御印(私が私である証)

■ショートシナリオ


担当:DOLLer

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:8人

サポート参加人数:6人

冒険期間:08月25日〜08月30日

リプレイ公開日:2006年08月26日

●オープニング

「めでてぇなぁ、おい!」
 丹後の山深く。土蜘蛛退治に勤しむ土侍達は休憩時にそう言っては喜んだ。
 丹後は最近めでたい話が多い。元が土蜘蛛だ、海人族だ、鬼だ、戦乱だと騒がしく、民も気の休まらないことこの上なかったが、最近は少しずつ民達にはその不安が減少してきていたのであった。
 めでたいことの一つはまず、土蜘蛛の被害が減少したことだ。
「こんなものよく国司様は考えた物だなぁ。土蜘蛛の奴ら、ほんまに大人しくなりよるわ」
 土侍の一人は香袋を取り出してまじまじと眺めた。それは国司源細藤孝が、土蜘蛛退治の対策として生み出した道具であった。この香の元では土蜘蛛は大人しくなり、この香の元になる蜜をかければ、すっかり大人しくなるのだ。数で攻めてくる凶暴な土蜘蛛の退治も今までは守ることで精一杯だったが、この道具により少しずつ討って出ることができるようになった。
「都で天子様に仕えていらっしゃったそうだからな。よう勉強なさっとるんやろ」
「おう、一色様の時とはエラい違いやしのぅ。うちの息子、兵士に取られたんやけど、帰ってきよったんやで」
「おお、それそれ。一色サマんときゃ、大きな軍で力を誇示してたんじゃろ。だから税もおもとうて仕方なかったわ」
「源細様は兵士を削減した分、税も軽くしてもろたもんなぁ。天子様に仕えておった時のコネで外交はやりくりしておるそうじゃ。んで、その間に国力を高めるっちゅう寸法じゃ。うちらも富むし、国も富む。なかなかなもんじゃあ」
 土侍達は山の斜面から見える小さな丹後の平野とその向こうに広がる青海を眺めた。前にはこんな風に心安らかに眺めることもなかったものだ。
 そう、もう一つの理由は、兵が村に戻り、そして税が軽減されたことであった。人々にとってはこれほど嬉しい話はない。もっとも自治体それぞれの責任も重くはなったが、女子供と老人だけで支える頃に比べればずっと嬉しい話だった。
 そしてもう一つ。
 一服の水を飲みながらも、別の土侍は語った。
「おう、それに忠興サマも最近はすっげぇ変わったちう話じゃ。勉強もするし、うちらの話もよく聞いてくれるぞ」
「ありゃ、女ができたからじゃ。ガラシャ様な。ありゃまたべっぴんじゃ。忠興様じゃなくても、一生懸命になっちまうわ」
「綺麗じゃし、優しいのぅ。うちの娘が大怪我した時、近くに生えた薬草ですぐ治療してくれたんじゃ」
「あの二人、もうすぐ祝言を挙げるそうじゃ。本当は結納から‥‥っても、ガラシャ様には身寄りがないらしいからの」
「噂によると、あれ一色サマの落とし子らしいぞ。一色サマ、奥さんに身ごもると戦の邪魔やゆうて、丹後を放り出したそうじゃ。その時の子が安寿姫‥‥ガラシャサマっていうことだそうだ。だから戦が嫌いで、人の悲しい性を儚んで舞うそうじゃぞ」
「そんな根も葉もない。まぁんなことどうでもいいやないか。もう冒険者が祝言のための護衛に来ているそうやしの。素直に祝ってやろうや」
「そやな。丹後、ばんざーい。源細サマ、ばんざーいっ」
 わははは。
 そうして、土侍が万歳をした時、ふと、光り輝く物が茂みの中に隠れているのを見つけた。

「なんやこら‥‥」
 何かと思い茂みに足を踏み入れた土侍は立ちすくんだ。
 骨、骨。骨、骨。
 大量の骨と、ほとんど腐り落ちた肉が茂みの床を埋め尽くしていた。一瞬、土蜘蛛の巣かと緊張したが、その散乱した鎧や死骸は土蜘蛛らしく見えなかった。土侍は直感した。
「‥‥やべぇ、鬼の仕業じゃ。近くに鬼がおるかもしれん。一端退くぞ」
「‥‥可愛そうに。長い間誰にも見つからずに眠って追ったんじゃな。村に帰ったら弔ってもらうかんな」
 土侍の一人が周りに注意をする中、もう一人の土侍がその散乱した武具や防具から、目印になるような物を探して、拾い上げた。
「‥‥‥‥おぃ、早くしろ。長居は危険じゃ」
 まだ動かぬ土侍に警戒に当たっていた男が声をかけた。その声にびくりと体を震わすと、わなわなと小刻みにふるえながら、土侍は向き直った。
 手にしているのは、小柄。それは土にまみれて酷く汚れ、少し錆が浮き始めていた。刃は途中で砕け無くなってしまっているが、元々はかなり上等な物であろう。
 柄の造りをぱっと見ただけでもそれは良く理解できた。
 そしてふと気づく。小柄の柄に描かれた九曜紋。
「お、おい、そりゃぁ」
「‥‥こ、こりゃ忠興様の懐刀じゃ」
 二人は改めて死体を眺めた。粉々に砕かれた骨。そしてもう腐食も過ぎ去り始めた肉。3,4ヶ月は経っているだろうか。鎧のうちの一つは無惨な姿ではあるが、ひとつ立派なものが混ざっている。
 二人は顔を見合わせた。
 そういえば、3,4ヶ月前といえば、鬼が出ると村の人々が怯えるので忠興が手勢を率いて向かったという話があったはずだ。
 だが、鬼は倒されたはずだ。生首だって持って帰ってきて、剛勇ぶりを示していたはずだが。
 どうなっているんだ???

●今回の参加者

 ea0696 枡 楓(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea4236 神楽 龍影(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9455 カンタータ・ドレッドノート(19歳・♀・バード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3501 ケント・ローレル(36歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb3834 和泉 みなも(40歳・♀・志士・パラ・ジャパン)
 eb3936 鷹村 裕美(36歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ レシャス・ワールシュタッド(ea4318)/ 白翼寺 涼哉(ea9502)/ 橘 一刀(eb1065)/ 明王院 未楡(eb2404)/ チサト・ミョウオウイン(eb3601

●リプレイ本文

●1
「どうも、おかしい気がします。いきなり祝言とか、鬼を倒した月日とか‥‥」
 十野間空(eb2456)はそう呟いた。多少憶測などが混じっているのだろうが、それでもおかしさが感じられる。
 きっとこれには何か裏がある。そう、裏にはあいつがいるのだ。

 場所は土侍達が骸を発見したという山。枡楓(ea0696)、和泉みなも(eb3834)、鷹村裕美(eb3936)、そして空の4人が向かっていた。日差しは強く一行に降り注ぎ、天に腕を広げるように緑達が盛んな様子がうかがえる。蝉達もうるさく、鳥たちが合間合間に鳴き声をあげる。
「ここにいると、そんな事件があったなんて嘘みたいですね」
 みなもは木漏れ日の降り注ぐ、天空の枝葉をまぶしそうに覗いてそう言った。他の2人も同様の意見で、清涼な空気は思い気持ちを癒してくれる。だが、一人だけ。その気持ちに従えぬ裕美がいた。
「‥‥事件はあったと思う」
 ぼそりと呟く裕美に皆は驚いて彼女を見た。悔恨の顔が僅かに表に出ている。
「この山の向こう側は‥‥、あの鬼が住んでいたところだ。私たちが鬼を倒したのは3月半ば。カガリが言っていた。『鬼の名は広まっている。だから、一度『英雄』に殺させて、別の生を歩むのです』と」
「なるほどのぅ。今となればよく当てはまる話じゃな。鬼の姿は知れ渡っているから、小鬼と入れ替わり、討たせた後に、忠興としての人生を歩ませると」
 楓の言葉に、空が狼狽の色を露わにした。その言葉に従うなら、鬼退治はその時既に仕組まれていた計算になる。
「見えてきたよ‥‥。あそこが最寄りの集落だ。骸があったのは、そこから小一時間進んだ先になるな」

●2
「いきなり結婚だなんて、一体どうしたの!?」
 忠興と出会うなり、一番聞いてみたいことはそれだった。明王院月与(eb3600)は、顔を紅潮させながらも、見るからに似合わない正装をしている忠興に問いただした。
「あ、いや、あのよぅ。丹後にゃ困っているヤツも、豊かな自然もいーっぱいある。舞う場所だっていっぱいあるから、丹後をぐるり巡ってくれよってガラシャに頼んでよ。俺、帰る場所になるからって言ったら。へへへ、ちょっと仲良くなれちゃって‥‥」
 にへら、とだらしのない笑みを浮かべる忠興。本当に嬉しいのだろう。もじもじとする様に吹き出しそうになったが、そこは大人の階段を上りはじめた少女のこと。少し相手を気遣って精一杯我慢する。
「な、仲良くってもしかして、赤ちゃんが‥‥」
「ぶはーっ!? て、てめぇ、なんてオトナ発言を!」
 月与の頭をガシガシなでながら、顔を真っ赤にして否定する姿が何とも愛らしいものだ。横で会話を待っていたカンタータ・ドレッドノート(ea9455)はぼんやりとそう思った。
「そこまですると、月与さんの髪が抜けてしまいますー。 っと、ごきげんよう。ご成婚おめでとうございます」
 カンタータは話題が少し途切れたその瞬間に素早く滑り込んで、二人の間に割って入り、そして祝辞を述べた。
「お、おぅ。あっりがとさん!」
 腰に手を当て豪快な照れ笑いをする忠興の姿を、真紅のフードの下からカンタータはじっと見る。
「で、お祝いに料理をお出しさせてもらいますが、肉や魚はなくてよろしいでしょうか〜」
「肉がくえねぇのは残念だなぁ。俺様はあんまり儀礼とかには詳しくないからわかんねぇけどよ。肉魚がだめなら仕方ねぇや」
 それでは我慢してくださいね。と軽く笑った後、月与と二人その場を離れた。

「どうだった?」
「‥‥残念な結果になりそうですよ」


●3
「忠興はやはりこちらに鬼退治に来ていたようだ」
「どうしてですか? その当時はまだ別の方が丹後を治めていたのでしょう?」
 裕美の言葉にどんどんと暗雲が近づいてくるのがわかる。
「宗典−カガリの旦那−と同じだ。鬼斬りだな。武名を上げるためとか、自己鍛錬として鬼や妖怪の類と戦うことはあるよ。‥‥忠興は冒険者まがいのことをしていたらしい」
「仏さんの中にも、九曜紋の鎧があった。仏さんから判別は付かんが鎧は、確かにあの忠興と同じくらいの大きさじゃの。うちとみなも殿ならかくれんぼができるぞ」
「私はこれで普通ですから‥‥」
 今日もちょっぴりショックを受けながら、みなもは本を見下ろした。そこにはマッパ・ムンディと呼ばれる伝承書だ。世界中の地理や博物まで掲載された大智の結晶。
「本から何か分かった?」
「楽士については何も‥‥しかし、丹後に関する伝承は一つみつかりました。‥‥皇大神社に関するモノです」
 そう言うとみなもは伝承を読み上げた。

 丹後には闇が溜まりやすく、天の架け橋が、黄泉との架け橋になることを恐れた人々は、闇の力を大地を通して光へと転化する魔法を編み出した。魔法の結界の中心として皇大神社を建て、天照大神を祀り、また闇を光に循環させる触媒として甘露を用いた。悪しき心の持ち主がこれを悪用しないように厄払いの結界をさらに施し、ここに完成を見せた。

 読み上げた後、みなもは目を閉じ、過去を思い描いた。あの時の光景がいまゆっくりと再生されていく。
「つまり、私たちが垣根村の病魔を救うべく、社を攻撃して甘露を奪取したこと自体が今日の楽士の企みに大きく寄与していたことになります。甘露は、使い切りましたし、社自体も、あの時に破壊してしまっています」
 短い沈黙がその場を支配した。あたりは忠興の偽物疑惑くらいに不安を寄せるくらいで、明るい未来を誰もが確信している。
「もう一つ、みなもさんの悪魔学概論から丹後に関する鬼の記述が発見されました」
 重苦しい空気の中、空もためらいがちに本を取り上げた。

名称:迦楼夜叉 活動地:ジャパン
特殊能力:人々を同士討ちさせたり、互いを憎み合わせて争わせる。その他、憑依・変身・月の力を根源とした魔法
外見:不明
解説:ジャパンの丹後で大暴れした鬼。人々は鬼を退治しようと何度も企んだが、結局兵士達も互いの刃により倒される。しかし人々の祈りに応じて姿を現した赤毛の犬と黒毛の犬により打ち倒される。そして軽足は神に屈して、神の泉に沈められた。
伝承では、鬼とされるが、傾向、特徴からして悪魔と推定する。
類似名称:軽足など

「どこかで聞いたような能力の持ち主じゃな」
 しれっと感想を述べる楓の言葉が皆の気持ちを代表していた。
「こちらではずいぶんと詳しい動きをしていると聞いていましたが、やっとその謎が解けた気がしますね‥‥楽士の故郷はジャパンだったのか」
「楽士も大切だけど今は忠興のことだろう。信じたくないけれど、あれが本物ではないことは間違いない」
 裕美の言葉が、遠い太古の世界から一行を呼び戻した。


●4
「美しい舞でございますね」
 一度はこの仏御前、今はガラシャだが、の舞を見てみたいと思っていた神楽龍影(ea4236)は、それを今目の前にして噂に違わぬものであったことを実感した。
 ゆい、と動くその手があたりを舞って、刹那、自分に指を手向けられると、そこに強力な意思がこめられているのか、体がドキリとざわめく。それはほんの一瞬のことだけれども、神楽にも他の聴衆にも手が向けられるごとに長く感じた。
 彼女の舞が美しいのも風が味方しているからであろう。艶やかな黒髪は静寂の時にはどれほど動いても舞わず、またここぞという時には風がひらりと舞う。髪の一本一本が彼女の影のように追いすがい、動きを幻想的にさせた。
「これが偽物ということはありません。間違いなく本物ですよ」
 彼は独りごちるようにそう言った。
 檜舞台から退くと、彼女は控えていた神楽に向かって、やわりと頭を垂れた。
「あら、こちらにおられたのですね。カラム=ダ=ニャーゴ様」
「あの、すみません、カラムと呼んで下さい‥‥」
 カラム=ダ=ニャーゴ。本日の神楽の偽名だ。白翼寺涼哉がガラシャにプレゼントした品物からこの名前が決定した。本人はかなりヒいたのだが、まさか偽名ですからと訂正するわけにもいかず、そのまま通されることになった。
「今のは自然を奉じる舞ですか」
「はい、私たちの気持ちを、そしてこの縁起をいただいたことを、感謝してのものです。少し、お恥ずかしいのですけれど。今までこうした気持ちで舞ったことはありませんでしたので」
 少し照れ気味の彼女に神楽は優しく微笑んだ。しかし、彼女が俯いたその瞬間、神楽の視線は檜舞台の向こう側に作られた観客席、主賓である源細親子を中心にとりまく縁者や丹後の人々の方へと流れた。
 静かなこちらとは違い、常に明るく談笑が聞こえる。皆喜びの最中にあった。
 そんな様子が神楽には悲しかった。
「民心の移ろい甚だし‥‥ここまで来ると、一色殿の後遺症に御座いますな」
 神楽はぽつりとつぶやいた。前国司がもっと柔軟な人間で、人々に喜ばれていたのなら、ここまで新しい人間を歓迎することもなかっただろう。
「カラム様‥‥?」
「少しこちらでお待ちいただけますか?」
 ケント・ローレル(eb3501)が忠興に酒を持って声をかける様子を見て、席に戻ろうとする彼女を押しとどめた。


 その頃
「‥‥!!!」
 カンタータは硬直した。月与も同様であった。
 二人は先程までの結果を話し合っていた。名将と名高い藤孝の息子が礼儀作法、それも結婚といったとても重要に事項においての作法さえも知らないのは明らかにおかしい。
 月与も言った。初日、チサトが使った『ミラーオブトルース』の水面には、鬼の姿が写っていたこと。
 だが、今そんなことは吹き飛んでしまった。
 ヤツがいる!
「なぜ、ここに!」
 月与はすばやく石の中の蝶に目を走らせた。ああ、今にも飛び立ちそうなその蝶は、危険を察知して逃げようともがいているように見えた。
 そんな蝶とは裏腹に楽士は優雅に一礼すると、一言だけ語った。
「私の友人の祝言ですから、是非に祝いたいと思いましてね」
 ここが一般の人々がいなければすぐさま剣を抜きはなっていただろうが、攻撃の狙いがそれたという話があめ。残念だが慎重にならざるを得ない。
「皆さんを避難させないといけませんね。手分けしてお願いしますよ〜」
 楽士が歩み去るのを見送り、カンタータと月与は走った。

「よぉ、タダオキ!」
「おお、ケントじゃねぇか! おせぇぞ!!」
 二人は互いの厚い胸板を軽くこづきあい、腕を回して笑いあった。
「そーいや美女に酌させる約束したンだっけなァ! ほーれ祝い酒持って来たぞ! 今日は肉も魚も食えなくて、ウップンたまってるだろ」
 ケントは笑って、自分の持ってきた酒をつぎ、そして返しの酌をされる前にきょろきょろとあたりを見回した。
「おい、丹後一の美女はどこだよ。おめぇ、約束忘れてんじゃねぇだろうな。オレはあれからずーっと首を長くして待ってるんだがらよ」
「ああ、すまねぇ。今そこで踊ってたからよ。もうすぐ戻ってくるぜ」
「そっか。んじゃ待たせてもらうぜ。おい、ガラシャはキチンと守れよ? タンゴ一の美女が襲われたらシャレになんねェからな!」
「てめぇに言われる筋合いはねぇ。噂によるとてめぇも江戸にコレ(小指立て)がいるらしいな!」
「おぅ。美女でボインでボンッキュッバァーンでよー!」
 笑いあう二人に、若干離れた席に座っていた藤孝がやってくる。あまりの元気な笑い声に、つられてきたらしい。
「ケントか。世話になっているな」
「おう、ゲンサイじゃねぇか! 元気そうだな、相変わらず」
 ゲンサイとも堅い握手で挨拶をする。少しばかり神妙にしなさいと怒られるかとも思ったが、それほど気にもしていないようだ。
「まぁ、老いぼれでも使ってくれる大殿がいるからな。ありがたいことよ」
 ケントは持った酒を藤孝にも注いでやった。
「美女の酌がねぇが、まあいいや、タダオキとガラシャを祝って、カンパイ!!!!」
 ケントはそう言うと真っ先にその酒を飲み干した。続いて藤孝、忠興と続く。
「くはーっ、ジャパンの酒はしみるぜぇ」

 ケントが杯をおろした時、もうその異変は始まっていた。
 忠興が盛んにむせている。気管に入ったとかそんなレベルではない。杯を落とし、両手をついて、嘔吐を始める。

「さぁ、次なるは私が忠興様の為に歌いましょう」
 檜舞台の側で楽士がつま弾きはじめた。

「お、おい、忠興? マジかよ‥‥」
「け、ケント。げ、げほっ。なんだ、この酒は‥‥」

「忠興様は今より約半年前、何者かに襲われた経験があるそうです」
 月与は走っていた。逃げてと盛んに声を上げながら。

「鬼毒酒‥‥だな。忠興、なぜお前は苦しむのだ?」
 藤孝が半身を引いた。

「そう、それは明王院月与という少女に狙われていたのです。いえ、彼女は悪人でもありませんよ。彼女はむしろ英雄なのです」

「忠興様‥‥!!?」
「ガラシャ様、行ってはなりません!」
 走り寄ろうとするガラシャを神楽は強く抱き留めた。ファイアコントロールの準備をすべく、集中しはじめた。

「鬼退治に向かった彼女は、忠興様を追いましたが、残念影武者の策にかかって追いすがることはできませんでした」
 ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ。

「け、ケント。な、なな、なんで、げ、けほっげほっ」
「嘘だろ? おい、気管に入っただけなんだよな? おい、しっかりしろよ! タダオキっ」

「なぜ、忠興様を追ったのか? それはその時、忠興様は人ではなく鬼だったからです」
 ざわめきがおおきくなる。

「ケント。離れるのだ」
 藤孝が鋭く叫んだ。忠興の姿にもとうとう異変が現れ始めた。体が大きくふくれる。咳き込んでいたその唇も腫れあがり、顔もぐにゃりと歪みはじめた。力強い瞳はすぐ顔の肉にうもれそうになり、血走った肌はだんだん赤黒くそまっていく。頭髪は逆立っては抜け落ち、からみついた怒髪天からとがった骨の先が見え隠れしはじめる。

「忠興様、いや、金剛童子。結婚おめでとうございます。精一杯その手で彼女を抱きしめてあげてくださいな」

「な、ぐ、ウっグ、ガァァァァァァァァァァァアア!!!!!!!!!!!!!!!」

 忠興が咆哮をあげた。
 いや、それはもう忠興ではなかった。

 鬼。人はそう呼ぶ。

 裕美は素早くそちらに走り込むとホムラを一気に引き抜いて構えた。
「信じたくない話だが、畜生、なんでこんなタイミングで!!!」
 だが、金剛童子はまずケントに、そして藤孝に、そして裕美を見た。周りでは人々が逃げ惑い、あるモノは武器をもって油断泣く構えている。
「ゴゥォゥ、ォォォォォン」
 語りかけるような小さな吠え声。そして金剛童子は背をくるりとむけると人の少ない方に向かって走って逃げていった。人間を蹴り飛ばさないように右往左往しながら。人を害しているのは、彼を討とうとする弓矢の方であった。

「やはり人間との共存は無理ですねぇ。人を殺さないでいると、あなたが殺されますよ。お気をつけを」
 混乱の中、楽士のそんな言葉が届いた。