●リプレイ本文
●総合
「これが‥‥楽士の姿です」
チサト・ミョウオウイン(eb3601)が『イリュージョン』の巻物を使って作り上げた楽士の姿をヴァージニア・レヴィンが『ファンタズム』によって、その場にいる全員にその姿を形に表していた。
身長は170センチほど。全身を覆う布が明確な目測を妨げる。布は色鮮やかであったり、模様がついていたり様々。
「奴は、英雄を作り上げて、物語を作り上げるためだけに、多くの人を悲しい目にあわせるんだ」
明王院月与(eb3600)は、努めて冷静にそう言った。冷静さを失っては怒りがまたこみ上げて来るから。
「『ミラーオブトルース』に映った姿は、妖気を纏っていました。‥‥人でないのは間違いありません‥‥でもこの布のために、どんな姿をしているのかは分かりませんでした」
ラシェル・ラファエラ(eb2482)はつけ加えるように続けた。
「楽士は竪琴をメインの楽器として使うみたいね。普段の語り口調も仰々しいというか、語り部口調と同じ」
彼女達3人は遠くノルマンからこの楽士を追ってジャパンまでやってきたのだ。縁故の深さ故、その詳細な情報も他の参加者の群を抜いていた。
「英雄の歌を紡ぐ為?いや、本質はもっと違うところにあるのだろう」
レオーネ・オレアリス(eb4668)が小さく呟いた。彼は、邪悪かもしれないが、結果として人を救いもしているのだから。
「その言葉には同感できますね。あまり鮮明な印象を持ってしまうと判断が鈍るかもしれませんから」
カンタータ・ドレッドノート(ea9455)は目深に被ったフードの下から理知的な目の光と、にこやかな笑みを浮かべる口元だけをさらした。
「吟遊詩人という者達はその目、その耳で得たものを歌にして不特定多数の人々に伝えます。その為には、余計な情報は省き、人の興味を集めるような情報を付け足します」
「じゃあ、別の目的が‥‥?」
「それは本人に聴かなければ分からないな」
レオーネは腰を上げると、手書きの地図を眺めた。そこにはいくつかの印が線で結ばれている。
「とりあえず、現場調査といこうか」
●子守歌の村
「報告書の副題はカルネアデス、とありましたね。」
和泉みなも(eb3834)、ラシェルと月与は村を貫く大通りを歩いていた。以前は病魔に震えていた村もすっかり活気を取り戻し、人々が元気に行き交っている。そんな中みなもはラシェルに問いかけた。
「どこかの人の名前らしいわよ。自分が助かるためなら他人を犠牲にしても良い、ということを懇切丁寧に説明してくれた学者らしいわ」
どことなく不機嫌そうな声色でラシェルは答えた。ひどい副題を付けてくれたものだと心底嫌になった。
不機嫌な理由はもう一つある。須美幸穂に手伝ってもらってまで悪魔に関する伝承を調べたのだが、ほとんど収穫がなかったことだ。ジャパンにはデビルは襲来した歴史が皆無に近く、それに伴って資料も西洋に比べると、雲泥の差があった。
「ところで、楽士にはムーンアローの跡があったんですって?」
「はい、間違いありません。本人は至って気にしていなかったようですが」
みなもの言葉に、ラシェルは確信を得た。それは前回、須美が放ったムーンアローに間違いあるまい。
「和泉ちゃんっ!」
前から走ってくる人影に声を掛けられて、二人ははっと顔を上げた。大人の女性とそれに連れられる幼い子供。みなもはしっかりその顔を覚えていた。病魔によって命の灯火を消されかけていた娘しずと、その母親であった。
「一言連絡してくれたら、宴の準備して待ってたのに!! よく来てくれたね」
しずの母は嬉しさに涙を浮かべながらみなもを抱きかかえた。
「和泉ちゃんみたいな子供でも、鬼を退治することができるんだって、子供達に教えてるんだよ」
「いや、あの。私、これでも一般には大人‥‥」
思いっきり子供扱いされるみなも。パラの御歳31歳。立派な成人女性。
「どうも、お気遣い痛みいります」
こういう時はそういう事にしておく。話をこじれさせない程度に話の筋は読めるのだ。でも心なしか影に哀愁が漂っているなー、という気がしないでもない。
「しず殿もお元気になられたようですね」
母の後ろでどきどきした目でこちらを見ているしず。あの時はやせ細っていたが、今はふっくらとした頬をして、とても健康そうだ。近くに野いちごがあるのか、籠に入った野いちごで口の周りをべとべとにしていた。
「ところで、あの時にいた楽士は最近来ていますか?」
「いや、あれっきり見ていないね。新しい歌ができたから、と言って出て行ったよ」
新しい歌が、できた? ということはもうここですることは終わったっていうこと? 月与は眉をひそめた。
「ところで、楽士が現れたのはいつ頃だったのかな?」
「流行病がひどくなりはじめた頃かな? あんた達が来る数日前だよ」
しずの母が首を傾げながらそう言ったが、彼女の衣の裾を引っ張って、しずが否定した。
「ちやうよ。お歌さん、しゆがコホコホする前に来てたもの。お歌さん聴かせてくれたのよ」
「その話、聴かせて」
「しゆねぇ、お歌さんをきくと、ふあふあするから、胸から白い珠もれてくゆの。お歌さんはそんなのたくさん持ってたの」
そう言って、しずは胸の前に小さな鞠を抱えるような真似をした。
ガタガタと震えが走る。
「お歌さんねぇ、しんろいひとに白い珠をあげゆの。そしたら楽になるのよ」
流行病が襲ってきたって? 栄養をとれば回復できる?
ラシェルは拳を握りしめた。全部見せかけだ。
「デスハートンよ。そりゃ魂を奪われたら、病弱にもなるわよ!」
全部、楽士の策謀だったのだ。生命力を失った人間が病にかかりやすくなるのは、普段でもそれほど変わりない。あれは冒険者に鬼を退治し甘露を取らせるためにそれをさせたのだ。
何故。何故?
「楽士、楽士はどちらに去っていきましたか!?」
あの時の事が本当に楽師の謀だとしたら、許すわけには参りません。みなもはしずの母を問いつめるが首を傾げるだけで明確な答えを導き出せない。
それは『ニュートラルマジック』を使っても同じ事だった。楽士は忽然と消えてしまったそうなのだ。
「病弱‥‥そんな、まさか‥‥」
月与は一人震え続けていた。
●カガリ
「カガリ様。尼になられたのですか」
少し驚きをもってレナーテ・シュルツ(eb3837)はカガリの姿を見た。以前見たときは鬼に囚われていた為、ばさばさの黒髪を蓄えていたが、それはすっかり姿を無くし、代わりにその頭部を覆う襟帽子がついていた。そして墨衣に袈裟。カガリの姿はすっかり僧形のそれとなっていた。
「はい。前回の事件、そしてそれ以前にも多くの血が流れました。せめて、その供養ができればと‥‥」
レナーテはそれを聞いて胸が痛んだ。結局カガリのほとんどを護ることができなかった。そして彼女は今無くしたモノを偲んで、弔い生きている。もうこれ以上失わせたくない。自分のせいだとは人は言わないだろう。だが生真面目な彼女は、だからこそ自分に責があるように感じられて仕方なかった。
その為には、日々精進ですね。
レナーテは固く誓った。
「私達は現在、人喰鬼と共にいた楽士を追っています。その楽士について知っていることを教えていただきたいのです」
そしてレナーテは問うた。鬼斬りの侍、宗典は何故楽士に目をつけられたのかと。
カガリはしばらく白く霞む春の空を見上げて考えていたが、やがて首を振って答えた。
「それは違うと思います。楽士が目をつけたのは鬼の方でしょう」
鬼に期待をしていたのか。そういえば、鬼に新たな生を歩ませると言っていましたね、とレナーテは思い出した。
それなら私達はその思惑を打ち破ったことになる。ならば少しは安心して良いものか?
だが、不安は消えない。楽士はまだ何かを狙っている。レナーテは目をつむって考えた。鬼は倒れた。だが楽士の狙いはそこにないとしたら、楽士は何を期待していた?
レナーテははた、と気がついた。カガリと言葉がピタリと合致する。
「真の狙いはそれを倒すモノ。つまり冒険者にあるのでしょう」
私達に何かをさせようと目論んでいるのか。
「楽士、あなたの思うようにはさせませんよ」
京都に戻り、楽士の紡ぎ上げるシナリオを壊さなくてはならない。きっと答えは都のどこかに転がっているはずだ。冒険者を巻き込むような、何かを。
不安げにするカガリにレナーテは頷いた。自分たちはすでに楽士の罠の中にいるのかもしれない。だからこそ。だからこそ‥‥
「大丈夫。私達は負けません」
●鬼の洞窟
鷹村裕美(eb3936)はあの人喰鬼の住んでいた洞窟の前にいた。
「あまりいい思い出があるわけじゃないから気が引けるけど‥‥」
目をそらすわけにはいかない。チサトが行灯を持って明かりを照らすと、鷹村は花束をそっと地面に置いた。
「ここで亡くなった全ての人と、何よりもカガリの子供の魂よ。安らかに眠ってくれ‥‥」
空気は淀んだまま重苦しい。だが、少しだけ軽くなったような感じがするのは、心のどこかにかかった呵責が解き放たれたからだろうか。
「亡霊がいるかと思いましたけど‥‥鬼が討たれたことで‥‥解き離たれたようですね」
チサトがほんの少し、安堵したような微笑みを鷹村に向ける。
「だといいけれどな。油断は禁物だぞ。楽士がいるかもしれない」
鷹村はそう言って、辺りを捜索し始めた。チサトは『プラントコントロール』や『エックスレイビジョン』の巻物を駆使しながら、その捜索をサポートした。
ちょっとした崖を登り終えたところで、自然の作り上げた風景と違うモノを鷹村が発見した。
そこは一面白い砂が敷かれた平地になっていた。凹凸も少なく、まるで貝殻に満ちた美しい浜辺を想像させた。そこには岩を削って作り上げた椅子などがあり、簡易ながら崖の下とは居住性は比べものにならなかった。
「確かに知恵はあるようだな。あの鬼は‥‥」
左右を見渡しながら歩を進める鷹村。
しかし、次の瞬間。つま先が何かにひっかかる。いつもならここで転んでしまうところだが、最近転びっぱなしの彼女は用心をしていたため、転ばずに済んだ。
「ふふふ、今日は私の勝ちのようだ」
満足げな笑みを浮かべる鷹村。
「何か見つかりましたか?」
そんな鷹村の後に続いて、やっとの事で追いついてきたチサトに慌てて何もない、と否定した。
「これは‥‥」
この洞窟の周りにもこのような白い砂は存在していなかった。これはどこからか運ばれたものだろう。
その砂の材料など思い当たるものは一つしかなかった。
「これ全て、人骨、ですか‥‥」
広大に続く白い絨毯。軽く10メートル四方を白く染め上げたその砂が一体どれほどの亡骸を冒涜すれば適うのか、鷹村にもチサトにも想像は付かなかった。
「何か、ここに手がかりがあるか調べないと、な。妙なもの、小さなこと、どんなことでも‥‥」
吐瀉したくなる気分を心の内で一喝し、鷹村はその砂の上を歩いて椅子のところまで歩き調べていった。
「ベッドも‥‥あるのですね」
「それどころか、武器置き場まで作っている。よっぽどの暇人だったのだろう」
鷹村はそう言って、武器置き場を眺めた。巨大な金棒でも置いていたのだろう。鉄のホルダーがついている様子を見て、嘆息を漏らしたくなった。
まったく。金棒置きを作っている様子を考えただけでもアホらしくなる。
?
カ・ナ・ボ・ウ?
「‥‥‥‥」
鷹村に冷たい汗が流れた。
色鮮やかに前回の戦いが蘇る。人喰鬼が仲間を吹き飛ばす様子を。あの時、確かに人喰鬼が振り回していた得物は、棍棒だった。
武器置き場を眺める。木片やそれに類する破片が少しでもあれば、それで良いのだ。
だが、何故だ。何故無い。何故代わりに錆びた金属の粉が落ちているのだ?
金棒はここには存在していない。誰かが持って出て行ったのだ。
誰が? 楽士が? そんなはずはない。人並みの体格で鬼の金棒が持てるはずがない。
金棒はどこに消えた?
●街
「幾重にも衣を纏う楽士
その弦は人心の琴線に触れ
その言葉は僅かな隙間にも滑り込む」
カンタータは楽士のことを歌にしながら渡り歩いていた。月道の管理者や羅生門付近で聞き込みを続けたが、楽士の風体をした者がやってきたという情報を得ることはできなかった。
「しばらく続けて当人が現れないでしょうか」
そんなことを横にいるレオーネに問いかけるわけでもなく独りごちながら、リュートをかき鳴らした。
「楽士は都をかすめるように北上している。探すのならば都より丹後の方に出向く方が良いと思うが‥‥」
レオーネは楽士の移動ラインを辿りながら、街道沿いの村を次々と当たっていったが、それらしい情報は得ることはできなかった。
「これだけ聞き込んで、現地でしか情報を得られないのか‥‥」
「布をとったら普通の姿をしているのですから、布の姿で探そうということ自体無理がある話なのかもしれませんね」
二人ともその姿で探そうなど本気にはしていなかった。カンタータは声が決めてとなるだろうとして、それを中心に聞き込みをしていたし、レオーネは楽士の行動原理を独自に解析してそれに当たっていた。
「何か決め手になるものが足りないのか‥‥」
「よぉ、さっきからその歌を続けているみたいだけど、お探しかい?」
レオーネが思索に戻ろうとした瞬間、その声がかかった。旅商人のようであった。カンタータは一瞬、楽士が現れたかと期待したが、ファンタズムで見た姿とは体型からして無理があった。
「ごきげんよう。商人さん。探し人なのですが、ご存知ありませんか?」
「うーん、それだけだとよくわかんねぇなぁ。他に特徴がないのかい?」
「なになに、何の話。歌い手のお姉さん、あたしにも聞かせておくんなさいよ」
旅商人の大声につられて、女が輪に無遠慮に入ってきた。
「なになに? わしもわしも」
「おいらも聞かせてよ」
次々と二人を取り囲むようにできあがる人だかり。彼らは興味津々の表情を一様に浮かべてカンタータとレオーネにせがんだ。
「カンタータ、逃げるぞ」
静かにレオーネがそう言ったと思った途端、カンタータはレオーネの戦闘馬に乗せられ一気に走り始めた。群衆の壁など知ったことではないという勢いで突き破り、駆け抜けていく。
「な、なんだったのでしょう」
「楽士だ。自分のことを歌っていることに気がついたから、冷やかしに群衆を操って探りを入れてきたのだろう」
なるほど。みるみる間に遠くなる群衆の姿はまるで亡者のようにも見えた。あれは一般市民だ。傷つける訳にもいかないし、かと言って一々相手にしていたら、このフードを引きはがされていたかもしれない。
「楽士の戦術は少し分かった」
既に楽士はこの周辺で根を張っているのだろう。それをしっかと実感できた二人であった。