闘用に訓練されていません。殺気に触れたら、驚いてしまいますので、絶対に人の間合いに入らないでください。それから馬は自分で障害物を避けますが、どうしてもスピードを落としがちです。スピードを保ったまま障害物を回避するにはこちらも的確な指示を与える必要があります」
 クライドルはそう言って、手綱の引き方や、鐙から馬に指令を与える方法を伝えた。
 御前もしっかりとそれをこなそうとするもののなかなか上手くいかず、もたもたしている内に、木にぶつかりそうになる。
「前をしっかり見て! あなたの心は手綱から馬に直接伝わります。狼狽えていては馬も不安になります」
 クライドルの檄が飛ぶ。その言葉に小さく頷くと御前は体勢を立て直し、手綱をぐっと握りしめた
「そのまま次の木立を駆け抜けてくださいっ!」
 竜良の指令が飛ぶ。木々の密集地である木立を抜けるのにはそうとうな訓練が必要であったが。
 一陣の風が木立をすり抜けるように、馬も風と一帯になって駆けていった。訓練は無事に成功したようであった。