●リプレイ本文
●海の上で
「来ませんね‥‥」
「果報は寝て待て、というだろ?」
あまり帆を張らず、代わりに長い櫂を海面に突き立てて、ゆったりゆったりと進んでいる船が一隻。やや重厚な作りをしているが、巻いた帆から覗く御印はサカイヤのもの。船の縁からも同じ印の布地がパタパタと風にあおられている。たっぷりの木樽や箱を積んだその様子は、商船そのものであるが、その船縁で釣り糸をたれる青年アリアス・サーレク(ea2699)は八卦衣に力帯、側には日本刀が、その横で同じように釣りをするジャイアントの女性、鷹波穂狼(ea4141)も鷹の羽で飾られた鎧に羽織を身に着けて、物々しさを感じさせる。ただ一人、さらにその横を陣取る楠木麻(ea8087)は陰陽のシンボルが刺繍された褌と冷え対策の布を肩からかける程度であったが。
この船、釣り竿の代わりに長弓。樽の中には銛が差し込まれ、御印の布は風にあおられれば、隠された防御用鉄板が見え隠れする。そうまるで軍船のような‥‥
「偽装していることがばれているということはないですよね?」
麻が心配そうに声をかけると、水夫と話していたクリムゾン・コスタクルス(ea3075)が横槍を入れた。
「しねぇよりマシだろ? どうせ襲ってもらわねぇとどうしようもねぇんだしさ」
「そうだな。同じ海に生きる者として河童の海賊とやら、必ず退治してやる‥‥と言いたいが、その海賊行為を見付けないと、どうしようもないからな」
クリムゾンの言葉に諾意を表す鷹波の言葉に一同も頷いた。というよりやや、首を傾げている。トテトテと走りながら甲板のモップがけをしていた、フィーナ・グリーン(eb2535)も河童海賊という言葉にピタリとその足を止める。
「名前の割に怖いことをされているのですね‥‥河童海賊さん‥‥」
「河童海賊‥‥字面的に変だが‥‥」
「だいたい河童が、海水にいるっていうこと自体‥‥フシギなんだよなー」
皆、一同想像していた河童像とのギャップにうなる。
「そういえば、河童達はどんな手段で襲ってくるんでしょう? 沖合で襲ってくるとは聞きましたけど、最初は操船者を狙ってくるとかするのでしょうか?」
フィーナの言葉に鷹波も同じ質問をしようとした。
「確かにそれは気になっていたことだ。奴らは泳いでくるのか、船で来るのか‥‥とかな」
二人の質問に、先刻までクリムゾンと話していた水夫は苦々しげに答えた。彼ら自身も襲撃された経験があるに違いない。その様子を思い出すだけで、苦渋に歪んだ顔をするということは、相当悪辣なのだろう。
「答えは両方だ。3班は船から射かけてくると同時に、残りが船底をぶち破ってくる。船底組が船室を荒らし、射撃隊がラムで突撃」
「やっぱり船底潰すのか‥‥射撃もやりすごす方法を考えんとな」
そんな折り、マストの上から南雲紫(eb2483)の声が降り注いでくる。同時に、海と同じような鈍色の空を舞っていた鷹が1羽船に降り立ったかと思うとみるみるジェームス・モンド(ea3731)の姿へと変わっていく。
「前方に船。釣り船みたいだけど、こっちに向かってくるわ」
「前方だけではない。後方、左側方からもやってくるぞ。前方に気を引きつけている間に、という奴だな」
一同の動きがあわただしくなる。船室で待機していたゼルス・ウィンディ(ea1661)を呼びに走ると同時に、それぞれが武器を構えはじめる。そんな中、麻がアリアスの衣の裾を引っ張る。
「アリアスさん。こんな時にですけど、糸引いてますよ。私や鷹波さんのもですけど」
「なに? くっ、もう少し早くかかればいいものを! しかし、釣り竿を持って行かれるわけにはいかないな。マグロだったら捨て置くこともできん」
アリアスは慌てて、激しく動いている自分の釣り竿を取り上げた。たちまち、アリアスの手に強烈な『アタリ』の感触が伝わってくる。
「な、なんか知らんがでかいぞ!」
その横で海に慣れた鷹波がまず釣り竿を引き上げる。海から上がってくるのは、赤い姿の魚が引き揚げられる。
「マダイか。けっこう大きいな。全てが終わった時の宴会の肴だな」
「わ、わ。釣れました、釣れました。河豚をとったどー!!」
でやぁ、と海面でもがいているそれを網ですくい取り、麻はたかだかと翳した。しかし、それはどうみてもプクプクの体をした河豚ではない。茶色い甲羅に大きな手。飛び出た目玉。それを見て、フィーナがパチパチを手を叩いた。
「河豚じゃなくてカニですね。丹後のカニはおいしいらしいですよー。全部終わったら料理しますからね」
残念。河豚は丹後の海ではゲットできないようであった。
一方、最後まで苦戦しているのはアリアスだ。
「で、でかすぎる。ぐ、釣り竿が折れそうだ‥‥!」
彼の言うとおり、ニョルズの釣り竿は大きくしなり今にも折れてしまいそうであった。そんな中戦闘準備に奔走していた紫がアリアスに鋭い声を飛ばす。見張りをしていた時とはうって変わって厳しい声だ。
「アリアス、急げ。弓の範囲にかかってくる。総員、戦闘配置! 障害物を利用しろ」
「ブレスセンサーに大きな生き物の呼吸を探知しました。近くまで来ています!」
「照海鏡に不審な魚影が一瞬映った。網を準備するぞ!」
「大変だ! 荷物を中に! 濡れたら元の木阿弥だぞ!!」
大声が飛び交う中でアリアスは渾身の力をこめて、釣り竿を引いた。
「もうす、こ、し‥‥」
●強襲
アリアスの釣り竿が最大までしなったところで、急に軽くなった。釣り竿は突如、本来の形に戻り、獲物を大きく海面から引き出すことに成功した。
その獲物に皆は一瞬大きく目を見開いた。
「なっ」
「嘘」
「本気かよ!」
「あらまぁ」
釣り糸の先には大きな緑色の生き物がぶら下がっていた。黒い毛の真ん中にお皿を逆さにしたようなものが乗っかっている。
河童。人はそう呼んでる。
河童は釣り糸を握りしめ、もう片方の手には銛を構えていた。そして灰色の空で浮かべる表情は、してやったりの笑み。
「ケッケ。喜びな。マグロよか大物だぜぇ!」
ドスっ!!!!!
その驚愕の一瞬のうちに、河童が銛を振りかぶり、釣り竿を握ったままのアリアスに投げつけた。普段なら受け流すことも十分可能であったものも、突然の遭遇に気を奪われてしまったアリアスは僅かに体をひねることだけが精一杯で、それでもその胸部を貫かれた。
「やってくれるな‥‥」
「ケッ。浅かったか!」
釣り竿を捨てると、すぐさま刀を抜き放ち盾を構えるアリアス。傷はそれほど深くないものの、してやられたという気持ちが心に衝撃を与えていたが、多くの戦いを切り抜けた彼は油断なく船縁に立つ河童と向き合った。
河童は体を低く構えて力を溜めたかと思うと、一気に飛びかかってきた。それは目を瞬かせることもできぬほどに素早い動きで、間合いを一瞬でつめていく。
ザム、ンっっ
はたして河童にその軌道が僅かでも捉えていたであろうか。
飛びかかろうとしていた河童の腹部に朱線がにじみ、一気に血があふれ出していた。河童の勢いは盾に阻まれ、たちまちの内にゼロになり、吹き出す血を呆然とする。アリアスの刀は河童の攻撃を盾で阻んだ時点ですでに振り抜いていたのである。
「よそ見をしている暇は、ない」
追い打ちをかけるようにアリアスと河童の間を切り裂く電光のように紫が疾った。同時にパキンっ、と鎖骨の砕ける音がして、河童はそのまま崩れ落ちた。
「釣り糸で登ってくるとは、でたらめなことしてくれる」
河童とその登ってきた海を眺めながら、アリアスはヒーリングポーションを取り出した。駆けつけた紫はその後に続く敵がいないかと海をのぞき込んだが、海中に不振な影は見えない。
「陽動か‥‥?」
そう呟いた紫の背中から、クリムゾンの声が飛ぶ。
「近寄らせんじぇねェ!! 網行くぜ!」
「シャルマ。射かけてくる船にシャドゥフィールドを」
ゼルス・ウィンディ(ea1661)の言葉に応じて、水軍兵を恐れさせないように木箱に入っていた月精龍、シャルマが翼を広げて飛び上がる。
「わ、わわわわ!? なんだありゃぁ!?」
「味方ですよ。皆さんには決して危害を与えませんから、ご安心下さい」
シャルマへの指示よりも、突然のシャルマの登場に驚き混乱しそうになる水夫達を押しなだめる方に力を入れなければならないゼルスをよそに、シャルマは大空をぐるりと回ると、マスターであるゼルスの元に近寄ると、短く話した。
「マスター、海上では全てが固定されませんよ」
それだけを残し、シャルマはまだ近づいてくる船に対して、『シャドウフィールド』を展開した。河童達も月精龍の姿を見るのは初めてなのだろう。突如訪れた闇の帳のためか、それともシャルマを姿に恐慌を来したか、悲鳴じみた声が河童達からあがってくる。
「よし、あの闇に向かって網を投下してください。海に避難した河童は私がとらえます」
ゼルスはそう言うと、早速プラントコントロールの詠唱に入った。
「神皇様に代わって、お仕置きよ!」
船後方にて。麻がそう叫ぶと瞬間的に作り上げた『グラビティーキャノン』を河童達の乗る船に対して放った。黒い帯状の光が麻の手から発せられたかと思うと、その光に触れた矢はたちまちのうちに力を失い、河童達は悲鳴をあげた。超重力に自らの自重や装備の重さに耐えられなくなったのである。
「偽装のために小さな船で来たことが間違いです!」
重力波の光は矢や河童達を痛めつけるにとどまらず、その移動手段であった船も照射していた。そう、木板の接いで作られる船は重力波の影響で不気味な音を立て始めたのである。
「ごめんなさい、捕獲させていただきます」
浸水の始まる河童達の船にフィーナは投網を投げ広げて、海に退避しようとする河童達を捉えに走った。だが、3人ほど捕らえた者の、素早く海に飛び込んだ残りの半分は海へと消えてしまった。
「海人族と言ってもその程度か! 恐れをなして顔もだせんか!!」
鷹波は得物を構えて、海に沈んだ河童を挑発したが、顔を出してくる様子はなかった。船底まで到達されれば後がない。
「私がやろう‥‥麦藁、いやいや三度笠のモンドがお相手しよう」
モンドは『ミミクリー』を唱えたかと思うと、腕をまるで蝦蟇の舌のように伸ばした。それはモンドの居場所からでは海面をこすることくらいしかできないはずだったが、伸びた腕は海上を走り、彼らをなぎ倒す感触が手に残る。
「ガマガマのナギナタ、と名付けましょう。甲板のお掃除もこれだと便利ですね」
フィーナが嬉しそうに手をぱちぱちと叩く。
だが、それもつかの間。船体が大きく縦に揺れた。縦に揺さぶられるゆれと衝撃。大きな波でも暗礁にであったものとはまた違ったゆらぎにモンドは直感した。
「下に潜り込まれたようだな。まだこちらにも相手が残っているし、数が多いと目が届きにくくて敵わんな」
「えー、荷物奪うのに、船沈めるんですか? 濡れたらだめになる荷物もあるのに」
せっかく騙すために大声張り上げたのに、としょぼくれる麻に、モンドはもう一度魔法を唱え直し、下半身を魚へと変貌させる。
「河童の魂胆はわからんね。破壊活動をまず止めよう。私はこのマーメイドスタイルで水上戦を挑むことにしよう」
「では私もお供いたします。破壊活動は少しでも早く止めないといけませんからね」
モンドとフィーナは軽く視線を交わすと、海へと飛び込んでいった。
●帰還
「海人族の半数以上を撃破。海賊活動はしばらく行えないだろ。退治という意味では成功ってところだな」
鷹波は櫂を操りながら、横に座るアリアスに声をかけた。
「二度と海賊ところまでは行っていない。首領格のいただろう船はすぐ転身したしな」
アリアスは不服そうにその横で釣り糸を垂れていた。全滅もさせられなければ決定打を与えたとも言えない。そして釣果もなし。
「水夫にも大きな被害がなかったんだ。良しとするべきだろう」
潮風と海水、そして血糊に晒され続けた自らの刀の手入れをしながら、紫が口をはさんだ。目つきは鋭く、刀への尋常ならざる想いを覗かせる。
「しかし、船室側からよく攻撃できましたね。私は海の中でだいぶん頑張ったのに」
フィーナは水中で船底に挑む海人族を多く倒したが、確実に倒せたのも船底に挑んだ組が深い手傷折っていたからである。その不思議に対して紫は鞘に収まったままの刀を構えて説明する。
「船底から進入してくるのだから簡単な話よ。水の中でなければ怖くないかないわ」
「モグラ叩きだな。俺は槍の穂先を切り落とすだけだったが」
アリアスは憮然とした顔で釣り糸を引き上げた。先につけていたはずの餌がない。いつの間にか食べられていたようだ。
船底への攻撃が始まってすぐ、アリアスと紫は船底に当たる船室へと向かっていた。シュライクバーストで、敵の武器、腕ごともあったが、を切り落としていった。
「捕らえて本拠地を聞き出そうと思っていたのですが」
はぁ、とため息をもらすのはゼルス。その上空ではシャルムが気分の落ち込むマスターを心配するかのように輪を描きながら、飛び舞っていた。
「捕らえることだけはできたんだがな。ここまで沖じゃなかったらそれもできたんだろうけどよォ」
同じようにクリムゾンもため息をもらす。作戦や間合いはよかったはずなのだが。数の多さに目が行き届かなかったことに悔しさを覚えていた。
はぁ。
もう一度ため息をつきつつ、雲間から覗く黄昏に櫂を漕ぐ水夫達の姿をみやった。夕陽に映るその光景は幻想的で、先ほどまであれほど激しく争ったことなど感じさせもしない。
「船が沈められなきゃなぁ‥‥」
「それはまた次回な。とりあえず漕いでくれないか? 進まないんだ」
鷹波はクリムゾンにそう言うと再び櫂を操り始めた。そう、行きの船は船底の傷のため沈没。現在は鷹波がもしものためと用意していた小舟の上だった。ちなみに水夫達が漕いでいるのは、海人族から接収したもの。
「あ、モンドさんです」
フィーナは、海の果てから泳ぎ渡ってくるマーメイドスタイル・モンドを目ざとく見つけ大きく手を振った。よく見れば、麻が首だけ顔を出している樽を牽引している。
「あら、麻も無事だったのね。良かったわ」
「船がないと思って頑張って樽に捕まってたのに、どうしてみんな舟にのっているんですか!?」
刀を納めた紫はにこりと微笑むと、モンドから樽を受け取り、麻を救い出した。麻の方はちりぢりばらばらになっていると思っていたばかりに大ショック。
「皆、無事で良かった」
モンドは一行の顔を確認しながら、揃っていることを確認すると父親のような温かい笑みを浮かべたのであった。