風の呼び声(ウタウモノ)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:6人

冒険期間:06月15日〜06月18日

リプレイ公開日:2006年06月20日

●オープニング

●貴族の屋敷

トンカラリン トンテン トンカラカラトンテン
天に橋かけ 我らが父よ
混沌の大海原より 風呼びて 火を生み
土起こし 法を与え 水を湧き

トンカラカラトンテン
天地を架ける 我らの橋よ
陰陽の境目にありし我ら見守りたまへ
天地を加護する我らが神よ
今宵 此の時 刹那を捧げ、よりよき明日を誓ふ
トンカラリン トンテン トンカラカラトンテン

 朝露が陽光を受けて、燦然と輝くそんな時間に、水干を纏った仏御前は貴族の屋敷に設置された舞台に立っていた。
 白魚のような指が巧みに扇子を操り、花を、葉を、喜びを、悲しみを表現し、白磁の手は川や時の流れを表現する。折り目のある和の心を表したような衣から伸びる首筋は、なまめかしく、椿のように咲く紅の唇には皆が魅了された。
「あれが仏御前の舞か、噂には聞いておったが‥‥」
「無愛想な仏より、天女御前と名乗ればよかろうに」
「天女の羽衣を彷彿とさせますなぁ。手に入れたいものですよ」
 舞に目を奪われながらも、ひそひそとそんなことを話していた。
 仏御前の評判は、貴族を中心に密かに広まっていた。一日だけ、神仏の祭壇を前にする時だけ舞を舞う白拍子。その美しさは当代随一とも噂され、また特定の誰かに媚びることはけして無かった。
 彼女の舞は自然へ、または神へと奉ずるもの。どれだけ多くの人が彼女を見ていても彼女はその誰一人をも区別することなく見つめた。それは人ではなく、その人の心の内にある神性を見つめているからだ。
 仏御前が自然と神にしか顔を向けないことを舞を見る者は誰もが直感的に感じていた。だから遠い存在、儚い存在であることに気づかされる。
 手に入れたい。そう思う貴族が少なからずいるのもそのような理由であった。

 仏御前は舞う。そして今日も人の手からすり抜けるように、逃げなくてはならない。


●人の知らぬ場所
「おい、楽士よぉ。おらぁ、人の肉が喰いてぇんだよ! いつまでこんなしけたところで生活しなきゃならねぇんだ!!!」
「屍肉を食べていませんでしたか?」
「泣き喚いているのを丸囓りにするのがのがうめぇんだ。お前だって昔流した涙の跡を舐めるより、新鮮な悲哀を語る方がうまいって思うだろ」
「涙の痕を伝えば、また新たな涙を誘ってくれます」
「‥‥聞いた俺が馬鹿だったよ。はぁ、やっぱあの時のガキには未練があるな。‥‥おお、そういえば前の家に、誰か来てたみたいだぜ。しまったなぁ。喰えばよかったよ。足跡から見てそんなに数はいなかったみたいだしさ」
「冒険者が、ね。ということは童子。あなたの生存も気がつかれた可能性がありますね。金棒は身代わりに渡しておけばよかったのに。使うことないでしょう?」
「馬鹿野郎。あれは俺の宝だ。あれ作るのに、けっこう刀狩りしたんだぜ。山の鍛冶師に鋳溶かしてもらってさ。同じ大きさに化けたからといって、弱小鬼風情に渡せるかよ。金剛童子の名はあの金棒から来てるんだぜ」
「プライドですか」
「楽士にゃそんなものはねぇか? その楽器とか、歌とかよ」
「楽器や歌には未練ありません。しかしプライドというのはよく分かります‥‥痛いくらいに。さて、出かけましょう。貴方には食べ飽きるほどの肉、私には永劫語ることのできる物語のために」
「あいよ。ついで悲劇も頼むぜ。血の涙を枯れるほど流すやつだ。夫婦離間とか、親子殺しは良い酒のつまみになるんだ」
「‥‥考えておきましょう」

●冒険者ギルド
「をぉぉぉぅ、ほっとけごぜんさぁぁぁん!!!」
 冒険者ギルド受付員は、まるで宙を泳ぐかのようにして走り、敷居をくぐった彼女を出迎えた。
「あいつ、いつからあんな特技を‥‥」
 先輩受付員は呆然としながら、熱き血潮たぎる後輩の様子を眺めていた。確かに以前から、仏御前 命!! とか叫んでいたが、ここまでとは思いもよらなかった。
「で、どうしたんですか。今日はどんなご依頼でしょう!!?」
 ぴったり一歩の距離をおいて最敬礼する後輩受付員。抱きつくかと思っていたが、どうやら崇敬対象らしい。肌に触れるのは恐れ多いことなんだろう。
 仏御前もどうしたものやら、と一瞬言葉をなくすが、すぐに立ち直って彼に頭を垂れた。
「申し訳ありません。追っ手が来ているのです‥‥私を召し抱えるために、無関係な人まで危害を加えるて‥‥」
 彼女の言うとおり、耳を澄ませれば確かに幾人もの人がこちらに走ってくる音がする。それもそんなに遠くない。
「な、なんてことだ。そんな急に言われても、依頼書の作成、いやいやそれより冒険者冒険者‥‥でぇぇぇい。お任せあれ!! このオレが、魂の炎燃やして仏御前様をお守りしてみせましょう!!」
 後輩受付員はか細い腕に、ちんまりとした力こぶを作って見せて、外に飛び出していった。
「お、おいこら、ギルド受付員として出るな!」
 ギルド受付員が店の前で騒ぎを起こしたとあれば、ただでさえピリピリしている新撰組や見廻組に目をつけられてしまう。先輩は慌てて立ち上がると、草履を履くのももどかしくしながら、仏御前をつれて外に出た。
「こら、待てっ‥‥て」

 その光景は彼の顔に突き刺さる陽光による幻惑ではないかと考えた。

 追っ手はすべて倒れ伏していた。そして硬直する後輩との間に立っている、色とりどりの布を全身に巻き付けた服装の楽士。極端に色鮮やかな彼の姿は見ているだけで、他の景色から色を奪っているようにさえ感じた。目がそこから動かすことができない
「‥‥あ、あ」
 先輩受付員は即座に理解した。悪魔と噂される楽士に違いない。ゆるりと振り向いた顔。それすらも布に阻まれていたが、唯一露出している青い瞳が、驚愕で揺らぐ心の隙間に滑り込んでくるようであった。
 動けない。本能的な恐怖が足から力を奪っていった。
 硬直する先輩受付員から視線をはずし、楽士はそのまま横にいる仏御前にその視線を向けた。
「暴漢はこの通り倒れました。ですが、貴女はこれからも狙われるでしょう。お行きなさい。これを履いて。お行きなさい、貴女の故郷へ。蜘蛛が追っ手を妨げてくれる」
 楽士が少ししゃがんで布の合間から手をさしのべた。銀光を放つ指飾りが目を引き、そしてそれとは対照的なひどく地味な草履が差し出される。
「これを履けばあなたは追っ手より早く走り、安全な場所へと行くことができます。あなたは人に危険を及ぼすことなく、自らの力で逃げおおせます。あなたのことで周りの人が傷つくこともなくなるでしょう」
「助けて下さるのですか‥‥」
 恐る恐る尋ねる仏御前に、楽士は静かに頷いた。
 行ってはだめです。そいつは、敵だ‥‥。
 力を振り絞っても、その声をとうとう紡ぎ出すことはできなかった。
「もう私のことで、誰も傷つかないというのなら‥‥」

 仏御前は行ってしまった。風のような早さで。
 まだ身動きできず、その様子を見送ることしかできなかった二人の受付員に楽士は囁いた。
「見せ場を取ってしまい申し訳ございません。恨むのはご自由です。ですが、御前の意思をくみ取るなら、どうか争いだけは回避して下さいますよう。人は平和を望めども、悲しきことに『やむなく』争いをしようとします。真の平和は貴方の心から生まれるものですよ」
 楽士はそう言うと、彼らに背を向けて去っていった。

●今回の参加者

 ea0696 枡 楓(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3402 西天 聖(30歳・♀・侍・ジャイアント・ジャパン)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb3834 和泉 みなも(40歳・♀・志士・パラ・ジャパン)
 eb3837 レナーテ・シュルツ(29歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3936 鷹村 裕美(36歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb3979 ナノック・リバーシブル(34歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4467 安里 真由(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

カシム・ヴォルフィード(ea0424)/ 我羅 斑鮫(ea4266)/ 明王院 未楡(eb2404)/ チサト・ミョウオウイン(eb3601)/ ヒューゴ・メリクリウス(eb3916)/ オージン・カン(eb5374

●リプレイ本文

●情報:情報
「ここに、あの楽士が来たそうですね」
 いったい何を企んでいるのです‥‥見廻組の羽織を身にまとった安里真由(eb4467)は冒険者ギルドの表に立っていた。仏御前を追っていた兵士たちも殺されたのではなく、魔法によって昏倒か何かさせられていたようで、目的をすっかり見失った彼らはもういない。
「ふむ、ここに、ほっとけごぜんさんがいたそうだの」
 その横でぼそっと呟く枡楓(ea0696)。
「誰ですか、それ」
 しろーい視線が真由からざくざくと注がれるが、本人は至って気にする様子もなく一人思案を巡らせていた。
「これは放っては置けない事態、と言うことかの?」
「まぁ、放っておけない事態なのは間違いないの。鬼狩りとは別の悲劇を起こす気のじゃろうからな」
 西天聖(eb3402)は過去に自らが目の当たりにした記憶が蘇り、悔しそうに涙をにじませる。親しい人のために、無関係の人を殺める。温かさを求めて人のぬくもりを奪う怨霊。全てがあの楽士の仕業。
 誰も望んでいないことをさせるのはもう、たくさんだ。
「なんじゃ、その楽士というのも有名人かの?」
「それほど表には出てこないから、マイナーだな。もっとも‥‥黒幕としては上等だな」
 ナノック・リバーシブル(eb3979)の言葉に楓は、考え込んだ。
 ふむ、それでは会っても仕方ないか。いや、むしろ、その楽士の魔手を防いで仏御前の『さいん』を貰えれば、京で売れるかもしれんな。うむ、それじゃ!!
「それにしてもです。楽士はいつもどこから現れるのでしょう。確かにすごい速さで走っていく女性。仏御前さんと時間をずらして楽士らしい人物が北へ向かって出て行ったという情報は得られましたが‥‥先程の件ギルドの方に話を伺いましたけれども、ギルドを出たときにはすでにそこにいたといいます。周辺の人に聞けば、『受付の人と同じようにギルドから出てきた』というのです」
 真由は手近な人から情報収集を手早くすませ、じっと考え込んでいた。本当は行き先さえ分かればよかったのだが、その小さな情報の食い違いが気になって仕方なかった。
「そういえば‥‥ずいぶん前のことだけど、楽士はギルド内でしか話していなかったことを知っていたんだ」
 明王院月与(eb3600)の言葉に、皆冷たい汗が流れる。
 真由の得た情報と月与の言葉の両方が事実だというなら、楽士はギルドに『存在している』ことになる。それも今回だけではない。ずっと、だ。
 仏御前がギルドに飛び込んできたときにギルドには人はまばらであったし、飛び出たのは後輩受付員が真っ先だ。それよりも先に誰も出ていないのは中にいた人間の全てが証言してくれていた。
 ナノックは慌てて石の中の蝶、デビルを関知することができるアイテムを取り出してみたが、それらしい反応はない。
「もう去った、ということか。しかしどういうことだ‥‥?」
 押し黙る皆の中で和泉みなも(eb3834)が、はた、と顔を上げた。
「透明になる魔法ならどうでしょう」
「インビンジブル? あれは太陽の力を借りる魔法ではなかったか」
 眉をひそめるナノックにみなもはその言葉を否定した。
「いえ、悪魔の力として、です。私も詳しいわけではないので、想像しかできませんが」
「でも、それなら足音とか聞こえそうじゃの。いや、しかし協力者がおるのであれば」
 聖が、ふと後輩受付員の目にとまる。あらぬ嫌疑をかけられたのを自覚できたのか大あわてでブンブンと首を横に振る受付君。
「な、なんで僕をみるんですかぁぁぁぁ!?」
「ふむ、ところで店員よ。あんた何か信仰してるかのう?」
 悪魔を信仰してるんじゃないかと疑った楓に、受付君は胸を張って言い張った。
「信仰? 仏御前さんを信仰してます!!」
 ‥‥‥‥‥‥。
 ま、まぁ、悪魔に関連するような人物を雇うことはないだろう。彼の言葉は間違いなかろうし、疑う必要もあるまい。ついでにいうと、仏御前から『さいん』をもらった時は彼に売りつけようと決めた楓であった。
「ええーい、考えるより産むが易しじゃ! とにかく追いつくことが先決じゃ」
 そう叫んだのは聖であった。楽士の目的はとかく不明瞭だ。言動から意図を推測するだけで頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。他の皆も同じようなもので、今は考えても仕方ない
「そうだな。楽士の言葉からして目的は丹後の他にあるまい。急ごう」
 その言葉に一行は頷いた。
 一人、レナーテ・シュルツ(eb3837)だけは、まだずっと考え事をしていた。


●状況:カガリの寺
「カガリ! これはどうしたんだ」
 鷹村裕美(eb3936)はそう叫んで寺へと駆け込んだ。
 以前倒した鬼がまだ健在である可能性が高いと考えた、裕美は明王院未楡とともにカガリの住まう寺へと訪れていた。他の鬼がまだいるのか、そういった情報を確定させるためだ。
 だが、その願いは断ち切られた形となった。
 破壊。
 殲滅。
 横たわる、死。もしくは、立ち上がる、死‥‥
 寺は完膚無きまでは破壊され、大きな柱もすべて途中から砕け、屋根は無惨にも大地に散らばっていた。寺の山号を掲げる看板が数十メートルに渡って吹き飛んでいる。
「ふざけるなっ! なぜだっ!!」
 瓦礫に足を取られないようにしながら、刀を油断なく構えた。
 彼女の目の前には尼だったのだろうボロボロの法衣をまとった女が頭を半分無くした姿で立っていた。寺の倒壊で潰されたと見て判るのもあれば、どうみても引きちぎられたような痕もあった。そんな死人が生者の匂いをかぎ分けたのか、茫洋とした目がいくつもこちらを向いている。
 裕美は未楡とともに背をかばい合いながら、刀を振るった。行く手をふさぐ死人憑きを切っては襲いかかる動きを阻害し、その隙をかいくぐって少しずつ出口へと向かっていく。
 もう少しで出口。その気のゆるみが災いを呼んだのかどうかしらない。突如、祐実の視界が勢いよく縦に流れた。もう半分慣れてしまった感覚だ。
「あべしっ!!!」
 口の中に寺を敷き詰められた白い砂が押し入ってくるのを、裕美は吐き出して慌てて態勢を立て直した。
 そしてふと硬直する。白い砂‥‥。
 見れば死人憑きの半分以上、五体満足なものはいない。それは確かに寺の倒壊による傷ではあったが。そうは思えないものもいくつかあった。
「鬼め、‥‥まだ、まだ足りないのか。屍肉を食うほどに!」
 裕美は仲間入りさせようとする死骸の攻撃を避けると立ち上がって、門へと走った。足を引きずって追いかける死人の姿はすぐ見えなくなってくる。
 走って、走って、息も絶え絶えになるほどに走って、この苦しい気持ちをふっきってやりたかった。
 ‥‥‥‥。
 胸の締め付けられる思いは、それでも振り切ることはできなかった。
 求めていた人物は出口にいた。
 五体全て砕かれた無惨な姿で‥‥‥‥。
 齧り付いているあの小さな小さな赤子のような大きさの死人憑きが、どこの子であったかなど、もう確認したくもなかった。

●情報:標的
「御前はいないのですか!?」
 丹後について即座に聞き込みを開始した一行であったが、速度や容貌で目を引く彼女のことだと思っていたのが間違いであった。一日かけて情報を集めても誰も見聞きしたことがないという。
「ああ、あんた達が言うような人だとすればすぐ分かると思うけど」
 櫓で監視を努める青年はやはり見たことがないと言った。
「ど、どういうことじゃ‥‥」
 てっきり宮津城下の町に足を入れているだろうと思っていた聖はもう真っ青だった。ナノックも予想外だった出来事に言葉を失い気味だ。
「やはり、楽士が用意したという草鞋。あれに仕掛けがあったんじゃろうか。鬼の居場所に運ぶとかいう代物もしれぬ!」
「楽士のことならあり得るな。だが、奴もここに潜んでいるはずだ。丹後のどこかであるのは間違いないはずだが」
 それではいったいどこに?
 一同が沈黙する中、じっと黙っていたレナーテがおもむろに口を開いた。
「たぶん、山中でしょう。丹後にはたくさんの山があるといいます。土蜘蛛が遮るというなら行く先も土蜘蛛の潜む山であるという可能性が高いでしょう。方向は分かりませんが、仏御前ものんびりとはしていないはずですから、この宮津と京都を直線で走っていると考えてはどうでしょう」
「なるほど、まっすぐにしか走れないというのはありそうだな。仏御前は森にわざと入って追っ手をまいていたという話も聞く」
 レナーテの言葉にナノックも頷く。
「それともう一つ。以前、楽士は物語を紡ぐために、悲劇を、そうしなければならない状況を作り出す、とおっしゃっていましたね?」
 レナーテの言葉に、月与は静かに頷いた。そしてそれを確認してレナーテは言葉を続ける。
「前回、病魔に襲われた村を助けるために鬼退治をさせようと楽士は動いていました。そして今回。仏御前様と関わらせたいのかと思っていました」
 その言葉にみなもがはっとする。みなももすぐにレナーテの意図を汲んだようで、言葉を続けた。
「楽士は、私たちを物語に引き込もうとしている。とても回りくどいけれど、私たちのしたことで、何か悲しい出来事へと変わっていく、というのですか」
「はい、恐らく。此度の舞台は丹後で、その主役というのでしょうか、楽士の狙いは私たち冒険者にあると思います」
 その言葉に自分たちがいったいどのようなことに巻き込まれているのかまったく想像もできず、一行は気味の悪さだけを味わうことになった。
「どれほどの時間が掛かろうとあなたの陰謀を必ず打ち砕いてみせます。ここでじっとはしていられません。行きましょう」
 真由の言葉に皆頷いた。どんな陰謀だろうが、悲劇だろうが、立ち向かえないほど弱くはないのだから。

●情報:正体
 ズバシュュュュァァァッ!!!!
 オーラのこもったレナーテの剣が土蜘蛛の体を引き裂いた。
「数が多いから、囲まれないように気をつけて下さい!!」
 続いてヒポカンプスの上でアイスチャクラムを作り出したみなもがそういいながら、牽制の意味合いも込めて土蜘蛛の多いところへと叩き込んだ。
「どこからこれだけの土蜘蛛が湧いて出てくるのじゃ!」
 ダブルブロックで、土蜘蛛の複数匹による多段攻撃をかいくぐる聖の悪態に、サバイバーを抜き放ってその土蜘蛛をスマッシュで一匹ずつ吹き飛ばしていくナノックが答えた。
「京都から逃れてこちらに住み着いたらしいぞ。そう聞いた記憶がある」
「しかし、何を食べてこれだけ増えるんでしょうね。食べ物がなくなってしまいそうですよ!」
 炎をまとわりつかせた刀で土蜘蛛を焼き切りながら、真由は用心深く増援がないか見回していた。しかし、それは楓のトラップによってうまく遮ることができているようだ。時間が経てばすぐに潰されるだろうが、一匹一匹の到着を遅めるという手段で、網系のトラップがよく効いているようだった。
「ここはあたいらに任せて先を急いで!! あたいもすぐに追い駆けるから」
 月与がそう声を上げる。ここで皆で土蜘蛛を殲滅していては、時間がいくらあっても足りなくなってしまう。仏御前が直接通る可能性がある唯一の山だ。ここで行方が分からなくなってしまえば、どうしようもなくなってしまう。
「うちも残っているから、安心しておくのじゃぞ。それから出会ったら『さいん』よろしくな!」
 トラップ作成に奔走する楓も月与の言葉を後押しした。皆は手近な敵を一掃すると、奥へと走っていく。
「後はお願いします」
 そうして彼らの足音が聞こえなくなるまで、そう時間はかからなかった。

「こ、これで全部‥‥? よ、よし、みんなの後を追おうよ」
 ぜ、は、と息を短く切りながら、月与は楓にそう声をかけたのは、先行組からずっと遅れてのことだった。太陽が傾き、強い日差しも柔らかくなり始める。お茶を飲みたくなるそんな時間。
 心を突き抜けるような声が、二人の安堵を打ち消した。
「随分と腕を上げましたね。月与さん、それから、そちらの女性の方もお初目にかかります」
「楽士‥‥」
 楓は小首をかしげていたが、月与にはそれが誰だかすぐに理解することができた。男とも女ともとれるような声。心に直接響くような、気を抜けば心にしみいってくるような、そんな声。
「いつからそこにおったのだ‥‥?」
 楓がいち早くその存在を発見した。彼女たちの立つところから10歩も離れていない。相変わらず目を引く色とりどりの布とそこからこちらを見る青い瞳。
「なぜ皆を不幸にするの? もう悲しみの連鎖なんかいらないのに‥‥」
「では、貴方の望む幸せとはなんですか?」
 楽士は悪びれずに問いをそのまま月与に投げ返した。
 問いを受け取った月与は楽士を心のこもった強い瞳で見つめた。同時に、母から受け取った聖剣にそっと手を伸ばす。
「お姉ちゃんの、魂を返してもらうことだよ!」
 世界の人々のために、楽士を倒すんだっ!!
 月与は走った。楓もその動きに歩調を合わせるようにして、側方の竹林へと踊った。
「なるほど、ではきっと貴女はすぐ幸せになれますよ」
 楽士は僅かに身を翻すと、その攻撃を正面から受けた。色鮮やかな衣が綺麗に裂かれるが肝心な肉体には届かなかった。衣の中は西洋風の服であった。そんな中から白い手が剣を引く手を押さえつけた。
「あんた、動いてはダメじゃぞ!!」
 その瞬間、楓が短い竹槍を放った。竹のしなりを弓代わりにして撃ちこんだのだ。土蜘蛛戦の時に作ったトラップがまだ残っていたのだ。
 竹槍は楽士の顔をかすめた。そして顔を隠す布を残らずはぎ取っていった。
「‥‥っ!!」
「月与さん、幸せですか? 願いは叶いましたよ」
 青いくせのある髪、西洋の服を着たそれは女性であった。もっとも今ここで出会いたくない、想像だにしなかった人物が目の前にいた。
「あ、ああ、アストレイアお姉ちゃん‥‥? 違う! そんなはずない!! 変装したんだ!!」
「魔法で確認してみますか? 過去の出来事をお話ししても構いませんよ」
 強い眼差し、堅くて丁寧な言葉遣いの奥に含まれる密かな優しい女性的な含み。
 違う、この人が楽士だなんて!
「あんた、大丈夫かっ」
 様子がおかしいことを知った楓が、楽士に向かって飛びかかっていく。だがそれを止めたのは月与であった。
「大丈夫です。本当は顔を出さないつもりでしたから」
 飛びかかろうとする楓に震える月与を差し出し、楽士は立ち上がると、護符を取り出した。
「それでは、またどこかで会いましょう。次はもっと大きな舞台の上で、ね」
 その言葉が楓や月与の耳に届く頃には、楽士はもう、その場にいなくなってしまっていた。

 そして結局、仏御前も最後まで見つかることはなかった。
 風が吹く。だが、彼女の舞う音は聞こえない。