●リプレイ本文
「源細藤孝様のご子息ということですが‥‥雰囲気が随分違うようですね」
六条素華(eb4756)は、ちらりと依頼主である忠興の様子を横目で見てつぶやいた。当の本人はケント・ローレル(eb3501)と肩を組んで、美女談義に花を咲かせている。
「‥‥これが藤孝様と争うタネにならなければ良いのですけれど‥‥」
愁いを帯びた瞳でチサト・ミョウオウイン(eb3601)も素華の言葉に同意を示す。これ以上争いは起こってほしくないものだ。だが、そんな心配をよそに忠興は大声でカラカラと笑った。
「色々考えたんだがよぉ、紫電の姉ちゃんにお酌してもらうってことでどうだ?」
「タンゴ出身じゃネェ!」
ケントがこの仕事が終われば、一献、丹後一番の美女にお酌をしてもらうという約束をとりつけたものの、冒険者の方がよほど美人が多い、と言うのだ。周囲の目が白い。特に談義の中心となっている紫電光(eb2690)はどうしたものやら、困った笑みを浮かべている。
「小源太様‥‥」
維新組の影、尾庭番忠太(ea8446)が同じく維新組の灰の志士、小坂部小源太(ea8445)にこっそりと目配せをした。光は大事な雷の志士。シメてきましょうか。と、そんな風だ。
「我々の敵は彼らではないだろう? それに本気でもない」
小源太は僅か口元に笑みを浮かべて、番忠太を制した。彼は小さく頷き、目立たない位置に立ったが、入れ替わりに、和泉みなも(eb3834)が立ち上がった。
「あの、そういう話は作戦会議中は控えてください。あと、薬の補充もですが、矢の補充もしていただけませんか?」
みなもの言葉に忠興はしばらく、ぱちくりとみなもの顔を見る。
負けません。だいたい依頼主がはっちゃけないでください。と視線をどうどうと受け返すみなもであったが、突如その両肩にポン、と手をおかれて、緊張が走った。
「決定だ。将来有望なこのコに酌してもらおう」
「しょ、将来有望‥‥って、私、大人です‥‥成人してます‥‥」
思わず忠興のショッキングな発言にどよ〜んとした影をみせるみなも。
「あの、和泉様のご質問の返答はいかがですか?」
キリがないと思った素華が質問の確認をすると、忠興は首をかしげた。
「矢は消費量が多いんだ。村が襲撃された時の備蓄を奪うわけにもいかんから村から供出もできん。」
「あちゃぁ〜。そうすっと手持ちだけかよ。30本持ってきたけど、覚悟しなきゃならねぇな」
ぼやくクリスティーナ・ロドリゲス(ea8755)。前回の掃討戦でも矢を使い切ったのだ。今回は多めに持ってきたとはいえ、やや心許ない。
「いざとなったら、アイスチャクラムを作りますから、それを使ってください。今から練習しておきましょう」
まだ傷心ながらも作戦には冷静に対応するみなもの言葉に、クリスティーナもそうだな、と頷いた。
●バトル
「来たようだ‥‥」
索敵に当たっていた奇面(eb4906)のサウンドワードにて導き出された敵の存在が一行に知らされたのは山に入ってまもなくの事であった。その足音はすぐに他の冒険者にも伝わり、木立の影、草葉の陰からその醜悪な姿を次々と見せる。
「民衆を脅かす蜘蛛どもがこうも蔓延るか。気に喰わんな」
ギヨーム・カペー(ea9974)は、油断無く得物を構え、一斉に襲いかかることができるようにと数の力で包囲網を作る土蜘蛛達をみやった。周囲には毛むくじゃらの巨大な蜘蛛達が幾十にも重なる目を向けている。その光景に皆は生理的嫌悪感に襲われた。
「円形陣を展開。足を止めて戦います。後衛は二班、三班の補助を」
素華の声に応じて冒険者達が一斉に持ち場へと着く。事前に綿密に打ち合わせていただけあって、その対応の早さは全く蜘蛛につけいる隙を与えず態勢を整える。
「我々の敗北は、即ち丹後の無辜の民を災厄に晒す事。なれば、屍となり名を残すより、生きて護国の刃たることこそ、本望」
緋神一閥(ea9850)の正眼に構えた剣に炎があふれ出す。蜘蛛たちがその揺らめきに警戒を強めたその瞬間、戦いの火ぶたが斬って落とされた。
「天地を巡る陰の気よ。ここに集いて影を成せ。影よ集いて陽気へと還れ!」
「大地に眠る炎の精。今我の呼びかけに応じて姿をあらわせ‥‥」
十野間修(eb4840)とチサトの巻物を読み上げる声がほぼ同時にあがり、闇が凝縮したかと思うとそれは破裂し、また大地が一瞬にて裂け広がり、マグマが吹き出した。上下からの攻撃にたまらず吹き飛ばされた土蜘蛛を二班、緋神・ケント、そしてフローライト・フィール(eb3991)が追い打ちをかける。
一瞬ひるんだものの、逆に襲いかかる蜘蛛たちを真正面から捉えて、その胴体を貫くフローライト。
「弱いんだから、大人しくしとけばいいのに‥‥人の都合で追い出されて、駆除されるんだからさ」
フローライトは憐れみの目で貫いた蜘蛛を眺めた。まだ健気にも足をばたつかせて動こうとする土蜘蛛。
「フローライト! 前に出すぎだ! とどめより陣形の固持に努めろ」
何度も何度も槍を突き刺すフローライトに緋神が声をかけた。緋神の方には、彼がこの班のリーダーと判断できたのか、班員よりも多い蜘蛛がまとわりついていた。襲いかかるそれを巧みな剣術で払いのけると、その勢いで剣を突き出し、炎の一閃で焼き焦がしていく。
「おう、どんどんかかって来てもかまわねぇぜ!」
二班のもう一人のメンバー、ケントもかなりの活躍を見せていた。飛び込んでくる土蜘蛛に合わせてカウンターをはなち、二撃もあれば、死の淵まで確実に追い込んでいた。
「しっかり陣を組んだことが功を奏しているようだな。大怪我をすることもないだろうが‥‥」
白鳥氷華(ea0257)はアイスブリザードを完成させて、戦の長引いている場所に打ち込んだ。極端な冷気は周囲の木々をも巻き込んで、土蜘蛛を霜だらけにかえていく。
「現在のところ30匹ほどだな。だが、次に同じ数が来られると苦戦しそうだ。目標数には達せないが、打撃力を維持できる内に退却するのも必要だろう」
その言葉にラージクレイモアの重量を活かして後衛へと近寄ろうとする土蜘蛛を片端から蹴散らしていたギヨームも同意を示した。
「確かに疲れで思わぬ不覚を取らぬとも限らん。何しろこうも数が多いと鬱陶しいものだ。この分では、引きあげる時にも相応の数を相手することになりそうだな」
そんな言葉に素華は頷き、号令を発した。
「一班、二班により鶴翼の陣。三班追い上げ、菱形陣へ移行!」
その言葉によって再び、戦い方が変わっていく。全方位からの攻撃を耐える姿勢から、手の空いた面が回り込んで逆に包み込むような形へと変貌していく。もう一度十野間がシャドウボムが完成すると、土蜘蛛の殲滅は完全に終了した。
「そのシャドウボム、なかなかの威力ね。妹さんのために頑張ったの?」
チサトをさりげなくサポートしていたのを見破られたのか、鞭を仕舞う皆本清音(eb4605)が笑いかけると、十野間は思わず苦笑いを浮かべた。
「これだけ威力のあるシャドウボムは私でも初めてです」
「そぉ? 最近、生業ばかりだったからカンが狂ったかな」
くすりと笑う清音に対して、十野間はそれではカンを磨き直さないとね、と根性の悪さを見せつけたが、その心の奥底では別のことを考え続けていた。
シャドウボムがどうしてこれほど力強く発動するのだろう。
‥‥もしかして、この地は陰気の強い場所なのだろうか‥‥?
●休息
休息のための宿の裏で、一人奇面は火を前にしていた。その前には、土蜘蛛であった残骸がバラバラにされて丁寧に並べられている。
「この脚の毛‥‥剛毛に隠れて繊毛があるな‥‥振動感知もできるのか? ふふん」
奇は鉄仮面を被っているため、細かな表情は見て取ることはできなかったが、その様子は楽しそうであると、誰もが判断したであろう。そんな彼はふと後ろを振り向いた。見れば大男、忠興の姿があった。
「面白そうなことしてんじゃねぇか。どうだい。研究成果は」
「‥‥蜘蛛の嫌がる臭いが発見できたらと思ってね」
ぼそりと語りかけるでもない奇の言葉に忠興は満足そうだった。
「親父殿も正直言うと、掃討策に疑問を持っている。そして出た結論はおめぇさんのそれと同じ事に至ったよ。今回の掃討作戦はその考えを裏付けるのと、民へのアピールってわけだ」
言葉なく静かに忠興をみる奇に対して、大男はニカっと笑って背を向けた。
「囚われない考え方をする奴ぁ好きだぜ。後で報告楽しみにしてるよ」
●蜘蛛の巣
「ぬぅぅぅぁぁ‥‥」
「大丈夫!? すぐ‥‥このっ」
大地に押し伏せられてうめいているのは尾庭だった。土蜘蛛の攻勢は元から強烈であったが、ここまで強烈だとは誰も想像できなかった。土蜘蛛は円陣の防御を『押し倒し』、まさになだれ込もうとしていた。押し倒された尾庭は強大な防具によって今まで傷一つ負っていなかったが、今は鎧の隙間を存分に狙われ、その牙を突き立てられている。
「お、ぉ大ガ、マ。土蜘蛛を止めよ!」
「私も出る! 剣の扱いなら慣れている」
白鳥も剣を抜いて前に出る。が、土蜘蛛はすでに後衛へと乗り込んでいた。三班でもその混乱が元で、態勢に緩みが出た瞬間を突かれ紫電が押さえ込まれ、そこから土蜘蛛が同様に乗り込もうとしている。
「乱戦になるぞ!!」
ギヨームの声に緊張が走った。
「ざけんな! 誰が簡単に入らせるかってんだ!」
飛び込んでくる土蜘蛛に矢が幾本も降り注ぐ。クリスティーナは再び、弓に3本の矢をつがえて引き絞った。紫電に覆い被さっていた土蜘蛛の背に次々と突き刺さっていく。
「虫ケラ風情相手に後れを取りはせんっ!」
ギヨームが気合い一閃、のけぞった土蜘蛛を両断した。
「三班の方面を‥‥『ファイアウォール』で遮断します‥‥援護を、お願いしますね‥‥」
チサトが巻物を広げると、土のむき出した大地に炎が吹き出した。その間に、陣形を整え直そうとする白鳥が尾庭に覆い被さる二匹の土蜘蛛を切り裂きながら言った。
「勢いが強すぎる‥‥一度退くべきではないか」
「ダメだ。目の前に巣がある。そこまで行くぞ」
「そんな、巣なら敵が増えるのだぞ! こんな状態で進むのか!」
声を荒げる白鳥であったが、第一声で反対した本人、忠興がジロリと睨んだ。
「巣の中にいる小蜘蛛や卵を調べる必要がある。俺たちゃ、奴らが成虫になるまで待って狩りするような余裕はねぇんだ」
有無を言わせないその表情に白鳥は押し黙った。忠興の雰囲気が明らかに違う。丹後が土蜘蛛をどうしてでも狩るという執念を垣間見たようなそんな気がした。
「ひどい依頼人にあたったものだな。まったく」
白鳥はそう吐き捨てるとアイスブリザードを巣への道へ向かって放ち、吹雪によって動きが止まったところを、小阪部が立った。
「残った敵を一掃します。皆さんは先に進んでください。光、立てますか? 奥義を使います」
「任せてくださいでっす! 右方向に行くでっす!!」
立ち上がった光は、即座に敵の固まり具合を確認し、そちらへと雷の刃を向けはなつ。それと同時に、側面からの攻撃を防ぐように大ガマと尾庭が立つ。
「殿は拙者の務め‥‥小源太様」
先制して襲いかかる土蜘蛛の攻撃を、体を張って止める間に、小源太は刃に炎をともし、力を溜めた。
「すまんな。番忠太‥‥。行くぞ、奥義!!」
「「雷火扇陣!!」」
同時に飛び上がる光と小源太が同時に叫ぶと、扇状に広がる、雷と炎を纏った剣風が大ガマ頭を飛び越えて、土蜘蛛の群れに襲いかかった。元々それぞれの攻撃で手傷を負っていた土蜘蛛にそれに耐えきれるものはほとんどいなかった。
「あれは、女の人‥‥。大変、旅人が捕まっているわ」
清音の声が巣に響いた。土蜘蛛の巣はちょっとした洞窟のようになっており、清音が発見したのはその中央で柱のようにつり下がっている女性の姿であった。蜘蛛の糸に絡め取られてぶら下がっているのであろう。
「小蜘蛛に食べさせるつもりでしょう‥‥。足下を見てください」
「!!」
みなもの言葉に一同は凍り付いた。地面がうごめいている。それは小蜘蛛。といっても手の平ぐらいの大きさはすでにあるが、それが視界の全てを埋め尽くしていた。
「今まで討った数以上はいるわ‥‥こんなのが他にもあるのかしら」
カラカラに乾いた声で清音が声を漏らす。さすがにこの光景は我慢できる限界を超えていた。
みなもも寒気がするのは変わりなかったが、モンスターとしての知識をいくばくか有していたため、若干落ち着きはあった。みなもは素華に提案をする。
「成虫の蜘蛛は火でもある程度向かってきますが、小蜘蛛なら向かってこないと思います」
「‥‥わかりました。火で血路を開きます。チサトさん、ファイアウォールを左の壁際に。緋神さん、バーニングソードを。クリスティーナさん。矢をありったけ女性までの道筋に打ち込んでください」
皆が頷くと、まず緋神が次々とバーニングソードを使い始める。
「我が焔は、あまねく罪を黄泉路へと葬送する道標。いざや、灰燼に帰せ‥‥」
皆のそれぞれ武器に炎が宿るのをみると小蜘蛛達は一斉に奥へと逃げ始める。だがそれはクリスティーナが許さなかった。とぎれぬ矢を撃ち放ち、あちこちに炎をゆらめかせる。
「だ、弾幕ってこのことを言うだな。蜘蛛たち、完全に混乱しちまってるぜ」
続いてファイアウォールが発動し、一斉に右斜面へと移動する蜘蛛たちをフローライトの槍や炎をまとった清音のウィップがそれを固定させた。
そしてケントが走り、糸に絡まった女を助け出したのであった。
「ひゅぅ、タンゴの一番の美女はこの人に決定だぜェ。意識はないがな!」
●終了
「ほれ、矢だ。使い切ったまま返すのも悪いだろうと思ってよ。10本ずつだが持って行きな。あと、薬は合計83個使用。蜘蛛は合計155匹。めんどくせぇから全員5Gずつな」
忠興は金袋と矢の束を机におくとどっかりと座った。
「おい、美女に酌してもらう約束はどうなったんでぃ?」
「ああ、丹後一の美女は昨日付で蜘蛛の巣の女になっちまったからなぁ。あの女が目を覚ましたら酌してもらおうぜ」
そうして忠興はにやりと笑った。
「次を楽しみにしておきな。そんなおめぇの為に称号授与だ! タンゴのナイトってどうだ? っかかか! ナイトとの約束は守るからよ。安心くれ」
酒場での酒の肴にしかなりそうにない称号をもらったケントは、こんにゃろー、と想いながら忠興を見たが、彼は酒瓶を持ってもうあらぬ方向をむいていた。
「他の皆もありがとうよ。これほど多くの蜘蛛を倒せたのもチームワークと作戦勝ちだ。本当なら全員に称号とボーナスやりてぇところだが、それじゃ価値がさがっちまうだろ? いつかおめぇらに見合った宝をくれてやるからよ。また力貸してくれよな」
そして、ボーナス代わりに飲み食いしていかないか? と宴会に誘う忠興であった。