大暴挙(オオマヌケ)。
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■ショートシナリオ
担当:DOLLer
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:05月04日〜05月09日
リプレイ公開日:2006年05月12日
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●オープニング
平織虎長が死去し、その後任に就いた五条の宮の話題は庶民の間にも広く流布していた。
「なぁなぁ。お前、もう宮様の姿を拝見したか?」
「ああ、見た。入京される際にちらっとだけな。まだ御歳15歳だって? それで京都守護代になられたなんてすげぇよな。やっぱり神皇の血族ってのは恐ろしいもんだぜ。役人達の間じゃ実力は虎長にも負けてないってんだしさ!」
「おまけに眉目秀麗で。宮仕えの女中でも噂になってるんだって」
「そりゃなぁ。ツンケンした雰囲気だけど、美人だしよ。確かに女達も妬ましくなるわな」
俺もうんうんと頷きかけて、なんだか歯車がかみ合っていないような齟齬感に相方の顔をまじまじと見た。
「妬ましいって。羨望の的の間違いじゃないか?」
「あぁ、そっか。同性としては輝かしい存在だな」
のほほーんとしている相方に、俺は思わず衣がずりおちてしまいそうになった。
「ま、待て待て待て!!! 五条の宮様は殿方だぞ!!?」
「な、なにぃぃ!? 姫君でいらっしゃらないのか!? だいたい『宮』っていう名前は女性に使うんじゃぁ」
スパコーーーーォォォン
相方の頭が気前よくなった。いい音を響かせるあたり、こいつの頭の中は空っぽに近いに違いない。
「ドアホ!! 『宮』は親王の称号だっつーの!」
「でぇぇぇぇぇ!? ち、ちょっと待てよ。ごご、五月の宮だよな。新しく京都守護職に任官なされた」
「五月って誰だよ。五条の宮だ」
「ああ、そうそうそれそれ。黒髪を肩で切りそろえて墨色の直衣を召していらっしゃる」
「そうだ。それが五条の宮様だ。あの御方はと・の・が・た・だっ!!」
まずいモン想像させるなよ。こいつわぁぁっ!
だがしかし、相方の頭は相当しつこいらしく、まだ食い下がってきた。
「でもよ。あのツンケンした表情に同居する可愛らしさ、プライベートな時はちょっぴりそんな態度を崩して微笑んでいらっしゃる様子を考えて見ろよ」
考えちゃダメだ。考えちゃダメだ。
理性が必死に俺のイマジネーションにブレーキをかける。そう、親王といえども、生き神と祀られる神皇の一族をけなすなどあってはならないのだっ!
だがしかし。
頬を赤らめて俯きながら、上目遣いにこちらを見る五条の宮の姿が‥‥普段は男装をして古狸共に負けぬ手腕を発揮していると思った時のこのギャップ!
「を、をををををををっ」
自分の中の何かにヒビが入っていくのがわかる。
「な。絵師に今度描いてもらおうぜ。大丈夫。知り合いがいるんだ。想像を形にするってのも大切だぜ」
なぜだろう。相方の言葉が悪魔のササヤキに聞こえて仕方ない。
だんだん、イマジネーションに色がついてくる。声も聞こえてくる。
『そ、そんなにジロジロみるなっ!』
は、はわわわわわ。
「そして普段は絶対見せないはにかんだ微笑みを‥‥」
相方の言葉が、脳内五条の宮を動かす‥‥
ごめん。母さん。
俺、もう後戻りできないみたいだ。
最近、似顔絵が流行っているらしい。それも少し風変わりな奴が。京都守護代が流行りの中心だが、新撰組の有名人、果ては関白、前京都守護代など多岐に渡っている。
あの御方に見つかる前になんとかした方がいいと思うのだが。
●リプレイ本文
●ヲーク、大いにやる気なっシング。
「請ける依頼間違えたかなぁ‥‥」
小さな茶屋の軒先で、ぼんやりと空を眺めるヲーク・シン(ea5984)はそんなことを呟いた。
五月、もとい五条の宮のおかしな絵の取り締まりに身を乗り出したものの、よくよく考えてみれば気乗りがだんだんしなくなってくる。
「取り締まらないんですか?」
その横で茶の相判をいただいている安里真由(eb4467)は不思議そうな顔をしてヲークの顔をのぞき込んだ。その顔もどことなく呆けていて、力が入っていない。
「あーうん、気乗りがちょっとね」
女性化など庶民の小さな遊びにすぎない。それを取り締まろうというのは大人気のない話だ。とすると、どうもどこかの誰かが人気作りのために『やらせ』てるような気がしないでもない。
「そうですね。五条の宮様や京の有名人の怪しい似顔絵なんて、個人で楽しむ分には目くじらを立てる程ではありませんよね」
真由は苦笑いを浮かべてそう言った。お上の意志が働いているのかどうかは分からないが、楽しみを奪うほどでもない。まあ、風刺みたいなものだろうから、度が過ぎなければいいと思うのだが。
事実、この依頼を一緒に受けたリースフィア・エルスリード(eb2745)は絵を描く方にノリノリだし、こうして話している真由自身、もし手に入るなら一枚くらいもらってもいいですよね。やっぱり萌え、だし。なんて思っているのは内緒だ。
「だよね〜」
ヲークは相変わらず生返事。どうしたんでしょう? と覗き込む真由とヲークを彷徨ってた視線がぱちりとあった。
「真由ちゃん。情報収集がてらどこかでお茶しない?」
「今飲んでいるこれ、お茶じゃないんですか‥‥??」
気乗りしないときはナンパもうまくいかない‥‥。グダグダな気持ちに打ちひしがれて、ヲークはがっくり肩を落とした。
「とりあえず、現物を見てみましょう。どんな状況か調べてみましょう!」
ヲークの袖を引っ張って、真由は立ち上がったのであった。
●花蓮、対抗意識燃やす
「最近珍しくて可愛い女の子の絵が出回っていると聞いてるんだけど、俺もちょっとほしいかなーって‥‥早いかな?」
羽鳥助(ea8078)はさっそく噂に乗って絵の収集、ではなくて、調査に乗り出していた。場所は芝居小屋のすぐ近く、ここでも件の絵がちらほらと見かけると言われている場所だ。柳花蓮(eb0084)も一緒になって聞き込みをしている。
「うふふ、それなら絵描き共が集まる長屋に行ってみたらいいと思うんだよね。あの辺なら、いろんな絵を描いている人がいるから、きっと見つかると思うよ。ボクチンのおすすめなんだぁ」
羽鳥の言葉に、にんまりと意味ありげな笑顔を浮かべる男。ちょっと夢見がちな雰囲気に、羽鳥はなんとなく会話を続けたいと思う気持ちもなく、軽く礼だけ言ってその場を離れた。
深く思い悩む花蓮の様子にあまり気にすることもなく羽鳥は側まで寄って声をかけた。悩むのは好きじゃないのだ。
「あ、柳さん、そっちは情報どうだった?」
「‥‥五条の宮様の絵姿が流行‥‥確かにツンデレ系は萌えます‥‥。でも私も無口無表情系美少女として負けられません」
「あの、柳さーん? もしもーし」
花蓮はなぜか途中から、同じものでありながらも別のものを目指しているような気がする。羽鳥はその密かな炎にややたじろぎながらも、現実に引き戻すために言葉をかけ続けた。幸い花蓮はすぐに現実に戻ってきてくれた。
「絵の方は、絵師の多い長屋で取り扱っているらしいよ」
「わかりました‥‥取り締まる‥‥んですね‥‥。勿体ないですが‥‥お仕事ですから取締りしないと‥‥」
「うん、勿体ないよねぇ。俺も一枚くらい買っておこうかなーって思ってる」
ここにも二人。もし手に入るなら一枚くらいもらってもいいですよね。やっぱり萌え、だし。なんて思っているのは内緒だ。
そして皆に呼びかけて、一行は長屋へと急ぐ。
●真由、手の平返して大激怒。
「余の姿がそんなにおかしいか‥‥? しかし女としれれば祖父の悲願も果たせぬ仕舞であっただろう。何としてでも隠し通さねばならなかったのだ」
五条の宮は寂しさの入り交じった声でそう告げるとうつむいた。一見中性的な雰囲気をまとっているものの、卓越した政治力と、冒険者を積極的につかうという、今までの方針からすればあまり見られなかった手法を積極的に取り入れる様子に、女性であるという不審を抱くものはいなかったであろう。
現に女性特有の特徴を有した体を見た私だってにわかには信じられないのだ。
さらに、彼女の烏帽子の中には、キツネのような大きくてふさふさした耳が生えているではないか。
「笑いたければ、笑え。人の嘲笑は小さな頃から慣れておる」
顔を上げぬままに素直な気持ちを吐露する宮に何とも言えない気持ちになって私は彼女を強く抱きしめた。この気持ちが少しでも伝わってもらえるように。
「紅葉‥‥!?」
腕の中で戸惑いを露わにする宮。だが、私は気にすることなく抱きしめ続け、私自身も心の奥底に隠していた言葉を紡いだ。
「笑うことなど何もございません。私もその気持ちは痛いほどよくわかります。なぜなら。‥‥私は男だったのです!!」
『五条のミゃ〜』より
「なんて物を流行らせているんですかっ! 貴方達はーーーーーぁっ!」
買ったばかりの絵師渾身の一作が真由の手で引き裂かれた。絵だけならまだしも、ちょっと内容はお気に召さなかったようだ。顔を真っ赤にして分断された作品は真由の手によってさらに細切れにされていく。
「ああっ、なんてことするんだ。俺っちの大切な‥‥」
「大切な、なんだって?」
作者が悲鳴を上げて立ち上がろうとした瞬間に、白刃が男ののど元近くに近づけられていた。にたーっと笑ってその白刃を操るのは雪守明(ea8428)その人だ。
「嘘、偽りは犯罪ですよ」
とニコニコ笑顔の大宗院鳴(ea1569)も追い打ちをかける。
「せめて五条の宮じゃなくて、六条の宮とか五月の宮とかもじればいいのにね」
引きちぎられた絵の中で、比較的まだ無事を保っている絵を拾い上げて羽鳥はそう言うと大宗院も「そうですわね」と、弘法の筆を取り出す。
「五条の宮とするのが問題なのでしたら、こうすればよろしいのですわ」
と、『五条の宮』という説明書きの部分を『大宗院鳴』と書き直した。
「これで問題ありません」
似てもにつかない絵巻を自らの顔の横に並べて微笑む大宗院に、作者側はもちろん、取り締まりにきた冒険者も一時言葉をなくす。
「い、いや、それはちょっと無理が‥‥」
「? あっ、ツンデレにしないといけないですね」
と、きゅっと目尻を指でつり上げる彼女にもはや誰も突っ込む気力はなかった。
「さ、さぁ、ブツを出しな。全部だ。庇うとなれば免罪の余地はなし。この場で叩っ斬ったほうが御国のためと思え」
「は、はぃぃぃぃ!!?」
命との天秤にかけられて、慌てて出される巻物の束。一つ一つ手作りなので、そんなに量はないものの、この長屋の住人も通行人もそうして脅せばたいてい2巻は出してくるのだから、すごいと言えばすごい。
「えーい、面倒だ、叩っ斬っちまえッ!」
どこか小悪党なセリフを吐きながら、人ではなく本をズンバラリンと解体していく雪守に、涙に浸る人も数多い。
「まぁ、派手ねぇ」
御陰桜(eb4757)は絵巻を持って逃げようとする者を春香の術で無力化しながら、寸断された絵が紙吹雪のように舞い散る様子を眺めていた。その横で作者達を真由が次々と拿捕していっている。そして今まで傍観を決め込んでいたヲークもにやりんと笑みを浮かべて立ち上がるではないか。
「他の冒険者と主義主張がぶつかるなら適当かまそうと思っていたが、長屋一軒分の騒ぎならそういう心配もなさそうだ。ククククク、ネギリス=カマロット出身の冒険者を甘く見ると痛い目に遭うぜ」
今日は長屋に葱が舞う。男達の悲鳴(女達も少なからずいたはずなのだが、はて?)がよくこだまする日になりそうだ。
「ところで、花蓮ちゃんは行かないの?」
桜は傍観組の席でほくほくした顔で座る花蓮に声をかけると、彼女はちょっと嬉しそうに発端となった巻物を一つ見せたのであった。
「紅葉隊長の男性化がありました‥‥あるとは思いませんでした‥‥収穫です」
後日、たたっきられた巻物を復旧させる一味がいたが、何巻かは結局見つからず仕舞だった。一味の定説では、取り締まり側にも実は五条の宮女性化絵が欲しいと思った人が持って行ったのだろう、とのこと。
●桜、美少年化計画遂行す
大捕物から数日後、五条の宮女性化活動の大半は収まったものの、まだ草の根活動は広く展開されていた。
「想像の翼は誰にも止められないのです。凛とした貴方の意外な一面‥‥それはとてもとてもいいものです。それに焦がれて、形にすることがどうして悪いことなのでしょうか」
そう言いながら、情熱に身を任せて筆をとるのはリースフィアであった。遊学中の貴族子女であるリースフィアの美術能力はなかなかのものであった。
「だからと言って、こういう絵を描くのは感心しないわね。なんといっても女性化してしまっては五条の宮の魅力が十分に生かせないしそんなので喜ぶのは男だけ、男女問わず支持されてこその守護代というものじゃないかしら?」
困った様子で、桜はリースフィアに声をかける。彼女の立場は取り締まり役として至極まともな、でもよくよく言葉を吟味すると、美少年でいいじゃない、という彼女のスタンスがよく分かる。
「そも、このようなことが起こるのは皆に好感を覚えられているからこそ。無闇に取り締まりっては支持を失うことにもなりかねません。実績も大事ですが、住民の支持がない治安組織なんて役に立ちません」
「あたしは別に悪いとは言っていないわよ。女性化では五条の宮の魅力が十分に生かせないと言ってるのよ」
「ほへ?」
てっきりダメだと言われると思っていたリースフィアはぽかんとして桜をみやる。
「そうね描いてもらいたいのだけど。美少年としての宮様で。一日にほんのわずかしかないプライベートの一時では、本当に信頼を寄せる部下にだけ柔らかな笑みを見せて下さるの。こんな感じで頼めないかしら」
「あ、そういうのなら大丈夫です。確かに女性化だとエッチいの多いですし、私としては問題ありません。柔らかスマイルの宮様ですね」
リースフィアの描く美少年宮様(それが本来の姿なのだが)は受けがよく、それが広まるにつれ、怪しい方の絵は少しずつ下火になっていったのであった。
当面の間は女性化の絵も残っているわけだが、
「ツンデレです」
怪しい絵は指で目をつり上げた彼女が最後の最後まで名前を書き換えたのでいずれ五条の宮だったという記憶もなくなっていくであろう。
もっとも。「ツンデレ」=「大宗院鳴」の構図に誰も納得してくれなかったので、こっちの方も運命を共にすることになりそうだが。
一枚の絵がある。初夏の緑を背景にした貴族の少年の絵だ。その人物は15歳という若さで京都守護代の地位につき、卓越した政治的手腕を発揮したという。彼はやや高慢な態度が見られたが、今この絵にはそんなものはうかがい知ることはできない。初夏の涼やかな空気と同じように柔らかい笑みを浮かべ、凛とした表情と安らぎが同居していた。
絵は多くの人に好評を博されたが、流行と共にどこかへ流れて行ってしまったという。