堅物の彼女(アイアンメイデン)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:1〜3lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月20日〜05月25日

リプレイ公開日:2005年05月26日

●オープニング

「お父様、お呼びでしょうか」
 父の執務室に敬礼を持って入室した娘は、クセのある金色の髪を短くまとめ、騎士装束に身を包んでいた。目はやや柔らかい雰囲気を持っているが、それも全体の雰囲気と比べてみればのこと。その瞳の奥には強い意志の光が窺える。
「その装備にも慣れてきたようだな」
 言葉だけ聞けば、娘の成長を喜ぶ父の言葉だ。だが、その眉間には皺が寄り、声も冷たい。明らかに皮肉である。しかし、そんな言葉にも全然気づかないのか、それとも言葉通りに受け取っているのか、娘は嬉しそうに答えた。
「ありがとうございます。私自身も騎士としての自覚が根付いてきたからかもしれません。これもお父様のおかげです」
「ふむ、ところでアストレイアよ。お前はいくつになる」
「20になります。騎士として色々学ばねばならない一番重要な時期、そうですね?」
 娘は父から学んだ言葉を思い出すようにして、質問を返した。その言葉に父は鷹のような鋭い目をさらに細くして見つめた。
「そうだ。様々な経験が必要になる時期だ。特に今までに経験したことがないものを知らねばならぬ」
「はい。確かにまだ私には知らぬ事がたくさんあります」
「ではアストレイア。恋を知りなさい」
 は?
 彼女の実直な顔が一瞬で破壊された。それから間もなく、かろうじて平静を取り戻すと、娘は猛烈に反抗をし始めた。
「お父様っ。恋は私には必要ありません。特定の誰かを好きになってしまえば、皆を公平に守ることができなくなります。また正確な判断力をも奪ってしまいます!」
「だからこそ、恋をしれと言うのだ」
 娘の反撃を、父は一言でたたき返した。
「己の心がそれほど強いと思うな。くじけそうな時には友の助けが必要だ。また優しさは人と接するところから生まれる。お前は自らを鍛え、法を学ぶに専念し、人とのつきあいが疎遠になっている」
 その言葉が真実を告げているので、娘は押し黙らざるを得なかった。
「友ならばこれからできるだろう。しかし、恋についてはお前が知ろうとしない限りは得ることはできぬ」
「しかしお父様‥‥」
 弱々しくもなんとか反抗を試みようとする娘。
「真っ直ぐな性格は理想ではあるかもしれぬが、実際には騙されるか疎まれるかするものだよ。自らの幅を広めるには『遊び』が必要だ」
「ですが、恋をしろだなんて。はい、そうですかってできません!!」
 噛みつかんばかりの娘の言葉に、父は悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「誰も恋をしなさいとは言っておらん。恋を知りなさいと言ったのだ。一番の勉強は体験することだろうがな」
 言葉のアヤとしか言えない父の言葉に、娘は口をパクパクとさせた。
「‥‥っ。失礼します!」
 娘はいても立ってもいられなくなったのか、父の執務室を後にした。こんな状況でも退室の礼を忘れないあたり、骨の髄まで礼法がたたき込まれているようであった。
「これで混乱するようなら、世の波は渡っていけんぞ、アストレイア」
 父は静かに呟いた。

●今回の参加者

 ea5741 ハルカ・ヴォルティール(19歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea7372 ナオミ・ファラーノ(33歳・♀・ウィザード・ドワーフ・ノルマン王国)
 eb0605 カルル・ディスガスティン(34歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2135 ルナール・レンベルー(21歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb2201 レーアリング・ラストロース(45歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb2321 ジェラルディン・ブラウン(27歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 優美な曲がテーブルの人の合間を縫うように流れる。それは控えめで人々の会話を決して損なうものではない。人々の心をほぐし、穏やかにさせる。そんな曲だ。
「突然のお願いの割には立派なパーティーになりましたわね」
 ジェラルディン・ブラウン(eb2321)は少しばかり驚きを含んだ声でパーティーを眺めた。
 アストレイアの父に、彼女に恋を教えるためと頼んだパーティーは思った以上に豪勢なものだった。数十人の集まるパーティーに参加する面々も一般客やそこそこ身分のありそうなものなど、年齢・性別・身分・職業など広く広がっていた。ここでは誰が紛れても疑われることはないだろう。
「いいですね! ほら聞いて。私のお知り合いの楽士さんたちもお呼びしたんですよ」
 ルナール・レンベルー(eb2135)はカジュアルながらもどこか気品さを感じるこのパーティーが気に入っていた。もう既に彼女は歌を歌いたくてウズウズとしているのだが、肝心の主役の姿が見あたらないので、まだ我慢の子である。
「ところでアストレイアさんはどこかな?」
「今着いたようだな」
 礼服を纏い、耳を髪型で隠したカルル・ディスガスティン(eb0605)は、盛り上がりを見せ始めたパーティーの邪魔にならないようにそっと入ってきたアストレイアの姿を指差した。
「パーティーにはカジュアルな服装で‥‥とあったはずですが」
 レーアリング・ラストロース(eb2201)はアストレアの服装を見て、溜息混じりにそう漏らした。騎士の礼服を纏った彼女はたくさんの人の中でもかなり浮いているようにみえる。
 彼女は笑顔を絶やさず、出会ったエルフの錬金術師と思われる女性にもきちっとした挨拶をし、一人でいる様子はこのパーティーを見守る衛士のようでもあった。それがなじんでいるとは誰も思えなかった。
 そんな彼女に最初に働きかけたのはジェラルディンであった。
「少し行ってくるわね」
「それならお茶を持ってきたから、彼女に渡してあげてよ‥‥ん。美味しい。良い出来だよ」
 あらかじめ、お茶に使えそうな植物をいくらか持ってきていたナオミ・ファラーノ(ea7372)は、ポットから漂う香りを楽しんだ後、それをジェラルディンに手渡した。
 向こう側では相も変わらずアストレイアは形式に則った堅苦しい挨拶を続けている。
「お茶をどうぞ、アストレイアさん。こういう席でシャチホコ張った礼節はあんまり楽しくないでしょ? もっとリラックスしましょう。楽しまなくては失礼になるわ」
「あ、ありがとうございます。しかし礼節は肝要です。礼儀は過ぎても笑われるだけですが、羽目を外せば嫌われます。それにいつ火急の事態が起こるかもしれませんし‥‥」
 彼女の考え方は石橋を叩いて渡る、を地でいっているわね。ジェラルディンは苦笑せざるを得ない。
 でもね‥‥。
 そう言おうとした瞬間、アストレイアの表情が強ばった。周辺の様子に強く注意を払っている様子がありありと分かる。
「失礼ながら人付き合いが苦手とお聞きしたので、少しでも和んで頂けたらと思いチャームを使わせて貰いました。気を悪くされましたらお詫びします」
 アストレイアが強く睨み付ける先から出てきたのは十野間 空(eb2456)だった。彼はチャームを使ったことに対して真摯に頭を垂れる。
「いえ、パーティーにてまさか魔法が飛んでくるとは思いませんでしたので」
 その態度と言葉に若干毒気を抜かれたアストレイアは困った顔をしてそう答えた。
「恋はお嫌いですか?」
「恋は人の判断を狂わせます。最初から傾いた天秤には誰も信用などしてくださいません」
 十野間の問いに、アストレイアは毅然と言った。しかし、十野間は深く頷くと、やんわりと反論した。
「公平な判断‥‥難しいですね。所詮は、人の判断です。二人でなら互いに過ちを正す事ができたとしても、一人では誤った事にすら気付けないですからね」
 そこにレーアリングも言葉を添えるように軽い会釈を持って話題に入ってきた。
「あなたは恋のデメリットを良く知っていらっしゃる。しかし恋とは駆け引きであり、支えあうことであり、新しい見方を知ることができる、という事でもあると思います」
「父にもそう言われました‥‥ですが、そのリスクは大きすぎます。騎士になる前なら、受け入れられたかもしれません」
 アストレイアは小さくかぶりを振った。眉根を寄せ、寂しげな表情を浮かべる彼女から、恋は自分には適合し得ないものだと考えているのが伝わってくる。
 支えあえる関係というものをどう伝えたら、理解できるであろうか。レーアリングは彼女の言葉をじっと聞いていた。
「それじゃあ、素敵な気持ちを‥‥ちょっとだけでも感じてもらえればいいなぁ、と思うんです!」
 横で話を一緒に聞いていたルナールが、はいっ! と手を挙げた。
「気持ちを感じる、ですか‥‥」
 知ったことのない気持ちを共感できるのだろうか、アストレイアはルナールに困惑した顔を向けたが、歌姫はいたって気にする様子もなく、無邪気に微笑んでみせる。
「人に言われてなる『好き』は、本当の気持ちじゃないと思うから‥‥せめて、それを感じてもらえればと思うんです」
 そうしてルナールは、楽士に合図を送った。間もなく背景に流れていたメロディーは止み、今度は人々に直接メッセージを送る、強い響きを贈り始めた。

『大切なものなんですか?
 自分に問いかけてみた 守りたいものありますか?
 解ってるつもりでも〜
 正しく(まっすぐ)生きてゆくのはちょっとだけ難しいだから一つだけ
 大好きな人に 大好きと言える強さを持っていて
 笑顔が揺れる素直な向日葵のように 輝きながら〜』

「ほぅ‥‥」
 カルルは恋の歌が始まってからも、冷静にアストレイアの様子を窺っていた。気配を隠して常に彼女の周りにいる事にしていた彼だからこそ、気付いたのかもしれない。
 実直で人付き合いが苦手、と聞いていたが、歌を聴くアストレイアは騎士の仮面を外した一人の少女と同じだ。
 ふ、と。一瞬カルルの脳裏に一人の女性が浮かんでは、消えた。
 一瞬の幻想を振り払うとカルルは小さく呟いた。
「何にせよ‥‥自分を偽る事はしない事だ‥‥」
 その言葉が彼女に届いたかどうか。アストレイアはしばしの間、少女の顔のままでいた。
 誰もがぼうっとするその雰囲気に馬のいななきが響いた。見ればナオミが愛馬のシャルルを連れて歩いている。
「おっと、驚かせてゴメンね。このコはシャルルって言うんだ」
「こんにちは。シャルル。綺麗な毛並みですね。よく手入れされている」
 大人しく佇むシャルルに対して、にこやかな笑みを浮かべて挨拶をするアストレイア。その笑顔を見て、ナオミもまた笑顔を浮かべた。
「よかった。『愛しい』と思う感情がない訳じゃないって事ね。恋って大変なことのように思っているみたいだけど、要するに恋とは『大切に思う気持ち』の一つ。花を愛でる、馬を愛でる、民を守る、自分の親を大事にする‥‥どれもこれも変わらないわ」
 ナオミは愛馬のたてがみを撫でつつ、そう言った。そして、あの人が待っているから私は倒れる訳にはいかない、そういう人がきっといつか出来るわ。とアストレイアに対して優しく微笑んだ。言われた方はどう答えて良いか分からず、はにかみ笑顔になってしまっていたが。
「そうですね。そう言われると恋というものがもう少し分かった気がします。大切に思う気持ち、それがなければ騎士は人々を本当に救っていくことができませんね。皆様、本当にありがとうございます」
 アストレイアは本当に嬉しそうな顔をして面々に向かって、深く深くお辞儀をした。
 そんな彼女に十野間は真正面に立って、アストレイアの瞳を見つめて想いを告げた。
「十野間一族は、力無き者の盾にならんと野に下り力を尽くして来た一族で、その志から魂の伴侶とも言える人と生涯人々の為に尽くして来ました。私はあなたなら志を共にして貰えるのではと思い本日ここに参りました」
「ありがとうございます。人々を大切に思う気持ちは私も同様ですが、私にはもっともっと学ばなければならないこと、強くある必要があると実感しました。それにはたくさんの時間と修養が必要です。お互いに強くなって、その時にまた。よろしくお願いします」
 十野間が見る女騎士の瞳には、義を同じくする同志としての光が輝いていた。彼女との関係が進展するにはもう少し時間がかかりそうだ。
「ああ‥‥どんな障害も乗り越え、見つめ合う恋人同士の強い絆。そして互いの互いに対する語り尽くせぬ熱い思いを行動で…ああ、恋とは素晴らしい物‥‥」
 ジェラルディンは二人の会話を聞きつつ、恋という甘美な響きに身を焦がさされていたのであった。