天に星、地に花、人に愛(ホトケゴコロ)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:07月27日〜08月01日

リプレイ公開日:2006年08月04日

●オープニング

「邪魔するぜ」
 忠興は襖を開けてから、思い出したかのようにそう言った。薄暗く小さな部屋には女が一人、布団から半身身を起こし、小窓からのぞく長雨の海をただぼうっと眺めている。雨風が窓から入るのか、女の腰まである長い髪がふわり、またさらりと揺れ動く。
「おう、起きてたのか。どうよ、調子は」
「はい、ずいぶん良くなりました。皆さまには深く感謝しております。ですが私は争いを呼ぶ身。皆さまに不幸をかけては申し訳ありませんので、もう発とうと思います」
 御前はそう言って忠興の方を見た。忠興はこの国の身分の高い人であるとは聞いていたが、着物は着流して、浪人のような雰囲気だ。立ち居振る舞いからも力があふれ出てしまって仕方ないような、おおよそ侍らしくない人物であった。
「外傷はないが蜘蛛が卵を産んでる可能性がある。てめェや俺様たちを気にするんなら、しっかり寝て、飯食って、糞することだ。だいたい外はまだ雨だ。無理しちゃいけねぇって言ってるんじゃねぇか」
 忠興はそう言って豪快に笑い、どんぶり一杯の飯と焼いた魚をのせた盆を女のそばに置いた。
「だいたい、俺様の気持ちを知ってそう言うのはひどいじゃねぇか‥‥。仏御前」


 ここは丹後の国。都より真北に出て日本海に突き出した半島一帯を指す。ここは源細藤孝が国司を務めていた。
 国は貧しい。なぜなら山には都より追い出された土蜘蛛という巨大な蜘蛛が巣くい、海には海人族と呼ばれる河童達が海賊として荒らし回り、時には丹後南端にそびえる大江山から鬼が暴れ倒していた。
 最近国司に就任した藤孝は、まず、国土の8割を占める山全てに巣くう土蜘蛛の退治に乗り出した。冒険者を含め大規模な掃討作戦を打ち立てたのだ。
 そこそこ好調な結果を生んだこの作戦で、国司、藤孝の実子である源細忠興が蜘蛛の巣において、この女を見付けたのはつい1週間前のこと。
 忠興はこの女を一目見て気に入った。普段巨漢であり、また源細家の跡取りとしれれば、畏敬の目でしか見られない忠興を、床に伏しながらも、他の誰とも変わらないような優しさと気遣いで接した女はただ一人であった。神や自然を崇敬している女は、よく外を眺め、言葉少なながらもいろんな話をしてくれた。
 忠興は最初こそ興味本位で話を聞き看病をしていたが、一週間を数えることには、その話にも熱心に耳を傾け、看病にも熱がこもってきた。今日はそんな日を数えて2週間目である。


 忠興の言葉に、だけれども女は沈んだ顔をした。
「あなたには、血の匂いがいたします‥‥」
「おう、戦では必ず先陣切ってるし、戦功もかなりあげてるからよ。争いを呼ぶったって、貴族どもがおまえの舞を見て、目がくらんだんだろ? そんな阿呆が来ても俺様なら、必ずおまえを守ってやれるぜ」
 棍棒のような太い腕を見せながら、忠興はカカカ、と笑ったが御前は俯いて悲しさしか漂わせない。
 忠興は慌てた。
「身分や金がいらねぇってんなら、俺は国を捨てる! 一緒に旅しても良い!!」
 忠興は女と別れるということに、ひどい焦燥感と不安を持っていることに気がつかされた。元から丹後という国に対してそれほど強い執着も使命感も持っていない彼にとっては、国のことよりもただ一人のこの女の方がよほど大切だった。だが、それでも女はよしとしなかった。
「嬉しいお言葉をありがとうございます。‥‥ですが、私はそれほど価値のある女ではございません。私はただ一人、神と神が作りたもうた自然に思いを寄せ舞うことしかできぬ女でございます。貴方のご希望に添えることはないでしょう。どうかご容赦を‥‥」
 よよ、と涙を流す女に忠興はその太い腕を背に回して強く言った。
「そうだ。お前は自然に愛されてる。だから、俺様もお前に惹かれたんだ。俺様の身体だって自然でできてるんだからよ!! 自然が守るように俺様もお前を守る、いいだろ?」
 その言葉が嘘偽りのない言葉であるのは、語りかけられている本人が一番よく分かっていた。舞を見せる相手の多くは虚飾を好んでいたため、虚実くらいはすぐ理解できるようになっていたのだ。だが、頑なに女は拒絶する。
「あなたはその自然の多くを壊し、殺してこられました。あなたの言葉はとても純粋なものであることは承知しております。ですが、あなたの言葉以上に、その身体に染みついた血があなたをそうさせないとするでしょう」
「なら金輪際、殺しはしねぇ! 力で解決する以外の方法も勉強もする。人や自然が喜んでくれるようなこといっぱいするから。だから、だからよ‥‥」

 忠興が飛び出るようにして冒険者ギルドに向かったのはそれからすぐのことであった。

●今回の参加者

 ea1661 ゼルス・ウィンディ(24歳・♂・志士・エルフ・フランク王国)
 ea8384 井伊 貴政(30歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2373 明王院 浄炎(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb4467 安里 真由(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb4756 六条 素華(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb4891 飛火野 裕馬(32歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

フィル・クラウゼン(ea5456)/ 天道 狛(ea6877)/ 将門 雅(eb1645)/ 千住院 亜朱(eb5484

●リプレイ本文

●明晰
「不殺の道、史上最強となるよりも難しい‥‥とは誰が言った言葉でしたでしょうか。忠興様、貴方の進もうとしている道は、とても難しいことでございます」
 六条素華(eb4756)は物静かにそう言った。目の前にいる男、源細忠興は、正面から相対すると何気なしにも威圧感を感じさせる巨体だが、今新たな道を歩むに至っては、軽石のような頼りなさを思わせる。
「わかっているさ。だが、道がそこにしかないならやるっきゃない。そうだろ?」
「‥‥何にせよ、容量を拡張しなければ、新しく始めるための知識も経験も満足に生かすことはできません。私はその面の改善として‥‥」
 素華はそう言うと、部屋に二枚の盤を用意した。一つは将棋用の、もう一つは囲碁のものであった。そして駒や石も手慣れた動きで準備を整えると、上座に忠興を案内した。
「では囲碁と将棋、一面ずつの二面打ちから参りましょう。囲碁も将棋も兵法を元に‥‥」
 説明をする素華に、待った、の手が彼女の視界を覆った。
「言いたいことは分かった。だがな、俺様は将棋も囲碁もしたことねぇんだよ。悪ぃけど、指し方から教えてくれよ」
 その言葉に思わず唖然とする素華。武士たるもの必ず覚えなくてはならないというものではないものの‥‥完全に予想外の話であった。
「わかりました。では、二面打ちの件は最終日に行いましょう。まず囲碁ですが、相手の石を囲み‥‥」
 素華はハプニングにもめげず、ルールや戦術を伝授していった。冷静を保つため密かにフレイムエリベイションを使用していたのは公然の秘密である。

●平常心
「自然を愛し、万物を尊ぶ‥‥それ自体は実に良いことだと思います。ただ、今の忠興さんが思っているほど、それは簡単なことではありません」
 自分の世界がどれほど小さいか、そして自分の世界に『ない』ものを目前にしたとき、人はどれだけ取り乱すか、ゼルス・ウィンディ(ea1661)はよく知っていた。
「だが、乗り越えなきゃいけねぇんだろ?」
「はい‥‥実は、私は精霊を供としていましてね。彼に、あなたの冒険譚を何か一つ語って聞かせてあげて欲しいのです」
 そっと瞳の奥をのぞいたゼルスだったが、その瞳に困惑も疑念もない。覚悟はできているということだろうか?
「シャルマ。入ってきていいですよ」
 戸の外から応答の声がすると、しゅるりと赤紫色の鱗を持った、翼を持つ蛇‥‥月精龍であった。
 シャルマはするするとゼルスの横まで移動すると、とぐろを巻いて、その場に止まった。忠興はしばらくぱちくりと見つめ、そして口を開いた。
「精霊っていうから幽霊みたいなものかと思ってたがよ。まあ足がないところは似てるわな。よろしくな!」
 ‥‥驚いていない? ゼルスはその様子をまじまじと見つめた。
「冒険譚。そだなぁ‥‥。少し前なんだが、俺様を殺そうとした奴らがいてよ。まともにやりあってもよかったが、俺は影武者作戦でな‥‥ドカーンとやってやったワケだ」
「話が突然すぎます。もう少し詳しく話してください」
 シャルマは冒険譚を好む方であったが、それに平気な顔をして答えている。
 己の殻から脱却するというのが目的でしたが、彼はもう脱却していたのでしょうか。
 だとしたら頼もしいことだ。ゼルスはシャルマに容赦なくツッコミを入れながら話す様子を興味深く眺めていた。

 世の中の人の多くがこのようであればいいのに。ゼルスは心の片隅でそう呟いた。

●責任感
「忠興殿、仏御前殿と共に居る為なら今の生活を総て捨てるとおっしゃったのですね。‥‥貴方は貴方だけの物ではないと言う事を知る必要があるようです」
 安里真由(eb4467)は物静かな言葉遣いでそう告げたが、その言葉は忠興の顔色を曇らせ、怒りの表情を呼んだ。
「じゃぁ、俺様は誰のものだってんだ?」
「貴方と貴方を必要とされる人々です。忠興殿、国内をご覧ください。人は土蜘蛛の被害に悩み、満足に田畑を耕すこともできません。忠興殿は彼らを助ける立場にあるのです‥‥」
 その言葉に忠興は押し黙った。真由が次の言葉を発さずとも、その意図を理解したのは、仏御前を思う故であろうか。
「ああ、それじゃ、仏御前を追っても見向きもしてくれねぇやな」
「仏御前様はとても善い御方ですね」
 ふと、真由は寂しそうな忠興の瞳を憐れむように、愛おしむようにみつめた。彼自身をそう見ているのではない。いや、真由は忠興を前にして、彼を見ていなかった。
 思い出すのは、大事に育ててくれた家族、自らが冒険者をすると発起したときのこと。支えてくれた友人達、手を差し伸べてくれた先輩達、出会った人たち。別れなくてはならなかった人たち。
「今出来る事を見つけてください、その想いは何時か仏御前様にも届く事でしょう」
 その言葉は誰に言ったものか、彼女自身も曖昧にっていた。物思いにふける真由の代わりに、明王院月与(eb3600)が言葉を続けた。
「そうだよ。仏御前のお姉ちゃんはこの丹後が生まれ故郷だって聞いたし、楽士がいつ狙ってくるかもしれないんだから」
「楽士‥‥?」
 楽士という言葉に反応を困らせる月与は堰を切るように言葉を紡いだ。パリにいたころからの想いを含めて。
「楽士っていう悪魔がいるんだ。楽士は‥‥人を唆して、その人や周りの人たちが、自分たちの手で苦しめるような選択をさせるんだ。仏御前のお姉ちゃんがここに来たのだって、楽士の策なんだよ!」
 その言葉に忠興はしばらく押し黙った。その沈黙を押し込むように月与は言った。
「仏御前のお姉ちゃんをここに連れてきたっていうことは丹後でなにかしようとしていると思うんだ。だからみんなで協力して守らないといけない。それぞれの立場でできることを果たしていかないといけないと思うよ」
 想いに言葉がついて行かない。一途な気持ちは利用されるよ、とか、今日のこのこともきっと思惑があるに違いないとか。だが、月与自身が一生懸命であったし、今この機会を捉えて忠興にも知ってもらいたいという気持ちが互いに相反して、形にならないのだ。
 身振り手振り話そうとするそんな月与の頭に、忠興は大きな手を置いた。
「気持ちはよくわかった。気をつける。だがな、楽士を止めるのは俺様じゃなくて、お前さんだよ。楽士追う者だけが、楽士に打ち克てるんだからよ」

●思い遣り
「おう、仏御前。飯の時間だぜ!」
 忠興は喜色満面の顔で、仏御前が療養している部屋へと入ってきた。中にはその治療をしに来た白翼寺涼哉(ea9502)がおり、『ピュリファイ』のための詠唱を終えたところだ。
「おう、先生よ。具合はどうだ?」
「ほとんど回復している‥‥」
 というか、怪我らしいものはもう見あたらなかった。忠興が心配しているだけで、彼女はもう旅も十分できるだろうことを涼哉は見抜いていたが、そして未だ布団から出られない理由も。だからこそ、その後の言葉は飲み込み、違う言葉にして言い放った。
「自慢の看護人がわざわざ話の種にもってくるのもよくわかります。忠興様が放さないのも。まあさらに私は絶世の美女を知っていますが」
 この丹後に来る際に、熱く抱擁した狛の笑顔を目蓋の裏に思い描きながら、自身満々に語る涼哉。一瞬空気が止まるがもう次の時間には誰も彼を気にしていなかった。
 しかし、確かに仏御前は美人であった。艶やかな黒髪や整った顔立ちもそうだが、どことなく儚い瞳は、ちらりと目が合うだけでも心惹かれた。
「今日は忠興さんが料理を作ったんですよ」
 にこにこと笑顔を浮かべるのは、忠興の後ろに続いて、涼哉を含めた全員分の料理を盆にのせ、やってきた井伊貴政(ea8384)であった。
「忠興様が、お料理を‥‥?」
 それは仏御前も驚かせたようで、少し目が円くなる。それはすぐに長いまつげの下に隠れたが、先ほどより少し表情が和らいでいるのは気のせいだろうか。
「俺様の料理だ。精がめちゃめちゃ付くぜ! いやぁ、俺の料理ってまんま男の料理だからよ。今まで猪の皮をはいで丸焼きにするとかだったけど」
 がはは、と笑いながら、仏御前に料理の苦労を語る忠興。そんな忠興を横に、涼哉は貴政に尋ねた。
「味の方は大丈夫なんですかね?」
「飲み込みもいいし、度胸もある。だかと言っていい加減な味付けをするわけでもなし。悪くないですよ。それにこちらの言いたいことも余さず受け取ってくれましたし」
 軽くお玉で忠興を指しながら、貴政は満足そうな顔をしていた。
「貴政の野郎が味付けとか細かに教えてくれたんだぜ! 曰く、『真心は人の喜びを作るものです。また頂く命に意味を与えることでもあります』だって。わはは、御前の神様への信仰と似たようなことを調理場で言われてビックリだぜ」
「‥‥忠興様。お変わりになられましたね。君子豹変すという言葉は貴方様の為にあるのでしょう」
 猪の丸焼きしか作ったことのない男とは思えない繊細な料理は皆にも配られ、皆を驚かせた。そして仏御前自身も彼の言葉に柔らかな笑みを浮かべたのである。

●大樹
 遅い夕暮れも過ぎて、今は夜。
 仏御前は少し涼むということで、外を出ていた。傍には忠興と、それから飛火野裕馬(eb4891)と明王院浄炎(eb2373)
「旅、出たいんか?」
 星空を眺める仏御前に裕馬が声をかけた。彼はこの数日、ずっと部屋に籠もりきりの仏御前を気遣い、何かとあれば話をしにきていた。それももう明日で終わり。
「山、森、平野、海‥‥恵みを与える自然はたくさんあります。恵みの力は時に神となりて、乱獲する者、自然を破壊するものを戒めます」
 歌うような声で御前は言った。透き通る声は風に乗って、谷の向こうにまで届きそうであった。
「自然を奉るっていうのは、それを防ぐためなんか‥‥? 神様の鉄槌で多くの人が悲しまんように、て」
「それもあります‥‥。また、荒んだ心は人の優しさと自然のぬくもりがいやしてくれます。私はとても人を助けられるような力も能力もございません。ですから、せめて、大自然にその癒しを‥‥と。‥‥傲慢な考えですが」
「癒しの風、と呼ぶべきか」
 浄炎は空に流れる風を肌で感じ取りながら、呟いた。そしてやおら忠興に向き直ると、口を開いた。
「主の愛する者は風。されど、風は大地を巡り大樹の元へと戻る。彼の者を愛するなら、主がこの地を育みし大樹となりて、風の帰りし場所になってはどうだ? 風の愛する鳥をまといし、優しくも雄々しい、風の宿る大樹とな」
「大樹‥‥えい、回りくどい言い方をする奴だな。ってーか、お前さんの娘からも似たようなことを言われた記憶があるぜ」
 そんな抗議の声に、浄炎は、む、と唸った。回りくどいと言われるのは心外であったが、忠興の目は心底そう思って言っているわけではなさそうだという事に気がつく。
「だがよ。お前さんの言葉は迷いがねぇな。岩のごとくどっしりしててさ。ち、不覚にも仏御前のことで迷いが出ちまったがよ。それがいけなかったのかもな」
 かか、と笑う忠興。そこに邪気はなく、冒険者達によって悟りを得た男は、誰が見ても心から頼れるような男であった。

「今の浄炎さんの言葉はキミにも言えることやと思うで」
 笑い声の最中、祐馬は仏御前の顔を覗き込んだ。彼女も少し変わったと思う。神秘的なだけの表情とは違い、太陽のような暖かな魅力を感じさせる。
「自然も人も一人で生きているわけやないから。困ったことがあったら迷惑をかけると思わんと頼ってみてもええんちゃうんかな。まあ、俺やったら『俺の女になれ』っていうかわからへんけど」
 冷やかしを入れて、本当に口説いてしまいたいという気持ちに帳(とばり)をおろしながら、仏御前の肩を叩いた。
「そやからいつでもここに帰ってきたらええねん。キミを風とするなら、忠興さんは大樹や。きっと安心して宿れるような良い国作ってくれるわ」
「そうですね‥‥ありがとうございます。忠興様のことで来てくださった皆様が、私のことまで気にかけてくださるとは感謝の言葉もございません。今日の日、皆様の言葉を忘れることないようにしていきたいと思います」

●皆が教えてくれたコト
「忠興様‥‥」
 素華は『思わず』溜息をついた。最終日に予定されていた二面打ちは今現在開催されていた。結果は、素華が手の抜き所が見つからないほどの圧勝。というか、囲碁はまだしも、将棋は王将の突撃なのだから。
「きっと、自分でできること、と皆を大事にするという言葉に引きずられたのですね」
 見学していた真由はくすくすと笑った。だからといって王将だけで攻めるという考えはなかなかだ。
「捨て駒をしない戦い方は、称賛いたしますが‥‥」
 まあそれでも数日で駒や石の置き方は一通り理解を示したのだ。十分な上達だろう。
「おう、良い国にするにはやっぱり頭領が真っ先に出て、態度をしめさねえとな!」
「女は己の生き甲斐に誇りを持つ男に惹かれます。その縁で妻との間に子を宿すことが出来たんですがね」
 涼哉は医療道具をしまい仏御前の横で、貴政の作った健康茶を飲んでいた。それに素早くツッコミを入れるのはゼルスの傍に控えるシャルマであった。
「そんなことを言ったら、彼のこと。すぐに子を宿すことを考えますよ。あなたもさすがに困りませんか?」
「異種族間でなければ構わないでしょう」
 悠々とお茶を飲む医者に、ゼルスの傍にいるシャルマは一言だけ返答をよこし口をつぐんだ。
「やはり困ると思います」

 そんな横で忠興は仏御前に向きかえり、袋を差し出していた。
「仏御前。これから俺は丹後の民を大切にする。誰一人として丹後の人間を不幸にさせたりしねぇ。その中にはお前も含まれてるからな! でよ。お前さん、どこに行くか分からんが、仏御前として追われたら丹後に来い。丹後の人間はお前の味方だ」
 そしてやおら、袋の中身を取り出した。中には一枚の紙が入っていた。そこには流麗な横文字が書かれている。
「だが、追っ手はお前の名前を元に追いかけてくるだろう。だから、丹後に入ったらこの名前を使え」
 名はガラシャ。『恵み』を意味するという。
 恵みを得る者、そして分け与える者として。
「ガラシャ? それが名前、ですか」
「西洋の人間がつけた神聖な名前だとよ。仏御前〜って探している野郎はまさかガラシャなんて名前になっているとはおもわねぇだろう。神聖な名前ってんだから、きっとお守り効果もあるぜ」
 よろしく、ガラシャさん。
 そんな声がしばし続いたのであった。